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【10万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第3部 青年期 魔導学院編ノ壱 入学編
172/218

5話 セルジュ・オリヴィエの悲恋 (虹耀暦1287年9月末:アルクス15歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 事の起こりはこうだ。

 

 帝立ターフェル魔導学院の3回生に森人族のセルジュ・オリヴィエという男子生徒がいた。


 輝くような金の短髪に装飾をつけ、透き通る白い肌はそこいらの女子生徒が羨むほど。


 他の男子生徒達から疎まれるほどには眉目秀麗で人気もある。


 成績は中の上ほどだが、魔族たるセルジュには”魔法”がある為そこまで魔術には傾倒していないというのが常に発する方便。


 祖先(と言っても存命)であるオリヴィエの姓を持つ長老の血筋を受け継ぐ、族長筋の最も若い枝。


 帝国の人間社会で例えれば貴族のお坊ちゃんのようなものである。


 この族長というのが、なんと後に帝国を築くことになる大戦で現魔導学院学院長であるシマヅ・誾千代(ぎんちよ)と肩を並べて戦った歴史ある一族なのだ。


 ゆえに共に入学したお付きの者が2名大抵一緒におり、また彼自身知らぬ間に「己は誇りある一族の一員なのだ」と鼻っ柱が高くなっていた。


 だからこそ、知らなかったのだ。己の手に届かぬものも世の中にはあるのだ、と。


 そして気付けなかったのだ。ほとんどが人間を占める狭い狭い環境で、知らず知らずの内に目が曇ってしまっていたことに。



 9月も末に入った昼休み。


 セルジュ・オリヴィエは目にした。


 別の森出身であろう濃い小麦色の肌をした森人族(どうほう)の下級生を。


 鉱人族と思わしき少女と戯れるように購買の方から出てきた彼女は、小動物のような可愛らしさとコロコロと変わる表情があまりにも清廉に見え、セルジュの視線は釘付けになってしまった。


 ゆえに彼は話しかけたのだ。


 己は故郷で英雄と呼ばれている者の血を引いている。


 教えてやれば当然、自分に魅かれるだろう、と。


 そう考えたセルジュの挨拶に、


「こんちはー」


 と小麦色をした彼女は紅い色の髪飾りを揺らして頭を下げた。


 鈴の音を転がすような声音も顔と相まって愛らしい。


 セルジュがそう告げると、


「え、あ、はぁ……」


 彼女は困ったような顔をする。隣の赤毛の鉱人族の少女も何か言いたげな顔だ。


「君の名は何という?」


「え、シルフィエーラ・ローリエ……ですけど」


「そうか!良い名だ!私はセルジュ・オリヴィエ。あの学院長と共に大戦を駆け抜けた英雄の一族の末裔だ。聞き覚えはないかな?」


「はい?うーん、いや、ないです」


「ははは!そうか、きっと僻地の森から来たのだろうな。どうだろう?これから私と昼食を共にしないか?その話をしてあげよう」


 見目にも自信があり、優雅に見えるセルジュの誘い。


 しかし、シルフィエーラと名乗った少女はあまりにも即座に首を振った。


「いえ、これから仲間達と一緒にお昼食べるんでいいです」


「大戦の話だぞ?学院長殿もご活躍された――――」


「お昼にそんな血腥そうな話聞きたくないですしいいです。そんじゃ!アニス行こ」


「え?あ、うん!」


 赤い髪飾りにセルジュが伸ばした手からサッと身を引いたシルフィエーラという可憐な少女はペコリと軽く頭を下げ、隣の鉱人族の少女の手を引っ張るようにして駆け出した。


 取り残されたセルジュは一瞬事態が掴めず、周りの視線が痛くなって、フラフラと彼女達の後を追った。


 そこでは――――……。


「アルぅ~~、なんか変な同胞に絡まれたぁ~」


 青黒い髪の青年に彼女が甘えるようにしてべったり背中を押し付けていた。


 彼女の眼にはセルジュには決して見せなかった何かが浮かんでいる。


「は?変な同胞?って何族?」


「おんなじ森人族~」


「変って?」


「なんか背筋がゾワワってしちゃう台詞をボクに言ってきたの。あとごはん一緒に食べようとか何とか」


「ん?いや、それって」


「たぶんあれナンパだよ。アタシの方まったく見てなかったもん」


 赤毛の少女がそう言うと、


「ああ、やっぱそうなんだ。災難だったねエーラ」


「んぅ~、目が怖かったよぅ」


 青黒い青年は何の気なしに彼女の髪をよしよしと撫でる。


 セルジュには決して触らせなかったのに、だ。


 あろうことか彼女自身まったく嫌そうな表情を浮かべていないどころか嬉しそうに笑っている。


「まぁエーラはっていうか、うちの一党の女性陣は可愛いからねぇ。どこにでもついてくる問題かも。とりあえず学院でも認識票は見えるようにしといた方が良いね」


「あはっ!そう?ふふ~、そうしとこうかなぁ」


 何名かいる女子生徒も含め、彼女は嬉しそうに笑みを溢す。


 セルジュに耐えられたのはそこまでだった。


「貴様!外に出てもらおう!」


 可憐な彼女に目を覚ます機会を与えねば。


 沸騰した頭でセルジュは思う。


 同じ森人族ですらない者に彼女は渡さない、と。


「ほぇ?」


 しかしパクッと箸を口に持っていったまま、ぽけーっとした反応を示す青黒い青年。


「同胞をかどわかしたのだ!灸をすえてやらねばならん!表に出よ!」


「?はい?」


 そこでセルジュの欲する彼女がごにょごにょと青年に耳打ちする。


「それでなんで俺…………?え、どういうこと?」


 青年はわけがわからないと言った顔で立ち上がった。


「あの――――」


「ほう、立ち上がるだけの度胸はあったか。ついて来るが良い!」


 口ごたえはさせぬとばかりに言い放って背を向けるセルジュ。


「は?え?ちょっと」


 こうして事情がよく呑み込めていないアルクスを連れたセルジュは下級生に自分の組にいた同伴の者を呼びに走らせ、運動場に連れ出したのだった。



 ~・~・~・~



 そして時は現在。


「だ、大丈夫なのか?上級生からの呼び出しだなんて」


 と心配そうな顔をしている眼鏡をかけた青年ヘンドリック・シュペーア。


「わからんが、あいつは三等級武芸者だ。そうそう危ない目にも合わんと信じたいが……」

 

 と同じく切れ長の瞳に心配の色を浮かべたラインハルト・ゴルトハービヒト。


「アルクス君、大丈夫かなぁ」


 と言っている赤毛の鉱人族アニス・ウィンストン他数名。


「うぅ、巻き込んじゃった。ごめんねアル」


「いーんじゃない別に。さっさと終わるでしょあんなの」


「ていうか戦う前提なんでしょうか……?」


「アルの方は知らねえけど、あっちはやる気っぽいぜ」


「魔族同士だぞ。『精霊感応』とは言え被害の規模は大きいんじゃないか?」


 そして『不知火』の5名が見守るなか、アルクスは眼の前の育ちの良さそうな森人族3名の前にいた。


 今尚自分が彼らの前にいる理由がよくわかっていない。


 前世のアイドル事務所でもあるまいに、一党で「恋愛禁止!」なぞと掲げたりはしていないのだから思いを告げるならエーラ本人に言うべきである。


「あの、告白したいならエーラ本人に――――」


「どうされたのです?」


「この男が私の見初めた可憐な同族の少女を誑かしているのだ」


「……セルジュ様が見初められた、とは吉報です」


「左様。セルジュ様のお眼鏡にかなう者など今までおりませんでしたからな」


 ―――――話を聞けよ。


 アルは頭の痛くなってくるセルジュとお付きの男女生徒各1名の会話を聞いて早くも離脱を考えた。


 どう考えても面倒臭そうである。


 その時真ん中の三回生が名乗りを上げた。


「私はこの学院の三回生。栄えあるオリヴィエ家の末裔セルジュだ!そこの貴様!名はなんだ!」


 どうにも偉そうなセルジュの問いかけ。


「……アルクス・ルミナスです」


 不承不承といった風に返答を返すアル。


「種族はなんだ?人間ではあるまい」


 セルジュは自身に靡かなかったエーラがよもや人間に絆されているなんてことはないだろうと問いかける。


「…………あー……半龍人、です」


 アルは『今聞かれたくなかったなーそれ』と思いつつも様々な思考の末、返答を返した。


 適当にはぐらかしても、一言「”魔法”を見せろ」と言われればどうしようもない。

 

 セルジュが大声を発するせいで、観衆が増えて始めているなかアルの発した一言は衝撃を奔らせた。


 主に目の前のセルジュ達に、そして心配そうな顔をしているヘンドリック(どう)やラインハルト(きゅう)アニス(せい)達にだ。


「……半龍人?なんだ、それは?」


 セルジュが鋭く向けてくる眼に、


「龍人族と人間の混血って意味です」

 

 なんてこともないようにアルは答えた。


 いつかは知られることになるだろうし、今更だ。


 心の中でそんな風に言い訳めいた独白を溢す。


 チラリと観衆の方を見れば、「君達は知っていたのか?」とヘンドリックがマルクガルムに訊いて「当たり前だろ」と回答を貰っているし、「そんな存在がいたのか」とラインハルトは瞳を大きく開いている。


 アニスは「えっ?アルクス君、半魔族なの?じゃあ、”魔法”はどうなるの……?」と凛華に訊ね、「……使えないわ」と応えにくそうな回答を貰っていた。


 しかし森人族の耳はどうやらそれを拾っていたらしい。


「つまり”魔法”も使えぬ半端者、と。貴様はそんな存在なのだな?」


「ええ、まぁそんな感じです」


 セルジュの勝ち誇ったような顔にアルは肩を竦めてみせる。


「良いか? 私は帝国建国の折、学院長と共に大戦の野を駆けたオリヴィエの血を引く者。 英雄の血だ。 ゆえに故郷では族長の一族でな。 わかるか? そんな血にはあのシルフィエーラのような可憐で愛らしい女性が好ましい」


「はぁ…………?」


「カァ?」


 謳うような声音で言ってみせるセルジュにアルは左肩の夜天翡翠と目を合わせ、首を傾げながら気のない返答を寄越した。


 自身と色恋を一切結び付けてない為、理解ができないのだ。


 この呼び出しが一目惚れした女の子にすげなくされ、恥をかかされたことを相手の男を呼んで虚仮にしようとしている嫉妬によるものである、と。


 アピールしたいならエーラの前でやれば良いだろうに、くらいにしか思っていない。


「はぁ、ではない!貴様のような、どこのどの血が流れているような者にシルフィエーラは相応しくない、と言っているのだ!」


「えーと……」


 ―――――つまり、何が言いたいんだろ?


 残念ながらアルの父はれっきとした帝国貴族の血を引いているし、母もかなり強い龍人族である。


 言われたことが一切当て嵌まらないせいでちっとも怒るに怒れないアルは困ってしまった。


 その代わりと言ってはなんだが、エーラの顔から表情が抜け落ちている。


「わかったか? ”魔法”も使えぬ下賤な血では彼女に釣り合わん。 貴様のような者は人間の血を喜んで受け入れた貴様の母のように奇特な女が似合いだ。 彼女から手を引け!」


 その一言にムッときたアルはようやく事態を理解した。


魔族(どうほう)だと思ってたけど、前世の俺(長月)の言う通りケリアさんやプリムラさん達は上澄みだったんだなぁ)


 そうとわかれば話は早い。


 アルの心が冷えていく。


 無表情になっていくアルとは裏腹に、凛華は不愉快そうに柳眉を顰め、ラウラも口元を引き結ぶ。


 エーラは複合弓を取り出していた。目には殺意。


 慌ててマルクがエーラを押さえるなか、高らかにセルジュは言い放つ。


「つまりだ!彼女には――――」


「もう喋らなくていいぞ」


 しかしアルはセルジュの言葉を強引に遮った。


 まるで緊張感も無く、つまらないものを見るようなアルの眼つきにセルジュは苛立つ。


「ならば――――」


「答えてやる。 本人が望んだならまだしも、お前にエーラはやらん。 釣り合うだのなんだの、偉そうに言ってたけど、お前ら三人合わせたってエーラの足元にも及ばない。 圧倒的に格が足りん。 お前にゃ勿体なさすぎる。 以上」


 んじゃ昼食ってないんで、と言ってアルは踵を返した。


「カァ~」


 肩の夜天翡翠が「おなかへったねー」というように鳴く。


 仲間達の方を見ると、エーラは嬉しそうにくねくねしているし、凛華とラウラはうんうんと頷いている。


 マルクとソーニャはなぜか胸を撫で下ろしていた。


 そこで目を見開いたラインハルトが叫ぶ。


「アルクス!後ろだ!」


 セルジュのお付きの2人が風の刃を飛ばしてきていたのだ。


 しかしアルは冷えた顔つきで、


「知ってる」


 と答えて背中から魔力を噴き出すようにして風刃を逸らした。


(刃傷沙汰は極力避けないと)


 庇護の件が飛ぶな、とアルは心中で溢して振り返る。


 そこには嚇怒で顔を真っ赤に染めたセルジュとお付きの森人族が2人剣を抜いていた。


 長く鋭い葉を模したような剣。


「貴様は我が一族を愚弄したぞ!半龍人!」


 セルジュが気炎を上げる。


「俺が愚弄したのはお前達だけだ。人の話を聞け」


 しかしアルは益々白けた表情でのたまった。


 冷えていくアルの心を体現した赤褐色の瞳が3人の森人族を映す。


 その様子に一瞬怖気づいたもののセルジュは叫んだ。


「やれ!我が一族を愚弄した下賤の血を排除せよ!」


「はっ!」


「お任せを!」


 男子と女子の森人族の生徒は『精霊感応(”魔法”)』を用いて風を自身に纏わせると一気に加速する。


「「アルクスっ!」」


「アルクス君!」


 ”魔法”の効果に驚いたヘンドリックとラインハルト、まさか本当に”魔法”を使うなんてとアニスが悲鳴のような声を上げた。


 しかし『不知火』の誰も何も言わない。


 なぜなら遅すぎたからだ。


 『黒鉄の旋風』のケリアやプリムラはもっと軽く、もっと縦横無尽に動く。


 とてもではないが英雄の血族とは思えぬ遅さだった。


 ゆえにアルは『八針封刻紋』を解くこともせず、左肩の夜天翡翠を空に逃がすこともせず。


「弱い」


 アルの右側から迫った男子生徒の振りかぶった剣を右手で軽くはたき、そのまま鳩尾へ拳をめり込ませた。


「ぐっ……ぼはぁっ!?」


 身体中から力を抜かれたような衝撃と鳩尾を抉り抜かれた痛みに体液を撒き散らしながらしゃがみ込むお付きの一人。


「おのれぇ!」


 左側から迫った女子生徒の剣はアルはすいっと懐に潜り込んで、そのまま手首を握り、


(とろ)い」


 とぶん投げた。コキュッという音と共に運動場の壁に吹き飛んでいくお付きの片割れ。


「ぎゃ……ぶっ!」


 そのまま壁面に叩きつけられ、肺に残っていた酸素をすべて吐き出して頽れる。


 ヘンドリック達心配で見に来ていた7組の生徒数名が、


「お、おお……すごい」「体捌きだけで”魔法”使ってる上級生を倒したのか?」「すっごいんだねえ!凛華達が焦ってなかったワケがわかったよ!」


 アルの鮮やかな手並みに感じ入ったのか青褪めていた表情を変えた。


「他愛ない」


「カア!」


 そんな中、言い捨てたアルにセルジュが激昂し、葉状剣に風を纏わせてヒュオッ!と突撃してきた。


 風を纏っている為、速いは速い。が、それだけである。


「貴っ様ぁ!」


 怒りを湛えた顔でヒュッ!と跳び上がり、大上段から葉状剣を振り下ろすセルジュ。


 しかし、大上段とはつまり攻撃に重きを置いた構え。要は隙だらけだということ。


「ほれ」


 アルはついっと懐に踏み込んで思いきり右足を振り上げた。


 ガァン!と響くような音と周囲から「ひえっ!」と男子生徒達の声が上がる。


 アルはセルジュの股間を蹴り上げたのだ。


「お、ほぉッ!?ご、ぐぐ、げ、お、あ、ふ、う…………っ!?」


「感触が気持ち悪い」


「カァ~……」


 葉状剣を取り落として頽れるセルジュにアルは最低な言葉を吐き、「うぇ~、えんがちょ~」と鳴く夜天翡翠を撫でながらさっさと踵を返した。


 血が上っていてもわかるほど、大きな実力の差。しかし――――。


「ぎ、キザマがいぐら強かろうと……っ! 魔族(われわれ)が本気で受け入れるとでも思っているのか!? 半魔族なぞ! 誰が受け入れるんだ!? ええ!? 言ってみろ、”魔法”も使えぬ半龍人風情が! ギサマの未来など、一人に決まっている! 大人しく彼女を渡していれば彼女だって苦しむことはない! 私の手で幸せに――――」


 痛みに顔を青褪めさせたセルジュはよだれをダラダラ垂らしながら、地べたに顔を擦りつけた格好で罵詈雑言を浴びせてきた。


 誰にも受け入れられない未来。

 

 それはアルが藻掻いても藻掻いても何も成し得なかったときに辿り着く将来。


「…………」


 思わぬところから心の芯を抉られたアルはそのまま立ち止まって沈黙してしまう。


 かつて鋼業都市でルドルフにもそう言われた。


 あの大悪党の場合は自陣に引き込みたかったからだが、こちらは理由こそどうあれ魔族本人からの言葉だ。


(やっぱ案外、傷つくなぁ)


 アルは悲しそうな、寂しそうな顔を一瞬見せ、


「かもな。その時はどこへなりとも潔く姿を眩ますさ。でもそれは今じゃないし、お前に決められることでもないんだよ」


 振り返らず口の端を歪めながらそう告げて歩き出した。


「ぐ、この……くそぉ……!」


 セルジュが何か言っているが気にしない。


 嫌な事を言ってくれたもんだ、とアルが顔を上げたと同時、


「アルーっ!そいつら止めろ!!」


 とマルクの声が聞こえた。


「へ?」


 アルの視界には、冰の金棒を携えた凛華と矢筒に入っていた矢を捩じれさせて太い槍に変えたエーラ。


 青筋を浮かべ、青と緑の眼を爛々とさせている2人の顔は怒りに満ち満ちている。


 何をしようとしているか、言われなくてもアルにはわかった。


「ちょちょちょちょ!?待った待った待った!止まって!落ち着け二人とも!」


 泡を食ったアルは2人に抱き着くように押さえにかかる。


 しかしエーラが、


「ぶっ殺す……!」


 凛華が、


「潰す……!」


 とそれぞれ物騒な言葉を吐いて得物を振り抜いてしまった。


「あっ!ちょ、待て待て!」


 アルが慌てて制止したおかげか、ビュ……ゴオッ!とエーラの槍がセルジュの顔面をギリギリ躱し、それでも頭頂部を掠め、


「ひッ……痛いいだいいだいだいいだい!」


 金髪をブチブチブチィ!と千切りながら飛んでいった。


 セルジュは懸想相手に禿げさせられ、みっともなく後退りする。


「だから待てって!」


 そこへ、凛華が冰金棒をドガァァァ―――ン!と振り下ろした。


 こちらもアルが止めたおかげで直撃を受けず、セルジュの股間スレスレに落ちている。


 あと僅かでもズレていれば世継ぎができなくなったであろうセルジュはエーラと凛華の殺気に恐怖して失禁し始めた。


「ひぃっ……あ、痛っいだだだだっ!?」


 が、漏らしたところから金棒が凍らせていく。


 有り体に言って地獄だ。


「アル!邪魔しないで!」


「このドクズ野郎を殺せないでしょ!?」


「人死にはマズいって!」


 エーラは鮮緑に眼を輝かせ、凛華は鬼歯を剥き出しにしてブチキレている。


 まだまだ怒りが収まりそうもない。


 なんと言っても想い人(アル)にあんな顔させたのだ。


 許す気など毛頭なかった。


 観衆の方では、


「『蒼火撃』はやめろラウラ!指輪まで使うんじゃねえ!ソーニャ!?お前も止めろよ!」


 ラウラの杖剣を無理矢理上向かせてマルクが叫んでいる。


「ふむ。だがマルク、ヤツは未来の族長だというではないか。あんなのが族長になったらコトだ。今の内に首を挿げ替えておくが吉ではないか?」


「吉ではねえよ!?お前まで何言ってんだ!」


「むっ……ではヤツの言うことが正しい、と?」

 

 見損なったぞ、と言わんばかりのソーニャ。


「違えって!もう充分だろ!?格の違いは見せつけたし、あれだけやったらエーラに絡んでくることもねえって!殺す必要ねえっつってんだ!」


「ああいう手合いはまたちょろちょろと鬱陶しい真似をしてくるって相場が決まってます。だから早い内に摘んでおくんです」


 杖剣を押さえられたまま酷薄な台詞を吐くラウラ。


「そうだぞ。ラウラは後の面倒を早期に解決しようとしているのだ。何も間違っていない」


 ふん、とそっぽを向いてソーニャも賛同する。


 人間と魔族の恋など有り得ない、と言われたようなものだ。


 ラウラもソーニャも怒って当然だった。


 どちらも想い人は魔族なのだから。


「お前らな……!くっそ!おいアル!こいつらがその連中殺っちまう前に話つけろ!」


 マルクの悲鳴のような叫び。


 凛華とエーラを押さえていたアルは、


「はぁ!?もうつけたって!ちょ、凛華!金棒作らない!エーラも槍もっかい作ろうとしない!」


 グイグイ押してくる二人を止めつつ思考する。


 そして――――……。


「わかった!わかったから!こいつらにもう二度と手を出させないように約束させるから!な!?ちょっと止ま……止ま、止まってって!」


 破れかぶれで案を出す。


 エーラと凛華はアルの顔をじぃっと見て、


「首、刎ねる?」


「柵に飾る?それともこいつらの故郷(さと)に送りつける?」


 と問うてきた。表情だけは可愛らしい。


「どこの蛮族だよ。違うから。そんなに怒らなくても皆が怒ってくれたからもう大丈夫だよ」


 アルはそう言ってエーラと凛華の髪を撫でてやる。


「むぅ、ホント?」


「じゃあどうするの?」


 耳長娘と鬼娘は少しだけホッとしたような表情を浮かべて問うた。


 アルはニヤリと笑って、


「今回はエーラだったけど、凛華もラウラもソーニャも、うちの女性陣には今回みたいな騒動に巻き込まれる可能性ある。だから今のうちに怖ーいお兄さん達がついてるってことを教え込んどこうと思ってね」


 と言うと「マルクー二人を連れてちょっと来てくれー」と呼んだ。


「ん?なんだ?」


 ラウラとソーニャの方もどうにか収まったらしい。二人を押しながらマルクがサッと現れる。


「こいつらにって建前で周りを威圧する。全開で行こう」


「そういうことか。良いんじゃね?」


 悪戯好きな笑みを浮かべる親友にマルクはフッと笑った。


「さぁて、そこの身の程知らずなセルジュ・オリヴィエと頼りにならん従者二名!」


 アルは周囲に聞こえるようあえて大声で呼ぶ。


「……な、なんだ……?私に何を――――」


 セルジュは怯えるように後退った。


 しかし、後の祭りである。


「何を?盛大にビビってもらう為の余興だよ。さーて俺達、武芸者一党『不知火』!有象無象の男共が寄ってくるぐらいにはキレイどころが多い!」


 アルはそう言ってエーラ達をそれとなく示す。


 観衆の目が自然とそちらに向かった。


 女性陣4名は急な展開に少々顔を赤らめたりしている。


「が、フザけた連中がその花々に手を掛けようってんなら……その指、俺とマルクが斬り落とす!その覚悟があるのなら、まずは俺達に示してもらおう!でなけりゃ彼女らには触れさせん」


 アルはそう言ってカチカチカチカチッ!と『封刻紋』を5針解く。


 ”灰髪”に緋瞳のアルと合図を受けたマルクがゆらりと『人狼化』した。


 女性陣4名は二人が何をするかようやく理解できたらしい。


「な……な、にを…………!?」


「黙ってろ」


 セルジュにピシャリとマルクが言い、


「それはお前の目で確かめろよ、上級生」


 アルは言うが早いか、戦闘状態にまで急激に魔力を昂らせた。


 マルクがそれに続く。


 ドン!と響き渡るほどの音をさせ、吹き上がり、渦を巻く魔力が一挙に撒き散らされる。


 観衆は思わず瞠目した。


 まだまだ薄っすらとだが、視認できるほど深みに達した魔力が運動場に軽い地割れを起こし、暴風の如く吹き荒れていく。


「なっ、魔力が暴れて……!?しかも、どんどん上がっていくぞ」


 ヘンドリックは眼を見開く。


(なんという魔力だ……!)


 とうとう渦巻く魔力が小規模な竜巻を幾つも成してビリビリと観衆達の身体を揺らし、轟々と流れる轟音が耳朶を打っていく。


「な、なんつー魔力だよこれ!」


「やべえって!魔族の生徒だからってんじゃねえぞこれ!」


 上級生の中には鍛えられた魔力であることに気付く者も半数はいるようだ。


「うわぁ……アルクス君に火の精が集まってるよ」


「は、まだ何かやる気なのか!?」


 朱色に瞳を輝かせたアニスに、手で風を防いでいたラインハルトが叫ぶように問う。


「たぶんね!」


 アニスがそう答えた途端、轟々と吹き荒れる嵐の中心にいたアルが、


「すぅぅぅぅぅ~~っ…………ガ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア アッ!」


 天高く吼えた。


 腹を叩く魔力の波動。膨れ上がり続ける熱気。


 女性陣もマルクも涼しい顔で立っている。


「こ、今度は何だってんだ!?」


 観衆達がざわめくなか、ある者が気づいた。


 段々と運動場に影が差していくことに。

 

 金環に瞳孔を彩られたアルが発した魔力の咆哮は異常な熱を帯び、天へと駆け抜けたのだ。


 その結果はどうなるか。


「雲が…………!」


 暗雲がいつの間にか広がっていた。


 アルの機嫌を表すかのような真っ黒な雲。


 もう身体から出す物などないと言わんばかりに鼻水も涙も出し尽くしたセルジュの前にアルはしゃがむ込む。


「ひいっ……!」


 龍眼の中に浮かぶ金縁の瞳孔。


「おい上級生。俺の言いたいこと、わかるよな?」


 まるで伝承にある龍種の睨み。


「も、もう彼女に近付きません!」


 声が出ただけマシだろう。


「そんだけか?」


「根に持ったりもしません!金輪際手を出すような真似はしません!」


 ぐじゅぐじゅで涙を垂れ流すセルジュの懇願。


 アルはニッと尖った歯を剥く。


「上等」


「おいアル。雨降っちまうぞ」


 マルクが呼び掛けると、


「んじゃ晴らすとするか」


 何の気なしにアルはそう言って刃尾刀を抜いた。


 後退るセルジュ。


 その途端、灼熱の剣気が爆発した。


「いっ!?今度はなんだよ!?」


「これ……剣気だ。うちの爺様がこんな感じのやってた」


「マジかよ!?お前の爺様何者?」


「武芸者……」


「武芸者ってやべえな。どうりで等級の高い武芸者達は良い暮らししてるのが多いと思ったよ」


 観衆がそんな風に溢すなか、アルはピタリと動きを止め、


「ふッ!はッ!」


 天へ向けて陽炎が揺らめく刃尾刀を二閃させる。


 陽炎がかかった剣閃を捉えられた生徒はいかほどいただろうか。


 昇り龍が如く雲を十字に突き抜けた剣閃は雲をド……パァッ!と吹き散らしていく。


 観衆は「おお~」と声をあげた。


 ヘンドリックとラインハルト、アニス達はショーでも見ているかのように拍手している。


 悪くない余興(デモンストレーション)にはなったらしい。


 アルは心中でそう呟きつつ、刃尾刀を納め、『封刻紋』を閉じ直した。


「さ、戻ろ――――」


 そう言い掛けた瞬間、


「天晴れ!良き沙汰であったぞ!”鬼火”の小童ァ!」


 ドォン!と運動場の地面を割って学院長シマヅ・誾千代が飛び込んできた。


「俺、酷い怪我は負わせてませんからね」


 予防線を張るアル。この学院長がこれだけの騒ぎに気付いていない可能性の方が低い。


「見ておったゆえ知っておる!そこの餓鬼が禿げた以外に瑕疵はなかろうて」


 禿げ餓鬼呼ばわりされたセルジュは傷ついた顔をした後、


「が、学院長殿、私は…………」


 何かを言い掛けたが言葉が浮かばなかったらしい。


「見ておった。 森人(どうぞく)に懸想するも、想いを告げるもそれはお前の自由。 己れと共に戦ったオリヴィエの一族を誇るも悪いことではない。 あれらは真に戦士。 己れの大事な戦友ぞ。 だが、威を借りて良いとは一言も言うとらんのと違うか? ああ? おい耳長の餓鬼、誰が己れの戦友の威を借りて良いなぞとほざきやった?」


 悪鬼のような顔で怒りを見せ、低く低く声をかける誾千代にセルジュはガタガタと震え出す。


「も、申し訳っ……!」


「しかもこやつが半龍人であると知った時、お前勝ち誇った顔しやったな? いつから聖国のクソ共と同じ考え方するようになりやった? ああ? そんなもん、己れらは教えてねえ。 来い、餓鬼共(てめえら)の親ごと拳骨(こぶし)入れてくれる」


 胸倉を掴まれていくセルジュ。


 お付きの2名も怯えたような顔をするが、アルとマルクの魔力に腰を抜かし、誾千代に睨まれればどうしようもない。


 ひょいひょいと摘まむように担がれていく。


「”鬼火”と”黒腕”の小童共よ!そこの地ならしはしておけよ!」


「はい」「うす」


 誾千代はそう言ってさっさと戻って行った。


「均してさっさと昼食いに戻ろうぜ」


「そうだね」


 マルクとアルが頷き合うと、


「あたしらも手伝ってあげるわ」


「うんうん!ボクも手伝うよ~」


「私もです」


「うむ。手伝ってやろう」


 と女性陣4名が加わってくる。


 パッと見ただけでわかるほど全員が上機嫌だ。


 凛華は嬉しそうに口元をむにむにさせ、エーラは飛び跳ねるように楽しそうにしているし、ラウラはいつもの2倍はにこやか、ソーニャもやたらとはしゃいでいるように見える。


 アルとマルクは時折「そこもうちょっと」だの「もう少し丁寧に」だの言われつつ、


「ねえ、四人の為にやったのに偉そうなんだけど」


「ほっとけほっとけ。さっさと飯にすんぞ」


 肩を竦め合ってぼやくのだった。

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