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【祝!99,000PV】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第3部 青年期 魔導学院編ノ壱 入学編
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2話 庇護の対価 (虹耀暦1287年8月下旬:アルクス15歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 8月下旬。


 帝国にも種類は違えど蝉はいるらしく、前世日本ほど喧しくはないもののアルクスからすれば奇妙な鳴き声がBGMとして聞こえてくる頃。


 今はターフェル魔導学院の合格発表があった翌日の夜。


 魔導学院から徒歩15分、帝都南区の川沿いにある四等級の6人一党『不知火』の拠点家ホームの縁側。


 川を伝って優しく吹き付けてくる夜の涼風に青黒い髪を靡かせるアルの赤褐色の瞳は、見ようによっては澄んでいるものの、その実何も映してはいなかった。


 また左眼は閉じられており、めっきり男らしさが表れてきた細面には考え込むような色が浮かんでいる。


 お馴染みの思考する際の癖だ。


 龍鱗布を羽織の如く纏い、どっかりと縁側に胡坐をかいてかれこれ小1時間。


 幾ら夏場とはいえ動いていないので身体は少し冷えてきた。


「アル、何やってんだ?湯冷めすんぞ」


 呼びかけられた声にアルはチラリと首を巡らす。


 そこにいたのは首にタオルをかけ、ワインレッドの髪を適度に刈り揃えた野性味のある青年マルクガルムだ。


「ん……ちょいとばかし考えることが多いなと思ってね。考え事」


 返答を寄越したアルの様子から喫緊の問題ではないと判断したマルクはその隣にどかりと座り込む。


「それ、今日首席合格者の挨拶断りに行ったのと関係ある話か?」


「うん、ある」


 問うてくるマルクにアルはゆるゆると首肯した。


 合格発表の後に受験票を見せて合格通知を貰うのだが、アルは筆記・実技共に満点だったので1年次首席代表として挨拶して欲しいと言われていたのだ。


 少なくとも昨日の段階ではアルも了承していたのだが、今日の夕方になってそれを翻した。


 その理由は――――……。


「協会からの呼び出し、時間かかりそうなのか?」


 これである。軽い依頼を終えて帰還報告をした武芸者一党『不知火』の頭目に武芸者協会から呼び出しがかかったのだ。


「ああ。詳しい話はまた後日ってなったけどね」


 川を眺めつつアルは一旦言葉を切り、


「獄中にいたクラウディアさんの父親が何者かに殺されたらしい」


 そして呼び出された理由を告げた。


「は?殺された?」


 マルクは思わず顔を上げる。


 クラウディアとは芸術都市の領主オスヴァルト・ディヒター伯爵が抱える劇団の女優で、帝国北部が子爵家の三女。


 そして魔導列車襲撃事件の際、狙われていた張本人。


 娘を強引な手段で誘拐させようとした挙句、魔導列車襲撃を教唆する形となったので彼女の父親で子爵家当主は爵位を剥奪され投獄されていたはず。


 それがまさか獄死しているとは。


「朝の巡回中に見つけたんだってさ。 短剣で心臓をひと突き。 当然、刑務兵は刃物の類は持ち込めないし、あの事件に死人は出なかったから怨恨も薄いし、当のクラウディアさんはもうトルバドールプラッツに戻ってる」


 アルは視線を動かさぬまま「まったく、面倒だ」とぼやいた。


「怨みつらみじゃねえなら……口封じか?」


 一番ありそうなセンだ、とマルクは意見を述べてみる。


 何せ当の子爵家当主は非合法の傭兵組合に誘拐を依頼したそうだから、情報漏洩を防ぐ為に手っ取り早く黙らせるのなら殺害してしまうのが最短だろう。


 死人に口なしというやつだ。


「たぶんそうじゃないかってさ。 尋問途中だったみたいだし、侵入されたことに誰も気づけなかったそうだからお偉方達も事態を重く捉えてるらしい。だからその傭兵組合対策を検討する為に、詳しく知りたいんだそうだ」


 彼を知り己を知れば百戦殆からず、だ。


 アルはそう呟いて白光を燦々と降り注がせる満月を見上げた。


「なーるほど。そんで魔導列車の騒ぎや鋼業都市の件でぶつかった俺らに白羽の矢が立ったってわけか」


 マルクは得心がいった風に頷いて川面に視線を走らせる。


 三等級以上の武芸者は指名依頼が入る可能性があるので基本的には協会側で所在を把握しているし、武芸者側もたとえ依頼を請けずともいることを示すのが義務だ。


「そういうこと。他の支部でもそいつらと当たった武芸者を呼び出すらしいから、レーゲンさんも呼ばれるんじゃない?」


「……等級が上がれば上がるほど面倒事が増えるっつってたけど、マジだったんだな」


 レーゲン率いる『黒鉄の旋風』はアル達より10歳近く先達で、あの”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートと直接対峙した三等級の一党だ。


「だな。ま、どんな話し合いがされるのかは知らないけど、非合法の傭兵組合って存在自体を周知させるのがひとまずの狙いになるだろうね」


「等級の低い武芸者が安易に流れ込まねえようにってか? でもよ、そんな組合があるって知っちまったら()()()そっちに行く連中もいるんじゃねえの? 報酬自体は良いんだろ?」


 大っぴらに出来ない依頼だからこそ、報酬額は吊り上がる。


 それに目の眩む者だっているはずだ、とマルクは指摘した。


「そういう連中は遅かれ早かれ何かやらかすさ。処罰自体を重くしてマトモな武芸者は取り合わないって状況を作りたいんだろ」


 アルは辛辣気味な言葉を吐いて肩を竦めてみせる。


 こう見えてマルクよりアルの方が人という生き物を信用していない。


 それは前世の自分(長月)からの忠言、頭目としての警戒心からくるものだ。


 人はほんの少しのきっかけで容易く堕ちる。


 アルに言わせれば、重力に従って高い所から低い所へ流れ続ける水の方がよっぽどマシというものだ。


 まだ予測は立てられるのだから。


「はぁん、なるほどなぁ」


「ってわけだから――――」


「おう、こっちのことは任しときな」


「ん、頼む」


 ここらへんは阿吽の呼吸と云えるだろう。


 自分が留守の間、一党をよろしくとアルが頼み、マルクが一も二もなく了承した形だ。


 と云ってもマルクがこの『不知火』の副頭目というわけでもなければ、残りの面子が俯瞰的に物を見ることが出来ないというわけではない。


 兎角前面に出がちなアルとて状況を見通す能力は相応に高い。


 要は不測の事態が起きた時に最も早く冷静になれるのがマルクであるという話だ。


「……そんで?」


「ん?」


「考えることが多いってのは?まだ何かあんだろ?」


 そうでなければ最近定位置と化してきたこの縁側で、アルが使い魔の三ツ足鴉と戯れもせずにいるはずがない。


「ああ、そっちは気が滅入る話題じゃないけど、どうしたもんかなって」


 アルはつーっと右眼を拠点家(ホーム)の奥へやり、


「ラウラとソーニャの件さ」


 と言った。


「二人がどうかしたか?」


「魔導学院に合格したからさ、二人のお父さん――――ノーマン・シェーンベルグさんには学費の請求書って形で無事が伝わるだろ?」


「そう言ってたな」


 マルクは頷いてみせる。


 国外取引という形になるが、そのおかげで自分達の安否を知らせることができるとラウラとソーニャは言っていた。


 なお、これは共和国を実効支配している聖国がいちいち検閲と称して書類や郵便物を奪っていった為に王国と帝国が聖国軍の撤退と同時に叩きつけた条件である。


 内容は、共和国の各都市に置いてある領事館経由で渡された、帝国印ないしは王国印がついた郵便物が無事に郵送先に辿り着かなかった場合、その一切の責を聖国に負わせるというもの。


 共和国の反聖国派都市がいまだ健在な理由と生命線だ。


 ちなみにノーマン・シェーンベルグが反聖国派でも指折り数えられるほど有名な藩主なのは、先述の流れを利用し、荒らされた都市の救援物資その他をすべて帝国から買い付けた挙句、請求書の一切をわざと検閲・紛失させたからである。


 それを知った他都市の藩主も似たような手を使い、戦費が嵩んでいた聖国の懐に痛烈な一打を与えた。


 ゆえに帝国印、王国印のついた郵便物は聖国からすれば不可侵となったのだ。


 その代わり無闇に印を使えぬよう上から三段階目の公的地位――――つまり帝国で云えば皇帝、公爵、侯爵のみしか用いることができなくなったのである。


「そのノーマンさんも――――」


「父がどうかしましたか?」


 そこへ、アルを遮ってラウラが現れた。


 風呂上がりで上気した肌は桃色に色づき、微かに柑橘系の爽やかさと仄かに甘い香りを漂わせている。


 彼女とて普段は男同士の会話に入る野暮はしないが、久しく聞いてなかった父の名が出ればそれも難しかった。


「ちょっと考えてることがあってさ」


「考えてること、ですか?」


 ひょいっと座椅子を浮かべて置いたアルへ「ありがとうございます」と言いながらラウラはお行儀良く座る。


 ちなみにこの座椅子は、拠点家が板張りで靴を脱ぐスタイルだったことからアルが「こういうのいるって」と仲間達を言いくるめて2脚ほど購入したものだ。


 夜風が水気を帯びているラウラの朱髪と火照った身体を通り過ぎていく。


 心地良さに彼女がほうっと息をつくまで待ったアルは口を開いた。


「ラウラとソーニャのお父さんに学院経由で請求書が行くから無事を知らせられる、って昨日言ってたろ?」


「はい。魔導学院は王国からも学生を取ることがあるそうなので、請求書には帝国印が使われているそうです」


 ラウラはこくこくと頷く。甘い香りがアルの鼻腔をふわりとくすぐった。


 ターフェル魔導学院は国営――――否、国立であると共に優秀な魔導師を得るべく門戸を広く取っている。


 魔族や獣人族といった境もなく、貴族と一般人(平民という言い方は帝国ではしない)も関係はない。


 有望だと判断されれば合格する、実力主義の学院だ。


 アル達の与り知らぬことだが学院長が魔族の時点で察せられることだろう。


「その請求書に二人の手紙を混ぜられないかと思ってさ。 無事だってわかるだけでもお父さんは嬉しいだろうけど、やっぱり気になるだろうし、二人だって伝えたいこといっぱいあるだろ?」


 瞳を優し気に細めてアルはそう言った。


「そう、ですね。本当は……お爺様の私兵が身を挺して守ってくれたことも、その後アルさん達に助けてもらったことも、武芸者になったことも、伝えて安心してもらいたいです」


 ラウラは過去を遡るように満月を眺めてそう溢す。


 心の底からの本音。


 アルや仲間達がそうやって掬い取ってくれるからここまでやってこれたのだ。


「だろ? でも、二人の手紙を請求書に混ぜるには学院関係者に便宜を図ってもらうしかない。 そこで手っ取り早いのは師匠の知り合いだっていう学院の魔族に頼み込むことだと思ったのさ。 ほら、二人の庇護を頼もうと思ってる相手。 鋼業都市の領主様にも一筆書いてもらったろ?」


 アルがピッと人差し指を上向かせる。


(……そんなことを考えてくれてたんですね)


 思わずラウラの視線が熱を帯びた。アルは気付いていない。


「あったな、そんなの。学院の魔族に二人を庇護してもらうように書いてあるやつ。えー……いくらだったか。たしか……百二十万の嘆願書だろ?」


「それそれ」


 マルクがそう言うと「正解」とアルは指を差し、ケラケラ笑い合う。


 上質な紙ではあるし、封もしっかりしている。


 しかし封入されているたった1枚の紙切れに120万ダーナ。


 褒賞金から差し引かれたとは言え、間違いなく『不知火』が経験してきたどんな買い物よりも高い。


「けど、あれ使ってもあの巨鬼族のお姉さんが話聞いてくれるかねぇと思ってさ。他に交渉材料はないか考えてたんだ」


 実技試験の時にいた灰色の肌の魔族。


 巨鬼族らしい体躯ではあったがその中では平均かそれより少し下といったところ。


 せいぜい2.4m(メトロン)くらいだろう。


 男女関係なく3mに達する大柄な者もいる巨鬼族の中では間違いなく小柄な方だ。


 鋼業都市の領主パトリツィア・シュミット侯爵は「該当しそうな魔族は一人くらいしかいない」と言っていたことからも間違いなくあの女性がヴィオレッタの友人だろうとアルは目星をつけていた。


「そういうことですか」


 ラウラが少々表情を引き締める。妹と自分の未来がかかっているのだ。


「つってもそんな材料なんてあるか?ヴィオ先生と対等に話せるってことは相当長生きだぞ?」


 マルクがもっともらしい意見を述べる。


「そうなんだよねぇ。どーすっかなー。金で動く手合いじゃなさそうだし、かと言って師匠に一筆書いてもらうってのも正直避けたいし」


 左眼を閉じたまま「困ったなぁ」とうんうん唸るアル。


「?アルさんのお師匠様に頼るのはダメなんですか?」


 友人だというのなら一番確実な気がする。


 そう思ってラウラは不思議そうに小首を傾げた。


「師匠に頼ればきっと動いてはくれる。でも理想は()()()()庇護してくれることでさ」


「そりゃそうだ。嫌々だとどっかで()()が出ちまう」


「その通り」


 話が早くて助かる、と言いたげにアルはマルクに頷いた。


「その為の交渉材料ですか……か相手にとっての利点が欲しいってことですね?」


 ラウラも魔族組の思考速度には大概慣れてきているのでアルの言わんとすることが理解できる。


「そ。でも仮に師匠を相手にしたとして俺達が提供できる利点って――――」


「何もなくね?」


「そこなんだよねぇ~…………」


 アルはがっくし項垂れた。感じ取った魔力からして絶対に100年以上は優に生きている魔族だ。


 大抵のものは自力でどうにかしてしまえる度量はあるだろう。


「うぅん……研究のお手伝い、とか」


「俺達に頼らなくても他に当てがありそうだな」


 ラウラの意見にこれまた真っ当なマルクの反論。


「あーそんじゃ、こないだの妖桃花の実みたいに手に入りづらいモノの入手依頼をタダで請けるとかどうだ?」


 今度はマルクが意見を出してみた。


「いつ、何が必要になるかもわからないのに交渉、応じてくれるでしょうか」


 ラウラの反論もまた正しい。


「今言ったのはヒト、モノ、金――――ってこれ別の分野の話…………」


 アルはそう言い掛けて一度口を噤む。


 ヒト、モノ、カネ。


 こちらの世界にもほぼ同義の言葉はあるが、前世では経営資源と呼ばれていた要素。


「たしか四つ目は情報……」


 現代日本ではそこに”情報”が追加され、4大経営資源などと呼ばれていた。


 つらつらとそこまで思考したアルはハッとする。


 そうだ。なぜ今まで気づかなかったのか。


「……すっかり忘れてた」


「何か思い付いたんですか?」


 キョトンとして可愛らしく首を傾げるラウラ。


「お、悪いカオしてんな。さては庇護を取り付ける条件を思いついたか」


 隠れ里で何度も見てきた親友の表情にマルクは察した。


 何やら良い案が浮かんだらしい、と。


「ああ、我に秘策ありってね」


 アルは閉じていた左眼を開き、ニヤリとイタズラ坊主のような笑みを浮かべるのだった。



 * * *



 その数分後。


 すっかりアルの気が抜け、マルクがぼへーっと川を眺め弛緩した空気のなか。


 湯冷めしないようにと龍鱗布を羽織らせてもらって嬉しそうにしていたラウラは、


「あのぅ、アルさん」


 と呼び掛けた。


「うん?」


「さっきお風呂で凛華とエーラも話してましたけど、お師匠様へお手紙は書きました?帝都にも着いて学院も合格しましたし、報告しておいた方が良いんじゃないかなぁって」


「「あ」」


 完全に忘れていたという顔のアルとマルク。


 魔導学院の入学金は多分にもらった褒賞金から問題なく出せたし、アルに至っては首席合格者として事前に申請していた学費の減免があったのですっかり忘れていたが、魔族組の学費を払ってくれるのはヴィオレッタである。


「「やっべ!」」


 ラウラがクスクスと可笑しそうに笑うなか、アルとマルクは「凛華とエーラにも書かせないと!」「あいつらまだ風呂か!?長風呂過ぎんぞ!」などと言いながら筆を走らせるのであった。

評価や応援等頂くと非常にうれしいです!


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