1話 帝都の日々、再び(虹耀暦1288年4月:アルクス15歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
約一月半もあったターフェル魔導学院の冬季休暇は穏やかに終わりを迎えた。
光陰矢の如しとはよく言ったものだ。
休暇が始まった頃は「一ヶ月ちょっとあるって結構長いよなぁ」なんて話をしていた『不知火』の6名だったが、あれよあれよと言う間に時は過ぎていき――――……。
気付けば2月も末。
「体には気を付けるのよ? 無茶はしないように。そ・れ・と危ないとこにも無暗に突っ込んでいかない。手紙ももう少し手紙らしいものにするのよ? 良いわね? ちゃんとわかってる?」
見送りと云うにはあまりに小言染みた言葉を送る母トリシャにちっともわかっていなさそうな顔でうんうんと頷いたアルクスと、両親や兄姉妹からもう少しそれらしい見送られ方をしたマルクガルム、凛華、シルフィエーラの3名と、
「ラウラちゃんもソーニャちゃんも遠慮せずにまたいらっしゃい。いつでも大歓迎よ」
そして温かく見送ってもらったラウラとソーニャの2名と1羽、最後にシルト家の3名は、ヴィオレッタの『長距離転移術』によってそれぞれ帝都と武芸都市〈ウィルデリッタルト〉へと舞い戻った。
ちなみにアル達6名と別れるイリスはなぜか今回はあまり寂しそうな様子を見せず、しかし咎める父がいないのを良いことに「マルク様! またお会い致しましょうね!」と匂い付けするが如くマルクの首根っこにぎゅう~っと抱きついていた。
頬への接吻も忘れていない。
イリスの勇猛たる言動にドギマギし、大慌てのソーニャが姉ら3名に散々茶化されたのは言うまでもないことだろう。
無論、アルから散々に冷やかされたマルクも青筋を浮かべていた。
そうして帝都へと戻った6人を待っていたのは休暇明けの学院生活と武芸者活動の日々だ。
再びバタバタと忙しない日常へと回帰し、はや一ヶ月。
今はもう4月だ。
* * *
帝都の建物群に薄っすらと積もっていた雪はいつの間にやらすっかり溶けて消え、ジクジクと痛みを覚えるほどに寒かった風はほんのりと涼やかさを感じさせるものとなりつつある。
暖かな陽射しが都を照らす時間も随分と長くなってきた。
春の訪れだ。
そうは言っても帝国は大陸でも北に位置するので上着は欠かせない。
また帝国南部は案外季節によって寒暖差がハッキリしているが、北部の方は夏場でも比較的涼しい土地が多く、『不知火』の同級生ラインハルト・ゴルトハービヒトの生まれ故郷である侯爵領など6月頃まで冷風が吹くのが一般的だそうだ。
「さて、それじゃあ現在の虹耀歴より前――つまり紀元前の時代には今とは違う言語体系や魔術体系が敷かれていたとされているけれど、その時代は一体どんな時代だったと思う?」
教壇に立っていた1年7組の担任教授コンラート・フックスは相も変わらず柔和な顔立ちに優しい笑みを浮かべて生徒達へ問いかけた。
今は『魔術史学』の講義中だ。
「そうだなぁ、じゃあヘンドリック君」
ともすればワカメ頭と呼べないこともない緑青の髪色に天然の癖っ毛をしていながら、爽やかさすら感じるコンラートは辺境伯家の次男坊を指した。
「あ、え、僕ですか。えーと」
シュペーア辺境伯家の次男ヘンドリックは真面目そうな顔つきでどう答えたものか、と半ば癖で眼鏡のツルを触る。
些か質問内容が曖昧だ。
「栄えてたと思うかな? それとも今では考えられないような文化の、原始的な時代だったと思う?」
「栄えていたかどうか、は遡る年代によって違うと考えます。えー、また今では見ない文化もあるのかもしれませんが、原始的と断定するには根拠が不足している……気がします」
短めに刈り揃えられた茶髪頭をやや自信なさげに揺らしてヘンドリックは答えた。
「その通りだよ。現代より遥か昔だからといって文化が劣っていたり、原始的だと断定するのは早計だ。少なくとも我々の時代に残っている何某かの文化はそれらを基盤としていたり、断片的ながらも生き残って脈々と受け継がれているものだってたくさんある。
各地に残っている言い伝えや伝承なんかがそれに当たるね。中には古い遺跡や碑文に記されていることもある、僕の専門分野だ。まぁ一旦それは置いておくとして、今回は当時の魔導文明に焦点を絞ってみようか」
コンラートはそこで一度区切り、
「当時の魔導文明について、僕ら研究者の間では現代のものと単純に優劣を比較するのは難しいという見解が出てるんだ。それはなぜかわかるかな? じゃあ、マルク君」
と前方寄りの席の角に座っていたマルクを指名した。ちなみに『魔術史学』は彼の得意科目である。
「あー、たぶんっすけど魔導遺物があるから?」
同級生をやや置いていく端的な回答にコンラートは大きく頷き、
「そう。マルク君の言う通り、魔導遺物という存在が紀元前と現代の魔導文明の比較を妨げてるんだ。それはなぜだかわかるかな? 今度はラウラ君に聞いてみよう」
と、マルクと一つ離れた席に座っているラウラに訊ねた。
「はい。魔導遺物のほとんどが現代の魔導具より効果が大きく、魔力効率にも優れていて、更に現代では再現不能な技術が使われているためです」
朱髪を緩く後ろで括ったラウラが淀みなく返す。
ヴィオレッタに弟子入りしたこともあって随分と知識もついてきた。
「うん、大正解。ラウラ君が答えてくれたように、魔導遺物には非常に高度な技術が使われていて、ほんの少し魔力を流すだけで絶大な効果を発揮するものがほとんどなんだ。
解明しようにも使用されている鍵語が現代のものと体系が全く違う。けれど知識のない誰にでも扱えるとんでもない代物で、現代魔導技術での再現はいまだに実現できてない。君達の中に、魔導遺物を見たり触れたりしたことのある人はいるかな?」
すると幾つか手が上がった。
王国の豪商の娘だと自己紹介していたが明らかに貴族っぽい女子学生とそのお付きと思わしき2名に、旧い商家の跡継ぎ息子。
そして一斉に手を上げた『不知火』の6名だ。
ラウラの持つ杖剣が遺物だと判明したのはつい最近。
タイムリーな話題だったし、それでなくとも魔導遺物を”聖霊装”と呼称して武器に転用する、どこぞの国の連中とは二度ほどぶつかっている。
コンラートは新進気鋭の四等級一党に少しばかり苦笑を零し、
「それじゃあアルクス君に聞こう。君が戦ったなかで最も厄介だった魔導遺物はどんなものだったかな?」
と訊ねた。戦闘前提なのは『不知火』の活躍を調査済だからである。
ちなみに同級生達も「あ、やっぱ戦ったのね」と似たりよったりな反応だ。慣れたものである。
当のアルは師匠譲りの癖で顎を擦り、
「うーん、【月雫の指輪】って呼ばれてた”聖霊装”……になるのかなぁ。聖国の間者が使ってたんです」
と答えた。
「聖国の間者――というと、鋼業都市の件かい?」
結果的にアルが首魁を打倒したことで騒動を収めた鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉で起きた大事件は一般では”グリム氏族の乱”として知られている。
当時かなりの騒ぎになったし、帝都でも一時期取り締まりが厳しくなったりもした。
「ご存知なんですか?」
「そりゃあ十年以上も帝国に潜伏してた間者が、都市の転覆まで目論んだなんて知れば有名にもなるさ。それで、その首謀者が”聖霊装”を使っていたのかい? あの記事にはそこまで書かれていなかったけれど」
7組の担任教諭が言う”あの記事”とは、実際に事件に巻き込まれたとある記者が発表した、最も情報の確度が高いとされる記事のことである。
「ええ。【月雫の指輪】っていう名前の通り、指輪型の”聖霊装”です。触れた金属を熱することなく自由に流体化させて形状を変えられる、っていう――効果自体は地味に聞こえますけど、正直かなり厄介でした。
両手の指にそれぞれ嵌めてたみたいで、あれを通して操られた鋼糸は物理法則を無視したような生き物っぽい動き方をするんです。とことん斬り刻まれました」
あれは面倒だったし痛かったなぁ、と苦い顔でアルは答えた。
しかし『不知火』の面々やコンラートはさておいて、同級生達に鋼糸は伝わりにくかったのか「うん……うん?」「いやアルクスが斬り刻まれたってんなら、やべーんじゃねえの?」とイマイチ魔導遺物の異常性にピンと来ないらしい。
「【金属の流体化】とは、また間諜向きだね。落ちてる釘が万能鍵になるようなものじゃないか。痕跡も残さずに侵入し放題だったんじゃないかい?」
唯一理解に及んだコンラートがわかりやすく例えると、
「はい。機密情報を盗み出す際もその指輪さえあればどうにでもなったっぽいです。領軍の方に聞きました」
アルはこっくんと頷き、
「「「「「「「…………」」」」」」」
「「「……まじ?」」」
「「…………やばいやつじゃん」」
ようやく理解できた同級生達は顔を引きつらせた。
『不知火』の6人のすぐ後ろに座っていた鉱人族の少女アニス・ウィンストンなど、隣に座るラインハルト・ゴルトハービヒトを細い腕で小突いて「泥棒入り放題じゃん!」などと可愛らしいことを囁いている。
実際は誰に悟らせることもなく機密情報の奪取をやっていたわけだから、領軍の技官達は顔を真っ青にしたのだが。
「まあまあその下手人は鋼業都市のご領主様が捕まえたからひとまずは安心して良いよ。さて、少しばかり強烈な印象になっちゃったけれど魔導遺物っていうのは”異能”染みた力を持ってる。超常と言い換えることも出来るね。
そしてその領域に現代の魔導具は辿り着けていないんだ。唯一対抗できるとすれば、莫大な動力を産み出せるシマヅ学院長が考案した魔導機関くらいかな」
コンラートはにこやかに講義を進めながら教卓に年季の入った革鞄を置いた。
間口は広そうだが、大きさは掌で包み込める程度でかなり小さい。
可愛らしいと形容できなくもない。
凛華のつけている髪留めを入れれば閉じることもままならないだろうその小革鞄を指してコンラートはこう言った。
「これ、実は僕が遺跡から発掘した魔導遺物なんだよ」
途端、生徒達の視線が一斉に何の変哲もなさそうな小革鞄に向いた。
困惑と興奮でざわざわと教室が騒がしくなる。
(ちょっと待てよ。もしかしてあれって俺が行き詰まってる……)
アルがこっそり『釈葉の魔眼』で視てみると、なるほど確かに何度か覚えのある痛みがズキリと走った。
「ね、アル」「あれ本物?」
両隣にいたエーラと凛華が龍鱗布をクイクイっとやって訊ねる。
「間違いないよ。あれは遺物だ」
アルは確信を以て首肯した。
「はーい、静かに。この魔導遺物は【底無しの盆】って云うんだ。発掘した僕が命名したんだけど、この間口を通り抜けられるだけの大きさなら大抵のものが入れられる。そして底が無い――つまり限界がないんだ」
そう言ってコンラートは小革鞄――【底無しの盆】の上蓋を外して次々と物を取り出していく。
彼が愛用しているらしき太煙管に円筒形の煙草葉入れ、万年筆や小さなメモ帳。
予備のものらしき眼鏡にマルクが持っているような大ぶりの懐中時計。
果ては折り畳んでも入り切らないだろう長さの開封箆まで。
どう見ても小さな革鞄には納まりきらない数々の品が並んでいる。
物理的に有り得ない光景に、教室はシィ……ンと静まり返った。
目には見え辛い魔力と理の関係というのは時にもどかしくなるほど理論的だ。
しかし、これはそういった現代の魔導理論に則った現象ではない。
生徒達は普段から魔術を学んでいるからこそ余計にそれが理解できた。
「フックス先生、その【底無しの盆】って大きささえ問題なければ何でも入るんですか?」
誰よりも早く沈黙を破って質問したのはやはりアルだ。
「いいや、生きてる生物も入らない。羽虫で試したんだ。生きていれば透明な膜に阻まれたように弾かれる。でも死骸は入ることから無機物に限定されているわけじゃなさそうだよ」
「じゃあ不定形のものはどうです? 水とか」
「鋭い質問だね。正解は不定形のものでも入る。ただし取り出せない」
「取り出せない、ですか?」
「その通り。この【底無しの盆】は面白くてね、使用者によって中身が変わるんだ。だから僕が入れたものは僕以外に取り出せないし、他の人が入れたものは僕には取り出せない。おそらく水や気体といった――限りなく使用者を認識しにくいものは取り出せないようになっているんだよ」
「ってことは使用者を魔力で認識してる……? あ、じゃあ属性魔力はどうなんですか? 水属性魔力とか氷属性とか」
「氷なら属性魔力でなくとも取り出せるみたいだよ。ただし水属性魔力は取り出せない。つまり純粋に入れた物質の性質が関係してるんだ」
「使用者によって中身が違って、おまけに取り出せたり取り出せなくなるものがある、ですか……ふぅむ」
(翡翠用に作ってた空間拡張鞄とは根っこから違いそうだな)
アルはそれきり考え込むように黙り込み、三人娘は「まーた何かに使えないかって考えてるのね」と顔を見合わせてクスリと笑う。
同級生達はわかったようなわからなかったような顔で唸った。
とりあえず魔導遺物は埒外の能力を持っている、ということだけは己が眼を以てよくわかった。
「と、まぁこんな風に魔導遺物は凄い力を秘めてるんだ。ただし、帝国ではなかなか見つからない。小さな小競り合いから大きな戦争まで目白押しだし、紀元前六十年頃くらいまでここらへんは開拓すらされていなかったそうだからね。必然的に、大陸でも最も歴史が古い聖国の保有数が段違いに多いと言われてる」
コンラートはそう述べて、
「けれど、だからって一つも出土してないわけじゃあなくてね。だから皆を連れて行こうと思うんだ」
丸眼鏡をくいっと押し上げた。
「え? 連れてくってどこにですかー?」
すぐさまクリクリっとした緑眼をきょとんとさせてエーラが訊ねる。
「それは勿論、魔導遺物の出土がズバ抜けて多い帝国最古の街〈グリュックキルヒェ〉にさ。五月にある君ら七組の課外実習先はそこに決まったんだ」
魔導学院1年7組の担任教授は楽しそうに生徒達へニッコリと笑いかけるのであった。
* * *
『魔術史学』の講義を終えたアル達『不知火』の6名と仲の良い3名は教室で昼食を摂っていた。
「〈グリュックキルヒェ〉ってどんな街なの?」
海苔巻き俵むすびをコクンと飲み下して凛華が訊ねる。
少なくともアル達『不知火』の面々は行ったことも聞いたこともない。
侯爵家にほとんど軟禁状態だったラインハルトも「さあ?」と言いたげに肩を竦めた。
「行ったことはないが話は聞いたことがある。何度も戦火に見舞われたが幸運にもギリギリ壊滅を免れた、帝国で一番古い街だと。規模自体はそう大きくもないらしいが、当時の広場や教会が今も残ってるそうだ」
彼の代わりに答えたのは眼鏡をクイッと上げて、食事中でも生真面目に背筋を正すヘンドリックだ。
するとすぐそばにいた鉱人少女は、栗鼠のように膨らませていた頬をもきゅもきゅとなくして勢いよく手を上げた。
「はいはい! アタシちっこい頃行ったことあるよ! オヤジの仕事についてったんだー」
「今もちっこいじゃないの」
あんま覚えてないけど! と、結ぶアニスの赤毛を凜華がうりうりと撫でてからかう。
「ちょ、ちっこくないし! 鉱人なら並だし!」
跳ねるように小さな体躯をぴょんぴょん揺らして抗議するアニス。
彼女は身長の割に女性らしい部分はそこそこ豊かである。
それらがたゆんと揺れるのを見たソーニャが、
「確かに大きいな、色々と」
と述べれば、ヘンドリックとラインハルトが顔を赤くして「ゴホンゴホン!」と噎せ込んだ。
「へ、変態! ソーニャは変態だ!」
「失礼な。魅力的だと褒めただけだぞ」
胸を押さえるアニスにソーニャがフッと笑う。
「ウブだねぇ」
マルクは椅子に行儀悪く寄っかかって、くくくと思春期の友人をからかった。
「……悪趣味だぞ」
「き、君らは何ともないのか」
ラインハルトとヘンドリックが恥ずかしそうに睨みつけた。
「はは、慣れたもんさ」
するとアルがカラカラと笑い声を上げて三人娘に軽く視線をやる。
凜華にしても、エーラにしても、ラウラにしても、三者三様に見目はかなり整っているし、どうにもアル相手には無防備なのだ。
ちなみにマルクもソーニャとイリス相手に同様の理由で慣れている。
「む、何か失礼な視線を感じたよ~?」
人の気も知らずにエーラがじとぉ~っとした視線を向けてくる。ちなみに無防備筆頭はこの耳長娘である。
「そういえばフックス先生の仰られてたこと、アニス達はどちらにするんです?」
ラウラは可愛らしく小首を傾げた。
彼らの担任コンラート・フックスが言っていたのは、課外実習先へのアクセス方法についてである。
『〈グリュックキルヒェ〉には、現地集合でも学院が借りる乗合馬車でも良いけど、現地集合にする場合は僕にちゃんと報告するように』とのこと。
「どちらって、学院が乗合馬車を借りてくれるんだろう? 特に問題ないんじゃないのか?」
不思議そうに問い返すヘンドリックに、
「ヘンドリック、お前乗合を使ったことは?」
やや顔色を悪くしたラインハルトが訊ねた。
「いや、ないが。何かあるのか?」
「す~っごい乗り心地悪いのさ」
うぇ~、と眉間に皺を寄せてアニスが教える。
普通の街出身の彼女は知っていたらしい。
乗合馬車は下手に金属発条が入っているせいなのか、控えめに言って乗り心地が最悪なのだ。
胃袋の中身を不規則に揺らされ続けるようなもので、慣れてない者はたまに我慢できずに馬車の外へ飛び出すくらいである。
「そうだったのか、知らなかった」
辺境伯家の馬車しか知らないヘンドリックは「え、それ常識なの?」という顔で驚きを露わにした。
「ねーねー、ラウラがアタシ達はって訊いたけど、アルクス君達はもう決まってんの?」
話し合ってるようには見えなかったよ?とアニスは小動物めいた仕草で、窓から「カアカァー」と入ってきた三ツ足鴉へ鹿肉を食べさせているアルに言う。
「そりゃ俺達は幌でも借りるからね。帝都から北東五十キリ・メトロン弱なんて乗合で行く距離じゃないよ」
なんとも言えない妖異さと少々気だるげな雰囲気を纏った彼はあっさり答えた。
ちなみにコンラートが『学院で借りた乗合か現地集合――』と言い掛けた時点で、仲間達全員からサッと視線が送られてきたので話し合いの必要すらない決定事項である。
「うあー、そうだよね。でも馬車借りようと思ったら案外高いしなぁ」
「俺もだ。正直生活費ギリギリだしな」
稼ぎの良い武芸者とそうでない一般人や新米武芸者ではやはり金銭感覚が違う。
「ねねアル、それならここ三人も入れて九人で割り勘にしちゃえば良いんじゃない?」
閃いた! と、エーラが龍鱗布をくいくい引っ張り、
「そうね。それならあたし達も安く済むし、アニス達もかなり浮くわよ?」
どう? と、凜華は青い瞳でアルを覗き込んだ。
「って言ってるけど異論は?」
アルは一応とばかりに残りの一党仲間へ問う。
「ふふ、ありません」「うむ、私もだ」「二人に同じ」
ラウラとソーニャとマルクはほぼノータイムで即答した。
「だそうだよ、三人とも。俺達と幌馬車相乗りしない?」
ほいほい了解とアルが誘うと、
「え、ホントにいいの!? いやったー! じゃよろしくね!」
アニスがパッと顔を綻ばせて諸手を上げ、
「俺もありがたく誘いに乗らせてもらおう。正直どうしようか悩んでたんだ」
乗合馬車の辛さを知っているラインハルトが薄く微笑む。
「ええと、僕は」
言い淀むヘンドリック。
「後学の為に乗合で行く、とかオススメしねえぜ? 最悪途中で吐いちまうかもしれねえしな」
マルクが茶化すように言うと、
「あまり脅かさないでくれ、これから乗れなくなるじゃないか。あー、それじゃ僕もその、相乗りさせてもらいたい」
ヘンドリックは少々おどおどと気恥ずかしげにアル――というか『不知火』の申し出を受けることにした。
これでも辺境伯家の次男坊。
同年代とこうして自分達だけで行動するというようなことがなく、魅力的な提案だったのだ。
「よし、それで決まり。そんじゃ今日の講義終わったらフックス先生のとこにでも行こうか」
「「「はーい」」」「うむ」「おう」「あいさー!」「「わかった」」
こうして『不知火』の6名と同級生の3名は、7組の誰よりも早くコンラート・フックス教授の現地集合組リストに載ることになるのであった。
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