7話 異世界生まれの魔導具 (虹耀暦1287年11月:アルクス15歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
最近はめっきり冷えてきた。
朝の澄んだ空気は肌を泡立たせるくらいには冷たく、風呂上がりに夜道を歩けば髪の毛がすっかりキンキンになるほどである。
やはり帝都の冬は寒いのだろう。
しかし、それも致し方ない。
何と言っても、もう11月だ。
アルクス達『不知火』の6名が帝立〈ターフェル魔導学院〉に入学してから早2か月。
6名は――というより7組の生徒達は少しずつ少しずつ馴染み始め、多少は気安い挨拶を交わすようになってきた。
まだまだ軽口を叩き合うほどではないものの、いわゆる問題児になりやすいのは半魔族のアルであり、またその理由も素行の所為ではない、ということは既に同級生達も理解しているらしい。
それでも、学院内ですら”雲切”の異名を貰ってしまったアルの率いている個人三等級4名、四等級2名の四等級一党はそれ相応に迫力があるらしく、良くつるむようになったのは最初に話した彼ら3人であった。
「だから! どうして君はそう攻性魔術ばかりに傾倒するんだ!? 僕らは魔導師の卵だ! それでは士官学院と変わらないじゃないか!」
短く整えた茶髪、眼鏡をくいっと上げて堅物を絵に描いたような雰囲気のヘンドリック・シュペーア。
「俺は武芸者になったんだ! まずは手札を増やしたいと考えて何が悪い!? 大体、貴様は辺境伯家の次男だろう! もう少し戦う術を身に着けたらどうだ!?」
切れ長の瞳に軽く苛立ちを込め、洒落ているというより自然体でそう見える金髪の青年が言い返す。
こちらはラインハルト・ゴルトハービヒト。
彼の首元には紫石英の武芸者認識票がかかっている。
アル達が首から提げている物より一回り小さい。
ラインハルトが個人八等級の武芸者である証だ。
いわゆる新兵級。妥当な審査結果である。
最初から七等級と判断されたラウラとソーニャの置かれていた状況が、如何に切羽詰まっていたかが窺えるだろう。
「それはっ……! そうかもしれないがうちには士官学校卒の兄上だっているし、父もまだ当主として頑張ってくれている! いずれは僕も戦う術を身に着けるさ! というか君だって侯爵家の次男坊じゃないか!」
食い下がって、まずは基本をしっかり学ぶべきだとヘンドリックが言うも、
「生憎と貴様の家とは違って俺は父からも兄からも嫌われててな! 独立した姉上も実家にはもういないし、成人すれば縁を切られるのは目に見えてる! だから今のうちに実力をつけようとしているんだろうが! そもそも、何が『いずれは』だ! そんなことを言うヤツに限って、結局何もしやしない! 体力もないのだから運動場でも走ってろ!」
売り言葉に買い言葉といった具合にラインハルトが噛みつく。
「何が実力だ! 基本もままならない者が大成などしてたまるものか! 僕よりほんの少し体力があったからと威張り腐って! この新兵級! 悔しかったらさっさと等級を上げて僕を見返してみろ!」
「何いっ!?」
「な、なんだぁ!?」
喧々諤々。
とうとう立ち上がって胸倉を掴み合うヘンドリックとラインハルト。
ちなみに2人とも3年次からは魔導騎士科に進むつもりである。
つまり、似た者同士であるということだ。
「まーたやってる! やめやめ! ほら、二人とも!」
そこにラウラとは印象が大きく違う赤毛を揺らした少女が飛び込んで、無理矢理二人の腕をぐいーっと引き離した。
胸元や臀部は豊かながら、腕も細く、背も小さい彼女に人間であるヘンドリックとラインハルトは太刀打ちできない。
種族特性上、筋繊維の密度が異なっているのだ。
「まったく! アタシが目を離すとすぐこれだ! もうちょっと仲良くできないの!?」
腰に手を当てて「これだから男ってのは!」とぷんすかしているのは、鉱人族の少女アニス・ウィンストンである。
「このわからずやが悪い」「この脳筋が悪いんだ」
互いに指を差すラインハルトとヘンドリック。
「喧嘩両成敗!」
拳に青筋を浮かばせたアニスがゴスっと2人の脳天に拳骨を入れる。
「ほぐっ!? へ、へこんだぞ!?」「あぼっっ!? し、舌噛んだ……」
頭を押さえて悶える2人。
〈ターフェル魔導学院〉はアルの前世日本の高校や大学と違って部活動はない。
講義時間自体はあまり変わらないが、どんなに遅くとも夕方4時には終わる。
なぜなら教職員を務める魔導師達もまた、教職と研究職を両立しているからだ。
生徒達も講義が終われば、まっすぐ帰宅・帰寮する者、図書館に行く者、仕事に行く者、武術の道場に行く者など様々。
アル達『不知火』の6名は大抵、談話室化しかけている7組で適当に時間を潰し、暗くなる前に拠点家へ、残りの3名はそのくらいになったらそれぞれ寮に戻るのが習慣化している。
まだ学院生活にも帝都にも慣れていないのだ。
これから忙しくなっていくのだろう。
「ぷはははっ! お前らまたやってんのかよ。飽きねえなぁ」
マルクは楽しそうにすっかりお馴染みとなったラインハルトとヘンドリックの口喧嘩を茶化した。
「あんたとアルもしょーもないことで喧嘩してたじゃないの」
すかさず半眼でツッコミを入れる凛華。
「そーそー。そんで次の日には一緒に仲良く遊んでるんだもん。男の子のそーゆーとこってホントわけわかんないよねえ」
頬杖をつくシルフィエーラは幼き日のアルとマルクを思い出しているらしい。
「想定外の飛び火だよ」
アルが眉尻を下げるとラウラがクスクス笑い出した。
「今でもたまにやってますよね」
そう言って伸ばし気味の朱髪を結わえ直していく。
最近はひそかにアルの好きそうな髪型を模索中だ。
「大抵アルが悪いけどな」「マルクが頑固なのさ」
今度はアルとマルクが人間の男子2人組のような物言いをする。
勿論、こっちはおふざけだ。
喧嘩ならもっと自制の利かない頃、飽きるほどやり尽くした。
「喧嘩するほど……というやつか。私達にはあんまりわからん感覚だな。というか当時の二人の喧嘩は何が理由だったんだ?」
ソーニャは「ふん!」と顔を背け合うヘンドリックとラインハルトに苦笑を贈りつつ人狼族と頭目の青年へ顔を向ける。
「そーれがまったく」「記憶にねえ」
幼馴染2人は目を見合わせて肩を竦めた。
「こんな感じなのよ。ヤキモキしてたあたし達が馬鹿みたいだから気にしなくなってったわね」
「喧嘩してたあの頃でさえそんなんだったもんね。『喧嘩は?』って聞いても二人揃って首傾げちゃうんだよ」
困ったもんだよねぇ、とエーラが言い、凛華がうんうんと頷く。
「ま、まぁちっこい頃の話なんて良いじゃねえか。そろそろ行こうぜ」
なんとなくばつの悪くなったマルクが立ち上がり、
「だね。今日は用事もあるし」
アルも素知らぬ顔をして立ち上がった。
「そうね。じゃ、そっちの二人ほどほどにしとかないとアニスが男子寮に乗り込んでくるわよ」
「ちょ、凛華!? そこまでの勇気はないよっ!」
鬼娘と鉱人娘が戯れ合う。
「善処する。ま、いつも俺が折れてやってるんだがな」
「僕はこの男より精神的に大人だ。いちいち突っかかったりはしないさ」
ラインハルトとヘンドリックは同時に挑発めいた台詞を吐き、
「「…………っ!」」
無言で胸倉を掴み合う。
「あはは、早速やってんじゃん。そいじゃね~」
「では、またな」
「翡翠、起きて。行きますよー」
「……カァ~」
エーラとソーニャとラウラは仲間達に追従するように席を立って手を振った。
「いつもはもう少しゆったりしてるけど、今日早いんだね。なんかあるの?」
不思議そうな顔を向ける小動物っぽい印象のアニス。
「ああ、実はね――学院長からお呼ばれしてるのさ」
「はえ?」
目を真ん丸にする鉱人娘へアルは悪戯気に笑ってみせるのだった。
~・~・~・~
〈ターフェル魔導学院〉は敷地が広く、当然ながら建物それ自体も広大だ。
真面目腐った顔で「城なのか?」と、問われるほど立派な学舎内には、教職員が集まって事務を行う部屋とは別に、それぞれ研究室が与えられている。
無論、要らないので辞退する者もいるのだが、それでも半数の教員は研究室を持っているし、卒業間際の学院生でまだまだ学び足りないという生徒は、彼ら教職員のお手伝いや弟子という立場で研究室に入り浸ることになる。
7組の担任コンラート・フックスは研究室を持たないが、それは彼の専攻する民俗学がもっぱらフィールドワークを主とし、社宅を膨大な資料庫にしているので必要なかっただけだ。
先述の通り、教職員にすら研究室が与えられているのなら、この学院の代表者たるシマヅ・誾千代学院長も持っていて不思議はない。
学院長室がある階。
だだっ広い教室とほぼ同じ広さをしている誾千代の研究室は、ヴィオレッタの書斎とは趣きがまったく異なっていた。
自然や物理、時には科学や化学の研究にも傾倒し始めたヴィオレッタの自宅兼研究室に対し、誾千代の研究室はメカニカルな雰囲気――とでも言えば良いのだろうか。
魔導師の研究室というよりは、魔導技士の工房。
アルの前世で言えば、車やバイク道楽な父親が休日に入り浸っているガレージを連想してもらえれば早いだろう。
そんな研究室の「機械油で汚れない? 大丈夫?」と言いたくなりそうな椅子に座っていた誾千代は、目の前の青年をまじまじと見つめてこう言った。
「”鬼火”の小童や、お前本当に異世界からの転生者であったか」
その言葉にアルは傷ついたと云わんばかりの顔をする。
「ひっどいな。信じてなかったんですか?」
「いやいや、すまなんだ。己れはお前の覚悟を気に入って取引を受けたつもりだったでな」
「嘘だったらあんなに自信満々で言えませんて。学院長相手にそんな肝っ玉あるわけないでしょう」
なんせあのヴィオレッタと対等に魔術論議を行えるのだ。
己の師を最高の魔導師だと疑わないアルに誾千代を軽視する理由など一つとしてなかった。
「くはははっ! そうか? 己れの見立てじゃ、お前は何が何でも我を通したであろうと見ておるがな? たとえ異世界の知識とやらがなくとも」
「そりゃあそうですよ。あんなのただの手札の一つですから。ないなら、ないなりにもぎ取ってます」
転生者であることも、異世界の知識を有することも手札の一つと言い切ったアルに誾千代は笑みを浮かべる。
先天的な知識の優位性を理解しつつも、己の芯でも絶対的な拠り所でもないとする彼は興味深い存在だった。
「……まったく。お前、世が世なら将として戦に駆り出されておったぞ」
「御免被りますね、戦なんて。聖国の間諜にも言いましたけど、俺は俺の手が届く範囲で精一杯ですよ。戦なんて早々に神経こじらせて潰れる自信があります」
そう言ってアルは夕暮れ時の運動場を眺めながら肩を竦めてみせる。
だが大戦を経験した誾千代にはわかる。
(そんなこと言うとるヤツほどしぶとく生き残って戦い続ける羽目になると相場は決まっておるのだが……ま、不安にさせる必要もなかろうて)
大きな金の瞳は、彼への思慕の念を隠す気もなさそうな3人の娘へ向いていた。
「それで、”鬼火”や。取引の対価を支払う一回目っつうことで良いのか?」
そう。それが彼――否、『不知火』の彼らが誾千代の研究室にいる理由。
ラウラとソーニャの庇護を確約する条件。
アルの持つ異世界の知識の提供。
その為にこの研究室にいるのだ。
「学費の請求書に二人の手紙を入れてもらいましたから」
「シマヅ学院長、先日はありがとうございました。これで父も少しは安心してくれると思います」
「感謝致します」
アルの言葉を聞いていたラウラとソーニャがわざわざ立ち上がって礼を述べる。
「そう畏まるな。お前らのような若者があんな巫山戯た国に頭を悩ませる必要などない。安心するが良いぞ」
誾千代は鷹揚に手を振り、牙を剥き出しにして笑った。
怖がる生徒もいるが、ラウラとソーニャにとってこの巨鬼の笑みは頼もしさと温かみを感じるものだ。
嬉しそうに笑む少女らに『己れにもあんな頃……あった、よな?』と誾千代は心中で独り言ち、『やめやめ』と頭を振る。
「取引の対価って――」
「前世のアルがいた世界にあった考え方とか」
「魔導具――じゃなくて電化……製品? のことを教える、だったよね?」
マルク、凛華、エーラがそう言うと、
「おうよ。己れも魔導具を扱ってるからな。どんなもんだったかさえ教えてくれれば、詳しい仕組みはわからんでも文句を言う気はないぞ」
誾千代は頷いた。額の生え際にちょこんと太めの角が見える。
巨鬼族の角は鬼人族の角と違って元々長くはない。
アルはほんの少しほっとしたように胸を撫で下ろし、
「正直、何にしようかなってかなり悩みました」
そう言いつつ研究室の黒板の方へ歩いて行く。
「ふむ、なにゆえだ?」
興味深そうな誾千代の視線が妖異な若者の背を追った。
「こっちとは何もかも違うからって言うのが一つ。そしてもう一つは、便利であればあるほど軍事転用された場合とんでもないことになるからです」
キッパリしたアルの物言いに誾千代は目を細める。
それほどなのか、と。
「そいで?」
「なので学院長が携わったって言われてる擬似晶石を用いた生活水準の向上。これを主眼に置いて知識提供を行う予定です」
「ほほう……良かろう、理解した。して今回は何を教えてくれる?」
そう問われたアルは、黒板へカカッとチョークを滑らせた。
「ズバリ、自販機と券売機です」
デカデカと黒板に書かれた自販機と券売機という言葉に誾千代と『不知火』の5名はたっぷり数秒間沈黙する。
字面からある程度は予測できるが、既存製品ではない為やはりイメージは湧かない。
「……あー、その二つは何ぞや? 見たところ似たような響きではあるが」
誾千代の問いにアルは授業でもするかのように「よくぞ聞いてくれました!」と満足気に頷いた。
「正確には自動販売機及び自動券売機です。代金の投入、機械の操作、そして商品の受け取り、最後に釣り銭の受け取り。その四段階で商品の自動購入が出来る――えぇと、このくらいの大きな機械ですね」
アルが選んだのは前世日本にありふれたものだった。
肩透かしにすら思われるだろうというのがアルの見立てだ。
しかし、この世界には自動計算やキャッシャーらしきものはあったのにそれらはない。
昇降機や動く階段はあるのに、だ。
前世の自分から『日本人としちゃやっぱ歪だわなぁ』と言われて初めてアルも気付いたくらいである。
「ふむ。利点は?」
太い腕を組んで難しそうな顔をする誾千代。
微妙にイメージし切れていない、という顔。
「そうですね……商会とか売る側から見れば、子供でも出来るような簡単な取引を自動でやってくれるので、代金の回収作業だけで済みます。それに持ち運ぶんじゃなくて設置するものなので、休日や夜間でも営業できるっていう点は、買い手側からも利点になるんじゃないでしょうか」
「なるほど、設置型の魔導具か……つまり商会と提携して商品をその魔導具に仕込むわけだな?」
「はい、前世の俺がいた国では道端から商業施設まで……あ、それこそ学校なんかにも置いてありましたよ。一番多いのは飲料を販売してるものでしたけど、それこそ今くらいの寒い季節になれば、あったかい飲み物なんかもありました。
変わり種で言えば、その場で果物を搾って使い捨ての紙容器に注ぐようなものとか、珍しいものだと冷凍の料理をその場で温めて出すものもあったはずです。あ、冷凍商品をそのまま、なんてのもありましたね。家に帰って解凍して食べるんです」
「料理も、ですか。なんだか凄い世界ですね」
ラウラは「はぁー……」と感嘆の声を上げる。
「うん、まあ店とか家で作るのよりはさすがに味は落ちる傾向にあったけどね」
アルはそう言いつつ誾千代の方を見た。
灰色の肌をした巨鬼族の金眼は虚空を見つめている。
どうやら既に仕組みを考え始めているようだ。
ややあって誾千代は口を開いた。
目には魔術の師を彷彿とさせる、隠し切れない知性の光。
(一応、対価としては正当で良い……のか?)
アルがそう思ったのも束の間、
「話からして内部的な機構はそう難しくもあるまい。金銭の認識と自動計算はすでにあるし、あとは指示の受動、それと……まぁ温める方や加工する方は一旦置いといて、商品の貯蔵ってぇところか?」
早速とばかりに誾千代が問うてきた。
「はい。貯蔵自体には冷蔵・冷凍・保温機能がついてれば問題ないと思います」
「なるほど……”鬼火”や、してその自販機の問題点はなんだ? この世に完璧な魔術がないように、完璧な魔導具もこの世にはない。どこかしらに欠点があり、常に進化し続けるもんよ。前世ではどういった欠点があった?」
ヴィオレッタと対等に話せるだけはある。
アルは「さすがだなぁ」と舌を巻きつつ、記憶をほじくり返すように「えーと」とこめかみをぐりぐり抉る。
如何せん、前世とは人格も体も違う。
うんうん唸った挙句ようやく「あ!」と閃いた。
「一番は窃盗のはず、です。海外――前世の俺がいた国以外では道端に自販機を設置してたら、それごと持っていかれるから置いてないっぽいです。あとは、たぶんなんですけど消費魔力がそこそこ多いんじゃないか、と思います。
商品が飲み物とか食べ物なので常時貯蔵に魔力を使うことになるので、それだけでもかなり食うと思いますし、前世では商品を照らしてましたからその分も食います。あ、そうだ。あの国では当たり前でしたけど、道端に置く以上、景観を損ねる可能性もあるはずです」
思い出し、考え得る限りの問題点をアルが列挙すると、仲間達は「ほへー」と口を開ける。
誾千代は真剣な顔で聞き終え、脳内で己が想像したモノとアルの言っているモノの齟齬を一つ一つ消していく。
「……ふむ。ふむ、魔導具そのものはできよう」
「問題は売り物の方、ですよね?」
「そうなる。何か案でもあるのか?」
「ぶっちゃけラベル――あー……商会の印や目印を印刷して包装するくらいしか案はありませんけど、試験運用だけなら良い案がありますよ」
帝国には商標権があることは確認済みだ。
貴族の紋章とはまた違うが、商会ごとに果物であったり馬蹄であったり虫や魔獣なんかをモチーフにしているものもあったりするし、勝手に使えば法的制裁を加えられる。
「試験運用か、どんな案だ?」
(ふぅむ。異世界にもそういった概念があるとは……やはり人は人か。愉快なり)
と密かに笑った誾千代が問う。
「学院の食堂で自動券売機の方を試すんですよ。あれなら商会と提携も必要ないし、食券を出すだけなので最低限で済みます」
魔導学院の食堂は普通の飲食店を簡略化したような形式だ。
要はお金を持って並ぶスタイルである。
当然のようにお昼時はかなり混むし、一人一人金銭をやり取りしている様は「めっちゃ大変そう」の一言に尽きる。
「ほう、もう一つの方か」
「ええ、魔導列車の乗車券を券売機で売れば混雑も少しは減るだろう、と思って提案するつもりでしたけど、試すのに手っ取り早いのは食堂が良いと思います。献立さえ書いてあれば紙質にこだわる必要もありませんし、一番繊細な商品の貯蔵について頭を悩ませる必要もありません」
帝国は魔導印刷技術や製本技術が高い。
その程度であれば朝飯前のはずだ、とアルは考えたのだ。
「……なるほど。面白そうじゃねえか」
誾千代も同じ考えに至ったのか金眼に無邪気な光を見せ、
「試験運用で問題点を洗い直し、自販機の方でうまくいけば商会から提携料も入る。よもや開発費を捻出する為の案からとは思わなんだ」
これは痛快、と笑う。
「あっちで広く普及してるものですから利便性さえ喧伝できれば普及も早いと思います」
何と言っても元から成功してるというお墨付きがある。
十中八九うまくいくはずだと思っているアルの言い様もなんとも軽い。
というよりできうる事なら誾千代に自販機を普及してもらって「喉乾いたなー。あ、自販機あるじゃん」という便利さを享受したいのである。
「個人的には武芸者協会の支部に置いてほしいですね」
さらりと己の要求まで乗せた。
すでに醸成済みの文化を引っ張ってくるということがどの程度社会的な影響を与えるのか、まだそこまで想定していない誾千代を誘導しようとするあたり、実にちゃっかり者である。
「協会に? 酒場や薬師とかち合わぬか?」
誾千代の意見ももっとも。
新しい技術や製品は既存職と縄張り争いを引き起こす可能性がある。
しかし、だ。
「事務方の職員と、これから依頼に行こうって武芸者を狙い撃ちするんですよ。魔導薬は自販機の魔導的な影響を受ける可能性がありますし、何より面と向かって買う方が信頼できます。でも、そういった技術を使わない賦活薬や水薬なんかであれば問題ないはずです」
この時期寒いですからね、とアルは末尾を結ぶ。
依頼には出向いても、寒いと動きにくいし怪我もしやすい。
特に魔族には蜘蛛人族や蜥蜴人族などの外温性の種族(変温動物)もいたりする。
酒では判断力が鈍るし、さりとて動かねばならぬという者にとって身体を温める飲み物は重要なのだ。
ちなみに魔法を使っておらずとも鱗が生え、爬虫類のそれを思わせる見た目をした蜥蜴人族は、時折獣人種と間違われることもあるが、れっきとした魔族である。
また龍人族の親戚扱いされることもままあるが、実はこちらも間違いで、その証拠に龍人族は炎龍人だろうと水龍人だろうと外温性の種族ではない。
「良かろう。まずはその試験運用とやらをやってみようではないか」
誾千代は胡散臭い営業マンの如きアルに半眼を向けつつも、やはり未知の興味の方が勝ったらしく鷹揚に頷いてみせる。
アルは内心で「ひゃっはぁ!」と快哉の声をあげた。
飲料の保存容器だとか細々とした問題が出てくるだろうことは想像に難くないのだが、知ったことではない。
「わかりやすいわねぇ」
「アルが自分の利益にならない情報を渡すとは思えないもん」
「ですね。あの顔はそういう顔です」
三人娘の呆れたような、やんちゃ坊主を微笑ましく見るような視線。
慌ててアルは「しーっ!」と人差し指を口元に当てる。
数百年を生きる巨鬼族の学院長は「くくくっ」と喉から笑い声を漏らした。
誾千代とて気付いていないわけではない。
面白そうだから乗せられてやったのだ。
「なぁアル、でもその自販機ってよ。持ち運びできねえの? 擬似晶石を魔力入れ扱いするなら、戦場に持ってくことだってできるんじゃね?」
ゆるめに手を上げてマルクは意見を述べてみた。
擬似晶石とは、主な採掘源を聖国とする魔晶石の代替品。
しかし、本来であれば魔力を流すことで内部に澱の如く溜まった属性魔力を超効率良く吐き出す魔晶石――天然モノとは違い、調整が利く。
帝国で主に使用される用途は2種。
一つは最も広く浸透している用途で、魔晶石と同じく魔力を流して属性魔力を使う方法――こちらは民生品であれば魔導焜炉などが例に挙げられる。
そして二つ目は幾つかの工程を踏む必要はあるものの、魔素を特殊な魔力溶液に変えて注入した、云ってしまえば電池の役目だ。
大規模な商会やそれこそ劇場やこの学院にも用いられており、珍しくはあっても再現性のない過去の遺物ではない。
つまり、異世界生まれの道具と動かせるだけの動力源を運んだら良いだろう、とマルクは指摘したのだ。
「「「「「「…………」」」」」」
研究室が水を打ったように静まり返った。
「………………できる、ね」
「おい」
軍事に使えねえもんじゃなかったのかよ。とのマルクの視線が刺さる。
「い、いや、待った! ……えーと、いやぁ、あ~…………」
なまじ前世の知識があるがゆえの盲点を突かれたアルは、しどろもどろになって冷や汗を噴き出した。
魔導具を使用するうえで必要なのは擬似晶石に込められた魔力、もしくは擬似晶石に刻まれた術式を起動させる使用者の魔力。
つまり元来それ単体の運用が可能で大掛かりな外部供給を必要としないのだ。
そこそこに電気が必要で、かつ重量もかなりある為に「自販機とは設置するものだ」という前世の既成概念にアルはとらわれてしまっていたのである。
「兵站に持ってこいじゃないか」
トドメにソーニャ。
「いや違っ……わないけども! 平和的利用が目的で! うあ~…………あの、ええと学院長、その、馬鹿でかい魔力供給用の外部装置みたいなの作らないと……マルクとソーニャの言う通りになっちゃい、ます」
たらーっと汗を垂らしてボソボソとアルが言うや否や、誾千代は耐え切れずに噴き出した。
「ブハッ、がっはははははは! あーはっはっはっはっは! お前らなかなか愉快な一党じゃねえか! その調子でこやつをよぉく見てやれよ? 何をしだすかわからぬでな!」
そう言って呵々大笑すると、
「ふぅ~……ま、恒常的に魔力を消費するのであればそれ相応に擬似晶石周りも巨大化する。仕込むのも内部より外部が良かろうて。そういうわけだ。”鬼火”や、悪用はせぬから安心するが良いぞ」
誾千代は巨大な掌でパンパンと――否、ベシベシとアルの背中を叩いた。
「いだっ、いだだっ……! 今度から皆にまず相談してから言うことにします」
「それが良かろうよ。そいで、製作にはお前らも携わるのよな?」
発案者だろ? と言って誾千代からがっしり肩を組む――というよりガッチガチに張った胸筋だか腹筋だかを押し付けられたアルはニッコリと笑み返す。
「俺、魔導技士資格取りたがってる同級生と友達なんですよ」
即答だ。意味はお断り。
アルはヴィオレッタの弟子なので、ぶっちゃけ魔導具に食指は動かないのである。
「面倒事から逃げるときのアルって清々しいくらい屑っぷりを発揮するよねぇ」
辛辣なエーラの言葉がざっくり刺さるが、決して屈したりしない。
「だって俺、魔導具あんま興味ないし」
「まぁ待て”鬼火”や、帝国の法ではな? こういう魔導具を発明した場合、使い手は必ず期間ごとに使用料を払うことになっておる。最低割合も事細かに決まっておってな。その使用料の中から、お前にも発案料を出そうじゃねえか? ん? 契約書もきちんと用意してやるぞ? 勿論、一回きりじゃないぜ? どうだ?」
「んな……ッ!?」
アルは愕然と目を見開いた。
要は、特許料から幾ばくか懐に入り続けるということだ。
前世日本では至るところにあった自販機。普及すれば間違いなく儲けもの。
目まぐるしく脳が回転した結果、
「か、金で釣るなんて卑怯なっ!」
アルにはそれしか言えなかった。
しかし脳内では既に激しく算盤を弾いている。
捕らぬ狸の皮算用というやつだ。
「アルの負けね、これは」
「ですねぇ。でも前世のアルさんがいた世界では広く普及してたんですよね? バカに出来ない額になるんじゃないでしょうか?」
一党の財布を管理しているのはアルだが、家計を管理しているのはラウラである。
本当に貴族令嬢扱いされるお嬢様なのだろうか? と言うほどお金には厳しい。
「そうねぇ。普及の規模がわかんないし、どのくらいになるのかしら?」
一方出費のほとんどが自身の食費程度しかない凛華は腕を組み、美しく整った顔を上向ける。
「家賃分くらいになるのなら依頼の報酬もそのまま貯金できるのでは?」
ソーニャはこういう時べらぼうに鋭い。
「くぅぅっ!? じゃあ……その、手伝います」
家賃と生活費って結構痛いよなぁ……と思い始めていたアルには致命の一打だ。
「そう来んとな! だっはっはっは!」
「どーするアル? アニス呼んでみる?」
「絶対呼ぶ」
「そこはブレねえんだな」
こうしてアル達の放課後は、しばらくの間、研究室通いになることが決定したのだった。
* * *
その一か月と半月後。
冬季休暇前の試験を目前にして、試作品魔導券売機は学院の食堂に置かれることとなる。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
是非ともよろしくお願いします!




