5話 一年後(虹耀暦1286年7月:アルクス14歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
今回はかなり少なくなってしまいました。なにとぞよろしくお願いいたします。
アルクス、凛華、シルフィエーラ、マルクガルムの4人が出郷の許可を得て、およそ1年と少しの歳月が流れた。
4人ともそろそろ本格的に出郷準備に取り掛かろうとしているところである。
しかし実を云うとこれは、指導役の想定からはあまりにかけ離れた事態であった。
彼ら大人はせいぜい2、3年の内でも早い方だろうと呑気に構えていたのだ。
しかしこの1年。
勉強と稽古漬けの毎日で互いに別々のことを学んでは教え合い、またその進度に刺激を受けて更に奮起するというローテーションを何度も何度も繰り返していった結果、4人はたったの1年で出郷基準をクリアするという快挙を成し遂げてしまったのである。
今や同世代どころか少々上の世代程度では並び立てる者がいないほどだ。
大人達が頭を抱えてしまったのも致し方のないことであろう。
その4人はと云えば、見た目も歳相応に成長していた。
アルクス・シルト・ルミナスは母に似ていた見た目からもう少し男らしい骨格になり、背も随分と伸びた。今では凛華より頭半分は高い。
散々いじられていた声も、声帯付近が整ってきたらしく、時たま父ユリウスに似ていると評される特徴の高過ぎず低過ぎないものに落ち着いてきている。
黎い髪に赤褐色の瞳。
今では住人らも見慣れたが当時は年少組にすらかなり心配されていた。
また彼らがそちらで慣れてしまったのはあれから一度も『八針封刻紋』を解除しなかったからである。
あえて”封印”を解かず、龍人の血に見合うくらい人間部分も強くなろうと試みているのだが、それが良い効果を生んでいるかは本人をして不明。
女神のみぞ知るところだ。
本人の性格や幼馴染を巻き込んで色んなことをしてきたり首を突っ込んだりしてきたせいで里でも顔が広く、訪ねると2人を除く人虎族達からはなぜか歓待してもらえる、というよくわからない状況になっていたりする。
きっと助けた双子エリオットとアニカが4人にかなり懐いているというのが大きいのだろう。
鬼人族の少女イスルギ・凛華は非常に美しく成長していた。
背も少々伸びてはいるがアルやマルクほどではないのを少々気にしている。
スラリとしたしなやかな肢体はあまり変わらず、最近は女性らしい骨格が目立ってきた。
艶やかな黒髪をアルに貰った白い装飾のついた髪留めで後ろに纏め、キリッとした気の強そうな青い瞳は涼やかながら勝ち気な印象を与えている。
また母、水葵の指導のおかげで少しは見た目にも気を使い出したらしく、シンプルながら小洒落た装いをするようになった。
当然ながらその怜悧な美貌は同族からの人気も高い。
しかしながら、誰からも声を掛けられないのは八重蔵という強者の娘かつ彼女自身も強者になりつつあるというのもその一因だが、その青い瞳に映っている男がたった一人しかいないというのが最大の要因である。
森人族の少女シルフィエーラ・ローリエもまた愛嬌のある美少女へと成長していた。
悪戯っ気のある見た目から元気の良さを強めに成長させたようで、里の年配の者から矢鱈と可愛がられている。
乳白色を帯びた金の短髪に、小麦色の肌、身軽そうな見た目。
4人の中では最も背が低い。アルと頭一つほどもいかず、マルクガルムとは丁度そのくらいに違う。
右サイドの前髪を編み込みにして、凛華の髪留めが羨ましいとアルにねだって贈ってもらった筒状の赤い数珠玉を通している。羽飾りはやめたらしい。
胸も母や姉達と同じように成長してきたらしいが本人が無頓着なため、凛華とアルがフォローを入れることもしばしば。
こちらも少し歳上のお姉さんに憧れる少年達から人気だが、矢張り一人にのみ明確に距離感と雰囲気の違いがあるので遠目に見られている。
しっかりと本人の中で線引きがあるらしい。
気付けていないのは昔から一緒にいたせいで鈍くなっている半龍人だけである。
人狼族の少年、マルクガルム・イェーガーは父親のマモンに似て野性味と物静けさの混ざった容貌に成長し、体躯もがっしりした上背も目立つようになった。
アルより少々身長も高く、彼をいじっている内に変声期を迎え、2人して凛華とエーラにいじられたことは記憶にも新しい。
ワイルドな見た目の多い人狼族だが、その歳で戦士然とした凄みを感じさせる者は少なく、同じ人狼族の年上達からもちょくちょく話題に上がりだしている。
その成長具合に最も喜んでいるのは母のマチルダだ。
尚、物静かに見えるのは残りの3人が大抵深く考えない行動を取ったり、平然と無茶苦茶なことをするせいで自然と思慮深くなっていったからである。
4人の中でも随一の苦労人だが結局アルに唆されれて同行してしまうため、そう見られることは多くない。
最近妹のアドルフィーナがマセてきてハラハラしっぱなし。
「妹に不埒な考えで近づくならまずは俺を通せ」
と豪語しているが、それが余計にアドルフィーナの凛華化を増進させていることには気付かない割と残念な一面もあったりする。
* * *
里長宅にて。
その日、トリシャをはじめとする保護者陣が集まっていた。
彼らを呼び集めたヴィオレッタは集まった面々を前に、キリッとした表情で口を開いた。
「集まってもらってすまぬ。皆に相談があっての」
「あいつらのことでしょう?」
すると八重蔵がすかさず返す。
それに、うむと一つ頷いたヴィオレッタは真面目な表情を崩さずにこう告げた。
「当初の予定よりもかなり早うなってしもうたが、汝らの課した基準を四人全員が満たしておると判断した」
「では――」
「うむ。あやつらの出郷日程についてじゃ。ここから帝都にある魔導学院まで、まぁ資金を稼ぎながら行けば一年ほどじゃろう。最年少ではないが、そこそこの若さで受験できるよう出立させる心積もりじゃ」
帝都にある魔導学校。正式名称を帝立〈ターフェル魔導学院〉と云う。
およそ14歳以上の者達が1次の筆記試験、2次の実技兼面接試験を経て魔術を教わる学校だ。
4年間のうち2年は共通科目を学び、その後自分の望んだ科の授業に出る。
日本で言えば中学校や高校よりも大学に近い。
また試験そのものはヴィオレッタからすれば見習い魔術師くらいの知識でも合格できるので今の4人であれば余裕だ。
しかし、それはあくまで隠れ里基準。
他の人間や別種族はそこまで魔術を学ぶ環境が整っているわけではないため難関と言われている。
そのうえ、この学校には賄賂や貴族位といったものが一切通用せず、人種も問われない。
なぜなら初代皇帝の肝煎り事業なうえ、学院に在籍している魔族が建国に携わった者だからである。
また現在のアルが力量や実績で言えば魔導師級と呼べないこともないにも関わらず、ヴィオレッタがわざわざこの〈ターフェル魔導学院〉への入学を勧めた理由は2つある。
一つは若い身空でどこともつかない場所をほっつき歩かなければならないという状況を当たり前に不安視したためだ。彼女なりの親心というやつである。
そしてもう一つは、生徒のほとんどが人間の〈ターフェル魔導学院〉が魔導具に関する製作技術や知識――――つまり刻印術式への造詣が非常に深いことで知られているためだ。
自然界に存在している理において他の追随を許さない見識を持つのがヴィオレッタならば、誰にでも扱えるものを造るための汎用的な術式の利用方法、ノウハウ、そういった知識の集積場がかの学院なのである。
図らずもアルが『八針封刻紋』を己に刻んだので、より学ぶ価値があるだろうとヴィオレッタは考えている。
「明後日から、あやつら四人に頭目を決める為の総当たり戦を行ってもらう予定じゃ。あやつらのことじゃ、間違いなく武芸者一党として活動しながら帝都を目指すじゃろうからの。幾ら個々人が傑出しておってもまだ成人前の子供。司令塔がおらぬのでは纏まりにくかろう」
里長の決定に集まった面々は神妙な顔で頷いた。
「そこでじゃ。頭目決めに相応しい場として武闘場を使おうと思うておる。それらしい場と観戦席を作るつもりじゃ。森人らは手伝いを頼む。近い世代にとっても良い刺激となるようにのう」
つまり明日は武闘場の改修工事を行う、ということだ。
その言葉に面々が慌ただしい気配を帯び始めた。
「武闘場はどのように?」
「公平を期すため面積の半分は森にする予定じゃ」
「承知致しました。早速他の者に伝えてきます」
恭しい礼と共にラファルが背を向け、急ぎ足で去っていく。
――…………いよいよか。
早過ぎる、とは思う。だがいつかは必ずやって来る雛鳥達の旅立ち。
この場にいる全員が急速にそれが近づいてくる音を感じ取っていた。
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