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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ陸 芸術都市トルバドールプラッツ編

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5話  ”樹霊”の声  (虹耀暦1287年5月:アルクス15歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 遥か上空から僅かに差し込む光。まるで井戸の底から見た景色だ。

 

 アルクス達”鬼火”一党は微かな光量しか届かない風穴の底にいた。


 光球の光が照らしているのはぽっかりと大口を開けた闇の縁のみだ。幾筋かの光が足元を照らしているものの、奥にまでは届いていない。


「う・・・すいません、こわいです」


 立ち向かうのも愚かしく思える深淵の闇にラウラはぶるりと背筋を震わせて、アルの龍鱗布を掴む。


 6名の視界に広がっているのは、根源的恐怖を煽ってくる闇そのもの。


 巨大サンショウウオ型の”樹霊”に呑み込まれかけ、落下してきたのがここだった。


 ここが風穴の終端なのか、そもそもその風穴がアル達が落ちて来た場所以外に地上と通じているかも定かではない。


「あ、あたしもこういうのは苦手・・・・・」


 凛華も少々顔色を悪くして、アルの贈られたばかりの籠手が嵌めてある左腕にしがみつく。


「気持ちはわかるよ」


「カァ・・・」


 夜天翡翠も光源が一つもない闇は見通しが利かないのか、はたまた得体の知れないものを感じているのかアルの左肩で不安そうに鳴いた。


「で、どうすんだ?」


 マルクガルムは問う。地上で倒した女性騎士型も落下しながら倒した巨大サンショウウオ型も根を同じくする”樹霊”なのは明らかだ。


 縦穴の壁面にはびっしりと、足元にも灰色の根がボコボコと不規則に張り巡らされている。


 先の”樹霊”はこの風穴から送り込まれたと見てまず間違いない。


 マルクは頭目として判断を下せと言っているのだ。


 暗い洞穴を進むのか、それとも無理矢理にでも落ちて来た縦穴を登るのか。


「出口はあそこだけなのだろうか?」


 ソーニャは淡い光が差し込む天上を見上げた。


「それもわからない。ラービュラント大森林の風穴や氷穴は規模がデカいんだ。だから無闇に入り込まないように言われてるし―――――」


「当然、人の手も入ってねえからどんな危険が潜んでるのかもわからねえ」


 男二人は気を張りつつ答える。


 魔獣が住み着くこともあれば、地形的な問題―――――落石や崩落といった危険も当然ついて回るだろう。


 真っ暗な洞穴の先へアルは光球を新たに幾つか生み出して、スウッと飛ばしてみた。


「・・・つ、続いてますね」


 ラウラが怯えも隠さずに慄く。光球はかなり先まで行って見えなくなった。


「消えちまったのは、消したからか?」


 冷静に光球を目で追っていたマルクは問う。


「いや、何かに当たった。生き物っぽくはなかったと思う。斜面かもしれない」


 アルは緋色の龍眼を細めて答えた。魔力の動きは見えていたが違和感はなかったように思える。


「それじゃあ、上に上がれるの?」


 おっかなびっくり、といった様子で凛華は問う。高位魔獣でも尻込みしない鬼人剣士だが恐怖の種類が違った。何が待ち受けているかわからない暗闇という未知は感覚が鋭い彼女の本能を刺激していた。


 アルとて一人ならば、もしくはマルクと二人だけならば弱音を漏らしていたという確信がある。


 しかし、そういうわけにもいかない。


「そこは何とも。上は・・・・・無理すれば上がれないこともないな」


 己を叱咤してアルは上を見上げた。『念動術』の第一術式を使えば――――いや、足場さえあれば無理矢理上昇することはできるだろう。


 するとそれまで黙っていたシルフィエーラが口を開いた。


「ねえ、アル。先に進んでみない?」


「先に?精霊が何か言ってるのか?」


「ううん、何も。風の精はいるけど、()()()()()()()()()()。こんなに根が張ってるのに」


 紅い数珠玉ビーズ飾りを揺らしてかぶりを振ったエーラの表情は真剣そのものだ。


「それが不自然なんだ。それにこれだけ()()()()()()()、ボクらが落ちてきた時点でもう一回あのオバケを差し向けることも出来たよね?」


「そう言われればそうかもしれんな」


 むむっと頷くソーニャ。


「確かに、急に襲われなくなったな」


「・・・森人エーラに気付いたってことかしら?」


 マルクと凛華はそんな風に考察した。


「エーラはこの先に何かあるって感じてるんだな?」


 一理あると思ったアルが問うと、


「うん・・・”樹霊”ってね、本当に何かがないと絶対に成ったりしないんだって。だからね、助けられるんなら助けたい。ボクのワガママなのはわかってるけど、植物は森人ボクらの友達だから」


 エーラはそう言って愛用の弦を張っていない複合弓を握り締める。森人族の愛用する弓は自作のもの。本来死んだ木であるはずの枝に『精霊感応(”魔法”)』で精霊を宿らせている。


「エーラ・・・」


 常にないエーラの様子に思わずラウラは感じ入った。


 ”樹霊”化した原因があるのなら取り除いてやりたいと思うのは『妖精の眼』を持ち、普段から精霊と心を通わせているエーラなら当然の思考だろう。


 昔からエーラと共にいるアル達にはその想いがひしひしと伝わってくる。いつも彼女は楽しそうに植物達と交流していた。


 やがてアルは決断を下す。


「そういうことなら、前に進もう」


「了解だ」


 マルクが即座に承諾し、


「エーラの頼みだもんね」


 凛華はアルにしがみついたまま幼馴染の親友に不敵な笑みを向けた。


「わ、わかりました」


 ラウラがぎゅうっと龍鱗布を握り締めつつ、覚悟を秘めた表情でコクリと頷くと、


「承知」


 ソーニャが胸甲を叩く。


「カアッ!」


「えへ、ありがとアル、皆も」


「どうにも出来なさそうだったり、マズい状況になりそうだったら脱出優先に切り替える。それで良い?」


「うんっ、勿論!」


 アルが確認をとると、エーラは魅力的にはにかんだまま「当然だよ!」と首を縦に振った。


「よし、方針は決まった。あ、そうだ。炎と雷は使わないように。吹き抜けてるとは言え、どこで空気が溜まってるかわからないから」


 一酸化炭素は匂いも色もない。気付いたら倒れてるという事態が起こりそうな芽は最初から摘んでおくべきだろう。


「おう、了解だ」


「はい!」


 マルクとラウラが中心となって了解の意を示す。


「じゃあ行こう、”樹霊”に逢いに」


「うん!」


「ええ!」


「はい!」


「「おう!」」


「カア!」


 ”鬼火”の一党は慎重に暗闇へと歩みを踏み出した。



***



 一体どれほど進んだのだろうか?


 黒っぽい岩場に張り巡らされた灰色の根を踏みしめ、ほぼ平坦な一本道を往くこと1時間と少し。


 少々の起伏はあったが険しいと言うほどではなく、しかし足にかかる負荷からほんの少しだけ上に傾斜している気がするのは勘違いではなさそうである。


 警戒心も強く、そろりそろりと進んでいるアル達だったが道中は何も起こらなかった。


 いっそ肩透かしなほどだ。襲われることも無ければ、踏破の難しい地形にぶつかったわけでもない。


 ひたすら天井も見えない暗闇を進む。


「な、なにも起こんないわね・・・?」


 しばし黙りこくって進んでいると不意に凛華が口を開いた。


「カア・・・」


 夜天翡翠も追随するように鳴く。


「良いこと、なんだろうけどよ」


「正直不気味だ」


 低く唸ったマルクの気持ちをソーニャが代弁した。


「せめて背嚢も一緒に落ちてきてたら小腹は満たせたのに」


 アルの言う通り『念動術・括束』をかけた背嚢は最初の”樹霊”に襲われた際、咄嗟に木陰へと投げやってしまっている。


 あれには携帯食糧なんかも入っていたので、現状栄養を摂る手段が失われていた。こんな真っ暗な風穴の中に都合良く食糧が転がっているとも思えない。


 その時、足元からパキャッ・・・!と乾いた音が響く。どうやら踏んだのはラウラのようだ。


「な、何でしょうかこれ・・・・・ひゃあっ!」


 アルの龍鱗布を掴んだまま足元に視線をやったラウラは踏んだものの正体に気付いて悲鳴を上げた。


「何だっ?」


 短く響く悲鳴に5人は視線をやる。そして緩みかけていた緊張感を強制的に引き締め直さざるを得なくなった。


 ラウラが踏んでいたのは少々黄ばんだ枝のようなモノだ。それは何かの一部。視線を這わせると砂利やぼろきれを被った小柄な女性ほどの大きさの()()()否が応でも目が行ってしまう。


 骨だ。それも人骨。白骨化した死体をラウラは踏んでいたのだ。


「しっ、死体!?」


 ぞわっと背筋を泡立てるソーニャ。


「アル!」


 こんなところに死体があるなんておかしい。凛華はそう言いたいのだろう。


 しかしアルは首を横に振った。


「”樹霊”のっぽい魔力以外は何も感じない。気配も全然ない」


 ここに死体を生みだした元凶とも呼べる外敵の存在は感知できない。


 ―――――これも”樹霊”が・・・?


「エーラ、どう思う?精霊はなんて―――――?」


 アルがそう問おうとして彼女を見ると、エーラは鮮緑に瞳を輝かせて頷いた。視線は闇の奥を真っ直ぐに射貫いている。


「ここらへんだと思う。奥に、何か視えるよ。あんなの視たことない」


「おい、アル。こっち見てみろよ」


 マルクは前方を見るように顎をしゃくる。


 アルが光球を奔らせるとそこには、


「ひゅっ・・・!?」


「うぉっ!?」


「な、何よこれ・・・!」


 無数の白骨化した死体が転がっていた。そこら中に襤褸切れを纏って横たわっている。濁った匂いがしないのは彼らにもう、肉の一片も残っていないからだろう。


「妙だぜ、アル。ここに転がってるのはどう見ても()()()()()()()だ。鎧着てる連中の方が少ねえし、何よりパッと見ただけでも()()()()()()()()()


 死ぬほどの怪我をしたのであればどこかしら骨が砕けていたり、歪んでいたりするものだ。特に女性や子供なら尚更のはずである。それがないとマルクは指摘した。


「ここで何が起こったんだ・・・?」


 疑問を口にしたアルへ、常にない様子のエーラが振り向く。


「アル、行こう。きっとこれも”樹霊”と関係してると思う」


 『妖精の眼』には何かが視えているらしい。


「ああ、ここまで来て引き返すわけにもいかない」


「うん」


 力強く頷いたエーラを先頭にアル達5人は歩き始めた。


「うぅ・・・こういうの苦手なのよ・・・・」


「あ、足元、踏み場が・・・」


「あの鎧を着てる死体は、なんなのだ・・・?」


「わかんねえ。揃いのもんっぽいけど一回も見たことねえ鎧だぞ」


「ああ、帝国のとも聖国のとも違う」


 ザッ、ザッ、パキッ・・・と時折人骨なのか張り巡らされた根なのかわからない感触に呻き声を上げながら進み、140(メトロン)ほど歩いただろうか?


 エーラが立ち止まった。


「エーラ?ここ、なのか?」


 彼女の前にあるのは白骨死体。他の死体と違って身体がどこにあるのかわからないほど灰色の根で覆われている。


 グルグル巻きに縛られているようにも、死者の世界の玉座にうずもれているようにも見えた。


「うん、ここだよ。植物の精達がこの人の()()()宿()()()()


 エーラがそう答えた途端、じゅるじゅるっと音が響き渡る。6人が音に振り向くと、地上で打ち倒したのと同型の”樹霊”が無数に湧き出しているところだった。


 最初に見たときと同じ、女性の姿形シルエットを象った”樹霊”の兵士。死体が着ていた鎧を身に着けているモノもあれば、何もつけていない木人形の如きモノもいる。


「カアッ!?」


「「「!?」」」


「アル!」


「わかってる!」


 慌てて抜刀したアルと『人狼化まほう』を使ったマルクに一拍遅れて、凛華達も剣を抜こうとした。


 しかし―――――


「待って皆っ!」


 エーラが()()()()止めようと鋭い声を上げる。


「囲まれてんだぞ!?」


 正気か!?


 そんな風に些か非難めいたマルクの声にエーラは言葉を重ねた。


「わかってる!でもその人形を倒したってたぶん解決なんかしないよ!無尽蔵に湧き出て来るだけで!」


 その反論に全員が一理あると直感的に悟る。


「それに見て!森人ボクに気付いたからなのかはわかんないけど、さっきみたいに攻撃してこない!精霊達は何か伝えたいことがあるんだよ!」


 エーラのお言葉通り、”樹霊”の騎士達は動きを止めていた。形だけを象った無機質な容貌でジッとこちらを見つめている。それでもアル達との距離は数mもない。


「エーラ、精霊が何を伝えたいかわかるか?」


 アルは”樹霊”兵から目を逸らさずに問う。


「精霊の記憶を探ったりするのはまだできない。でも、この子達が視せてくれるなら、わかるかも」


 森人の『精霊感応』とは精霊と対話する彼女らだけの特殊な”魔法”。


 声ともイメージともつかない”声ならぬコエ”を聴くことこそが森人族(彼女ら)の真骨頂とも言える。


 しかし当然とも言えるが、生まれながらにして精霊と意思を不可分なく疎通させるなどということはできない。


 コエを聴き、意思を伝え、時には精霊の見てきた記憶を読み取る為にはそれ相応に修練が必要だ。


 エーラはまだ膨大な記憶を持つ精霊の記憶を任意に探ることなどできない。


 彼女の母シルファリスや父ラファルのように、長年自然と調和して生きてきた森人族でないと不可能だ。


 だが、”樹霊”が何かを伝えたいのであれば?


 見せたい場面を精霊側が選んでくれたとしたら?


 彼らの想いを理解できるかもしれない。


 エーラは一層瞳を鮮緑に輝かせてそう言った。


「それ、大丈夫なのか?」


 それは可能か不可能かではなく、純粋に身を案じているがゆえに発された言葉。


「うん、でも集中しないといけないから無防備になっちゃう」


 アルは少しの間、逡巡し、やがてエーラに告げる。


「わかった。エーラが対話してる間は俺達が守る。だからそっちは頼んだ」


「う、うん!」


 力強く頷いたエーラは早速とばかりに根で覆われた死体の心臓と思わしき箇所に腕を伸ばし、しかしぶるりと震えて後ろを振り向いた。


「うー・・・・・ねえ、アル・・・ボクやっぱりちょっと怖い。記憶を読み取るなんて初めてでさ」


 『精霊感応』によって流れ込んでくる情報量は元々並ではない。当然、脳を酷使するし、疲れもする。


 記憶となれば今までの比ではないだろう。仲間の命運だってかかっている。不安にもなるのも当たり前だった。


「俺にできることはある?」


 アルの問いかけ。エーラを純粋に慮っているのがよくわかる響き。


「う、うん。怖いから手、繋いでて欲しいかなって」


 エーラはもじもじと裾を掴んで言った。けれど凛華とラウラにはよくわかる。


 勇気が欲しいのだ。想い人(アル)のように、前へと進む強靭な意志が。


「・・・わかった。皆、頼んでいい?」


 一瞬、場違いにもキョトンとしたアルは即断して4人へ問うた。


「ええ、こっちは任せなさい。斬れる相手なら問題ないわ」


「私も大丈夫です!」


「おう、たまにゃ休んでな」


「うむ。任されよ」


 凛華を筆頭に4人は気持ちの良い返答を返した。


「じゃ、頼む。エーラの方は任せてくれ」


 そう言ってアルはサッと身を翻すと、目前の”樹霊”騎士に背を向け、エーラの下に駆け寄るや否や彼女の親指だけマメが厚いほっそりした左手を掴む。


「あっ」


「俺がいる。それに、大丈夫。本当にヤバくなったら何もかも放り投げて皆で逃げるからさ」


 照れ臭そうにするエーラにアルはあっけらかんとそう言った。背後で四人がクスリと笑みを溢す。


 アルの最優先はいつだって仲間だ。

 

 緋色の真っ直ぐな視線にエーラは綺麗な緑の眼を見開き、大きく深呼吸をした。


「すぅ~、はぁ~・・・うん、そうだね。無理ならとっとと逃げよっ。でもボクだって森人の端くれだからね。やれるとこまではやってみる!」


 ―――――良かった、いつものエーラだ。


 アルは安堵したように微笑む。


「うん、その意気だ。さあ、”樹霊”の声を聞こう。俺は隣でエーラを守るよ」


「うんっ!じゃあやろう!」


 エーラは心底嬉しそうに笑った後、根の鎧を着た白骨死体の心臓部へと触れた。


 その瞬間、彼女の瞳がひと際鮮緑に輝く。


「・・・・・」


「エーラ?」


「・・・・・」


 エーラは白骨死体と目を合わせたまま、返事をしない。不安に襲われるアルだったが、握り返された右手にハッとする。


 ―――――精霊の記憶に集中してる、のか・・・?


「エーラは大丈夫なんでしょうか?」


 ラウラが”樹霊”騎士から目線を外さずに問うた。


「たぶん、集中してるんだと思う」


 アルはそうであってくれと願いながらエーラの左手を握り返す。ここにいるぞ、と示すように。


「こいつら本当に動かないわね」


「ああ、焦れるぜ」


 凛華とマルクが構えたまま、そんな感想を溢した。襲ってくるなら対応するまでだが、間合いでジッとされるとソワソワして落ち着かない。


「うむ。待つしかできんというのも不甲斐ないものだな」


 ソーニャは盾と直剣をムズがるように構え直す。直剣を握っている右手には冷たい汗が伝っていた。


 そこからたっぷり五分は経っただろう。ジリジリとした時間が続いていると思ったら何かが聞こえてきた。


・・・ォォ・・・・・ォォォォォォォォォ・・・・・・ォォォォォォォ・・・・


「これ、何の音?」


 凛華が眼前の”樹霊”騎士を凝視し、


「風・・・じゃねえな」


 マルクが唸る。


「一体、どこから・・・?」


 ソーニャは視線だけをキョロキョロと動かすが音の発生源がわからない。


「全体?でも、何でしょうか?妙に物悲しさが―――――」


 ラウラがそこまで言ったときだった。


「「「「「!!」」」」」


 じゅるじゅると音を立てて”樹霊”騎士達が地面へと溶けるように引っ込んでいく。


「カア!」


「エーラ!」


 4人が振り向くと膝をついたエーラにアルが心配そうな声をかけていた。


「大丈夫。ちょっと疲れちゃったけど、ボクは大丈夫だよアル」


 エーラは普段よりは弱々しいがニッコリと笑みを浮かべている。


「精霊の伝えたいこと、わかったのか?」


 腕を取って優しく立たせるアルにエーラは頷いた。そしておもむろに白骨死体の方に視線をやる。


 きっと死体に宿る植物の精とやらを視ているのだろう。瞳が鮮緑に輝いていた。


「この人達のこと、ボクがちゃんと伝える。約束するよ。だからもう良いんだよ、優しい精霊さん」


 慈愛に満ちた表情でエーラがそう言うと、白骨を覆っていた根がスルスルと引っ込んでいく。


「根が・・・それに、これは?」

 

 アルは白骨が抱えていた何かに目をやった。


「これはね、この人が書いてた日記。戦争中に避難させた人達と生き埋めになっちゃって、どうにか抜け出したかったけど抜け出せなくて、その内食糧もなくなって体の弱い人達が弱って亡くなっていくのを見てることしかできなかった無念が綴られてる」


 エーラは静かに告げる。彼女が視たのは精霊の視点から見た歴史だ。


「!?じゃあ、”樹霊”は―――」


 アルは目を見開く。


「うん、あの鎧を着てた人達、良い人達だったんだろうね。精霊はそういう清廉な人、好きだから。だから肩入れしちゃったんだって」


 そう言ったエーラはポロリと一筋の涙を流した。


「・・・そっか」


 思わず見入ってしまったアルに返せたのはその一言だけ。


 その時マルクと凛華が鋭い声を発する。


「おい、マズいぞアル!エーラ!」


「崩れちゃうわよ!」


 ギョッとしたアルがそちらを見ると床や壁に張り巡らされていた無数の根がズルズルと引っ込んでいる真っ最中だった。


 この広大な空間は”樹霊”と岩が密接に絡まり合うことで維持されていたらしい。


「やっば!撤退!撤退しよう!」


 慌てるアルが青くなっていると、


「大丈夫だよ、アル。皆も。ボクは森人だよ?」


 エーラはニッコリ笑って「お願い!」と宙へ叫ぶ。すると不規則に収束していた根が寄り集まってエレベーターのような駕籠を象った。


 自由になった植物の精達が『精霊感応』を発動させたエーラに力を貸したのだ。


「さ、皆も乗って!」


 エーラは騎士の日記を大事そうに抱え込むと駕籠に乗り込んでいく。


「なるほど、さすがだぜ!」


「ぺちゃんこになっちゃうかと思ったわ!」


「助かりました!」


「感謝する!」


 マルク、凛華、ラウラ、ソーニャが駕籠に跳び乗って来た。しかしアルがまだ来ていない。


「アル!どうしたの!?」


 時間がないのはわかっているはずだ。エーラは少々焦りを覚えつつ、勇気をくれた想い人の名を呼ぶ。


 アルはキョロキョロと地面に視線を走らせた後、龍鱗布で何かを掬い取って駆け出した。


「悪い!エーラ、頼む!」


「カア!」


 駕籠に駆け込んできたアルは龍鱗布にくるんだ何かをドサッと地面に置いて夜天翡翠を抱え込む。


「焦ったよ。じゃあお願い、地上に連れてって!」


 鮮緑に瞳を輝かせたエーラが叫ぶと、駕籠の入り口が根の網で覆われ、次いで重力《G》がかかり出した。


 地上うえまで送り出してくれるらしい。


 岩場の隙間を縫うように自然のエレベーター(駕籠)が上へ上へと昇っていく。


「どこかに掴まってろ!指は出すなよ!」


「うん!」


「わかってるわ!」


「は、はい!」


「承知!」


「おう!」


「カアカアッ!」


 迫る岩肌。物凄い勢いで下へと流れていく土の断層。唐突に吹きつける風。


 指を出せばすり下ろしの目に遭うだろうことは確実な景色を眺めること数分。


 アル達6名と1羽を乗せた駕籠はズポンッと地上に飛び出した。


「のわっ!?」


「わわっ!」


「きゃっ!?」


「ひゃあっ!」


「うおっ!」


「どわっ!」


「カアッ!?」


 軽い浮遊感と共に中空へと投げ出される6名。高さ自体は大したこともない。


 アルは夜天翡翠を空へと放ち、ラウラを抱いて着地する。隣を見ればマルクもソーニャを担いでいた。


 その隣にエーラと凛華が軽い足音をさせて華麗に着地する。


「戻って、これた?」


「ああ、地上だ」


 ラウラはアルに下ろしてもらい、ふかふかした地面の感触に思わず呆然自失とした。


 一体どれほどの時間、あの闇の底にいたのだろうか?


 現実感がない。ソーニャも似たような表情をしている。


 エーラは日記を抱えたまま、地面に投げ出された龍鱗布の中身を見てアルへと問うた。


「ねえ、アル。これって”樹霊”の騎士が着てた鎧だよね?持ち帰ってきたの?」


 エーラの見つめる先には、兜と鎧、籠手、脛当てといった一式こそ揃っていないもののあの場においてあった鎧。


 最初に遭遇した女型の”樹霊”も着けていたものだ。


「ああ。エーラが伝えるって精霊と約束したろ?」


「うん」


「この鎧、俺達の知ってるものとは全然違うし、日記と古そうな鎧(これ)があったら信憑性も増すだろうし、もしかしたらどこの誰だったのかわかるかもしれないと思ってさ」


 アルがそう言うと、


「そっか。そうだね!アル、ありがと!」


 エーラは頬を染めるほど嬉しそうに笑った。


 その嬉しさと恥ずかしさを内包した魅力的な笑顔に思わずアルは見惚れてしまう。


「アルー!エーラ!これ、妖桃花じゃない?」


 凛華の声にアルとエーラが振り向くと、濃い桃色の実をつけた巨木がそびえていた。


 薬師のエーリヒ・アポテーカーに貰った図解と酷似している。


「おー、ホントだ。もしかして妖桃花こいつが”樹霊”化してたんじゃねえか?」


「可能性はありますね」


「デカいな、実も普通のより色がこう、何と言うか鮮やかだな」


「カアー」


「そういえば妖桃花の実の採取が依頼だったね」


「すっかり忘れてたよ。帰りは『陸舟』確定だな」


 アルとエーラはそんな風に言葉を交わして笑い合うのだった。



 妖桃花が”樹霊”となっていたのかは今となってはわからない。


 けれど、エーラは確かに”樹霊”を解放したのだ。


 いつ、誰が、来るとも知れぬ闇の底から、精霊の願いと名も知らぬ先人の無念を受け取ったのだ。


 アルによって地表に戻ってきた冷たい騎士兜には一筋の雫が流れていた。

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