10話 予期せぬ来客(虹耀暦1288年1月:アルクス15歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
寒さの増してきた1月の10日も過ぎた頃。
帝立〈ターフェル魔導学院〉が冬季休暇に入り、アルクス達『不知火』の拠点家には弛緩した空気が流れていた。
入学試験と比較すれば数段難易度の上がった冬季試験を乗り越え、冬休みに入ったかと思えば、シマヅ・誾千代学院長の厚意で飛竜に会いに行ったり、武芸者活動をしたり、とここ数日は案外忙しかった。
外は雪が降っているし、そんななか依頼に出ると出費も嵩みやすい。
既に3か月先の家賃まで積み立てているので心に余裕もあり、誾千代から『試作型魔導券売機』の発案料も先払いで貰ったので懐も暖かい。
そういった理由で、今日はゆっくりとした時間を過ごすことにしていたのである。
ちなみに新しく出来た級友の辺境伯家次男ヘンドリック・シュペーアと鉱人族の少女アニス・ウィンストンは実家に帰省中。
実家と仲の悪い侯爵家次男ラインハルト・ゴルトハービヒトは寮に残り、少しずつ武芸者活動をこなすとのことだ。
今は朝餉を皆で摂って少し後。まだまだ午前中と言える時間帯。
今日はもう緩やかに時間が過ぎていくのだろうと云うことで、アルは使い魔の三ツ足鴉がいつも背負っている革鞄を片手に自室へ、女性陣4名は居間で他愛のない話に興じながら寛ぎ、マルクガルムはその4人に気を使ってその隣室で本を片手にごろ寝している。
夜天翡翠はアルの部屋の窓から先ほど翔び立って行ったばかりだ。
食後の空の散歩をしているのだろう。
このまま寝てしまうのも今日はありだな、と思考の片隅でマルクが考えた頃合いだ。
唐突にカランカランと呼び鈴の音が鳴り響いた。
文字通り、正しく呼び鈴である。
帝国にはドアノッカー付きの戸もあるが、それらはどちらかと言えば貴族や豪商と云った金持ちの――ノックに対応できる家人がいる家で用いられるのが常で、一般的な住宅には錘のついた鈴がついているのが普通だ。
はて? 郵便にしては時間が遅い。
またぞろ武芸者協会からの呼び出しだろうか?
マルクはつらつらと考えつつ、
「俺が出るー」
と、隣室に声を投げやって立ち上がった。
「お願いね~」
「あいよ」
シルフィエーラの返答におざなりな返答を返しつつ、
「はいはい、どなたさん?」
と、マルクは玄関の戸を開けて――……固まった。
なぜならそこに立っていたのが彼もよく知っている、然れど、帝都では絶対に会うはずのない人物だったからだ。
ガッシリとした上背のある体躯に、マルクより深みがあって似たような質をしたワインレッドの髪、濃い灰色の瞳。
そして着ているものは魔獣の革を素材にした少し緩めのもの。
「……親父?」
ぽかんと口を開けて呟く。
呆然とする息子を前に、内心でその成長具合を喜びつつ、マモン・イェーガーは口を開いた。
「久しいな、マルク。一年半で随分と背が伸びた」
「は? え、なんで親父がここに……?」
衝撃から立ち直れないマルクがそう呟くと、父の背後からもう一つ声が届く。
「儂もおるぞ」
そう言って気さくに手を振ってくるのは、凛華とはまた違う艶やかな黒髪に紫の瞳を悪戯気に輝かせた麗人。
マルクが見間違えようはずもない。
「ヴィオ先生!?」
そう。魔族組の4人に出郷の許可を出し、魔導学院の学費も出してくれている隠れ里の長ヴィオレッタであった。
「久しいのう、マルクや。マモンの言う通り、また随分背が伸びた。もう儂より高くなっておる。それに――ほう、中身の成長も著しいようじゃの。良き哉、良き哉」
艶然と微笑むヴィオレッタ。
――なんでここに? いや、それよりもどうやって?
「お久し、ぶりっす…………? ヴィオ先生、親父もどうして拠点家に? ていうかどうやって……?」
眠気を吹き飛ばされたマルクは、質問を投げかけつつ感覚を尖らせた。
しかし、己の嗅覚も感じ取った魔力もよく知る2人のもの。
間違いなくマモンとヴィオレッタだ。
「うむ。まぁそれは説明したいのじゃが、ひとまず家に入れてくれぬか? 適当な格好で来てしもうたから寒くてのぅ。誾千代の保護術式を破るのは儂でもちと面倒なのじゃよ」
結界が掛かっていることまで知っていて、騙りや偽者であるセンはまず考えられないだろう。
「ですからもう少し厚めの上着を召された方が、と言ったでしょう?」
「早う弟子と教え子達に会いたかったのじゃよ」
微量に呆れを含んだ父の声にヴィオレッタが肩を竦める。
そのやり取りを半ば呆然と聞いていたマルクはハッと我に返って、
「あ、とりあえず二人ともどうぞ」
と返した。その瞬間、ほんの少し魔力が動く。
結界が2人を認識したのだろう。
「ではお邪魔するぞよ。おお、暖かいのぅ。老骨に帝都の冬は凍み過ぎていかん」
入ってきてすぐにほわぁっと笑みを浮かべるヴィオレッタ。
「隠れ里も外は寒いのですよ」
マモンが暗に出不精を指摘すると、
「い、忙しいのじゃよ」
ヴィオレッタは目をツツっと逸らした。
マルクは何とも不思議な光景に言葉が出てこない。
帝都の拠点家にヴィオレッタと父がいる、という光景が奇妙でならないのだ。
そこへ凛華がひょっこりと居間から顔を出して、
「マルクー、誰だったの? ――ってヴィオ先生!? マモンおじさまも!」
青い瞳を瞬かせて驚き、
「え! えっ!? あ、ホントだぁ! わはぁっ、ヴィオ先生だ! マモンおじさまもいる!」
エーラはくりくりとした緑の瞳を真ん丸にしつつ喜色を滲ませる。
そこからは早かった。
居間からタタッと出てきた凛華とエーラがパッとヴィオレッタに飛びついたのだ。
「むおっ!? これこれ、そうはしゃぐでない。と言いたいところじゃが、こうして慕われるのもなかなかに嬉しいものじゃのう。二人とも、息災じゃったか?」
「はい!」「うん!」
「くふふ、そのようじゃの。それに二人とも可憐に成長しておる。水葵とシルファリスも喜ぶじゃろうて」
「そ、そうかしら?」「ホント!?」
「本当じゃとも。のう、マモンや」
教え子の少女らにニコニコと微笑みながらヴィオレッタが問うと、
「ああ。里に戻ったら皆驚くぞ」
マモンはフッと笑む。
そこでラウラとソーニャがいそいそと、おっかなびっくり出てきた。
「あ、あの……」
なんとなくは聞こえてきた会話でわかっているものの、なんとも入り辛い。
そんな顔をしているラウラに、
「髪の朱い汝がラウラ、そしてそちらがソーニャで合うとるかの?」
ヴィオレッタが年長者らしく優しい微笑みを見せる。
「は、はいっ! 初めまして! ラウラ……ラウラ・シェーンベルグと申します。アルさん達にはいつもお世話になっております」
「ソーニャ・アインホルンです。姉と同じく、アル殿達にはいつも助けられております」
慌ててブンブンと首を縦に振ってラウラとソーニャは自己紹介をしつつ、頭を下げた。
ヴィオレッタはラウラの持っている雰囲気に懐かしそうな顔を見せた後、
「お初にお目にかかる。儂の名はヴィオレッタ、アルの師でこやつらの先生じゃ。そしてこっちは――」
「マモン・イェーガーだ。息子が世話になっている」
『不知火』の中でも一番背の高いマルクより更に頭一つ分は高いマモンが挨拶をした。
「師……じゃあアルさんが言ってる”師匠”って」
「うん、ヴィオ先生のことだよ」
エーラがヴィオレッタの手を握って教えると、
「え、ええっ!? 若……っ!?」
「さ、三百歳はゆうに超えてると聞いたからもっと年配の印象だったが……!」
ラウラとソーニャは仰天する。
目の前で艶然と微笑むヴィオレッタはどこをどう見たって20代後半にしか見えない。
「くふふ、嬉しいのう。じゃが、これでも老骨じゃよ。この国が出来上がるずっと前には成人しておったからのぅ」
くすくすと黒髪の麗人は魅力的に笑みを溢す。
その笑みに誾千代と同じ広い度量と暖かさを感じたラウラとソーニャは、ヴィオレッタの言っていることが事実であると直感した。
「そんで、ヴィオ先生と親父はどうしてここに?」
野性味とやんちゃさがないまぜになった顔立ちのマルクと如何にも屈強で強面なマモンは、似ているようでやはり少し違う。
だが紛れもなく親子なのは見ればわかる。
ソーニャはマルクもこうなっていくのかな、などと思いながら並んでいる親子を見た。
「誾千代にこのくらいの時期から冬季休暇と聞いておったから、たまには里帰りさせようと思って『転移』で来たのじゃよ。あ、無論そこなラウラとソーニャ二人も一緒じゃ」
「えっと、あの……私達もよろしいのですか? その、魔族の里では?」
「なぁに去年もシルト家の者を招いておるし、そもそもアルの父は人間じゃ。あやつがあまりに早く逝ってしもうたから今は人間もおらぬが、魔族しか入れぬ里というわけでもないから安心せい」
おどおどと訊ねるラウラにヴィオレッタはニッコリと笑ってみせる。
「そう、なんですか。ありがとうございます。その、ではお言葉に甘えてお邪魔させてもらいます」
「感謝します」
「良い良い。可愛いこやつらが信頼しておる仲間じゃ。第二の故郷と思って貰えれば嬉しいのう」
ラウラとソーニャの頬に少しヒヤリとする手を当てて、
「アルから大方の事情は聞き及んでおる。儂らも汝らの味方じゃよ」
とヴィオレッタが労わるように告げた。
紫の瞳には慈愛の色が見える。
「……ありがとうございます」
「助かり、ます」
ラウラとソーニャが顔を見合わせ、背筋からゆっくりと力を抜いて大魔族の女性に礼を言った瞬間、
「マルク、お前……墨を入れたのか?」
ほんの少しだけ冷えた口調のマモンが息子に、質問なのか糾弾なのかわからない問いを剛速球で投げつけた。
この世界での入れ墨は盗賊や山賊、ならず者が揃って彫ったりしているのが主なのでヤクザ者と見做されやすい。
マルクはその声音に背筋をぞわりと刺激され、慌てて左腕の袖を捲って見せながら口を開く。
「あ……ち、違えよ!? 墨は墨だけど、これ魔術だから!」
「魔術? 左腕のほとんどではないか」
「見えることもあるから欺瞞術式とかも入れてわざと墨に見えるようにしてんだって! 『影狼』! ほら!」
左腕にぶわりと高圧縮された闇を纏わせてマルクが抗弁した。
些か焦っているようだ。
それもそのはず。
父より口やかましい母に対する味方を作っておかなければならないのだから。
「む、これは……『気刃の術』を纏っているのか」
「そう、魔法があるからアルみてえに全身やるよか、こうやって適所に動かした方が魔力の減りが少なくて済むんだよ」
奇妙な顔で『影狼』をつつくマモンを前にマルクは右腕や足、背中に闇をギュンギュン移動させてみせた。
冬場だというのに軽く額に汗を掻いているのは必死だからである。
このままでは帰って早々説教が待っている。それは阻止したかった。
「なるほど……そういうことなら良かろう。しかし、”黒腕”とはこのことだったか。何のことかと思っていたぞ」
呟くマモンにマルクはまたもや愕然とする。
それは最近つき始めた人狼青年の二つ名だ。
「なんで親父が知ってんだ?」
「それはおいおいわかるじゃろうて」
くく、っと笑ったヴィオレッタはそう答えつつ、
「それで、儂の愛弟子はどこにおる? 外かの?」
と訊ねた。
「アルならたぶん上の部屋で魔術弄ってるんだと思う」
「あいつの”異能”の再現だーとか言ってたから、相当集中してるんじゃないかなぁ」
凛華とエーラは揃って似たような答えを口にした。
「”異能”とはあれかの? 魔導列車での騒動で戦ったならず者の」
「ヴィオ先生、なんで知ってるんですか?」
不思議そうな顔をするエーラの柔らかい髪をふわりと撫でて、
「くふふ、ま、そっちもおいおいじゃ。とにかくあやつを呼びに行くとするかの」
「俺も久々に顔を見んといかんな」
「おう、じゃこっち」
マルクとマモンに続いてヴィオレッタが階段を昇っていく。
「隠れ里に帰るなら着替えとか荷物纏めないといけないわね」
「うむ、そうだな。寒いのか?」
「ん~、帝都とはまた違う寒さかなぁ」
「周りが森なんですよね? とりあえず急ぎませんと」
女性陣4名も後に続くのだった。
☆ ★ ☆
アルは机に書きかけの術式を矯めつ眇めつしていた。
何をしているのかと言えば、魔導列車を襲ったならず者共の首魁――シメオンが使っていた”異能”をどうにか術で再現して、夜天翡翠の革鞄に容量のみの拡張を付与してみようとしていたのである。
しかし、術でそうそう再現できぬから”異能”なのであって、またたとえ鞄の中を広げたところで重量まで軽くなるというわけでもない。
入れれば入れるだけ重量が増していくのは自明の理。
ゆえにいつものように『念動術』の第一術式を切り出して変動する中身の重さを逐次相殺する術を創った――までは良かった。
しかし――。
「そうなると魔力の消費が激しくなる。翡翠の魔力なら軽くするまでは問題ないけど、空間の拡張に使う分までは補えない。維持し続ける……のは以ての外か。
となると拡張した空間をあいつみたいに固定しなきゃならない。うぅ~ん、擬似晶石をタンク扱い――……ダメだ、魔力が切れたら詰む。だぁぁ~……課題が多い」
アルは『釈葉の魔眼』を開きつつ、バッと両手を広げて鍵語を浮き上がらせる。
「あ、待てよ。こことここをこの鍵語で補って――って、やっぱなし。術式同士の結合が緩くなる」
ひゅんひゅんと描いては動かし、使えないと判断した術式はポイと背後の空間に投げやる。
今や不規則に浮いた鍵語と描きかけの術式が部屋中を飛び交っていた。
そんな折である。
「おーいアル。ちょっと良いかー?」
マルクが確認と共に部屋の戸をガチャっと開いた。
アルは背後を振り返らず、心ここに非ずな返答を返しかけ、
「ん~、どしたマルク――じゃないっ!?」
微妙に違う気配に半ば蹴立てられるように跳び上がって刃尾刀の鯉口を切る。
ヒュバッと壁に背をやりつつ戸の方を見て、
「…………マモンおじさん?」
ぽっかーんと口を開けた。
「極力気配を薄めてみたが、よく気付いたな。些か過敏過ぎるが悪くない反応だ。久しいな、アルクス」
マモンがフッと微笑み、マルクが「気持ちはよーっくわかるぞ」と云う顔で親友を見る。
「なんでここに?」
アルの投げかけた質問も彼とまったく同じだった。
「今は冬季休暇じゃろう? 里帰りさせようかと思ってのぅ」
次いで現れたヴィオレッタにアルは目を真ん丸に見開き――。
「師匠っ!! 久しぶりですっ!」
刃尾刀の鍔をサッと鞘に叩き込むや、一陣の風となって師匠に抱き着いた。
アルがもう一人の母としても慕っているヴィオレッタを見間違えようはずがない。
「おっとと……これこれ、まったく汝は無邪気じゃのう。このくらいの歳なら保護者を疎ましがるものじゃと云うのに。くふふ、しかしやはり悪ぅない心地じゃ。久しいのう、愛弟子や。息災にしておったかの?」
「はいっ!」
抱き返してくれたヴィオレッタから離れてアルが笑顔で頷く。
その子供のような表情に凛華とエーラが目を合わせてフフッと微笑み、ラウラとソーニャが目をパチクリとさせた。
「どれ……うむうむ、顔立ちはめっきり男らしくなっておるし、背も儂と変わらんくらいに伸びた。魔力も鍛えておるようじゃし、中身も――いや、汝らが経験してきたことなら……」
「師匠?」
はたと思い至ったヴィオレッタは、首を傾げてキョトンと疑問符を浮かべている可愛い愛弟子の頬をぎゅむっと摘まむ。
「それで思い出したわい、このばか弟子。もう少し手紙らしい手紙を寄越さぬか。あれではただの報告書じゃろうが」
「いだだだっ、久々に会っていきなりそれは酷いです。もっとこう感動の再会みたいなのがあっても良いじゃないですか」
頬をつねり上げられたアルが不満たらたらで唇を尖らせた。
「改善が見られんかったからじゃ。トリシャもお説教と言うておったぞ」
「あぇ? む、う~む……思い出させないようにして何日もつかな?」
たぶん帰った初日は大丈夫なはず、とアルが腕を組んで呟くと、
「次の日にはお説教されると思うわよ。ていうかあんたは一回されときなさいな」
すーぐ突っ込んでくんだから、と凛華はジトっとした目でヴィオレッタの脇から顔を出した。
「密告なしでも?」
「ボクがするから大丈夫だよ~」
反対の脇からヒョイと顔を出すエーラ。
「う、裏切者っ!」
やいのやいの言い出す愛弟子と教え子達。
きっと幼い頃からこんな感じだったのだろう、とラウラは少し羨ましく感じた。
「母ちゃんとフィーナは里帰りのこと知ってんの?」
「ああ、今朝からソワソワしてたぞ」
「あのさ親父、左腕の墨の話――」
「心配するな。俺も説得に手を貸してやる」
露骨にホッとしたような顔をするマルクとフッと微笑みを漏らしてグシャグシャと息子の頭を撫でるマモン。
ソーニャはソーニャで息子に対する男親というのはこういうものなのか、と思いつつマルクの母や妹に会うのだと少々緊張する。
ヴィオレッタは楽し気にそれらを眺め、
「さ、とりあえず里帰りの荷物を纏めて階下に集合じゃ」
と、号令を掛けるのだった。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
是非ともよろしくお願いします!




