断章12 『紅蓮の疾風』の野暮用
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
怒涛の4月が過ぎ去り5月も半ばに差し掛かった武芸者協会アイゼンリーベンシュタット支部。領軍と協会による氏族への合同監査のおかげで物理的に見通しの良くなった建物内に六等級一党『紅蓮の疾風』の二人はいた。
時刻は夕方。ぼちぼち依頼達成の報告に来る武芸者達が増えてくる頃だろう。
「おう、『紅蓮』の。今日も精が出るな」
「お疲れー」
「よぉ、お前らちゃんと休んでんのか?休むのも武芸者にゃ立派な仕事だぜ?」
口々に声を掛けてくる少々年上から熟練までの様々な武芸者達。彼らは今まで日の目を浴びることが出来なかった者達だ。
あの一件のおかげで地道に仕事を熟していたが目立つことがなかったり、大口の依頼を取られて割を食っていたりした武芸者達は息を吹き返したように活躍し始めた。
今では二大氏族と称されているクリーク氏族とノイギーア氏族のような真っ当な氏族は数えるほどで後は無法に徒党を組んでいる連中があまりに多かったのだ。
それらが一掃された。理念と実際の功績より正当であると認められる氏族がなんと少なかったことか。
人とはここまで堕ちる生き物であったか、とパトリツィア・シュミット侯爵が夫へ散々愚痴を溢すほどであった。
そうなった切っ掛けを作ったのが腐敗の温床であるグリム氏族の暴走。そして”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』の共同戦線がそれをぶち壊してみせた。
要は『紅蓮の疾風』という若者二人はあの騒動を解決に導いた立役者なのだ。氏族に染まらず、かと言ってよそに出て行くほどの蓄えのなかった真っ当な武芸者らの眦も下がろうというものである。
「どーもー」
「うーす」
答える魔導技士レイチェルと薙刀使いのディートフリートの返答はどちらかと言えば気の抜けたものだった。
”鬼火”の一党相手であればもう少し畏まる他の武芸者達もディートとレイチェルにはどちらかと言えば親しみを込めた挨拶を送るからだ。
変にもち上げられればディートもレイチェルも謙遜したし、恐縮したのだろうが彼らは同業者として見てくれている。このくらいの挨拶で充分だった。
「お疲れさまです。依頼の達成報告ですね?依頼書をお願いします」
「はいよ」
ディートが受付の女性に署名入りの依頼書を手渡す。
「確認します・・・・・はい、問題ないようですね。こちらで追記しておくようなことはありますか?」
「うーん。あったっけ?」
受付の言葉に頭を悩ませたディートは隣の相棒に目をやった。
「なかったと思う」
レイチェルはそう悩みもせず焦げ茶色の髪をふわふわと揺らしながら結論を出して首を振る。今回請けた依頼は村の害獣駆除だ。そう難しい依頼でもなかった。
「じゃ、ないです」
「畏まりました。依頼者の署名もバッチリ。良い調子です。この調子なら次回あたりに昇級できると思いますよ」
ニッコリと営業用のスマイルを浮かべて褒める受付の女性にディートは「おおっ!」と喜色を含んだ声を上げる。
「ホントですか?」
レイチェルの声音も嬉しそうなものだった。歳相応な表情を見せる少年少女ヘ受付の女性は大人びた優し気な微笑みに変えて頷き、
「はい。元々あの件で功績は相当溜まっていましたからね。それよりこんなに急がなくても・・・・懐はそこまで寂しくないはずでしょう?」
疑問を呈す。
褒賞式は都市がこんな状況なので執り行わないが褒賞金はしっかり出すと女侯爵は通達を出していた。信賞必罰は貴族にとって絶対の掟。がっつりあの事件に絡んでいたこの二人が貰っていないはずがない。受付女性はそう指摘したのだ。
「や、まぁ、その金は―――ぐへっ!?あー・・・そのあれだ。活躍したのは”鬼火”だし、調子に乗らないようにこれまで通り地道に積んでいこうと思って」
金なら困らないくらいにはある。そう言い掛けたディートはレイチェルに脇腹を突かれつつ答える。
「なるほど、そういうことでしたか。良い心掛けだと思います。気を引き締めつつ高みを目指す。立派な武芸者魂です」
「あ、あざす」
うんうんと頷く受付女性。ディートはポリポリと左頬の刀傷を掻きながらそれらしい態度を取っておいた。
「では報酬の計算をしますので―――――あ、受け取って帰られますよね?」
「勿論っす」
「ではお待ちください」
「うす」
「はい」
署名入り依頼書を持って背後へ向かう受付を見送った二人はすぐさま適当な食堂の卓につく。有象無象の氏族の使い走り共が消えていくに従って習慣化した時間だ。
「今回はどうだった?ちょっと新しい試みだったろ?」
ディートの向かいに座る大人とも少女ともつかない年齢の少女は幾分か色っぽく見えるようになった唇を尖らせて「うぅん」と悩み声を出した。
「わたしの方はあれくらいならまだ大丈夫って感じかな?でもやっぱりあれだけ離れてると少し不安かも」
レイチェルはそう言ってディートの方を見る。彼は少々伸びてきた色素の薄い羊毛色の髪を邪魔そうに引っ張りながら、真剣な表情で依頼内容について思い返していた。
その顔つきはたったひと月の間に随分と様変わりしたように思える。特にもっと幼い頃を知っているレイチェルとしては、少年っぽさに大人びた男の匂いが混じり出してドギマギしてしまうことも増えてきた。
「そうだなぁ・・・・・やっぱ今日みたいに距離を離し過ぎて戦うのはやめた方がいいと思った。連携が活きないし、オレも背中がソワソワして気が散る」
「そっか。じゃあ最初に話し合った通り目視範囲で戦うってことでいい?」
「ああ、それがいい。魔導機構銃は強力だけど隙がないってわけじゃねえし、オレ自身誰でも圧倒できるような強さはまだ持ってねえ。けど―――――」
ディートの言いたいことがレイチェルには理解できる。
「連携できれば多少は格上でも戦える、だよね?」
だからこそ言葉を引き取って紡いだ。
「おう。少なくとも時間稼ぎなり逃げるなりって選択肢は取れる。だから今日のやり方はすっぱりやめちまおう」
ディートも相棒が己と同意見であると察してホッとしながら一党の方針を示す。
「うん。異論なしだよ」
レイチェルはコクッと力強く頷いてみせた。彼女の両肩には釦留めで固定されている二挺拳銃がぶら下がっている。あの事件の発端となった襲撃から寛恕は絶えず整備と改良を繰り返していた。それこそ今から1週間と少し前からも。
「・・・・・個々の戦力を上げつつ連携の練度も高める」
「うん?」
思わず呟いたディートの言葉にレイチェルは優しげに見える丸っこい目をキョロキョロさせて首を傾げた。
「あ、いや、クリーク氏族の先輩武芸者からそう言われてさ。そうすりゃお前らならきっとアイツに届くって」
「アイツ・・・アルクスくんだね?」
レイチェルは闘志を奥に秘めた相棒の顔から答えを言い当てる。隣の芸術都市に旅立った”鬼火”の一党。その頭目であるアルクスと『紅蓮の疾風』は模擬仕合を行ったのだ。
結果は惨敗。二対一にも関わらず、蒼炎や魔術をぶっ放されることもなく、”灰髪”にすらさせられなかった。
それでも良い根性だった!とクリーク氏族の武芸者達は褒めてくれたし、元々後輩武芸者として可愛がってもらっていたのだが、より高位の武芸者が指導してくれるようになってくれたりと有難いものである。
「おう、追いついてやるって決めたからさ。ま、鍛練すればするほど遠く感じるけどな」
ハハ、と軽く笑うディートにレイチェルは深く頷く。
「ううん、わかるよ。あの時わたしもディーくんも調子は凄く良かったもん。それでもアルクスくんはほとんど剣だけで何とかしてみせた。それであの夜いろいろ考えてみたけど、あの事件で一緒に戦ったラウラちゃんとソーニャちゃんの術式構成速度・・・・・わたしが引き鉄を絞るのとほとんど変わらなかったの」
「まじかよ」
「うん。得意な術ばっかりだったんだろうけど、それでもあんまり変わらなかった。こっちの方の魔導機構銃だったら完全に撃ち負けちゃうくらい早かったんだよ」
そう言ってレイチェルは右肩の肩提銃鞘に納まっている鈍色の銃底を叩いた。
「うーん、やっぱ魔力とか魔術の鍛練もしないとだなぁ。いまだにアルクスがやったアレ、わけわかんねえもん」
「アレ?」
「ほら、レイチェルの撃った術弾を逸らしてオレに当てたやつ」
「刀身に魔力を纏わせて逸らしたって言ってたね」
レイチェルはアルに訊いた術理を思い返す。ディートは眉間に皺を寄せた。術弾は決して遅くない。それを逸らすだけでも大概だというのに狙った相手に当てるなどどれほど修練を積めばできるというのか。
「あれは・・・・・たぶん目で見て反応したって感じじゃねえな。魔力の起こりを感知してた、で合ってるか?」
「うーん、たぶんそう、だと思う。こっちのことたまにしか見てなかったもんね」
二人にとってあの闘いは正真正銘全力全霊で挑んだ格上との闘いだった。ゆえにあの時のアルの目線、動き、太刀筋、立ち回りが脳に焼き付いて離れない。
何度押しても小動もしない壁を殴っているような感覚さえあったくらいだ。
「魔力か。今までおざなりにしてたけど、重要なんだよな」
ディートは己に言い聞かせるように呟く。なんだか小難しいから、とか覚えるのが大変だから、だとか言ってはいられない。彼に、否、彼らに追いつくと決めたのだから。
「うん、だね。わたしも技士の使う刻印に知識が寄っちゃってるからもう少し幅広く知識がいると思う」
レイチェルは殊勝にもそう言った。ディートよりは断然知識を持つ彼女だがあくまでそれは魔導技士だからだ。それに必要なもの以外の知識層が薄いことは彼女自身がよくわかっている。
「魔術教本・・・・・一党の懐から出せるかな?」
そわそわとディートが訊ねる。一党の財布を握っているのはしっかりしているレイチェルだ。
「それくらいはあるよ。わたしも一緒に勉強する」
「おっ、そりゃ良い。オレだけじゃチンプンカンプンになりそうだったから助かる」
「ふふ、一緒に勉強だね。あ、でも一回ノイギーア氏族の人に訊いてみるのもありかも」
微笑んでいたレイチェルは「良いこと思い付いた!」と瞳を輝かせた。
「ノイギーア氏族に?教えてくれんのかな?」
「一応初心者用の講座もやってるって聞いたことあるよ」
「そうなのか?クリーク氏族もそんな感じのやりゃいいのに・・・・・」
随分しっかりしている、と感じたディートは思わずそう呟いてしまう。クリーク氏族の運営が自転車操業ないしは火の車だというのは常識だ。少しは見習えば実入りも良くなるだろうに、とディートですら思う。
「あはは、あの人達にそれは~・・・ちょっと無理かも?」
「ちょっとじゃなくて、普通に無理だろうな」
控えめな相棒の意見をがっつりとディートが補強していると受付の女性が手招きしているのが見えた。報酬の計算作業が終わったのだろう。一、二頭牙猪を持ち帰ったのでその分も含まれているはずだ。
「レイチェル、終わったみたいだ」
「うん?あ、ホントだ。じゃ行こっか」
「おう」
そう言って二人は依頼額より少々多めになった報酬を受け取りに立ち上がる。
「おつかれさまでした~。それでは、また次回お願いしますね」
ニコニコ営業スマイルを浮かべる受付の女性から報酬を貰った二人は会釈をするとすぐに背を向けた。
「次回・・・次回か。足元掬われねえようにしねえとな」
噛み締めるようにディートが呟く。ようやくだ。
「そうだね。ちょっと時間かかっちゃってるけどラウラちゃん達まだ芸術都市いるかなぁ」
「いるんじゃねえか?芸術都市からはそのまま帝都に直行するっつってたし、観光しようって言ってたからな。オレらの野暮用もそれまでに終わらせてみせようぜ」
「うん!頑張ろうね、ディーくん!」
二人の野暮用とは、次に”鬼火”の一党と出会うときは六等級一党ではなく、五等級一党として再会を果たすことを目標に依頼を熟すことであった。
「おう!とりあえず明日は休みだし、そのノイギーア氏族の講座ってやつ行ってみるか」
「じゃあ帰りに書店寄ってみよっか?魔術教本置いてあるかも」
「お、そうしようぜ」
ちょこんと寝癖のように跳ね返った羊毛色の髪をゆらゆら揺らして素直に頷くディート。レイチェルは懐かしくもまた別の感情を抱く。
「ディーくん、今日の夜髪切ってあげよっか。伸びてるでしょ?」
「え、おう?」
「んふふっ」
妙に機嫌の良さそうなレイチェルと不思議そうな顔をするディートの『紅蓮の疾風』はそんな言葉を交わしながら扉をくぐるのだった。
それから約1週間と少し。五月も末になる寸前で彼らは芸術都市へと旅立っていくのであった。
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