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【11万PV 達成❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第3部 青年期 魔導学院編ノ壱 入学編

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断章3  『不知火』と飛竜

 アルクス達『不知火』の6名と1羽が帝国で年明けを迎えたのは今回で2度目だが、年越しから3日間が暇なのは帝都も変わらないらしい。


 寮のある〈ターフェル魔導学院〉や武芸者協会、限定的に食堂を開けている宿くらいしか店はやっていないようで、平時なら薄く積もる雪に暖色の明かりを投じている商会の魔導灯も、今は消えているものの方が多いくらいだ。


 一度、暇でしょうがなかった年明けを経験している6名は食糧を買い込んでいたし、冬季休暇前の試験勉強があったの、で幸いにもあの退屈過ぎる時間を過ごすことにはならなかった。


 そして今日は1月が始まって8日目。


 魔導学院の冬季試験を乗り越え、1回生や2回生は冬季休暇に入ったばかりである。


 実技を含めた試験期間は1回生と2回生が1月の4日から三日間、3回生と4回生が四日間だ。


 但し、4回生は他の試験や論文の採点や研究発表などがあるそうで、まだ学院に詰めていなければならないというのが慣例となっている。


 現在は昼過ぎ、珍しく雪こそ降っていないが身を切るような寒空の下、防寒着を着込んだ『不知火』の6名は外に出ていた。


 場所は帝都から少し外れた魔導学院の管理地となっている雑木林だ。


 耳当て(イヤーマフ)をつけているシルフィエーラなど、頬と鼻を赤らめてアルの隣から離れようとしない。


 というより彼女以外もいつもよりアルに近い。


 炎龍人の血を引いている彼が熱気を出しているからだ。


 要は暖を取っているのである。


 6名はとある理由からビュウ〜! と、寒風吹き抜ける閑散としたこの地へやってきていた――否、連れて来られていた。


「まさか伝説の魔術を体験することができるとは思いもよりませんでした」


 栗色髪をすっかり下ろして風に靡かれるままにしているソーニャは、驚きと興奮をない交ぜにしたような表情で傍らに聳え立つ巨鬼族の女性を見上げる。


「フハッ! そうであろう?」


 灰色の肌に上着一枚引っ掛けただけのシマヅ・誾千代は豊か過ぎる胸を逸らして葉巻を咥えた。


 6名はつい今しがた魔導学院から誾千代の魔術によって()()()きたのだ。


 その魔術とは――――。


「あの『長距離転移術』、師匠のですよね?」


 赤褐色の右眼に流星が流れ込ませたアルが問う。


「おうよ。と云うか”鬼火”や、お前『転移』の術式は視ても平気なのか? 高度過ぎる術式を視るとその魔眼()は一時的に失明すると言うておらなんだか?」


「師匠が『長距離転移術』を研究してる頃に散々見ましたし、凛華に目潰し食らってから里出るまでに高度な術式をわざと何度も視せてもらってたんですよ」


 投げ返された質問にアルはチラリと隣で澄ました顔をしている鬼娘を見つつ答えた。


「目潰し?」


「はい。頭目決める為の仕合で、三次元的に組んだごった煮の術式を出されてやられました」


「ほぉ……魔眼潰しか。なかなかどうして、己れの親戚種族は冴えておる」


 効果を知っているからと逆手に取ったのだろう。


 誾千代は「やりおるやるおる」と満足そうに笑って鬼娘の艶やかな黒髪を軽く撫でた。


「良い教訓だったでしょう?」


 凛華はふふん、と鬼歯を覗かせて不敵に笑う。


「失明狙いはえげつないって。その後も容赦なくぶっ飛ばされたし」


「あ、あれは勝負だし……! 勝ったのはあんただから良いじゃない。細かいことは言いっこなしよ」


 アルがジトっとした目を向けると、凛華は途端にそっぽを向いて頬を膨らませた。


「アルさん達の故郷では皆さん当たり前に『転移術』を使うんですか? 全然驚かれてませんでしたよね?」


 私達は今も興奮冷めやらないんですけど、と耳当てのついた可愛らしいニット帽を被ったラウラは問う。


 だとすればとんでもないことである。


 しかしアルは即座に首を横に振った。


「使えない人の方がほとんどだよ。俺達は『転移陣』を使ったことがあるから知ってたってだけさ」


「『転移陣』……前、お話しされてましたね。刻印術式の『転移術』って認識でしょうか?」


「うん、それで合ってる――って言っても根本から構成が違うけどね。あっちはシルト家の屋敷にある『歪曲転移陣』が一番近いかな。あ、勿論難易度も必要魔力も『長距離』の方が断然上だよ。前者はともかく、後者は俺が全魔力注いでも起動するかどうか怪しいくらいかな」


 とアルが言えば、ラウラは琥珀色の目を真ん丸にして驚いた。


 ――アルさん(殿)の魔力でもって……。


 決められた区間を点と点で跳ぶより、自身を基点として任意の地点に跳ぶ方が遥かに難しいと云うのは『転移陣』を知らないラウラとソーニャにも想像しやすい。とは言え、だ。


「それほどなのか、途方もないな」


「伝説と言われるだけありますね」


 二人が「ねー」と言いたげに目を合わせる。


 その仕草は実際に血の繋がりはないにも関わらず、姉妹のそれを思わせた。


「そうであろう、そうであろう。ま、もっともこやつの師から散々っぱら自慢された術だがな」


 誾千代は微笑ましい2人に唇の右端を吊り上げ、もう片方で渋そうに歪めてみせる。


 やはり大魔導と呼ばれる身としては少々悔しいのだ。


 ちなみに”魔導具の母”と”時明しの魔女”は共に名高い魔導師として、しかし対極の存在として認知されている。


 事実、万物の法則を紐解いて術そのものの深淵に至ろうとするヴィオレッタと、様々な技術の粋を魔導具に詰め込んで文明の進化を促そうとする誾千代ではスタンスが大きく違う。


「久々だったがやっぱ不思議な感覚だよなぁ、『転移』って」


 マルクガルムがしみじみと帝都の――魔導学院のある方を向き、

 

「だねぇ――……ひゃあ!? うぅ~、さぶいぃ~、早く用件済ましてお茶にしようよぉ~」

 

 同意しかけたシルフィエーラは足の間を吹き抜けていった霜風に身体をふるりと震わせてアルの左腕を揺すった。


「寒がりだなぁ、エーラは」


「一度熱気を止めたらアルにもわかると思うよ? ていうかよく言えたね? 冬に入ってから熱気出してない日がないのに」


 ふるふる震えながらじいっと見つめてくる緑瞳に分が悪くなったアルは視線を逸らし、


「学院長、それで飛竜ってどこです? っていうかここで放し飼いって大丈夫なんですか?」


 と誾千代の方を見上げた。


 そう。今日、彼らがここにいるのは誾千代が「飛竜を見せてやろう」と言ったからだった。


 何もこんな寒々しい日でなくとも良いじゃないか、とアル以外は思ったのだが「おおっ、見る見る! 見たい!」と頭目が瞳をキラキラさせているのを見て「まぁたまには良いか」とついてきたのである。


 ちなみに他の教授陣は、現在絶賛試験の採点中だ。


「ここの敷地には学び舎と同じで一定の高度まで不可視の『保護術式(結界)』を掛けておってな。侵入も突破もできぬし、飛竜の方にもよくよくここまでだと教え込んでおるから、見えぬ壁にぶつかって怪我をすることもないぞ」


「それって、拠点家(うち)に掛けてくれたのと似たようなものですか?」


 そう言ってキョロキョロしだすアル。


 共和国の少女2人を庇護すると決めてから誾千代が真っ先にやってくれたのがその『保護術式』を掛けたことだった。


 一党の面々が了承しない限り拠点家(ホーム)には入れない、と云う極めて複雑精緻な術式である。


「お前らの家に掛けたものの方が数倍高度だが、まぁ似たようなもんだ。というか結界(あれ)を視たのか。魔眼()は無事であったか?」


 大したもんじゃねえか、と誾千代が言えば、


「いえ、しっかり何十回も焼かれました」


 アルは平然とのたまった。


「……お前なぁ」


 誾千代は呆れたように金眼をぐるりと回し、


「ま、良い。では飛竜を呼ぶぞ。知らぬ匂いに興奮して暴れ出さんとも限らんからな、あまり大声を出さぬようにな」


 と言うや否やヒュウ――――! と、くぐもった角笛を彷彿とさせる指笛を鳴らした。


 途端にバサッ! バサッ! と、力強く羽ばたく音が林の奥の方から聞こえてくる。


「く、来るのか」


 ソーニャがゴクリと唾を飲み下し、


「みたいだね」


 エーラが音の発生源を探るように耳当て(イヤーマフ)を外して長い耳をぴこんっと動かした。


 程なくして上空から舞い降りてきたのは、黒っぽい鱗をテラテラと不思議な色合いに煌かせる巨大な飛竜だった。


「おお……こいつか」


「地竜とは全然違うのね」


 生命の神秘だ、こんな生物が空を徘徊しているなんて。


 思わずと云った様子でマルクと凛華が呟く。


「ギャウッ!」


 一声鳴き声を上げた飛竜の全高は誾千代ほどあり、地竜より太い嘴と奥にずらりと鋭い牙が生えていた。


 猛禽を思わせる縦長の瞳孔と黄色い瞳に、特出すべきはその翼だろう。


 蝙蝠の羽を彷彿とさせるが、あそこまで布っぽくなく、上等な帆船の帆を思わせる。


 その腕と一体化した一対の翼と、尾の付け根辺りから伸びている小さめの翼は、その巨体を何回か包めそうなほどに広く、がっしりとした厚みがあった。


「うむ、壮健そうで何より」


 誾千代は馬よりも長いその首をかいぐってやる。


 地竜と違って、ワシの脚に似た脚部に四本爪を生やしているものの細い。


 尻尾も滑らかな地竜のものとは違い、ゴツゴツしていて先にはフレイルのような棘がいくつも生えていた。


「どうだ、”鬼火”。こいつが飛竜よ」


 誾千代が飛竜の頭を軽く撫でつけて振り返れば、


「かっ……けぇぇっ!!」


 アルは子供のように瞳をキラキラさせてしゅばっと飛竜に駆けだす。


「これ、危な――くもなさそうだの、その様子だと」


 瞳を合わせた飛竜は駆け寄ってきたアルとジッと目を合わせ、スンスンと腹の匂いを嗅ぎ、そして頭をこすりつけ始めた。


「グルルルルゥ」


「人懐っこい! おお、綺麗な鱗してるんだなぁ。翡翠もそう思うだろ?」


「カァ!」


「そういえばちょっと色が似てるな。ん、どした……はは、あははっ! くすぐったい!」


 分厚そうな瞼を閉じて頭を擦りつける飛竜と羽根を膨らませてじゃれつく三ツ足鴉に、アルは無邪気な笑い声を上げて心底楽しそうにしている。


「飛竜は人見知りをしやすいので有名だが……地竜もこんな具合で”鬼火”に懐くのか?」


 誾千代が飛竜から離れて5名に問う。


「そうですね。地竜を借りた時もアルさんに群がって甘えてました」


「龍の匂いと強さを鋭敏に嗅ぎつけておるのか。龍人族なんぞ滅多におらぬからこんな光景初めて見たわい」


 鼻の頭を赤くし出したラウラが答えると、誾千代は狐につままれたような奇妙な表情で飛竜の方を見やった。


「翼も立派だなぁ。丈夫そうだ。おおっ、尻尾も凄い!」


「ギャウ?」


 当のアルは、ドスドスと低く姿勢を取った飛竜に背中を軽く押されながら巨体を観察している。


「完全に甘えておる……なかなか興味深い」


「ねぇアル。あたし達も良いかしら?」


 誾千代が顎を擦っていると凛華がソワソワして声を投げかけた。


 触れ合ってみたいのだろう。


「聞いてみる……今から何人か近付くけど、俺の仲間なんだ。絶対傷つけたりしないよ。大人しくできる?」


 アルが瞳を合わせてそう問いかけると、飛竜は凛華達の方を数秒凝視し、


「ギャウッ!」


 良いぞ! とばかりに一声啼いた。


「やたっ! へぇ~、あなたなかなか勇ましい顔つきしてるわね」


 飛竜の了承を聞くや否やぴょ~んと軽やかに飛んできた凛華が、飛竜の頭を撫でて満面の笑みを浮かべる。


「ホントだねぇ! (みずち)とは鱗の種類が違うんだなぁ、あっちはもっとすべすべで蛇っぽかったもん」


 エーラは胴回りに触れ、「あ、つめたっ!」と声を上げつつも楽しそうだ。


「ですね。地竜とも蛟とも骨格からかなり違います。翼はこんなに大きいのに、胴体は地竜とほぼ同じくらい? です」


 ラウラがしげしげと眺め、優しい手つきで首の根元に生えている毛を触る。


「やっぱり飛ぶから胴が細いのかな。大型の魔獣や魔物で飛べるのは大抵()()()みたいなのがあるって講義で言ってたね」


「言ってたわね。ここらへんかしら?」


「背筋に沿ってるって言ってなかった?」


「じゃあ一番守られてそうなここの鱗の部分ですかね?」


 アルと三人娘は、頭にちょこんと夜天翡翠を乗せた飛竜をかいぐって楽しそうに声を弾ませている。


「まったく物怖じせぬ――でもなかったか」


 誾千代は苦笑を浮かべつつ、完全に腰の引けているソーニャを見て「まぁ普通そうだわな」と述べた。


 彼女はガッシリマルクの腕を掴んで体重を後ろに掛けている。


「お前、今度は蛟にだって触れるって言ってたじゃねえか」


 半眼を向けるマルク。


「だ、だって全然違うもん!」


 涙目のソーニャがいやいやと頭を振った。


 どうも魔物との触れ合いは苦手らしい。


「口調崩れてんぞ」


「う、ううううるさい! 顔が怖いじゃないか! 口も大きいし!」


「地竜だって人の頭くらいなら噛める大きさしてたろ」


「屁理屈だそんなもん! 大体、なんだっていつもいつもこんな大きな魔物と触れ合うのだ! もっと小さなので良いじゃないか! ウサギとか!」


一角(ヒトツノ)兎は立派な魔獣だぞ。油断してるとグッサリやられる」


「今のは言葉の綾だ!」


 ぐぐぅ~っと前に進もうとするマルクとズリズリと地面に跡を残して嫌がるソーニャ。


「かっはははははっ! ”黒腕”や、なかなか難儀しておるではないか」


「いっつもこうなんすよ、こいつ」


 呵々大笑する誾千代にマルクはそんな風に返した。


「学院長殿より大きいのだぞ!? 平然としてる方が変なのだ!」


 ソーニャは「よく見ろ!」と指を差す。


「今んとこ変なのは、一人で大騒ぎしてるお前の方だ」


 が、冷静にマルクはツッコんだ。


「なんだと! こんのっ! いつも余裕ぶりおって!」


「しゃーねぇだろっつーかアル達の方がよっぽど危ね――……だぁ、もうやめろやめろ、引っ張んな」


「慣れておるな」


 まるで夫婦漫才だ、と誾千代はガハハハっと笑う。


「犬も食わないってやつですよ」


 そこへアルがひょっこり現れてそんなことをのたまった。


「”鬼火”や、もう良いのか?」


 誾千代は牙をニッと剥いて訊ねる。

 

「誰が犬も食わねーだ、お前がはしゃいで連れてきたせいだろが」


「そうだぞアル殿!」


 半眼を向けるマルクと顔を少々赤らめたソーニャが抗議してくるのを華麗に無視(スルー)したアルは、


「いや、飛竜(こいつ)が乗せてくれるって言うから結界の範囲聞きに来ました」


 背中に鼻を押し付けてくる飛竜の首に抱き着いて答えた。


「言葉わかんのか?」


 マルクは「うひゃあ!」と背中に隠れたソーニャをわかったわかったと受け流して兄弟のような幼馴染へ質問を投げかける。


「わかるわけないじゃん。翡翠と話してるような感じだよ。なー?」


「グルルルゥ!」


「カアカァ!」


 首をコテンと傾げて確認するアルと同じように首を傾けて鳴く飛竜と三ツ足鴉。


「敷地はそこそこ広いし、こやつはよくわかっておるから問題はなかろうて」


 まったく可愛い(わらし)共よ、と誾千代が低く笑って答えてやる。


「おおっ、そっか! じゃ、乗せて! 翡翠も一緒に飛ぼうか!」


「ギャウッ!」


「カアー!」


 アルは瞳をキラキラさせてぴょんと跳び上がり、いそいそと飛竜の背に跨っていく。


「良いなーアル」


「あたしも乗りたい」


「私も飛んでみたいです!」


 三人娘が「おととっ」と背に跨るアルに、自分も自分もと主張する。


「結構安定してるとこ少ないし、順番に乗れば良いんじゃない? できる?」


「グルルルルゥッ!」


「余裕そう」


「やたっ!」


「ひゃっはぁ!」


「いつか『飛空術式』が使えるようになると良いんですけど、あれも伝説級ですもんね」


 三人娘の鼻と頬は赤いが、寒さも忘れたようにはしゃぎ始めた。


「まったく愛いやつらめ。ほれ、火を焚いといてやるからこちらに来やれ」


 誾千代はかっかっか、と笑いながら風で薪を集めて火をつけてやる。


「あったけえ~」


「うむ。ほっとする」


「あ、ボクお茶っ葉あるよ」


「じゃあ待ってる間、お茶でも淹れておきましょうか」


「エーラは入れ物お願いね。あたし水用意するわ」


 火を前にして慣れたように動き出す5名。


「お前ら自由か」


 誾千代が呆れ返ってツッコむ。


 が、どかりと土から椅子を生みだして人数分用意する当たり相伴に与る気満々のようだ。


「そんじゃちょっと行ってきまーす、翡翠行くぞー」


「カァ!」


 パッとアルが夜天翡翠を空に放つ。


「「「いってらっしゃーい」」」


「いってらー」


「妙に馴染む光景だ」

 

「落ちたりするでないぞ、”鬼火”や」


 手を振る5名と誾千代に、


「あいあーい。ようし! さ、飛んでくれ!」


 アルは軽く頷いて一声上げた。


「ギャウ!」


 行っくぜえ! と、ばかりに啼いた飛竜の魔力が渦巻く。


「お……?」


 それにアルが反応した瞬間、飛竜は広い両翼ともう一対の小さめの翼を広げてバサッ! と、羽ばたき、ドヒュウゥゥッ! と、上空へと舞い上がり始めた。


「ぉぉぉおおおおおっ!?」


 急激にかかる重力(G)にアルが目を白黒させる。


「カァカァ!」


 夜天翡翠が「君はやいねー!」と言いたげに啼いた。


 一気に上空へ舞い上がった飛竜は、


「グルルルッ! ギャアッ!」


 こっからだぜ! と、啼いてバサリ、バサリと翼を動かし始める。


 羽ばたくごとにボ……ヒュウ――ッ! と、飛竜が速度に乗っていく。


 ぶわりと増していく向い風。


 慌ててゴツゴツとした背にしがみつきつつ、


「おっ……ぉぉおお~! はやいはやい!!」


 アルは快哉をあげた。


 久しぶりのスピード感に頬を興奮で上気させている。


 咄嗟に『封刻紋』を開けて龍眼を発動させたアルは、飛竜の翼から【龍体化】したトリシャ()のように魔力の粒子が噴射されているのを確認した。


「翼から……! 単純に鳥みたいに飛んでるわけじゃなかったんだなぁ」


「ギャウ?」


 ぶつぶつと呟くアルに不思議そうに首を向ける飛竜。


「いや良い! 好きに飛んでくれ! 翡翠、行くぞ!」


「カアッ!」


 アルがそう告げた途端、バヒュン! と、飛竜が加速した。


「うひゃあああ~~~~っ!!? ………くっ、ふふっ! ふははっ! あっははは!! あーはっはははははははははっ! 凄い! はやい! 楽しい! もっと飛ばして良いぞ! 翡翠も着いといで!」


「ギャウッ!」


「カァッ!」


 途轍もない加速重力()と吹き飛ばすような風に抗いつつ、アルは狂った哄笑に聞こえないこともない愉快そうな笑い声を上げる。


「捷さ狂いか、あやつ」


 地上からその様子を見上げていた誾千代はぼそりと呟いた。


「半分くらい当たってるわね」


「だねぇ。でも良いなぁ」


「私の腕力で背に掴まってられるでしょうか」


 三人娘はびゅんびゅん飛び回って、視界の外を出たり入ったりしている飛竜と夜天翡翠を見つめている。


「私は絶対無理だ」


「だろうな」


 胸を張ってキッパリと言い放つソーニャにマルクは肩を竦めるのだった。




 その数分後――。


「ざ、さ、さささぶいぃ~……ッ!! あ、足がっ!? ふげゃっ!?」


 前世の己(長月)が極寒のなかツーリングに行った際、寒すぎて関節がガチガチになった記憶などすっかり忘れ去っていたアルが飛竜からコテンと無様に転げ落ちてきたのを見て、


「あたしはもう少し暖かくなってきてからにするわ」


「ボクもそうする~」


「あはははっ! ですね~」


「薄々こうなるんじゃねーかなとは思ってたぜ」


「随分はしゃいでいたからな」


 順番待ちをしていた『不知火』の面々は温かいお茶を啜りながら冷静な判断を下すのであった。


「お、俺にも、俺にもあったかいお茶ちょうだいぃ~」


 熱気を上げながらギ、ギ、ギ、と這う這うの体で火の下へ来るアル。


「ん、こういうとこがヴィーの言っておった阿呆なとこか。ようわかった」


 ズズ、と茶を啜った誾千代は「まったく愉快な奴らよ」と笑みを溢すのであった。

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