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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第3部 青年期 魔導学院編ノ壱 入学編

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187/223

17話 シルト家の墓参りと飛竜船(虹耀暦1288年2月:アルクス15歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 時刻は昼前。この時期は空模様が暗いことの方が多い。


 実際先ほどまでアルクスと人虎族のカミルが手合わせを行っていた頃は鈍色の空をしていたのだが、しかし今現在は、久方振りの青空が広がっている。


 気温も冬にしては暖かい方だ。


 『不知火』の6名と1羽、そしてマルクガルムの父マモン・イェーガーとその娘アドルフィーナは隠れ里の西側――外の広場にまで戻ってきていた。


 なぜならシルフィエーラの姉シルフィリア・ローリエが、アルとカミルが手合わせをしている武闘場へ客人を連れてきたからである。


 ただの客人ならアル達とて挨拶を軽く済ませ、戻って来たばかりの剣を手に「稽古の続きでもやろうか」となったのだろうが、客人が客人なだけにそういうわけにもいかなかった。


 やってきたのは彼らもよく知る()()()父娘。


 黒髪でいまだ若々しさを保つスラリとした中年男性と、チョコレート色のふわふわとした癖のある茶髪に淡褐色(ヘーゼル)の瞳を興奮に輝かせた少女。


 そう、アルの叔父に当たるトビアス・シルト、そして従妹に当たるイリス・シルトだったのだ。


 彼ら武芸都市〈ウィルデリッタルト〉の領主とその娘が隠れ里にいるとすれば、理由はたった一つ。


 アルの父ユリウスの墓参りに違いあるまい。


 それを察して、さっさと里に帰参することにしたのである。




 トビアスは、ほんの一年程度で目を瞠るほどに成長し、並々ならぬ威風を漂わせる甥っ子に話しかけた。


「それにしても、さっきの手合わせは凄かったよ。それにあの剣気、父上が興奮してたのも頷ける」


 別れてから丸々一年経ったくらいだろうか?


 最後に見たときはもう少しあどけなさを残していたし、その時点でも強かったのは知っているがまさかこれほどとは。


 しかし、叔父としてはそうなった理由――否、そうならざるを得なかった経緯が経緯だけにその胸中は複雑だ。


「ええ、ええ! もう凄かったですわ!! 何ですのあれ!? それに最後の一太刀、兄様が重なって見えましたわっ!」


 彼の娘の方は興奮冷めやらぬ様子で鼻息が荒い。寒さとはまた違う意味で頬も紅潮している。なぜか訊ねた相手はマルクの方だったが。


 彼女自身、少々大人らしさの入り混じる魅力を滲ませ始めていたものの、恋慕していた相手との再会――おまけにその相手がまた魅力的な男性になり始めていたのでは自制も利かず、先ほどからべったりである。


「『陽炎之太刀(かげろうのたち)』っつう独自剣技らしいぜ」


 ソーニャがほんの少しだけ妬いた視線を向けていることにも気付かず、マルクが答える。

 

 イリスは「ほっほう!」と瞳を瞬かせた。


「”陽炎”とは……確かに言い得て妙だな」


 観戦席で子供達と共に手合わせを見ていたマモンが唸る。


 彼でさえ、ほんの一瞬アルの姿がダブって見えたのだ。


 剣の師たる八重蔵に教えてやるべきか否か……いや教えない方がきっと喜ぶだろう、と内心で判断を下す。


「あの剣気に少しでも呑まちゃえば、アルの気魄が生んだ陽炎(まぼろし)と実物の区別がつかなくなるって(わざ)なのよ」


 ふふん、と誇らしげに胸を張る凛華に、


「なんで術理言っちゃうのさ」


 すかさずアルがツッコミを入れる。しかし簡単に覆されないから業なのであり、乱用多発もしたりしない。


「言ったところで、あの業はそうそう覆せるようなもんじゃないわ」


 凛華が明かしたのも誰よりもそれがわかっているからだろう。


 彼我共に必殺必中の間合い――秒をも数えられない走馬灯が駆け巡る死地において、刹那を見切る業だ。


 そもそもかつて訊ねられてホイホイ即答したのはアル自身である。


 ゆえに同じ剣士にそう言われてしまえば、むず痒いし言い返せなかった。


「む……ってかイリスとトビアスさんはどこから見てたの?」


 仕方ないので話題を変えると、


「僕らはあの人虎族の彼にアルクス君が剣閃を飛ばしたところからだね」


「翡翠がここから先は危ないって教えてくれたんですのよ」


 イリスが父の右肩に乗る三ツ足鴉を見上げた。


「クァ~」


 夜天翡翠が「えらいでしょ~」と言いたげに鳴き、アルの左肩にバサッと飛び乗ってくる。


「それでボクが気づいたの」


 シルフィエーラがそう言って、片側だけ耳当て(イヤーマフ)から出した長耳をピコピコと動かした。精霊が教えてくれのだろう。


「そういうことか」


「納得。急に消えたからな」


 アルとマルクがポンと手を打つ。


「おーい、アルー!」


 その時、西門の方から母トリシャがこちらへ大声で呼びかけた。


 後ろではアルとイリスの祖父母――ランドルフ・シルトとその妻メリッサが手を振っている。また今回、トビアスの妻リディアはいない。まだ一歳にも満たない幼子がいるのでお留守番だそうだ。


 更にその後ろには酒樽を担いだ八重蔵とラファルもいる。


「盛大に呑む気ね、こんな寒いなか」


「ええ、みたいですね」


 凛華が呆れ声を出し、ラウラが朱髪を耳にかけながら苦笑する。


 トビアスとマモンの大人組は「オホンオホン」「……たまにはな」と、ばつが悪そうだ。


「お酒くさいまま帰ってくるとまたお母さんにおこられるよ?」


「フィーナ、母さんだって女子会とやらをやってるだろう? あれと同じだ」


「でもお母さんは『男どもと違ってせつどをたもってるからいーの』って言ってた」


「我々も節度は守っている。あれはユリウスへの礼儀なのだ」


 人狼の父娘がしょうもないやり取りをしている。


「お父様も前回みたいに呑んでくるんですの?」


 トビアスの方が特に責められている様子でもないのは、きっと日頃の行いによる賜物だろう。


「うん。兄上に、イリスにも弟ができたことを報告しなくちゃいけないからね」


「それなら仕方ありませんわね。伯父上に見守って下さるようお願いしてくださいまし」


 イリスがむんっと腰に手を当てる。


「はは、そうだね。理解のあるお姉さんで助かるよ」


 『不知火』の6名には年下なこともあって殊更甘えるイリスだが、領主屋敷(いえ)では何くれと弟を気に掛ける良き姉なのだ。


「ボクらがいるし、トリシャおば様もいるからぱぱっと行ってささっとお参りして、ちゃちゃっと帰ってお茶にしようね」


 外は寒いもん、とエーラがニコニコして言うと、


「はいですわ!」


 イリスはウキウキした様子でぱあっと破顔した。種族の違う従兄達と再会してからじゃ、花が咲き乱れるようにずっと笑顔を振り撒きまくっている。


 元々その快活さと天真爛漫っぷりで知られる貴族令嬢だ。


 双子の稽古を見るからと武闘場に残ったカミルが、その素直に過ぎる感情表現とコロコロ変わる笑顔に思わず「……可憐だ」と呟いてしまったくらいである。


 勿論、その直後にニマニマ顔をした従妹のニナから散々冷やかされていたが。


「あんた達もお墓で父さん達と時間潰すの?」


 凛華が「あ、そうだ」と思い出したように軽く首を傾げて問うと、


「いや待って? お酒も呑めないのに寒いなか外出てろって?」


「おまけに酔っ払いが管巻いてんだぞ。居続けるわけねーだろ」


 半龍人と人狼族の青年は「とっとと帰るわい」と揃って顔をしかめた。


「でもアルさん、この人数で行くんですか? 『陸舟』に納まりますかね?」


 ラウラが周囲を見渡しながら純粋な質問を口にした。


 今いるのは未成年が『不知火』の6名とイリスとアドルフィーナ。


 大人がトリシャ、マモン、ラファル、八重蔵、トビアス、ランドルフ、メリッサの7名。


 あとは酒樽2つと花の入った桶がいくつか。


 確か墓地への道はそう広くもない一本道だと聞いている。


「確かに多いね。細長くすれば何とか……あ、でも荷物あるか」


「そう、ですよね」


 ラウラが沈んだ声で頷いた。本当は妹共々世話になり続けているシルト家――それもアルの父には挨拶しておきたかったのだ。


 しかし納まらないようであれば心苦しいが辞退すべきだろう。


 そう思っていると、意外なところから声が上がる。


「アル殿、それならアレを使ったらどうだ? 完成したのだろう?」


 ソーニャだ。彼女はそう言いながら北門の方を指さしていた。ラウラが「あ」と声を漏らす。


「おおっ! そうだった、アレがあるじゃん!」


 即座に何のことか理解したアルは「ここで待ってて!」と一声叫ぶや否や駆け出し、西門の方から歩いてくる母達に何事か告げて里のなかへと走って行った。


「ラウラ姉様、兄様行ってしまいましたけど、アレとは何のことですの?」


 きょとんと首を傾げるイリス。


 何のことなのかわかっている『不知火』の4名が笑みを溢し、


「ふふ、きっと驚くと思いますよ」


 ラウラはイタズラっぽく微笑むのだった。



 * * *



 その数分後。大所帯になった墓地行き一行は戻ってきたアルを見て、それぞれ三者三様な反応を示していた。


 一番落ち着いている『不知火』の5名は困ったような、微笑ましいものを見るような顔を向け、魔族の大人組は幼少期のアルでも思い出したのか――……頭痛を堪えるように額に手を当てて苦笑している。


 そしてシルト家の4名はと云えば――。


「「「「…………」」」」


 その全員が揃って絶句していた。然しものイリスですらぽっかーんと口を開けている。


「そーっと、そーっとだぞ……!」



 ドッ、ズズズゥ――……!



 重たい地響きが鳴り、冷たさの混じる風が巻き上がる。


「いよーし、良い着陸だったぞ! 翡翠も誘導ありがとな」


「グルルルゥ!」「カァ!」


「よっと」


 ひょいと()()()()()アルは、自身の周囲をひと巡りして舞い降りてくる夜天翡翠に腕を差し伸べつつ一言。


「お待たせ~」


 あまりにものほほんとした従兄の様子に、驚愕から立ち直ったイリスが叫ぶように問い質した。


「兄様! そ、そのそれは飛竜じゃありませんの!?」


 彼女の指摘通り、アルのすぐ後ろにいるのは大小二対の翼を持つ巨大な竜だった。


 夜闇を彷彿とさせる黒い鱗がテラテラと不思議な色合いに光を反射している。まるで空気の澄んだ日の星空のようだ。


 またその背には滑らかそうな茶色の革を張った鞍が着けられており、翼の付け根からは帯のようなものとこれまた大きく見たこともない駕籠が繋がれていた。


 その駕籠を吊るしながら降りてきたのだ。


「うん、彩玻璃黒耀(いろはりこくよう)って名前にしたんだ。”黒耀”って呼んであげて」


 カッコ良いだろー? と言いながら黒い飛竜の首筋をかいぐるアル。


 彩玻璃黒耀は気持ち良さそうに重たい瞼を細めている。


「名前はこの際置いとくとして、飛竜って一体何がどうなってるんだい……?」


 トビアスが困惑頻りで呟く。


 この個体はアルが連れ帰りルミナス家2名によるゴリ押しの結果、里で飼うことになった雄の飛竜だ。


 竜種は餌の問題がある為多くでは群れない。精々2、3頭である。


 この個体は元々1頭だったし、アルに懐いていたのでヴィオレッタが「しょうがないのぅ。ちゃんと躾るのじゃぞ?」と許可を出したのである。


 その翌日からアルは日課を熟すと――朝から晩までこの飛竜に付きっきりで里の戦士団を紹介したり、行ってはいけない場所や『幻惑の術』が掛かっている範囲、保護迷彩術式の掛かっている場所を教え、子供達を怖がらせないようにと指導しながら飛び回った。


 ”彩玻璃黒耀”と名付けられたのもその際である。


 今では北門から少し行ったところの雨露を凌げる自然の竜舎を(ねぐら)とし、道行く戦士団から声を掛けられつつ、気ままに空を飛び回っている次第だ。


 飼育と云うよりほぼ放牧と呼んで差し支えない。


 また騎竜を趣味にしようと決めたアルは、脱兎を周回遅れにする迅さで里を駆け回り、鉱人族と蜘蛛人族の職人すら巻き込んだ。


 曰く、「彩玻璃黒耀の賢さならラービュラント大森林内で不測の事態が起きた際、きっと怪我人や大荷物を運んでくれるから」と。


 要は騎竜したい! と、鞍をお願いするのではなく、緊急時に役立つ友なのだから活用しない手はないぞ? と、口八丁手八丁で言いくるめたのである。


 実際、戦士団が魔獣によって大怪我をした際などは新人戦士が連絡役となって里まで走り、ヴィオレッタが急行して『時限逆行術式』をかけて癒すのが通例だった。


 しかし、幾つかの要件さえクリアすればアルの言ったことは実現可能、かつ非常に合理的で手間も省けてしまうというのもタチが悪いことこの上ない。


 誰かの言った「便利かもしれん」の一言であれよあれよと言う間に職人達――大抵は、跡目を譲ったくせに工房には居座って茶飲み話をしている暇人やまだすることの少ない若手達が集まってきた。


 その職人の数はマルクが呆れ返り、「詐欺師でも食っていけるんじゃね?」などと言うほどだ。


 しかし、アルの分厚い面の皮は毛ほども傷つかなかった。


「飛行する大型の魔物や魔獣は()()を備えてます。黒耀も同じでした。つまり飛行だけでなく浮遊も可能なんです」


 大型と云えど三ツ足鴉のようなサイズではなく、もっと巨体の魔物・魔獣達は大抵背筋に沿って浮袋を備えている。


 そこに液状化させた魔力を貯めていて、その比率を変えることで自身の比重を変えて飛行するのだ。ちなみにその仕組みを利用して造られたのが魔力貯蔵用疑似晶石である。


 そして彩玻璃黒曜は浮袋を持つ飛竜で、かつ龍人族と同じく翼から粒子化させた魔力を噴出させて加速する。


 鞍を作ってもらって試したアルは「これだけじゃ終わらない」とばかりにそんなことをのたまって、今度は吊り下げ式の駕籠を作ろうとまで言い出した。


 荷運びや要救助者の搬出に便利だろうから、と。


 要は気球や飛行船染みたものまで作ってしまおうと考えたのである。


 〈ターフェル魔導学院〉で学んだ知識を遺憾無く活用しているところも非常に憎らしいところだ。


「えーと、アル殿?」


 連日連夜、北門付近に職人達と居座り、寒さも寝食も忘れて駕籠の形状や荷重軽減の術式へと熱中する様は当然の如くラウラとソーニャを困惑させた。


「こっちが本来なのよ。ほら口開けなさい」


「んぁー……」


「アルー、試作の駕籠できたってー」


「了解すぐ行く」


 しかし魔族組4人にとっては懐かしい光景である。


 『釈葉の魔眼』を開き、空中に散乱する魔術鍵語をとっかえひっかえしているアルの口に昼食をねじ込みながら凛華はそう言って肩を竦め、エーラは以前とは趣の違う作業風景に興味津々と云った様子で手伝うのだった。


 こうして1月の終わり頃から2月の頭の方――ほんの2日前にようやく完成したのが飛竜に吊り下げる駕籠舟である。


「というわけで総称して飛竜船と呼んでます」


 ラウラがそう結ぶと、視線が一斉に飛竜の隣に鎮座している金属に覆われた駕籠舟へと向かった。


 その底面は平らで上部はスポーツカータイプのオープンカーのように流線形。


 後部は雨粒のようにシュッと窄まっており、前方と側面の、座ると丁度頭が来そうな位置から上には透明な分厚い硝子がはめ込まれている。


 この硝子はアルの前世で作られている通常の硝子とは製法が違い、大型魔獣の眼球から結膜を取り出して加工したものだ。


 昔から存在する製法で時間と手間がかかる分、出来上がれば普通の硝子と違って独特のしなりが出て頑丈なのである。


「アルクスや、まさかこれに乗って墓地まで飛ぶつもりなのか?」


 期待で胸を膨らませたランドルフが訊ねた。この祖父にしてこの孫あり、と云った様子にメリッサは溜め息をつく。


 それがユリウス(息子)に遺伝してアルクス()にも遺伝しているのですよ? と、言いたげだ。


「そうです。大丈夫ですよ、ちゃんと何度も風洞実験はしてますから」


 アルは胸を張って「な?」と彩玻璃黒耀の首を撫でた。


「グルルッ」


 黒鱗の飛竜は甘えているようだが、猛禽を思わせる縦長の瞳孔と黄色い瞳は竜のそれそのものなせいで何とも怖い。


 触れ合い過ぎて感覚が麻痺している者と武芸都市のおかしな元領主以外は少なくとも正常な感覚に則って当然のようにそう感じていた。


「これ酒樽積めるかね? お? 結構深い。つーか内装凝ってんのなぁ」


 中を覗き込んだ八重蔵が「ほう」と顎をさする。駕籠舟の内部は前方を向いた座席が数列あり、後部には広めの空間が取ってあった。


 更にその座席もやたらと柔らかそうな革を張ってある。ここらへんは職人達が無駄に凝りまくったせいだ。


「巨鬼族でも後ろに座れば、えーと何だったかしら? あ、そうそう。気流に頭を突っ込む羽目にならないのよ」


 熱中するアルの傍で何くれと世話を焼きまくっていた凛華が答える。


「これなら全員乗れそうじゃないか」


 戦士団所属のラファルは彩玻璃黒耀に警戒した様子もない。そもそも作業中のアルと時折うろちょろしている娘が駕籠舟の製作をしていたことを知っているので、特に驚くこともないのである。


「定員は座席で二十名分あるからね~。さぁさ、ちゃっちゃと行こ! 飛竜船の初飛行だよ!」


 そう言ってエーラが元気一杯にいっくぞー!と腕を振り上げた。


「「「「初飛行!?」」」」


 シルト家の4名に衝撃が走る。魔族がいるからこそ飛竜も大人しいのだと思っているので戦慄するのも無理はない。


「んじゃ行こっか」


 アルはそんな反応もお構いなしに駕籠舟の後部へ行き、重たそうな音をガゴンッとさせて乗降口の扉を下ろした。


 乗り降りできるのはここだけだ。また後部にある理由は軍用機の後部ハッチを参考にしたからである。


「さ、乗って乗って」


 アルが良い笑顔でそう言うと、


「兄様は乗らないんですの?」


 とイリスは問うた。


 近いから騎竜してきたのだと思ったのだろう。しかしアルはそこまで利口ではない。むしろこういう場合は阿呆なのだ。


「俺は黒耀の背から指示出すんだよ」


 ヴィオレッタから許可を貰っていの一番に作ってもらった保護眼鏡(ゴーグル)を首元から引っ張り出し、あっけらかんと答える。


 嘘だろ? こんなに寒いなか風防もなさそうな場所に乗る気か? と、トビアスからそんな視線が届いたものの、アルは騎竜して行く気満々だ。


「うぅ~そうなんですの? マルク様、怖いので乗ってる間は腕を掴ませてくださいまし」


 イリスがアルのイカれた回答に少々唖然としつつマルクの腕を取って覗き込む。


 その光景に焦りを覚えたソーニャだったが、すぐにハッとした。


 今からあれに乗るのだ。つまり命綱もないあれで飛ぶのだ。そう気付いて顔を青褪めさせる。


 ソーニャは山岳都市〈ベルクザウム〉で鋼索道(ロープウェイ)に乗って初めて自分が高いところは得意じゃないと気付いたのだ。


「ま、まままマルク、私も掴んでて良いか? 高いところは苦手なのだ」


「はぁ? 提案したのお前じゃねえか」


 マルクが当然のツッコミを入れる。しかし目を血走らせたソーニャは必死な表情で訴えた。


「わかっている。わかっているとも。だが怖いのだ。大人しく無理矢理『陸舟』で行こうと言えば良かったと後悔している」


 これはどうも本気らしい。そう思ったマルクは面倒臭そうにうんうんと首を頷かせた。


「あほなのか? ……だぁ、もうわかったわかった。けど握り潰すなよ? お前最近腕力上がってきてんだから」


「なっ! それが乙女にかける言葉か!」


 やいのやいの言い合いながらマルクの両側に少女らがぎゅうとしがみつく。


「お、両手に華だねぇマルク」


 早速アルが冷やかした。


「うるせー、ばっきゃろう」


 熱中してる間散々三人娘を侍らせてたやつに言われたかねーんだよ、とばかりにマルクは噛みつく。


「はいはい乗った乗った」


「こんにゃろ覚えてろ」


「やなこった」


 軽口を叩き合って3人の背を押したアルはふと首を傾げた。


 おかしい。普通ならトビアスが真っ先に反応するところなのに。


 そう思ってアルが視線を向けると今回は祖母メリッサが叔父を引き止めていた。


「トビアス、私が落っこちないように掴んでいてくださいね」


「いえ母上今それどころでは。というか母上には父上が――」


「お父さんはアテにならなそうだもの」


 母と息子の視線の先にいるランドルフは、乗り込んでいく魔族組の後ろからいそいそソワソワと乗り込んでいる。明らかにこちらのことなど気にしていない。


「ね? それに……はぁ、娘の恋路を邪魔する親がいますか」


「う、いや、しかしですね」


「でもも、しかしもありませんよ」


 これにはトビアスも黙り込むしかない。


 鬼娘と耳長娘は「あたしはここが良いわ」「わかる~、やっぱ先頭だよねぇ!」などと言いながらさっさと乗り込んでいた。


「フィーナ、こっち来なさいな」


「たぶんここからの眺めが抜群だよ~」


「凛ねえもエーラねえも怖くないの?」


「「全然」」


 見慣れぬ乗り物におどおどしているアドルフィーナの手を握り、2人は先頭の席を選んだようだ。


 アルは八重蔵やマモンと荷物を固定しつつ「あ、そうだ」と思い出したように駕籠舟の前方へと歩いて行き、


「ラウラ、駕籠舟の操作任せるよ」


 懐から掌大の結晶を手渡した。結晶の中にはほんの少し青みがかった液体がちゃぷちゃぷと波打っている。これは魔力貯蔵用の擬似晶石だ。


 駕籠舟の動力源で、ヴィオレッタが余らせていたのをもらったものである。この一つだけで魔導灯なら半年以上は保つだろう。


「はいっ! 任せてください。”快適な空の旅を”、でしたよね?」


 擬似晶石を受け取ったラウラは嬉しそうに笑みを浮かべ、製作中にアルが「前世ではこんな風に言ってたんだ」と教えてくれたことをイタズラっぽく言ってみせる。


「そういうこと、頼んだよ」


 ふふっと笑ったラウラと楽し気に笑み交わしたアルが颯爽と駕籠舟を降りていく。ちなみに彼女に操作を頼んだのは、彼女がもっとも駕籠舟の扱いを熟知しているはずだからである。


 大型の魔導具と呼べなくもない駕籠舟に並々ならぬ好奇心を持って術式の確認実験に参加していたことは記憶にも新しい。


 と、そこでアルは気付いた。母が乗っていない。


 あれ? と首をキョロキョロさせていると「アル、こっちよ」と上空から声が掛かった。


「母さん、なんで【龍体化(まほう)】使ってるの?」


 アルの言う通りトリシャは龍の鱗を纏い、翼を緩くはためかせている。


 乗らないのか? と暗に問う息子にトリシャは気恥ずかしげにポリポリと頬を掻きながらこう言った。


「んとね、帰りは乗せてもらおうと思うんだけど行きは自前で行こうかなって。アルと一緒に空飛ぶの、ずーっとやってみたかったから」


 アルは虚を衝かれたような顔をした。


 トリシャもお腹を痛めて産んだ我が子が半龍人で、【龍体化】が使えないことは百も承知している。それ自体に不満はない。血を分けた大事な息子なことに変わりはない。


 しかし、それでも共に空を翔けてみたいという気持ちは、彼が生まれたその日からずっと胸の裡にあったのだ。


「親孝行はしとくもんだぜ、アル」


 八重蔵達がふっと笑み、目をぱちぱちさせたアルはやがてニッと笑みを溢す。


「じゃあ俺の騎竜っぷりを見てもらわないと」


「ふふっ、そうこなくっちゃ」


 嬉しそうに笑って空をはしゃいで舞うトリシャ。駕籠舟のなかをほんわかとした空気が流れる。


 アルはサッと踵を返すと、重そうなハッチ型の乗降扉を上げ「ちゃんと閉まってるー?」と外から確認を入れた。


「閉まってる。荷物も問題ねえぞ」


 とマルクが内部からガチャガチャとやって答えると「了解」と返して、アルは彩玻璃黒耀にヒラリと飛び乗った。


 そしてやにわに表情を引き締める。なにせ生命を預かっているのだ。


 騎竜手である彼からぶわりと覇気が放たれた途端、黒鱗の飛竜はその意を汲んで長い首をもたげさせた。


 次いで『不知火』には慣れ親しんだ鋭い指示が飛ぶ。


「じゃあ行くぞ! 初飛行だ! エーラは想定以上に風が乱れてたら精霊に頼んで紡錘形になるよう舟を包んでくれ! 極力手は出さなくて良い! 凛華はもしもがあったら冰で補修を頼む! ヤバかったら上に蓋を張ってくれ! マルクは誰も落ちたりしないよう注意を! ソーニャはラウラの補助だ、何かあったらすぐ報告するように! ラウラ、そっちの制御は任せる!」


「「「「応!」」」」


「うぅ、承知!」


「はいっ!」


 5人もいつも通り、打てば響くような返答を返した。


「翡翠は先行して誘導を頼む! 黒耀、ゆっくり浮上してくれ!」


「カアカアッ!」


「ギャウ!!」


 『不知火』の結束力と互いへの信頼感、そしてアルの人を率いる資質を垣間見た大人達は子供達の成長ぶりに思わず目を瞠り、内心で驚愕しつつも笑みを止められない己を自覚する。


 トリシャなど愛息子の凛とした指揮官ぶりに「さすがはユリウスと私の子ねぇ」とニッコニコだ。


 そうこうする内に彩玻璃黒耀の魔力がゆらりと揺らぎ、ゆっくりと浮上していく。


 リュックサックのショルダーハーネスのように翼の付け根にかかり、太い鎖で鞍とガッチリ固定された連結帯がゆっくりと持ち上がり、やがてピンと張る。


 すると間もなく駕籠舟が吊られ、どんどんと地上から離れていく。


 駕籠舟内部ではラウラが先頭の操作盤に擬似晶石を嵌め込み、重量を相殺させていた。ただし舟の重みは抜かない。軽すぎると風に煽られてグチャグチャになるからだ。


 アルもまさか夜天翡翠の背嚢に使おうと思っていた『変動式重力低減術』が活きるとは思ってもみなかった。


「お、おお! これは……!」


「木々を下に見るというのもまた悪くない」


「どこまでも森が広がっておる……!」


 誰もが緊張とも、驚嘆とも、昂揚ともつかぬ声を漏らす。


 そうしてゆっくりと上がっていく駕籠に身を強張らせたり、ソワついている内にいつの間にか地上から百m(メトロン)近い上空にいた。

 

「ラウラ、連結帯の固定を!」


「了解です!」


 風に負けないよう張られたアルの声にラウラは頷き、操作盤をパパッと操作する。


 途端に駕籠舟を支えていた4本の連結帯がギュルギュルと捻じれ、やがてガチガチに固まった。


 これは蜘蛛人族達の持つ【還り糸】と呼ばれる技法で編まれた連結帯だ。鋼線ばりに強度のある【撚糸】に特殊な加工をすることで、魔力を流すと記憶された特定の状態に戻るのである。


 今やそれぞれの接続部から数mの距離に伸びる部分以外は駕籠舟の荷重もあって鉄骨のように硬くなっていた。


「バッチリよ!」


 コンコンと身を乗り出して連結帯を確認した凛華が叫ぶ。


「わかった! 往くぞ、黒曜! 少しずつ加速してくれ!」


「グルルル……ッ! ギャウ!」


 アルの声に呼応した彩玻璃黒耀は一声鳴いて、帆船の巨大な帆を彷彿とさせる翼をバサッ! と、大きく羽ばたかせた。


 一時加速として強めに羽ばたいた黒い飛竜の翼から粒子化された魔力が、ボ……ヒュウ――ッと噴き出し、その巨躯と駕籠舟を滑るように加速させる。


「わ、わぁ……っ!」


 まだ時速20kmも出ていないが眼下を流れる森にアドルフィーナが瞳に興奮を宿して歓声を上げた。


 その間も速度はぐんぐん上がっていく。


「へぇ~……こいつァ良い!」


「ああ、爽快だ! ほら見ろ! 精霊も物珍しがってるぞ!」


「他には同意するが、精霊が視えるのはお前とエーラだけだぞ。ラファル」


 他の者達も慣れない加速Gに目を白黒させていたが窓の外を流れる風や冬とは云え、どこまでも広がる海原のような大森林の上を翔ける不可思議な感覚に興奮を隠せない。


「良いぞ黒耀! その調子で上げてくれ!」


「ギャウ!」


 保護眼鏡(ゴーグル)をつけたアルの指示に彩玻璃黒耀が楽しそうに応じる。


「凄い景色ですわ、マルク様! ほら外見て下さいまし!」


「おうよ、大成功だな。気流も入ってこねえし、この調子なら渦も出来てねえはずだ」

 

 当初の不安はどこへやら、身を乗り出さんばかりに窓へ張り付く微笑ましいイリスへ頷くとマルクはそんなことを言った。


「うむ、そのようだ」


「お前な。外見ろよ」


「見ている」


「嘘こけ。さっきから床板凝視してるじゃねえか」


「うるさいぞ! 苦手だと言ったではないか! ちゃんと腕を寄越しておけ!」


 が、ソーニャはマルクの左腕を胸元でぎゅうっと掴んだまま目を伏せている。とてもラウラの補助などできそうもない。


「ラウラ、大丈夫?」


「余裕なさそうだけど」


「ええ、大丈夫っ! 緊張してるだけですよ」


 そのラウラはと云えば、小まめに計器へと目を落としながら一人忙しそうに操作盤の真下から伸びている杖を握り込んでいた。これは操縦桿だ。


 飛竜は言わば前掛けリュックを吊るして飛んでいるような形態を取っているが、捻じれ防止として連結帯は固定されている。


 これは棒状の支えを利用して真上から駕籠を吊るしているだけとも言い換えられるだろう。


 しかし、そうなると飛竜が体勢を上向ければ駕籠舟も上向いてしまうし、斜めに下降していけばその分駕籠舟も下を向いてしまう。


 要は吊るしただけでは平衡を保てないのだ。その為、鞍と駕籠舟の直近2mの連結帯は筋肉を模して編まれており、魔力を通すと伸縮するように設計されている。


 つまりラウラは操作盤に取りつけられている球形水平儀を見て、水平線と平行になっているかを確認しながら駕籠舟の姿勢制御を行っているのだ。


「ふふ、凄いわねぇ。皆でこんなの作っちゃって」


 トリシャは自由気ままに騎竜している息子の隣へ飛んでくると満面の笑みで話しかけた。


「うん、巻き込んだ甲斐があったね」


 楽しそうな雰囲気を滲ませたアルが今にもからからと笑い出しそうな顔であっけらかんと応える。


「こ~ら、ちゃんと後でお礼言っとくのよ?」


「わかってる、わかってる」


 ――まったく、この子は。


 そうも思ったものの、やっと己の見られなかった息子の成長を知れた気がして、トリシャは堪らなく痛快な気分になった。


「ふふ、あはははっ! 大きくなったのねえ」


 龍爪で傷つけないようにガシガシと青黒い髪を撫でれば、


「急に何さ? そりゃ成長期だもん」


 アルは不思議そうな顔をする。


 そんな会話が聞こえたのか聞こえてないのか、窓の外から視線を外せない夫にメリッサは呼びかけた。


「あの子達に会って随分生活が様変わりしましたねぇ」


 飛竜に運んでもらうだなんて初めてですよ、と言う。


「うむ? そうだな、うん、そうだろうとも」


 しかしランドルフは心ここに非ずと云った様子で口だけ動かした。


「まったく聞いておりませんね? 子供のようですよ?」


 両親のその様子にトビアスは苦笑する。頭上を吹き抜ける風の音は凄まじいがそんなことも気にならないくらいの昂揚が身体を突き抜けていた。


「兄上、可能であれば共にこれに乗ってみたかったものだよ」


 甥っ子に飛竜を操ってもらって。きっと今の父のように窓に張り付いていただろう。


 なんだか哀しさと爽快感が混じり合って変な気分だが、何とも言えない心地良さも感じてトビアスは眼下を流れる大森林へと視線を向けるのだった。



 * * *



 歩きなら一時間はかかる共同墓地までの道のりを三次元的に一直線で結んだ結果、数分にまで縮めた飛竜船はやはり有用だったようだ。


 駕籠舟の開閉扉(ハッチ)から大興奮の面々が降りてくる。アルはニコニコしながら最後に出てきたラウラを労った。


「お疲れさま、ラウラ。どうだった?」


「最後の方は余裕も出てきて楽しかったですよ。癖になりそうです」


 それで、とラウラは言葉を区切って琥珀色の瞳を共同墓地へ向ける。


「ここがお墓なんですね?」


「うん、良いとこだろ」


「はい。静かで荘厳な雰囲気ですね」


 白っぽい墓石が整然と並び、不可視の風がどこにも吹き溜まることなく駆け抜けていく。爽やかという印象がこれほど強い場所もそうはあるまい。


 ここにアルの父が眠っているのだ。


「そういえば訊いてみたかったんですの。あの慰霊碑、三本ありますわよね?どうして一本だけ木の根が絡みついたり金で補修されてますの?」


 そこにイリスが疑問を投げかける。


 途端、アルはバツの悪そうな顔でピーピーと口笛を鳴らし、凛華とエーラがクスクス笑い出した。


「兄様、まさか……お墓でイタズラしたんですの?」


「いや違う違う。そんなことしないって」


 愕然とする従妹にアルは慌てて首を振る。堪えられなくなった鬼娘と耳長娘はプッと噴き出した。


 これは教えてやるべきだろう。


「ふふっ、違うわ。〈刃鱗土竜〉の頭に突き刺したのよ。『念動術』で引っこ抜いてね。しかもその上からマルクが蹴り込んだから割れちゃう寸前だったのよ」


 あの頃は弱かったもの、と凛華が言えば、


「でもあの慰霊碑は里の建造の為に亡くなった人達の名前が彫ってあってね。 結果的にだけど〈刃鱗土竜〉にトドメを刺してボクらを守ってくれたから縁起が良いってことで、造り直さずに補修することにしたんだよ」


 とエーラが説明した。二人とも目を細めて慰霊碑を眺めている。


「そういうことだったんですのねぇ」


 イリスは得心がいったように「ほぇ~」と口を軽く開けた。


「ま、まぁ良いじゃねぇか昔のことは」


 マルクがさっさと行こうぜと皆を促す。蹴り込んだのは己なので余計な飛び火は御免なのだろう。


 墓参りに来た一行が歩いて行く。


「さ、アルもお父さんに挨拶行きましょ」


 背を押してくる母にアルは頷いて、


「母さんと飛んできたって報告しないとね」


 と悪戯っぽくカラカラ笑う。


「ふふっ、そうね。きっと驚くわよ~?」


 トリシャは鈴の音を転がしたような笑い声を上げ、もう己の背丈とそう変わらない息子の肩を押して歩き出すのだった。

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