4話 森の罠、戦慄の樹霊 (虹耀暦1287年5月:アルクス15歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
芸術都市トルバドールから西におよそ16km、そこから更に7kmほど踏み入ったラービュラント大森林内部。
ここまで歩いてくる道中にすっかり人の通ったと思わしき道からは外れ―――というより消えた。
「魔族の四人がいなかったらと思うとゾッとするな」
「ええ。追手から逃げて来たときは思わず入ろうか躊躇ったけど入らなくて良かった」
ラウラとソーニャはほんの少し顔を青褪めてそんな感想を溢し合う。
ラービュラント大森林は一般人からすれば魔境だ。
鬱蒼とした樹木のせいで見通しは悪く、起伏も並ではない。風穴や氷穴もあるせいで踏み出した先の地面がないなんてこともザラ。何の用意もなしに踏み入れば命はまずないだろう。
その上、野生の魔物や魔獣が巣を作って潜んでいるのでどこから襲われるかもわからないという極限状況の中歩く羽目になる。
愚かにもそんな場所に踏み込む人間は依頼でもない限りは武芸者でも少なく、憲兵に追われた罪人ですら寄り付かない。
「俺らでもエーラがいなかったらこんなに進めてねえぞ」
「そうね。いちいち樹に登って場所を確認するのも面倒だし」
「はっはー、ボクに感謝だね」
「感謝してるさ。いなかったら聖国と同じ目に遭うとこだよ」
人間の少女達へ魔族組四名はそんな風に言葉を返す。彼女ら二人に較べればかなり余裕そうな表情だ。
アルクスの言う聖国と同じ目というのは、20年近く前にラービュラント大森林へ行われた聖国の遠征隊が辿った末路のことである。
遠征理由は一つ。魔族の生存圏を狭める為だ。
しかしながら大陸西部に跨るラービュラント大森林は非常に広域に広がっている。たかが一国家が切り拓こうとしたところで然して効果はない。
それどころか森に呑まれる兵が後を絶たなかったせいで半年も経たずに断念することとなった。
これには当時の隠れ里に住むことになる森人達の活躍などがあったりするのだが、どちらにせよ自然の脅威として知られ、聖国では現在禁域扱いされている。
ちなみに帝国は切り拓くつもりが毛頭ない。
上空から見ても見渡す限り樹木の海に分け入るという馬鹿馬鹿しい行為に労力を割く気はないし、帝国を築く際に協力してくれた魔族達の住処かもしれない土地に無断で踏み込むなどという蛮行は初代皇帝によって禁じられているからだ。
そのおかげで魔族は生存圏を脅かされることなく、生きていくことができている。
”魔法”という切り札とそもそも五感の優れた種族が多い為、現在ほとんどの種族がラービュラント大森林の奥深くにまばらに集落を築いて生活していた。
『黒鉄の旋風』所属の森人ケリアやプリムラもアルクス達同様この森の北東部に根を張る森人族の集落出身である。
「そういうものか。しかし、なかなか起伏が激しいな。こんなとこを旅して来たのならマルク達の体力も頷ける」
ソーニャはふぅふぅ言いながら魔族組へ視線を向けた。今は青い線の入った胸甲と籠手くらいしかつけていないが、それでも軽く息は上がっている。
「そうは言っても後半はほとんど『陸舟』頼りだったからなぁ。アルが歩く為に旅に出たわけじゃねえとか何とか言って」
「そうだったわね。あ、でも『陸舟』で移動した後は普段通り鍛練してたからそのおかげかもしれないわ」
「丸一日かけて移動してた距離を数時間で行けるようになっちゃったからねぇ。あの時はちょっと感動したよ」
マルクガルムと凛華とシルフィエーラはラービュラント大森林を移動していた頃を思い出してそう言った。
あの時は魔術の便利さに心震えたものだ。
「なるほどな、森でも鍛練していたのか」
それなら納得いく。ソーニャは得心がいったという顔をした。
「ふぅ、はぁ・・・確かにこれだけ移動するのなら便利な術はないかって考えますよね」
ラウラは朱い前髪をかき上げて汗を拭う。軽胸甲しかつけていなくても慣れない原生林の中だ。魔族組がいるとは言え、響く物音に過敏に反応する己を自覚せざるを得なかった。
「うん、面倒だったからね。俺も慣れてなかったし、頭目だからって必要以上に肩肘張っちゃってたし」
アルはさらっと当時を振り返る。今に較べれば余裕というものが皆無と言えた。
「面倒で魔術を創ろうとするあたりがヴィオ先生の弟子って感じね」
「ホントホント」
凛華とエーラはそう言ってクスクス笑う。
「不便だったから魔術って技術が生まれたんだぞ。師匠と俺の考え方は間違ってない」
憮然とするアル。
「はいはい、わかってるわよ」
「アルはヴィオ先生大好きだもんねぇ」
鬼娘と耳長娘はさらにクスクス笑ってあやすように言葉を返した。
「当然だろ。師匠は最高の魔導師なんだから」
もっと憮然としたアルの頬を凛華とエーラがつつく。ヴィオレッタはアルにとってもう一人の母親同然の存在だ。魔族組3人はそれを良く知っているためマルクガルムは苦笑を漏らした。
「そのヴィオ先生と言う方がアル殿に魔術を教えてくれた人であったな」
「『転移術』を使ってシルト家の方々をアルさん達の故郷に招いたんでしたよね?最初聞いたときはおとぎ話かと思いましたよ」
ラウラはソーニャに頷きながらそんなことを言う。『転移術』という魔術の存在は伝説的魔術の一つとして人間の間では有名だ。
並の魔族ですら扱えない秘術扱いで術理自体もまともに理解できる者の方が少ない。
シルト家に置かれている『歪曲転移術式』や万年樹に刻印されている『転移術式』は固定座標から固定座標への転移ということでかなり簡略化され、おまけに発動させやすいようヴィオレッタがかなり手を加えているものだ。
一から術式を描く方の『転移術』であれば、アルの魔力量でも一度発動できるかできないかといったところである。
「ヴィオ先生だからなぁ。本人は三〇〇歳超えてから歳は数えてないっつってたし、隠れ里にいる魔族で尊敬してねえやつなんて一人もいねえくらいさ」
「三〇〇歳・・・・・どんな人生を歩まれてきたのか想像もつかん」
「それは俺らもだよ」
半ば呆然とした表情のソーニャにマルクは苦笑しながら同意した。
ちなみにラウラとソーニャが想像したのはおとぎ話に出てくる典型的な老婆である。実物を見たときにさぞや驚くことになるだろう。
「いつか隠れ里に帰るときは連れてってあげるよ。きっと色々新鮮だと思う」
「その時は楽しみにしておきます」
「ああ、そうだな」
アルがにっこり笑ってそう言うとラウラとソーニャは屈託のない笑みを返した。
「ところでマルク、今何時くらい?」
「ん、えー・・・午前十一時半過ぎってとこだな」
マルクは懐から出した懐中時計を見ながらアルへ返答を寄越す。
「時間的にも距離的にもこの辺で合ってるはずなんだけど・・・」
そう言ってアルは少々眉根を寄せた。手には依頼人の薬師エーリヒ・アポテーカーから借りた簡易地図。
「うぅん、精霊は植物の種類までは教えてくんないからなぁ」
エーラも難しい顔をしている。森人の『妖精の眼』は植物と風と水、そして光の精霊が見えるのだが、その精霊とは言葉を持たず、万物に宿る意思の塊のようなものだ。
当然、何々の樹の精などと細かい区分はない。
「エーラが見たことのない植物を探せば良いんじゃないでしょうか?」
「お、なるほどな」
知ってる中から探すんじゃなくて除外していくのか、とマルクは手を打つ。
「でも」
「しかし」
「「これよ(だぞ)?」」
凛華とソーニャは見渡す限りに生えている樹木を指した。もうすぐ夏場ということであらゆる植物が芽を出していたり、早いものは花を咲かせている。
「気が遠くなりそうですね・・・・・」
ラウラは「だめかぁ」と言うように呟いた。
その時、ガサガサッと衣擦れのような葉擦れのような音が進行方向から響いてくる。
「「「「「「!!」」」」」」
音のした方へ機敏に反応した6人はジッとそちらを凝視した。
「翡翠!戻ってきてくれ!」
「カア!」
アルは上空に呼び掛ける。するとすぐさま黒い艶羽の三ツ足鴉が戻ってきた。
警戒心を高めたアルに夜天翡翠が反応して中空を旋回する。
「確かめるか?」
「それが良いだろうね」
手短に問うマルクにアルは頷いた。
「ここでボクが気づけなかったって相当だよ」
エーラは複合弓に弦を張りながらそう呟く。森の中で森人に気付かせなかったという時点で警戒心は跳ね上がっていた。
「気配もなかった」
とアルが言うと、
「匂いもな」
マルクも鼻筋に皺を寄せて唸った。
「魔力は・・・こう植物が多いとわかんないわね」
凛華は左腰に提げている直剣を引き抜く。樹木が乱立している原生林の中では尾重剣は振りにくい。特にこちらが気づかない内にここまで近くにいる相手となれば猶更だ。
魔族組の様子に杖剣を引き抜いたラウラと盾を構えたソーニャは緊張感を露わにする。
少しずつ進んでいった6人と1羽の視界に入ってきたのは意外なモノだった。
「え・・・・・女の、人?」
ラウラは呆然と呟く。彼らの目の前には茂みの奥でケンケンと片足で立っている姿の女性だった。
面頬から覗く顔立ちは中性的ではあるが、姿形から美しい女性だとわかる。騎士のような出で立ちはアル達の知らない造詣をしていた。
「な、何者なんだ・・・?」
ソーニャはゾクリと背筋を泡立たせる。昼前とは言え薄暗い森の中で佇む女性は空恐ろしく、得体の知れなさを醸し出していた。
「カアー?」
夜天翡翠が小さく円を描きながら、その真下にいたアル達6名も同じように少しずつ歩みを進めていく。
「こちらの声が聞こえるか?武器は持っているが傷つける気はない」
茂みを掻き分けつつアルが声を掛けた瞬間。
女性騎士姿の人影がグリンッとこちらを向いた。思わず6人は戦慄する。
中性的な女性だと思っていた人影は兜や鎧を身に着けただけの白っぽい根の集合体だったのだ。
うじゅるじゅると人型を象っている内部で根が蠢いている。
「ひっ・・・!」
思わず悲鳴を上げかけるラウラ。
その瞬間、根で出来た人形の如き人影の口に当たる部分がガバァッと開き、細い根が幾筋もジュバァッ!と伸びてきた。
狙いは上空にいる翡翠だ。
「ちっ、翡翠下がれ!」
「カアッ!?」
慌てて飛び出したアルは叫びながら刃尾刀を閃かせる。
艶羽を掠らせて避けた翡翠が不安定にフラつきつつどうにか逃れ、その間にアルは人影の伸ばした《《舌》》を叩き斬った。
「翡翠!大丈夫!?」
「カァカアー」
羽を数枚もぎ取られた夜天翡翠はなんとか大丈夫と言うように鳴いてエーラの背後へと下がる。
根で象られた人影は舌先を斬られたと判断したのか今度は両腕から根をびゅるびゅるっと射出した。
「なんだコイツ!?」
「植物の・・・魔獣!?」
マルクが即座に『人狼化』して狼爪を振るい、凛華が直剣で斬り裂く。
「まさかこれ・・・”樹霊”化してる!?」
エーラは鮮緑の瞳を見開いて愕然とした。
「エーラ!”樹霊”って!?」
「長く生きた植物が何かの原因で魔獣みたいに人を襲うようになるんだよ!本来は有り得ないの!万年樹みたいになるのが普通っ・・・・・なんだけど!」
アルの叫ぶような問いにエーラは根を躱しながら答える。
「じゃああれは、何かの植物なんですか!?」
「そうだよ!全然種類はわかんないけどね!」
慌てて根の腕の範囲から退きながらラウラが叫び、エーラは樹上から返した。
「アル殿!どうする!?」
ソーニャの呼び掛け。
アルは凛華とマルクと共に伸ばされる槍のような根を斬り裂きながらチラリと後ろに視線をやり口を開く。
「エーラ!対処方法は!?」
「原因を取り除いて精霊と対話するか、倒すしかないって聞いてる!」
―――――・・・・・ならやるしかない。
”樹霊”とやらを倒すためだけに蒼炎を放ってはここら一帯が火事になってしまう。アルはそう判断して指示を下した。
「エーラはこいつの根をどうにか押さえてくれ!俺と凛華で上に吹き飛ばすからラウラは焼き払ってくれ!マルクは露払いを!ソーニャはラウラを!」
「わかった!」
「任せなさい!」
「おう!」
「承知!」
「わかりました!」
頭目の指示にマルクがパッと機動戦の構えを見せ、周囲の木々を蹴りつけて加速する。
エーラは「お願い!」と足場にしていた枝に両腕で振れた。すると青葉を茂らせた
樹の枝がメキメキと動き始める。
「『蒼火撃』でいきます!」
ラウラは叫ぶや否や左手の人差指に嵌まっている刻印指輪に魔力を通し、杖剣の上を滑らせて術式を五つ、五指それぞれに展開させた。
その前でソーニャが直剣と盾に雷属性魔力を薄く纏わせて時折来る根を防いでいる。
「よぉーし!やるよ!」
エーラは気合と共に「いっけえ!」と鮮緑に目を輝かせた。すると人影から無尽蔵に伸びていた根がエーラの周囲の木々の枝によって絡みつかれ動きを鈍らせる。
「今!凛華!」
「ええ!」
アルと凛華は一声上げて一気に駆け出した。まずいと判断したのか根で出来た人影がじゅるじゅると触手のように根を伸ばす。
しかし刃尾刀を脇構えにしたアルと尾重剣に手をかけた凛華は一切勢いを緩めずに駆ける。
白っぽい触手が二人に触れるか触れないかというところで、ワインレッドの影が飛び出した。
「そぉ・・・らっ!」
人狼だ。アルと凛華の進行を妨げない速度で横切りながら束ねた狼爪で触手をバラバラに斬り裂く。
「でぇあッ!」
―――――六道穿光流『雲居裂き』
「はあああああッ!」
―――――ツェシュタール流大剣術『一角突き』
刃尾刀による天まで裂かんとする逆袈裟斬りと、尾重剣による剛槍の突撃染みた一撃が轟音と共に人影へ炸裂した。
―――――重い!
アルと凛華の思考が重なる。
「う、おおおおおっ!」
「えああああっ!」
ブチブチブチィッと不気味な人影の足を引き千切りながらアルと凛華は渾身の力で得物を振り抜いた。
グルンッと回転するように浮き上がる人影。
「「「ラウラ!」」」
エーラ、マルク、ソーニャの声が重なる。
「『蒼火撃・紡』!」
ラウラの構えた杖剣の剣身を囲むように配置されていた五つの術式は同時に蒼炎を吹いた。
ゴオ―――――ッ!
一斉に吐き出された五つの蒼炎は途中で大きな一つの蒼炎弾となって過たず人影に直撃する。
―――――・・・ギィィィィィィッ・・・・・!
悲鳴のような虫の鳴き声に似た悲鳴と共に幽世の炎に呑み込まれた人影はバタバタと蠢き、やがて炭化していく。
「終わったの・・・?」
凛華は振り抜いた尾重剣を構え直して、燃える人影に眉根を寄せた。
鎧を着た人影は煙を上げながら燃えている。しかし鎧は本物なのか、どろどろと溶け始めていた。
「わかんない。”樹霊”なんてお父さんでも一回くらいしか見たことないって言ってたし」
スタッと着地したエーラの表情は珍しく自信がなさそうだ。
「とんでもないものに出くわしたのだな」
「びっくりしました」
ラウラとソーニャもいまだに恐る恐るだが近寄ってくる。その内に不気味な人型は炭化していき、完全に灰になった。
途端、微弱な振動が6人を襲う。
「カアッ!」
周囲の木々のざわめきに夜天翡翠がバサバサと警告を発した。
「まだ何かあるのか・・・!」
警戒心を再度高めるアル。
「何の振動だこれ・・・なんか、這いずってるみてえな」
刃鱗土竜とはまた違う低く振れ幅の少ない振動。マルクが人狼のまま呻いたと同時。
バグァッ!と地面が割れた。足場がすっぽ抜ける感覚に思わず全員が身体を強張らせて驚きの声を上げる。
「「なっ!?」」
「「「きゃあっ!」」」
「うわっ!」
「カアッ!!」
咄嗟に下を見た彼らが見たのは怪物だ。
全身を根で象られた灰色をしたオオサンショウウオのような化け物。万年樹とは較べるべくもないが直径は成人男性ほどもある。
瞳のないソレが大口を開けていた。その後ろには空洞がポッカリと空いている。
「くっ!マルク!!」
龍鱗布を伸ばして近くにいた凛華とエーラを攫うように引っ張ったアルが大声を発した。
「わかっ、てる!」
大口をタタン!と蹴りつけてマルクはラウラとソーニャの腰を抱え込んで跳び上がる。
次いでバクンッと閉じられる大口。
間一髪呑み込まれることはなかった6人だが、すでに大穴を落下中だ。
「あれが本体・・・!?」
ラウラは根源的恐怖に顔を引き攣らせる。
サンショウウオの化け物が再度大口を開いた。
ギャアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!
「うっ!?」
「やかましい!」
エーラとマルクが根のサンショウウオが上げた咆哮にグラリと揺さぶられる。
―――――このままじゃマズい・・・!
「どうすんの!?深いわよ!」
凛華の警告が闇を広げる大穴内に木霊する。どうやらサンショウウオ型樹霊はなり掛けの風穴を利用していたらしく、アル達6人はそこを落ちているらしかった。
しかしマルクはラウラとソーニャを取り落とさないよう腕に力を籠めるくらいしかできないし、アルの龍鱗布もそこまでは伸びない。
「落ちる勢いが早過ぎて全員分は無理だよ!」
風で軽減しようとしたエーラも悲鳴のような声を上げた。
―――――風穴がどこまで深いのかわからないし、この化け物が一体とも限らない・・・!どうする・・・!?
ぐるぐると高速で思考していたアルにマルクが呼び掛ける。
「アル!倒しちまうしかねえぞ!」
ヒュオオオオッと落下音を聞きつつ、アルは結論を出した。
「そう、そうだな。凛華、エーラ、今からラウラとソーニャのとこにやるから風で勢いを弱めながら四人で落下してくれ。冰で足場を作っても良い」
「あんたは!?」
「どうするの!?」
アルの指示に凛華とエーラがすぐさま問うてくる。アルはそれに答えず、マルクの方へと視線を向け、
「マルク!俺とマルクでアイツをやる!二人をこっちに!」
と叫ぶ。マルクは親友の顔に悲壮感など浮かんでいないことを確認して好戦的な笑みを浮かべた。
「やるんだな!?了解だ!」
「アルさん!」
「アル殿!?」
「二人は光を飛ばしてくれ!」
大穴の側面を蹴りつけたマルクがアルとほぼ同じ位置に合流する。
「俺とマルクが突っ込んだら、エーラと凛華は風を受ける準備を!」
ソーニャとエーラ、凛華とラウラの組で片手を繋ぎ合った女性陣4名にアルがそう告げると、
「大丈夫なのね!?」
凛華が不安そうに訊ねた。
「ボク落下の勢いを弱めるくらいで精一杯だよ!?」
エーラも心配そうに叫ぶ。かなり深くまで落ちようとしているのだ。ぺちゃんこにならないようにするので精一杯だった。
「大丈夫!この術式である程度まで軽くなる!後は風で勢いを弱めるんだ!」
アルは切り出した『念動術』の第一術式を凛華とエーラの二人に手渡す。
「これ、ベルクザウムで使った術式!?」
「そう!効果は反対だけど!」
凛華とエーラは慌てて片手に術式を保持した。
「じゃ、ラウラとソーニャは光を頼む!翡翠!四人についててくれ!」
「カアッ!」
バサバサと空中を泳いで夜天翡翠が女性陣の下へ飛んでくる。
「そんじゃバケモン退治と行こうぜ!」
「ああ!俺達が離れたら術を起動して風を受けられるようにしてくれ!」
マルクに頷いたアルはそう言い置いてサッと身を翻した。龍鱗布を解いたことで落下の勢いが増す。
「もう!無茶ばっかりすんじゃないわよ!」
「心配だよホント!」
凛華とエーラが口々に文句を言いながら質量軽減効果のある『念動術』の第一術式を起動した。そして即座にエーラが短外套の裾をぶわりと広げ、凛華が直剣の先に大きな冰傘を生みだす。
それだけでもガクンと落下速度が落ちた。アルが質量軽減効果を重力の0.2倍ほどまで低減させた術式を渡したので当然だ。
「とりあえず、光だったな!」
「ええ!不安だけどやるしかない!」
エーラと凛華の手を握っていたラウラとソーニャがそれぞれ光属性魔力をパパパッと幾つも射出する。
目の端を走っていく速度重視の光弾を確認したアルとマルクは風穴がまだまだ続いていることに少々安堵して頷き合った。
「安心したぜ。ぺちゃんこは勘弁だからな」
「ああ、これなら少しの間は暴れられる」
好戦的にアルは笑みを浮かべると迷わず『封刻紋』に手を伸ばす。
カチカチカチカチッ!
灰髪緋眼に変わった親友を見てマルクは狼歯を剥いてニヤリとした。
「いっちょ派手にやってやるとするか!」
「ああ!一気に決めるぞ!」
「おうよ!」
威勢の良い掛け声と共に二人はクルリと後ろを向く。そしてそれぞれ両手を合わせて落下中の女性陣へ向けて風を放った。
「あんた達もうちょっと加減しなさい!」
「わわっ!そうだよ!焦ったじゃん!」
ぶわっと冰傘と短外套に風を受けた凛華とエーラが文句を叫ぶ。
「っ!あ、なるほど」
「おぉ、そういうことか」
ラウラとソーニャはそれぞれ納得の声を上げた。
文句を言われた男二人は女性陣の落下速度を落とすと共に加速に風を利用したのだ。
凛華とエーラは予想できていたらしいが勢いまではわからなかったらしい。
四人の眼下では醜悪な巨大サンショウウオの成り損ないに二人が追いついているところだった。
「『蒼炎羽織・襲纏』!」
十枚の蒼炎翅を靡かせたアルの緋瞳がギラリと光る。
「『雷光裂爪』!先陣は切らせてもらうぜ!」
普段の倍以上―――――掌大を超えるほど長く太い紫雷の狼爪を展開したマルクはそう言うと、闘気を込めた狼脚で大穴へ続く壁をゴッ!と蹴りつけて加速した。
巨大サンショウウオの短い手足がマルクを襲うが、落下の勢いを増した人狼は止まらない。
「うおおおおおおおおおッ!!」
紫の残光を残して振るわれた狼爪が樹霊の腕を斬り飛ばす。
ギャアアアアアアアアアアアアア――――――!?
「うるせえ」
マルクは斬り飛ばした勢いで縦穴の壁に辿り着くがそこで止まらない。目前に迫った壁を更に闘気交じりの脚で蹴り飛ばして反転した。
化け物の咆哮に気圧されぬよう雄叫びを上げ、縦穴をガンッガンッと蹴りつけてピンボールのようにジグザグに落ちていく。
「ど お お お お お りゃ あ あ あ あ あ あッ!」
巨大サンショウウオの頭部が、手が、胴が、足が、尾がズタズタに弾けるように斬り裂かれた。
「すぅ~・・・」
アルは十枚の蒼炎翅の内それぞれ四枚を引き抜いた龍牙刀と刃尾刀に絡ませる。
そしてカッと開いた龍眼で真下を見据え、
「うおおおおおおおおおッ!」
残りの二枚から噴射した蒼炎で加速をつけてアルは双刀を大上段から振り下ろした。
ギィイイイイイイイイ―――――ッ!?
巨大サンショウウオの大口に叩きつけられた荒々しい蒼炎の刃は然したる抵抗も見せず、ズッ・・・と入り込む。
蒼炎を纏う二振りの妖刀が樹霊の頭部を灼き、刀身が触れたところから炭化し始めた。
しかしアルもそこで止まらない。
轟!と蒼炎を噴き出す二枚翅の勢いを利用して、グググ・・・・と体重をかけていく。
ギィイイイイ―――――ッ!?
バヅンッ!と硬い何かが立ち割れた。
その瞬間、アルは勢いに任せてグルグルと縦に回転しながら双刀剣技を放つ。
―――――六道穿光流・火の型『蒼爪環閃撃』
「でぇ え え え あ あ あ あ あ あッ!」
蒼い二輪の円刃が巨大サンショウウオをズバアッと三枚に卸した。
直後に吹き上がる蒼炎。
樹霊はボロボロと巨体を炭化させながら墜ちていく。
落下しながら見ていたラウラとソーニャは熱気に煽られながら目を瞠った。
蒼い斬撃を見届けたマルクはドガッと壁を蹴りつけながら親友の名を呼ぶ。
「アル!」
「ああ!」
ガッと刃尾刀を咥えたアルと勢いをつけたマルクが空中でガシッと腕を掴み合った。
すぐさまマルクが人間態に戻り、アルは『蒼炎羽織』を解除して龍鱗布をバサッと広げる。即席の落下傘だ。
「ぐうっ!」
「どえっ!」
急激に落下速度が落ちたことで二人にそれ相応の重力《G》がかかった。
「少しずつ、緩めよ」
「ゆっくりで頼む」
アルは凛華とエーラに渡した質量軽減効果を持つ術式を己の胸部に叩きつけ、緩やかに低減効果を上げていく。足から蒼炎を噴射するのも忘れない。
縦穴の壁面に張り巡らされた根が視認できるほど落下速度を緩め、数十秒もしない内にゴツゴツとした黒っぽい地面が見えてきた。
「ようやくか。深かったな」
「あんなとこを登ってきたのか、アイツ」
ふわふわと降りて地に足をつけたマルクとアルは燃え滓を見てそんな感想を溢しつつ、次いで壁面に視線を向けてハッと表情が変わる。
「アルー、マルクー」
「お疲れさまー」
「お二人とも凄かったです」
「うむ。正直見入っていたぞ」
女性陣がその数十秒後にふよふよと労いの言葉をかけながら降りてきた。しかし、光球を浮かべたアルとマルクは難しい顔のまま返事をしない。
「アル?マルク?」
タタッと駆け寄ってきたエーラにアルは、
「ああ、皆は怪我ない?」
と訊ねてくる。
「ええ、ないわ。大丈夫よ」
「カア!」
凛華と夜天翡翠の返事にアルは「良かった」と呟いた。
「お二人とも、どうかしたんですか?」
ラウラが問うとアルとマルクは倒したばかりの樹霊の燃え滓を指さす。
残っているのはどうやら尾のようだ。
「む・・・これは、ここと繋がっていたのか」
その尾の残りはアル達6名が降り立った地面から伸びている木の根と繋がっていた。
「おう、壁も見てみろよ。今さっき根っこが剥がれたみてえだろ」
マルクの言葉に女性陣は壁面を見て戦慄する。
「じゃあ、あの不気味な人型もさっきの怪物も――――」
「ああ、ここと繋がってたんだ」
マルクはラウラの言葉を引き取って洞穴へと視線を向けた。
視線の先には樹霊の胴体とほぼ同寸の真っ暗な穴。壁面にはびっしりと根が張り巡らされている。
ゴクリとソーニャは唾を呑み込んだ。凛華とエーラが流石に怖かったのか龍鱗布をぎゅうっと掴む。
「どうも誘い込まれたらしい」
一寸先も見えないほど闇に塗り潰されている洞穴に向け、アルは緋色の瞳を細めつつ呟くのだった。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
是非ともよろしくお願いします!




