断章5 アルクスショック!
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
今回は短編です。なにとぞよろしくお願いいたします。
アルクスが『八針封刻紋』を己の胸に刻み、龍血を封印した夜のこと。
朝から仕事に出ていたトリシャが帰宅した。
(はぁ~、もうクタクタ)
トリシャは息子と語らいながらゆっくり食事でもして癒されようと考えていた。
夜もそこそこ深い。
息子は先に夕飯を済ませているだろうが、いつもトリシャに付き合って労ってくれるのだ。
「ただいま~。アル~? ちゃんと晩御飯は食べ、たあああああああああああっ!?」
「あ、おかえり~」
「いやいやいや! 『おかえり~』じゃないでしょ! どうしたのその髪!? 眼の色まで違うじゃない!」
トリシャが息子に飛びついてむぎゅりと頬を挟む。
すわイジメかと思ったがどうも違う。
アルは斑のない綺麗な黎い髪をしていた。
「かーさん、せつめいするから手ぇはなして」
「ちゃんと説明なさい。どうなっちゃってるのよこれ? 今度は何したの?」
「えとね、最近暴走しやすくなってるって話したでしょ?」
「ええ、躍起になって術を組んでるのも教えてもらったわ。ヴィーにはあえて手伝うなって言われてたけど……」
「それでね。一つの術じゃどうしたって暴走を食い止められなかったから、術を八つ重ねて龍人の力そのものを封印したんだ。見てて」
そう言って胸に焼き付けられた『八針封刻紋』を見せ、アルはカチカチカチッと左掌の鍵を反時計回りに戻していく。
段階ごとに変化していく髪と瞳の色調。
髪色は黎からアッシュブラウン、そして灰色に。
虹彩は赤褐色から暗紅色を経て緋色へ。
龍人の力を封印すると言ったアルにも、昨日までなかった『封刻紋』自体にも目を剥いたトリシャだったが、何よりも息子の変化していく様に驚愕した。
「ええ? ねえちょっと、大丈夫なのそれ? 安全なの?」
「んと、たぶん?」
「たぶんて。ほんとに? 苦しかったり痛かったりしないの?」
「うん、凛華とエーラにも聞かれたけど大丈夫だよ」
呑気にガキッ、ガキッと”鍵”を閉めていく息子。
トリシャは一旦大きく息を吸い、己を落ち着かせた。
凛華とシルフィエーラが騒ぎ立てたりしていないということはおそらくまずい状況に陥っているわけではないということ。
あの2人はアルを気に入っている。女の勘すら要らないくらいだ。
「母さん、ご飯は? 用意できるよ」
「ご飯どころじゃないわよもう。ちゃんとこうなるって言いなさいな。お母さんビックリしちゃったじゃない」
「ごめん。今日思いついたから言う暇なくてさ」
「まったくもう。にしてもそうしてると小っちゃいユリウスみたいね。まあユリウスはもっと真っ黒髪だったし、瞳ももっと暗い茶色だったけど」
「凛華とエーラを送ったとき、八重蔵おじさんとラファルおじさんにもそう言われたよ。髪が青み掛かってるのも、目が赤っぽいのもたぶん母さんからの遺伝だろうってさ」
「そうでしょうね。そういえばヴィーには視てもらったの?」
「まだだよ。訪ねたけどいなかったしもう夕方だったから」
「そう…………はぁぁ~……一旦ご飯食べようかしらね」
「あーい」
適当な返事と共にアルが台所へパタパタと向かう。
まったく呑気なものだ。
その背を見ながらトリシャは大きく息をついた。
本当に心臓に悪い息子だ、一体誰に似たのやら。
特に問題はなさそうだが、明日は絶対にヴィオレッタのところへ連れて行かなければ、と静かに決意した。
程なくして温め直してきた食事を持ってきた息子をトリシャはじーっと観察する。
「母さん、どしたの?」
「変なところがないか見てたのよ」
「ないでしょ?」
「まあね。でもお母さんの息子なだけはあるわ。その髪色でも似合うじゃない」
「そう? おかしくないなら別にいいや」
「雑なのよねえ。凛華ちゃんとエーラちゃんとマルクはなんて言ってたの?」
「『慣れない』ってさ」
「そうでしょうよ」
あの3人とて驚いたろう。というかあの3人だからこそ驚いただろう。
十中八九こんな見た目になるとは予想できなかったはずだ。
「その刻印術式、もう二度と外せないの?」
「ううん、外せはするよ。でも一時まで針が戻ったらまた暴走しちゃうだろうから当面は外せないね。もう雷撃で気絶するのもヤだし」
「そっちも心配だったんだけどねえ。はぁ~……わかったわ。それが里を出る条件の一つに対するアルの出した答えなのね?」
「そんなとこ。でもたぶん今弱体化してるから、稽古と鍛錬にも時間かかりそう」
「弱体? どういうこと?」
「龍人族の力を完全に封印してる今の状態じゃ、龍眼も龍焔も使えないんだ。魔力の量とか得意なのが炎なのは変わんないけど、龍気もまったく使えなくなってたし」
「ええっ!? じゃあほとんど人間と変わらないじゃないの!」
「そうみたい。まあそれならそれでやりようはあるし、困ったらある程度封印を解くから問題ないよ」
「呑気に言うことじゃないでしょうに。封印はどれくらいまでなら安全に解除できるの?」
「今のとこ絶対大丈夫なのは五段階目だから、えーと三時までかな。龍眼なら使えるね。それ以上戻すのは、ちょっと危ういかも」
「そう。明日はヴィーのとこ行くんでしょう? お母さんもついてくからね」
「え? 母さんも来るの? なんで?」
ぽやんと問うてくる息子。トリシャは思わずピキッときた。
ホッとしたら腹が立ってきたのだ。
――この爆走息子、どうしてくれようか。
トリシャはすっと立ち上がって息子の席に近寄る。
そして「うん?」と見てくるアルの背中に回り、ヘッドロックをガシッと決めた。
「心・配・だからに! 決まってるでしょうが! あんたは! もうちょっと! 大人しく! することを! 覚えなさい!」
「わあっ!? ちょ、母さんごめんっ! ごめんなさーい!」
慌てたアルの謝罪がルミナス家に響く。
結局その夜はトリシャからコンコンとお説教を受けるアルであった。
* * *
その翌日。
アルは母に手を引かれた状態でヴィオレッタの家へと向かっていた。
この歳ではさすがに気恥ずかしい。それになんだか悪いことをして連行されている気分になる。
「母さん。ねえ、さすがに恥ずかしいんだけど」
「ちょっとほっとくとす~ぐわけわかんないことする息子には妥当な処置よ」
「もぉ~ごめんなさいってばぁ」
「ちっとも悪びれてないじゃないの。離さないわよ。反省するまでお母さんがちゃんと見ておくわ」
「ええ~」
「ほら! やっぱり悪いと思ってないじゃないの!」
「そんなことないよ? 次からちゃんとするから」
「次から、って言う人は次もしないのよ」
「むぅ」
鬼娘と耳長娘には息子が変なことをしないようきちんと頼んでおかなければ。
その思いを強くしたトリシャと手を引かれるのにも早々に慣れたアルの2人は特に何事もなく、『仕立て屋通り』を抜けてヴィオレッタの家へと辿り着いた。
トリシャが門戸をトントンと叩く。
「ヴィーいる? 私よ、トリシャよ」
声そのもので判別出来たのだろう、扉が開いた。
「おはようトリシャ。だいぶ早いようじゃが昨日汝は仕事が遅いんじゃなかったかの?」
「ええ、でもちょっと見てもらいたくてね」
「はて? 見るとは何をじゃ? ってアルもおるのか。ということはアルがまた何、ぞぉおおおおおおおっ!?」
仰天する師を見て『昨日の母さんもこんな感じだったなぁ』とアルは冷静に思った。
「どうしたのじゃこれは!? また何かしたのか!?」
またとはどういうことだ。そして何かしたとはどういう意味だろうか?
何があった、で良くないだろうか?
そう思わないこともないアルではあったが、同じくらい似たような叱られ方をしてきた自覚もあったので「てへっ」と照れてみせる。
そんな息子の後頭部をペシンと叩いたトリシャは、ヴィオレッタの反応に昨夜の己を見てしまい少々むず痒い。
「な、は、え、と、とりあえずうちに入るのじゃ。ちゃんと事情を聞かせい」
思った以上に動揺しているらしい。
自分はここまでビックリしてなかったはずだと思ったトリシャだったが、アルからすれば似たようなものであった。
~・~・~・~
所謂ところの客間の方に通されたトリシャとアルが座っていると、奥から茶杯の載った盆を『念動術』で浮かせたヴィオレッタがやってきた。
アルはその技術力の高さに「おぉ……!」と唸る。
簡単そうにやっているが『念動術』でこういったものを運ぶというのは案外難しいのだ。酒樽を運ぶのとはワケが違う。
間を置かず茶杯は盆から離れ、アルとトリシャの前にスウーっと浮いてきた。
――ここまで淀みなく術を掛けるとは。
おまけに指を1、2回ひょいっと振っただけ。
アルがやるなら常に手を翳しておかねばならないだろう。
一人頷いて「練習不足だな」と呑気なことを呟くアルだったが、トリシャとヴィオレッタがそんなことはどうでもいいと言わんばかりに視線を向ける。
「アル、説明するのじゃ。それは魔術の影響か?」
「はい。そうです」
聞かれる内容はわかっていたのでアルの反応も早い。
襯衣の胸元を開け、左掌も一緒に見せる。
操魔核の真上を狙って焼き付けられた『八針封刻紋』と対応するような”鍵”の術式を見たヴィオレッタは目を見開き、すぐさま『時明しの魔眼』を発動させた。
師の瞳に浮いた金色の蜘蛛の巣に視てもらっているアルは内心ドキドキである。
一人で組んだ術式だ。
やはりプロに視られると緊張する。
「これは……龍人の力を幾重にも重ねた術式で完全に封じておるのか。常時発動型じゃが消費魔力もそう多くない。アルの魔力量なら特段問題ないじゃろう。そしてこっちは……段階的に解除するための”鍵”といったところか?」
「はい。こんな感じです」
カチカチと鍵を回し、アッシュブラウンの髪、暗紅色の瞳に変化したアルを見てヴィオレッタは「なるほど」と納得した。
『封刻紋』の針はアルが解除した分だけ反時計回りに動いている。
「……ふぅむ、刻印を時計と見立てて解除術式を組んだか。まったく、よく出来ておる。言われなければ十三歳が組んだものとは信じられぬほどじゃ。トリシャ、これはアルに悪影響を与える術ではない。儂が保証しよう。じゃがアルよ、ここまで大規模で複雑な術式を組むのであれば試す前に見せに来ぬか。何があったのかと心配したじゃろう?」
師の咎める視線にアルは耐え切れず頭を下げた。
「う……ごめんなさい。その場で考えたから相談する時間なくて」
「私にもそんな言い訳したのよ」
告げ口をするように言う母。アルも少々バツが悪い。
「まったくこやつは……少しくらい大人しくしておれ。しかし、これまで作っておった術式を少し見せてもらったことがあるが、これは様式も組成の根幹思想もそれらとはかなり異なっておる。何があって思いついたのじゃ?」
「ああ、それは前世の自分に考え方を丸っきり変えてみた方がいいんじゃないか? って言われて」
「ええっ!?」
「はあ!?」
「ん? なに? …………あっ!」
「まだ言ってないことがあったみたいねぇ? アル」
「そのようじゃのう?」
「いたいいたい、ごめんなさいっ。言うっ、言うから!」
青筋の浮いた手に両頬を引っ張られたアルは慌てて事情を説明したのだった。
自分でもよくわかっていないが、何度か術式に失敗して気絶した時に前世の自分の住んでいた部屋にいて、そこに彼――――長月がいた、と。
おそらくだが、何度も意識を失ったことで偶発的に前の人格が黄泉帰ってしまったのではないかと考えられること。
当初は幻覚の可能性も疑ったが、話してみると発想や思想に明らかな違いが見られたので、幻覚ではなくそれぞれ完全に独立した人格を有しているらしいこと。
また眠っていたり気絶したり、現実に意識がないときは任意で彼の部屋に訪れることが出来るようになった反面、現実に意識があるときはあちらから呼びかけても自分には何も聞こえないこと。
そこで散々新魔術に失敗しまくって打つ手がないと愚痴ったところ、「素人目でしか語れないが視点を変えたらどうだ」と言われ「一理あるかも」と『八針封刻紋』を閃いたこと。
それはもう噺家の如くアルはベラベラと何もかも正直に打ち明けた。
母と師の眼が怖かったのである。
全てを聞き終えたトリシャとヴィオレッタは揃って深い溜め息をついた。
どうしてこの子の周りではこう変なことばかり起こってしまうのだろうか。
しかしようやく経緯がわかった。
「まぁ汝と前世の汝が仲良くできておることは良いこととしておくかの……」
「こっちでは存在しないし、あっちでも死人だから出しゃばる気はないぞって言ってました」
「そう、なのね」
ヴィオレッタとトリシャは正直ちょっと気疲れしている。
里の住人達の持ってくる相談事や夜間任務の数倍は疲れた。
しかし龍人の血を封印した影響はきちんと把握しておかなければならない。
何よりアルのために。
「次回の授業は他三人とアルの身体に起こった変化をしっかりと把握する時間としようかの。良いな?」
「はい」
「ヴィーお願いね。やっぱり魔術ってなるとヴィーが一番知識もあるから」
「うむ。任せよ」
こうしてその日のルミナス親子の訪問は終わった。
ヴィオレッタもトリシャも胸を撫で下ろしつつ、アルは師匠に魔術を褒められてほくほくだ。
しかし、翌日からヴィオレッタに災難が降りかかることになる。
アルを含めたヴィオレッタの生徒達4人は顔が広い。
『鍛冶屋通り』から『仕立て屋通り』の面々に癒院の親子、人虎族、年上の青年組から下の年少組まで多岐に渡る。
アルの見た目の変化に驚き、更に本人の創った封印魔術による影響だと聞いた彼らが「あの術は大丈夫なのか? 悪い影響はないのか?」とヴィオレッタに質問責めしたのだ。
マルクの妹であるアドルフィーナやエリオットとアニカの双子、果ては遊んでもらっていた子供達ですら訊ねてくるのだからたまったものではない。
「ええいっ! 大丈夫じゃと言うとろうがっ!」
数日もしない内に疲れと怒りを多分に含んだヴィオレッタの叫び声が里に木霊したのだった。
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