4話 始まった学院生活 (虹耀暦1287年9月:アルクス15歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
アルクス達6人一党『不知火』が合格を果たしたターフェル魔導学院の校風は、学院長である巨鬼族の影響を受けてか比較的自由だ。
帝都西区の外れにある士官学校とは違い主な目的が魔導師の育成なので当然と言えば当然なのだが、半ば義務化されている年少の一般人が通う学校より更に自由であると言えばよりわかりやすいだろう。
学年ごとに色の違う学院の紋章刺繍と学生証さえ携帯していれば服装は好きにして良いし、席も自由、基本的には受講が推奨されているものの講義に出席点という概念もない。
要は休暇前に実施される定期試験で実力さえ示せば学院生でいられるのだ。
それでも、入学式の翌日から学院に来ないという胆力のある生徒は一人もおらず、アル達の所属する7組の教室には生徒全員が座していた。
とは云っても人数はそれほど多くはない。せいぜい30名ほど。
人間が大多数だが中には半獣人らしき者もいれば明らかに浮いてはいたが鉱人族もいる。
アルが昨日知り合った辺境伯家の次男ヘンドリック・シュペーアも前列の方で眼鏡を拭いていた。
ちなみに収容人数の割に教室自体は広い。組の談話室も兼ねているようだ。
「お前達はいつ頃から武芸者登録したんだ?」
アルの前に座っている、金髪に切れ長の瞳をした男子生徒が問うてくる。
控えめに云っても品の良さそうな顔立ちの彼はラインハルト・ゴルトハービヒト。
昨日の入学式の朝、正門前で揉めていた金髪兄弟の弟の方だ。
どうやら同じ組だったらしく、今朝方いきなりアル達の前に出てきて「昨日は兄がすまなかった」と頭を下げてきた。
事情を聞いてみれば、帝都北部にある由緒正しい侯爵家の生まれだそうだが、自分を産んで母が早逝したことを理由に3つ違う兄と父親から嫌われており、ずっと折り合いが悪かったそうだ。
実家から逃れ、学院の寮に入る為に勉強していたとのこと。
5つ上の姉のおかげで何とかまともな生活は送れていたものの使用人達からは腫れ物扱い、食事すら別の時間だったらしい。
その話を聞いていた凛華とシルフィエーラは非常に不愉快そうな顔をしていたが、ラインハルトにとっては侯爵家から逃れられたので今はもうどうでも良いそうだ。
「えーと……一年くらい前だっけ?」
「そのくらいですね」
左肩に眠っている三ツ足鴉を乗せて顎をさするアルに隣のラウラがこくこくと頷く。
アルはチャリッと胸元から認識票を取り出しつつ、登録日の刻印を確認して「だね」と言った。
「一年……一年で三等級にまで上がったのか。そちらは四等級だったな。しかも人間」
ラインハルトは憂いを奥底に秘めた顔で人間の少女達に羨望の眼差しを送る。
彼にとって自活できる能力というのは垂涎ものだ。
「ま、それなりに修羅場はくぐったからな。そう言うお前は登録してないのか?」
席の左端にいたマルクガルムはワインレッドの髪を手梳きながらラインハルトに問うた。
すでにラインハルトが真っ当な人格を有していることを理解できているので雰囲気もある程度柔らかい。
「剣を学んでいる間しか家の外に出されることはなかったからな。だが、登録はするつもりだ」
ラインハルトの父と云うのは相当に厄介な性格をしているらしい。
息子を疎んでおきながら、貴族教育は施そうとしているあたりでわかるというものだ。
「ラインハルトが学んだ剣ってどんなの?」
貴族ってのは面倒なもんだ、と心中で溢しているとアルの隣にいた凛華が問う。
「軍剣術だ。領軍の兵が指導してくれた。そちらのツェシュタール流はともかくアルクスのは?あまり見ない形の剣だが」
帝国式軍剣術とは軍刀を用い、近接格闘術を織り込んだ実戦を念頭に置いた剣術だ。
ラインハルトはアルが机に立てかけている二振りの刀を見やって問い返した。
同じく立てかけるしかなかった凛華の尾重剣に関してはツェシュタール流だろうことは問わずともわかる。
「六道穿光流。大陸にはない、極東の島国の剣術だよ。一応中伝。こっちの凛華も」
「あたしもツェシュタール流大剣術、双剣術どっちも中伝よ」
「六道穿光流……は聞いたことのない流派だが、二人とも中伝に達しているのなら相応に腕が立つのだな」
何段あるのかラインハルトにはわからないが、剣術の最初は初段から。
修練を積み重ねて初めて初伝となる。
「それなりにね」「まあね」
然して誇るでもないアルと凛華の様子にラインハルトはほんの少しだけ目を細めた。
姉が昔、本当に強い者は無暗に驕ったり、誇ったりしないのだと言っていた。
それが確かならきっとこの妖異な雰囲気を漂わせた傾奇者も、彼に率いられる『不知火』という一党も強いのだろう。
「そうか……いつか、武芸者登録を済ませたら聞くことがあるかもしれん」
「その時は武芸者の先輩として相談に乗ろうじゃないか」「おうよ、任しときな」
おどけて胸を張るアルとマルク。
「ここぞとばかりに先輩風吹かせるわね」
「ですね」
隣の凛華はクスクス笑い、ラウラもフフッと笑い声を漏らす。
「フッ、ああ頼む」
ラインハルトは一瞬毒気を抜かれたような顔をして、頷きながら笑みを溢した。
彼にとってここまで心穏やかに過ごせたことは未だ嘗てない。
「ふぇ、じゃあ魔導技士になりたくてここ入ったの?」
「そうさ!『鍛冶ばっかりが鉱人の道じゃあねえ』ってオヤジが言ってくれてね!」
「それで魔導技士か。友人に特殊技士の資格を持っている武芸者がいるぞ」
「マジ!?あれ持ってるって相当稀少だよ!?」
「大マジだよ~。レイチェルって言うボクらより少し年上の女の子」
「自分で作った魔導機構銃二挺を武器にしていてな。並の属性魔力とは較べ物にならん威力の術式弾を撃つのだ」
「へぇー!へぇー!いっぺん会ってみたいなぁ!」
ラウラの右隣に座っていたシルフィエーラとソーニャは後ろにいた鉱人の女子生徒と何やら盛り上がっている。
『不知火』の中では一番小柄なエーラより更に小柄で赤いくるくるの巻き毛が特徴のその女子生徒の名前はアニス・ウィンストン。
アル達と同い年の鉱人族の少女だ。
華奢に見えるが鉱人の特性により女性的な部分はかなり豊かで、そこいらの男子生徒より筋力も上である。
何やら上流階級っぽいお嬢様とその護衛っぽい数人組や一般家庭出っぽい者まで様々な人間の女子生徒達はまだ距離を掴みかねているのか様子見をしているらしい。
それに対してエーラやアニスは魔族。
枠や先入観には囚われないので、きっと同胞と云うことでどちらかが話しかけたのだろう。
楽しそうに話す3人に、凛華とラウラが突撃した。
「あたしは鬼人族の凛華よ。その二人と同じ『不知火』の一党に所属してるわ」
「同じくラウラです。よろしくお願いしますね」
「アタシはアニス!よろしくね!そのおっきい大剣、すんごい業物だよね!?」
褐色の瞳をキラキラさせてアニスがそう言うと、
「あら、わかるの?うちの故郷の鉱人鍛冶師が打ってくれたのよ」
凛華は嬉しそうに尾重剣を見せる。
「そりゃオヤジは鍛冶師だもん!でもラウラ、さん?ちゃん?」
「ラウラで良いですよ」
「じゃアタシもアニスで良いよ!そのラウラの剣からも不思議な感じがする!」
アニスは印象強い大きな目をくりくりさせて今度はラウラの腰に目をやった。
家が鍛冶工房なおかげか彼女の目は人並み以上に肥えているらしい。
「杖剣って言う私の大事な武器なんです」
「それこそ魔導具や魔導機構銃に近いかもな」
ラウラが大事そうに杖剣の鞘に触れると、ソーニャがそんな風に補足した。
ちなみにだが『不知火』の6名ともいつも通り完全武装である。
一番軽装なマルクでさえ胴当てを付けているし、アルは三振りの剣は勿論、紅籠手を両手に嵌め、龍鱗布を羽織風に着込んでいる。
凛華も短裾上衣の防具を着込んで尾重剣も直剣も持ってきているし、エーラも短外套を纏って弓を持っている。
ラウラは軽胸甲に杖剣、ソーニャに至っては剣先が広がっている直剣に盾、その上全身鎧だ。
武器の持ち込み申請はなかなかに面倒だったが、こればっかりはこれまでの経験が経験なので致し方ないことである。
「へぇー!はー……でもちょっと安心したかも。アタシ鉱人だから馴染めるか不安だったんだー」
「それはボクらもだよ~」
豊かな胸を撫で下ろすアニスにエーラがニコニコと笑む。
数少ない魔族同士仲間意識ができたようだ。
「あいつらも楽しそうで良かったじゃねえか」
そんな女性陣を見ながらマルクがポツリと呟くようにアルへ声を届けた。
「うん、そう思う」
アルは安堵したような顔を見せ、一瞬だけ瞳に憂いとも不安ともつかない色を帯びる。
昨日珍しく魂の内面空間に前世の己――――長月から呼び出されて言われた言葉に起因する。
『おい兄弟。 お前が仲間の為に気ィ張ってんのはわかるぜ? いっつもかっつも背筋に力入れっぱなしで、不安だからって頭の中ぐるぐるぐるぐる先々のこと考えてるもんな。
でも、けども、だ。それでも言ってやる。
学生生活ってのは人生に一回こっきりしかねえ。 俺だって、なんやかんや高校で部活やってた頃の友達とああやってツーリングだのなんだの出向いてたんだ。 ま、走ってった先で死んじまったけどな。 とにかくだ。 張り詰めるのをやめろ、とは言わねえよ俺も。
だが緒を緩める時間も要るんじゃねえか? いつも気ぃ張って倒れてちゃ世話ねえ。 お前がそこまで完璧じゃねえのは、自分でもわかってるだろ? 気は抜くな、だども緒を緩めることはちったぁ覚えろよ』
とのことだった。
(……とは言ってもまだ難しいや)
きっとそれは己が未熟でパッパッと切り替えられないからだろう。
今も背筋を貫いている凝り固まった神経を解きほぐすようにアルはふぅーと深めに息を吐く。
「アル?どうかしたの?」
すると、その様子を見ていた凛華がひょこっと覗き込んだ。
スッと整った面差しに青く澄んだ瞳には心配の色が浮かんでいる。
「何でもない。学生生活にまだ慣れない自分がいるってだけだよ」
アルは微かに心臓が跳ねるのを自覚しつつ、ふにゃりと笑って凛華の艶やかな黒髪を撫でてやった。
エーラもそうだが凛華も昔からアルの細かな機微によく気が付く。
「ちょ、ちょっと髪乱れちゃうでしょ」
「ごめんごめん――――っと先生が来たっぽいよ」
少しばかり照れているもののちっとも嫌がってはいなさそうな凛華に謝りつつアルがそう言うと、途端に教室が水を打ったように静まり返った。
まだまだ生徒同士のグループなど出来ていない為アルの声がよく通ったのだろう。
引き戸式の扉がガラリと開いて、丸眼鏡をかけた優男が入ってきた。
歳はアル達より10以上は上、おそらく『黒鉄の旋風』の面子よりも更に上だろう。
「おや、また随分お行儀の良い子達みたいだね」
丸眼鏡の男は緑青の癖っ毛を揺らして首を巡らせ、シィンとしている教室にそんな感想を述べる。
あれは確かアルの実技試験を担当していた教員の一人だ。
彼は教室全体を見回して一つ頷くと、
「よし、じゃあ今日から学院の日々が始まるってことで自己紹介からさせてもらおう。 僕の名前はコンラート・フックス。 この学院の卒業生で君らの担任だよ。 普段は教職員室にいるけど学業のことでも、それ以外でも何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれて構わない。 これから四年間よろしくね」
と言って黒板に自分の名前を書いた。
『不知火』の6名やアニス、ラインハルト、ヘンドリックを始めとした生徒達が「よろしくお願いします」と頭を下げ、他の生徒達も彼らほど大きな声ではないがボソボソと挨拶を返す。
「最初の2年はこの教室で授業をやるって言うのは――――うん、聞いてるみたいだね。 まあすぐに講義を初めても良いんだけど、そうだなぁ…………今日は初回だし、皆に簡単な自己紹介でもしてもらおうかな」
コンラートはそう言って言葉を区切り、
「じゃあまずは言い出しっぺの僕からにしよう。 僕はこの学院を二十年ほど前に卒業した魔導師で歳は三十八歳。 専攻は民俗学。 特に各地に残っている伝承や”呪詛”の類を研究しててね。 魔導遺物を見つけたこともあるんだよ」
と柔らかい表情で言った。
「はい先生」
アルが思わずと云った様子で手を上げる。
「うん?何だい?アルクス・ルミナス君」
コンラートがアルの方を指し示しながら問い返すと、アルは奇妙な顔で肩眉を吊り上げた。
なにせこの世界の写真技術はまだ発展していない。
一枚撮影するのに何時間もかかったりするわけではないが、まだまだ普及しているとは言い辛く、当然ながら学生証にだってアルの顔写真があるわけではない。
(ってなんで名前まで……?)
背筋へ急速にギシ……ッと絡み直してくる神経をアルが自覚していると、
「僕も実技試験の場にいたんだよ? こちらが魔導具を使っていることに気付き、そのうえ起動要件を満たす最低限の魔力で真言術式の定型魔術を使用して最速満点合格を叩き出した君のことを憶えていないわけないだろう? あえて”鬼火”君と呼ぶけど、ここは君が戦ってきた危険な場所じゃなくてシマヅ学院長がいる魔導学院だ」
だからそう警戒しないでも大丈夫だよ、と言外にコンラートは告げた。
「…………すいません」
アルがペコリと頭を下げる。
なぜか前列のヘンドリックは目を真ん丸にしてこちらを振り返っていた。
「気持ちはわからないでもないけどね。それで、何か質問かな?」
「あ、はい。スソってなんですか?」
妙に視線が集まっているのを感じたがアルは無視して訊ねる。
「”呪詛”と云うのは、大陸でも長らく実態が掴めないとされていた人に害をなす類の現象のことだよ。 かつては怨霊や戦死した霊魂が引き起こす”怪異”なんて呼ばれ方もしていたけれど、厳密にはそうじゃない。 いやそうでなかった、と云うのが正しいね。
人心に被害を出す負の伝承。 言い伝え。 確かに存在するけれど、説明のつかない不可思議と云うより不気味なもの。 つまりは”呪い”さ。 それを総称して”呪詛”と呼んでるんだ」
「”呪い”……って概念があるんですか?」
この世界にも。
アルは少々呆然としつつ担任教諭と目線を合わせる。
もはや他の生徒の視線など気にもならない。
コンラートは楽し気に目を細めた。
(なるほど。素直で熱心。意欲も高い。その歳であんな事ができたわけだよ)
在野の魔導師と呼べうるアルが、己の専攻分野に関心を持ってくれている。
発奮もしようというものだ。
「うん。アルクス君は詠唱術式のことは知っているかな?」
「はい。今では廃れてる技術の一つです。詠唱中に魔力を乗せ続けないと効力を発揮しないので難易度が恐ろしく高くて使い手が減っていったと聞いてます」
アルの回答にコンラートはうんうんと満足そうに頷く。
「その通り。さすがに話せるね。その詠唱術式だけど、その昔……それこそ虹耀暦以前にはこう呼ばれていたんじゃないかと言われてる。”呪い詞”、もしくは”呪文”ってね」
「じゃあ現代には衰退して無くなってる技術だけど、古くはそういう技術が主だったってことですか?
確か教会や祭りで唱えられる今の祝詞や聖句はその名残だって聞きましたけど」
ハッとしてアルが問うと、コンラートはたちまち破顔した。
「ほお!君のお師匠様はさすがに博識だ!その通り!またまた大正解だよ!僕はそういった言葉からかつての歴史や習慣を彫り起こす専門家なんだ」
「でも、その”呪い詞”や”呪文”からどうやって”呪詛”に繋がるんです? その”呪詛”って悪いモノ――――現象なんですよね? 少なくとも今の祝詞や聖句に負の印象を感じるようなものはないと思いますけど」
「良い質問だよアルクス君!」
もはやアルとコンラートの独壇場である。
「アルクス君、僕らが扱う魔術と云うのはひどく論理的だと思わないかい?」
「はい、そう思います。俺は世界に対する上奏文を術式、魔力を通貨だと考えて扱ってます」
「はははは!素晴らしい見識だ!そうか、上奏文か!上手いもんだ!」
たがが外れたような顔で笑い出すコンラート。
魔族組の3人は「しょうがないなぁ」と云う顔、ラウラとソーニャは苦笑を浮かべ、他の生徒達はポカンとした顔と云うよりちょっと担任を怖がりながら二人のやり取りを見ている。
「それでだ、アルクス君。その論理的な魔術において、いまだ曖昧な部分がある。それは何だと思う?」
「曖昧?うーん……あ、想像するという過程だと思います。魔術を創るうえで一番大変なのは、そこと術式の齟齬をなくしていくことなので」
想像だけでも術式だけでもダメなのが魔術という技術体系だ。
「またまたまたその通り!!僕の考えではその想像力こそが最も”呪い詞”に必要で、その為に願う必要があったんじゃないかと考えてる」
「願う、ですか……?あ、そう言えば聖国の魔術はやたらと簡素っていうか、古臭かったですね。あちらは女神に祈って魔術を使うとか。そう考えれば詠唱術式の名残なのかもしれません」
「ほう!ほうほう!おお!良いぞアルクス君!君はなかなかの逸材だ!それで、君はこの話と”呪詛”がどう繋がると思う?いや、”呪詛”とは一体どういった過程で生まれると思う?」
わくわくした子供のような表情のコンラート。
担任の化けの皮がものの数分で剥がれて引き気味の生徒達。
考え込むアル。
「もしかして…………先生の言う”呪詛”って昔の戦争や悲劇が起こった時に起きた”呪い詞”の残滓とか成りかけが寄り集まってできた集合体みたいなもののことですか?」
痛いほどの沈黙も意に介さず、たっぷり考え込んだアルがそう答えると、コンラートは目を瞠った。
なぜならコンラートが結論に辿り着かせるまでにあと2、3個用意していた誘導質問をすっ飛ばして、正鵠を射る回答をアルが口にしたからだ。
「……なぜそう考えたのか聞かせてもらっても良いかい?」
「はい。 まずこの現し世に霊魂――――魂の類は長居出来ません。 次元の違う、幽世と呼ばれる世界に移る、と云うのが通説です。 なので創作物に出てくる怨霊や悪い霊魂といったものが”呪詛”を引き起こすとは思えません。 でも”呪い詞”――――詠唱術式が想像力を……願う力を必要とするのなら、死者になる直前の――――戦争なんかで望まない死に直面した人々の強い願いなら現実をも歪めてしまう可能性がある。 そう考えました」
「…………何か、そういった事例を知っているのかい?」
「魔眼です」
端的なアルの回答にハッとする『不知火』の面々。
「……なるほど。 魔眼の発眼原理まで知っているとは恐れ入ったよ。 そう、発狂寸前と表現されるほどの強い感情が脳を刺激し、理を歪め、瞳に力を宿す。 それが魔眼。 君はホントによく知ってるよ」
さすがにアルも魔眼を持っているとは言わず、そのまま続けることにした。
「そして魔力というのは死体からすぐに抜けはしても、魔素へ戻るにはそこそこの時間がかかります。 死に際の強過ぎる願いや思いが理を歪め――――……大量の歪みかけた現実がそのまま澱みのように残り続ければ、その地は魔境と呼んだって差し支えないくらいの場所にはなるんじゃないか、と考えたんです」
コンラートは内心で驚嘆を禁じ得なかった。
アルの考え込んでいた様子は決して演技には見えなかった。つまり、たった今出されたヒントからその結論に辿り着いた、ということだ。
(さすがはあの”時明しの魔女”の直弟子…………正確な知識とその知識を論理立てて組み立てるだけの思考力は天性のそれか……?まったく、これだから”在野の魔導師”というのは面白い)
「いやはや驚いたよ……正解だ、アルクス君。 君の推測通りだよ。 それこそが”呪詛”。 そして”呪詛”とは主に土地を穢すものなんだけど、必ずと言って良いほどそこでは悲劇が起こっている。 勿論、滅多に遭遇しないものだよ。 でも”怪異”や”怨霊”、”祟り”っていう眉唾物ではないんだ」
「俺達は以前、依頼で”樹霊”と遭遇しました。あれとは違うんですよね?」
聞き役に徹していたエーラが耳をぴこん!と動かしてアルを見る。
どうやらこの際にしっかりとした知識を仕入れておくつもりのようだ。
「うん、”呪詛”と”樹霊”は似て非なるものだよ。そうなる過程が決定的に異なる。森人族の研究者曰く、”樹霊”とはより集まった精霊の”総意”なんだそうだ」
「”総意”、ですか…………エーラが浄化した”樹霊”は――――」
「気に入ったあの人達に同情しちゃった子が気づいて欲しくてああなっちゃったんだよ」
アルの言葉を引き取るようにエーラが言うと、
「”樹霊”を浄化したのかい?君達一体どんな経験を積んできたんだい……?」
コンラートは呆れたような面白がっているような声音を上げる。
「まぁ、武芸者ですし」
「武芸者が皆そんな経験してるなら僕ら魔導師は形無しだよ」
肩を竦めるアルにコンラートが冗句めいた言葉をかけた途端、
キ――ンコ――――ン、カ――ンコ――――ン!
と講義時間の終わりを告げる鐘がなった。
「「あ」」
アルとコンラートは同時に口を開ける。
「あんた初っ端から何してんのよ」
「う、いやその、”呪詛”とか聞いたことなかったし…………気になっちゃって」
ジトっとした目を向ける凛華にアルは冷や汗を垂らして俯いた。
「まったくもう、自己紹介の時間だよ?」
ぷんぷんとエーラも文句を述べる。
「ご、ごめんなさい……」
アルは同級生達に頭を下げた。
「い、いや、別に?」
「ううん……なんか、すごい会話だったね」
まだコンラートの狂乱的な雰囲気に呑まれているのか7組の生徒達はふるふると首を横に振る。
「コイツにゃちゃんと言っといた方が良いぞ、大体こんな感じだからな」
マルクはあえて混ぜっ返した。
「以後気を付けるよ」
「それ、あんまり気にしない時の言い方ですよね」「うむ、それも口癖だな」
「ちょ、ラウラ?ソーニャも待って」
「ふふっ」「ふっ」
どう見ても良いとこ出のお上品そうなラウラと騎士姿のソーニャにそう言われてもアルは眉尻を情けなく下げるだけ。
その様子にまだまだ敏感気味な7組の生徒達はアルの性格をなんとなく察する。
(仲間もやり手だね、これは)
コンラートは内心でそう呟いて、
「ごめんね皆。ちょっと興が乗っちゃって」
パン!と手を合わせてみせた。
しかし――――。
((((((((((いや、あれはちょっとじゃなかった))))))))))
生徒達は内心でツッコむ。
「さ、次の授業も僕が担当することになってるし、休憩終わったら今度こそ自己紹介の時間にしよう」
たはは、と誤魔化し笑いをするコンラートの一言で生徒達は肩の力を抜いてそれぞれ席を立ったり近くの同級生と恐る恐ると云った様子で言葉を交わし始めた。
『不知火』の前列、後列に座っていたラインハルトとアニスは即座に6名へ話しかけているし、前列に座っていたヘンドリックは慌てて立ち上がってアル達の方へ向かって行く。
(アルクス君達が浮くんじゃないかと心配してたけど、なんとかなりそうだね)
そんな生徒達を見ながらコンラートは7組の担任教諭として嬉しそうにニッコリと笑うのであった。
* * *
それから少しずつ7組の生徒達は学院に馴染んでいき、仲の良いグループが形成されていく。
そんな9月末のことである。
「学院長!」
「ん、どうした?」
学院長室に駆け込んできた教員にシマヅ・誾千代が金眼を向ける。
「三回生が一回生を運動場に連れ出したそうです!」
「おぉ?早速下級生いびりか?というかそのくらいでわざわざ己れに言わんでも良かろうよ」
呆れた顔も隠さない誾千代に職員は、
「それが……魔族が七組の一回生を」
と答えにくそうに告げた。
「はぁ?魔族が年下を?ったく……何をしとるんだ。しょうがあるまい、行くぞ」
”魔法”を持っている魔族が暴れれば保護術式をこれでもかと掛けている学院自体はなんともなくとも生徒にも被害が出る可能性がある。
面倒なことしおって、と呟きながら誾千代はのっそり立ち上がる。
そこまで時間も掛からずに辿り着いた誾千代が見たのは、心配そうにしている数名の一回生達。
そして運動場の中心では森人族の上級生3名の前に不思議そうな顔をしているアル。
(”鬼火”の小童かいな。何をしとるんだあやつは)
誾千代は遠くに住む何十年来かも忘れた友人の苦労を理解できた、と額に手を当てるのであった。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
是非ともよろしくお願いします!