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【祝13.4万PV❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
少年期・4章 旅立ち篇

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3話 鬼娘と耳長娘の想い

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


今回は女性陣2人がメインのお話となります。なにとぞよろしくお願いいたします。

 ここ数日の凛華とシルフィエーラは、すっかり諦めモードになっていた。


 と云うのも何度お願いしても出郷の許可が下りなかったからだ。


 大人達だって今すぐに里を出るわけではないとわかっているだろうに、頑として首を縦に振らない。


 そうして再三に渡るダメを突きつけられ続けたおかげで、彼女ら2人はすっかり『もうじゃあ、いつか戻ってくるアル達を大人しく待とうか?』とすっかりダウナーな雰囲気を滲ませていた。


 それも理由の一つではあったのだろう。


 この日は丁度、アルクスの為にお守りでも作ってあげるような心持ちで香料袋を贈ろうとしていた。


 彼がここ最近ずっと頭を悩ませている龍血の暴走。


 その不安を少しでも和らげてやりたかった。


 少し前に植物の大行進(パレード)をした際、爽やかな薫りを送ると幾分かスッキリした顔になっていた、とエーラが凛華に教え、「じゃあ持たせてあげない?」という話になったのだ。



 里の北東にあるヴィオレッタ宅付近から里中央に掛けて――――つまり『鍛冶屋通り』の東向かいには『仕立屋通り』と呼ばれる職人通りがある。


 そこでは織物の工房から服の仕立て、更には魔獣の皮革を使った護り衣類まで手掛ける専門家(プロフェッショナル)達が軒を連ねている。


 凛華とエーラは香料袋を作るため、この仕立屋通りの代表でもある蜘蛛人族の小町の工房を訪ねていた。


「あらぁ~、凛華ちゃんにエーラちゃんじゃな~い。とうとう可愛い服を着てくれる気になったってことぉ? 二人ならいつでも歓迎よぉ~」


 色気のあるしなをつけて話すのは上半身がほっそりとした人型、下半身が大きな蜘蛛のそれである煽情的な女性だ。


 蜘蛛の単眼を思わせる黒くツヤのある瞳に、手入れを欠かした様子のない長くツヤのある黒髪。


 白っぽい胴部に黒い一本線(ライン)が入った大きな下半身に生える細長い8本脚を素早くスルスルっと動かして器用に寄ってきた。


 また顎も人っぽく見えるものの、実は左右に分かれて開くので慣れていない人間が見ればまず間違いなく飛び上がるだろう見た目である。


 しかし凛華は物怖じした様子もなく、並の成人男性よりも身長の高い彼女に平然と応えた。


「今日は違うのよ」


「今日は、じゃなくて今日も、でしょお? ま~ったくぅ、素材はいいのに着飾らないなんてぇ」


 凛華の母である水葵が一時期躍起になってこの仕立て屋に彼女を連れてきていたのだが「いらない、着辛い、重い」という素気無い三拍子によって断念させられている。


 そんな事情もあって小町と面識だけはある凛華だ。


 ちなみに簡素で動きやすそうな構造のものしか着ないのもお馴染みなので、この会話もいつものことである。


「あ、じゃあエーラちゃん?」


「ボクも違うよ。これまだ着れるし」


 と言ってエーラが自分の着ていた服を無造作に引っ張った。


 何とも雑に引っ張るものだからヘソ辺りまでチラっと見えているがこの場で注目する者はいない。


「エーラちゃんはエーラちゃんでなんでそんなに貧乏性なのぉ……?」


 小町が「勿体ないわよぅ」と艶めかしく顎をカチカチと鳴らす。


 この耳長娘は貧乏性というか気に入ったものを固めて着る癖があるのだ。


 見た目()まで同じ()ようなの()ばかり仕立てさせられる側として、微妙な気持ちになりそうなところを不平一つ溢さないのは職人(プロ)だからだろう。


「じゃあ今日はどうしたのぉ~? お姉さん、今日はなぁんにもないから付き合ったげるのは構わないけど、激しい動きはムリよぉ~?」


 彼女の言う通り、体躯が大きく、見るものによっては恐ろしく見えてしまう蜘蛛人族は(主に人間達から)さぞ強かろうと思われがちだが、実はそうでもない。


 そもそも戦闘民族ですらない。むしろ戦闘に不向きな種族である。


 素早く動けるは動けるが、昆虫の方の蜘蛛と違って単眼が二つ並んでいるだけの視界では死角も多く、また細い脚に生えている爪は地面や木に引っ付くためのもので戦闘に使おうものなら簡単に折れてしまう。


「違うわ。お願いがあって来たの」


「そーそー」


「お願い? また随分と可愛らしい言い方だぁねぇ。聞かせてちょうだいな?」


「うん、匂い袋みたいなの作れない? このくらいのが入って、軽めなの」


 そう言ってエーラは小首を傾げる小町に【精霊感応】で譲ってもらった花や草を取り出した。


 乾燥させているが、心をサッパリさせるような良い薫りが漂ってくる。


「おぉ~、良い香り~。二人に合わせるなら――」


「ううん、違うの。男物にしてもらえない?」


 遮った凛華に小町が黒目を不思議そうに丸くする。


 どういうこと? と、問われた気がした2人は正直に打ち明けることにした。


 事情を訊き終えた小町が、


「なぁるほどねぇ、そういうことかぁ。じゃあお姉さん頑張っちゃおっかなぁ~」


 と袖をまくる。凛華とエーラはそうこなくっちゃと頷いて、


「このくらいで、んーと……あんまり大きくても邪魔よね?」


「首に提げさせたらいいんじゃない?」


「あ、それいいかも。アルはあれでめんどくさがりだもの」


 と細かい注文を通す。


「んっふふ~、まかせてちょうだいなぁ。二人ともちゃんと手伝ってねぇ~」


 うんうんと優しい姉のようにニコニコ微笑んだ小町は、おもむろに鬼娘と耳長娘に背を向けながら【撚絃(よりいと)】を発動させる。


 これが蜘蛛人族の”魔法”だ。


 胴部の尻側にある糸つぼから細い絹糸のようなものがしゅるしゅると伸びていき、意思を持っているかのようにエーラの「ばっちこーい!」と構えた手に巻き付き始めた。


「……やっぱりなんかやらしいわね、この光景」


「あ、ちょっとぉ~? 失礼じゃなぁ~い? 蜘蛛人の糸は何もしなくても頑丈なのよぉ? それを”魔法”で撚ってあげてるんだから、いやらしいはないでしょお~?」


「なんか生温かいよコレ」


「体から出してるんだから当たり前でしょお? もぉ~、この子たちはぁ。てゆーかエーラちゃんは弓の弦、誰に用意してもらってるんだったっけぇ~?」


「あはは、ごめんってば小町おねーさん」


 と、慣れたように小町が【撚絃】を止める。


 あとは出来上がった絃を染めて、形にするだけだ。


「そいじゃあ~! ちゃちゃ~っと作っちゃいましょうかねぇ~」


「「はーい」」


 こうして染色を1日で済ませ、うまいこと風で乾かし、小町の手伝いもあって数時間で匂い袋もとい香料袋は完成した。


 色は凜華とエーラの好きな青緑色に染め、形は口を窄める形式(タイプ)の涙型だ。


「こういう色の鉱石があったねぇ」


「そうなの?」


「月涙石ってのでねぇ。こぉんな感じの色合いだよ~」


「へえ、いつか見てみたいかも。あ、そだ。良いのありがと、小町おねーさん。これお礼だよ」


 そう言ってエーラは小瓶を手渡した。


「あらぁ、なぁにこれ? 見たとこ花油みたいだけどぉ」


「あたしとエーラで集めた蝋梅と沈丁花の油よ。小町ねえさん手荒れがひどいって言ってたでしょ?」


「おぉ~! わざわざ用意してくれてたのぉ? 仕立てで生地に触ってると、この時期乾燥がひどくって困ってたんだぁ。ありがとねぇ、大事に使うわぁ~」


「なくなったらまた一緒に作ってくるわよ」


「んっふふぅ~、じゃあ遠慮なく使わせてもらおうかねぇ」


 嬉しそうにさっそくとばかりに花油を使う小町に、凛華とエーラは手を振ってアルを探しに里を出たのだった。



 * * *



 ほどなくしてアルが新設された武闘場に入り浸っていると聞き、彼女らは顔を見合わせた。


 今日は稽古の日ではないはずだ。


 とりあえずと2人が向かうと、確かに武闘場のど真ん中にアルは立っていた。


 腕に何かを描き、大きく息を深呼吸。


「何してるのかな?」


「わかんないわ。けどこの距離であいつが気づかないなんて変よ」


 その答えはすぐにわかった。


 呼気と共にアルが龍気を発動させたのだ。


 2人は思わず驚いて固まる。


 あの1件以来、アルが自分から闘気を使おうとしたことはなかった。


 ところが今は真紅の龍眼に入っているヒビが裂け、塗りつぶされた墨色の奥底が覗いている。


 2人とも呆気に取られて立ち竦んでしまう。


 どうしてそんなことを?


 どうすればいいの?


 2人がその答えを見出せぬ内に、ガクガクと震えながら左腕を押さえたアルが魔力を流す。


 だが思ったようにいかなかったのか、歯を食い縛ってすぐに手と手を打ち合わせた。


 途端、凛華とエーラの位置からでもバッチリ見えるほどに眩い紫電がアルの身体を奔った。


 そのままビクンと痙攣して頽れる。


「「アルっ!?」」


 2人はわけもわからぬまま銀髪の幼馴染に駆け寄った。


「大丈夫!?」


「アル!」


「…………」


 凛華が心臓に手を当て、エーラが脈をとる。


 アルは気絶していた。


 瞼を軽く押し上げると、瞳はいつもの真紅に戻っている。


「どうなってるのよ……?」


「ボクらが知らない間に今度はなに始めちゃったの?」


「わかんないわよ……わかんないけど、とにかく運びましょ。ここで倒れっぱなしなんて凍死まっしぐらよ」


「うん。じゃボクは足の方持つよ」


「わかった」


 2人は屋根だけついた休憩スペースまでアルを横たえて、傍に焚火を置いた。


 彼は静かに眠っている。


 駆けつけた頃には呼吸もしていたし、掌は焦げているが他の外傷はなさそうだ。


「……あれって、何してたのかな?」


「全然わかんない。起きたら聞いてみるしかなさそうね」


「うん、そうだね」


 心配そうに眉を顰めたエーラはアルの胸元に香料袋を置き、彼の手を握ろうとして焦げているのが眼についた。


「凛華、ちょっとボク植物に葉っぱもらってくるよ」


「わかったわ。こっちは任せてちょうだい」


 ジッとアルを見下ろしたまま頷く凛華を置いてエーラがタタタッと武闘場の近くへ走っていく。


 以前、双子を助けた時にも作っていた即興の手当薬の材料をもらいに行ったのだろう。


 凛華は少しの間ぼーっとしていたが、アルが硬そうな地面を枕にしていることに気づいて一瞬沈黙する。


 思考の末、身体が冷えないようにアルを引き寄せ、頭を膝に乗せてあげた。


 こうしていると少し前の、見舞いに行っていたときのことを思い出す。


 あの時のアルは無理のし過ぎで…………死にそうなほどの無茶をしてああなった。


 今回は何をしてこうなったのだろうか?


 胸の奥をザワつかせながら、青みがかった銀髪を梳いてやる。


 放っておくとどこかに突っ走ってしまう困った幼馴染の少年。


 こうして自分が一緒にいれば心配もしなくて済むのに。


 そうこうしているうちにエーラが戻ってきた。


 凛華が膝枕しているのを見て一瞬何とも言えない顔をしている。


 代わろうか? と、いう視線にエーラは首を横に振り、眠っているアルのすぐ傍に座って掌の手当をし始めた。


 派手に焦げてはいるが、ひどいのは表面だけらしく軽傷のようだ。


 耳長娘は手当を済ませたアルの手を、なんとなく両手で包んで己の胸に軽く引き寄せた。


 そのまま焚火をぼうっと見つめる。


 寒空の下、アルと炎の暖かさを感じる。


 どちらも口を開くことなく、静かな時間が流れていった。



 ~・~・~・~



 それから30分近く経った頃、アルが目を覚ました。


 すかさず凜華とエーラは何をしていたのかと訊ねた。


 するとアルは、己の本能を抑えるべく新たな魔術を試作していたと言う。

 

 その答えに彼女らは殴りつけられたようなとてつもない衝撃を覚えた。


 だが、その内容に愕然としたわけではない。


 今の自分達には、こうやって前へ前へと進み続ける彼を待つ以外に選択肢がないと気付いて呆然としまったのだ。


 突きつけられたその事実に、堪らなく嫌だという強い感情の波に襲われ、口を開けない。


 開けばアルの足を引っ張りそうなことを言いそうだった。


 それも同じくらいに嫌で、もどかしい。


 アル本人は2人と話してどこかさっぱりして落ち着いてしまったようだが、彼女らは家路についても言葉少なだった。


 自宅に戻る彼を見送ると、どちらからともなく口を開く。


「エーラ、あたしたち腑抜けてたみたいね」


「奇遇だね。ボクもそう言おうと思ってたんだ」


「あたし今夜もっかい父さんに頼んでくるわ」


「あは、ボクもそのつもり。やっぱり……我慢できなくなっちゃったから」


「そうね。我慢ならないもの」


 そう言ってやれやれと肩を竦めた。


 どうやらあの幼馴染へ募らせていた想いはほとんど一緒らしい。


「じゃ、健闘祈ってるね」


「ええ、そっちもね」


 そう言うと2人はどちらからともなく解散した。



 ~・~・~・~



 その夜。


 イスルギ家の居間にて凛華と彼女の父、八重蔵は向かい合って座っていた。


 どちらも真剣な顔つきだ。


 水葵()紅椿()もいるが黙っている。


 邪魔をしていい雰囲気ではなかった。


「里を出るつもりなら覚悟と理由をきちんと示せっつったのが、ようやくわかったみてえだな?」


 眼光をギロリと鋭くする父に凛華は小動(こゆるぎ)もせずに頷いた。


 以前ならここで迷いが出て目が泳いでいた。


 しかし、今はもう違う。


「ええ、わかったわ父さん。あたしアルと一緒に行くわ」


「何が待ってるかわからねえんだぞ? 最近の聖国や共和国の情勢は不安定。あいつが一体どんな道を選ぶかもわからねえし、あいつ自身、この先()()()()()もわからねえ」


 それは、ある種の脅し。


 ついていく相手が今のままではなくなるかもしれない。


 状況によっては悪い方に変わることだってある。


 それでも行くのか? と、父は訊ねている。


「それでも行くわ。あいつの通る道があたしの道よ」


「覚悟は、できてるんだな?」


 それは仲間や自分の死、彼に起きてしまうかもしれない悲劇。


 そんな見たくも経験したくもないことを己の眼で見る覚悟はできてるのか?


 父の問う覚悟とはそれだ。


「できてる。でも父さんの言ってるのとは違う。そんな後ろ向きの覚悟じゃないわ」


「…………」


 決して楽観しているわけではない。


 凛華はどんな状況になっても諦めるつもりがないのだ。


 アルがそうであったように、今もそうであるように、凜華は最後の最後まで足掻いてやると決意したのだ。


 青い瞳はあまりにも強い意志の輝きで爛々としている。


 八重蔵はそこによく知る馬鹿弟子を連想した。



「あたしはずっとアルの隣にいるわ。あいつが曲がるんならあたしがぶん殴ってでも直す。あいつが突っ走るんなら隣を一緒に走ってやるし、うずくまるんなら引っ張って立たせやるわ。置いてかせないし置いてってもやらない。最後の最後まで、あたしはあいつの隣で、あたしの剣を振るうわ」



 それはなんとも凛華らしい表現だ。八重蔵は正確に理解した。


 これは娘なりの熱烈な真情の吐露だ。


 あの一向に止まりそうもない馬鹿弟子への。


 そして宣言でもある。


 想い人に寄り添いつつ、然りとて己の信念や考え方まで委ねるような――任せっきりにするような真似はしない、という意志の表明だ。


 八重蔵は思わず溜め息をついた。


 今までに見たことないほど真剣な表情の強い強い娘の眼差し。


(お前は冰鬼人だったはずだろうに。なんでそこまで熱いんだ。影響を受け過ぎだぞ、まったく……)


 つらつらと流れる己が心情を一度止め、八重蔵は重々しく口を開いた。


「わかった、良いだろう。許可する。里長殿への報告と魔術の勉強は頼んでおく。そんでもって明日からお前も本格的な対人稽古だ。最低でもツェシュタール流大剣術、双剣術どっちも中伝取らなきゃ里からは出さねえ。良いな?」


 八重蔵がそう告げた途端、


「いやったあぁ!!」


 ガタンと椅子から飛び下りて娘は小躍りした。


「おい落ち着け、はぁ~……こういうとこはまだまだ年相応なんだがなぁ」


 頭を軽く押さえる八重蔵に何やら上機嫌の妻が声をかけてくる。


「ふふっ、お疲れ様あなた」


「お、なんだ?妙に機嫌いいな。ちっと不気味なん――よせやめろ。娘が里出るっつってんのに、わかってんのか?」


「ええ、勿論わかってますよ? 寂しいけれど、それよりも凛華がちゃんと女の子してるのがもう嬉しくて嬉しくて」


「イヤミか? 武人化してんのは俺のせいじゃねえぞ。元々だからな?」


「馬鹿なこと言ってるとツマミ作ってあげませんよ?」


「……俺の負けでいい」


「よろしい。凛華~? たまにはお母さん手伝ってくれない? 里を出るんなら簡単な料理くらいできた方がいいでしょう?」


「そういうもんなのかしら?」


「そうよ~? アルクスちゃんの好きなものとか作れた方がいいんじゃない?」


「むっ? うー……わかったわ」


 扱いやすくて助かる、という声が聞こえるようだと紅椿は母を見やる。


 しかし、まさか隣に住む少年にそこまで熱烈な思いを抱えているとは予想もつかなかった。


 大人になったものだなぁ、と妹の頭を撫でようと手を伸ばすと――――……。


 ベシッと払いのけられた。


 ――おかしい、成長しているはずでは?


「紅は邪魔しないでそこでヘタレってなさい。紫苑ちゃんから聞いたわよ? まーた逃げ出したんですってね」


「い、いやそれは……ってかなんで俺だけ……」


 凛華はヘタレ兄貴にシラーっとした眼を向けるのであった。



 ☆ ★ ☆



 エーラが帰宅したとき、珍しいことに父母と姉を含めたローリエ家の全員が揃っていた。


「ただいま! お母さん、話があるんだけど!」


 一直線に母へと向かう。


 今のエーラには1分1秒がもどかしい。


 その様子に常ならないものを感じた母シルファリスは、夫ラファルと長姉シルフィリアを呼んで食卓机についた。


 家族の対面に座るや否やエーラがすぐに口を開く。


「お母さん、お父さん。ボクやっぱりアルについて行くよ」


 何の前置きもない、ただの宣言。


 しかし、数日前とは彼女の雰囲気が違う。


「エーラ? 何もついていくことが――」


 ラファルが何度となく口にした言葉で娘を諌めようとするが、


「あなた、ちょっとだけ待ってちょうだい」


 妻が止める。


 今回は違う、とシルファリスには確信があった。


「ファリス……? わかった、聞いてみよう」 


 ローリエ家の次女は堂々と真っ直ぐに両親と眼を合わせている。


「エーラ? アルについていくっていうのがどういう意味か、わかってるわよね? それでも行くつもりなの?」


 それはつまり人間もたくさんいるところに行くということ。


 そしてアルは種族上トラブルに巻き込まれやすい。


 ついていくことでアルと同じ危険に見舞われるかもしれないと言っているのだ。


 だから、無理してついていくことはないんじゃないか?と。


「うん、わかってる。でもボクは行くよ。アルの隣でも前でも後ろでも、どこでもいい。けどアルのすぐそばにいたいから」


「離れて手紙を貰ったりするのじゃダメなの?」


 それでだって想いは伝わるでしょう?


 娘を頭ごなしに否定する響きのない母の声。


 だがエーラもまた母へ拒絶は示さず、それでもゆっくりと首を横に振った。


「ううん、ダメだよ。アルはほっとくとすぐどこかに行っちゃうから、ボクはすぐ近くで見てなきゃ」


「近くにいて、どうするの?」


 それは結局のところ、かの少年とどうありたいのか?という核心をついた質問だ。



「アルと一緒に同じものを見る。そんな余裕がなかったり、落ち込んで俯いてたりするときはボクが笑わせてあげて、違うものが見えてるときはどうして違うのか一緒に悩んだり、話し合ったり、叱ったり、叱られたりして…………そして気に入った景色を見つけたときは一緒に笑い合うんだ。あとで聞いたり教えてもらうんじゃなくて、ボクはアルと一緒に同じ景色を見ていたいんだ」



 それは、奇しくも凛華の言った言葉と同じ意味の言葉。


 エーラが気付いた自らの想いを森人の言葉で綴った決意と覚悟だった。


 シルファリスはふわりと微笑んだ。


 どうやら母のお気に召す答えだったらしい。


「そう。ようやく気付けたのね。ならいいの。それがわかってるならお母さんから言うことは何もないわ。行ってきなさい」


「いよーしっ!!」


 エーラがいつもの元気なローリエ家の次女に戻る。


 先程は少々大人びて見えたものだが、やはり急にそこまで成長はしないかぁとシルファリスは安堵したような、残念なような気になる。


 慌てたのはラファルだ。


 あっさりと許可を出した妻に驚き、


「ま、待ちなさい。ファリス? さすがに危ないだろう?」


 と言ってきた。


 シルファリスにとって彼は娘思いの良い夫だが少々過保護が過ぎる。


 それでは娘は羽ばたけない。


「無理よ、あなた。止められやしないわ」


「な、ど、どうしてだい?」


「あなたについて故郷を出た私もエーラと似たような気持ちだったもの」


「あ……いや、しかしだね」


「あら? 私とあなたでは見えてる景色が違うようね? それなら悩んでくれるかしら? それとも叱ってくれる? 私が叱っても良いわね」


「うっ、けどファリス……!」


「エーラはもう止まらないわ。誰かさんの影響を強く受けちゃったみたいね。もう止まらないなら娘にああだこうだ反対して回るより、為になることを教え込む方が良いんじゃないかって母としては思うのよ。父としてはどう?」


「あ……あー、えーと…………ふぅ、君には勝てないなぁ。わかった、お父さんからも許可を出そう。その代わりきちんと実力をつけなければ許可は取り消すからね?」


「うん! ありがとうお父さん!」


 嬉しそうにニコニコと笑う娘にラファルは微妙な気持ちになる。


 どこの馬の骨とも――いや、仲の良かった友人の息子だが、それでも可愛い娘が想い人と共に歩むための準備をさせるというのはそこそこ――いや、かなり不満というかやるせないというかそんな気分だ。


 アッサリしている八重蔵の方がおかしいのだが、そこはアルの剣の師範。


 きっとラファルより彼の性根を知っているのだろう。


 蚊帳の外のシルフィリア(長女)は放心していた。


「エ、エーラに先越された?」


「あなたが遅すぎるのよ? お母さんはお父さんにちゃんと見つけてもらえたけど、そんなにタラタラしてる子を誰が見つけてくれるのかしらね?」


 早く癒院のとこの息子ゼフィーとくっつけよ、じれったい。


 そんな声が聞こえてくる母にシルフィリアが猛抗議を入れる。


「お母さんは一目惚れされただけじゃん! ずるい~!」


「まぁ、確かにお母さんに一目惚れはしたけどなぁ。ズルくはないんじゃないか?」


 一旦納得はしました、という面持ちのラファルが長女をどうどうと宥めると、シルファリスが意外そうな顔をした。


「あら? あなた、もしかして気付いてなかったの?」


「うん? 何が? どういうことだい?」


「先に惚れてたのは私の方だったのよ? じゃなかったら話しかけられただけで照れたりしてないわ。女はそんなに甘い生き物じゃないわよ?」

 

「ええっ!? そ、そうだったのか……その、なんだ。今更ながら照れるな」


「ふふっ」


「もーーー! みんなばっかりずるいーー!」


 甘酸っぱい雰囲気を醸し出して笑い合う夫婦と、やる気充分、元気いっぱいな妹。


 残され、タラタラしていると罵倒されたシルフィリアは叫ぶように嘆くのだった。



 * * *



 その翌日。ルミナス家前。


 凛華とエーラは『自分たちも里を出る許可がとれた、これからマルクと同じく魔術の授業をヴィオレッタから受けるから、わからないところがあったら教えてくれ』とアルに言いに来ていた。


「うん、それは全然いいよ。いいんだけどさ……もうちょっと、寝かせてくれない? 早すぎだって……」


 母トリシャが朝番でアルの頬に軽く口づけして出て行ったのが朝の4時過ぎ。


 その1時間後に2人はルミナス家の扉を叩いた。つまり今はまだ朝の5時過ぎ。


 やる気があるのは大変よろしい。


 最近前ほど元気いっぱいでなかった2人をひそかに心配していたアルだ。


 そこは素直にホッとする。


(やっぱ、もうちょっと落ち着いてても良かったかも)


 眠気眼をこすりながらそう思うのであった。

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