断章6 母達の願い酒
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
アルクス達『不知火』の6名と1羽が帝都へ、シルト家の3名が武芸都市へと戻った日の夜。
隠れ里の中央部に、主人の気質を表したかのように太々しくでっぷりと軒を構える鉱人族の呑み屋にて。
幾度目かわからない婦人会もとい女子会が開かれていた。面子はいつもの3名。
アルの母トリシャ、凜華の母の水葵、シルフィエーラの母シルファリス、マルクガルムの母マチルダ。
そして最後に里長であり、アルの師匠でもあるヴィオレッタだ。
ちなみに手の掛からない年齢のイスルギ・紅椿とシルフィリア・ローリエは仕事で、まだ8歳のアドルフィーナ・イェーガーは、仲の良い双子の家へ泊りがけで遊びに行っている。
夫共は呑み歩きだ。器用にこの店だけは避けているあたり、羽目を外しているだろうことは確実である。
「それでは、というか儂が音頭を取るのは確定なのか? たまには別の者でも良いと思うのじゃが」
酒杯を片手にヴィオレッタは漠然と湧いた疑問を口にした。
「良いじゃないの。ささ、早く早く」
隣にいたトリシャが麦酒を溢さないよう掲げたまま、空いた手でパタパタと催促する。
「むぅ、仕方あるまい。ではかんぱーい!」
「「「「かんぱーい!」」」」
ガチャン、と豪快に打ち合わされる5つの酒杯。
冷えた黄金色の液体が酒杯の縁を濡らす。
「「「ぷはぁ~!」」」
「「ふぅ~!」」
乾杯の勢いで半分ほどまで酒杯を空にした5名は、喉を洗い流す爽快感と鼻腔を通り抜けた果実らしき華やかな薫りに顔を綻ばせた。
「行っちゃったわねぇ」
しみじみとシルファリスが言えば、
「あっと言う間だったわ」
水葵がうんうんと頷いて同調する。
「そうねぇ、うちなんてアルを入れたら一気に六人もいなくなってがらーんとしちゃったから寂しいわ」
トリシャはツマミをひょいっと口に放り込みながらそう言った。
彼女らの息子が休暇が終えるということで旅立ったのは今日の午前だ。
自宅がやたらと広く感じたトリシャである。
「そう言ってしばらくは儂の家に入り浸るのじゃろ?」
ヴィオレッタはそんな親友に半眼を向けた。
なにせ1年半と少し前に彼女の愛息子が旅立っていった時など数ヶ月は「寂しい」と言い続けた親友だ。
今回もそうなるだろう。
「良いじゃないのよぉ、ヴィーだって寂しいでしょ~?」
銀髪の親友は管を巻くようにべた~っと肩にぶつかる。
この絡み方の雰囲気は彼女の息子がマルクに対するものとよく似ている。
「それはそうじゃが汝ほど引き摺らぬ自信があるぞ」
「ふぅん、薄情なのね」
「んにゃ違う。そうではなくてって――ええい、絡み酒はよさぬか」
子供っぽく唇を尖らせるトリシャをヴィオレッタが困り顔であしらう。
2人のあまりにいつも通りなやり取りに、旅立っていった子供達の中心人物を連想して残りの母達3人が苦笑した。
やはり母子だ。
「マチルダのとこは良いわねぇ。フィーナちゃん、可愛い盛りでしょう? うちなんて男所帯に逆戻りよ」
そんな2人を横目に、娘と同じ二本角の水葵がお上品に水を向ける。
イスルギ家には現在彼女の夫である八重蔵と実家暮らしの紅椿しかいない。
「うちも長女がようやくゼフィーと暮らし始めたから寂しいわ」
シルファリスも似たようなものだ。もっとも彼女の場合は夫であるラファルとの二人暮らしに戻るのも悪くないと思っているが。
「はは、まあねぇ。でもあの頃のマルクより随分おませさんなんだよ」
男の子と女の子の違いだね、とマチルダが凛々しめな細面で破顔する。
娘は娘でまた別の可愛さがあるものだ。
「アルもあの頃はあんな調子だったし、フィーナちゃんは昔からあの四人に遊んでもらってたものね」
同じ男児を持つトリシャに「ああ、それもあるかぁ」とマチルダは頷いてグビリとやった。
釣られるように4名も酒杯を傾け、なんとなく弛緩した沈黙が生まれる。
彼女らも友誼を結んで長い。
仕事や育児、家事から離れて互いに羽根を伸ばせるこの時間は心地が良い。
「それで、久々に我が子らに会うた感想はどうじゃ?」
そこへ柔らかい笑みを湛えたヴィオレッタが今回の本題とも言うべき話題を口にした。
「ちょっと見ない間に大きくなってた。背も追い抜かれちゃってさ」
マチルダはそう言いながら嬉しそうに瞳を細める。
「ねー、マモンとは雰囲気違うけど良い男になりそうじゃない」
ニコニコとトリシャが同意すると、
「あら、それはアルちゃんもでしょう? 凜華ったらもうアルちゃん以外眼中にないわよ?」
水葵は娘との母娘語りを思い返してふわりと笑んだ。
同年代の鬼人族男子達の中にはチラチラ見ている者もいたが、娘の青く情熱的な瞳はかの青年にしか注がれていなかった。
「エーラもそうだったわねぇ。『アルが、アルが』って。ラファルが今から心配してたもの」
シルファリスは娘とよく似たイタズラっぽい笑みを浮かべる。
長女から聞いた話によれば、背中に凜華から寄り掛かられている”灰髪”のアルに次女は膝枕をしてもらっていたそうだ。
あの2人が前にも増してアルにゾッコンなのは見ていればわかる。
しかし致し方ないというものだろう。
戻ってきたアルは男らしくなっていたものの繊細そうな顔立ちに、ちょっとやそっとじゃ醸し出せそうにない覇気と妖異さを滲ませていたのだから。
「儂としては二番弟子で打ち止めにしてもらいたいものじゃのう。トリシャに似たせいで女泣かせな顔つきじゃから今から心配じゃよ」
初めて里にやってきた人間の少女もそれはもう並々ならぬ想いを募らせている。
後ろから刺されるような男にならぬと良いが、と顎をさするヴィオレッタに、
「ちょっと! ユリウスも良い男だったわよ!」
トリシャは憤然と噛みついた。
「「「「いやそこじゃない(わよ)(から)(じゃろ)」」」」
しかし4名のツッコミが冴え渡る。
「う、まぁ? あの人と私の子だし。でもそれはマルクもでしょ? イリスちゃんとソーニャちゃん、うちではもう明け透けなくらいだったわよ?」
渋々認めたトリシャはマチルダの息子も巻き込むことにした。
この際2人も3人も変わらない。
「やっぱりそうなの? やるじゃないマルク」
「ねぇ~」
それぞれ娘の恋愛事情にアンテナ全開だったシルファリスと水葵がそう言って、顔を見合わせた。
尚、身も心もしっかり乙女らしく成長していた娘達には大いに満足している。
「その二人からはすっごい緊張してそうな挨拶をもらったよ。そうかぁ、ふふ。息子がモテるって案外嬉しいもんだねぇ」
マチルダは照れ照れと顔を綻ばせた。
そうとなればあの妹馬鹿なところを治してやらねば。
家では散々妹に構いまくっていた兄である。
「そちらはいずれあやつら同士でどうこうすることじゃろう。儂が驚いたのは実力の上がり幅じゃ」
少々難しい顔でヴィオレッタは腕を組んだ。
「上がり幅、ですか?」
水葵は小首を傾げる。
「うむ。元々上昇志向じゃし『月刊武芸者』を読んでおったから強くはなっておろうと思っておった。じゃが強さの質がまるきり違っておった」
「そうねぇ。人間の多いところに降りてったのにあそこまでとは思わなかったわ」
トリシャとヴィオレッタの思い返しているのは、アルが八重蔵相手に猛々しく蒼炎の翅を噴き上がらせて戦っていた姿。
一太刀で大地を割り、たった一度の戦闘で武闘場を使用不可にしたあの闘いだ。
太古の伝承に存在する龍の爪や尾を幻視したのは恐らく2人だけではない。
そもそも危険な魔獣が生息するラービュラント大森林の中にある隠れ里に較べ、人里であるはずの帝国領は平和なはずなのだ。
ゆえにもう少し実力の上がり幅も緩やかになって然るべきだという見立てを立てていたのだが、ここまで見事に打ち砕かれるとは思ってもみなかった。
「里が揺れてたもの。八重蔵ったら上機嫌で長男に『あいつと凛華がつけた傷だぞ。凄えだろ』って自慢しながらお酒呑んでたわ」
水葵は得心がいったように夫の様子を語る。
彼女の夫は紛れもない強者だ。
並の戦士見習いでは束になっても掠り傷一つ負わない。
その夫が手加減していたとは云え一対一でやり合って傷をつけられたと聞いた時は大層驚いたものだ。
「そうねぇ。うちの人も『一年半前とは別物だよ』って言ってたわ。エーラの方の~……『燐晄』? だったかしら?」
麦酒をお代わりしながらシルファリスが確認を取る。
「うむ、エーラ専用の『気刃の術』じゃ」
ヴィオレッタは首を縦に揺らした。
紛うことなき愛弟子の傑作独自魔術。その専用術式だ。
「あれ見て褒めちぎってたわ。『”煌夜の精霊”も納得だよファリス!』って。滅多にいない光の精霊まで視えたそうよ」
シルファリスが言っているのは、『不知火』の6名と1羽で北の狩猟場に赴いた際の話である。
高位魔獣ほどではないにしても危険な魔獣は北門から抜けた森に出没しやすい。
ゆえに一般的な戦士団の活動場所は主にそちら。
そこで監督戦士付きの見習い数名掛かりで同等とされる魔獣を、ごくごく当たり前といった様子のエーラが『燐晄縫駆』で呆気なく倒してしまった。
展開されたのは、半弓型で放たれた数条の光が独立した軌道で魔獣の眼や心臓を削ぎ落とし、灼き貫く凄絶な光景。
まだ15歳のエーラが平然とやってのけたその狩猟風景に、二つ名を知っている父ラファルは「そういうことだったか!」と思わず膝を打ったそうな。
何と言っても、足場の悪い雪山で高位魔獣相手に正真正銘6人と1羽きりで戦り合ったことがあるのだ。
今更少し危険な程度の魔獣に臆したりしない。それは人間の少女らも同様だった。
「マモンも『マルクに魔法を使わされた』って上機嫌でさ」
「そういえば仕事の帰りに八重蔵とへべれけになってるのを見たわ」
「うん、たぶんその日だよ。自分の教えた闘い方にマルクなりの【人狼化】と魔術の組み合わせで独自の動きになってきてるって。私まで晩酌に付き合わせてね」
「本当に嬉しかったのよ、それ」
「だと思う。なんたって一番マルクに期待してるの、あの人だもん」
マチルダとトリシャは男の子を持つ母親同士でクスクス笑い合う。
あの日は「お父さんが変!」とアドルフィーナが不思議がるほどマモンは笑み崩れていた。
「へぇ、うちのお馬鹿さんはまぁた呑んでたのねぇ。怪我もすぐに治しちゃ勿体ないとか言うし、どうしたものかしら?」
ほほ、と上品に笑う水葵だがヒクついた眦は隠せていない。
「呑兵衛じゃからの」
「八重蔵だもの」
ヴィオレッタとシルファリスの返しも、どうしようもないの一言に尽きる。
アルが剣の師に似ないよう祈るばかりだ。
「あ、ヴィー。ラウラちゃんとソーニャちゃんはどうなの? 魔術教えたりしてたでしょ?」
ふと思い出したようにトリシャが問うと、
「んむ? 将来有望じゃよ。仲間の影響か努力を惜しまぬ。力を蓄えることに貪欲じゃ。特にラウラの方は、アルに本格的な魔術の手ほどきを受けただけあって考え方も魔導師に近しいし、視野も広いのう」
顎をひと撫でしたヴィオレッタがそう評し、
「ソーニャちゃんの方は、うちの人が『堅実で思ってる以上に冷静だ』って言ってたわ。状況判断が的確だし、格上と戦り慣れてるから無意識に負けない闘い方ができてるんだって」
水葵は夫の言葉を借りて応えた。
「ふぅん、そうなの。ねぇそれって……あの子達がそんなに頑張り屋さんなのって」
「うむ。彼女らの故国である共和国にいつの日か戻ることを考えて、じゃろうな」
シルファリスの呟きにも似た言葉をヴィオレッタが引き取る。
「「…………」」
「そっか……」
「それで、もし何かあったときはエーラ達もついて行く……ことになるのよね?」
半ば確信を以てシルファリスは言った。
「だと思う」
「じゃろうな」
「そう、ね」
「そうでしょう」
ヴィオレッタも他の母達も同じように感じていたらしい。
それは我が子らとあの人間の少女らとの間に、隔たりがなさ過ぎたから。
『不知火』の6名はそれほど深い絆で結ばれている。
かつての自分達とユリウスのように。
「危ない真似はしないで欲しいんだけどね、唯でさえアルの身体にはいっぱい傷痕も残ってたし。でも、あの子は止まらないわ。もう、止められそうもない。それがわかっちゃうのよねぇ」
2割の誇らしさと8割の不安を入り混ぜてトリシャが言った。
着替えていた息子の身体には薄っすらと白い傷痕がたくさん残っていた。
後遺症の残るようなものはなさそうだったが、深そうなものも幾つか。
それはきっと魔法の使えないアルが、それでもと勇気を握り締めて危険に立ち向かった証。
そして共に戦ったからこそ彼らの絆は強く、固い。
「うむ。じゃが今すぐという話ではない。帝都には誾千代もおる。少なくとも学院におる間はあやつが守ってくれるはずじゃ」
「そうなると私達にできるのは、無事を祈ることくらいかしら? 大きくなったら大きくなったで心配させるんだから」
まったくもう、と水葵が実年齢とは見合わぬ可憐さで頬を膨らませる。
「じゃあせめて戻ってきたときに安心できるようにしないといけないね」
マチルダはどこか爽やかな表情で微笑んだ。
彼らがああして手を重ね合わせている内はきっと悪いようにはならない。
そんな予感がしたのだ。
「そうね! ひとまずは無事を祈ってもっかい乾杯でもしましょうか!」
真面目な話はここまで!とシルファリスが酒杯を引っ掴む。
「「「さんせーい」」」
「そうじゃの、それが良い」
4人もクスリと笑って酒杯を掲げた。
「それじゃ、あの子達の無事を祈って!」
「あやつらの成長に!」
「恋にもね!」
「かんぱーい!」
「「「「かんぱーい!」」」」
5人の母達が再度ガチャン! と、酒杯を打ち合わせたのに合わせて、里のどこかで笑い声が弾けた。
その酒の入った陽気な声には水葵やマチルダ、シルファリスの夫のものもある。
「あっちも似たような感じなのかしらね」
「うちのお馬鹿さんもいるのよ?」
そんなわけないじゃないの、と酒精でほんのり顔を赤らめた水葵が笑う。
「そういえばヴィオ様、武闘大会はどうなってるんですか? フィーナとうちの人が最近うるさくって」
思い出したようにマチルダが問うと、
「ぬおぉぉぅ、今思い出させるでないわっ! まったく、アルと八重蔵のせいでここのとこずっとせっつかれておるのじゃぞ!」
ヴィオレッタは途端に突っ伏してやさぐれ顔でツマミをガジガジやり出した。
「ぷっ、あははは! 大変ねぇ、ヴィー」
「他人事か!」
「まぁまぁ、ラファルも手伝ってくれますって~」
こうしてぺちゃくちゃと姦しい母達の声や通りを往く酒呑みの声が弾けては消えていく。
まだまだ冷え込む冬の隠れ里。
雪解けを控えた大樹海と春を待つ夜天は、その明るくさっぱりとした喧騒を穏やかに受け止め続けるのだった。
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