断章2 侯爵家次男の等級審査
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
11月を目前に控えたとある休日の朝、武芸者協会・帝都南支部に『不知火』の一党はやってきていた。
用件は依頼達成の報告だ。
依頼内容は帝都外れで発見された、バンダナを提げていない地竜の捕獲ないしは駆除。
推奨等級は五等級以上。軽くも重くもない依頼。
出来れば地竜便に使いたいので捕獲が望ましいとのことだったが、『不知火』には龍人族の血を引くアルクスがいるのでそう難しくもなかった。
じゃれついてくる地竜を「はーいこっちおいでー」と頭目が誘導し、他の面子が宥めながら檻に入れる。
マルクガルム、凛華、シルフィエーラの魔族組、人間組でも四等級のラウラとソーニャに逆らって暴れる地竜はおらず、地竜貸しの業者らは目を真ん丸にしていたほどに大人しかった。
それでも移動や地竜の誘導には、相応の時間がかかったので朝方戻ってきたのだ。
「今日はゆっくりして、また明日から学院だね~」
「そうですねぇ。今回の依頼で来月の家賃分は賄えたでしょうし」
ふわぁと欠伸をするエーラとやや疲れた顔のラウラがゆるゆる頷き合う。
『不知火』の一党は先達たる三等級一党『黒鉄の旋風』に倣って、休日はコンスタントに依頼を請けている。
日帰りできるものから1泊2日になる程度のものくらいまでだが、そのおかげで拠点家の家賃は大抵月初めには払えるし、貴族出ではない一般生徒よりも多少贅沢な暮らしも送れている。
「ん、そうね。今日は外食で済ませましょうか。あたしも眠いわ」
眠気で少し目元をひくつかせる凛華がそう言うと、
「カァ~」
アルの左肩にいる夜天翡翠も「眠い~」とひと啼き。
「はは、翡翠も眠いようだぞ。まぁ夜通し働いてたからな」
胸甲周りを少し緩めつつ、ソーニャも伸びをした。
「報酬待ちの時間もあるし、昼食はここで摂るのもありだな」
腹を擦るマルクにアルも「くわぁ~」と欠伸をかまして頷いた。
「だなぁ」
何と言っても男2人は食べ盛りだ。
安くて多い協会の食事は持ってこいだろう。
「そんじゃ、ちゃちゃっと行ってくるよ」
「おーう」「「「はぁい」」」「うむ」
仲間達に手を振りつつアルは受付に向かう。
隣の受付で武芸者登録をしているらしき新人を横目に流し、「お次の方! どうぞ!」との案内に従って受付嬢に依頼票を提出した。
「おや、お早いですねえ!」
偶然にも依頼の受注をしてくれた受付嬢だった。
話も早くて済むというものである。
「ええ、受注してすぐに行ったので。これ依頼票です」
「はい。お預かりしました! あ、他に報告事項はありましたか? 野良の地竜の出没した原因など、推測で構いませんけれど」
「うぅん……いえ、数も十頭と少しでしたし、番いと若い地竜達でした。たぶんどこかの森から出てきたんじゃないかなと。地竜って子だくさんなんですよね?」
「はい、卵生の生き物ですのでそのくらいは通常ですね。その様子ですと運良く他の魔獣にも襲われなかったのでしょう」
「だと思います。気が立ってる様子もなかったので」
四等級一党といえば一流に手をかけた武芸者として見られる。
それに対応できる受付嬢も専門家。
相応の知識が必要だ。
「承知致しました。他に何か報告事項はありますか? 依頼者の地竜貸しの方々はかなりの高評価をつけておいでですけれど」
「魔族と人間の混成一党で地竜が従順だったし、一頭も駆除しなかったからだと思います」
「ああ、そういうことでしたか。では戦闘にならなかったのですね?」
「ええ。傷一つ、つけてません」
アルが即答すると、「ははぁ、なるほど」という顔で受付嬢が頷く。
「それならこの評価も理解できます。では報酬をお待ちください。受け取って帰られますよね?」
「ええ、お願いします」
「はい」
では少々お待ち下さい、と受付嬢が言い掛けたところで、隣の卓の受付嬢が待ったをかけた。
「あ、そちら、少々お待ち頂けませんか?」
「?」
アルが不思議そうな顔で声のした方を見るのと、
「どうしたんです?」
少し先輩の同僚に受付嬢が問うたのはほぼ同時。
「今日登録されたこちらの新人さんの等級審査をお願いしたいんです。そちら個人三等級の方でしょう?」
『不知火』の一党は今までの功績もあって有名な方だ。
お願いして来た受付嬢とてよく知っている。
武勇で以て達成した依頼は多く、今のところ達成率も高く、コンスタントに依頼を熟す年若い一党。
だからこそ頼んだのだ。
受付嬢はやや逡巡した後、アルの方を向き直った。
「あの、戻られたばかりでしょうけどお願いできますか? 報酬は出ますので」
等級審査。つまり模擬仕合だ。
すまなそうな表情をする受付嬢に手を振ってアルは承諾することにした。
どうせ報酬を待つのだ。
小遣い稼ぎになるならそれも良かろうと。
そして受付の前にいた新人と思わしき方に身体を向けつつ、
「はい、大丈夫です。それで、どちらの――」
と、言い掛けると相手の方も軽く頭を下げながら、
「仕事を片付けてきたばかりのところを申し訳ない。よろしくお願いす――」
顔を上げて、
「「…………」」
2人揃ってポカンとした。
「あのう……?」
おずおずと受付嬢が話しかけると、
「ラインハルト?」
「アルクス?」
これまた2人は唖然とした様子で互いの名を呼び合うのであった。
~・~・~・~
一目でわかる上流出の金髪と整った顔、切れ長の薄茶色の瞳をした帝国北部を治める侯爵家の次男ラインハルト・ゴルトハービヒトは、刀身の厚めな軍刀を右手に掲げ、目前で佇む妖しげな雰囲気の青年を見つめる。
〈ターフェル魔導学院〉の学生生活、寮での半共同生活、帝都での暮らし。
実家からロクに出られなかったラインハルトにとって、その全てが新鮮だった。
善いことも悪いことも含めてだ。
ようやく生活に慣れ、実家から送られてくる最低限の仕送りをどうにか赤字に割り込まないようやりくりの仕方を模索し、ようやく武芸者協会の門戸を叩けたのが今朝。
淀みのない受付員の説明を聞き逃さないようメモを取り、これから等級審査だと告げられて唐突な緊張感に身体を包まれつつ、相手に頭を下げてみれば呆気に取られた様子の同級生だった。
「緊張されてますね」
ラインハルトを担当していた受付嬢が訓練場の端から2人をそう評する。
等級審査は稀に不正が起こるのでその監視役だ。
と云っても等級の高い武芸者はほとんどそういった真似をしないし、されたところで協会側としても「ご勝手に」という感覚である。
それで無理な依頼を請けて死んだとしても自己責任。
依頼者が余計に依頼料を払うこともない。
おまけに魔族の武芸者はこと強さという指標を大事にする。
仮令知り合いだとしても、不正する可能性はほぼないだろう、と受付嬢も見ていた。
「だろうと思うっすよ。あれでも歴とした三等級っすからね」
マルクがそう答えると、然もあらんという顔で受付嬢が頷く。
ちなみに女性陣4名は使い魔の三ツ足鴉を伴なって食堂でゆっくり温かい茶でも呑むそうで、ここにはいない。
まだまだ未熟なラインハルトと彼女らの頭目の仕合の結末など、わざわざ見る気もないらしい。
「じゅ、準備は良いか?」
実剣での対人戦などラインハルトは初なせいで自身の刃に本能的に竦む。
木剣でも問題ないと受付嬢には言われたがあえてラインハルトは実剣を選んだ。
緊張気味に問われたアルは、彼とは対照的なほど泰然として口を開く。
「いつでも。ちゃんと当てる気で来い」
怯えを見透かされたラインハルトは、切れ長の薄茶眼にグッと力を込めて頷いた。
「わかった……では、胸を借りるぞ!」
そう言って一歩踏み出すと同時、右手の軍刀をヒュッと突き入れる。
型通りの軍剣術。細剣や突剣の如き軽く、鋭い突き。
アルは刃尾刀の鯉口を切り、柄に手を掛けたまま紙一重にスッと避けた。
「っ!?」
剣も抜かず、皮一枚すら斬らせず、瞬き一つなく、さりとて最低限の動きでスレスレ躱された突きにラインハルトは目を剥く。
(見えてるのか……!?)
並の直剣よりは軽いものの、軍刀は剣速を想定して軽く、細剣よりは刀身も厚い。
剣閃の最高速度は並の武術家の拳速を越える。
その間合いと速度があるからこそ軍でも使われている。
伊達じゃない……はずなのだ。
己の未熟はあれど、受け止められることを想定していたラインハルトは驚愕と共に軍刀を引く。
(完全にアルクスの方が上手だ……!)
「それならば!」
一気に飛び込み、細かく細かく軍刀を振るう。
突きを主体とした急所を狙う斬撃の数々。
しかし、アルは更にすいっと一歩下がった。間合いの一歩外。
それだけで、後は軽い体捌きのみで難なく剣閃を躱してみせた。
「……っ!?」
ラインハルトの顔が歪む。
「敵が自分の得意な間合いで戦り合ってくれる――……なんてのは、剣士の傲りだぞ。魔獣でもやらない」
そう言うとアルは抜き手も見せず、蒼炎をラインハルトの足元に叩きつけた。
「うおっ!?」
足元でボウッと爆ぜた熱に驚き、ラインハルトが飛び退く。
視線を切らしたのはほんの一瞬。
「間合いに持ち込むんだ」
左から聞こえた声と微かな鞘走り音にラインハルトは目を見開き、焦りから両手で軍刀を掲げて防御姿勢を執った。
きっとアルクスが刀を振り上げていると思ったから。
「がっ……ぶおっ!?」
しかし、そこに突き刺さったのは防御をかいくぐったアルの左足だった。
腹をズン……っと蹴り抜かれ、身体の力が抜けて腕が下がる。
「しッ!」
そこにアルが右足で追撃をかけ、ラインハルトを蹴り飛ばした。
鞭のようなしなる蹴り。軍刀が手を離れていく。
「がはっ!」
ズザーっと吹き飛ばされたラインハルトを訓練場の土が容赦なく汚していく。
故郷で師事してくれていた軍人はここまで手酷いやり方はしなかった。
「う、ぐっ…………!? はあ、はぁ……っ!」
(これが模擬仕合か……!)
痛みに呻きながらラインハルトが顔を上げると、アルは先ほどの位置から刃尾刀の切っ先を真っ直ぐ向けている。
そこに嘲弄の類はない。
真っ直ぐにこちらを見据えている。
「まだやるか?」
等級審査に勝敗による終了はない。
それこそラウラやソーニャは致命打判定を受けても可能な限り戦ってみせた。
「……くっ、まだ、やる」
ラインハルトは土汚れを気にした様子もなく、よろよろと立ち上がって軍刀を拾う。
(鎧……せめて革鎧、最低でも胴当ては要るな)
腹を蹴り抜かれるとここまで酸素を持っていかれるとは思わなかった。
「了解。魔術を使っても構わないぞ。等級審査は何でもありの実戦想定だからな」
「わかっ、た! では行くぞ!」
今度は大胆に間合いを詰め、軍刀を大振りに振りかぶるラインハルト。
アルは一瞬だけふらりと半歩下がり、彼のリズムを乱すようにヒュッと一息に間合いを詰める。
「うッ!?」
「ふッ!」
間合いを見誤ったラインハルトが懐に飛び込んできたアルに目を剥くと同時、刃尾刀の柄頭が鳩尾に叩き込まれていた。
「ごっ……ふッ!?」
とことん酸素を奪われたラインハルトだが、今回は軍刀を手放さなかった。
涙なのか酸欠なのかわからないボヤけた視界のなか、懸命に術式を描こうと左手を動かすも――。
「真言術式でもない限り、至近距離での魔術はやめとけ」
アルが左手で放った魔力の波動に鍵語を霧散させられる。
ただの魔力だ。受けても軽い衝撃くらいしかない。
それでも術式を構成する魔術鍵語くらいなら吹き散らせる。
アルもよく隠れ里で八重蔵にやられたものだ。
そしてそれこそが、『不知火』の面々が戦闘用の術式をすべて真言術式にしている理由。
描く途中で邪魔されればその分押し込まれるし、何をするか読み取られてしまえば効果は半分以下になる。
敵だって命懸けの場合がほとんどなのだから何もしてこないわけがない。
「なっ!?」
ラインハルトが呆気に取られたのは数瞬。
「しッ! であッ!」
しかし、その僅かな間にアルは刃尾刀の刃と峰をチャッと入れ替え、ラインハルトの左太ももの内側と左横腹に二撃を浴びせた。
流れるような逆袈裟斬りと袈裟斬り。
「ぎ、ぃあ……ッ!? がふ――ッ!?」
「手を潰されたら一旦、敵の間合いから抜けろ。悠長にしてると死ぬぞ」
実戦で足を完全に止めて打ち合うことなどない。
鼻を利かせなければ生き残れないし、動き続けなければ死神に追いつかれる。
アル――否、『不知火』から言わせればそこらへんの認識がまだまだ甘い。
「ぐ、うぅ……ッ!」
たたらを踏んで下がるラインハルト。
だが、目は死んでいない。
吹き散らされた術をもう一度行使しようとしているらしい。
「真言術式じゃない魔術を使うなら兵士達みたいに武器や背に術を隠せ」
アルの忠告通り、術師でない兵士も軍にはいる。
どうしても術に不慣れな彼らは相手が魔獣相手でも必ず手元を見せないようにするよう訓練されているので、主武器や盾に描きかけの術を隠すのだ。
「ふーッ、ふッ……か、『火、炎槍』!!」
ラインハルトは痛みと共にそれらを脳内に刻みつつ、バッと左手で魔術を発動した。
至近距離で放たれた、軍人でも頼りにする灼炎の槍。
しかし、アルはガシッとそれを受け止め、ボシュ……ッと握り潰す。
「――っ!?」
「態度も手も素直過ぎる。虚仮脅しでも良いから色々やれ」
そう言ってアルは蒼炎の曲刀を左手に握らせ、ゴォッと横一文字に薙いだ。
勿論、『蒼炎気刃』の何十分の一も威力はない。
「う……おおっ!?」
どうにか飛び退いて躱したラインハルトだったが、服の端は焦げていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
(甘く、見ていた……! これが武芸者のやり取り……!)
息を切らし、心中で独り言ちるラインハルトをよそにマルクは頭上で腕を組んで、
「へぇ、なかなか頑張るなぁ」
と呑気な感想を漏らす。
幾らちっとも本気ではないとは言え、アルの一撃一撃は無茶苦茶な打ち方はしていなかった。
力が入っていなくとも、正しい軌道で打ち込まれれば相応に効くものだ。
肝臓にその他内臓、左足。
ラインハルトが体力も機動力も根こそぎ奪われているのは明らか。真剣なら既に失血死だ。
それでも戦る気らしい。
「その、お友達なんですよね? なんていうか……」
「冷たい戦い方?」
受付嬢の言いにくそうな雰囲気を察してマルクが拾う。
「あー……です」
彼女から見れば、アルはラインハルトにとってとことん嫌な戦い方をしているように見えていた。
ラインハルトが攻勢に出た時は近接戦闘がやりにくい間合いまで下がり、魔術を使おうとすれば至近距離で潰す。
受付嬢は戦う力は持っていないが、あれではやりにくいだろうことは素人目にもわかる。
「ラインハルトは軍人に鍛えてもらってたらしいけど、貴族の坊ちゃんらしいんでね。そんな相手に怪我負わせるような訓練しないでしょ? だからアルなりに教えてるつもりなんすよ――『お前が入ってこうとしてんのは、こういう世界だぞ』ってね」
弱肉強食の魔獣が巣食う大自然、卑怯卑劣を誉め言葉として受け取る悪逆非道な連中の巣窟。
ちょっと固過ぎるラインハルトがこのままでは足元から掬われると思ったのだろう、とマルクは言う。
「あ……そういう、ことでしたか」
受付嬢はようやく納得した。
”黒腕の狼騎士”の言っていることが真実であろうことは、”鬼火”を見ていればよくわかる。
彼はラインハルトを嘲るような顔もしていなければ、甚振って楽しんでいるような雰囲気も感じられない。
「わざわざ魔術を組まなくても属性魔力だって使いようはある」
現に今も教練するように至近距離で光属性魔力をパパッと激しく明滅させ、「うっ!?」と目の眩んだラインハルトの首筋に刃を当てていた。
「はっ、はっ、はぁっ、はぁっ、なる、ほど……!もう、一回だ!」
「よしきた」
再度教えを請うように何度も挑むラインハルト。
すでに土塗れ、汗まみれで息を大きく荒げている。
対照的にアルは涼しい顔でラインハルトを時に荒く、時に恐ろしいほど静かに転がし続けていた。
「もうありゃ稽古だな」
マルクが苦笑する。熱の入り過ぎだ。
そうですね、と答えようとした受付嬢の前に、
「うむ。そのようだ」
なぜかソーニャが答えた。ギョッとして受付嬢がびくぅっ! と後退る。
「なんだ、暇になったのか?」
マルクはわかっていたらしく、半眼でソーニャに目をやった。
「随分遅いからどうしたのだろうと見に来たのだ」
ソーニャは温かいお茶も呑んですっかりまったりした雰囲気で訓練場の中央を見やる。
「あの通りだよ」
「等級審査をやってたんじゃなかったのか?」
「そうさ? けどラインハルトが食らいついてんだよ」
「ふむ。あいつの気持ちは痛いほどわかるぞ。食らいついても食らいついても相手が遠く感じるのだ」
ソーニャがどこか苦々しげに言う。
彼女とて普段の鍛練相手がマルクなので似たような心情で常に鍛練しているのだ。
「ンなの俺にもわかるわ。親父相手に稽古してたんだから」
しかし、マルクもアッサリとそう返した。
最初から強かったわけではない。
子供の頃など強過ぎる父親にぶー垂れたこともあるくらいだ。
「ああ、そうか。マルクの父上殿は強いのだったな」
ソーニャは得心のいった顔をした。
「……アルはもっと知ってるだろうよ、魔法が使えねえからな」
彼女に聞こえるようにだけ、マルクがボソっと呟く。
「あ……そうか、そうだったな。たまに忘れそうになる」
「はっ、そりゃ俺もさ」
フッと笑い合う2人に受付嬢は不思議そうな顔をするのだった。
結局、ラインハルトが訓練場の床で動けなくなるまで等級審査は続いた。
「お疲れさん」
「ああ……はぁ、はぁ、はぁ、礼を、言う」
汗も大して掻いた様子のないアルを、大の字になってゼェゼェ言いながら見上げたラインハルトは思う。
(これが三等級……地力一つとっても俺とは違う。どうりで魔法が使えないからなんだと、あの森人の上級生達を圧倒できたわけだ)
アルがまだまだ本気など出していないこともわかる。
底が知れない、と純粋にそう思った。
だが天性のモノでもない、それも理解できた。
『不知火』が”鬼火”の一党と呼ばれていた頃のことまで調べたラインハルトにはわかる。
彼の強さは死線をくぐり、経験を積み上げてきた結果。
だからここまで強く、生死にシビアなのだ。
「ほら、立てるか?」
「はぁ、はぁ……ああ、すまん」
「良いさ」
対照的な2人の下に受付嬢がやってきた。
「お疲れさまです。ラインハルトさんの方はもう少しお待ちください。アルクスさんは詳細をお聞かせ願いたいのでこちらへどうぞ」
「了解です。じゃ、後でね」
「はぁ……ふぅ、ああ。後でな」
アルとラインハルトは短くやり取りを交わして別れた。
「胴を……とりあえず、革鎧なら手は届くか」
着ていた服など土まみれでところどころ破れかかっている。
ラインハルトは訓練場の真ん中でポツリと呟いた。
負けに大負けしたが、得たモノは多い。
何が要るかを反芻しつつ立ち上がったラインハルトの下に、アルと何言か交わしたマルクとソーニャがやってきた。
「よぉ、お疲れさん。見てたぜ」
「ああ、すまん。依頼の帰りだったんだろう? 時間を取らせた」
アルが依頼報告をしていたことにハタと思い至ったラインハルトは、代わりにマルクとソーニャへ頭を下げる。
「姉達は管を巻いていたが、私は別に構わんぞ」
「あいつら管巻いてたのか」
「『アルが戻ってこなぁ~い』って」
「間違いなくエーラだな」
そんなやり取りを眺めつつ、ラインハルトは軍刀を震える手で納刀する。
今日はもう振れそうにない。
「とりあえず、汚れ落として来いよ。武芸者なら使えるぜ」
と、マルクが訓練場の隅の方を指す。
簡素なシャワールームとなっているのだ。
ちなみに主に食堂からのクレームで設置されたものである。
「そうか。そうしよう」
「おう、食堂で待ってるぜ」
「俺もか?」
まるで己まで待つような友人の口ぶりにラインハルトは疑問符を浮かべた。
「時間も時間だから昼飯ここで食うだろうしな」
「そういえば私達が登録した時も『黒鉄の旋風』に誘われたな」
懐かしい、と笑みを浮かべるソーニャの方へ、ふっと笑みを零したマルクは、
「俺らも奢ってもらったからな。先輩に倣って飯奢ってやるよ」
と、言う。
面食らったような顔をしたラインハルトはややあって、
「……そう、か。それなら有難く相伴に与らせてもらおう」
少しだけ微笑んだ。
「おう。そんじゃ後でな」
「うむ。受付に近い席だ」
ラインハルトはマルクとソーニャが去っていくのをひと頻り眺める。
今までこんなことはなかった。
学院内はともかく、友人と共に外で食事をすることも、同年代とあんな風に武芸者同士の連帯感のようなものを感じることもなかった。
「そうか。俺は……武芸者になったのか」
ここはあの檻のような実家ではない。
現実味を帯びた己の言葉を反芻し、ラインハルトはギシつく身体を動かし始めるのであった。
~・~・~・~
昼食にはやや豪勢な料理の数々。
「そんじゃ新人武芸者に! かんぱーい!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」「カア!」
「か、乾杯」
ガチャンと打ち合わされた硝子杯と他愛もない話。
友人達との明け透けな会話。
時折、酒を呑む口実なのか入ってきて勝手に乾杯する陽気な酔っ払いの武芸者。
ラインハルトには目まぐるしく、慣れないものであったが心地の良い時間。
帰りはすっかり夕方になってしまった。
「そうだ…………あんな家なんてほっとけば良い」
姉はそう言っていた。
夕暮れを眺めながらラインハルトは一つ呟き、
「これからだ」
と、受け取ったばかりの紫石英の――八等級の認識票を握り締めるのだった。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
是非ともよろしくお願いします!




