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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第3部 青年期 魔導学院編ノ壱 入学編

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12話 帰郷(虹耀暦1288年1月:アルクス15歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 時刻は寒暖差が大きくなりやすい日暮れ頃。


 帝都から2,000km(キリ・メトロン)以上離れた隠れ里の北部――ヴィオレッタの居宅兼研究室の中庭に、ブワリと湧いた魔力が渦を巻いた。


 その魔力に周囲の者達が気づくよりも先に、現象が起こる。


 ヴィオレッタを筆頭に8名と1羽がどこからともなく現れたのだ。


 彼女の代名詞とも呼べる『長距離転移術』――つまりは空間跳躍によって。


 すでに帝国辺境の街〈ヴァルトシュタット〉にて、ダビドフ・ラークへ世話になった礼として蒸留酒の大樽を送り、酒席に呼んで楽しい時間を過ごした後だ。


 ダビドフは出世払いに来たアルクス達『不知火』の一党の活躍を『月刊武芸者』を通じて知っていたらしく、尋ねたら心底嬉しそうに歓待してくれた。


 酒がまだ呑めぬ一党に代わってマルクガルムの父マモン・イェーガーが酒杯を呑み交わし、ダビドフは彼を知る街の者らが目を丸くするほど楽しそうにしていた。


 その後「魔剣の対価()は母ちゃんとチビチビるわ。あんがとよ!」とニッカリ笑った鉱人鍛冶師に見送られてようやく帰郷したのである。


「ここが、アルさん達の故郷ですか」


 中庭から見える、帝都より幾分かハッキリ見える夕空、その空の端を侵食するように鬱蒼としている森、吸い込んだだけで心地よく刺してくるスッキリとした清涼な空気に、ラウラは思わずと云った風情で呟いた。


「一年半くらいしか経ってないのにすっごい懐かしい!」


「ホント! この雰囲気懐かしいわ」


 シルフィエーラと凛華はこぼれてくる笑みを抑えることもなく、ニコニコと嬉しそうに顔を見合わせる。


「魔力の反応がこんなに……しかも、魔力量も並ではないぞ」


 ソーニャは生体魔力感知によって拾った魔力量と数に驚く。


「俺らはこっちが普通だよ。最初〈ヴァルトシュタット〉に着いたときは、あえてみんな散らしてんのかと思ったくらいだ」


 マルクがなんてことはないと答えた。


 帝国にいる魔族は魔力が目立つので中にはわざと魔力を散らしている者もいたりする。


 ヴィオレッタとマモンも『不知火』の拠点家(ホーム)に辿り着くまでは抑えていた。


「カァー」


 目をパチクリ、首をクルクルさせて夜天翡翠がひと啼き。


「翡翠も久しぶりの里だろ? 飛び回ってきて良いぞ」


「カァー?」


 ほんとー? と言いたげに啼いた夜天翡翠にアルは頷いて首を撫でてやった。


「ん、魔獣には気を付けるんだよ」


「カア!」


 バサバサッと夕空に消えていく使い魔を微笑ましそうに見送ったアルは、中庭をグルリと見回す。


「懐かしいや。前より小さく見える」


「くふふ、それは(なれ)が成長したからじゃよ」


 紫紺の髪をスッと後ろに掻き流したヴィオレッタは弟子の黎髪をクシャリとひと撫でし、


「ひとまず帰って来たことを里の住民達に伝えねばのう」


 と、言って慣れたようにさっさと屋内に歩いて行く。


「ですな。俺もマチルダとフィーナを呼んでこよう」


 ワインレッドの髪を靡かせたマモンもそう言うと、里長に軽く頭を下げて颯爽と走っていった。


「マルク、今マモン殿が言った方はどなたのことなのだ?」


「あ? ああ、マチルダが母ちゃんで、フィーナはアドルフィーナっていう妹だよ」


「妹――というとマルクが溺愛してると言うあの」


「普通に可愛がってるだけだっつーの」


 半眼のマルクとソーニャがそんなことを言い合いつつ背嚢をよいしょっと背負う。


「フィーナは最近マモンとベルクトに稽古をつけてもらっておるようじゃぞ。エリオットとアニカも一緒じゃ。最近は良くつるんでおってのう」


 ヴィオレッタは思い出したと云うように人差指を顎に当てて教えた。


 ちなみにベルクトは人虎族の族長で、エリオットとアニカはかつてアル達が高位魔獣〈刃鱗土竜〉から助けた人虎族の双子で4人によく懐いていた。


 アル達の記憶では今8歳のはずだ。


「ええっ、フィーナが!? なんで!? 戦わなくて良いじゃないすか!」


 反応は激的。マルクは仰天した。


「そういうとこだよ?」


「そうよ。本格的にウザがられるからやめときなさいな」


 エーラと凛華が呆れたようにツッコみ、ソーニャは冷めた視線を向ける。


「ウザいって…………マジに傷つくからやめろ」


 残念な妹狂い(シスコン)だ。


 女性陣の冷ややかな目を受けて人狼青年が余計にへこむ。


「マルクや、フィーナは汝らの影響を受けておるのじゃ。しょうがあるまいよ」


 そんな彼らにヴィオレッタは苦笑を溢した。


「もう諦めろよ。フィーちゃんは大きくなったら凛華みたいになるんだよ」


 いつものことなのでアルの反応もおざなりを極めている。


「誰がフィーちゃんだ。俺は諦めねえし、その呼び方も許さねえからな」


「ちょっとあんた達、それどういう意味? 喧嘩売ってるなら買うわよ?」


 マルクと凛華は即座に噛みついた。


「いつもこうなのかのう?」


「ええ、いつもこんな感じです」


「ほんに変わらんのう」


 ヴィオレッタとラウラがクスクスと笑う。


 〈ヴァルトシュタット〉での酒席のおかげか随分と砕けた雰囲気だ。


 幾ら長の家と云えど、一人暮らしの家。そう広くもない。そうこうする内に、ガチャッと里長宅の戸が開かれた。


 視界が一気に開ける。


 魔導文明によって支えられている帝国が整然としているのに対し、隠れ里は様々な種族が共生している場所なので敷地こそ柵に囲まれているものの家々によってかなり異なっている。


 ベースの家屋こそほぼ共通だが、明らかに森人族が住んでいそうな植物が茂った家。鬼人族など――極東の島国らしき意匠の施されたこぢんまりとした屋敷風な家。


 門戸の高さから何もかも巨大な、巨鬼族が住んでいそうな佇まいの家屋。


 煙突から煙がもうもうと上がっている鍛冶屋の集まり。


 広場でおしゃべりをしながら大鍋をかき混ぜている奥様方らしき女性陣と、戸口が開けっぱなしで賑やかな声と明かりが漏れている食堂。


 それらは互いに別種族であることを強調しているのになぜか不釣り合いには見えず、妙な調和を感じる。


 更に大人の叱り声を背に『鍛冶屋通り』を駆け回る子供達や、酒瓶片手に肩を組んで歩く鉱人と下半身が蜘蛛の男性、武器を手にこれから里の外に出ようとしている種族違いの戦士達がそこかしこで見られた。


「わ、あ……っ!」


「これが、魔族の里……!」


 思わずラウラとソーニャは目を見開いて感嘆の声を漏らす。


 いつ言葉が出たのかすらわからないほどに、2人は衝撃を受けていた。


 帝都には人間の中にたまに魔族が混じっている程度。それも、せいぜいで鉱人や森人といった馴染みやすい種族がほとんどだ。


 だが、ここには魔族しかおらず、しかも見るからに人間と違う。


「変わって――いや、ちょっと変わったかしらね」


「ホントだぁ! 人虎族の家、前はもっと地味だったよ? 一年ちょっとで変わるもんだねぇ」


 打って変わって凛華とエーラはキョロキョロしてあれやこれやと指さしている。


 おー、ほんとだ、とアルが言い掛けた瞬間だった。


 空中でバウッ! と、白っぽい炎が爆ぜた。


 急に何!? と、ラウラとソーニャがびっくりして後ずさる。


 白っぽい炎を噴き上げた人影は、蝙蝠に似た翼を細く畳んでこちらへ突撃してきた。


「おいアル、あれって――」


 顔を上げたマルクがそう言い掛けると同時、



「アルぅぅぅぅ~っ! おっかえりいいいぃぃぃっ!」



「ふべっ!?」


 ラウラの目で追えないほど迅くすっ飛んできた何かが、銀の筋を靡かせてアルに抱き着いた。


「アルさんっ!?」


「うわわっ!」


 びっくりしたラウラとソーニャが振り返ると、


「おかえりぃアル! ほらほら、顔を見せてちょうだいな! ――うん! 背が伸びたし、顔も男らしくなったわね! ユリウスとはまた違うけど良い男になっちゃって! お母さんは大満足よ!」


 【龍体化(まほう)】を解いた銀髪の女性が正面からくっついてアルの顔を両手で挟んだり、些か質の似てきた柔らかい直毛を上げて瞳を確認したり、と忙しなく動き回っている。


「ただいま、母さん」


 アルは母の勢いにふにゃっと苦笑を溢しつつ帰還の挨拶をした。


「あら、声も少し低くなったかしら!? でも変わんないわ! やっぱり可愛いアルのままね!」


「わぷっ」


 ハイテンションのまま息子の背に回ってぎゅうっと抱き着くトリシャに、


「やはり若い、それに」


「綺麗な方……」


 ソーニャとラウラは、ぽーっと見惚れたように感想を溢した。


 どう見ても20代後半くらいにしか見えないのに、親子だと一発でわかる。


 眼光が強く、トビアスから兄ユリウスに似ていると称されるアルのキリッとした雰囲気と、溌剌としてエネルギッシュな雰囲気のトリシャでは受ける印象が大きく違うが、輪郭や顔の作り自体がやはり似ているのだ。


「ふふふ、アル~」


 母に抱き着かれているアルは、背筋に絡みついて剥がれなかった強張りがジワジワとほどけていくような感覚に包まれて「はふぅ」と息をついた。


 懐かしい母の声と匂い、そして温かさに身体の芯で凍り付いていた神経が解きほぐされていくような心地だ。


「アルや、トリシャに会うて少しは安心したかの?」


 魔術の師匠は見抜いていたらしい。


「……はい」


 心配かけてたのかな? と、思いつつ、アルは緩く、然れどしっかりと頷いた。


「なになに? お母さんのおかげ?」


「うん、そう」


「ふふふっ、お母さん飛んできたのよ?」


「見てたから知ってるよ」


 べったりくっつかれているアルは振り解きもせずにされるがままにしている。


 トリシャは本当に嬉しそうにしていたが、そのまま視線を巡らせ凛華とエーラを目にした瞬間、


「凛華ちゃん! エーラちゃんも! おかえり! 随分女の子っぽくなっちゃってもう、二人とも可愛いわよ!」


 ニッコニコで褒めちぎった。


「ありがと、トリシャおばさま。ただいま帰りました」


「あはっ! ありがとー!」


 鬼娘と耳長娘も嬉しそうに破顔する。

 

 彼女ら2人にとってトリシャは昔からお茶目でカッコ良い女性なのだ。


 憧れと言っても良い。


 トリシャはそのままドギマギしている残り2人の方を見てピッと指を差した。


「あなたがエッダちゃん――じゃないラウラちゃん! で、そっちがソーニャちゃんね!」


「は、はいっ! えーと、ラウラ・シェーンベルグです! アルさんにはその、えと、いつもお世話になっております!」


 想い人の母親ということでラウラは矢鱈と緊張し、


「ソーニャ・アインホルンと申します。義姉共々よろしくお願いします」


 マモン相手よりまだ緊張しないということでソーニャはサッと頭を下げる。


「ねぇ母さん、なんでわかるの? 名前しか手紙には書いてなかったよね?」


 当然の疑問を投げかける息子。


「なんでって、お母さんとヴィーはあの劇観に行ったもの」


 弛緩しかけていた『不知火』に激震が走った。


「「「「「「なんだって(ですって)……!?」」」」」」


「か、母さん。その劇って……?」


 アルは恐る恐る訊ねる。


「芸術都市? だったかしら? あそこの領主さんがトビアスさんに招待を送って、それでシルト家から招待されてヴィーと観に行ったのよ。演目名はなんだったかしら?」


「『斬影の蒼き灼剣』じゃよ」


 トリシャとヴィオレッタは平然と答えた。


「あ、そうそう! それよ! アルはイルリヒトって名前に変更されてたけど、カッコよく演じてもらってたわよ? でもあれね、魔導列車の車両を谷に叩き落すのはやり過ぎよ? 借金とかないでしょうね?」


「ない、よ」


 アルはようようそれだけ答え、6人揃って白目を剥いた。


 あの劇を観ただって?


 魔導列車襲撃事件を再現したあれを?絶対美化されまくって、演出されまくってるはずのあれを?


 冗談ではない。


「ちょ、ちょっと待ってください。あの劇ってどこまで――」


「ん? どこって、最後までよ? ラウラちゃんがアルに助け出されるとこもしっかり」


 つまり人質に取られた挙句、そんなこと気にならないほど舞い上がってしまったあの時のことを再現していて、おまけにそれを見られたということだろうか?


「あぇ、うあ? あ、あれは、その――」


 ラウラの顔が真っ赤になっていく。


 まともに顔を上げられない。


「ふふ、アルもしっかり男の子してるみたいで安心したわ」


 いたたまれない雰囲気も何のその。


 トリシャはあっけらかんと言い放った。


 ――いやぁぁぁぁ! やめてぇ!


 ラウラの心の悲鳴も銀髪の麗人には届かない。


「凛華ちゃんのとこも良かったわね。ほら、二人で車両斬った直後のとこ」


「おばさま、それ以上はちょっと」


 凛華はすかさずトリシャを止めにかかる。


 こちらはやっべ! と、いう顔である。


 なんせあの時のことはラウラにもエーラにも言っていないのだ。


 アルとは別の意味で掻き乱されっぱなしである。


「トリシャがおると話が進まんのう」


 とヴィオレッタが漏らしたと同時、マルクの背後からガバッと女性が抱き着いた。


「マ、ル、クぅっ! おっかえりぃ~!」


「うわぁあっ!? 母ちゃん!? ビ、ビビった……! 本気で気配殺すことないだろ!」


 マルクは声を裏返らせて悲鳴を上げ、匂いと魔力で女性の正体を看破する。


「抱き締めさせてくれないかと思って」


 てへ、と離れたマルクの母マチルダは息子とは違って、明るい茶髪にボーイッシュな雰囲気を滲ませて成長した息子を眺める。


「別に嫌がりはしねえよ。その、ただいま」


 ポリポリと頬を掻く息子は、マチルダとマモンの遺伝子を引き継いで野性味とやんちゃっぽさのある成長をしていた。


「うん。背、もう追い越されちゃったね」


「まぁな」


「順調に良い男になってるよ」


「そう、か」


 嬉しそうな顔の母にマルクは何とも面映ゆくなる。


「そうさ。お父さんとはちょっと違うけど、うん、良し! ………………ん? マルク。左腕のそれ何? まさか、墨入れたの?」


 しかし、息子の腕からチラッと見える黒っぽいものに目を留めた途端、母の声がワントーン下がった。


「あっ、や、違え! 魔術! 魔術だから! ちゃんと親父も知ってるから!」


「魔術ぅ? 本当に?」


「ホントだって!」


 よく見ろと左腕を見せるマルクと疑わしそうな目を向ける母の構図が出来上がったところで、


「アル兄達ホントに帰って来たんだ。おかえりー。あ、兄ちゃんもおかえり」


 父に手を引かれたアドルフィーナが声をかけてくる。


 その瞬間、しゅばっと動いたマルクは、


「フィーナただいま! でも兄ちゃんをついで扱いは良くないぞ」


 妹を高い高いするようにパッと持ち上げた。


 アドルフィーナはぷいっと顔を逸らして凛華とエーラにキラキラした視線を送る。


「凛ねえもエーラねえも綺麗になってる!!」


「そう? ありがと、フィーナ」


「えっへへ~、フィーナも背伸びたねぇ」


 近所の仲の良いお姉さん達に可愛がってもらってアドルフィーナも嬉しそうにしている。


 特に家が近かったこの2人にはよく可愛がってもらっていたのだ。


「ただいま、フィーナ」


「おかえりアル兄。また男前になったね。ガッコーってとこで女の子泣かせてない?」


「あはは……ませたなぁ。男は泣かせたけど、女の子は泣かせてない……はずだよ」


 アルはややばつの悪そうな顔をしつつ、アドルフィーナの髪を撫でる。


 彼女にとって彼はカッコよくて頼りになる親戚のお兄さんのような存在だ。


「喧嘩したの?」


 くすぐったそうに笑み崩れてアドルフィーナが訊ねる。


「喧嘩――にもなってなかったかな」


「ふぅん。前より強そうだもんね、アル兄達」


 アドルフィーナはアルが発する覇気のようなものを敏感に感じ取ったらしく興味深そうに見ていた。


「俺は? 兄ちゃんは?」


「髪伸びた」


「兄ちゃん今のは傷ついた」


 そっけない妹にマルクが苦言を呈しているが、アドルフィーナは持ち上げられたままキョロキョロと首を回して、騎士姿の女性を見つけた。


「兄ちゃん、その人が”姫騎士”さん?」


「ふえっ!?」


「そうだぞ、ソーニャってんだ。けどなんで――」


 その二つ名を?


 ソーニャばかりでなく『不知火』の6名とも疑問符を浮かべる。


 するとそこへどこからともなく回答が降ってきた。


「『月刊武芸者』は定期的に仕入れてるから大抵の事は知ってるのよ」


 凛華と同じ黒髪に二本角、穏やかそうな雰囲気の美人な鬼人族がやってくると共に発したらしい。


 彼女のこともアル達は良く知っている。


「『月刊武芸者』まで?」


「ほとんど知られちゃってるんじゃない?」


 6人にとっては衝撃の連続。


 アルなどは「トビアスさんめ」と叔父に当たりをつけて文句を呟いていた。


「あ、母さん」


 凛華はその声の主――母、イスルギ・水葵を認識して声を上げる。


「凛華、おかえり。むむ……ふぅ~む、良かった。綺麗になったわ。アルクスちゃんにもらった髪留めも似合ってるわよ」


「ありがと。でも母さんが手放しに褒めるのはなんかちょっと怖いわ」


 なんとなく警戒してぎこちない凛華に歩み寄って来た水葵は、


「この子はもう。久しぶりの再会なのよ? 元気な我が子の姿を見られて嬉しくない母がいないわけないでしょう?」


 と、言って娘をサッと抱き締めた。


「そういうもんなのかしら?」


 凜華は照れ臭さと嬉しさで口元をむにむにさせて問う。


「そういうものなの。あら、アルクスちゃんもマルクちゃんもたくましくなって。エーラちゃんも、すっごく可憐よ。うちの子に少し分けてあげてちょうだい」


「「あざっす」」


 男2人は水葵の恐さを知っているので、部活の顧問に会った時のようにサッと挨拶を返し、


「ありがと~。でも凛華も結構乙女――」


 エーラはニコニコしながら余計なことを言い掛けて、


「エーラちょっと黙ってて」


 凜華にブンブン首を振られて止められる。


 しかし水葵は娘の機先を制して押さえ込んだ。


「まぁ! エーラちゃん後で詳しく聞かせてちょうだいね!」


「あは! もっちろん!」


「ちょっと母さん、何訊く気? エーラも何言う気よ」


 これまた懐かしい雰囲気のやり取りだ。


「エーラ!!」


 そこにエーラとよく似ているが長髪で、色々と豊かな女性がひょうと風に乗って飛んできた。


「あっ、お母さん、お姉ちゃんもいる! ただいま~!」


「おかえりエーラ!」


 ブンブンと手を振った娘をぎゅうっと抱きしめる彼女の母シルファリス。


「おかえりぃ~、うわ何その魔力」


 どんな生活してたの? と、びっくりしているのはエーラの姉シルフィリアだ。


「あらアル! 随分凛々しくなったわぁ。マルクも、里の子達が騒がしくなるわよ~?」


「ありがとファリスねえさん」


「ねえさんあざっす」


 シルファリスがニコニコして言うと、アルとマルクは幾分先ほどより緩めに返した。


「え? アルクスちゃん達もどーなってんの? 魔力おかしい。っていうか雰囲気がおかしい」


 シルフィリアは慄いている。


「そして凛華ちゃん! キリッとしちゃって、綺麗になったわ~。ほら、水葵の心配し過ぎだったじゃない?」


 上の娘の言うことなど意にも介さずシルファリスがそう言うと、


「おばさま、その、ありがと。母さんは何心配してたの?」


 凛華は気恥ずかし気に笑って母に訊いた。


「お父さんみたいになって帰ってくることよ」


 どうやら最悪の未来予想は避けられたらしい。


 エーラとシルファリスはイスルギ家の母娘の会話をクスクスと笑いながら聞いている。


「っとそうだった。『不知火』って武芸者一党を組んでる仲間でラウラとソーニャです」


 そこでアルが背中にべったりと母をつけたまま大人達へ、里を出てすぐに出来た新たな仲間2人を紹介した。


「ら、ラウラ・シェーンベルグと申します。ひと月ほどですがお世話になります」


「ソーニャ・アインホルンです。よろしくお願い致します」


 ほんの少し羨ましそうに、所在なさげにしていた朱髪少女と騎士少女が慌てて頭を下げる。


「じゃあ、あなたが”炎髪の乙女”さんで、こっちが”姫騎士”さんなのね」


 誰ともなく訊ねられた質問にコクコクと頷く。


「……ホントに広まってんのか」


「……らしいね」


 『月刊武芸者』が隠れ里にまで認知されているなど想像もしていなかったマルクとアルは「げえ~」と呻いた。


「汝らが手紙に書いてこぬからじゃぞ?」


 も少しちゃんと便りを寄越さぬか、とヴィオレッタは咎め、


「ま、ひとまず今日は皆、家で過ごすと良い。好物を用意してくれておるじゃろうし、団欒の時間は大切にせねばいかんからのう」


 と言った。


 大人達は「そうしますね」「里長様、ありがとうございました」と口々に礼を述べて子供達の手を取る。


「師匠、ラウラとソーニャ(二人)の泊まるとこって話し合ってたりしますか?」


 アルがそう訊くとトリシャがニッコリ笑って口を開いた。


「ラウラちゃんもソーニャちゃんも、今日はうちに泊めることになってるわ。ごはんもその分ちゃあんと作ってるのよ」


「え、よろしいのでしょうか?」


 想い人の生家に泊まれと、急に言われたラウラがあわあわと慌てふためく。


「うちって俺と母さんの部屋くらいしかないけど、どうするの?」


 ルミナス家は居間兼台所、アルとトリシャの部屋しかなく、あとは庭くらいしかない。


 アルの疑問も当然である。


「うん? あ、アルは知らなかったわね。うち増築したのよ、今は二階建て」


 が、母はあっけらかんと応えた。


「へ? ええっ!?」

 

 誰よりも当然、アルが驚く。


「ほら、ユリウスのお墓参りにシルト家の人達が来たときに『今度はゆっくり見てみたい』ってイリスちゃんが言ってたし、トビアスさんとかランドルフさんが『今度は長めに滞在する予定です。是が非でも』って、言ってたから客間を作ったのよ」


 だから一階はそのままで、二階は全部客間なのよ、と母が言う。


 ほへー、という顔をしたアルはハッと我に返って、ラウラとソーニャに向き直って微笑みかけた。


「らしいから遠慮しないで良いよ。俺と母さんしかいないし、ゆっくりしてって」


「そ、そうなんですね。えと、じゃあその、お世話になります」


 拠点家(ホーム)でだって共同生活じゃない、とラウラは脳内でその文言を繰り返し、自分に言い聞かせて頭を下げた。


 しかし、やはり想い人の実家で、その母もいるというのはやはり違うのでは? と、思わないでもない。


「ありがとうございます、世話になります」


 ソーニャは案外平然と頭を下げた。


 というより義姉が緊張しまくっているので自分がしっかりせねば、と思っているのである。


「というわけじゃ。挨拶回りもしたかろうが、今日はゆっくりするのじゃよ?」


 ヴィオレッタの慈母を思わせる笑みを受け、イスルギ家、ローリエ家、イェーガー家、そしてルミナス家の面々と客人2名はニッコリ頷くと、それぞれの家へと足を向ける。


「んっ? おっ、アルクスじゃないか! 帰って来たのか!」


「よぉイタズラ坊主ども! 随分たくましくなったなぁおい!」


「あら……? ねぇねぇねぇ、ちょっとマルク君のあの雰囲気どしちゃったのよ? 良い男っぷりが加速してるじゃん!」


「見込み通りよ。ふっふふふ、お姉さんのこと覚えてるかしら?」


「あ、あんた、まさか……っ!」


「わ、アルクス君だ~。うわぁ男らしくなって……それに、すっごくカッコよくなってる!」


「前はもっとトリシャさんに似てたけど……えぇ~、ちょっと声かけよっかな」


「やめときなよ。ほら、凛華ちゃんとエーラちゃんがすんごい目で見てるわよ。ていうかあの二人も綺麗、元々可愛かったのに。それにあの朱い髪の子達も可愛い。都会に出たらああなるのかな? それならわたしも――」


「あんたは荒みそうだからやめといたら?」


「ちょっと、どういう意味それ!?」


 久しぶりに帰って来た4名に声を掛けたり、遠巻きに見たり、里の住人達はザワザワと普段より騒がしい。


 しかし誰も嫌がっているような雰囲気や悪い気を感じない。


(アルさん達があたたかいのは、ここで過ごしてきたからなんですね)


 ラウラは若干挙動不審な義妹と目配せして、そう思うのだった。



 * * *



 里の明かり以外が消え、周囲も真っ暗になったその日の宵の口。


 時間帯も微妙だったので、先に湯屋で入浴を済ませて戻ってきたルミナス家の母子と客人のラウラとソーニャは現在、手間と愛情たっぷりの夕餉に舌鼓を打ち終えてまったりとした時間を過ごしていた。


 湯屋では、帰ってきた凛華とエーラ、また見慣れぬ人間のラウラとソーニャが里のお姉さん方やら年下から囲まれて姦しい時間を過ごし――……また男湯の方でも身体が一回り以上大きくなったマルクと身体に薄っすらと幾つもの傷跡が残っているアルも大人――特に戦士組の大人達からやたらと囲まれてムサ苦しい時間を過ごすことになったのだが、こちらは余談である。


「ふぅー……」


 アルはすっかり片付いた卓に出されたお茶に息を吹きかけてぼんやりと湯呑を啜った。


 つい30分ほど前まで「旨い、旨い」と言いながら懐かしの母の手料理をバクバク平らげていたのだが、今はぼんやりとしている。


 その隣に座っていたトリシャは息子を愛おしげに眺めつつ、


「二人とも、夕食は口に合ったかしら?」


 と、目の前に座っているラウラとソーニャへ訊ねた。


「はい、とっても美味しかったです」


「ご馳走になりました」


「それなら良かったわ。まだ慣れないだろうけど、寛いでちょうだいね」


 ニッコリと微笑むトリシャにラウラもソーニャもほっとした様子で「ありがとうございます」と頷く。


 家人が働いているシルトの屋敷より家庭的で温かなルミナス家にすっかり落ち着いてきたようだ。


 尤も、ラウラの方はまだ少し緊張の色を見せているが、こちらは想い人の母が相手だからだろう。


 そのままトリシャ主導で他愛もない身の上話に突入していく。


 彼女としては息子が信頼して守ろうとしたのだろうからきっと良い娘達なのだろう、と思っているので口調も優しい。


 物心つく前には母のいなかったラウラとソーニャだが、銀髪の麗人から温かな母性を感じ、最初はぎこちなく、だんだんと笑みを溢しながら話を弾ませる。




 そうして話に花が咲き始めて、あまり時間も経っていない頃だった。


「あら?」


 トリシャの胸に息子がすとん、と倒れかかってきた。


「寝ちゃって、ますね」


 声を潜めてラウラが言う。


 彼女の言う通り、アルはスー、スーと寝息を立てて眠っていた。


 顔立ちは男らしくなってきたが、やはりその印象は眼光が担っている部分が大きいのか、今はあどけなさの方が目立つ。


「ふふ、変わらないわねぇ。よくこんな風に寝入っちゃってたわ」


 トリシャが仕事から帰って来た時や、アル自身が見習いの見習いをしていた頃は、こうやって話している内にいつの間にやら寝息を立てていることが多かった。


 少しばかり大きく、たくましくなっても変わらず身体を預けてくる息子にトリシャは慈しむような視線を向けて頬を軽く撫でてやる。


 ソーニャは神聖なものでも見るかのように2人を見守り、


「そうなんですね。でも、たぶん今日はトリシャさんがいらっしゃるからだと思います」


 ラウラは声を落としてそう言った。


「私が?」


「はい。アルさんはいつだって気を張ってくれてますから、それこそ私達が心配するくらいに。今はお母様と久しぶりに会って、心の底から安心してるんだと思います」


 アルのことをよく見ている三人娘は、普段の彼が無意識なのか、意識的になのかまではわからないが常に気を張っていることを知っている。


 こちらを心配させぬよう表面上には決して出さない。


 しかし、常に刀の鯉口を切ったような状態でいるのは、見ていればわかるのだ。


 トリシャは「そうなの」と呟き、愛おしそうに息子の頬に軽く口付けて「じゃあ今はゆっくりしてもらわないとね」と髪をさわっと撫でる。


「はい。あ、トリシャさんは――」


「あら、凛華ちゃん達みたいにおばさまで良いわよ?」


 ラウラを遮ってトリシャは悪戯げに微笑み、


「それか、お義母さんでも構わないわ」


 と、アルの耳に両手を当ててそんなことを言った。


「へ、えっ!? あ、ええと、その……!」


 仰天したラウラは顔を赤くしたり、汗を滲ませたりとあわあわしだす。


「ふふっ、やっぱりそうなのね?」


 お見通しだ、と言いたげにトリシャは優しく目を細めて問い質した。


「あぅ……その、うぅ、はい」


 なにが「はい」なのか、わからない者はここにはいない。


「アルってば幸せ者ねぇ。可愛い子達からこんなに想われて」


 トリシャはそう言ってしばし沈黙した後、


「でもごめんね」


 と言葉を区切った。


 ラウラが身体を強張らせる。


 しかし、彼の母から出てきた言葉は、ラウラが予想したものとはまったく違った。


「アルってば私とあの人の血を受け継いでるから半魔族でしょ? 私自身苦労させないように、って決めてたけどダメダメで、この子に色々背負わせちゃってる。でも、アルはそんなこと気にしないって、どんどん突っ走っていくの。


 それでもね――やっぱり悩んでるのはわかるのよ、この子のお母さんだから。情けない話だけど、その悩みって、アルが自分で答えを見つけるしかないものなの。だから今のアルは余裕そうに見えて、たぶんホントは余裕なんてちっともないのよ」


 トリシャが穏やかに語る。


「……はい」


 神妙にラウラはこくりと頷いた。


 半魔族であるがゆえの問題。


 制御しきれぬ戦闘民族の本能。


「でね、この子が答えを見つけて周りを――……あなた達と自分を結び付けて考えるまでには、もっとずっと時間が掛かると思うのよ。だから、ごめんなさいね。できたらもう少し、待っててあげて」


 トリシャはそう言って「あ、でも好きじゃなくなるってこともあるわよね、うぅ~ん」と悩ましそうな顔をする。


 ラウラは胸を衝かれたような顔をして、だがしっかりと目線を合わせてこう言った。


「大丈夫です、トリシャおばさま。私はアルさんに色んなことを教えてもらいましたし、色んな想いを受け取りましたから。アルさんが答えを見つけるお手伝いだってしますし、どう応えてくれるかは――……わかりませんけど、待ちます」


 強い強い意志の光が琥珀色の瞳に宿っている。


 願いを実現するために最も必要な原動力。


 アルがそれを手放さなかったから彼女達は今ここにいる。


 そしてアル達と行動を共にして培ってきた彼女のとっておきの武器でもある。


 ソーニャはフッと笑みを溢した。


 義姉が引くわけがないのだ。彼女にとって、強く影響を受けた唯一の好い男がアルなのだから。


 トリシャは紅い瞳を見開き、まじまじとラウラを見た後、嬉しそうに笑った。


「ホント、アルは幸せ者ねぇ」


 そしてサッと息子を担ぐと、


「少し待っててちょうだいな。お茶のお代わりいるでしょう?」


 と、楽し気にウィンクして「んふふ、重くなったのねぇ」としみじみと言いながら寝かせに行った。


「あたたかい御仁だな。アル殿の母上殿なだけはある」


「ええ、本当に」


 義姉妹は顔を見合わせて微笑み、戻ってきたトリシャと夜遅くまで語らい合うのであった。

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