22話 杖剣に秘められた真実(虹耀暦1288年2月:アルクス15歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
ゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
2月も残すところ10日もなくなってきた頃。
まだまだ寒いものの、だんだんと降雪の頻度が低くなってきた隠れ里の武闘場では、住民達にとっておよそ2、3年ぶりとなる光景がここ連日展開されていた。
アルクスを含めた魔族組4名と新たに増えた人間組2名が観戦席の外れ――隅の方にある枡席のような場所に集まり、焚火を囲んでああだこうだと話し合っているのである。
2年前は4人だったが、ほぼ毎日見られた光景だ。
それぞれの稽古を終えては「これができるようになった」だの、「この術を覚えた」だのと仲の良い幼馴染同士で報告し合っていたのである。
それが互いへの刺激となり、加速度的に彼ら4人の実力を高めるモチベーションの維持に繋がったのだ。
正しく好循環と称して良いだろう。
普通ならどこかで挫折したり、スピードが落ちる。
しかし幸いと言って良かったのかどうかは不明だが、彼らには里を出ると云う目標があった。
突っ走り続ける4人に彼らの指導役が「どうしたものか」と頭を抱える羽目になったのは言うまでも無い。
その当時の少年少女らが1年半ぶりに新たな仲間と共に帰郷し、懐かしくも似たようなことをしているのである。
彼らよりほんの少し年上の――それでも里全体で見ればまだまだ年若い戦士見習いから戦士団所属の歴戦の猛者まで、あまりに見慣れ、あまりに変わらぬその雰囲気についついフッと頬が緩んでしまったのも致し方ないことであったろう。
柔らかな乳白色の金髪、その右の髪房につけた紅い髪飾りを揺らすシルフィエーラは、羽毛を膨らませた三ツ足鴉に千切った干し肉をやっていた手を止めて素っ頓狂な声を上げた。
「ええっ!? じゃ、それ遺物だったの!?」
真ん丸に開かれた緑の眼は、一つ挟んで右隣にいる朱髪少女が持つ円柱状の杖に向いている。
シェーンベルグ家に伝わる家宝として、ラウラに渡されていた杖剣だ。
「そうみたいです。お師様の話では、剣の芯に文献なんかで残っている虹耀歴以前に主流だった体系と酷似した術式と鍵語が刻まれている、と」
アルの妹弟子となったラウラがここ最近ヴィオレッタと2人で構造を解析し、ようやく掴んだ杖剣の正体であった。
流した魔力を引き延ばすでも薄めるでもなく、数百倍にして放出する。
率直に言って破格の性能だ。
余談だが、構造の解析にはアルがこれまた前世ではX線がどうのと半端な知識を教え、ヴィオレッタが『非破壊解析術』として考案した術式が利用された。
「どうりで俺の魔眼で何度見てもよくわかんなかったわけだよ」
エーラとラウラに挟まれて行儀悪く胡座をかいていた”灰髪”状態のアルが、焚き火に枝を投げ入れながら言う。
「それが始まりでしたね。『魔封輪』でも読み解けたアルさんの魔眼で何度挑戦しても読み取れないなんて、そうそうあるとも思えませんから」
アルの右眼に発眼した『釈葉の魔眼』は術式を構成する魔術鍵語を読み解く。
複雑精緻に過ぎる魔導具のようなシロモノは多少負荷がかかるし、一時的に失明することもあるが、それでも全く読み解けないなんてことはまず有り得ない。
だからこそラウラは疑念を持ったのだ。
杖剣は遺物なのではないか? と。
「ふぅん、なるほどねぇ。で、具体的な術理はどんなだったかわかったの?」
身長差が顕著になってきた好い男の背にぐたーっともたれかかり、ダウナーな雰囲気を垂れ流していた凛華が訊ねる。
アルは先程から彼女の黒髪が首筋に当たってくすぐったい。
「あ、ボクも聞きたーい」
エーラが爽やかながら甘い薫りを纏わせてズズイっと身を乗り出す。
両隣と背中に種族は違えど、同年代の美少女達がピッタリ寄り添うように座っている、と云う状況にアルは密かに焦りを感じていた。
女ったらしや、ロクでもない男だと思われてやしないだろうか?
懐いてくれる親友の妹や双子達に悪影響ではなかろうか?
気が気ではない。だからと云って、彼女らを押しのけるような真似をする気が毛頭起きないのもまた困りものなのだが。
ついでにその親友マルクガルムに言わせれば「もうとっくに手遅れだぞ」の一言に尽きる。
「良いですよ。お師様によると――杖剣の芯の内部は術式によって一方向に収束するよう創られた限定的な異空間になってるそうです。おそらくその空間内は、多元化しているはずだとも」
固いと言われて「ヴィオレッタ様」から「お師様」呼びに変わったラウラの説明にアルは弾かれたように顔を上げた。
「は……? え、異空間? それに多元化? じゃそれ――」
驚愕に彩られた緋瞳は眦が裂けるほど見開かれている。
「はい。ですのでこの杖剣から放出されていたのは、柄を伝って剣先を通るまでの僅かな間に時空を分断され、独立させられた魔力だったんです」
「な、あ、は、えぇ……? マジ?」
ここまで呆気にとられたアルは魔族の幼馴染達すらそうそう見たことはないだろう。
「大マジです」
間違いなく隠れ里に帰ってきてから表情の豊かさが一段階増した”灰髪”の青年に、ラウラはしたり顔で頷いた。
「はー…………ラウラん家ってとんでもないもん家宝にしてたんだなぁ」
一拍置いたアルは心底魂消たと言うように、陽光が一筋のみ射し込んだ曇天を見上げる。
「たぶんお父様も知らないんじゃないかと思います。シェーンベルグって商家から成り上がった家だったそうですし」
朱髪を緩く纏めて肩へ流す少女へアルは「ははぁ、そういうこともあるんだなぁ」と返した。
すると焚き火を挟んだ真向かいから、声が掛かる。
「っておい。お前らはわかるのかもしれねーけど、こっちゃちっともわかんねーぞ。異空間がどうのだとか時空を分断だとか。どういうこった?」
ぼーっと火に当たっていたマルクだ。
その隣に座りっていたラウラの義妹ソーニャも、結わえた栗色の髪をうんうんと大きく縦に振って唇を尖らせる。
「私もヴィオレッタ様には魔術の手ほどきは受けたが、アル殿達のように研究の手伝いだの何だのはしてないのだぞ」
「あたしもわかんなーい」
「ボクも~」
「カア? カァカァ~」
理解する気などハナからなかったであろう鬼娘と耳長娘がアルへぐい~っと背中を押し付けたり、肩をぶつけたりして説明しろと言外に示した。
「わかった、わかったから。翡翠も真似しない」
はーい、と言うように「カァー」と啼く使い魔の首筋をガシガシと掻いたアルはそのまま指を中空へと走らせる。
「えーと……つまり俺達の今いる時空とは切り離されてるんだよ、その杖剣のなか」
光属性魔力で簡易な図を浮かべ、「だよね?」と言うようにラウラを見た。
「はい。杖剣の内部が多層的に位相ズレを起こして多元空間化してるみたいです」
「むー……む? どういうことだ?」
腕を組んで「まるでわからん」と唸るソーニャ。
「要は魔導列車で戦ったあの”異能”使いのやってたことの上位互換って思ってくれたら良いよ。って言っても、あれはあれで”異能”としか呼べないだろってぐらいのデタラメ技なんだけどさ」
とアルが言えば、ある程度想像はついたのか4名は口々に「ふぅん……?」と、わかったようなわからないようなと云う表情を浮かべた。
「それじゃ時空を分断って?」
エーラが可愛らしく小首を傾げて問う。
「限定的に異空間になった時点で、俺達のいるこことは時間も空間も断絶されてることになる。ここまでは良い?」
要はこちらで起きた何某かの影響を受けなくなるのだ。
ちなみにアルが詳しいのはかつてポロっと溢した失言から、ヴィオレッタの研究に散々付き合わされたからである。
「なんとなくは?」
顎に指をやって耳長娘が頷く。
「そこに送り込まれたラウラの魔力は異空間化された杖剣の中で、剣先に到達するまでの時間を分断されて、別の位相にある魔力として独立した形で放出されるんだよ。だから本当は魔力の増幅でも、増殖でもなく、分裂効果って言った方が正しいかもね」
アルは「合ってる?」とラウラを見た。
「その通りです。お師様もそのように言ってましたよ。ふふ、さすがは兄弟子ですね」
品良く微笑む妹弟子にアルは肩を竦めた。
「『歪曲転移陣』の雛形の雛形みたいなのを手伝ったからね。あれは大変だったよ。当時は脳が沸騰するかと思った……」
「え、待って待って。てことは――」
「送られた魔力の時間を切り刻んでるってこと?」
エーラと凜華が「嘘でしょ?」と言いたげな顔をして問う。
「そうです。ややこしいですけど、魔力を切ること自体はできるそうなんです」
「あー、それだけだとただ魔力が細かく別れるだけだから――」
義姉の説明にソーニャが思考を一つ一つ踏みしめるように確認し、
「位相をズラすことで、何百分の一の時間で切り取られた魔力を元の魔力と同じものとして捉えてるってことか?」
マルクがポカンとした顔で言った。
これでもヴィオレッタの授業を聞き、更にアルからの教えを受け、おまけに〈ターフェル魔導学院〉に通う学生だからこそすんなりと伝わる話だ。
一般人ならちんぷんかんぷんだろうし、隠れ里でも正しく理解できる者は限られてくるだろう。
「うん、それで合ってる。それこそ多元化された空間で”認識”の仕方を変えてるんだ。魔力が柄から剣先までに到達する時間を一秒と仮定すると、流入開始から〇・〇一秒後の魔力と〇・〇二秒後の魔力を別モノとして認識してる。簡単に言うと、杖剣を通して、並行世界にいるラウラから一斉に魔力を集めるようなもんだね――最大で五百人くらいからかな」
アルが噛み砕いて説明すると、ラウラは「そう言われるとわかりやすいですね」と感心したように頷き、
「とんでもないではないか」
ソーニャは実感が湧いたらしく萌黄色の瞳を真ん丸にした。
「やっぱ破格なのねぇ、遺物って」
凜華は稽古終わりのダレた雰囲気のままに呟く。
「”聖霊装”もそんな感じだったもんね。慣れちゃってると魔法より全然強力に感じちゃうよ」
エーラの感想も似たようなものだ。
「今はそれも活かした戦い方を教えてもらってます。あ、それでなんですけどアルさん」
思い出したようにラウラはアルの方に顔を向ける。
「うん?」
「今度、魔導具造りのお手伝いを頼むかもしれません」
「魔導具を?」
「はい。まだ構想段階と言うかハッキリとした設計図を思い描いてるわけじゃないんですけど」
どこか自信のなさそうなオドオドした様子のラウラ。アルはノータイムで応える。
「全然構わないよ。休暇明けになるだろうし、学院長とアニスも巻き込もう」
イタズラっぽく笑うのも忘れない。
「アルってば飛竜船造ってから人巻き込むのに躊躇いがなくなったねぇ~」
エーラは己の好い男が年相応な表情をしていることに内心で安堵しながら茶化した。
「魔導具だよ? 専門家に訊くのが大正解じゃん?」
「屁理屈ぅ~、計算とか術の配置が大変だからって顔に書いてあるよ~?」
幼馴染同士の気負いのない受け答えにラウラがくすくすと笑みを零す。
アルと三人娘が随分と和んでいる。マルクとソーニャは顔を見合わせ、
「すっかり馴染んだっつーか、ヴィオ先生の弟子になってからますますアルみたいなこと言うようになったなぁ、ラウラは」
「私が八重蔵殿に指導してもらってる間もヴィオレッタ様のとこに通ってるようだからな。というかそうだ、聞きたかったのだ。マルク達はここのとこ癒薬帯を貼ってない日がないが、相当激しい稽古をしてるのか? それともここではこちらが普通なのか?」
そんな風に言葉を交わす。
ソーニャの言う通り、マルクもアルも凜華も癒薬帯を顔や腕に貼り付けていた。服で見えないが胴や肩、足にも巻いていたりする。
アルはちょくちょく大怪我を負うので見慣れているが、比較的軽傷で済む印象の凜華やマルクのそんな姿は珍しい。
「激しめに稽古してる。休暇中くらいしかぶっ倒れるまでの稽古はやれねえからな。俺の方はようやく親父に【人狼化】も使わせたし、人狼の闘い方ってのを教えてもらってんだよ」
マルクは手当の痕が残る腕を曲げ伸ばししながら誇らしそうに言う。
今まではどんなに全力で戦っても父マモンは人間態のままだった。
しかし、それこそアルと八重蔵が武闘場を半ばから荒野にした立ち合いを見てから本格的な鍛錬の日々に戻ると「お前もアルクスに負けてられんだろう」と【人狼化】するようになったのだ。
つまり力量がそれほど上がったと見てもらえている、と云うことでもある。
それがマルクには嬉しくてならなかった。
最も喜んでいるのが父であることにも気付かず、ついつい稽古に熱が入ってしまう。
「【人狼化】したマモンおじさんってどんな感じ? 強い? 捷い?」
焚き火越しに興味津々で訊いてくるアルに、
「少しも初動が読めねえ。気付けば拳が目の前にある。筋肉の繊維が鋼鉄で出来てんのかってくらい一撃が重いし痛え」
言葉とは裏腹に楽しそうな表情でマルクが答えた。彼の父はとことん人狼らしい闘い方をする。
マルクが狼脚や狼爪を用いた拳闘家や武術家のような戦闘型だとすれば、マモンのそれはより意識外からの一撃必殺に重点を置いた狩人と云うより暗殺者と称すべきものだ。
撚り合わせられた鋼線を彷彿とさせる筋肉と驚異的な体幹から繰り出される捻りの入った一撃はたとえ人狼の闘気――魔気を用いずとも捷く、重い。
真正面から不意討ちをもらったマルクが、アッサリと意識を落としたくらいだ。
「あの重打を受ける気にはならんな」
盾があったとしても、とソーニャは人狼父子の稽古を見てそう思ったものである。
「へぇ~、マルクも頑張ってるんだねぇ。ふわぁ~……ボクはずっと北の森にいたから知らなかったよ」
パチっと爆ぜる火を眺めていたエーラが欠伸混じりにそう言った。緑瞳はトロンとして眠そうだ。
「エーラの方は精霊との対話をやってるって言ってたわよね?」
同じく稽古疲れからか虚空を眺めていた凛華はめくった龍鱗布に頭を突っ込みながら問いかける。
アルは「しょうがないなぁ」と首元を緩めてやった。背中合わせで首にターバンを巻いたような体勢だ。
「そうだよぉ~。〈樹霊〉を浄化したの知られちゃっててね、ちゃんと対話する方法を身に着けなさいってさ。あれ体力も使うけど情報がぶわーって頭に入ってきて疲れるんだよねぇ~」
〈樹霊〉の浄化をしたと知って愕然とした彼女の父ラファルと母シルファリスは、精霊とのより高度な対話が急務だと考えたらしい。
ちなみに3種類ある『燐晄』を見せると、それはもう大層な褒めようでラファルは他の戦士団の森人達に自慢して回っていた。
「お母さんもお父さんも張り切るんだよ、もぉ~」
両親の親馬鹿っぷりに少々げんなりした耳長娘はそこまで言うと限界だったのか、胡座を掻くアルの太ももに頭を置いてごろんと横になった。
見兼ねてアルが伸ばした龍鱗布を掛けてやる。
「凛華はどうなんです?」
ほんの少し羨ましそうな顔をしたラウラが問うと、
「一発当ててやったわ」
端的に過ぎる回答が返ってきた。思わず5人とも苦笑を零す。
意味は通じる。ツェシュタール流を教える彼女の父、八重蔵に傷をつけたと凛華は言いたいのだ。
2週間近く前にアルが立ち合いで八重蔵につけた左頬の傷は大きくはない。
だが掠り傷と呼ぶには深く、しっかりとした傷だった。
決して偶然ついたものなどではない。
愚直に積み重ねてきたアルの努力が剣豪たる父に届いた証なのだ。
ゆえに剣鬼自身その傷を見てニンマリ笑い、凛華は凛華で爛々と闘志を募らせた。
その翌日に全力全霊の『冰鬼刃』をぶつけ、その最大出力・最長伸長状態にある『夢幻』を展開し、華咲く『銀華』が八重蔵の左腕の表皮のみではあったものの流血させたのである。
魔力も切れ、【戦化粧】も解け、土塗れであったが、それでも凛華は拳を突き上げて「いよっしゃー!」と破顔し、八重蔵もまた喜びを爆発させ、鬼歯を見せつけるように呵々大笑したのだった。
「数日は上機嫌だったもんな、凛華」
アルが愉快そうに笑う。
「うるさぁ~い、いいでしょ別にぃ~」
凛華は照れ臭そうに頬を染めつつ”灰髪”へ後頭部をグリグリ押し付ける。
「ていうかアルはなんで『封刻紋』解いてんだ? 八重蔵のおっちゃんから言われたのか?」
じゃれ合う幼馴染達へ、集まった時からマルクが気になっていた質問を投げかけた。
その質問へ真っ先に答えたのはルミナス家で厄介になっている人間の少女達だ。
「ええ、元々封印する前は龍人の本能でも戦えてたはずなので無理に抑えつけず、龍人族の血にも慣れていった方が良いと言われたそうですよ」
ですよね?とラウラが、
「”闘争本能の限定解放”も本来なら二割と言わず、半分ほど解いて暴れ馬を乗りこなしていった方が早いかもしれないと指導されて八重蔵殿と稽古してるのだ。生傷だらけなのはそのせいだな」
とソーニャが言う。全く以てその通り。
「全部言われちった」
彼女らの説明には瑕疵一つなかったのでアルは肩を竦めるに留めた。
「なるほどなー。んで、うまくいってんのか?」
マルクは焚き火の傍に置いていた茶杯に息をふーふーと吹きかけながら問う。
「うー……ん。正直まだ微妙。掴めそうで掴めてない。けど前よりはだいぶ良くなったよ。少なくとも剣気が急に消えたりするようなことはなくなったかな。ただ制御に意識を持ってかれ過ぎちゃって、先生はそこらへん容赦なく衝いてくるもんだから気付けば寝っ転がってる」
アルはいつの間にか夜天翡翠を抱えてスースー寝息を立てているエーラに、伸ばした龍鱗布を掛けて覆ってやりながら答えた。
そこに考え込むような……帝国に居たときには間違いなくあった――押し殺したような焦燥感は一切伺えない。
里での生活ですっかり生来の気質を取り戻したようだ。
「そうか。ふわ~あ……ままならねえもんだなぁ」
灰紫の瞳で目敏くそれを察したマルクは大欠伸をしながら石段に背を預ける。
「ま、何とかしてみせるさ」
強く透き通るような輝きを秘めた緋色の瞳が曇天を見上げた。
その背で笑みとも咳払いともつかぬ声を漏らした凛華が、
「あたしも少し眠るわ」
と、体重を預けてくる。
「半分くらい寝てたろ」
アルは可笑しそうに笑ってずり落ちないよう龍鱗布で緩めに支えてやった。すぐに穏やかな寝息が聞こえ始める。
そこへ遠くから元気の良い少女の声が届いた。
「マルク様ー! 兄様ー! 伯母様からお菓子を預かりましたのー! 皆さんで頂きますわよー!」
アルの従妹イリスだ。頬と鼻の頭をちょこんと赤くして駆けてくる。
その後ろにいたエーラの姉シルフィリアはキリリとした瞳を丸くして「え!? えっ!? お姉ちゃん聞いてないよ! アルくんとどこまで進んでるのっ?」と何やら騒がしい。
「アルさん、またイリスちゃんに『破廉恥ですわ!』って言われちゃいますよ?」
「ふっ……今回は秘策があってね。『石が冷たいだろうからマルクの膝に座るといいよ』って勧めるんだ」
アルはこれでバッチリだろ? と、イタズラっぽくからから笑う。
「おいこら、イリスならマジにやりそうなのはやめろ。トビアスさんから文句の手紙が来たらどうすんだ」
マルクが半眼を向けた。
「ちょっ!? そうだぞアル殿!? そういうのは、あーあれだ! 教育に良くないと云うか何と言うか」
「年いっこしか変わんないじゃん」
「うっ! いや、えーと、それは」
隣の人狼族とは対照的にしどろもどろでアルへ抗議するソーニャ。
「ぷっ……あはははは!」
ラウラはたまらずお腹を抑えて笑い出した。
「他人事だと思ってこの姉は……!」
「どうしたんですのー? って兄様! またそんな破廉恥な真似をなさって!」
「まぁまぁイリス。石は冷たいだろうから――」
「よせよせこのバカ。言わせねえぞ」
こうして彼らの日々が過ぎ去っていく。
『不知火』の6名と1羽は騒がしくも和やかな隠れ里で疲れ切っていた心を解きほぐし、英気を養って冬季休暇を終えるのだった。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
是非ともよろしくお願いします!




