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【12.6万PV 達成❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
少年期ノ參 血の覚醒編

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断章3  激動の夜が明けて

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


主人公の意識がないときのお話になります。短編のつもりでした。なにとぞよろしくお願いいたします。

 アルクス・シルト・ルミナスが龍血の本能に吞まれ、簡易狩猟場のおよそ3分の2を全焼させた夜。


 火事が夜空を赫々と照らしていることもあって、里の住民達はかなりの人数が起きて寒空の下に出ていた。


 消火に向かった別働隊の家族が広場で大鍋に肉や野菜を敷き詰めて汁物を煮ているところへ、他の住民が「何かあったのか?」「どうした?」「連絡は?」「あいつらまだ戻ってこないのか?」などと集まってきた形だ。


 その中には凛華の母イスルギ・水葵、マルクガルムの母マチルダ・イェーガー、シルフィエーラの母シルファリス・ローリエもいた。


 一向に帰ってこない我が子と捜索に向かった夫。もう陽が落ちて何時間も経つ。


 彼女らの冷えた身体は震え出しそうなほどの不安で蝕まれていた。


 そんな気持ちを騙そうと何言か言葉を交わしてみても、どうしたって口数が減っていってしまう。


 マルクの妹アドルフィーナに至っては、自分達のせいで兄達が帰ってこないのだと顔を真っ青にさせていた。


 母がどう宥めても心ここに有らずで、拳を握りしめたまま西門を見つめ続けている。


 凛華の兄の紅椿、エーラの姉シルフィリアは人が減った分の警備補充要員として動いているが、2人とも心境はまったく同じだった。


 生意気だが可愛い妹と、猫っ可愛がりしている妹が帰って来ない。


 もうすぐ日付も変わる。不安が波のように押し寄せていた。


 そんなときだ。


 (にわか)に西門の方が騒がしくなった。


「おい! 帰ってきたぞ!」


 誰かのそんな声に住民の視線が一斉に西門へと注がれる。


 平時なら口々に「おかえり」だの、「おつかれさん」だの、「遅かったけど何かあったのか?」だのと労う住民達だが、今回だけは違った。


 現れた一団を見て皆が言葉を失ってしまう。


 先頭にいたのはヴィオレッタとトリシャ、そして母に抱えられている少年。


 血塗れでボロボロになっているアルだ。


 2人の顔にも平素の余裕がない。


 またアルの方もぐったりとして顔に血の気が無く、青みがかった銀髪も今は赤黒く染められていた。


 垂れ下がっている腕が無軌道にぶらぶらと揺れている。


「道、空けて!」


「急いでるの!」


「どいてくれ!」


 そこに凛華、エーラ、マルクの3人が躍り出た。全員泥まみれで擦り傷だらけだ。


 よく見れば凛華の手は癒薬帯でぐるぐる巻きにされ、エーラの額も同じく癒薬帯が巻かれたうえ片足を引き摺っているし、マルクも疲労が濃いのか足元がフラついていた。


 静まり返っていた住民達が慌てて癒院への道を空ける。


 鼻の良い者達は血臭に顔色を変え、急かすように周りの者達を押し退かした。


 魔獣以外の血を鋭敏に嗅ぎ取ったのだ。


 3人の母とアドルフィーナは凍り付いていた。


 我が子らだって負傷はしているし、疲れた顔をしているがまだ動いている。


 だがアルは赤黒く染められた頭をトリシャの胸に預け、ぼろきれのようになった外掛けまで血に染めてピクリともしていない。


 意識がまったくないことは不規則に揺れ動く腕が証明していた。


 衝撃的な光景に騒然とし始めた住民達へ、


「皆、すまぬがあとで話す! まずはアルを治療せねばならん! 三人も応急手当しかしておらぬから癒院に連れてゆく! 水葵たちも心配じゃったじゃろう。来るのじゃ、先に説明しよう。それと里の巡回部隊の者は明朝から動いてもらわねばならぬ。儂からも説明するが、捜索隊から話を聞いておくのじゃ」


 ヴィオレッタはそう言い残すと癒院へ足を向けた。


 眠らせたアルに施した『治癒術』にほとんど効果が見られなかったので、慌てて止血だけして帰って来たのだ。


 そこへ水葵達が駆けてくる。ヴィオレッタはチラリと振り返って一つ頷くと足を速めた。


 水葵も、マチルダも、シルファリスも我が子達に大事ないことは理解できている。


 しかし、ちっとも嬉しそうではなかった。むしろその顔は曇っている。


 我が子が無事だったならそれでいい、そう言って心から胸を撫で下ろせるほど薄情者ではなかったし、アルクスという少年をあまりに知り過ぎてもいた。



 ☆ ★ ☆



 外に出ていた住民達の中には、『鍛冶屋通り』に居を構えている鉱人族のキース・ペルメルと巨鬼族の源治もいた。


「アル坊のやつ、血塗れになっとったぞ。里長殿がついとるから一応命に別条はなかろうが、放置して良い怪我でもなかったわい」


「……何があったってんだ」


 鍛冶師の2人が衝撃を受けた顔で言葉を交わす。


 特にキースの方は聖騎士共から救ってくれた血みどろの――死ぬ間際のユリウスを連想してしまって気が気では無かった。


 否が応でもチヒト村にいた頃の……あの村が失くなった日の記憶がチリチリと刺激される。


 そこに静かな声が届いた。


「〈刃鱗土竜〉共と殺り合ったのさ」


 長剣と直剣をぶら下げた八重蔵だ。


 物言いこそ軽いが、雰囲気から真剣さが抜けきれていない。


 つまり今の言葉は正真正銘の真実だということだ。


 そうと直感した2人は眼を剥いて驚愕を露わにした。


「〈刃鱗土竜〉だと!? 高位魔獣じゃねえか!」


「何がどうなってそうなった? 八重蔵、勿体ぶっとらんで(はよ)う話せ」


 巨躯を揺らして源治が凄む。この巨鬼と八重蔵は旧知の仲だ。


「ああ。事の始まりは、遊んでる内に人虎族の子どもがいなくなっちまったことだった。五、六歳の双子だ。あいつらは見習い任務中だってんで、そいつらを探しに行ったのさ。


 そしたらその双子、牙猪に追われて限界線を越えちまってたらしくてよ――雪ん中だ。子どもの体力もきっと保たねえだろう、里に戻ってる余裕はねえ。そう判断してあいつらは捜索を強行した。


 で、なんとか隠れてる双子を見つけだして回収した――までは良かった。だが、その帰りがけだ。まだ五歳の双子の片割れに魔法まで発現させたやべえ魔獣が戻ってきた。ソイツが〈刃鱗土竜〉だったってわけさ。


 どうにか限界線までは逃げて来られたが、このままじゃじきに追いつかれちまうってんで双子を狩猟場ん中突っ切らせて、手前らで囮をやったんだよ。限界線沿いに逃げ回って、それでも追っつかれそうだったから、四人で土竜を仕留めるしかなかったそうだ。そんで、やり切った」


「なんちゅう真似を……」


「待て、倒しただと?」


 源治が半ば呆れ、半ば称賛するなか、キースが目を皿のように瞠る。


「ああ。今回捜索隊(おれら)は一頭も〈刃鱗土竜〉を狩ってねえ」


「「…………」」


 巨鬼と鉱人は絶句した。


 〈刃鱗土竜〉と云えば、この森でも比較的有名で厄介な高位魔獣。


 そんなものを12歳の少年少女らはどうやって打ち倒したと云うのだろうか?


 その疑問を見透かしたように八重蔵は語る。


「魔術でデッカい穴ぼこに嵌めて、さんざ燃して急激に冷やしたんだと。その後、刃尾をわざと作らせてその根元をアルが叩っ斬った。あとは――」


「おう、ちくっと待て八重蔵」


 しかし、巨鬼の鍛冶師がすぐに遮った。


「あ? なんだ?」


「あの子の刀は鋼だ。手間暇も情熱も込めちゃおるが、妖刀や魔剣のようにとはいかん。如何に脆くなっとったとしても、あれで土竜斬ろうってんならおめえさん並の腕がいるんでねえか?」


「だから、こうなっちまったのさ」


 そう言って八重蔵は源治にアルの刀を寄越してやった。トリシャから預かったものだ。


 根元からグニャリとひしゃげ、刀としての道はもう二度と歩めない。


 そんな説明、この鍛冶師らには必要もないだろう。


「コイ、ツは……わしの鍛え方でここまで曲がるなんぞ、有り得ん」


 源治が呆けたように呟く。


 誰が扱おうと全力を込めて打つ。刀匠や剣匠というのは元来そういう生き物だ。


 杖の役割すら果たせなくなった己の作品をしげしげと眺め、


「赤熱化させてたそうだ、その刀身。そのまま斬んのは無理だと悟って、炎を込めまくったんだろうな。凛華に聞いた限りじゃ六道穿光流の火の型も使ったみてえだから、負荷も相当かかってるだろうよ」


 八重蔵の説明に、源治は巨大な上背を揺らして思わず唸った。


「……もしや『龍焔』を使うたのか。トリシャの息子だから炎は得意だと思っとったが。それならどんだけ質の高い玉鋼使っとっても不思議はないわい」


 得心がいくというよりは、寧ろもうそこまでの炎を扱えるようになっていたのかと源治が感心しかけたところで、


「一応斬り落とすとこまでは耐えてたらしいぜ。ただすぐ後にぶっ飛ばされちまったらしい。防ぐのに使ってたそうだが、そこで耐え切れなくなっちまったんだろうな。その状態で落ちてたよ」


「そうか……って鞘はどうした? 嬢ちゃん達は持ってなかったろ」


 キースはふと問うた。


「ほれ」


 すると八重蔵が懐に入れていたものをポイッと無造作に投げ渡す。


 帰りがけに見つけたものだ。


 アルが握り込んだ部分のみを残し、爆ぜたようにそこから先は無くなっていた。


「ば、おまっ! 鉄拵えだぞ!? 食い千切られたのか!?」


 キースが慌てる。あの怪我はそのときのものか、と。


「いんや。刃尾を逸らすのに爆散させたんだと」


 だが八重蔵は首を横に振る。


「どういう状況におったんだ? まるで状況が掴めん」


 源治の呟きにキースはハッとした。さっきからちぐはぐだ。


「おい八重蔵、とっとと続きを話せ。〈刃鱗土竜〉()ってさっき言ってたろ。今聞いた限りじゃ土竜は一頭しか出てきてねえぞ」


「鋭いじゃねえか。じゃ、続きだ。双子を追っかけてた〈刃鱗土竜〉をなんとか倒した後の話になる。あいつらは別れた双子のことが気になったんで、一応狩猟場を見て帰ることにしたらしい。その途中で、ブッ倒した土竜の親に襲われたのさ。ま、実際のとこ親かどうかは知らねえが、年若い成体じゃなく完全な成体の雌雄って意味だ」


「なんと……!」


「……最悪じゃねえか」


 キースと源治は唖然とした。


 次から次へとなんて災難が降りかかって来るんだ、と。


「鞘はそんときぶっ壊したのさ。刃尾を逸らすために爆散させてな」


 八重蔵は見てきたかのように語る。


 痕跡が多数残っていたし、娘達から詳細に話を聞けたので場景も浮かべやすかった。


「待てよ。じゃあ無手のままアルは三人と逃げて来たってのか?」


 キースが「なんてこった」と茫然自失して呟く。


 ところが、源治は違った。


「……八重蔵、その二頭を倒したのは誰だ?」


 静かながらも巨鬼らしい腹に響く問いかけ。


「アルだよ。三人共倒すのに一切貢献してねえ、見てただけだ。そう言ってた」


「何があった?」


「アルが鞘で刃尾を逸らしたとき、凛華達は三人ともすぐに動ける状態じゃなかったらしい。そこに槍尾が飛んできてアルの肩を突き刺して木に縫い付けやがったのさ。このままじゃヤベえ……って思ったんだろうな、アイツ。凛華達に『逃げろ』っつって何かしたらしい。そしたらタガが外れちまって暴走したのさ。


 森が火に包まれようと、手前が燃えようとお構いなしに炎撒き散らして大暴れ。土竜二頭を一方的にブチ殺して、しまいにゃ俺らのこともわからなくなって攻撃してきたよ。ラファルなんて油断してたもんだから髪ひと房、龍爪に持ってかれちまったぜ」


「「…………」」


 衝撃だった。あの火事がアルによるものだということも、成体の高位魔獣を一方的に殺したということも。


 じゃああれは捜索隊と戦って負った傷か? いや、里長とトリシャがいて傷つけるようなことはまずないだろう。


 キースと源治がそう思ったところで、おもむろに八重蔵は静かに口を開く。


「……お前らんとこに来たのは、何も野次馬根性を鎮めてやろうって思ったからじゃあ、ねえ。アルのやつが何をしてああなったのかは、俺にゃ皆目見当もつかねえ。


 けど、あんなアイツは二度と見たくねぇんだよ。敵殺すために躊躇いもなく動かせねぇ左腕加速器扱い(犠牲に)すんのも。血ィボタボタ流してんのに……それでも牙剥き出しにして戦おうとしてんのも。


 俺ァ……――二度と見たくねえ。もうあんなの見るのは御免なんでィ。わざわざここに寄ったのはな、頼みに来たからだ。アルのやつが、最後に何だかわかんねぇもんに縋らなくて済むような、アイツがあんな風にならねぇで済むような刀ァ打っちゃくんねえか? ってな。


 武器ってのは最後の最期まで使い手と一緒にいるもんだろ。アイツぁ俺の教え子だからしぶてえんだ。それに今回だって、きっと最後まで投げちゃいねぇ。命を諦めたりなんぞしてねえ。じゃなかったら後から来た俺らにまであんな…………手負いの魔獣みてえに牙を剥いたりなんぞしねえはずだ。


 十中八九、命を繋ぐ為に手前の命を以て土竜を狩りに行ったんだろうよ。そんな諦めの悪い、しぶといアイツに死ぬまで付き添ってくれるような刀が要る。それを頼みに来た。できるか?」


 暴走したアルを見たときから、己の娘がそれを止めているのを見ていた時も八重蔵はずっとそれを考えていた。


 無手で高位魔獣に挑まなくちゃならない? 魔法もないのに?


 ――何の冗談だ?


 それでも諦めずに戦い、最後に娘達(なかま)を助けるためにああなった。


 武器が残っていればあるいは……もう少し結末は違ったのかもしれない。


 ――ユリウス(親父)のように折れなかったアルクス(あいつ)と同じくらい、頑丈で折れない武器が。付き添ってくれる刀が要る。


 だから己の知る鍛冶師の中でも最も剣士に寄り添えるこの2人の下へ来たのだ。


 打てるよな? と。


 打たなかったら承知しないぞ、と。


「ふん、誰に言ってやがる。打ってやろうじゃねえか……!」


「乗せられやすいのはコイツだけよ、そもそも刀はこっちの領分だろうに。わしは打ってやらにゃあ気が済まん。なまくら持たせてしもうたとは手前が許せんわい」


 キースと源治の目に熱が籠る。


 ――そうでなきゃ困る。


 八重蔵は鬼歯を剥いてニッと笑った。


「じゃ頼まぁ。明日素材取りに参加すんだろ? 〈刃鱗土竜〉三頭分だしな。ま、実質二頭分だろうけどよ」


「そりゃ参加するが、そいつがどうした?」


「実質二頭分ってえのはどういうこった?」


「いんや。そいつを見てアルの刀をどうすっか決めてくれや。たぶん度肝抜かれるだろうからよ」


 そう言って口の端を吊り上げる八重蔵に、一体どんな光景を見せられるのだろうか? と鍛冶師2人は期待半分不安半分といった気分になるのだった。



 ☆ ★ ☆



 同刻。


 凛華、エーラ、マルクは癒院についてきた母達へ八重蔵とほぼ同じ説明をした。


「「「「…………」」」」


 彼らの母は声も出ない。思っていた以上に凄惨な戦闘だった。


 ほんの一瞬、たった一つの判断ミスで真っ二つか無惨に喰い殺されていた、そんな数時間を我が子達が過ごしていたと知ってゾッとする。


 アルが策を弄しなければ時間稼ぎが関の山で最終的に詰んでいたと3人はそう語った。


 トリシャへのおべっかやアルへの気遣いなどではない。


 単なる事実。我が子達の語り様から母親達にはそれがよくわかった。


 そんな彼女らへトリシャが、


「ねえみんな、気使わなくていいのよ? マチルダ達の気持ち、よくわかるもの。それに、アルはちゃんと戻って来たから大丈夫」


 穏やかに微笑んでみせる。


 彼女が意図することを察せられない母親はここにはいなかった。


 真っ先に行動を起こしたのはマチルダだ。


 飛びつくように息子に抱き着く。


「ぶわっ! 母ちゃん!?」


「良かったぁ本当に良かったよぉぉぉ~! 怪我はないマルク? どこか痛いところある?」


「ない、ないって! 怪我で言えば俺が一番軽傷だって!」


 気が狂うほどの不安を安堵が流す。


 抱き着いたときにはすでに涙がボロボロと零れていた。


 息子への溺愛具合でいえばトリシャとマチルダは良い勝負なのだ。


 普段から「可愛くなくなってしまった」などと嘆いてはいるが、だからと言って愛していないわけがない。


 マルクはズビズビ鼻水を流す母にされるがままになっていたが、あまりに長いと感じてその背をトントンと叩く。


「母ちゃん、長いってかなんか苦しいんだけど。そろそろ――ど、ちょ、苦しいって! 首絞まってるって!」


 息子が途中から悲鳴を上げても、肩をタップされてもマチルダはぎゅう~っと抱きしめ続けていた。




 水葵は娘の手を優しく取る。


「手、大丈夫なの?」


「うん。アルが護ってくれたもの」


 凛華は癒薬帯で身体の半分以上を巻かれて眠っているアルを見ていた。


「そう。ねえ凛華? 無茶するなとは言わないわ。でもちゃんと元気で戻ってきなさい。お母さんずっと心配だったし、今詳しく聞いて冷や汗が止まらなかったのよ?」


「うん。わかった……次は絶対負けないわ」


 凛華が透き通る青い瞳に決意の炎を浮かべる。


 水葵はそんな娘を正面から胸に抱いた。


「お父さんみたいなこと言うのはやめなさい」


 そしてその後頭部をぺしりと軽くはたく。


 娘の武人化が止まらない。


 安堵か哀しみかわからない涙を流す水葵であった。




 シルファリスは娘が何か言う前に膝へと座らせ、ぎゅうっと抱き寄せて語り掛けた。


「エーラ、足と頭は大丈夫?」


「お母さん、頭大丈夫はないんじゃない?」


「癒薬帯じゃ治らなかったのね、残念」


「もーっ!」


 プンプンしながら立ち上がりかける娘をシルファリスは優しく抱いたまま離さない。


 ぐぅ~っと抵抗しかけたエーラだったが、頭にかかる熱い吐息で動きを止めた。


 シルファリスは娘を抱きしめたまま静かに涙を流していた。


「……ほんとにっ、よかったぁ……! アルが起きたらエーラもこうしてあげなきゃね。助けてもらったんだから」


「うん」


「まぁエーラにお母さんみたいな包容力はないんだけど」


「もおっ! お母さん!」


 やっぱりいじってくる母に我慢できずエーラが抗議の声を上げる。


 この他愛もないやりとりができなくなっていたかもしれない状況にいたのだ。


 なんとか生き延びる道を探し続けてくれたアルには感謝という言葉などでは片づけられない恩をシルファリスは感じていた。




 トリシャはそんな3組の母子を微笑ましく思いながら、アドルフィーナに話しかけた。


「フィーナちゃん、そんなに思いつめなくていいのよ? アルが怪我をしたのは、アルが自分で選んだ結果なの。自分で決めて動いたのに、フィーナちゃんを責めるような軟弱な子に育てた覚えはないわ」


 それでもアドルフィーナはボロボロになっている手を握ったまま昏睡状態のアルをじっと見ていた。


「でも……わたしが教えたからアル兄たちは行ったんだよ?」


 瞳に涙を溜めてアドルフィーナは言う。


 幼いなりに責任を感じていた。


 トリシャはマチルダの代わりにアドルフィーナの髪を梳いてやりながら宥める。


「それが仕事だったのよ。フィーナちゃんが教えなくても誰かが教えてたでしょうし、アル達だって先輩や大人に任せても良かったけど、自分達で行くって決めて行ったの。そしてちゃんとフィーナちゃんの新しいお友達を連れて帰ってきたのよ? 凄いと思わない?」


 アドルフィーナは「うん、すごい」と頷いた。


 トリシャはそんな子供の鼻をくしくしと拭いてやりながら続ける。


「ね? だから自分を責めるんじゃなくて皆凄いって褒めてあげて。泣かれるよりそっちの方が皆嬉しいと思わない?」


「おもう」


「じゃあもう泣かないで、褒めてあげるの。それにその凄い中にはフィーナちゃんのお兄ちゃんもいるのよ」


「お兄ちゃんはそんなに。だってあんまり怪我してないし」


 辛辣な妹の切り返しが、マルクの心にザクリと刺さった。


「フィーナ、兄ちゃん今のは傷ついたぞ」


 抱え上げる兄からアドルフィーナがプイッと視線を逸らす。


「ふふっ、もう大丈夫そうね」


 トリシャが穏やかに笑って息子に視線を戻したところへ、マチルダが礼を言う。


「ごめんね、トリシャ」


「いいのよ」


 マチルダも横たわっているアルを見た。


 青白い顔で静かに寝息を立てている。癒薬帯も相俟って痛々しい姿だ。


「アルくん、早く良くなるといいね」


 トリシャの気持ちが痛いほどわかるマチルダはその肩に優しく手を置いた。


 儀礼的な響きの一切ない、感情の籠もった一言に、


「うん、ありがとね。男の子だからなのかしら? 無茶ばっかりして、母親泣かせよねぇ」


 トリシャは困ったように笑う。


「凛華? あなたは男の子だったらしいわよ?」


 水葵はすぐさまその発言を皮肉に取り入れてみた。


 これ以上武人化しないでほしい。そんな感情を多分に乗せて。


「失礼ね。あたしはアルがいない限り無茶なんてしないわ。勝てる見込みがなかったら無茶したって意味ないもの」


「……そういうことじゃないのよ」


 効かなかった皮肉に水葵が口惜し気な顔で肩を落とす。


 トリシャとマチルダは苦笑いを浮かべるしかない。


 よく似た雰囲気の森人母娘はおかしそうにくすくすと笑った。



 * * *



 長い長い夜が明けた翌朝。


 捜索隊から報告を聞き、ヴィオレッタから昨日の出来事を一から十まで伝えられた住民達は皆一様に驚き、また納得した。


 一時は騒然としていた広場も今は落ち着きを取り戻している。


「おーい、そろそろ準備いいかぁー?」


 間延びした八重蔵の声に、一同が頷く。


 頷いたのは〈刃鱗土竜〉の屍骸の撤去及び鱗や骨、皮といった素材集めに行く者達だ。


 屍骸の放置は更なる魔獣を呼ぶし、高位魔獣ともなれば皮革や骨はかなり上質な素材となる。回収に行かない手はない。


 キースや源治といった動ける鍛冶師や職人らも同行してその場で要る要らない、使える使えないを判断して持ち帰り、残りは解体して森に還すのがここでは一般的だ。


 共同墓地方面はベルクトの案内で別動隊がさきほど出発した。


 成体の方は八重蔵、マモン、ラファルが先導することになっている。


 ヴィオレッタはアルの容態がいまだ思わしくないのでここにはいない。


 魔力が枯渇したままらしく怪我の治りが遅いそうだ。




 ぞろぞろと一団が西門を通り抜けたところで、先頭に居たマモンは驚いたように立ち止まった。


「マルク?」


 訓練場と鍛錬場の境目あたりに息子がいたからだ。


 マルクは手元に集中して息を荒げていたが、父親の声に気づいて振り返った。


「お、父ちゃんたち早えな」


「何をしている?」


 マモンは問う。


 昨日あれだけのことがあったのに早朝から訓練場(こんなところ)に出ているとはどういうことだろうか?


 と、息子の手元を見れば、桶からぶちまけられたような砂が飛び散っていた。


「魔力鍛えてんだ。アルが朝よくやってるやつ」


「魔力を?」


 どうやら人狼族にとって適性の低い土属性魔力で砂を放出し続けていたらしい。


「おう。あいつがあんななっちまう直前でさ、俺魔力切れで【人狼化】できなくなっちまったんだ。あんとき魔力がまだ残ってりゃ、少なくともアルが肩ブッ刺されたりすることはなかった。槍尾? だったっけ? 刃尾に比べたら細かったし、俺が【人狼化】さえできてりゃ殴って逸らせたと思う」


「けどお前さん、何も昨日の今日で――」


 やる必要はないだろう。と、キースが言いかけるのをマルクは首を横に振って遮った。


「ほぼ毎日やってたアルは、二頭に追われながら炎だの雷だのドカドカぶっ放し続けてた。魔法の維持で精一杯の俺らが狙われたりしねえように」


 ――だから、やらねえわけにはいかねえんだよ。


 マルクは顔を上げて言外にそう言ってのける。


「…………」


 二の句が継げぬキースは『ガキの眼じゃねえ』と心中で呟いた。


 ややあってマモンが息子の頭にポンと手を置く。


「そうか、無理はするなよ。だが、立ち止まりもするな。目を覚ましたアルクスはまた前に進み出すだろうからな」


 慈愛の表情を向けてはいるが、放った言葉は激励だった。


「おう。父ちゃん帰ってきたらまた稽古つけてくれよ。【部分変化(へんげ)】、ちゃんと教えてくれ」


 マルクはもう一歩先に進みたいと望む。


 息子の瞳に浮かぶ固い決意と、真っ直ぐに眼を合わせたマモンは大きく頷いた。


「ああ、帰ったらな。では行ってくる」


「ん、いってら」


 歩き去る父親にマルクもまた背を向けて魔力鍛錬の続きへと戻っていく。




 簡易狩猟場への柵を抜けた頃、鼻唄でも歌いそうな浮かれた様子のマモンへ八重蔵が話し掛けた。


「マルクのやつァ、良い顔するようになったじゃねえの」


「ああ。戦士の顔だったぞ」


 ラファルも同意するようにマモンの肩を叩く。


「そうだな、だがまだまだだ」


 そんな風に返しているがマモンはやけに嬉しそうだ。


 息子が純粋に強くなろうと藻掻いている。そこに歪みや翳りはなかった。


 鍛えてやっている師としても、父親としても嬉しくないわけがない。


 妻は「またムサくなっちゃう」とか小言を言ってきそうだが。


「にしたって早えだろ。まだ十二歳じゃねえか」


 キースは呆れ返った。


「しょうがねえだろう。ほっときゃあ、ガンガン進もうとするアルにでも言え。それに、うちんとこも今朝から似たようなもんだったぜ? 庭先で闇属性魔力(やみ)を出したと思ったら、庭に大量の氷の花咲かせててよ。そのあとはゼェゼェ言いながらそのまま里走ってくるっつって出掛けてった」


 だが、八重蔵がそんなことを言う。


 凛華は腕の筋も痛めていたらしいので現在剣が振れない。


 これを機にもう一本直剣でもぶら下げられるくらいに足腰を鍛えるつもりらしい。


「言われてみれば……エーラも朝からひたすら魔力を使って精霊と対話してたな。もう少し齢が上がってからでもいい訓練だと思ったんだが…………はっ!? い、いかんぞ!? アルの下へ行くにはまだ早い!」


 途中から妄言を吐き出したラファルを3人は冷めた目で見つめる。


 シルフィエーラ(次女)よりシルフィリア(長女)の方にそんな浮ついた話がなかったか?


 そう言おうとした八重蔵の肩をマモンが叩いて止めた。


「あとが面白そうだから黙っていよう」


「お前……わっるい奴だな乗ったぜ」


「難儀なやつだな、ラファルも」


 マモンと八重蔵がニヤリと笑い合い、キースは更に呆れ返るのだった。



 ~・~・~・~



 他愛もない話をしている内に昨夜の戦闘現場が見えてきた。


 報告を聞いただけの者達は灼け焦げた草木や雪の下に広がる煤を見て静まり返る。


 ここまで大々的に焼けてしまっているとは思ってもみなかったのだろう。


「こっちだ」


 焼けた大地の上でも正しく機能するマモンの鼻に先導された一同は、やや気後れしながら作業道具を担いで歩き出した。


 大して時間もかからずに屍骸へ辿り着き、低木類が少なくなっていく辺りまで一旦運び出す。


 選別と処理を行うにしても集める必要があるのだ。


 〈刃鱗土竜〉の屍骸は片方だけ不自然なほど綺麗で、もう片方はまともに残っている部分など先のもがれた槍尾くらいしかない。


 あとは細かく飛散した肉片や炭素化した残り滓、潰れてぐちゃぐちゃになった頭部らしきものしか見つけられなかった。


 ――これをアルが一人で……?


 キースと源治の背筋を這い上がる薄ら寒さは冬場だからと言うだけではないだろう。


 ほとんど残っている方も綺麗すぎて違和感を感じるし、もう片方に至っては別の高位魔獣が食い荒らしたと言われた方がまだ納得できる。


 それほど凄惨な殺戮の跡だった。


「……こりゃあ」


 源治は耐えきれずにポツリと漏らす。


 子供が1人でやることではない。


 八重蔵はそんなこと意にも介さず、ザッと説明しはじめた。


「綺麗な方はアルの暴走前に雷撃で左眼を潰してたんだとよ。んで、暴走した後に腕突っ込んで灼いたらしい。そっちの残り滓は暴走しきったアイツがズタボロに蹂躙した方だ」


 予想以上に残虐な殺し方だ。


「えっぐい殺し方してやがんな」


 キースは今更ながらに”暴走”と称された意味を理解する。


「闘うこと以外に一切の関心がないように見受けられた。左腕を自ら燃やしてでも私を殺しに来たくらいだ。痛みすら感じてなさそうだった。あれだけ傷だらけだったのに苦痛に顔を歪めたところは見ていない」


 ラファルは肩を竦めて述べる。


「「…………」」


 俄には信じられない。理性のないアルというのがそもそも想像がつかないのだ。


 稽古中はそれ相応に激しいが、どちらかと言えば強靭な意志で以て戦う方だ。


 本能で闘うタチではない。


 刀の手入れをしてやっている源治はそれをよく知っている。


 だが、肉片になった〈刃鱗土竜〉からはそういったアルらしさを一片も感じ取れなった。


 敵だから死ぬまで、少しも動かなくなるまで殺した。そんな風に感じる残骸だ。


 どう見てもここまでやる必要はない。


「ま、とりあえず回収しようぜ。要らねえ部分は言ってくんな」


「っておい、綺麗な方ったってガワだけで、脳から心臓にかけてほぼ炭化してるじゃねえか。龍焔でやったのか? 子供のやったこととは思えねえぞ」


「よっこらせっと。剥がしやすいは剥がしやすいわい。アル坊がやったと聞くと微妙な気分にならざるを得んがな」


 こうしてアルの殺戮を目の当たりにした2人は、八重蔵から依頼された内容に頭を本格的に悩ませることになる。


 また余談だが、今回の〈刃鱗土竜〉の屍骸回収・解体作業において最も意欲が高かったのは人虎族であった。


 己の身を顧みず死地へと飛び込み、同胞の大事な子供を救ってみせた4人の少年少女。


 そういった武勇譚が好きな里の魔族の中でも、特に琴線を鷲掴みにされたのが人虎族達だった。


 おまけにエリオットとアニカの両親が子供を救って貰った礼を言いに行くと、3人は『アルクスのおかげで戦えた。だから彼がいないときに礼をもらう気はない』と三者三様に突っぱねた。


 些か頑固も過ぎる。


 しかし、だからと言って偉ぶるでもなく、黙々と直向き(ストイック)に鍛錬している3人を見た人虎族達はその態度を良いものとして受け取ってしまい、更に好感度が上昇してしまった。


 件の双子も完全に懐いている。


 移住早々に族長筋が問題を起こして(やらかして)しまって不安を覚えていたが、


『こんな立派な戦士の卵がいる里なのだ。きっと他の住人達も良い精神性を持っているに違いない』


 と、勝手に納得してしまったのである。


 そこに最初の仕事として回ってきたのがこの回収作業だ。


 当然彼らは恩返しの意味も込めて意欲を燃やした。


 勤労意欲(モチベーション)も高いままに人虎へと変化し、能動的に素材を運びまくり、そのおかげで予定よりかなり早く作業を終えることになった。


 これにより彼らは自らの手で新たな住民としての信用を勝ち得たのだ。


 馴染むのも決して遠い未来ではないだろう。




 ちなみにアルの見舞いに行ったエリオットとアニカは、元々面識のあったアドルフィーナとバッタリ遭遇し、その後親友と呼べるほどの仲へなっていくことになるのだが――……それはまた別の話だ。

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