断章7 親父共の酒盛り
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
今は8月。季節はもうすっかり夏だ。
少しばかり強過ぎる陽光が降り注ぐこの時期でもここ――共同墓地はあまり暑さを感じさせない。
涼しげな風が厳かに吹いている。
そこに八重蔵、ラファル、マモンの3人はいた。
ユリウスへの報告に来ているのだ。
彼の息子アルクスを含む彼らの子供達4人は今日、帝都へと旅立っていった。
それにどことなく寂しさを感じ、八重蔵が墓参りにでも行こうかとラファルとマモンを誘い、今こうしてここにいる。
誘われたときには既に寂しくてたまらなくなっていたラファルが一も二もなく提案に乗り、マモンは「まだ数時間しか経ってないぞ」と思いはしたものの2人を見て「まぁしょうがないか」とついてきた。
墓地に着いた3人はユリウスの墓石をいつものように清め、酒杯をコトリと置く。
今日は花を持って来ていない。
それよりも酒だろうと普段持ってくるものより上等なものを樽で担いできた。
八重蔵がどすっと酒樽を置き、胡坐をかいて座る。
蜘蛛人族などが良い例だが、魔族は体躯の大きさが様々なので墓石同士の間隔はわざと広く造ってあるのだ。
あまり行儀が良いとは言えないが、今日ばかりは良かろうと残り2人も座った。
「よう、ユリウス。お前さんも見送ったのかもしれねえが、あいつらは旅に出たぜ。今頃森ん中を歩いてるだろうよ」
そう言って八重蔵がグイッと酒杯を煽る。
ラファルとマモンも同じようにクッと煽った。
思い返すのはあの4人がもっと幼かった頃のことばかりだ。
あの子らが生まれてたったの14年。
喋るようになってから10年ちょっとしか経っていない。
それなのにいつの間にか大きくなって、己の意思を通せるだけの行動力と実力を示して里を出て行った。
誇らしいことは誇らしいが、やはり早過ぎるというのが素直な感想だ。
「うぉぉ~んエーラぁ~、里を出るのは父さんまだちょっと早いと思うんだぁ~」
「おいなんだ、もう出来上がっちまったのか? 早過ぎんだろ。まだそんなに吞んで……るじゃねえかおい! 馬っ鹿野郎おっ! 俺がキースとの賭けでかっぱらった上物だぞ!」
どうやらラファルはありがたみを感じることもなく、カパカパ空けていたようだ。
首根っこを掴んで揺さぶる八重蔵のことなど気にならないのか、そもそも見えているのかも怪しいが、頻りに下の娘のことばかり口にする。
「嫁に行くなんて早過ぎるぅぅ~!」
「お前の気が早過ぎるんだよこの馬鹿! 当分エーラは嫁になんぞ行かねえから安心しろ! つーかそれ以上にシルフィリアの方が――――」
「八重蔵、それ以上はよせ。面白くなくなる」
マモンがガシッと肩を押さえた。
上の娘の恋愛事情について、肝心なところで鈍感なラファルはまだ気づいていない。
今バラしたら面白くなくなるから黙っておけとマモンは釘を差したのである。
「お前もブレねえっつーか大概酷えな」
「いつか酒の肴になるだろう。それよりお前の方は気にならないのか? 娘が想い人と里を出たのだぞ?」
マモンの問い掛けに八重蔵は「ケッ」と吐き捨てた。
「今のアルにそんな余裕あるわけねぇだろうが。龍人の闘争本能を完全に克服するか、何か画期的な方策でも見つけるまでは考えもしてねぇだろうよ。寧ろ手ぇ出して帰ってくるくらいが丁度いいってもんよ。うちの娘を御せるのはアイツくらいなもんだし、他の坊主共にくれてやるつもりもねえからな」
つまり父娘揃って件の少年のことを気に入っているという意味か。
いつになく素直な八重蔵にマモンは軽く驚く。
「なんだ。とっくに認めていたのか」
「当ったり前だ。俺の弟子だぞ」
我が子が里を出た原因となった少年の師はフンと鼻を鳴らした。
マモンはあえて異を唱えてみた。
「教官役ならよくやっているだろう? あの中にも立派な者はいると思うが」
「そいつらは単なる教え子であって弟子じゃねえ。立派じゃない――なんてこたァ言わねえが、あくまで戦い方教えてやったってだけだ」
「剣士はこれだからわからん」
独特な感性で反論を切って捨てた八重蔵に、マモンが苦笑を零す。
「そう言うお前はどうなんだよ? ちーっとも堪えてねえじゃねえか。鉄面皮通り心も冷たかったか」
剣鬼が胡乱な視線を向ける。
「面倒な絡み方はよせ。マルクはあれでしっかりしているし、最近は娘が自分も鍛えろと煩くてな」
「しっかり兄貴に影響されたみてえじゃねえか」
「フィーナが一番影響されたのはお前のとこの娘だぞ。それにエリオットとアニカもいるからな。マルクに教えていた頃よりむしろ忙しくなるだろう」
「ふぅん、人虎のとこの双子か。なぁそれってよお、ただの第二陣じゃねえの?」
アドルフィーナが影響を受けたのは凛華だ、という指摘を華麗に無視した八重蔵がそんなことを言う。
第二陣とは、当然ながら里を出ていく若者の次弾という意味合いだ。
否定できるだけの材料を持ち合わせていないマモンは肩を竦めるに留めた。
さすがにアドルフィーナまで家を出ていけば寂しくなるだろう。
きっと自分以上に妻が「寂しい」と騒ぐだろうことは想像に難くない。
すると唐突にラファルが八重蔵へと詰め寄った。
「ん待てぇい! アルが凛華と一緒になるのならエーラはどこに嫁に行くんだっ!? ええっ!?」
「だぁもう酔っ払いは寝てろ面倒くさい。なるようになんだろうよ」
急に変なことを言い出したラファルをぺしんと放り出して八重蔵がグイっと酒杯を傾ける。
そこでふと思い出したマモンが、
「そういえば、紅椿はどうなんだ?」
と問うた。
凛華の兄、つまりイスルギ家の長男である紅椿もまた里では優秀と目される若手だ。
尤も、彼の場合は剣士ではなく術師としてだが。
同年代の紫苑という鬼人族の少女と仲が良かった。というか幼い頃から連れ回されていたはずである。
そんな問い掛けに八重蔵は「さあ?知らん」と肩を竦めた。
娘ほど気になっていないらしい。
「カミさんは心配いらんっつってたぞ。紫苑が捕まえてるから問題ねえとかなんとか」
なんとも投げやりな返答だ。
まぁ彼の妻、水葵が「大丈夫」と言ってるのなら問題ないのだろう。
しかし――――……。
「イスルギ家の男子は尻に敷かれる運命にあるようだな、お前も含めて」
「やかましい」
マモンの冷やかしに八重蔵が唸る。
自覚がないこともないので否定しにくい。
「アルクスが師のダメさまで学んでいないことを願うばかりだな」
「尚の事やかましいってんだよ」
更にふざけたことをのたまうマモンに八重蔵は噛みつくのだった。
* * *
時刻はすでに夕方。
故人1人に阿呆親父3人の酒宴はまだ続いていた。
酒を樽で持って来ていたのもあるが、やはり寂しさが強かったらしい。
しんみりしたかと思えば愉快な笑い声をあげ、しょうもないことを宣い合う。
泥酔しているくせに寝るでもなく、ベラベラと饒舌に口を――いや身体も動かして騒いでいた。
とても墓地とは思えない賑わいを見せるその敷地へ、左足を引きずった鉱人族が歩いてきた。
キース・ペルメルだ。
葉巻を咥えて歩いてきたせいで軽く乱れた息を整える。
ユリウスに報告に来たが先客がいるらしい。しかも相当に出来上がっている。
「って誰かと思えばてめぇらかよ。何してんだってか何時からやってんだ?」
「おっ! キースじゃねえか!」
「おぉ! お前も来いよぉ!」
「うむ、まぁ座れ。そして呑め」
「酒臭え…………鉱人がそう思うなんざ、どんだけ呑んでたんだこの阿呆共は」
鼻を摘まむキースは『こいつぁマズったな』と心中で呟いた。
なんとなく手隙になって来てみたが、日取りを間違えたらしい。
そこに赤ら顔の八重蔵が胴間声で呼びかける。
「報告してたんだよ! ユリウスにな!」
そっちは別人の墓だ。そして指を差すんじゃない。
そう言いかけてキースは途中でやめた。
この酔っぱらい共に話が通じるわけもない。
「そうだ。思い出話に四方山話だ」
つまりただの雑談というか酒盛りじゃないか。
この人狼も冷静なのは口調だけで顔は真っ赤だった。
――たぶん、いや確実にダメだな。
明日、記憶が残っているかすら怪しい。
「はーっはっはっはっは! マモンはうまいこと言うなぁ!」
笑い上戸なのか、ラファルは気でも触れたかのように快活な笑い声をあげた。
――間違いなくコイツが一番ダメだ。
喋った端から記憶が消えていってるのがわかる。
「何も上手くねぇんだよ、酔っ払い共が。ほれさっさと帰れ、水ガブ飲みして風呂でも入って帰れよ。女房に張り倒されるぞ」
キースが呆れ顔で忠告する。
しかし、その真っ当な忠告を聞いてやるほど酔っ払い共の聞き分けは良くなかった。
☆ ★ ☆
一方、彼らの女房達――というか旅立った4人の母は、現在トリシャの家でヴィオレッタも含めて茶会を開いていたりする。
一人息子がいなくなったことで妙に家が広く感じてしまったトリシャが「寂しい」と他の家々を訪ねたのだ。
尚、これも割と早い時間でのことであった。
具体的には4人が出発して2時間後くらいのことである。
男の子のいる家庭はどうやら似たようなものらしく、マチルダはトリシャの誘いに即答で「行く!」と返した。
なんだかんだと構っていた息子がいないのは堪えたようだ。
ヴィオレッタも息子のように思っていた愛弟子と騒がしくも愛らしい生徒達が急にいなくなって、似たような気持ちなのは同じだったので快く了承し、シルファリスと水葵はそんな彼女らを見て「しょうがないなぁ」と参加したのだった。
今も「寂しい」と訴え合うトリシャとマチルダを前に困った顔をしている。
2人が案外淡泊なのか、1日も経たずに寂しがる2人が我慢弱いのか。
きっとそのどちらもなのだろう。
ただ一つ確かなコトは、森の中の墓地で酒盛りをしている馬鹿共に比べれば、理性の格が数段上であるということだ。
☆ ★ ☆
墓地の馬鹿3名はとうとう暴挙に出た。
「座れよキース」
「うむ、俺達は対等だ。見下ろすな、ちゃんと目を合わせろ」
「この足のヤツになんてこと言うんだてめぇ」
「足なら大丈夫だ! そーれ! はーっはっは!」
しゅるると巻き付いたツタがキースの足を絡めとり、八重蔵が椅子替わりに土を盛り上げた。
バランスを崩して座らされた鉱人は痛みがなかったことが逆に癪に障って悲鳴染みた怒声を上げる。
「てめえらっ!」
「そら呑め」
しかし、怒りを込めて一発張り飛ばしてやるとキースが動くより、赤ら顔の人狼の方が捷かった。
なみなみと注がれた酒杯をキースの鼻先にズズイッと差し出したのだ。
キースはこれでも鉱人族。貰った酒は呑むのが礼儀。
なお鉱人の中だけに存在する矜持である。
「旨ェ……じゃねえ! 俺からかっぱらった酒じゃねえか! 水みたいに呑みやがって!」
「旨いぞ」
「んなこたぁわかってらィ! ったく、はぁ~~……んで? どこまで報告したんだよ?」
改めて訊ねたキースだったが、
「おぁん?」
八重蔵はキョトンとした。
ムサい男がやっても可愛くない。ムカつくだけである。
「何の話だ?」
――とうとうマモンもか。
「ユリウスにアル坊達の報告しに来たんだろうが!」
キースの一喝で膝をパシ――ン! と、打った八重蔵が、酒杯を掲げて墓石の方を振り返る。
「おおっと! そうだった! おぉいユリウス、呑んでっかぁ?」
「ユリウスはこっち! そっちは別人の墓だ馬鹿野郎!」
「あーはっはっはっは! そうだぞ八重蔵! そっちはうちの長老のだ!」
「くくくっ、そうだぞ。そっちは俺のばあさまの墓だ」
「誰一人合ってねえよ!? ラファル、お前の故郷の長老はまだ死んでねえって話だろうが! マモンもだ! てめえの婆様は故郷で大往生だったって話だったろ!? 畜生ぉ、この阿呆共めっ!」
キースの悲痛な叫びが墓地に木霊する。
どうやら相当な声量だったらしく、武闘場では何か聞こえたという者がチラホラいたという話を後に聞くことになる彼らであった。
* * *
いつの間にやらもう陽暮れだ。
さすがに夏場とはいえ暗くなってきたので、馬鹿一同は帰り支度をする運びとなった。
酒杯を片し、軽くなった樽を千鳥足で担ぐ。
そうして門を抜ける途中で八重蔵が「あ」と気づいた。
「おっと、ユリウスに上げといた酒杯片付け忘れちまった。ち~っと待っててくんな~」
そう告げてふらふらとユリウスの墓前に舞い戻る。
「あったあった、と――――」
しかし、そこで八重蔵の動きがはたと止まった。
視線の先にはすっからかんになった酒杯。
夏場とはいえ短時間ですべてが揮発することなんてことはない。
そもそもこの墓地は周囲が森なのでそこまで暑くもないし、記憶では何度か注ぎ直してもいる。
底を引っ繰り返してみたが穴は空いていない。
だとすれば――――……。
「へっ……来てたんなら声くらい掛けてけってんだ、バカヤロー」
やや酔いの醒めた顔で空を見上げながら呟く。
こういうことは稀にある。
精霊の悪戯か、もしくは……などと云われる小話だ。
さらりとした涼風が八重蔵の傍を通り抜けていく。
酔い冷めするには暖かく、しかし火照った身には心地の良い、ひんやりとした爽風だ。
しばし、その風に靡かれていた八重蔵だったが、やがて墓石にふっと笑いかけた。
「また来るぜ」
そう言い残して門の方へと歩いていく。
今は8月中旬。
今日は前世の日本で云うと、盆に当たる日だった。
* * *
その後、取り留めもない話をしながら家路についた彼らは当然のように妻達に叱られ、怒られ、酷い目に合うのであった。
この時期に墓前で騒ぎ立てたバチが当たったのか、それともあまりに酒臭かったからなのか……。
きっと、そのどちらでもあったのだろう。
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