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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
魔導学院編ノ弐 波乱の課外実習編

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4話 帝国最古の街〈グリュックキルヒェ〉((虹耀暦1288年5月:アルクス16歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 帝都から北東に約50km(キリ・メトロン)のところにある〈グリュックキルヒェ〉という街の広さは、面積で言えば帝国辺境の街〈ヴァルトシュタット〉より少しばかり広く、山岳都市〈ベルクザウム〉より少々狭いと云ったところだろう。


 特筆すべきは街全体の外観だ。


 緑の多い帝国の都市や街の半数は標高にこそ高低差はあれど、平坦な土地に築かれているのが一般的。


 それに対し、こちらは街の()()聳える標高1,478mを誇るヴァッケタール山の斜面に沿うように建物が並び、麓にまで及んでいる。


 間違いなく帝国ではあまり見られない形態だ。


 これは帝国が興った頃のほとんどの街や村が小国入り乱れる戦によって機能しておらず、再建の必要があったことや、その際に魔獣対策として防壁を張り巡らせる必要があったことに起因する。


 以前、アルクス達『不知火』の6名が依頼で行くことになった蛟もとい十叉大水蛇(とおまたのおおみずち)のいる村〈ドラッヘンクヴェーレ〉ですら、住民こそ件の大竜のお陰で住民に被害は出なかったものの村としての機能は喪われていた。


 翻ってグリュックキルヒェはどうだったのか?と云えば――――。


 小国時代には大まかな集落が形成されていたそうで、戦禍に見舞われ、家屋が焼け崩れ、野盗共が襲撃してきたものの集落全体が崩壊の憂き目に合うようなことはなかった。


 ゆえに他所(よそ)の都市や街とは居並ぶ住居一つとっても建築様式からして大きく違う。


 ではなぜ当時のグリュックキルヒェは陥落しなかったのか?


 女神に祝福された聖域だったから?


 それとも当時の集落の代表者が戦巧者だったから?


 答えは、そのどちらでもない。


 ズバリ言ってしまえば、この街があまりにも()()()()()()に存在していたからである。


 少なくとも歴史学者の見解ではそうだ。


 元々〈グリュックキルヒェ〉の前身に当たる集落は、すぐ近くを流れる大河を頼りにして築かれたものだと言われている。


 この大河というのがかなり広大で、上流が王国との県境にある帝国東部の山脈、河口が()()北部の北海へと通じている。


 水深は20m以上、河幅は最長で10kmを超す部分もあるらしい。


 その上流域と中流域の境に面している山の麓に〈グリュックキルヒェ〉は拓かれているのだ。


 更に街の()()には件の河幅900~1,200mの大河とゴツゴツした岩肌の見える山。


 つまり〈グリュックキルヒェ〉は登坂に向かない山と河と岩山に挟まれた、容易に攻め落とせない地形に築かれた土地なのである。


 今でこそ街の()()()街道も通されて橋も渡されているが、当時はそれもなかったらしいので尚の事攻めにくかっただろう。


 現在の〈グリュックキルヒェ〉は、ヴァッケタール山を背に麓の両端のみを堅牢な防壁で囲われている。


 魔導技術によって近代化した帝国内でも珍しく素朴な味わいのある風景といまだ陥落したことがない長寿の街として有名だ。



 * * *



 アルクス達『不知火』の6名と同級生の3名は無事に〈グリュックキルヒェ〉へと辿り着き、その数時間後に残りの同級生達と1年7組担任コンラート・フックス教授と合流して、その日は大衆宿で賑やかな初日を終えることとなった。


 明けて翌日。


 今は課外実習2日目の午後だ。


 1年7組の生徒達は今まさに2日目の予定である〈ヴァッケタール魔導史博物館〉の見学を終えたところである。


 この魔導史博物館はヴァッケタール山の麓から中腹までに広がる〈ヴァッケタール城塞跡〉に建立された広大な博物館だ。


 帝国が興った頃どころか小国が築かれる前にはすでに跡地となって久しかったそうなのだが、当時は城塞から城下町が大河の方に延びていたそうな。


 ちなみに何かにつけて”ヴァッケタール”という名称がつくのは、数百年以上前にここ周辺を街とする括りがなく、もっと大雑把にその地名で呼ばれていたからだ。


 今現在はヴァッケタール地方の街〈グリュックキルヒェ〉である。


「昔の人間のお城ってあんな感じだったんだねぇ~! ボクもっとこういうとこ観に行ってみたい!」


 腕をパタパタさせて興奮冷めやらぬ様子のシルフィエーラが満開の花を思わせる笑みを浮かべる。


 幼馴染の彼女が観光や散歩好きなことをよく知っているアルクスはにこやかに笑い返した。


「あえて当時の石垣なんかも残してあったもんなぁ。長めの休暇があったら依頼ついでに観光名所(そういうとこ)行ってみるのも面白いかもね」


 アルの言う通り、〈ヴァッケタール魔導史博物館〉は城塞跡を極力残そうとしているのか、当時の石畳や()()のついた石垣や城壁などよくわかる造りになっていた。


「ほんと!?」


「うん。ほら、えーっと……そだ、花の街〈ブルーメンコルプ〉行った時とかさ。帰りに余計な水入りは入っちゃったけど、ああいうのエーラ好きだろ?」


「あは! さっすがアル! ボクのこと良くわかってるじゃん!」


 耳長娘が活発そうな緑瞳と健康的な小麦色の可愛らしい顔に喜色を浮かべる。


「何年来の仲だと思ってるのさ」


 アルは昔から元気いっぱいの可愛らしい少女へ微笑ましそうに肩を竦めた。


「えっへへ。あ、でも今はねぇ」


「小腹空いた、だろ?」


「そー! ってわけで露店へしゅぱぁ~つ!」


 帝都や祭りほどではないが大衆宿からほど近い広場に観光客や地元民相手に商売をしている屋台が並んでいる。


 そこへ行こう! とエーラが彼の腕を引っ張る。


 昨日の内にしっかり確認しているあたり実にちゃっかり者のエーラだ。


「はは、わかったわかった。だってさ皆、とりあえず下山? で良いのかな? 降りようか」


 アルが振り返って呼びかけると、


「おーう。俺も腹減ったしな」


 ワインレッド頭の後ろに手をやったマルクガルムがゆるく応じる。


「了解だ。にしても魔導史というより戦史博物館だったな。まさか帝国(このくに)が出来上がるより前の出土品があんなに展示されてるとは思わなかったぞ」


 彼の隣を歩くソーニャが感想を述べた。


 彼女の手に握られているのは展示物の案内書き(パンフレット)


 隣の青年の影響なのか、編み込んだ栗色髪を靡かせる彼女も『不知火』の6名の中では歴史に対する関心が高い方である。


「だな。しかもその出土品の中に魔導遺物があったりすんだろ? 相当長生きな街だぞ。今も後ろのあの、えー……ヴァッケタール山だったか? で発掘作業やってるって係員が言ってたし」

 

 魔導遺物はここ数百年の魔導技術では再現できない代物だ。


 〈グリュックキルヒェ〉が如何に古くから存在していたかわかろうというものである。


 下手したら虹耀歴()()の年代には存在していたのではなかろうか。


「いまだ未知の力を秘めた”遺物”が眠る街ですか。そう聞くとお師様の弟子としてはやっぱりワクワクしますね、兄弟子さま?」


 琥珀色の瞳に茶目っ気を湛えたラウラが龍鱗布をゆるく羽織る青年の顔を覗き込む。


 アルは最近妹弟子になった朱髪の少女に深く頷いてみせた。


「しないと言ったら嘘になるね。俺の魔眼()も早いとこ”遺物”を読み解けるようになれば良いんだけどなぁ。そしたら翡翠の鞄だってもっと軽くて大容量化させられるのに」


 とは言うもののきっとそうなる未来はもう少し先だろうと予想している。


 眼の前で微笑むあまり自身の可愛らしさを自覚してなさそうな彼女が腰に差している杖剣(いぶつ)ですら、『釈葉の魔眼』では読み解けない。


 何度挑戦しても一時的な失明(エラー)を起こす。


「クァ? カアカァ~」


 自分の話だと理解できているらしい、大人しくアルの左肩に止まっていた三ツ足鴉が「ぼく? ぼく平気だよ~」と言いたげに啼いた。


「そうかい? じゃあ気長に待っててくれよ」


「カァ~」


 頸をクリクリさせる夜天翡翠の艶羽をアルが優しくわしゃわしゃしていると、すぐ隣で声が上がった。


 些か興奮の色を滲ませている。


「硬そうな保護術(結界)掛けてあったけど、あのなっがい剣凄かったわね! もっと近くで見たかったわ!」


 凛華だ。青く涼し気な瞳は”鬼火”の如く爛々としている。


「限界まで近寄ってたじゃん。ずっと張り付いてたし」


 アルがすかさずツッコむ。


 凛華は当時の兵士達の詰め所を改装してある武具の展示室にででんっと置いてあった馬鹿でかい大剣に魅かれて、結局その一角から出てこなかった。


 間違いなく魔導史に関係はあるものなのだろうが、思わず半眼になった『不知火』の5名である。


「ふふ、でしたね」


「警備員のおじさんがハラハラしてたよ?」


 ラウラとエーラがクスクス笑う。


 普段はどこか不敵な物言いや凛とした雰囲気を滲ませる鬼娘だが、刀剣類となると話は別だ。


 途端に聞き分けが悪くなる。


 現にアルの腕を掴んだまま動こうとしなかった。


「触ったりしないわよぅ、失礼ね。でもアルとソーニャだって気になったでしょ? 剣士としては」


 凛華は整った顔立ちでぷうっと唇を尖らせて視線を向けた。


「うむ、まぁそれには同感だ。あんな長さの剣、人間が振り回せる代物だとは思えなかったが」


 ソーニャが言う『あんな長さの剣』とは、凛華が背中に吊っている尾重剣の2倍近い身幅と刃尺をした両大剣のことだ。


 武具の展示室の最も目立つであろう硝子ケース内に、堂々と横たえられている様は非常に貫禄があり、巨人の勇士が持つに相応しい雄々しさを伴っていた。


「あんなの魔法使ってるあたしでも無理よ」


「俺の前世でもどうやって扱ってたのか不思議なくらいの大太刀もあったし、見るからに祭事用のもあったけどあれは実用されてたって説明書きされてたもんなぁ」


 と、凛華と小声のアルがそれぞれに述べる。


 ちなみにアルの前世、日本で最長を誇る刀剣は江戸時代に作られたとされる”破邪の御太刀(おんたち)”という名の大太刀である。


 全長465センチメートル、重量75キログラムととても人の扱える代物ではない。


 こちらは大祭を執り行う際の奉納を目的として打たれた物なので人の扱える域を軽々と凌駕する。


 が、凛華達の見た両大剣は実用されていたという記録が残っていた。


 展示名は”凶祓(まがはらえ)の古聖剣”。


 なんとも大層な名前である。


「とんでもねえ大男が使ってたんじゃね? それか巨鬼族みたいなデカい魔族(どうほう)


 最も有力そうな説を上げたのはマルクだ。


「どうなのかしら? それならこの街に魔族も住んでそうだけど」


 しかし鬼娘が鋭い反論を述べる。


「ん~……見た限りじゃ人間の街っぽいよねぇ~」


 エーラが長耳をぴこぴこ、緑瞳をキョロキョロさせて街を見下ろす。


「ですね、観光客っぽい方の中にはそれなりにいましたけど。うぅん、やっぱりあの剣も”遺物”ではあるみたいですし何か、誰にでも扱える効果(異能)が付与されてたのかもしれません」


 ラウラが結論づけた。


 効果は記載されていなかったが魔導遺物ではあると説明書きにはあったし、でなければあの保護術式(結界)も警備員も必要ないだろう。


「今んとこその可能性が一番高いかなぁ」


 初日と違って目の覚めるような青い空を眺めてアルがぼんやり言うと、

 

「ねぇアル、あたしはああいう武具を見て回りたいわ。鍛冶屋に行くのも悪くないけどこういうのもアリよね」


 青い瞳を眩く輝かせて凛華が希望を言う。


 アルにしかしない甘えたような、口調からはわからぬワガママ。


「ってぇと、伝説とか神話とか逸話とかに出てくるような武器?」


 しょうがないなぁと言う顔でアルが問い返す。


「そうよ! おもしろそうでしょ!」


「正直言えば心魅かれる」


 赤褐色の瞳に一片も迷いを映すことなくアルは即答した。


「そう言うと思ったわ! じゃあ次の重い依頼は――」


 凛華が詠うように続けたところで、


「って凛華ズルいよ! ボクが先に言い出したんだから!」


 エーラがそうはいかないとばかりに遮った。


「安心なさいな。そういうのがあるとこには大抵城だの何だのが付随(くっつ)いてくるわよきっと」


 凛華は小揺るぎもせず、受け流すように答えた。


 横槍が入るのを見越していたらしい。


 さすがは毎日つるんできた耳長娘の幼馴染なだけはある。


「むぅ~、丸め込もうとしてない?」


 だがそれはエーラとて同じこと。


 素知らぬ顔をして自分の一等大事な望みを叶えようとするのがこの鬼娘のやり口である。


「絶対してる」とアル。


「してますね」とラウラ。


「カァ~」と夜天翡翠まで深く頷く。


「言い掛かりよ」


 凛華がさらりと微かに笑み、


「ぜ~ったい嘘だぁ!」


 エーラが細い乳白色を帯びた金眉を吊り上げた。


「今日はこれから自由時間なんだろう? 確か夕食がー……午後八時だったな。あと数時間はあるぞ」


 そんな義姉や仲間のやり取りを気にした風もないソーニャが言うと、


「街ブラつくんだろ。帝都ほどじゃねえとはいえ、なんつうかだだっ広いからな」


 マルクはだんだんと高度が変わらなくなってきた街並みを視線で示してみせる。


 帝国にはあまり見られない色とりどりな屋根に建築様式、そして街の3分の2ほども河幅のある大河。


「私はあの河が見たいぞ。対岸に渡す船もあった。朝方、漁師を見たのだ」


 ソーニャが手で庇を作って大河を指差すとマルクが何気なくこう言った。


「そんじゃ後で一緒に乗ってみるか?」


 あまりに唐突で気負いのない誘い。


 しかし騎士少女の心臓は跳ねた。


「へっ? あ、ああ、えと、うむ。そうだな。その、えっと……一緒に乗ってみたい」


 どもりながらも「マルクは鈍いからちゃんと伝えないとダメよ」「そーだよ。里に戻ったときも同族の子からのお誘いに何も考えずにホイホイ乗っかってたんだから」と鬼娘と耳長娘に言われた通り、勇気を出してアピールしてみる。


「おう。アルがいりゃ舟頭要らずだろ」


 が、これである。


 乙女心を足蹴にする返答も良いところだ。


 ここらへんが彼の母マチルダが懸念している息子の極まった鈍感さである。


「そこに直れマルク」


「なんでだ」


 恥ずかしげな表情から一転して青筋を浮かべて口の端をヒクつかせたソーニャと、わけがわからないなりに何やら怒らせたことだけは悟ったマルクという構図が出来上がったところで、


「フックス先生が明日は発掘体験だと仰られてましたね。正直、少し楽しみです」


 ラウラが綻ぶように微笑む。


 こちらも義妹とマルクのことなど然して気にしていない。


「大地や山に探査用の術を掛けて金属の反応を拾うとか言ってたっけ? どんくらいの精度なんだろ」


 彼女の兄弟子たるアルが師匠譲りの癖で顎に手をやると、


「カァ~!」


 使い魔が「ねーえー!」とばかりにその手を軽く啄く。

  

「おっと」


「はいはい、翡翠もお腹空いたのね。行きましょ」


「カァ!」


 凛華が三ツ足鴉をあやし、


「そーだよぉ! ほらアル、急いだ急いだ!」


 タタッと石階段を駆け上がってきたエーラがアルの腕をグイグイ引っ張る。


「へぇへぇ行きますよぉ。ラウラも行くぞ~」


「ふふっ、はい!」


 仲睦まじそうな見目の良い気怠げな青年と三人娘のすぐ後方。


「発掘作業だってさ! アタシの出番だね!」


 同じく共に博物館内を回っていた同級生の3人のうち唯一の魔族、くりくりとした赤毛の鉱人娘が背の低い身体を揺らす。


「鉱人族はそんなことまで得意なのか?」


 その隣にいた上流出っぽい顔立ちの明るい金髪の青年が、武芸者と一般人の合の子のような平服姿で訊ねた。


 数ヶ月で少々たくましくなったラインハルト・ゴルトハービヒトだ。

 

「もち! 鉱人族(アタシら)は元々坑道を生活圏にしてきた何でもござれの職人集団だよ? 土ん中隠れてるモンくらいチョチョイのチョイさ!」


 小動物のような可愛らしさとは相反する何とも蓮っ葉な口調でアニス・ウィンストンは応える。


「それは知らなかった。じゃあ発掘員の中には鉱人が多いのか?」


「さぁ? 大地の精霊はのんびり屋だもん。ハッキリ喋ってくれるかわかんない」


「チョチョイのチョイだって言ったばかりだろう」


「体験じゃん? そんくらいならアタシにも軽いって意味さ!」


「ああ、そういう意味か」


 良い加減アニスの調子にも慣れてきたのかラインハルトは合いの手を入れて頷く。


「たぶんだが発掘作業に手を貸す鉱人族はあまり多くないと思うぞ」


 そこに生真面目な口調を伴って声を掛けた、もとい声を上げたのは眼鏡を掛けた短髪の青年。


 ヘンドリック・シュペーアだ。


「なぜだ?」


辺境伯領(うち)の兵がそう言ってたんだ。鉱人族(彼ら)は何かを探すより何かを作ることに心血を注ぐ種族だと」


 ラインハルトの端的な問いかけにヘンドリックが答える。


 辺境伯家次男として領軍の兵士達とは相応に近い間柄のようだ。


「あーそれアタシもわかるー。今だってヘンドリックが持ってきてたアレ、分解(バラ)したくて仕方ないもん」


 アニスが深ぁ〜く「わかる、わかるぞぉ」と頷いてみせると、


「や、やめてくれ。護身用に父から持たされた大事な武器なんだ」


 ヘンドリックが慌てる。


「まさかあんなものを使うとは思わなかった」


辺境伯領(うち)は国の盾だからな。幼い頃から訓練することになってるんだ。僕の場合は兄と一緒にだったが武器はあれくらいしか触ったことがない」


 彼らの言うアレとは、ヘンドリックが今回の課外実習が現地集合だということで持参してきた魔導機構銃のことである。


 尤も二挺持ち、独力で改造・修復可能な特殊過ぎる『紅蓮の疾風』の特殊魔導技士レイチェルの得物のようにとはいかないが。


 ヘンドリックが持ってきたのは、辺境伯領・領軍正式採用装備として用いられている耐久性と動作の安定性に重きを置いた帝国製一六式魔導機構銃だ。


 拳銃型だったレイチェルのものとは違い、()()型。


 この形状の違いは性能面でのコンセプトが大きく異なっているがゆえだ。


 武芸者であり、魔導技士でもあるレイチェルのそれが一撃の効果範囲や可変式の威力など柔軟性に重きをおいているのに対し、一六式魔導機構銃の方はとことんにまで継戦能力と貫通性を重視している。


 その為、運用方法もまったく別。


 前者の方が魔力を都度都度充填してより致命打を狙うのに対し、後者の方は魔力を充填済みの弾倉を使用して術式弾による面制圧・戦線の維持を得意とする。


 またこの弾倉は帝国では主流の魔力を液状化させて溜めておく貯蓄(コンデンサ)型疑似晶石の内部構造を用いている。


 その為、どちらかと云えばアルの前世に存在する銃器と取り扱い方は多少似ている部分が多い。


 少なくともレイチェルの魔導機構拳銃よりは馴染み深い動作が多いだろう。


「剣はやらんのか?」


 確かそんな風な説明だった、と昨日を回顧したラインハルトが訊ねるとヘンドリックは眉を八の字にした。


「そっちはどうにも才能がないと言われたんだ」


「誰にだ?」


「指導してくれた兵士だ」


「ハッキリ言うものなんだな」


 爵位こそ持っていないが辺境伯領(きぞく)家の次男に。


 末尾まで聞こえた気がしたヘンドリックが肩を竦める。


侯爵領(君のとこ)と違って、帝国南部の貴族は僕の家に限らず似たようなもののはずだぞ。それこそ〈ゼーレンフィールン〉でアルクス達が魔獣の侵攻を防いだ時は、武芸都市の領主伯爵閣下が彼らのすぐ後ろの最前線に出たそうだし」


 帝国の北部と南部では貴族の常識が違うのだ。


「そういうものなのか。うちは……いや、知る機会がなかった」


 切れ長の薄茶色の瞳が翳った。


 ほぼ同格の貴族家出身だというのに、ラインハルトはあまりに何も知らない。


 いや、知らされていない。そもそも教えてくれる者が誰一人としていなかった。


「……そうか」


 何と言っていいかわからず、ヘンドリックも口を噤む。


 彼の実家は両親ともに健在で兄との仲も良く、どうしても国境を守る立ち位置にある以上指導などは厳しかったが、愛されている自覚もある。


 だが眼の前の――何でもぶつけ合えるようになった友人にはその感覚がないのだ。


 自然と雰囲気も重くなってしまう。


「ねぇねぇ! なんで今魔導機構銃(アレ)持ってきてないのさ?」


 それを良しとしなかったのがアニスだ。


 溌溂とした口調で頬を膨らませた。


「は? いや、見学に武器を携帯するわけ無いじゃないか!」


 少々わざとらしさはあるものの、ヘンドリックは渡りに舟とばかりに乗っかる。


「あの六人は持ってたのになぁ」


 鉱人娘がうっとりとしながら魔導機構銃に思いを馳せる。


 昨日見た魔導具もとい魔導兵器には洗練された魅力があった。


 往々にして技術の粋を集められたものとは一種の美しさがある。


 そこを敏感に感じ取る感覚においてアニスと魔導具好きのラウラとでは隔たりがあるのだ。


 あくまでラウラは使い手として見ているのに対し、アニスの視点は作り手のそれ。しかもそんじょそこらの品質ではない正規品(帝国製)


 恍惚とするのも、技士希望としては分解してみたくなるのも致し方ないことだろう。 


「俺も軍刀こそ宿に置いてきたが、短剣は持ってきたぞ」


 ラインハルトはアニスに感謝しつつ素知らぬ顔でのたまった。


 彼にとってはもう過ぎたことだ。今の生活にも満足している。


 時折どこかから送られてくるようになったお小遣い付きの姉からの手紙に返送できないことだけが心苦しいくらいで。


「幾ら武芸者だからといって君らおかしいぞ! 言っておくがかなり浮いてたからな!? ここは平和な――どころか少なくとも帝国建国史上、一度も陥落したことがない街だと教わったじゃないか!」


 ヘンドリックが目を丸くして非難めいた声を上げる。

 

 まさかラインハルトまでとは思っても見なかったのか、本気で驚いたらしい。


「油断大敵だぞ、ヘンドリック。常在戦場だ。そういう概念があるとアルクスに聞いた。いつ危険な目に遭っても対応できるように武器は持っておくべきだ」


 ラインハルトは落ち着き払っている。


 7等級とは云え武芸者活動を熟すようになってから思考がかなりそちら寄りだ。


「うぅ~ん、アタシが言うのもなんか違和感あるけどラインハルトさ、ちょっとアルクス君達に影響され過ぎだと思うよ? こんなのまでつけちゃって」


 アニスが困ったような顔をしてラインハルトの胴をトントンと叩いた。


 返ってくるのは硬い手応え。


 上着の下に革鎧もしっかり装備し(つけ)ているのだ。


「俺はまだあいつらほど強くない。城塞跡とはいえ屋内で軍刀(あれ)を十全に振り回すのは不可能だと判断して短剣にした」


 ラインハルトは少々誇らしげである。


「いや違う。短剣を持ってきた判断理由を聞いてるんじゃない」


 ヘンドリックが律儀にツッコミを入れたところで、


「アニスー! そっちの二人もー! 置いてっちゃうよー!」


 石階段のわずか下方から耳長娘の声が届いた。


「と、行こう。俺も少し腹が減った」


「……わかった。僕は納得してないとだけ言っておく」


「少し平和ボケしてるんじゃないか? 良いのか、そんなので」


「なんだと? どういう意味だ?」


 サッと動き出したラインハルトとヘンドリックがいつもの調子で言い合う。


「アタシの前でまた喧嘩おっ始める気たぁ度胸あるじゃん?」


 と、アニスが小さな拳にハー、と息を吹きかける。


「「いや始めてない」」


 慌てて首を横に振る両者。


 この小さな可愛らしい少女の拳骨はやたらと痛いのだ。


「よろしい! じゃ、とっとと行こ! アタシも歩き回ってお腹すいちゃったし!」


 身長の割に豊かな胸を張って大きく頷いたアニスは、野郎2人を引きずるようにして博物館を後にするのだった。

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