2話 鬼娘と耳長娘の油断 (虹耀暦1286年8月:アルクス14歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
第2章はじまりの部分です。最初だけはゆるくする予定です。なにとぞよろしくお願いいたします。
アルクスは近代的な白を基調とした部屋にいた。
TVやPCが置いてある。
(ここは……ああ、いつもの場所か)
と、思い視線を巡らせるも肝心の部屋の主がいない。
「おーい、長月?」
呼んでみたところ、少しして部屋のドアがガチャと開いた。
男が入ってくる。眠たげな雰囲気を纏わせた黒髪の20代後半。前世の自分だ。
「お?よぉ兄弟」
「部屋の外行けたのか。てっきり部屋だけが再現されてるんだと思ってた」
「俺もビックリさ。 なんか妙な感じがすんなーと思ってドア開けてみたらマンションの廊下が続いてんの。 思わず探検に出掛けちまったよ。 つっても俺が住んでた階とエントランスくらいにしか行けなかったけどな」
どうやら長月も初めて外に出られたらしい。
「どうして急に?切っ掛けって言ったら旅に出たくらいだけど」
それくらいしかアルには思いつかない。
「んー、現実で新しい場所に行ったからって、こっちの世界まで広がることなんてあんのかね?意味はねーだろ」
冷静な長月の反論。
「確かに」
アルもその通りだと思う。
「ま、考えたってしゃあねーや。それにしたってとんでもねえな、お前ん世界はよ。なんだよあのでっけー木。こっちの屋久杉だってあそこまではねーぜ?」
千年以上生きているとされる屋久杉でも万年樹ほどの規模はない。
「魔力があるから、だとは思ってるよ」
アルは私見を述べた。
魔力がなければきっとあれだけの大きさで生きていくことなど出来ないはずだ。
屋久杉とて腐りにくい構造をしているが、万年樹にはそれとまた別のメカニズムが働いているとみていいだろう。
「魔力、魔力ねぇ……俺にはとんと理解できねー力だよ。こっちの文明もどっかチグハグに感じちまうしな」
長月には発展している部分とそうでない部分の落差が激しく感じるらしい。
「魔力ありきの世界だしね」
「だな。 こっちにゃ車もなけりゃバイクもねえ、電話もなけりゃあゲームもネットもありゃしねえ。 けどわけのわからん技術だの、とんでもねえ生物だのがゴロゴロしてる。 較べるのもアホらしくなってくらぁな」
趣深い、とでもいうような顔の長月にアルが呆れた視線を向ける。
「今までだって散々”魔法”だの魔術だのあったろうに」
「だから、再認識なのさ。見慣れてきたと思ってたところにアレだぞ?俺ァ安全装置のないジェットコースターなんぞ死んでも乗りたくねえ、死んでっけど」
「それは誰だって嫌じゃない?」
マトモなアルのツッコミに「そらそうか」と長月がしたり顔で頷く。
「あ、そういや万年樹コースターを見てて閃いたんだけどよ」
「うん」
アルと長月はその後もダラダラと取り留めもなく会話を続けていく。
とはいえそれもいつものことであった。
◇ ◆ ◇
ふわっと漂う匂いに食欲を刺激されて、アルは目覚めた。
「ん……ぁふわぁぁ~あ」
大欠伸をかまし、寝惚けた頭で周囲を見回してここがどこであったか思い出す。
巨大な万年樹の内部だ。
と言っても昨日の夕方、前世を彷彿とさせるジェットコースター体験をさせてくれた方の一柱ではない。
運ばれた先に敷いてあった『転移陣』で空間跳躍した一柱。
ヴィオレッタが対になるよう選んだ転移先のもう一柱の洞の中だ。
直径100mを超える万年樹の洞はそれ相応に広い。
ここで夜を明かすことも考慮に入れているようで、簡易ながら生活空間も築かれていた。
当然ながらすべて木製。
きっと森人達が万年樹に手を貸してもらいながら作り上げたのだろう。
中央に配置された大きな卓や椅子の表面は滑らかで調度品然としていた。
さぞ快適に過ごせるだろうことも一目瞭然。
その上ここ自体、生半可な高度にない。
そういった理由からアル達4人も昨夜はここで休むことにしたのだ。
旅立ってすぐからはじめた交代制の見張りが必要なかったのも素直にありがたかった。
アルはぼーっとしたまま自分の寝ていた簡易寝台を見る。
細長い何かの実。
昨日座っていたあけびのような実とも違うが寝心地は良かった。
わずか10日ばかりの間に張り詰めていた神経は解き解され、ここ数日で一番身体がシャッキリしている。
ふと隣の寝台を見てみると、そこで寝ていたはずのマルクガルムがいない。
ちなみにだが一応仕切りをつけられたので昨夜は男女別で就寝した。
(もう起きてるのか)
アルが首を巡らせようとしたところで、凛華が仕切りとは別の方からやってきた。
「あらアル、起きたの?おはよ。ぐっすり寝てたわね」
「くぁ~、おはよ。みんなもう起きてるの?寝坊した?」
「丁度、朝餉ができたところよ」
すっかり寝坊したらしい。
アルはまだ覚醒しきっていない身体で気配を探ってみた。
凛華以外によく知る2人の気配を感じるが、使い魔である三ツ足鴉の小さな気配が感じられない。
「あれ?翡翠は?」
「周りを楽しそうに飛んでるわよ。ここかなり高いもの。飛んでみたかったんじゃない?」
「そっか。ん~あぁ~あ……起きるかぁ」
「もう、シャキッとしなさいな」
「あい」
「ほら寝ぐせ。ひどいわよ」
「んー……」
凛華が手櫛でぐいぐい寝癖を直そうとするのをアルはされるがままに抵抗しない。
そういえばトリシャも朝似たようなことをしていた気がする。
「終わった?顔洗ってくるよ」
「ん、そうなさいな」
アルは凛華へ後ろ手を振って洗面所へ入っていった。
洗面所も簡易的にだがしっかり造られている。
定期的に整備されているらしいことがよくわかる清潔ぶりで、きちんと排水まで設計されているのだから、その技術力と実行力には恐れ入るばかりだ。
バシャバシャと顔を洗って、意識が冴えてくるのを感じながらアルが洞の中央に行くと、シルフィエーラとマルクがテキパキと動いていた。
今日は2人が食事当番だ。
「あっ、アル!おっはよー!」
「よう、起きたか。朝飯できてんぞ」
「おはよ」
挨拶を返すアルにエーラがタタッと寄って来て、いたずらっぽく耳打ちする。
「マルクはちょろ~っと手伝っただけだけどね~」
「まだ修行中だからな。その内エーラと凛華を唸らせる飯を用意してやるから期待しとけ」
聞こえていたらしい。マルクが根拠もなく胸を張る。
「期待しとくよ」
なぜかアルが偉そうに答えた。
「そんときゃお前も一緒にやんだよ、阿呆」
「たぶん厳しいよ?二日目で文句言い出したんだから」
「あんたも自分で作ったくせに不満タラタラだったじゃないの」
雑談を交わしつつアルがエーラとマルクの配膳を手伝い、凛華が万年樹にもらったらしい実の果汁に氷を浮かべる。
こうして4人は朝から立派な食事にありつくのだった。
~・~・~・~
朝食を食べ終わり、出発準備万端のアル達4人は現在微妙な顔をしていた。
というのも「じゃあそろそろ万年樹から降りよっか」とエーラが『妖精の瞳』を使うと、あれよあれよと言う間に昨日見たのと同じような駕籠が目の前に形成されたからだ。
「またこれ?」
凛華が発した言葉は残り3名の気持ちを的確に表現したものだった。
アルの左肩に戻ってきた夜天翡翠も弱々しく「カァー……」と啼く。
「今回はあそこまで茶目っ気ないかもよ?」
「精霊がそう言ってる?」
「ううん。直接話してくれるわけじゃないし、楽しそうにしてる」
「楽しそうに……今度は昨日の逆が起こるのか。もうちょっと食う量抑えとくんだった」
げんなりした4人はそれでも乗るしかないんだよなと顔を見合わせて嫌そうに頷き合う。
そのまま駕籠に近寄ると昨日も見たアケビもどきが、にゅっとが生えてきてパカリと割れた。
「……完全に昨日の逆回しね」
この洞は地表から上空500mほど。
真っ逆さまに急上昇・急下降した際に、気圧の関係で体調が悪くならないようにとの万年樹からの配慮であったが4人は当然そんなこと知らない。
「うぅ~アル、また押さえといてね」
「わかった。昨日よりは焦らないで済むと思う」
「あたしもお願い。あの浮く感じ、落ち着かないのよ」
アルはエーラが座る前に背嚢に『念動術・括束』をかけ、それぞれの足元に置いた。
凛華がアルの右側にぴったり座る。
よっぽど昨日は落ち着かなかったらしい。
アルが龍鱗布をゆらりと動かすとエーラも寄り添うように反対側へ腰掛ける。
するとメリメリッという音を立てて駕籠が丸っこい形状へ変わっていく。
そして座席になっていた実の背もたれから4人の両肩を伝って、ツタがしゅるしゅると伸びてきた。
上から押さえつけるような形だ。かなりがっしりしている。
昨日の根っこはここまで太くなかった。
ふとアルの脳裏を前世のアトラクションが過ぎる。
「エーラ荷物覆ってて、思いっきり」
「え?うん、わかった……?」
疑問符を浮かべつつエーラがツタで足元の背嚢を固定していく。
ちなみに今回は両手が使えた方が絶対に良いはずという判断から、武器も背嚢に縛り付けてある。
「たぶんこれフリーフォー……」
アルの呟きが終わる前に、丸っこい駕籠を支えていたツタや枝の地面がひゅぼっ!と抜けた。
「ひいっ!」
「や、やだ!」
次の展開が読めたエーラと凛華が引きつった声を上げ、アルが早々に龍鱗布で2人を包む。
支えをなくした空中の駕籠は一体どうなるか。
答えは単純明快。
当然、重力に引かれて下に落ちる。
ヒュウウウウ――――――!
「ひぃっ、ひゃあああああっ!」
「きゃあああああああっ!」
「うぷ……!」
「ぐぇ……!」
内臓の浮く感覚にヒヤリとした凛華とエーラがアルにぎゅうっとしがみつき、アルとマルクは慌てて歯を食い縛った。
落下の勢いで髪がぶわっと暴れ、服がバタバタと勢い良くはためく。
「翡翠!無理そうなら空に出ろ!ゆっくり降りてきていい!」
アルは左肩の夜天翡翠へ叫んだ。
落下音に消されないよう大声になってしまうが仕方ない。
余裕がないし、こうでもしなければ聞こえないのだ。
「カアッ!」
夜天翡翠が短く「りょーかーいっ!」と啼く。
その時、マルクと視線が合った。
(この勢いで落ち続けるのはマズくねえか?)
視線の意味を理解したアルも思考を巡らす。
今も真っ暗闇の中を真っ逆さまに落ち続けている。
これだけ勢いづいていたら生半可な衝撃の逃がし方でもしない限り、Gに押しつぶされしまう。
されど、万年樹だ。
森人と森人の仲間の命を危険にさらすようなことはしないはず。
そこまでアルが考えたときだった。
予想通り斜め上からのGによって押さえつけられた。
「うぅぅっ!?」「な、なに?これ……っ!」
「ぐ、ぐぅ……っ?」「うぉぉ……っ!?」
次いでボフゥ!という音と共に、何かやたらめったらに柔らかい緩衝材に沈みこんだような感覚に包みこまれたかと思えば、即座にボォン!と跳ね上がった。
そして急に視界が開ける。
眩しさに思わずアルは目を細めた。
(外?)
そのとき、アルの指示通り夜天翡翠が飛び出そうと脚にグッと力を入れ――――動きを止めた。
「翡翠?」
三ツ足鴉の視線に釣られたアルも呆然とする。
前方には巨大樹の外周に沿って見事な螺旋状の緩い下り坂が見えた。
だが、そっちはどうでもいい。
開けた視界に飛び込んできたのは、抜けるような青い空と上空から見えるラービュラント大森林の樹木群だった。
見渡す限りの木々。濃緑の海だ。
遠くに別の万年樹らしきものも薄っすらと見える。
「…………」
しばらく景色に目を奪われていたアルは、ようやく置かれている状況に目を向けた。
この駕籠はどうやらこの螺旋滑り台をゆっくりと降っているらしい。
先程の浮遊感はすっかりなく、流れてくる風も上空ゆえに強いものの、昨日の暴風とは全く違って心地良さすら感じる。
「どうもこっちは当たりだったらしいな」
マルクは既に眼下の大森林と朝陽の美しさに魅入られていた。
こんな高さからの景色など、アル達は見たことがない。
いや、一度幼いアルがヴィオレッタに上空へ『転移術』で連れ去られるという珍事はあったがあれはノーカウントだろう。
あの時は恐怖で下を見る余裕などなかった。
しばし魂を抜かれたように景色を眺めていたアルだったが、両脇に少女らが小動物のようにしがみついていることをようやく思い出した。
これを見ないのは余りにも損だ。
「凛華!エーラ!もう大丈夫だよ!外見て!外!すごいよ!」
「ん、う、もう落ちてない?……わぁ、綺麗っ!」
「ふ、ん……?んっ、ホントだ――――わはぁっ!すごぉい!」
ゆっくりと顔を上げた凛華とエーラがパッと瞳を輝かせる。
何をどう繕っても絶景としか言えない景色に心を奪われたのだ。
首をきょろきょろさせて後ろを見てみたり、流れていく景色を眼で追う。
アルが緩めてやった龍鱗布から手こそ離さないが無言で堪能している。
やがてだんだんと高度が下がっていき、開けていた視界が木々に閉ざされ、最終的に減速した駕籠は根元へと辿り着いた。
4人は降りて武器や装備を確かめて身に着ける。
黙々と装備し直した鬼娘と耳長娘は、アルが背嚢を浮かせ直したタイミングで男2名へ輝く笑顔を向けた。
「す~っ……ごかったね!!景色!」
「ええ!最っ高に綺麗だったわ!もっかい滑り降りたいくらいよ!」
魅力的と言って間違いない美少女達が姦しく賑やかに騒ぐ。
2人とも大興奮だ。
しかしマルクは憮然とした表情でそれを見つめ、アルにボソッと呟いた。
「落ちてる途中くらいが丁度良かったんじゃね?こいつら」
「まぁまぁ。気持ちはわかるだろ」
アルが苦笑しつつ宥める。
あの光景は素晴らしかった。なかなか経験出来ることじゃない。
彼女らが騒ぎ立てるのも仕方ないだろう、と。
しかしマルクは胡乱な顔で唸った。
「そらぁ気持ちはわかるけどよ、次の万年樹も優しいとは限らねーだろ?」
「……悪戯好きだったときが地獄だね」
「ま、アルに負担が来る分はいいか」
「おい、いいわけないだろ」
俺は関係ないし、と言わんばかりのマルクに、アルがそうはさせじとツッコミを入れる。
その後、興奮冷めやらぬ鬼娘と耳長娘は次の『転移陣』に向かう10日間もそれはもう普段より更に機嫌が良く、楽しそうであった。
次の景色が余程楽しみだったのだろう。
* * *
旅立って20日目。
次の『転移陣』に到達したアル達一行は、優しい万年樹のおかげで遊覧と呼んでも差し支えないほどゆったりと2つ目の『転移陣』へ辿り着いた。
凛華とエーラはこれまた上機嫌で景色を楽しむも、アルとマルクはどうにもいやぁ~な予感が拭えず、明けて翌日の21日目。
「きっ……きゃああああああっ!?」
「うひゃああああああっ!?」
悪戯好きな万年樹だったようだ。
フリーフォールに始まり、急上昇、急下降、ループ、直滑降まで取り入れられていた地球の最新ジェットコースターだって真っ青な下降ルートを強制的に滑らされた。
警戒していたアルとマルクは大丈夫だった――――というか途中からスリルを楽しむ余裕まであったが、凛華とエーラはかなり油断していたらしい。
とんでもない勢いに泡を食って、駕籠が止まりきるまでべったりとアルにへばりついたままだった。
相当恐かったらしい。
アルとマルクは2人の涙目という非常に珍しいものを見ることになるのであった。
尚、男2名は「危なそうだぞ」としっかり注意もしていたし、凛華もエーラも浮足立っていたので最初から龍鱗布を軽く被せていたりする。
また平時の2人はそこまで怖がりでもアルにべったりでもない。
心構えさえあれば男衆同様楽しめたのだろうが、完全に油断していたことと初日に吹き飛ばされそうになった軽いトラウマからそうなってしまっただけである。
と云うことは彼女らの名誉の為にも明言しておくこととしよう。
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