断章10 (後篇) 灼熱の剣士、真価の片鱗
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
鋼業都市アイゼンリーベンシュタットを取り囲む防壁に備え付けられた巨大な東門から1.8km地点には戦闘狂いばかりでお馴染みのクリーク氏族が造った屋外武闘場がある。
かの氏族の運営帳簿を万年大赤字状態に追い込んだこの立派な闘技場は四方から落ち窪むように75m辺の正方形型に武舞台が設置されており、斜面には何とも粗雑な座席が備え付けられていた。
本当はそそり立つような建物と立派な観客席を設置し、中心にドカンと武舞台を置きたかったそうだが如何せん予算がなかったとのこと。
属性魔力や魔術をぶっ放すのだから平地より低い方が合理的といえば合理的ではあるのだが、そこは見栄を優先しようとしたせいで武舞台はやたらと頑丈で立派な割に他はどうにも殺風景な印象を受ける。
時刻は昼。生憎の空模様で雨が降りそうなほどの黒雲にこそ覆われていないものの、日光を遮る程度には分厚い灰色に霞んだ雲が継ぎ目もなく広がっていた。
そんな鼠色の空の下、アルクスは『紅蓮の疾風』の二人と対峙している。
「なぁ、あれってよぅ・・・あの”鬼火”だろ?そんで片っぽは『紅蓮』の二人じゃねえか。この時間借りられてんのは知ってたけどあいつらがやんのか?」
武舞台から少々離れた鍛錬場に座り込んでいたクリーク氏族の武芸者が素っ頓狂な声を上げた。
武舞台があるからといって仕合を見世物にはしていない。観客席はほとんど休憩スペースか仮眠にのみ使用されている。
ちなみに氏族に加入すれば利用料は無料だ。そのせいで実質的な収入源は時折入る氏族外の武芸者や鍛え足りない軍人の落としていく利用料のみ。
クリーク氏族の勘定方の悲鳴が止まらないのは言うまでもないことだろう。
「らしいぜ。なんでも『紅蓮』の方が予約入れたんだと」
「まじかよ、あの”鬼火”相手に?幾らなんでも無謀だぜ。つってもよぅ、あいつら仲良いんじゃなかったか?」
「そうらしいわよ。だから決闘じゃなくて純粋な力試しね。魔銃使いの子が言ってたわ」
彼ら的にはヒソヒソと喋っているつもりのようだが丸聞こえだ。
「なるほどなぁ」
どうやら『紅蓮の疾風』の真意はそう違えることもなく周囲に伝わったらしい。
「んじゃ”鬼火”の闘いを見られるわけか。ちょっと俺見学に行ってくらぁ」
「ちょっと待ってよ。私も行くわ。ていうか他の子達は戦わないのかしら?そっちも見てみたいんだけど」
クリーク氏族は強くなりたい武芸者達が寄り集まった集団だ。噂話よりどんな闘いになるのかという方に興味がそそられていた。
「無理じゃね?ほら、あそこ。”鬼火”の仲間達が見に来てるぜ」
「ん?おお、マジだ。全員いるみてえだな」
「”黒腕の狼騎士”じゃないの。私ああいうのに弱いのよね」
やはり声のデカい氏族の武芸者達の会話は丸聞こえである。思わずマルクガルムはワインレッドの髪をグシャグシャと掻いて唸った。
「いつの間に新しい二つ名がついたんだよ・・・」
「アル殿がグリム氏族の拠点を派手に潰してしまったからな。砲弾を生身で受け止めたのを見た者は案外いるんじゃないか?」
ソーニャは笑みを隠さずそう告げる。いつも”姫騎士”という二つ名で揶揄われているのでここぞとばかりに楽しそうである。
「やんなきゃ良かったぜ」
「ふっ、もう遅いぞ」
「うるせぇーよ」
「案外人いるんだねぇ」
「ですね。もっとこう、それぞれで鍛錬してる印象の多い方達でしたが」
シルフィエーラとラウラはさわさわと流れる風に赤い数珠玉のついた金の髪房と朱髪を遊ばせながら呑気に感想を述べた。
武舞台で龍鱗布を靡かせるアルと緊張した面持ちのディートフリートとレイチェルを見にクリーク氏族の武芸者達は「一太刀くらいなら『紅蓮』もいけんじゃねえか」だの、「さすがに”鬼火”は落ち着いてるね」だの、「あのルドルフを倒したって実力、見してもらおうじゃねえの」だの好き勝手なことをのたまいながら座席についている。
あの件ですっかり有名になってしまった弊害だ。気が休まらんとアルが心底辟易しているのは仲間達の間では周知の事実である。
「・・・・・」
凛華はジッとアルを凝視していた。表情こそまだ若干むくれているものの青い瞳は真剣に武舞台を見つめている。
アルが一皮剥けたことに一番敏感になっているのが凛華なのだ。どれほど強くなったのか、剣の質がどう変わったのか、気になって気になってしょうがない。
「始まるわ」
凛華が武舞台の気配に気づいて呟き、仲間達も自然とその視線を追う。
そんな観衆のことなど一切気にした様子もなく武舞台上のアルは問うた。
「こっちは準備できてるぞ。そっちは?」
「できてる。レイチェル」
「うん。いけるよ、ディーくん」
ディートが薙刀の切っ先を下に構えながら体勢を落とし、レイチェルが回転式魔導機構銃の撃鉄をチャ・・・と起こす。
「”灰髪”には、ならねえんだな?」
「まずは様子を見る」
ディートの問いにアルは端的に返した。それを舐めていると憤慨できるほどディートは愚かではない。
そして見下しているわけではないというのもアルの目を見ればわかる。嘲りの色など少しも見えなかった。抜き放った刃尾刀を片手に龍鱗布をバサバサと靡かせ、真っ直ぐにこちらを見ている。
「そうかい。じゃあ・・・行くぞっ!!」
ディートは叫ぶや否や駆け出した。脱兎の如き速度で突進する薙刀使いの耳に相棒の声が届く。
「牽制!風、雷、水!」
「おう!」
体勢を低くして突っ込むディートの背後からレイチェルは角度をつけて黒鋼の回転式魔導機構銃をガァン、ガァン、ガァン!と三連射した。
圧縮された風術弾と雷術弾と水術弾が一秒と経たずにディートを追い越し、アルへと襲い掛かる。ディートとレイチェルがあの時の戦いで得た経験を昇華させて連携だ。
近接職《薙刀使い》と遠距離職《魔導技士》による息もつかせぬ波状攻撃。時と場合により、致命打を与える役を切り替えるというのが二人が出した結論であった。
牽制の術弾とそれを隠れ蓑にするかのように勢いを落とさず接近するディート。
―――――さあ、どう出てくるアルクス!
ディートは薙刀を構え勢いよく振りかぶった。そして目を見開く。
なぜならそこには術弾をヒラリと前に倒れるように躱し、刃尾刀を脇構えにしたアルがいたからだ。
「うっ!?お、お、おおおおっ!」
躱すのはわかっていたがまさか前に出て来るとはディートも予想していない。上体の伸びたこの状況では石突で突くことも出来ない。
慌てて振り下ろされる薙刀。しかし十全な間合いでもなく、おまけに急いで繰り出された一撃だ。
「ふッ!」
アルは踏み込むと同時に刃尾刀を逆袈裟に斬り上げた。鋼鉄製の薙刀の柄と刃尾刀の刃がギャリィッと火花を散らす。
均衡は一瞬。体重の乗ったアルの一撃がディートの薙刀を跳ね除けるように弾いた。
「ぐッ!?」
ディートの両腕に走る衝撃がビリビリと痺れを誘発する。しかしアルはそこで止まらない。
振り抜いた勢いを余すことなく使い、左足でディートを蹴りつけた。
「ぐおっ!?」
ディートは無理矢理引き戻した薙刀の柄で蹴りを受け止めたがゴォン!と更に両腕に衝撃が走る。
たまらず距離をとろうとするディート。アルが追撃を入れようとしたところに、
「ディーくん!下がって!」
「っ!助かる!」
レイチェルが回転式魔導機構銃を連射した。立て続けに撃ち出される術弾にアルは追撃を取りやめる。
そこへ迫りくる幾つもの雷術弾、風術弾、水術弾、鉱術弾。レイチェルは回転弾倉をカチチチッと手元を見ずに乱射した。弾丸が必要ないという魔導機構銃の特性を利用した連射だ。
炎術弾がないのはアルには効かないとわかっているからだろう。
アルは弾道が見えているのか、半身になってひょいひょいと躱し体勢を整えるや否や魔力を薄っすらと纏わせた刃尾刀で下から上に一閃して数発の術弾を斬り落とす。
「うおおおおおっ!」
そこにディートが遠心力を乗せた一撃を放ってきた。石突付近にまで寄せた左手と柄の中ほどより下に添えられた右手が本来の間合いを超えてアルの右胴へと放たれる薙ぎ払い。
しかしアルは慌てず逆手で引き抜いた鞘を下からカチ上げるように刃を打ち上げて軌道を逸らす。
「はッ!!」
そのまま一気に間合いを詰め、逆手に持った鞘をディートへ突き込んだ。
「ぐ、はっ!」
右脇腹に鞘を叩き込まれ呻くディートの視界に刃尾刀がチラつく。痛みを堪えて薙刀を掲げればチュイン!と思いの外軽い感触。
ハッとしたのも束の間、アルの右足がディートの腹をドフッと強かに打ち据えていた。
「がッ!?」
ディートがゴロゴロと吹き飛んでいく。レイチェルは急いで彼の下へ駆け寄りつつ撃つのだけはやめない。
ガァン、ガァン、ガァン!と放たれた術弾をアルはスイスイと避けて一歩下がった。
「ディーくん!大丈夫!?」
まだやれる!?そう聞こえた気がしたディートは好戦的な笑みを見せて立ち上がる。
「おう、まだまだ!」
「うん!」
―――――わかってたけどアルクスくん、やっぱり強い。
レイチェルはやる気を漲らせる相棒の隣に並んだ。
観衆は少々ざわめいている。”鬼火”の一党と言えばド派手な功績と立ち回りが有名だ。グリム氏族の件だって最も目立つ戦闘をしていたのだ。
それが蓋を開けてみればどうだろうか。ぶっちゃけ言って派手に見えない。
しかしクリーク氏族の大半の武芸者達は意見を翻した。”鬼火”が当たり前にやったことがその技量の高さを示していたからだ。
「お、おい。さっきの術弾、どうやって逸らした?」
「えっ?斬ったように見えたけど」
「斬るったってあれ、そんなに低い威力してねえぞ」
レイチェルの外した術弾は武舞台に幾つも焦げ跡を残し、石板を削り取っている。それを弾かれることもなく、下がることもなく、更に服を汚しもせず一刀の下に斬って捨てたアルが決して魔力任せの剣士ではない、と目の肥えた彼らは気付き始めていた。
「むぅ、さっきのあれは魔力を纏わせて斬り裂いたのか?」
ソーニャは武舞台をじいっと見ながら腕を組んで唸る。
「だな。アルがお前に出してる課題の応用みたいなもんだ」
マルクは首肯した。アルがソーニャに出している課題は盾に属性魔力を纏わせて術を逸らすというものだ。あそこまで鍛えられた魔力なら薄っすら纏わせるだけでも十二分に効果は発揮する。
「一太刀で四つですか。術師殺しですね」
ラウラは対峙しているレイチェルが気の毒になった。あんなにあっさり斬り捨てられたのでは精神的に堪えるというものだ。
しかし、それ以上に気になる点もあった。
「それよりなんだか・・・いつものアルさんらしくないですね」
「あ、それボクも思ったよ。もっと蒼炎ぶっ放したり派手にやるのかと思ってた・・・・でもそれ以上になんかちょっといつもと違うよね」
エーラは青黒い髪を風に流しているアルに目をやる。準備運動とも普段の戦闘中とも違った。どうにもしっくりこない違和感がある。
「さっきの動きは『封刻紋』を解除してるときしか今まではやってなかったはずよ」
それに答えたのは共に剣術の研鑽を積み重ねてきた凛華である。
「「「あっ」」」
「そう言われりゃそうだな」
気配察知の鋭さと龍眼による動体視力向上がなければできていなかった動きを『八針封刻紋』を閉じたままアルはやってのけていると凛華は指摘したのだ。
普段から突っ込んでいく癖はあるが、速度や視線誘導を利用して場を掻き乱して前に出ていくのが常だった。しかし今は違う。ディートのあの薙ぎ払いとて今までのアルなら一度下がって躱すはずだ。
「マジに一皮剥けたらしいな」
「止まんないよねぇホント」
「・・・・・」
凛華は武舞台を真剣な表情で見つめる。あの程度なはずがないと確信を抱きながら。
アルは『紅蓮の疾風』を睥睨してこう告げた。
「ディート、レイチェル。そろそろ本気で来い」
やにわにアルから発せられる魔力と圧力が一気に増してくる。
「っ!?」
ディートは空間がギチギチと圧迫されるような感覚と全身を斬り刻まれるような幻惑に囚われた。
「前より・・・!」
合同依頼中に襲撃を受けた際ですらここまでの圧力はなかった気がする。レイチェルは丹田に力を込めてなんとかいなした。
これが指し示しているのはつまりアルがあのグリム氏族の連中より二人の方が強い相手だと認識しているということ。
その事実にディートが嬉しそうに唇を歪め、レイチェルが口元を引き結んで右の肩提銃鞘の留め具を外す。
「レイチェル、行くぞ!」
「うん!」
息を合わせた『紅蓮の疾風』がパッと左右に散開した。すぐさまレイチェルが術弾を放ち、その隙にディートは大きく弧を描きながらアルの横合いへと走り込んでくる。
「今度は挟撃か」
アルは術弾を躱しながら呟いた。視界の左端に捉え続けているディートは先ほどよりも更に素早く突撃してくる。最初は連携した突撃陣形で、次は包囲・殲滅陣形とでも呼ぶべきだろうか。
術弾が一瞬だけ途切れた。そこへ右中段から突きの体勢でディートが間合いを詰める。
「どぉおおりゃああっ!!」
ギィン!と薙刀の刃と刃尾刀の白刃が火花を上げてすれ違った。ディートは有効打を入れられなかったことに拘泥せず、そのまま駆け抜けていく。
レイチェルはすれ違った二人を確認するや否や引鉄を引いて雷術弾と風術弾を放った。弾道は直撃コースだ。
「しッ!」
アルは刃尾刀を振るって術弾を逸らす。そこに反転したディートが再度突撃を敢行した。
―――――連携も精度も格段に上がってる。
心中でそう評しながらアルは薙刀を弾く。レイチェルの射撃精度は相当高いらしく、ディートの突撃をいなしたと思ったら次の瞬間には別角度から術弾が襲い掛かっていた。
少し前のアルならもう少し力押しで対処しようとしただろう。
―――――けど、今なら。
アルは四度目の突撃をいなすと同時にレイチェルへと左手で扇を仰ぐように蒼炎杭をボボボッ!と投げる。抜き手も見せずに投擲された計九本の蒼炎杭。
この仕合初めてのまともな属性魔力にレイチェルはビクリと反応し、すぐさま撃ち落とすべく回転式魔導機構銃の引鉄を引いた。
ガァン、ガァン!と放たれた術弾が蒼炎杭と衝突する―――――誰もがそう思った瞬間、蒼炎杭が軌道を急に変えて真上へと舞い上がった。
「えっ!?」
レイチェルは驚愕に目を見開く。アルは左腕をクルクルと動かし、九本の蒼炎杭を別々の軌道で操っていたのだ。
師匠の得意とする精緻な魔力操作技術には足元にも及ばないがこの程度ならアルにだって容易い。
真上へ放たれた蒼炎杭がクルッと動きを止めて下を向く。
「レイチェル!避けろ!」
ディートの声にハッとしたレイチェルは、次いで勢いよく落ちてきた蒼炎杭に再度銃撃を浴びせながら駆け出した。
ドォン!ドォン!と武舞台の石畳を蒼炎が灼き、爆発して青白い煙を上げる。
「くうっ!」
瓦礫に背中を叩かれながらも懸命に走っていたレイチェルは後ろを振り返って再度驚愕した。
青白い煙を引き裂いて蒼炎杭が飛び出してきたからだ。
「なっ!誘導弾っ!?」
「ちいっ!させっかよ!」
ディートは相棒を助けに行くのではなく、魔力操作自体を止めようと大上段に構えた薙刀をゴオッ!と振り下ろす。
アルは刃尾刀を薙刀に沿わせるように合わせて受け流した。しかしそれはディートとて織り込み済みだ。
「ぬ、おおおおっ!」
地面に接触した勢いを利用して刃を跳ね上げ、そのまま左に一回転するように薙ぎ払う。
咄嗟に跳び退るアル。
―――――今!
レイチェルは好機を見逃さず引鉄を引き絞った。ガァン!と独特の発砲音が鳴り響き、撃鉄に装填されていた魔力が弾倉の刻印を起動して風術弾を吐き出す。
ここまで近距離であれば発砲と弾着に時間的差異はほぼない。
ようやっとマトモな一撃が入るだろうとアルの仲間達以外全員が思った。
しかし、アルは右眼に捉えた風術弾に恐るべき反応速度を示し、空中で刃尾刀の柄尻に左手を添えると同時にグルンッと一回転。ヒュ・・・パァッ!と複雑な軌道で斬閃が走る。
するとアルへ直撃するはずだった風術弾がいつの間にかディートに向かって飛んできていた。
「いっ!?うおあっ!?」
さすがにこれはディートも予想外である。驚きと共に肩に風術弾が直撃して吹き飛ばされた。
アルは刃尾刀に薄く魔力を巡らせて術弾をディートへ受け流したのだ。
武芸者達が繊細さと豪胆さに目を剥く。
「ディーくん!」
「いってて・・・くっ!?」
相棒の声と脳内に鳴り響いた警鐘に顔を上げるとアルが間合いを詰めてきていた。
「下がって!あれを撃つから!」
レイチェルは右の肩提銃鞘から鈍色の銃身の中心部が奇妙に膨らんだ自動拳銃型の魔導機構銃を引き抜いて相方へ警告を送る。
「ふんっ、ぬおおっ!」
ディートは吹き飛んでいた体勢から薙刀の石突を石畳に叩きつけ、反動と勢いで大きく後退した。
追撃を入れようとしていたアルは渦巻いた魔力に反応してレイチェルへ視線を移す。
「そ、こおっ!!」
レイチェルは回転式魔導機構銃を腰帯に挟んで跳躍するや否やアルへ狙いを定め、最大装填状態の魔導機構銃の引鉄を引いた。
ドウッ!と重々しい発砲音が轟き、レイチェルの身長とほぼ同直径の圧縮された真っ白な爆雷術式弾が放たれる。
ほんの刹那、灰色の空へ光を投げ返した爆雷術式弾は武舞台へと即着し、アルの蒼炎杭のそれを大きく超える爆発を生み出した。
「のわあっ!」
「もうちっと下がれ!危ねえぞ!」
クリーク氏族の武芸者達が泡を食って座席から下がる。だが前衛の仲間がいるレイチェルが無作為に爆炎をまき散らす術弾を放つはずもない。
反動で後退しつつ魔導技士はディートを視界にとらえた。辛くも爆発の衝撃から逃れていたようだ。思わず胸を撫で下ろす。
「冷や汗掻いたぜ・・・アルクスはどうなった?」
ディートは一気に膨張した火柱を視界に収めながら対戦相手を探していた。しかしアルの姿は見えない。
「つっ!?」
首を巡らしていたディートは直感に従って上空を見上げる。アルは着弾地点の上空にいた。無傷に近い。相棒は大量の魔力放出でゼェゼェと息を切らしているせいか気づいていない。
―――――やべえ!
「レイチェル!上だ!」
ハッとしたレイチェルが見たのは紅い龍鱗布を広げて降ってくる黒髪の剣士。
「まさか、爆風に乗って・・・!?」
アルは爆雷術式弾を躱しざまに龍鱗布を広げて己を軽くして上空へあえて吹き飛ばされていた。
「くっ!」
魔力を使いすぎて視界がチカチカと明滅するなか、レイチェルは懸命に回転式魔導機構銃を引き抜いて魔力を注ぎ込む。
しかしアルは質量軽減効果を戻し、重力加速度を味方につけて降ってきた。術弾が掠めてもその勢いは止まらない。
―――――でもその距離なら!
アルの降下地点はレイチェルでもわかるほど刃尾刀の間合いからは遠い。着地の衝撃を逃がす一瞬の隙を突こうとレイチェルは歯を食い縛って魔導機構銃を構える。
その瞬間、アルはたなびいていた龍鱗布の先と左手から蒼炎を噴き出した。
轟―――――ッ!
「うえっ!?」
指向性を持たせた爆炎が垂直方向にかかっていた重力の軛を捻じ曲げるほどの反動を生み出す。
レイチェルは動揺し、アルへ術弾を叩き込もうと引鉄を引いた。
だが斜めに墜ちてきたアルはくるくる回転しながら術弾を斬り裂き、そのまま右足を振り上げる。
躱せないと悟ったレイチェルが両手で回転式魔導機構銃を掲げて防御姿勢をとったのとアルが落下の勢いを乗せた踵落としを叩き込んだのはほぼ同時だった。
「く、うっ―――――きゃあっ!?」
鞭のように鋭い軌道で振るわれた重たい一撃が軽いレイチェルを簡単に弾き飛ばす。
「レイチェル!くそっ!でぇりゃあああああっ!」
駆け付けたディートが薙刀を振るわんと大きく振りかぶった。着地したこの瞬間ならギリギリ間に合う。
―――――取った!
するとディートの視線の先で振り返った赤褐色の瞳がギラリと光った気がした。
―――――ゾ ク リ―――――
灼熱の刃を彷彿とさせる何かがディートを押し包む。
―――――これは、あの時の!
凛華が言っていた”剣気”。ほんの刹那、眼光と剣気に気圧されたもののディートはすでに薙ぎ払いを繰り出している最中だ。止まれないし止まる気もない。
「えぇあああああああっ!!」
渾身の力で右に薙ぎ払われた長柄の刃がアルに直撃した―――――かのように見えた。
「な、に・・・・っ!?」
確かに当たったはずなのに手応えがない。霞を斬ったかの如く空虚な感触にディートが眼を見開く。
その瞬間、これ以上ないほどの悪寒をディートは感じ取った。振り抜いて流れる身体をもどかしく感じながら直感に従って首を右斜め下へ向ける。
「っ!?」
そこにいた。刃尾刀を脇構えにし、灼熱の剣気を伴って必殺の間合いに入り込んでいるアルが。
いつの間に?どうやって?そんな疑問を捻じ伏せるほどの警鐘がディートの脳内に鳴り響く。
―――――あれは、ヤバい。
「くっ、うぉあああああっ!?」
持ち得るすべての力を使ってディートは地面へ身を投げた。その空間をアルは斬り裂く。
―――――六道穿光流・火の型『陽炎之太刀・暁天』。
グリム氏族のルドルフを夜天へと吹き飛ばしたアルの独自剣技。アルの得意な逆袈裟斬りがディートの寸前までいた空間を断つようにズパァン!と薙ぎ払った。
ルドルフと対峙した時は『封刻紋』も解いていたし、闘気も込めていたが今回は魔力しか込められていない。
それでも何か巨大なものが掠めていったような衝撃がディートと尻餅をついていたレイチェルを襲う。
「おわぁっ!?」
「ひゃあああっ!?」
通り過ぎていった衝撃から抜け出したディートとレイチェルが見たのは蒼炎と刃尾刀を自分達に突き付けているアルだった。
「どうする?」
そのアルが問う。二人は顔を見合わせ、ついで違和感に気付いて空を見上げた。
「え・・・・」
「マジかよ・・・」
空を覆っていた灰色の雲の一角が千切れて散り散りになっている。そこから覗いてきた日光が二人に当たっていた。
アルが込めた魔力が剣圧となって散らしていたのだ。こんなことができる相手に二人はまだ勝てない。
「参ったよ」
「うん。降参」
素直に認めて両手を上げた。するとアルはニッと笑って刃尾刀を納める。その笑顔は友人に向けるいつものものだ。
「じゃ俺の勝ちだね」
「やっぱ強えな、お前」
ディートはしみじみとアルを称賛した。
「鍛えてるからね」
「最後の一太刀ってディーくんが避けなかったらどうなってたかな」
レイチェルはパンパンと尻を払いながら立ち上がる。あれをディートがどうこうできた気がしない。
「やめろよ、おっかねえ」
同じく立ち上がりながら首根っこを押さえて青い顔をするディート。
「あはははっ、そうなってたら途中で止めたさ。吹っ飛んでただろうけどね」
アルはそう言いながらからからと笑った。
「ふぅ・・・ま、でもオレらの当面の目標は決まったぜ」
「うん!そうだね」
「追いついて、追い越してやるからな」
「楽しみにしてて」
「ああ。俺達も追いつかれないよう精進する」
そう言ってディートとレイチェルが差し出した手を握ってアルは握手を交わす。
途端、拍手が沸き起こった。
「な、なんだ?」
「ふぇ?えっ?なに?」
目を白黒させる『紅蓮の疾風』。
「良い仕合だったぞ!」
「根性あるじゃねえかお前ら!」
「でも最後のあれ、なんなんだ?”鬼火”が二人いたように見えたと思ったら雲が斬り裂かれちまった」
「バッカねあれよ。剣圧ってやつでしょ」
「あんな距離飛ばせんのかよ?」
「ルドルフを倒したってのも頷けるぜ」
クリーク氏族の武芸者達だ。感性が一般的な人間より隠れ里の魔族達の方に近い為最後の方などほとんどが見ていたようである。
「あ、ありがとよ?」
「ど、どうも~・・・?」
ディートとレイチェルはそういった声に慣れていないのか顔を少し赤らめた。
「カア~!」
「や、翡翠。どうだった?」
「カアカア!」
「ふふ、ちょっとは強くなってたろ~?」
アルは左肩に翔んできて身体をすり寄せて来る三ツ足鴉をあやしている。そこへ仲間達がやってきた。
「三人共、お疲れさん。悪くねえ仕合だったぜ」
「うむ。アル殿相手によく食らいついていた」
「だねぇ。最後のはボクらもどうなってたかわかんなかったけど」
「位置がズレたみたいに見えましたね」
そんな風に感想や労いの言葉をかけてくる4人。
「”灰髪”にはさせられなかったけどな」
「アルも強くなってるんだからしょうがねえさ」
悔しそうに言うディートの肩をマルクはポンポンと叩く。
「レイチェルさんの魔導機構銃の威力には驚きました」
「ありがと、ラウラちゃん。また改良したの」
ラウラはレイチェルの爆雷術式弾が気になっていたようだ。
アルは声が一人分足りないなと静かな方を見て冷や汗を垂らした。
「・・・・・」
無言の凛華は青い瞳を爛々とさせている。それこそ鬼火のようだ。
「あー・・・凛華?凛華との勝負はまた今度だよね?」
「・・・そうね。でも、稽古なら良いと思わないかしら?」
どうやら凛華の剣士魂をいたく刺激してしまったらしい。
「や、戦ったばっかりだし」
「準備運動は充分ってことよね?」
「エーラ、助けて」
「無理だよぉ~。聞き分け悪いときの目してるもん」
「そんな殺生な」
「さ、やりましょ」
「勘弁してくれぇ~」
「カア~」
こうしてアルと『紅蓮の疾風』の勝負は何とも締まらない終わりを迎えるのだった。
余談だが仕合に大興奮したクリーク氏族のせいでアルの二つ名に”雲切”が追加されることとなる。
それを知った本人が盛大に溜め息をつくことになったのは言うまでもないことだろう。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
是非ともよろしくお願いします!




