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【11万PV 達成❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
魔導学院編ノ弐 波乱の課外実習編

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200/223

6話 〈グリプス魔導工房〉(虹耀暦1288年5月:アルクス16歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 課外実習3日目、〈グリュックキルヒェ〉の朝。


 決して安宿ではないが大衆宿との評からも脱しきれぬ、と云った風情の石造りの古い旅籠屋1階にある大広間もとい大食堂にて。


 何をするでもなく長椅子に座す〈ターフェル魔導学院〉1年7組の生徒達の半数の間には弛緩した雰囲気が漂っていた。


 がっかりしている、と言い換えても良いだろう。


 本来であれば朝イチから予定されていたヴァッケタール山での発掘体験に向かっている頃合いだったが――……。


「降ってるわねぇ。この分だと明日も雨よ」


 ダウナーな雰囲気を隠しもせず、下ろした黒艶髪の毛先をくるくると弄んでいた凛華がポツリと呟いた。


 少しばかり肌寒いのか暗い朱色地の短裾上衣(クロップドトップス)の袖口を窄めて、アルクスに借りた龍鱗布を隣のシルフィエーラと仲良く肩に羽織っている。


 彼女の言う通り、昨日まではどうにか堪え切れていた空だったが、今朝の未明頃から耐えきれなくなったように泣き出したのだ。


 分厚い黒雲はしとしとと雨粒を降らせ続けている。


 その結果として、「雨天の山は危険も多い」ということで発掘体験は中止となったのだ。


 今朝方、アルクスとマルクガルム『不知火』の男性陣2名と同室の委員長気質なヘンドリック・シュペーアが報せに奔走していたのは同級生達全員の知るところである。


 また、まだまだ余裕の有りそうな大食堂の他の席には(たな)を広げた発掘隊の本職っぽい見た目の大人達が幾名か、何言か交わしながらゆったりとパイプの煙を燻らせている。


 専門家であれなら素人の生徒達では尚の事無理な話である。


「だろうな。雨脚も強かねえし、長雨になるんじゃねえの」


 嗅ぐまでもねえや、とばかりにマルクがスンと鼻を鳴らしてみせた。


「こればっかりはしゃあないさ。お天道(てんと)様に雲退()けろぃ、なんて言うわけにゃあいくめえよぅ」


「クァッカァ~」


 すると酔っ払いの鼻唄染みた拍子(リズム)でアルがのんべんだらりとのたまい、その膝に乗っていた三ツ足鴉が「いっくめーよー」と同調するように啼いた。


 長卓の縁を背もたれにして湯呑みを傾ける様は、何ともお行儀が悪い。


 しかし、彼の母譲りな面立ちや醸し出す異国情緒な雰囲気もあってかそう受け取るものは誰一人としていない。


 ちなみに有り難いのか迷惑なのか定かでないものの、学院でも“雲切”の渾名を頂戴しているアルは同級生から「なぁアルクス、あの雲晴らせない?」と打診されていたりする。


 が、別段どうこうする気はない。


 確かに雨のせいで発掘体験がおじゃんになったのは残念である。


 だが人にとっても、その他生物や自然にとっても雨とは恵みを齎すものでもあるのだ。


「こーら、翡翠。八重蔵おじさんみたいなアルの口調は真似しちゃダメだよ?」


「カァ?」


 隣で使い魔を窘め、一緒になって可愛らしく小首を傾げるこの耳長娘は「晴らしちゃダメだよ! せっかく皆喜んでるんだから!」と慌てた筆頭である。


 幸いにも彼女の言う”皆”が植物の精霊のことであると理解できない同級生はいなかった。


「そうよ。マルクみたいに荒っぽくなっちゃったらどうするの?」


「っておい。誰が荒いだよ、どの口が言ってんだ」


 一番の脳筋はお前だろうが、とマルクが甚だ遺憾そうに鬼娘へツッコミを入れる。


「例年より二週間ほど早い雨季に入ったとお店の方は仰られてましたね」


 全員分のお茶のお代わりを注ぎながらラウラが言う。


 予定が立ってないせいかほんの少し眠たげで、アルに軽く寄り掛かっているが自覚はないようだ。


「うむ。残念だが已むを得んというやつだな」


 その向かいで然して残念がるでもなく、手甲を外してプルプルと白い指を震わせているのはソーニャだ。


 マルクが自分で直した襯衣(シャツ)(ボタン)がみっともなかったので直してやっているのである。


 思わず「いや夫婦か。ってか通り越して親子じゃん」とアルがツッコんでしまったのも致し方ないだろう。


 ちなみにアル自身は釦付きの服自体をあまり着ない。

 

「でもこれからどうするのかしら? 魔導具工房は午後なんでしょ?」


「フックス先生は宿(ここ)で待機ってボクらに言ったけどいつまでだろ?」


「その先生も今はいらっしゃいませんね」


 三人娘がすっかり慣れたように言葉を交わす。


 今の時刻は午前8時過ぎ。


 彼女らの言う通り、朝食の席で待機の指示が出てからは特に連絡は来ていない。


 総勢30名を超える生徒達も最初はこの大食堂にいたのだが、待ちくたびれたのか今は半数ほど部屋へと引っ込んでいった。

 

「前倒しで魔導具工房に行くとか、他の観光場所に見当がついてるとか対応策に動いてるんじゃない?フックス先生のことだし」


 華やかな三人娘に挟まれているにも関わらず平然とした顔でアルが口を挟む。


 そんな彼に羨望の眼差しを、ないしは呆れたような視線を送る同級生はそこそこ多い。


 主に前者は男子生徒、後者は女子生徒だ。


 系統や種族に違いはあれど3人とも目立つ美少女なのだから事情を知らぬ者からすれば当然と言えば当然の反応である。


 しかし当のアルはどこ吹く風だ。


「あ、そうかもしれませんね。大きな街ですし先生も何度も来ているような口ぶりでしたから」


「でもここって自然がどぉ~ん! って感じの街だよ? 屋内(なか)見て回るったってさ」


「そうね、とびっきりの目玉はあの博物館でしょうし。もし川下りだったらあたしは遠慮するわ」


「それは私もです」


「いや俺もだよ」「ボクもだよ?」


 4人が他愛もない話をしていると、「そういえば」とマルクが声を上げた。


「アニスはどうしたんだ? 同じ部屋なんだろ? 戻ったのか?」


 よくつるむ赤毛の豊かな鉱人娘がいない。


 朝食の席では健啖家らしく『不知火』の女性陣の2倍はペロリと平らげていたはずだ。


「いや戻ってないと思う。最後に見たのはフックス先生となにか話しているところだったな。というかそっちのラインハルトとヘンドリックは? マルク達と同室だろう?」


 ソーニャが問い返しながら「出来たぞ」と釦の手直しを終えた襯衣(シャツ)を手渡す。


「おうあんがとよ、っとそういやあいつらも見てねえな」


 マルクは鍛え上げられた胸板と腹筋を晒しながら襯衣を着直して周りをグルリと見渡した。


 1年7組の生徒達は女性部屋と男性部屋で数部屋ずつ借りているのだが、『不知火』の男性陣2名と共に4人部屋に宿泊している人間の青年2人の姿も、女性陣4名と共に6人部屋に宿泊している魔族の少女の姿もない。


 ちなみに男子生徒は騒ぐからという理由で最大4名、女子生徒は何かあったとき数の優位性を崩しにくくして侵入者なり何なりを囲んで叩きやすくする為に最大6名という人数割が為されている。


 これは帝国でも珍しくない、軍でも一般でも推奨されているやり方だ。


「ヘンドリックも先生と話してなかったっけ?」


「だった気がすんな」


 アルとマルクが顔を見合わせる。


 なんか忙しそうだなぁと云った具合にしか認識していなかったものだからどこに行ったのかなど気にも留めていなかった。


「その内戻ってくるわよ」


「あの三人も仲良くなったよねぇ」


「同じ寮生ですし」


「アニスは人懐っこいからな」


 『不知火』の女性陣4名も「さぁ?」と言いたげに肩を竦める。


 と、その時だった。


 大食堂の扉――つまり旅籠屋の年季の入った樫の玄関扉がギイ……と開いて7組の生徒達もよく知る4名が入ってきた。


 黒い蝙蝠傘を差す彼らの担任コンラート・フックス教授と丁度話題上っていた生徒達。


 薄黄色の雨外套(ポンチョ)を被っているせいか普段より幼さが強調され、クリクリとした赤毛が2割ほどボリュームアップしているアニス・ウィンストン。


 その彼女に傘を差してやっていたのか肩と金髪を濡らし、切れ長の瞳がより一層目立つラインハルト・ゴルトハービヒト。


 そして如何にも高級そうだが誰かからのお下がりといった風合いの革傘を閉じ、眼鏡についた雨粒を拭うヘンドリック・シュペーア。


 『不知火』の6名とそれぞれ相部屋の3人だった。


 大食堂の暖気にラインハルトとヘンドリックがホッとしたように息を吐き、それとは対照的にテンションの高いアニスが「みんな! 許可取れたよ!」とブンブン手を振る。


 長椅子に座していた同級生らが「許可?」「って何の?」と頭に疑問符を浮かべたところで、


「さて七組の諸君、良い報せだよ。午後から予定していた魔導具工房の親方が午前からの見学も許可してくれたんだ。そういうわけで時間は――っとそうだね、今から十分後ここに集合して皆でお邪魔しよう。部屋に戻ってる子達にも伝えてきてくれないかい?」


 と、にこやかな笑みを浮かべたコンラートが大食堂を見渡して告げる。


「みんな、ちゃちゃっと準備終わらせるよ!」


 続いてアニスが短い腕を振るって檄を飛ばす。


 そこで魔導技士志望な彼女が昂揚している理由を察し、顔を見合わせてクスリと笑みを零す『不知火』の6名であった。



 * * *



 その30分近く後。


 傘を差した1年7組の生徒達は担任に連れられるがまま〈グリュックキルヒェ〉の西端、大河沿いにある巨大な石造りの工房前にいた。


 余程規模が大きいのか、搬入口らしき両開きの扉は分厚そうな鋼鉄製で、屋根から伸びる2本の煙突からは雨粒を押し返すように白煙が立ち昇っている。


(でっかい鍛冶屋みたいだなぁ)


 エーラが用意してくれた葉っぱ傘にボツボツと当たる心地よい雨粒の音を聞きながら、アルは心中で独り言ちた。


 工房と云うより工場と呼称する方が正しいだろう。


 それほど大きな建物だ。きっと敷地も相応に広いと見て間違いない。


 そうこうする内にぞろぞろと歩いてくる生徒達を見た守衛らしき男性が駆け足で工房内へと入っていった。


 程なくしてコツコツと歩いて出てきたのは、奇妙な形状の柄を握り、細い煙草を咥えた細身の女性だった。


 歳は中年のようだが、黒髪を無造作にひっつめて化粧っ気も薄い割にコンラートと同様で雰囲気は若々しく、黒縁の眼鏡に白衣姿だ。


「お、来たなコンラート。鉱人のお嬢さん方もさっきぶりだ。なかなか早いご到着だな」


 軽妙な口調で歩いてくる人間らしきその女性はなぜか雨に濡れていない。


(ん?)


 アルが右眼に違和感を覚えて注視してみれば、彼女の握る柄から上方へ何かが放出されて雨粒を防いでいる。


 白地に円柱状の柄には幾何学模様の走査線が走っていた。


(風か? いや、違う。『防護障壁(結界)』の応用……?)


 どちらにせよ、あれは魔導具だ。


 そう結論づけたアルのすぐ近くで、


「はいっ! さっきぶりです!」


 アニスが褐色の瞳をキラキラさせて挨拶を返し、雨外套(ポンチョ)だけでは髪が濡れるだろうと傘を差してやっていたラインハルトとすぐ後ろにいたヘンドリックが軽く会釈した。


 なぜ白衣姿の彼女と彼らに面識があるのかと云えば――――雨が降り止まなそうだと感じ、魔導具工房の見学を前倒しできないかと交渉に行った担任に「アタシも行きたいです!」と鼻息荒くアニスがついていったからである。


 ちなみにラインハルトとヘンドリックの方は「何がなんだかわからない内に巻き込まれた」「気付けばアニスに引っ張られて工房を訪れていた」とのこと。


 少々げんなりした顔で道中、アル達に語ってくれた。


「ええ、来ましたよ先輩。この子達が僕の受け持つ七組の生徒達です」


 そこでコンラートがニコリと笑い、


「この方はここの親方、ザビーネ・リーチェルさんだ。僕と同じ魔導学院の卒業生で一つ上の先輩、つまり君達の大先輩に当たるね。四年まで僕と同じ〈騎士科〉にいたんだけど、途中で転向して〈機構科〉に移ったんだ。そこからたった一年で一等魔導技士の資格を取った才女でね。今日の見学も先輩のお陰ですんなり許可が下りたんだよ」


 クルリと生徒達の方へ向き直って白衣姿の女性について紹介した。


「ふ、親方とはまた古臭いなコンラート。紹介に与ったザビーネ・リーチェルだ。一等技士でつい二年半前にここへ転属してきて、今は工房長をしている。と、まぁ雨も降ってるし、他のことはおいおい話すとして――後輩諸君、ようこそ我らが〈グリプス魔導工房〉へ。魔導技士ないしは魔導師を目指す君達にとって、今日は面白い一日になると約束しよう」


 コツ……と一歩前に出た工房長ザビーネ・リーチェルは煙草の煙を細く吐いてそう言うとイタズラっぽくニヤリと笑ってみせた。


 一等技士とは、魔導技士の中でも最難関レベルの国家資格だ。


 民生品から魔導列車の核となる魔導機関まで扱うことのできる唯一の等級で、それより上は存在しない。


 またアル達と懇意にしている『紅蓮の疾風』に所属するレイチェルが持っているのは特殊技士資格と言って、そちらは火器専門だ。


 仕様書や申請が要らない代わりに民生品を扱うことはできない。


 一等技士なら仕様書さえ提出すれば火器でも扱えるが、代わりに機密漏洩を防ぐため厳重な守秘義務を負うし、国を出る場合は申請が必要となる。


「トリシャ殿やヴィオレッタ様とはまた別の格好良さがある御仁だな」


「ホントだね、なんかサッパリしてそう」


 ザビーネの飄々とした挨拶にソーニャとエーラが小声で感想を述べ合う。


「さて、ここは――」


 コンラートが改めて工房を示しながら口を開くと、


「この〈グリプス魔導工房〉――通称・『大工房』は魔導遺物の研究と、現代魔導技術によるそれらの能力の再現を主目的とした、いわば研究所のようなものでね」


 被せるようにしてザビーネが話を遮った。


「……ザビーネ先輩」


 コンラートが珍しく胡乱な視線を向ける。


「私が工房長だぞ、後輩? それに教授がそう威張り散らかしてどうする? 生徒から嫌われるだけだ。そういうのは私に任せておけ」


 どうもこのザビーネ・リーチェルという女性は茶目っ気もあるようだ。


 7組の生徒達が担任と工房長との関係をなんとなく察する。


「まったく、わかりましたよ。じゃあ続きをお願いできますか?」


 コンラートのため息混じりなパスにザビーネは鷹揚に頷くと、


「良いだろう。とまぁさっき研究所のようなものだとは言ったが相手は”遺物”だ。幾ら国から予算が下りているとは言え、目途は立たないし飯の種はあった方が良い。というわけで一般人向けの魔導具開発なんかも行っている。


 さすがにあの”魔導具の母”――帝国の賢才たるシマヅ・誾千代学院長の興した〈帝国魔導研究所〉に較べれば最新とは言わないが、”遺物”の研究ならこちらに一日の長がある。今日は午前からということで、工房内のほとんどを案内できるだろうから期待して良いぞ」


 フッと笑って一度言葉を区切り、


「さあ後輩諸君、過去の叡智を探る旅へと赴こうじゃないか」


 白衣をバサリとやって工房内へコツコツと歩き出した。


「お、おおぅ……」「なんかカッコ良い、かも?」「ちょっと憧れるなぁ」


 雰囲気に呑まれた生徒達が慌てて後を追う。


 そんな彼らの背中を見ながら、


「はぁ~、本当ちっとも変わらないなぁ先輩。完全にお株奪われちゃったよ」


 コンラート・フックス教授は深い緑青の髪をガシガシ掻いて歩き出すのだった。

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