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【祝13.4万PV❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第1部 少年期・1章 異世界からの転生篇

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1話 転生者

主人公の出自や、転生の記憶について判明する回です。

 木々の青々とした葉、子供の膝丈ほどに伸びた緑の原を山間特有の風がひゅうっと吹き抜けていく。


 しゃらりしゃらりと絶え間なく耳をくすぐる草の()は、夏の昼空の下にあってもどこか涼しげだ。


 その草原の中心。


 ふわふわと青み掛かった銀髪が揺れ、それを艷やかな紫紺髪が見下ろしている。


 前者はまだ、少年とも少女ともつかぬ容貌の男児、アルクス。後者はその師、ヴィオレッタだ。




 此処(ここ)は、隠れ里――ラービュラント大森林、と呼ばれる大樹海のなかに建造された魔族の集落である。


 2人が居るのは、墳墓のような形の敷地から西に抜けた先。


 訓練場や子供の遊び場として拓かれた、だだっ広い草原だ。


 長い紫紺髪と同じ色の瞳、妖艶な美女との形容がぴったりなヴィオレッタは現在、口をぽかん……と開けていた。


(アルは今、何と?)


「前世……前世と言うたか?」


「はい、ししょー」


 ()()()()()()()()がふわりふわりと縦に揺れる。


 いまだ舌っ足らずなものの、少年の応答はつい先刻(さっき)――頭を強打する前より妙にハッキリしていた。


 綺麗な母譲りの()()()にも知性の光が垣間見え、手を引いて出かけた今朝と較べても、どこか落ち着いた印象も受ける。


「冗談……ではじゃなさそうじゃな。本当に? 確かなのじゃな?」


 執拗な確認にも、


「う……うん。はい」


 アルクスは真面目くさった顔でこくこくっと頷いてみせた。


「そう、か……」


 と、ヴィオレッタは嗄れ声を出した。


 そもそも5歳児が飛ばす類の冗談ではない。


 転生という概念を教えてやった記憶すらない。


 そこでようやく、彼女の頭脳も本来の速度で廻り始めた――ものの、顔が強張っていく。


(アルに前世の記憶が甦った、とすれば――)


「訓練は中止じゃ。今すぐ(なれ)の母御のところへ行くぞ」


「あい。はい……?」


 なんで? と、続けたそうにアルクスがきょとりと首を傾げる。


 ヴィオレッタは安心させるように、くりくりふわふわとした青白い銀髪をひと()き。


「ししょー?」


 ふくふくとした頬を手の甲で優しく撫でる。


「幾つか確かめねばならぬことがあるのじゃ……――なに、心配は要らぬよ」


 後半の呟きは幼い弟子に向けたものか、はたまた自身に向けたものか。


 知性の滲む紫紺の瞳は、圧し潰されそうな不安に揺らめいていた。




「あれ? ヴィオレッタ様、お早いお帰りで。やぁアル坊もおかえり」


 里への西門をくぐった2人に声を掛けたのは、里の守衛見習いをしている鬼人――額から二本角を伸ばす青年イスルギ・紅椿(べにつばき)であった。


 穏やかそうな彼は、手を引かれた少年に眼を留めると、


「お? さては、何かまた悪戯でも見つかっちゃったのかい? 元気ないみたいだけど」


 と、にこやかに笑い掛ける。 


 が、当のアルクスは紅い瞳をぱちぱち。薄い眉を八の字にして戸惑っていた。


「ま、そんなとこじゃ。ところでトリシャは()るかの?」


 ヴィオレッタの方はどこか歯切れの悪そうに、()れど口早に訊ねる。


「はい、トリシャさんならもう家だと思いますよ。今朝は昨日使った道具の片付けだけだったみたいで」


 と、不思議そうな響きを乗せた紅椿の声。


「そうか。すまぬの、少し急ぎでな」 


 返事を聞くなり、ヴィオレッタは珍しく硬い表情で、


「つばきにい、じゃあね」


 と、拳をにぎにぎさせて手を振る少年を連れて、トリシャの家へ急ぎ足を向ける。


 アルクスはアルクスで、


『どうも、ただごとじゃないっぽいぞ』


 との察しこそついていたが、何がどう只事でないのかまでは見当もつかず……師に連れられるがまま、()()への道のりをテクテクついていくのであった。




「トリシャよ、居るか? 儂じゃ、ヴィオレッタじゃ」


 ヴィオレッタは弟子の幼い足幅を合わせつつ、それでも急かすように通りを抜け、ようやく里の南端――目的地の玄関を叩いた。


 アルクス・シルト・ルミナスと、その母トリシャ・ルミナスの居宅で、質素ながらも丁寧な造りのどっしりとした平屋だ。


 温かな風合いの外壁煉瓦に囲まれた屋内から、「ヴィー? どうしたの?」と、直ぐに声が返ってきて、


「今日はもう非番だし、丁度あの子にお昼を持っていこうと思ってたところよ」


 息子とよく似た――肩まである綺麗な銀髪に、勝気な紅い瞳をした若々しい女性、トリシャが戸を開いた。


「あら、アルも居るじゃない。二人ともどうしたの?」


「すまんの、緊急事態じゃ」


「緊急……? あ、とりあえず入って。ヴィー、昼食は? アル、ちゃんと手は洗うのよ」


 端的な返事に、トリシャが困惑しつつも家に招き入れる。


「頂こうかの。長くなりそうじゃ」


 ヴィオレッタが樫を削り出した大きな食卓(テーブル)のある居間の方へ。


 アルクスが「はぁい」と素直に、擬似水晶石の嵌まる水道で手を洗ってから、子供用の椅子に「んしょ」とのぼる。


「それで、緊急事態ってどうしたのよ? アルのこと?」


 と、訊ねるトリシャに、ヴィオレッタは言葉を選びつつ慎重に口を開いた。


「うむ、そうじゃ。良い報せと悪い……かもしれぬ報せがある」


「悪いかもしれない? ってどういうことよ?」


「悪いと判断するには尚早、という意味じゃ。確認が取れておらぬからの」


「そう……うーん、じゃとりあえず良い方から聞かせてもらえる?」


「では良い報せじゃ。アルが魔力を感知できるようになった。これで魔術の訓練に移行できる」


「えっ、もう? 私だって感知できるようになるまでもうちょっとかかったわよ?」


 魔術を扱うのに魔力は必須。しかし、視認は勿論のこと、感じ取ることも難しい。特に幼子のものは。


 ゆえにヴィオレッタが行わせていたのは初歩の初歩。魔力そのものを認識させる訓練であった。


「毎日ひたすら練習し続けておったからのう。努力の成果じゃ」


「偉いじゃないアル! 頑張り屋さんだもんね!」


「ん、がんばった」


 師と母の掛け合いを首をふりふり眺めていたアルクスは、母の輝く笑みと称賛に、にへらっとはにかむ。


 しかし、眠気が勝ったのか、くしくしと瞼をこすりながら「ふぁ~」と軽く欠伸をした。


 濁流のように流れ込んできた転生前の記憶。


 その追体験が終わったかと思えば、何やら急ぎ足の師に連れられて歩いたり――と、5歳児が疲れるには充分である。


 いつもは昼食と昼寝も挟んで帰ってくるのだから、当然といえば当然だ。


「それで、悪いかもしれない方は? アルが何か悪さでもしたんじゃないでしょうね?」


 母の声を耳にした途端、アルクスは慌てて頭をぷるぷる振って眠気を飛ばした。


 やらかした時に落とされる母のゲンコツは痛いのだ。頭頂部を狙い澄ました一撃に涙した回数は数え切れない。


 トリシャはトリシャで活発な息子を信用しきれなかったらしく、さっと捕まえて膝に座らせた。これで逃げられない。


「では、悪いかもしれぬ報せじゃ。アルには前世の記憶がある。つまり、転生者だそうじゃ」


「えっ…………? え、転生者!?」


 慌てて覗き込んだトリシャが見たのは、己と同じ紅い瞳で、不思議そうに自身を見つめ返す我が子の眠たげな顔。


(ムズかしい話なら寝てよかな?)


 弛緩した頭でそのように考えていたアルクスであったが、そうは問屋が卸さなかった。


「アルや、(なれ)が転生者じゃというのは確かなんじゃな?」


 これで何度目だっけ? というほどに師匠からの問い掛け。


「はい、ししょー」


 ぼうっとした声ながら間を置くことなく返された我が子の声に、トリシャは不安を掻き立てられた。


「……転生前の種族は? 人間じゃったか? それとも他の種族じゃったか?」



「にんげんでした」



 ――最悪だ。


 トリシャとヴィオレッタの心境が一致した。


 俗に言う転生者が自身の転生を「はいそうですか」と簡単に受け入れることなど、まず以てない。


 彼らとて生前の家族や友人――大切なものがあるのだから、執着を見せぬことの方が稀だ。


 その結果、何が起こるのか? 否、起こったのか?


 ずばり、事実を受け入れられぬ者達による、変えられぬ現実への反抗だ。


 つい数十年前も人間から魔族へ転生した子供が、


「僕は人間で、お前たちの子供なんかじゃない!」


 と、大騒ぎする事件があった。


 その際はヴィオレッタが取り押さえたのだが、子供の両親は深く心を痛めて憔悴し切り、酷くやつれてしまっていた。


 特に、その子供はこの大陸最古国――魔族を『蛮族』と呼んで憚らぬ元聖国の人間であったせいか、発狂寸前であった。


 このように【人間から魔族への転生】は最悪を引き起こしやすい。


 アルクスが()()()にならぬ保証などなかった。


(そんな……)


 トリシャも似たような事件を知っていたが為に、眼の前が真っ暗になるような絶望に襲われていた。


 まさか血を分けた我が子にそんなことが起こるとは。


 他人事だと思っていた当時の自分を叱りつけたい衝動に駆られる。


(それでも――)


 愛する男との間に生まれた可愛い1人息子だ。


 共に生きよう。仮令(たとえ)、里を追い出されたとしても。


 きっと少しずつでも歩み寄れるはず――と、息子と似た紅い瞳にグッと力を入れたところで、


「あ!」


 天啓にも似た閃きを得た。


(そうよ、まだあの国の人間って決まったわけじゃない)


 亡き夫の母国――帝国のように、「魔族は善き隣人である」と公言する国の人間だった可能性が残っている。


(現に今だって……)


 自分――龍人族の膝に大人しく乗っているではないか。


 そう思ったトリシャは、震えそうになる声を辛うじて抑えつけ、我が子に訊ねた。


「ねぇ……アル? あなたはどこの国の人間だったの?」


 すると、彼女の最愛の息子は見つめる大人2人と対照的な呑気さで、微睡(まどろ)むようにのほほんと答えた。



「ふぁい? 日本だよ」

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