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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
少年期ノ肆 旅立ち編

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9話 始まりの旅路へ(虹耀暦1286年8月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


第1章最終話となります。なにとぞよろしくお願いいたします。

 頭目決めが行われてから半月ほど経った日の早朝。


 隠れ里の中央広場にはアルクス、凛華、シルフィエーラ、マルクガルムが出郷準備を整えて待機していた。


 必要なものを背嚢に詰めて準備を終えたと報告すると、広場で待っているようにとのお達しが来たのだ。


 両親やそれこそ里長であるヴィオレッタにちゃんと挨拶して出て行こうとしていた4人は素直に了解した。


「見送りだと思ってたんだけど、違ったのかな? お父さんもお姉ちゃんもソワソワしてたし、てっきりそうだと思ってたよ」


「合ってると思うぞ?」


「うん、それに俺と凛華の新しい剣もまだ受け取ってないし」


 首を傾げるエーラにマルクとアルが頷く。


「あれからすぐに頼んだし、もう打ち終わっててもおかしくないわよね?」


「そのはずなんだけどなぁ」


 2人は頭目決めが終わってすぐ、刀鍛冶の源治と鍛冶師のキースにそれぞれ刀と重剣を頼んでいた。


 というのも最後に打ってもらったのは2年と少し前。


 ギリギリ子供の使う尺で打ってもらったものを使っていたからだ。


 成長期であり、すぐに里へ戻る手段がなくなるこれからを思えば武器を新調するのは当たり前だった。


 刀にしても重剣にしてもそこいらの店売りのもので事足りる気もないし、何よりも命を預ける道具への信頼性は高くなければならない。


 だから今のアルと凛華は背嚢こそ背負っているものの、無手だ。


 使っていた太刀と重剣、凛華が副兵装(サブウェポン)として腰に差していた直剣も、それぞれ家に置いてある。


 トリシャも水葵も思い出として取っておくそうだ。


 ちなみにマルクはそもそも無手だし、エーラも頭目決めまで使っていた弓では足りないということで、今度は家族総出で作った弓を肩に引っ掛けている。


 以前のものより長尺で、色合いも更に暗い。


 今回は元々使っていた梓と真竹に紫檀を追加して、3種類の木で織り造られた複合弓だ。


 アル達がそんな風に話しながら待っていると、トリシャをはじめとした4人の家人、里長のヴィオレッタ、そして鍛冶師2人と蜘蛛人族の小町、おまけに人虎族の面々までぞろぞろと集まってきた。


(随分多いなぁ)


 アルの率直な感想だ。


 親兄弟と師、鍛冶師2名はわかるとして残りは一体?


 合流するとトリシャが真っ先に口を開き、


「もう揃ってるのね。ホント早いわね~」


 名残惜しむようにぴったりと寄り添ってくる。


「母さん、見送りはわかるけどなんでこんなにいっぱい?」


 特に嫌がるでもない様子のアルは訊ねた。


「お前さん方、新しい剣頼んでたろ?」


 いつもの如く葉巻をふかすキースが答える。


「源治おじさんとキースおじさんの方はわかるわよ」


 残りの面子がよくわからないの、と凛華。


 アルもその通りと頷いた。


「まァいろいろあるでの。ほれ、先におめえさん方の新装備だ。気になっとったろう? 今まで打った中でも三本に入るくらいの出来になったでな。キースの打った重剣も滅多にないシロモンになっとる」


 そう言って巨鬼族の刀鍛冶が四振りの剣を手渡してきた。


 前より一回りは大きく、太く、長くなった重剣と直剣。そして二振りの刀。


 重剣と直剣を凛華が手に取り、残りをアルが受け取ってすぐ掲げるようにして二振りを見る。


 一振りは(つや)やかな黒蝋色の鞘に鍔から反りだした打刀。


 柄巻は菱巻の柄糸が重なった部分を、高く盛り上がるように摘んで編み上げた摘巻(つまみまき)


 反り自体もそこまで深くはなく、刃長はアルがひしゃげさせたものより断然長かった。


 それでもなんだか懐かしい気分になる。


「そいつに使っとるのは前の太刀と同じ〈刃鱗土竜〉のもんだが、ちっとばかし違う部位を使(つこ)うとる」


「部位が? どういうこと?」


 アルは首を傾げて打刀を抜いてみた。母が気を使って下がる。


 音もなくスルリと抜けた刀身は鈍色で、朧げな妖しい光を照り返していた。


 鱗のような肌の地鉄に波打つような(のた)れ刃。そして鎬造り。


 その鈍い反射光にアルはなぜだか見覚えがあった。


「そいつにはこっちの直剣と同じで鋼と魔銀鉱石、そんでもって()()使(つこ)うとるのよ」


 源治の言葉に凛華も気になったのか、直剣を抜いた。


 武骨な装飾の鉄鞘から抜かれた剣身が、アルの打刀と似たような光を青い瞳に返す。


 一般的な直剣に見えるが鍔に当たる部分は最小限になり、剣身そのものも一般的なソレより幅が少し広く、皮革を二重にズラして片手巻きされたグリップも妙に平たい。


 柄頭は小さめの輪になっていて紐なんかなら通せそうだ。


 アルの前世、かつての中国にあった環首刀と直剣が融合したような剣だった。


「刃尾まだあったの? てっきり何かに使ったのかと思ってた」


「んなことするかよ。お前らが文字通り死ぬ思いして狩ったやつだぜ? 一番いい素材を適当に使うわけねえ。満場一致で狩ったお前らに還元しようって話になったんだよ。ほれ、エーラ嬢ちゃん用に小剣も打っといたからな」


「わはっ! いいの!? ありがとっ!」


 凛華にそう返しながらキースがエーラに小剣を手渡す。


 素直に喜んだエーラは剣士2人を倣って剣を引き抜いてみた。


 さほど幅は広くない、尺も短いが戦闘に使っても支障はなさそうなほどには厚く、平たい。


 切っ先と柄の形状からしてカタールに近い。


 殴る感覚で刺突を繰り出せそうだ。


 エーラがニコニコ、いそいそと後ろ腰につける。


 弓を引く邪魔をしそうにない、気の利いた尺なのも気に入った。


「俺は?」


 マルクが問う。


「お前さんに渡しても正直使うか微妙だったからな。作業用の短剣は作ったが、要るか?」


「要るよ、仲間外れはやめてくれよ」


「そんなつもりはねーよ。ただ自前の爪があるやつに剣渡してもなぁと思ってな」


「【部分変化】はできるけど細かい作業のたびに魔法使うって不便だし、ありがたく貰っとく」


「そうか? そんじゃ貰ってくれ。手入れは欠かすなよ?」


「剣士二人に教わるよ」


 マルクとキースの会話を聞き流しながら、アルと凛華はそれぞれバランスを見たり軽く振ってみたり、抜きを見たりと試してみた。


 一通り満足いったのか、どちらからともなく鍛冶師2人に頭を下げる。


「ありがとう。これなら問題ないわ」


「大丈夫そう。ありがとう」


 だが、鍛冶師たちの返答は2人の予期しないものだった。


「何を言っとる。おめえさん方、せっかちはいかんぞ」


「そうさ、まだ本命を見てねえだろう」


 源治もキースも見せたいのはもう一振りの方だと強く主張する。


「太刀と打刀(これ)って同じ素材じゃないの?」


「それが違うのよ。とにかくまずは抜いてみい」


 アルは打刀を鞘に納め、言われた通り太刀を掴んだ。


 太刀の方は目立つ紅っぽい塗りの鞘をしている。


 この感じなら刃長はおよそ85~90cm(ケント・メトロン)くらいだろうか?


 種類で言えばギリギリ大太刀だろう。


 以前のものよりも長く、反りも更に深い。重量も厚みも増している。


 鞘を彩る紅はその色調の中でも一際明るい紅桜(くれないざくら)色とでも言えばいいのだろうか?


 そんな色合いの綺麗な鞘だ。


 打突武器として使うことも見越して、打刀と同じく鉄拵えの丈夫な仕様にしてある。


 またとことん実戦向きなのか縁頭に飾りっけはなく、鞘尻は打突の威力を上げるためか、更に分厚く金属で覆われていた。


 加えて白い帯紐が一本通してある。


 どうやら佩用ではなく腰に差して、抜けないようなら紐を使って抜くような仕様にしたらしい。


 極東の島国――――刀の発祥地ではこれより飾りも多いだろうし、太刀拵えもあったりするのだろうが、馬に乗らないし、乗れないアルには向かないとオミットされたのだろう。


 事実、打刀から触り始めたアルにはどうも佩くというのが面倒臭くて、太刀でも腰に差してそのまま使っていた。


 どちらにせよ外観の時点で手間の掛かった良いものだということはわかる。


 柄巻も蛇腹巻で、色の違う細糸を縒り合わせた柄糸が複雑に組み合わせられ、蛇の背中にあるような紋様になっている。


 つらつらと心中で所見を述べたアルだが、そういえば「抜け」と言われたなと思い、柄に手を掛けた。


 いつものように鯉口を切ろうとして、


「んっ?」


 と紅桜塗りの鞘を見返した。


(抜けない?)


「んぁ? ちょ、あれ? んぎぎ、(かった)くて、全っ然抜けない。(ハバキ)と鞘、合って――いや、合ってないと納まらないか」


「うぅむ、やはりそうなってしもうたか……じゃあ今度は最大まで『封刻紋』を解いた状態で抜いてみてくれんか?」


「『封刻紋』を? わかった」


 源治の指示に疑問符を浮かべながらもカチカチと5針まで戻す。


 灰髪になった状態で「よっ!」と太刀を一気に引き抜こうとすると、


「おわ!? あ、抜けた……」


 あまりにアッサリと抜けた。


 さっきまでの抵抗は一体何だったんだ、と言うほどに軽い手応えだ。


 抜けた刀身は打刀と同じく鎬造り。


 美しい中直刃に地鉄は細かく沸え立つ小糠(こぬか)肌。


 打刀より色合いが少々明るい。


 一瞬刀身に見惚れたアルだったが「違う違う」と首を横に振った。


「どういう原理?」


「あぁ~……おめえさんでもそうなるかぁ」


「これ、どういうこと?」


 疑問を投げかける緋色の瞳へ、源治が答える。


「わしとキースが打ったのは魔剣と妖刀での。そら魔銀鉱石に生物由来の素材を使うとるんだからそうなんだがの。どうもソイツはその中でもだいぶ気難しいタチの妖刀になっちまったらしい。打ったわしでさえ鞘に納めてからは一度も抜けんかったのよ」


「魔剣に妖刀?――は、この際置いとくとして何で打ったらそうなっちゃったの?」


「私の牙よ」


「なるほど、母さんの…………へっ?」


「そ、お母さんの牙を素材にしたのよ」


 耳を疑ったアルにトリシャが言い直す。


「え? って違うよ母さん。聞き取れなかったんじゃなくて、どういうこと?」


 慌てて母の口元に目をやるが歯はしっかりあった。


 そもそも牙と言っても上下合わせたって4本くらいのはずだ。


 この刀身を打つにはとても足りないだろう。


 鰐やサメのような歯でもあるまいし。


「”変異型”は生え変わりがあるのじゃよ。だいぶ前に教えた話じゃし【龍体化】を使えぬアルが覚えておらぬのも無理はないのう」


 視覚情報と考察の齟齬にアルが固まっていると、見かねたヴィオレッタが口を出した。


「そうなのよ、牙は一、二年で生え変わるの。言ってなかったかしら?」


「知らなかった」


「俺昔、季節が変わったら毛が抜けたりするって言わなかったっけ?」


「龍人族の牙もそうだなんて思わなかったんだよ」


 人狼族の親友にアルは首を横に振った。それにしてもとんと覚えがない。


(蛇の脱皮みたいなもん? あれ? 蛇って成体でも脱皮するんだっけ?)


 思考がズレ始めたアルに源治が話を戻すべく、紅桜色の鞘をちょんちょんと叩く。


「トリシャが抜けた牙を大事に持っとって、『使ってくれ』と持ち込んで来おっての。強い魔族の牙と魔銀鉱石、最後に鋼。その三つを材料にしたらかなりの秀作に打ち上がった――――までは良かったんだがの。鍛冶師でも抜けん代物になっちまいおった。おそらくそれ抜けるのはおめえさんか、母ちゃん本人だけだろうの」


 トリシャがいつかきっと子供を守ってくれるようと保管していたそれを大量放出して打ったという太刀。


 元がかなりの強者であるため、それを鋳溶かして打たれた太刀も最初からかなりの癖がついてしまったらしい。


「俺でも『封刻紋』解除しなきゃ抜けないんだけど」


「きっと足りとらんのだろう」


「それって技量? 魔力? それとも龍気?」


「今んとこ龍気はさておき、残りの全部と見とる」


「いきなり課題が増えた……?」


 なんだか母から認められていないような気持ちになって、アルがしょぼんと肩を落とす。


 トリシャがぽんぽんと背中を撫でながらフォローを入れようとするも、源治の方が幾らか早かった。


「しょうがなかろうよ、打ったヤツすら拒否する太刀だからの」


 なんて言い様だろうか。トリシャが融通の利かないやつみたいに聞こえる。


「護り刀って言うじゃない。そういうやつよ」


 少々ムキになったトリシャが反論する。強者の風格などそこにはない。


「咄嗟に抜けん刀を護身刀とは言わんわい」


「大丈夫よ。アルならすぐにでもブンブン振り回せるようになるわ」


「期待が重いよ、母さん」


(この髪色になるまで鯉口も切れない妖刀……)


 アルはジッと刀身を見る。


 扱い熟すにはかなりの修練と時間を要するだろう。


 そんな気がする。というかそんな気しかしない。


 当分は『封刻紋』を解除して抜く他ないだろう。


 特大の課題を突き付けられた気分になったアルを見ながら、凛華は手元の重剣に目を落とした。


 鞘ではなく、いくつもの革帯で構成され、引っ掛けて重量を分散させるような造りの剣帯に重剣が吊られている。


 前の重剣もこうだったが、支える革帯が2本ほど増えていた。


 凛華はいつものように剣帯ごと担いで、後ろ手に1本革帯をパチンと外しながら引き抜いてみる。


「取り回しは問題なさそうね」


 どこにも干渉することなく重剣はスルリと抜けた。


 引き抜いた剣身を掲げた凜華は知らず知らずの内に、ほぅと息をついていた。


(きれい)


 先程から見えていたが、やはり非常に美しい出来だ。


 盾のように分厚い中心部、鍛えに鍛えられて触れるだけでもスパッと切れそうな刃。


 そしてズシリと重みを返してくる手応えは、その威力を保証してくれているような信頼を与えていた。


 こちらも以前使っていたものより長く、広く、重い。


 柄の長さだけでも1.2倍ほどには伸びているのに握っている感触からして重量の均衡(バランス)はほぼ変わっていない。


 また柄巻がアルの刀と同じ柄糸と、皮革を織り交ぜて巻かれた雁木巻になっており、手からすっぽ抜けるようなこともなさそうだ。


 剣尺にさえ気をつければきっとすぐに馴染むだろう。


「凄い」


 思わずと云った風情で呟いた凛華へ、キースが誇るように語る。


「どうだ? 良い出来だろ? そいつに使われてんの、実は刃尾だけじゃねえんだぜ」


「それは、なんとなくわかるけど」


 以前の重剣は陶磁器のような質感をしていたが、これは違う。


 地鉄は黒鋼のような色合いで、傾けると光の加減で照り返してくる色が微細に変わる。


 まるで爬虫類の尻尾のようだ。


 刃尾で打った直剣はこうではなかった、と首を捻る凛華に耐え切れなくなったキースは答えを口にした。


「そいつは魔銀鉱石に刃尾と槍尾の両方を鋳熔かして鍛えたもんさ」


「槍尾まで? アルが折ったやつ見つけたの?」


「おうよ。あれも結局骨の一部だけが灼け焦げてただけだったからな。穂先の部分は綺麗なもんだったぜ。んで、使ったらそんな感じになった。どうよ、立派な魔剣だぜ?」


「ええ、間違いなく業物ね。ありがとう、キースおじさん」


 自分達にとっての転機、切欠とも言える魔獣がこうして手元で武器になっているというのはなかなか形容し難い気分ではある。


(でも悪くはないわ)


 そう思った凛華は嬉しさを隠すこともなく素直に頭を下げるのだった。


 隣ではアルが源治に礼を言いながら腰帯に太刀と打刀を二本差しにしている。


 するとキースがそちらを向いた。


「アル坊、こいつも持って行きな」


「うん? これって、短剣?」


 キースがアルに渡したのは、刃の形状がカッターの刃のようになっていること以外は何の変哲もない大ぶりな短剣だ。


 だが、柄頭の模様をどこかで見た気がする。


 アルがそう思っているとトリシャがその肩に手を置いた。


「お父さんの長剣、お母さんが頼んで(すり)上げて貰ったのよ」


(そうだ。いつも居間においてあった、折れた剣)


 アルはハッとする。


 これは父ユリウスの形見だと言っていたものだ。


 改めて視線を手元の短剣に向けると、使い込まれていた柄に新しく皮革が巻き直されているが、柄頭や鍔など装飾品はあえて元のものを綺麗に整えたように見えた。


「……ありがと、母さん。キースおじさんも。見守っててもらうよ」


「うん、そうなさい」


「おうよ」


 神妙な表情を浮かべるアルを撫でながらトリシャが短剣に視線を送る。


 ――お願いね。


 母はそう言ったような気がした。


「短剣としてもちゃんと使えるから安心していいぜ。元がしっかりした造りのもんだったからな。あ、でも術を付与して投げたりすんなよ? 鋼は鋼だからな」


「わかってるって。すぐ投げるみたいな言い方しなくても」


 アルが口を尖らせる。しかしそんな主張をする筋合いはない。


「お前勝てると思ったら主武器すら投げ捨てるだろうが」


 キースが容赦なくツッコんだ。


「ふぐっ」


「お母さんも見てたわよそれ。マルクと戦った時も自分から捨ててたじゃないの」


「んんっ」


「撃ち出せると言うとるのに、属性魔力も短剣やら杭にしてすーぐ投げるじゃろ。実剣を持たせたらそのくらいはしそうじゃ」


 ヴィオレッタからの追い打ちまで届く。


「う……いやしません。父さんの剣は投げませんて」


 しらーっとした目を向けてくる大人達に冷や汗を掻くアルであった。


 するとそこへ武器のお披露目にだいぶ時間がかかった為か、


「ね~え~、まだぁ~? お別れを惜しむのはわかるけどぉ、早いとこ私の仕事も見てほしいのよねぇ~」


 蜘蛛人族の小町が焦れたようにトリシャに寄ってきた。


「あ、ごめんね小町。さっ! アルたちにはまだ餞別があるのよ?」


「え、まだあるの?」


「そりゃあ本来ならまだまだお母さん達の庇護下にいるはずの子供達が里を出るんですもの。これでもかってくらい持たせても、足りないんじゃないかって心配しちゃうのが普通の親心なのよ? わかってちょうだいな」


「嫌がってるわけじゃないけどさ」


 アルがそう返し、残りの3人も頷いた。


 それを見ていた小町がササッと4人の前に出てくる。


 うきうきと楽しそうな様子からして彼女の得意分野――つまり服とかそういったものを餞別にくれるのだろう。


「んふふぅ~、じゃあエーラちゃんから渡そうかしらぁ? さ、前出ておいでぇ~」


「なぁに~? 新しい服?」


「その通り! これよぉ~」


 そう言って小町がエーラに手渡したのは、頭巾(フード)のついた深い緑褐色の短外套(ケープ)であった。


 随分軽いのか、とりあえず身につけようと後ろにサッと回したエーラの肩でふわりと一拍浮いて背に落ちていく。


「わぁ、軽っ! すっごい軽いねこれ!」


「そうでしょお~? 軽いけど防刃性、防水性もしっかりあるのよぉ~」


「へえ~! 凄いね! あ、どうかなみんな? 似合う?」


 振り向いてエーラが軽く回る。


 ふわふわと漂うケープを纏う可憐な美少女の姿がそこにあった。


「いんじゃね?」


「うん、よく似合ってるよ」


「妖精みたいよね?」


「そうだね。妖精みたい」


 凛華の誘導尋問にアルが素直に頷く。


 エーラは「うっ」と呻き、


「えと、似合ってるなら良いかな、うん」


 軽く頬を火照らせた。


 凛華はそれを見てニマニマと笑う。


 後で仕返しが来るとは露ほども思っていない辺りが非常に彼女らしい。


「んふふぅ~。もう一つはこれ、胸当てよぉ。弓扱うなら持ってないとねえ」


「わぁ、ピッカピカだ! ありがと。こっちも防刃性あるの?」


「もっちろんよぉ~。防具の意味も兼ねてるんだからぁ~」


「そっか、お母さん達もありがとう!」


 誰がそんなものを頼んでくれたのか?


 当然わかっているエーラは喜色満面で母と父にお礼を述べた。


「次はマルクちゃんね~」


「え、俺にもあんの?」


「そりゃあ、あるでしょうよぉ~」


「でも俺、人狼じゃん」


「【人狼化】してもすぐに破れないような服作ってあげてるの、うちらなのよぉ?」


「そりゃ知ってるし、感謝だってしてるけどさ」


「なぁんか理屈っぽいのねぇ。ほらほら、いいから着ちゃってぇ?」


 そう言って小町がタンクトップのような()()を渡した。


 サッと着込んだマルクが不思議そうな表情を浮かべる。


 胴のみの鎧(ベスト)に近いが、オモテは硬い素材が何層も重なっていた。


「小町ねえちゃんさ、これぴったりだけど【人狼化】できる?」


 普段のマルクもとい人狼族の戦士は変化しても問題ないようにゆとりのある服を着る。


 しっかりとフィットするタイプの服は破けるので着ないことの方が多いのだ。


「やってみたらわかるわぁ~」


「わかった」


 小町に言われるがままマルクがゆらりと【人狼化】する。


 すると驚くべきことが起こっていた。


「おおっ!? これ、全然キツくねえ!」


 変化した体躯に合わせて胴具が伸びている。


 何層にも重なっていた部分は、スライドして腹筋を模したように広がっていた。


「これが蜘蛛人族のワザってやつさぁ~。人狼の毛皮は頑丈だけど、外はやっぱり危ないからねぇ。急所の集まってる胴体の守りを固めたのさぁ~。ついでに言うと、そこはただの鋼鉄じゃなくて〈刃鱗土竜〉の鱗を張り合わせてあるから、並の防具より硬いし軽いよぉ~」


「マジか、あいつの鱗だったのかこれ。じゃあこれ着てたらアルの『魔核突き』受けても問題ねえってこと?」


「『妖殻貫(ようかくぬ)き』だって言ってるだろ」


 事あるごとに剣技名(実際に用いたのは鞘だが)を間違えるマルクにアルがツッコむ。


 2人のやり取りを置いて小町が「次はぁ~」と緩い声を上げる。


「凛華ちゃ~ん?」


「はいはい。あたしもエーラみたいなの? 剣が振りにくそうだから、あんまりヒラヒラしてないのが良いわ」


 またあの子はっ! と、目を吊り上げる水葵を宥める八重蔵を尻目に、小町は鬼娘にほいと手渡した。


「ありがとう小町ねえさん。えーと、これどうなってるのかしら? なんか肩のとこがゴワゴワしてるんだけど」


 面倒になった凛華がバッと開く。


 露わになったのは裾丈と袂が短めで袖口を軽く絞った――――着物の羽織とジャケットの特徴を併せ持った短裾上衣(クロップドトップス)だった。


 全体的に和装の印象が強く、暗い朱色地に金色(こんじき)の模様が入っており、袖口は艶のない黒で染められている。


「凛華ちゃんのは上着にしたよぉ~。防刃・防水性はエーラちゃんと同じで、小さなモノなら袂に入れられるし袖口も搾れるようになってるわぁ~」


 そう告げて小町は短裾上衣を凛華に着せた。


「んー、動きの邪魔はしそうにないわね。袖も意外とヒラつかないみたいだし。でもこれ真ん中開いちゃってるわよ?」


 最初から閉じきることは想定していないのか、内側に紐はついているものの鎖骨辺りで丈は終わっている。


 着流しのように前が足り過ぎていても邪魔だが、これは布地が足りてないのではなかろうか?


 すると独特の動きで小町はふるふると首を横に振った。


「凛華ちゃんの戦い方見てわざとそうしたのよぉ~。真ん中はその大っきな剣があるから問題ないでしょうけど、肩とか結構掠ってたみたいだからねぇ」


「なるほど、戦闘前提なのね。どうかしら?」


 袂を握って何の気なしにくるっと回る美しい鬼娘。


 今度はエーラが楽しむ番だった。


「ねぇねぇアル。凛華、すっごく似合ってるよね?」


 その一言にハッとした凛華が慌てて口を開く。


「あ、やっぱりいいわ。小町ねえさ――」


「凛華は美人だからねぇ。よく似合ってる」


 さっさと切り上げようと小町に礼を言おうとするも、アルがうんうんと頷く方が早かった。


 彼はちっとも照れていない。


 まるでそれが常識だとでも言うかのような顔をしている。


 エーラは凛華へしたり顔を向けて尚も追撃する。


「仕草も可愛かったよね~?」


「狙ってないとこが可愛らしかったね」


 アルの誉め言葉に凛華がぐぎぎっと奥歯を噛みしめる。


 耳まで真っ赤だ。


 エーラの復讐大成功である。


「小町ねえさん、ありがと。その、気に入ったわ」


「んふふぅ~」


 ご機嫌な小町から離れた凛華は、


「エーラっ、あんたねえ」


 すぐさま耳長娘に突っかかった。


 しかしエーラも負けていない。


「お互い様だも~ん。でも嬉しかったでしょ? ボクに感謝してくれてもいいよ?」


 凛華は「くぅ~っ!」と悔しがりつつ、いまだ赤い耳に風を送りながらぼそりと呟く。


「覚えてなさいよ」


「あはっ! やだよぉ~」


「いや相打ちだろお前ら」


 マルクの冷静なツッコミは無視された。


 当のアルは「俺には何だろ? どんなんかな?」とソワソワして、ほとんど聞いちゃいない。


「最後ぉ~、アルちゃん」


「あーい」


「アルちゃんには服じゃないのよねえ」


「そうなの? でも小町姐さんは仕立て屋さんでしょ? 防具なら鍛冶師だし」


「そうよぉ~、だから服じゃなくて織布(おりぬの)なのよお~」


「織布?」


「そ、これよぉ~」


 そう言って小町はアルの本来の瞳のような真紅に染め抜かれた、ターバンくらいの長さの織布を手渡した。


「防寒布? 手触りは良いけど」


 アルが触れてみると想像よりも感触が滑らかでサラサラしていた。


龍鱗布(りゅうりんふ)よぉ~。加工してないように見えるでしょうけどぉ、手間は三人のと同じくらいかかってるわぁ~」


「龍、鱗布?…………ってまさか」


 もしかしてとアルが母へ視線を向ける。


「当ったり~」


 するとトリシャはにっこり頷いた。


「鱗も生え変わるの?」


「そうよ、魔獣とかの鱗と違って【龍体化(まほう)】で変化(へんげ)するものだから一気にポロッと取れるのよ。その日一日は【龍体化】使えなくなっちゃうんだけどね。アルが魔法を使えたら教えようと思ってたんだけど」


「でもこれ触った感触、布だよ?」


「そこはうちらの卓越した技術よぉ~」


 小町がえへんと薄い胸を張る。


「感謝してるわよ」


「トリシャの鱗は、ほっんとぉ~に融通利かなくて大変だったのよねぇ~」


「ちょ、牙に続いてあんたまで!」


「冗談よぉ~、ただ丈が長すぎて苦労したのは本当よぉ~?」


「しょうがないじゃない。これくらいないとアルを守れないもの」


「親ばかねぇ。まあいっかぁ……アルちゃん、他の三人も。それはうちら蜘蛛人族の【撚糸(よりいと)】で編まれてるの。だから、長く着て魔力を通せばある程度伸び縮みするようになるわよぉ。今んとこ最初からよく動くのはマルクちゃんのだね、そういう風に仕立てたから。で、不明なのがアルちゃんのだねぇ、龍人族の鱗なんて織ったことないからぁ」


 少々真面目な態度で小町が告げた。


 4人は一瞬キョトンとして、時間差で「えっ?」と新装備に眼を落とす。


「蜘蛛人族の【撚糸】は本来、魔力を通せば自由自在に動くのじゃ。それを織り込んでおるのじゃから、頑丈なだけ、なぞというショボい特性では終わらぬぞ?」


 ヴィオレッタが教えてやると、3人は「知らなかった」とそれぞれ不思議そうな顔で防具を軽く引っ張り、アルなど早速とばかりに魔力をどばーっと龍鱗布へ流し始めた。


 が、どうやら思ったように動かすには慣れが要るらしい。


「ふごっ!?」


 龍鱗布がアルの顔にヒュバッ! と、へばりついた。


 モゴモゴやっているアルを見て、少しずつ試そうと思う3人であった。



 ~・~・~・~



 それから少し後。場所は隠れ里の東門。


 とうとうこの時がやってきてしまった。


 それぞれの親兄弟が別れを惜しんでいる。


 凛華に何か言って、なぜか理不尽な逆襲を受ける兄の紅椿。


 シルファリスとシルフィリアが抱き着いているせいで、エーラを抱き締められないラファル。


 ぐすぐすと洟をすすってマルクから離れないマチルダに苦笑するマモンと、案外淡泊な反応のアドルフィーナ。


 三者三様だ。


 アルは昨夜の内に訪ねてきたヴィオレッタと母に散々別れを惜しまれたので、小ざっぱりした様子でそれらを眺めていた。


 すると師匠が問うてくる。


「アルよ、(なれ)の中におる前世の汝――長月は何か言うておったか?」


「言ってました。えーと…………『頭目になって、外の世界に出るんだろ? 今までお前を守ってくれてた人達から離れちまうってことだ。つまり、お前の判断一つで仲間を危険に晒す可能性も充分あるってこった。その認識を頭から絶対に外すんじゃねえ。気合入れてけ、兄弟。それと再三言うが、何が起こったとしても自己犠牲なんぞマジでやめとけ』って」


「そうか、儂の言いたかったことをほとんど言われてしもうたのう。しかし、自己犠牲で死んだ者が自己犠牲を否定するとは」


「そこに関しては何か俺の見てない記憶があるのかもしれません。死んでた間の記憶とか」


 弟子の返答にヴィオレッタがふむと顎に手をやる。


 そこにさっきもいた人虎族の族長ベルクトと、いつもの双子エリオットとアニカ、そしてなぜかカミルとニナが歩いてきた。


 ちなみに彼ら人虎族が早々に見送りに出て来ていたのは、アル達4人に大恩を感じているからである。


「おはようございます」


「ああ。本当にもう出て行くのだな」


 ベルクトが静かに訊ねてくる。


「はい」


 アルは首肯した。


「すまないが、少し時間をくれないか?」


「? はい」


 時間? と、疑問符を浮かべたアルの前に、何やら決意染みた顔をしたカミルとニナが進み出て来た。


 ――なんだろう? 喧嘩か? 今更お礼参りか?


 最後にぼこぼこにしてやろうってやつだろうか? と、一応謝罪に行ったことなどすっかり忘れて警戒するアルは直後――――……毒気を抜かれることとなった。


「その、今まで悪い……いや、すまなかった」


「あの……ごめんなさい」


「えっ? え?」


 アルは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


 そういえば謝りに行ったとき、2人はベルクトから無理矢理頭を下げさせられていたような気がする。


 アルはなんとなくその記憶を思い返し――――警戒心を働かせた。


(この二人、俺が知らない間にまた何かやらかした?)


「俺らは、その、お前らは恵まれてるからあんなに強いんだって思ってて……だから今まで心から謝れてなかった。でもお前らは里出るって言うし、次に戻るのはいつになるかもわからないって聞いて」


「その……悪かったよ。あの仕合見て、魔法使ってる相手と生身でやり合って勝ったアンタ見て、『恵まれてるだけじゃ無理だ』ってようやくわかった。あの三人が自分を罵倒されたみたいに本気でブチギレてたのも、アンタの努力を知ってたからだってわかったんだよ。歯牙にもかけられてなかったのも、ようやく実感した」


 カミルとニナは神妙な顔で語る。


「え、あ、ああうん。そう、なんだ」


 微妙に気まずいアル。疑ってかかったせいでばつが悪い。


「だから、すまなかった。親父さんのことも聞いた。今更許してくれとは――――」


「いや。いや許すよ。それに俺もあの時は心から謝ったわけじゃ、なかった。だからごめん。血に呑まれかけた片鱗だったんだろうけど、やっぱりそれは言い訳だ。やりすぎた。もっと魔族流に一対一の決闘でもやれば良かったんだ。カッとなってごめん。その……かなり遅くなっちゃったけど、ニナは顔大丈夫だった?」


「え、うん。里長様が治してくれたから。ごめんよ、あの時は」


「うん」


「「「…………」」」


 しばし居心地の悪い沈黙が続く。


「お?」


 そこに母から逃げてきたマルクがやってきた。


 微妙な雰囲気を敏感に察知したマルクは「はっはーん」と頷いて、どこか露悪的な口調で話し掛ける。


「なんだ、ようやく和解したのかよ。おいカミルだったな? お前、このまんまでいるつもりか?」


「え……? どういう意味だ?」


 カミルは困惑している。ニナも似たような表情だ。


「俺らは自慢じゃねえが、里では優秀って言われてる」


「恵まれてたのは本当だし、努力も本物だけどさ」


 合いの手を入れたアルだったが、話をどこに持っていきたいのかさっぱりわからいない。


「で、お前らは? 元移民の改心したチンピラのまんまで終わんのかよ? って聞いてんだ。戻ってきた俺らは間違いなくまた成長してるぜ? 溝広げられて悔しくねえのかよ?」


 アルはそこで察した。マルクは彼らに発破をかけたいらしい。


「それは、俺らだって今は真面目に――」


「うん」


 カミルとニナがどうにも煮え切らない返答を寄越す。


「頑張ってるってか? なら俺らが戻って来たときに決闘しようぜ。今よりもマシになってんだろ? それとも何か? 七つも下のエリオットやアニカより弱っちくて、ガッカリさせてくれんのか?」


 あまりにも明らかな挑発だった。


 だが、真意は伝わったらしい。


 カミルとニナの目に強い光が灯る。


「俺らだって成長する。いや、してみせる。決闘上等だ。戻ってきた時、俺らの強さを教えてやる」


「そうさ、今に見てるんだね」


「ハッ! 上等だ」


 マルクがニヤリと笑った。


 カミルとニナも照れくさそうに、しかしどこか嬉しそうに笑っている。


「アルクス、お前もだ。戻ってきたらその強さ、俺にちゃんと教えてくれ」


 真っ直ぐなカミルの視線に嬉しくなったアルも力強く首肯する。


「ああ、わかった。そのときはきっちり勝ってみせる」


「楽しみにしておく」


「ああ」


 会話はそこで終わり。


 カミルとニナはどうやらスッキリしたらしく、温かく微笑むヴィオレッタとトリシャに場所を譲るように下がっていった。


 双子の方はどうやらアドルフィーナといっしょに凛華やエーラの元へ別れの挨拶を済ませに行っているようだ。


 ふと見れば、ベルクトが目で謝意を伝えてきた。


 アルとマルクは顔を見合わせて首を横に振る。


 礼など要らなかった。


 ようやく彼らと友人になれそうだと思えたから、遊ぶ約束を取り付けただけなのだ。


 気を使ったわけでは決してない。


 ベルクトはフッと笑い、それでも謝意を伝えて下がっていく。


 そこに双子とアドルフィーナを連れたエーラと凛華がやってきた。


「アルクスにいちゃん元気でね!」


「マルクおにいちゃんも!」


 エリオットがアルに抱き着き、アニカが2人に手を振る。


「アルにい元気でね。お兄ちゃんは、うん」


 アドルフィーナは兄に対してやはり淡泊だ。2人の頭に凛華化の文字が過る。


「うんってなんだフィーナ。しばらく会えないんだぞ?」


「とか言ってすぐ戻ってきそうなんだもん」


「さすがにねーって」


 サッパリし過ぎてる妹を抱え上げて一回りしたマルクがアルに声を掛ける。


「アル」


「うん、そろそろ行こうか」


「よーし!」


「いよいよ出発ね!」


 全員がやる気を漲らせたことで大人達も気付いた。


「行くのか?」


 ヴィオレッタが4人へ問う。


「「「「はいっ!」」」」


「うん、じゃが待て」


 ずっこける4人。


 いきなり止めるなと言いたいところである。


「汝ら、儂にどうやって手紙を送るつもりじゃ?」


 それは里を出る条件の一つだ。


 別に誰も忘れていたわけじゃない。


「紙と筆はあるよ」


「俺も」


「エーラが植物に頼むんじゃないの?」


「ええっ!? ムリだよ、そんな遠くまでは!」


「じゃあ矢を飛ばすの?」


「いやいやそんなに長い距離飛ばないから! 大体『幻惑の術』かかってるのにどこに射るってのさ!?」


「こう、斜め上の方向を狙ってさ」


「いや飛ばないから! よしんば飛んだとしても里に矢を降らせることになっちゃうじゃん!!」


 他愛のないというか他人任せな内容の会話を交わす4人に、ヴィオレッタは額に手をやってタメ息をついた。


「そんなことじゃろうと思っておった。待っておれ」


 そう言うとピィィィィ――――! と、口笛を吹く。


 なんだろう?と4人が不思議そうにしていると、空に影が落ちた。


 直後、胸元の羽毛だけ艶紫をした真っ黒い濡れ羽の大きな鴉が舞い降りてきて、首に龍鱗布を巻きつけているアルの肩にお行儀よく止まる。


「のわっ? え、鴉? にしてはデカいな。ってあれ? 足が三本ある……それってたしか八咫烏って――」


「そやつは儂が最近使い魔にした三ツ足鴉という魔獣じゃ。魔物ではないのじゃが、少し前に怪我をしておるところを保護したら懐いてのぅ。まだ幼いがそやつに手紙を持たせると良い。儂との血の繋がりを辿って来れるはずじゃ。名は汝らでつけるが良かろう」


「へえ~っ! 使い魔ってこういうのなんだ!」


「賢そうね!」


「ほんとだな」


「ありがとうございます師匠」


「「あっ、ヴィオ先生ありがとうございます!」」


「ありがとうございます先生」


 お礼を言う4人を三ツ足鴉がクリクリと頸を回して見つめる。


 性格は大人しそうだ。


 そんな風に新たな旅の仲間を見ていた4人だったが、誰ともなく顔を見合わせた。


 ――そろそろ行こうか。


 頷き合って見送りに来てくれている住民へ顔を向ける。


 彼らもこちらを見た。その表情は様々に彩られている。


 ――ここからだ。


 頭目としての初仕事を熟すべく、アルは背筋を正して声を張り上げた。


「見送り、ありがとうございます! それじゃ、行ってきます!! 皆さんお元気で! また会いましょう!!」


 些か簡潔に過ぎる言葉。


 しかし、気合と高揚は伝わる潔い挨拶。


「「「行ってきまーす!」」」


 3人も追随して、4人は歩き出した。


「手紙出すのよー?」


「気をつけてねー!!」


「元気でねー!」


「辛くなったら帰ってきていいんだからね~」


「頑張るんじゃぞー」


 隠れ里の住民達は爽やかな風を浴びたように漏れてくる笑顔を浮かべて大きく、何度も手を振っていた。


「「はーい!」」


「「おー」」


 こうしてアルクス、凛華、シルフィエーラ、マルクガルムはまだ見ぬ外の世界(冒険)へと旅立っていく。



 新たな風を纏って、振り返ることなく、ただ前へ、前へと。



 後に大陸を大きく揺るがす彼らの旅路は、こうして幕を開けたのだった。

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