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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
少年期ノ肆 旅立ち編

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2話 予期せぬ邂逅(虹耀暦1285年2月:アルクス12歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


今回からサブタイトルを変えておりますが、故意に前話から変えておりますのでなにとぞよろしくお願いいたします。

 隠れ里のこの時期はまだまだ肌寒い。


 ラービュラント大森林――隠れ里の北方は鉱人族の縄張りだった鉱山があり、原生林の中でもそこそこ高く険しい山岳地帯となっている。


 そこから吹き降ろされる風は山の涼気を多分に帯びていて冷たく、隠れ里は雪こそ深く積もらないものの比較的気温が低い時期が長いのだ。


 それでも間違いなく春は訪れようとしていた。


 残念ながらここ数日は寒さも少しぶり返して雪もチラホラと見られたが、朝霜をかぶった早咲きの草木にはちんまりとした若芽が芽吹きだしている。


 ヴィオレッタの研究室。


 里長宅も兼ねたその場所で家主の大魔導は弟子に講義を行っていた。


 アルクスが出郷予定だということで授業計画もかなりズレ込んでいる。


 今までは魔導師の思考方法を基盤においた教え方――つまり、深い知識とあらゆる観点を以て術式を()()()()ことに主眼を置いていた。


 だがそれでは試験には間に合わぬだろうと、魔族があまり使わない一般的な術式も覚えさせていくことにしたのだ。


 幸いアルには『釈葉(しゃくよう)の魔眼』がある。鍵語(けんご)を読み解く眼なら術式をズラズラ見せていくだけでも一定以上の成果はある筈だ。


「これが定型術式の代表格、『火炎槍(かえんそう)』じゃ。トリシャの血を引いておるからアルには教えとらんかったの。成人男性の頭大ほどに圧縮した炎の槍を放つ術で着弾地点に軽い爆発・炎上効果を及ぼす。飛距離は大体五〇~八〇m(メトロン)といったところじゃ。


 帝国や王国では主流な魔術でな。術式を細かく調整すれば用途に合わせて速射したり、威力を上げたり、投射距離を伸ばしたりと即応性と魔力消費効率に優れる優秀な術じゃ。ついでに言うと昔教えた『風切刃』――あれも定型術式の一つになる。あちらは構成速度と効率性において『火炎槍』を上回るのう」


 ヴィオレッタはふわりと中空に術式を描き、五指に纏わせた魔術鍵語を等間隔に掌に集めてクルクルと回転させて示した。


「なんだか師匠が使う術式よりみっちり? してますね」


「そこが定型術式と呼ばれる所以じゃよ。威力、射程、圧縮率、規模、魔力消費量、そういったものを厳密に定めておるのが定型術式じゃ。集団で扱う場合に細かい指示が要らぬという明確な利点がある」


「集団で扱う? あ、ってことは」


「うむ、気づいたようじゃの。定型術式は集団――というか軍隊で用いる為に生み出された術なのじゃ。  儂の扱うモノは儂単体での運用や、適宜追加術式を加えて調整をかけるための()()を意図的に増やして柔軟性、即応性を重視しておるから、ある意味対極じゃの。汝の創った術式もそちらに寄っておるよ」


「言われてみれば、確かに『鎌鼬』も『炎気刃』もそんな感じかも?」


「うむ。『炎気刃』――汎用術名『気刃の術』。儂が使えば『霊気刃(りょうきじん)』か『闇気(あんき)刃』になるでな。しかし、よもや少しも弄らずに使えるとは思わんかったぞ?」


「一応、ちゃんと形整えましたから」


 師匠にベタ褒めされたアルが「てへへ」と照れ臭そうに笑う。


 この魔術を編み出しただけでも魔導師と呼んで差し障りない、そう言われるほどの出来栄えだったらしい。


「魔術ってなんか遠回りというか、属性魔力をぶっ放せばいいじゃんって思ってた俺が浅はかでした」


 アルがそう続けると師は渋ぅ~い顔を見せた。


「じゃから魔術の発明は魔族なのに、発展は人間によるものと言われておるのじゃよ」


「あー……」


 然もありなん、という表情をアルは浮かべた。


 どうやら自分と同じ考えの魔族は相当数いたようだ。


「話を戻すが、この『火炎槍』は人間が同規模の火属性魔力を出すよりも、遥かに魔力効率が高い。ただし、威力に関しては魔力に長けた者が扱う属性魔力の方が高くなりやすい傾向にあるがの。それでも”特質変化”もなしに着弾地点へ爆発と衝撃を残せるという点は便利じゃ」


「なるほど。帝国と王国ではこんな感じなんですよね? じゃあ聖国とか共和国はどうなってるんですか?」


「聖国の連中が扱う術式はもっと簡素じゃよ。こんな感じじゃ」


 そう言ってヴィオレッタは中空に術式をサッと描いた。


 アルは『釈葉の魔眼』でそれを視て目を点にする。


 端的に「炎、飛ぶ」と空中に描かれているだけだったからだ。


 鍵語や術式同士を繋ぐ繋号(けいごう)すらない。幾ら何でもシンプル過ぎた。


「あやつらは信奉する女神に誓願して魔術を行使するのじゃ。実際は想像力を働かせておるだけじゃがの」


「でもそんなショボい魔術体系でどうやって共和国に攻め入ったんです? こんなの使う相手なら勝てそうですけど」


「戦い方が違うのじゃよ。聖国が大国と呼ばれておる理由は覚えておるかの?」


「え? えーと、確か……魔晶石が多く採れるから?」


「その通り。聖国は魔晶石の最大産出国じゃ。連中は個人級の魔術を補助にしか使わず、その潤沢な魔晶石を利用した武器を使うのじゃ」


「魔晶石を使った武器…………納得しました」


 嫌な想像ができてしまった。


 アルは眉を顰める。


「共和国はその三大国に挟まれておるから使う術は地方によるのう。そういえばアルは家にある魔道具を見ても失明せんで済むようになったそうじゃな?」


「はい、そうみたいです。たぶん毎日少しずつ視てたからだと思います。あとは刻印術式だったおかげです」


 アルの視た魔道具は『白夜の提燈』という夜間でも明るい光を発するというだけのLED懐中電灯のようなモノだ。


 以前は魔眼を使うと2時間ほど失明していたが、少しずつ刻まれた刻印を視て、今では一息に視ても問題なくなっている。


「術式を形として残しておく、というのが最大のウリじゃからのう。どんなに複雑な術式でも正しく刻んでおけば、一から描く必要がないというのは明確な利点じゃ。今度魔導具の類を集めて少しずつ『釈葉の魔眼』を使っても良いかもしれぬ」


「…………」


 何気ない師の言葉にアルは思わず沈黙した。


 ――”どんなに複雑でも刻んでおけばいちいち描く必要はない”?


「あっ!」


「なんじゃ? どうかしたのか?」


「あ、いや! 何でもないです」


 不思議そうに訊き返す師にアルは即座に言葉を濁す。


 結局その日の講義はグルグルと頭を巡らせながら過ごした。


 ヴィオレッタも弟子が何か思い付いたらしいことは察したが、あえて問うことはしなかった。


 自主性を重んじた結果、『気刃の術』は生まれたのだから。



 * * *



 翌日、アルは武闘場のド真ん中に座り込んでいた。


 まだ出来立てほやほやの武闘場(ここ)は人が少ない。


 火事防止のため植物のいない固められた地面はヒヤリと冷たいが然して気にならない。


 昨日の思い付きを実行に移すことで頭がいっぱいだからだ。


 その思い付きというのが、肉体に()()()()()()()()龍人の本能を抑え込む、というもの。


 『炎気刃』もとい『気刃の術』は暴走してしまった龍気を外に逃がす、という起こってしまった後を見据えて創られた術だが今回は違う。


 そもそも暴走を()()()()()術を刻んでおけば良いのだ。


「よーしっ! やろう! まずは~……『沈静化』? って待てよ。暴走してないときに『沈静化』はヤバいかな? ヤバいな。下手したら寝っぱなしで起きられなくなる可能性もあるかもだし。じゃあ――」


 『釈葉の魔眼』を開き、あーでもないこーでもないとブツブツ呟きながら、中空に描いてみた術や鍵語を並べては消し、浮かばせては消していく。



 * * *



 およそ3時間後。


 試作術式と呼べるものが出来上がった。


 アルは筆と導墨液をサッと取り出す。


 導墨液とは人体用に調整された刻印術式用のインクだ。


 一般的な魔導具には溶かした魔銀鉱石といった魔力伝導率の高いものを使用するが、当然ながらドロドロの高熱状態で施していくので人体に使えないし、当然アルにも溶けた金属を自分の身体に垂らすような趣味はない。


「試しは~……腕でいっか」


 創った術を確認しながらアルが試作術式を左腕に描いていく。


 それからたっぷり15分ほど経ってようやく終わった。


「よし、うん、大丈夫」


 意味消失している術式はなさそうだ。


「そんじゃ早速!」


 パッと立ち上がったアルは術式を起動しようとして――……はた、と動きを止めた。


「解除用の術、忘れてた……」


 一度起動したらしっぱなし、魔力がなくなるまで止まらない。独自術式あるあるだ。


「メンドーだけど、創っとくかな。ま、最初だから簡単な術式にしたし」


 アルは独り言を呟きながら30分と掛からず、対になる術式を創って手の甲に描いた。


「ふぅ、そんじゃ今度こそ!」


 と魔術を起動してみたものの、


「…………これって、成功したかどうかわかんなくない?」


 何の変化も感じない。


 当たり前のことだが”暴走する状況でも暴走しなかった”という結果がなければ、成功とは呼べないのだ。


「ワザと龍気を使ってみる? ……さすがに危ないよなぁ」


 だが諦めきれない。


 良い解決策ではあるのだ、絶対。


 成功すれば武器の携行が不要で、常に龍人の本能を抑え込んだ状態になるはずなのだから。


 アルは意を決したように顔を上げ、キョロキョロと周りを見渡した。


 丁度誰もいない。


(やってみるか)


 どちらにせよここで日和るようでは一生里から出られない。


 頬をパンパンと張り、


「すぅ~……」


 深く息を吸い、大胆にも片足分の魔力を龍気へ変換しようとして――――……。


 またして動きを止めた。


「やべ、試作術式(これ)が上手くいなかったときのこと考えてなかった。あー、うーん……もう面倒だなぁ。あれだ、雷撃でいいや。前世のスタンガン。あんな感じの描いとけばいっか。威力上げとこ」


 早く試したい一心でアルは即席の強力な電撃術式を左掌に描き殴った。


「いよっし! やるぞ!」


 グッと歯を食い縛り、いつでも術式に触れられるよう右手を左腕に添える。


 片足一本分の闘気。今のアルにとっては少量の魔力で済むものの、間違いなく本能が蠢き出す程度に危なっかしいライン。


 だが、それらの躊躇いを蹴飛ばしてアルは一気に龍気へと変換した。


「ぐッ!?」


 途端に身体がガクッと崩れる。



 ビ、キ…………ッ!



 勝手に龍眼が発動し、真紅の虹彩も割れた。


「ぐ、ぐぐッ、ぎぎ、がアア……!」


 膝をつき強烈な闘争本能に抗う。


 左腕の刻印術式に触れ魔力を流し直してみたが、魔術そのものが発動する気配はあるものの元に戻る気配がない。


 目指したのはこの状態すら抑え込む術だ。


(失敗だ!)


 こうなるとなかなか戻れないことはよく知っている。


 甘えを絶つつもりで武器も持ってきていないので『炎気刃』も使えない。


(く、そ……っ!)


 牙が太くなり、爪が伸びていく。


「グァ――――ギいッ!?」


 アルは残っている理性を総動員して左掌に触れ、描いておいた雷撃術式を作動させた。


 雑だったせいで予想以上に強力な電撃が身体を駆け抜け、ビクンと跳ねて硬直する。


「だ、だめか……」


 ドサリと倒れたアルの視界は、滲むように暗くなっていった。



 * * *



 パチパチと火の粉が上がる音でアルは目を覚ました。


 ここは……武闘場の休憩スペースだ。


 近くに焚き火が置いてある。


「……あれ?」


「あれ? じゃねーよ、バカ野郎」


「マルク?」


 そこには人狼族の幼馴染マルクガルムが座っていた。


「なにしてんの? どしたの?」


 アルが身を起こして問うと、マルクは適当に拾ってきた小枝を焚き火にぽいっと放り込んで軽く睨みつけてきた。


「何してんだも、どうしたも、全部こっちの台詞だ。龍気を感じて急いで来てみりゃ、腕に変な模様付けたお前が焦げ臭いニオイさせてブッ倒れてたんだよ」


「模様? あっ」


 そこでアルは直前の記憶を思い出す。そうだった。


(上手くいかなかったんだ)


「失敗かぁ。ちーっとも効かなかったなこれ」


 腕をごしごし拭きながら呟くアルに、マルクが軽い怒りを込めて問い詰める。


「何やってたんだよ? ちゃんと説明しろ」


「ん? ああ。暴走を起こさない術を組もうと思ってさ。一応形になったから龍気を発動させて試してみたんだよ。でも効かなかったから仕込んでた雷撃で気絶して止めたんだ。うぇぇ……ちょっと気持ち悪いや」


 アルの説明にマルクは大きく溜め息をついた。


「そんな危ねえことしてたのかよ、っつーかお前なぁ……そういうのは誰かに見てもらいながらやれよ。俺は空いてたのに頼まれてねーぞ」


「頭ん中それでいっぱいですっかり忘れててさ。んあ~……根本の思想から変えなきゃかなぁ」


 『釈葉の魔眼』を発動させ、アルが虚空を見つめながら手をクルクル回すと、それに合わせて鍵語が光って舞う。


「今もいっぱいじゃねえか」


「安全策はかけといたし大丈夫だって。それにあんまり待たせるのも悪いしね」


「まだ魔術の授業も受けてねーし、父ちゃんにもまだ外に出られるほどじゃないって言われてんだからあんま焦んなって」


「そりゃ俺もそうだけどさ。こっちは目途すら…………う~ん、やっぱ龍気を封じる方向性でいくかなぁ」


「はぁ……だめだこりゃ」


 以前躍起になって『気刃の術』の術式を創っていた時のアルも今と近い感じだった。


 馬耳東風と云うやつだ。


「何でもいいけど俺が空いてたら声かけろよ? 誰か連れていけよ? もうすぐ春だけどまだまだ寒いんだからあんなとこで倒れてたら凍死するぞ」


 たぶんロクに覚えちゃいないんだろうなと思いながら、マルクが溜め息交じりに注意する。


「んー……りょーかーい」


 意識が完全に術へと向いてしまったアルに再び溜め息をつくマルクであった。



 * * *



 その3日後。


 案の定というか、やっぱりアルは一人で武闘場にいた。


 一応軽くマルクを探したものの見当たらなかったし、凛華やシルフィエーラに頼もうかとも思ったが、あの2人は妙に心配性なので連れて行けば止められるかもと一人で行くことにしたのだ。


「うーし、今日こそは」


 気合も充分、といそいそ準備を始める。今のところ全敗だ。


 早い段階で気づいて止めたのが2回。いけるかと粘ったが結局ダメで気絶(スタン)したのが5回。


 ちなみに一日だけ太刀を持って行ったが、すぐに『炎気刃』に甘えたのでもう持っていかないと心に決めた。


 武器は寄り掛かるものじゃない。己の意思で振るうものだ。


 八重蔵にそう教えられたし、アル自身もそう思う。


 腕に試行錯誤して創った試作術式8型を描き、掌には雷撃の術式も描いた。


 手足を振って心の準備を済ませると、


「んんっ!」


 一気に魔力を燃焼させ、龍気へと変換した。


 燃焼させた魔力量は以前と変わらず片足1本分。


「ふうっ、ぐッ、ううウッ」


 それでも龍眼は勝手に発動するし、虹彩も割れる。



 ビキ……ッ。



 真紅に墨色の闇が混じり始め、爪が尖って伸び始めた。


 この感覚にもかなり慣れたが、以前より”成り”易くなっている気がする。


 暴走状態に陥るまでも早くなっていると見ていいだろう。


 胸の裡から湧いてくる焦燥感と、蠢く本能を何とか抑えつけてアルは試作の抑制術式へ魔力を送り込んだ。


「グ、ギ……ッ!?」


 術そのものはきちんと起動する。しかし効果は一向に表れない。


(やっぱりダメだ!)


 判断するや否やアルは慌てて左掌に魔力を送った。


 バヂィィィ――ッ! と、雷撃が身体を焦がし、


「ウ……っ!」


 筋肉を硬直させてアルはドッと倒れ込んだ。


(くっそぉ……どうしたらいい?)


 崩れ落ちていくアルは視界の端に何かが見えたような気がした。



 ◇ ◆ ◇



「う、ん……?」


 視線を上げたアルの視界には白い空間が広がっている。


 ――ここはどこだろう?


 さっきまで武闘場にいたはずだ。


 わけがわからない。


 困惑の渦中にいるアルへ声が語りかけてきた。


「よお、お目覚めかい?」


 どこか眠たそうで軽薄そうな飄々とした声音だ。


「こ、こは……?」


「さあ? 俺にもよーわからん」


「あなたは……」


「おいおい。他人行儀はやめようや、兄弟」


 そこでアルの意識がハッキリした。


 ボヤけにボヤけていたピントが急に合ったような感覚に陥る。


 ここは、この場所は、よく知っている。


 そこはワンルームマンションの一室だった。


 前世の自分が住んでいた部屋。


 仕事に使う高くも安くもなさそうなスーツやジャケットだけはクリーニングから返却された状態でハンガーにかけてあるが、部屋着や下着はそこらへんのカゴにぶち込んである。


 玄関の方にはフルフェイスの()()()()()


 アルはその部屋のベッドに横たわっていたようだ。


 妙な気分でベッドから身を起こし、声の主を見た。


(やっぱり、妙な気分だ)


「おはよーさん、兄弟」


 20代後半の男。汚らしく見えないようにカットしただけの短めの黒髪。少し眠たげな目。


「長月……?」


「って苗字かよ。ま、いいや。ぶっちゃけ余裕ぶっちゃいるが、俺にも何が何だかこれっぽっちもわからん。とりま座んなよ」


 言われるがままにアルが一応客用として買ってあった座椅子にポスっと座る。


 長月――前世の己は向かいのソファでだらんと横になっていた。


「ここは?」


「さあ? 目が覚めたと思ったらここにいて、お前の今までの生活がそこのテレビで流れてた。暇だったから眺めてた」


 ぼやくように彼は言う。


「やっぱ……変な気分だ」


「そら俺もさ。まさか()()()()()()顔合わせるなんてよ」


「やっぱり、長月なのか」


 要らぬ確認だとわかっていても聞き直してしまう。


「まーなー」


「何があった、っていうか何が起こった?」


「知らね。でもあれじゃねえかなとは思ってる」


「あれって?」


「四日連続でお前が全身電気治療なんざやったせいで、たまさか()()()()()である俺が意識体だけ黄泉帰っちまった、とかじゃねーの? なまじ記憶があるばっかりに、ふよふよ~っとさ」


 長月の推論にアルは不覚にもありそうだと思ってしまった。


「あー……申し訳ない?」


「謝られても困るわ」


「あ、てか俺は? 現実ではどうなってる?」


 ここがおそらくイメージや記憶を元に生まれた空間だということは一旦良しとする。一度受け入れよう。


 深層心理のだか、魂の内部世界だかで自分と邂逅したらしい。


 変な表現だがこれが現実かどうかは皆目見当もつかないし、もしくはただの幻覚かもしれない。


 そこはさて置いて、現実の肉体の方が気になった。


「寝てんじゃね? 俺が見た記憶は全部お前の目ぇ通して見たもんだけだぜ? 寝てるお前がどうのとかわかるわけねーじゃんよ」


 しーらねっとでも言うような軽い口調で長月が応える。


 アルはなんとなく不安が頭を過ぎり、


「あのさ、これってもしかして後で前世の自分と入れ替わったり、俺が消えるとかそういう――――」


 だとしたらめちゃくちゃ嫌だな、と顔を顰めた。


 しかし、意外なことに長月も「うげぇ」と同じように顔を顰めた。


「怖えーよ。ホラーなフラグ立てんじゃねーっての。冗談じゃねーぞ、誰があんなアホデカい化け物と戦う世界で暮らせるかよ。バイクもゲームもパソコンもねえ。親も兄弟も友達もいねえ。そんな世界、俺ァお断りだね」


「ないのが当たり前じゃん。バイクはー……わかんないよ?」


「だとしても御免被るね。”長月(おれ)”っつー人間は、そもそもお前の世界では存在してねーし、俺のいた世界ですら死人なんだよ。死人が出しゃばって良いことあると思うか? フィクションですら大抵悪い方に行くだろ。『ペット・セ◯タリー』って映画知らねえのかよ? 大体、お前の母ちゃん見たって母ちゃんだと認識できねーんだぜ? お前が思い出した時と同じだよ」


 互いの記憶を見ているだけあって長月の言わんとすることはアルにもわかる。


 結局、彼にとって限りなく存在が近い他人の人生なのだ。


「そっか。俺が起きたらこれどうなるの?」


「知らん。起きたらわかんだろ」


 この辺の雑さは魂に根付いているものなのかもしれない。


「わかったよ、じゃあ戻ってみる。どうやるかは全然わかんないけど」


「おう、色々試してさっさと帰んなー……ってちょい待て兄弟。常に話せるかどうかわからねーから一個だけ言わしてくれ。死人からのアドバイスってやつだ」


「アドバイス? うん、なに?」


「俺ァお前の親父を否定する気はサラサラねえ。けど、あえて経験者として言わせてもらう。今後、お前がどんな人生送るのかは知らんが、()()()()()()()()()。あんなもんクソだ、死んだって後悔するぜ。手前を犠牲にするくらいなら最初(ハナ)っからベストの結果を狙え。わかったな?」


 真剣な眼だった。


 風貌はアルとまったく似ていない。


 だがどこか鏡越しに言われたような気分になる。


アルクス(今世)が見てない記憶がある?)


 訝しむが、少なくとも長月は誰のためでもなく、自分の為に忠告してくれている。


 そこだけはきっと間違いない。


「事情は知らないけど、わかった。俺も死にたくなんてないし」


「それでいい。じゃ、早く帰んな兄弟」


「わかった、じゃあね」


 そう返してアルはじっと起きることに意識を集中する。


 すると身体が浮上し、吸い込まれるように部屋の天井からスポンっと飛び出して真白な空を昇っていく。


 アルはそのままスーッと上昇していって――――。



 ◇ ◆ ◇



 目を覚ました。


「あっ! アル!!」


「良かった! 気がついたのね!」


 今まで本当に別のどこかにいたらしい。


 様々な気配がワッと一斉にアルの感覚を刺激していく。


 顔を上げると凛華とシルフィエーラがいた。


 マルクもやっていたように焚き火が熾してある。


 しかし、何か体勢がおかしい。


 うん? と首を傾げて、ようやく気付いた。


 凛華の顎と胸が下から見えている。膝枕をされているようだ。


 おまけに己の胸元には何かの袋が置かれていた。


(お供えもの?)


 訝しむアルの鼻が袋の匂いを嗅ぎ取る。


「この匂いってこないだの――――」


「うん! そうだよ。こないだボクがアルの為に集まってもらった花とか植物の匂い。香料袋を作ったからアルに持っててもらおうと思って。ほら、暴走するとソワソワしてたし」


 エーラにそう言われて、なんとなしに香料袋を軽く嗅ぐ。


「そうなんだ、ありがと。確かに落ち着くかも」


 おそらく前世で言うリラクゼーション系だとかアロマ的な感じのやつだろう。


 知識があまりにフワフワしているのは前世の自分(長月)がそういったものに一度として興味を示さなかったからだ。


 どちらかと言えば機械油やガソリンの匂いを是としていた長月の記憶を放り出し、


「凛華の匂いも混じってるけど、それはそれで落ち着くね――あたっ!?」


 アルが微笑むと、すかさず恥ずかしそうな凛華にペシッと(はた)かれた。


「もう! ってかここ最近あんた手焦がしてたけど、何やってたのよ? あとあたし、臭くないわよね?」


「うんうん、何やってたの? ボクらが知らない間にまた何か危ないことしてる?」


「臭いって意味の匂いじゃないし、危なくも――ないよ? ちょっと色々ね」


 さらっと応えかけて、いかんいかんと口を閉ざす。


 この2人は暴走するようになってから妙に心配性だ。


 しかし凛華の手が逃がさんというようにアルの顎をガシッと掴み、エーラがアルの額を押さえつけた。


 これでは起き上がることすらできない。


「「白状しなさい」」


 ハモる2人に抵抗しかけたアルだったが、手荒な真似をするつもりがない以上負けだ。


(あとで母さんと師匠にも言っとかないとまた叱られそうだなぁ)


 一息ついて、アルは暴走を抑制する刻印術式を創っていたことを白状するのだった。


 黙って聞いていた凛華とエーラは、またぞろ突拍子もなく危ない真似を始めたアルに視線を尖らせる。


 それだけ今の不安定な身体が気に食わないし、危険と判断してどうにかしようと行動を起こしているのだろうが、もう少し穏便なやり方はないのか。


 不安とも心配とも、怒りとも呆れともつかない2人の顔を見ながらアルは香料袋をすうっと吸い込む。


 香料袋と2人から漂う甘いような、爽やかなような匂いでなんとなく変な気持ちになりそうだったが、同時に落ち着きもして、ここ最近の自分を俯瞰できた。


「もう少し気をつけるよ」 


 少しばかり焦り過ぎていたのかもしれない。


 結局その日は3人で以前のように他愛のない話に興じて過ごしたが、ここ数日アルの中にあった激しい焦燥感のようなものは融けるように消え去っていた。

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