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【11万PV 達成❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ伍 鋼業都市アイゼンリーベンシュタット編

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129/223

16話  四人の戦いと悪意の輪郭  (虹耀暦1287年4月:アルクス15歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 鋼業都市アイゼンリーベンシュタットの西側、大運河沿いの倉庫街に立ち昇る炎は国軍、領軍及び魔術師を多く抱えるノイギーア氏族のおかげでかなり鎮まりつつある。


 しかし、それでもまだ煙はもうもうと燻り、都市の混乱は治まっていなかった。


 敵味方の判然としない武芸者同士が入り乱れ、軍人達はどちらをどう抑え込めば良いかわからず手を出しあぐねている。


 グリム氏族の――――否、ルドルフ・グリムにとってはそれさえも計算の内であったのだろう。


 結果として都市の大部分は機能停止。


 馬車はほぼ通行不能、悲鳴と怒号がそこかしこに降り注ぐ。


 この騒動の発起人は重点的に倉庫街及び帝国軍の駐屯地付近さらには兵器工廠までもを荒らすつもりのようだ。


 そんな混沌が渦巻く倉庫街へラウラとソーニャ、『紅蓮の疾風』のディートフリートとレイチェルは飛び出した。


 一目散に上空へ飛翔したのは夜天翡翠。


 艶やかな黒羽を散らして一気に急上昇、視界に収めた情報から最短距離でグリム氏族の高楼《拠点》へと飛んでいく。


「翡翠に続いて一直線に抜けます!」


「カア!」


「ああ!」


「おうよ!」


「うん!」


 弱気を吹っ切ったラウラが気合と覚悟を込めて号令をかければ、それぞれが呼応しつつ走り出した。


 先頭にソーニャ、続いてディート、最後尾をラウラとレイチェルで並走。


「火は少し落ち着いてきたみたいだぞ!」


「その代わり今度は運河の方が騒がしくなってやがる!」


 ソーニャが先頭で視界情報を共有すれば、ディートは耳や足で感じた振動から得られた状況の報告を入れる。


 ―――――この短時間に状況が変わった?


 ラウラは脳内に追加情報データを書き込みつつ、視線をあちこちに配って魔力感知も絶えず行っていく。


 ―――――視野は広く、状況を俯瞰的に。


 後衛で司令塔のような役割を担って欲しいとかつてアルクスに頼まれた。


 魔族組がいなくても、やることはきっと変わらないはず。


 そう信じて走り続ける。


 4人が飛び出して300m(メトロン)もいかない内にグリム氏族の一人が彼らを発見して大声を発した。


「いたぞーっ!」


「どこだ!?」


「そこだ!オレらの拠点方面の通り!」


「術師はいるかぁ!?連中を足留めしやがれ!」


 4人の前方でバリケードを築くように並ぶグリム氏族()


 ラウラはすかさず指示を飛ばす。


「速度は維持します!翡翠!」


「カアカアッ!」


 三ツ足鴉はヒョオッと先行した。


 その真下が人数―――防御の層が最も手薄だということだ。予めそう飛ぶように指示を出してある。


「あそこっ!一気に突破します!」


「よぉし!」


「やってやろうじゃねえか!」


 ソーニャが盾を構えディートがその後ろにピッタリついて気炎を上げた。


「チッ、小賢しい!盾なんざ!さっさと術撃っちまえ!死んでなきゃ構わねえ!」


「おらおらァ!止まれやッ!」


「止まらねえと怪我すんぞっ!」


 属性魔力や魔術、矢が一斉にグリム氏族の武芸者達から放たれる。


 相手は15歳にも満たない子供だというのに遠慮の欠片もない。


 ―――――あんな程度!


 しかしラウラは何てことはないと不敵に笑う、仲間の冰鬼人(凛華)のように。


「撃つよ!属性は風と水!三連!」


 レイチェルは盾を構えたソーニャの後ろから叫ぶと魔導機構銃の回転弾倉をギャリィッと手で擦り上げ、立て続けに引き鉄を引いた。


 ガァン、ガァン、ガァン―――――!


 直後、銃口から人の頭ほどに圧縮された風術弾と水術弾が吐き出され、迫ってきた属性魔力を相殺し、魔術を減殺させる。


 しかしながらグリム氏族側の砲撃はそこまで甘くない。相殺されたのは精々数発。


 現に効果を弱められた魔術は属性魔力を纏わせたソーニャの盾によってなんとか直撃を免れているといった状況だ。


 これなら大したことはない。すぐにでも捕らえられる。


 そう思ったグリム氏族の武芸者達は、次の光景に目を瞠った。


 ソーニャが直撃コースの矢や術弾を防いでいる間に、レイチェルがさきほどと変わらない威力の風術弾と水術弾を立て続けに放っていたからだ。


 時間的僅差ラグがほぼない。


 これだけ早撃ちできたのは、レイチェルが初めて人の命を奪うことになったあの依頼の直後に回転式魔導機構拳銃への改造へ踏み切っていたことに起因している。


 またその改造内容は非常に単純シンプルで、属性を選択する為の二つ目の撃鉄(セレクター)を削除して構造の単純化を図ったのである。


 打ち倒すべき敵が()であった場合、複雑な機構や操作性よりも安定性と咄嗟に引鉄を引けること―――――つまり撃てることが最も重要だ。


 そう痛感させられたレイチェルが苦い記憶も薄まらない内に改造を施した。


 その結果、従来の回転弾倉式拳銃リボルバー同様、引き鉄を引くたびに弾倉が回るように()()()しまったのだが、圧倒的に操作性は向上している。


 またとにかく即応性に重きを置いた結果、以前は弾倉固定用のストッパーもあったのだが今は取り払っていた。

 

 弾倉一つ一つに別の属性術弾の刻印を施し、以前のものより封入魔力の上限も上げた。


 犠牲になったのが手動操作による属性選択時の正確性。


 手動で弾倉を回さなければ()()()()()()()()()()()()


 それでも敵の前で調整を行いつつ戦うより遥かにマシだとレイチェルは判断したのだ。


 現に今銃口から射出された二つの属性術式弾は、手の感覚だけで回転弾倉を回し、狙いだけ見て引き鉄を絞ることで、ソーニャへ直撃寸前の魔術を風術弾で逸らし、水術弾を正面に撃ち込むことに成功している。


 火薬を使った弾丸ほどではないとはいえ十二分に脅威と言える弾速だ。


「しゃらくせえァっ!」


「めんどうなガキ共だ!」


 牽制射撃を行っていた武芸者達は咄嗟に回避行動をとったり、手元に出した属性魔力の盾や近接職の盾持ち武芸者に弾を防いでもらった。


 レイチェルが込めた魔力が思いの外多かったのか、魔導機構銃が優秀だったのか風術弾は六等級武芸者が相殺しきれないほどの衝撃で彼らを後退させ、水術弾は当たった瞬間に見た目より広範囲に弾けて広がっていく。


「チッ、手ぇ止めちまった!」


「こっち術くれ!」


 グリム氏族の武芸者達も手慣れたものだ。即座に援護射撃を!と叫ぶ。


 だがレイチェルはその隙を見逃さない。


「さいっ、ごっ!!」


 コンマ数秒の時間、狙いをつけたレイチェルはもう一度風術弾と水術弾をぶっ放した。


 これで宣言通り、二属性の三連、計六発を撃ち終えたことになる。


「ラウラちゃん!」


 レイチェルは己の放った属性術式弾で見えた包囲の()に歓喜の声を上げるや否や、役割を移すべく臨時頭目の名を呼んだ。


 ―――――この距離なら!

 

「はいっ!ソーニャ!ディートさん!今です!『天鼓・・・招来』ッ!!」


 ラウラはレイチェルとソーニャが時間を稼いでいる内に紡ぎ終え、魔力をたっぷり込めた魔術を発動すべく杖剣をヒュッと前方へ向ける。


 直前に呼び掛けられた二人は「ああ!」「おう!やっちまえ!」と返事を返しながら左右にパッと散開。


 その瞬間、自然界の稲妻を模した青白い雷が空気を引き裂いてグリム氏族の武芸者達へと迸った。


 ギィャァァァァ!と耳を覆いたくなるような甲高い音と共に雷光の速度で衝突した『天鼓』は、


「ッギィッッ!?」


「あギイッ!?」


 武芸者達を呑み込み、レイチェルの水術弾で水を引っ被っていた者達まで感電させる。


 実際に直撃した時間はほんの刹那とはいえ電気を帯びた超高熱の熱線だ。


 直撃を受けた者達は衝撃と共に目が白濁して永久に光を感じ取れなくなり、元々不摂生だった者は心臓まで止まった。


 感電した者らがパタリパタリと倒れ込んでいく。


 辛くも難を逃れたグリム氏族達は咄嗟に意識をそちらへ向けた。


 ありあわせの迎撃陣形に大穴を開けられた、たかがあんな子供4人に。


 その些細な思考が致命的な隙へと転じる。


「でええええええっ!!」


「うおおおおおおっ!!」


 左右に散開していたディートとソーニャは『天鼓』の後を追うように全速力で走ってきていたのだ。


「どけえぇっ!!どきやがれえっ!!加減なんか利かねえぞおっ!」


 背中まで振りかぶった薙刀グレイブをディートが大きく横薙ぎに振るって突喊。


 育ち盛りの六等級武芸者が力任せに間合い(リーチ)の長い刃物を振り回せばどうなるのか、グリム氏族の連中は己の身体で知ることになった。


 そして細かな狙いがつかなくともディートの身体は無意識に鍛練で染み込ませた動きを―――――つまり急所を狙う。


 鎧もまともに着込んでいない武芸者達が、鎧を着こんでいても防ぎにくい喉を掻っ切られないわけがなかった。


「よ、よせ―――――かッ!?」


「バッ―――――ぱッ!」


 ディートの背後から走ってきたソーニャの狙いはド正面にいる武芸者だ。


 ソイツは呆気にとられつつもハッとして長大剣を構えた。


 しかしマルクガルムやアルに較べるとあまりに隙だらけ。


 ソーニャは踏み込む8mほど手前でダン!と地面を蹴りつけ、魔術を発動する。


「『障岩壁』!」


 地面から斜めに生えてきた『障岩壁』にソーニャは躊躇いもなく足をのせ、


「だああああああっ!」

 

 盾を前面に出し、低い姿勢ですっ飛ぶように突っ込んだ。ほんの一週間ほど前にアルがやっていたことの真似だ。


「う、おぉぉぉっ!?」


 慣性の法則を無視していきなり加速したソーニャに武芸者は泡を食って長大剣を振り下ろしてくる。しかし太刀筋がめちゃくちゃだ。


 ―――――ここだ!


「てやあっ!」


 低い体勢で接近したソーニャは両手で振り下ろしてくる武芸者の手を狙って盾を思い切りカチ上げた。


「いぎっ!?」


 殴打用にも使える金属盾で護拳ナックルガードもない手を殴られた武芸者は冷たさすら覚える激痛に指の骨折を悟る。


 その瞬間、盾をカチ上げたときとは対照的に小さ(コンパクト)な動きでソーニャは鉱人鍛冶師の打った長剣を喉へと突き入れた。


 動きは細かく、小さく。されど好機には大胆に、鋭く。


 そのままグイッと捩じり、引き裂くように抜く。


 一人終わっても油断しない。


「『隠蛇ノ帯壺』!ふッ!」


 ソーニャは左腕に大蛇を模した墨壺が現れて盾の把手を噛ませるや否や、倒れ伏していく武芸者には目も暮れないで、その背後にいた武芸者へビュッと拳を振るった。


 途端に飛んでいく実際の質量の二十倍の重さはある金属盾。


 ボクシングのスマッシュを打つような動作から射出された金属盾は回転しながら武芸者の顎を砕き、右眼へと突き刺さる。


「ぎッ、あああッ!?」


「もらった!はああああっ!」


 ソーニャは間合いを詰めつつ、盾を引き戻す動作の反動で直剣を袈裟懸けに振り下ろした。狙うは喉。


「あ、かッ!?」


 コポと溢れて来る大量のどす黒い血を押さえて武芸者が膝をつく。


「おおおおっ!」


 隣ではディートが革鎧の隙間を狙って押し込んでいた薙刀を勢いよくズパンッと振り抜いたところだった。


「あぎっ・・・い、あ・・・!」


 肺に広刃を突き込まれ、左腕まで落とされた武芸者は悲鳴とも末期の声ともつかない声を上げて倒れる。


 あれではどの道助からないだろう。


 ―――――これで障害は消えた。


 ラウラはすかさず叫ぶ。


「充分です!突破します!」


「おう!」


「うむ!」


「うん!」


 包囲を破った4人は一目散に走りだした。会敵から僅か一分もない。


 呆気にとられかけたグリム氏族の武芸者達はそれでもなけなしのプライドをかき集めて仲間を叱咤する。


「行かせんな!」


「あのクソガキ共、痛めつけるだけじゃ済まさねえ!」


「術師!足止めろ!なんでも良いから撃ちやがれ!」


 その声を背に聞いたラウラとレイチェルはパッと振り返ると各々の武器を武芸者達《敵》に向けた。


「充填完了・・・撃つ」


 レイチェルは平坦な声で()()()()()()()鈍色のSFライクな自動拳銃オートマチックピストル型魔導機構銃を両手で構え、躊躇うことなくぶっ放す。


 ガウンッ!大型拳銃らしい銃声が聞こえた直後、轟音が辺りに響き渡った。


「なんっ―――――うわあああああっ!?」


「なんだぁっ!?」


「た、たすけ・・・・・っ!」


 レイチェルが狙ったのは彼らの足元。放つは爆雷術式弾。


 充填が終わらない限り引き鉄を絞れないこちらの魔導機構銃の威力は回転弾倉式の比ではない。


 爆発が地を削り、爆風がグリム氏族を襲いかかる。


 あまりの威力で跳ねるように背後へ吹っ飛ばされたレイチェルをディートはサッと受け止めた。


 次いで、ラウラは杖剣の剣身上で指輪をサッと滑らせる。


 杖剣と『複写』刻印指輪の()()


 杖剣の先に円環を成すように現れた五つの魔術は、ラウラが使える術の中で最も単体威力に優れた術式。


『複写』されたそれらは、()()()()()()()()()()()()ていた。


鋲螺びょうらノ蒼火撃・散華さんげ


 ラウラは覚悟を秘めていながら、とてもグリム氏族の方を注視しているようには見えない独特の視線で術を起動する。


 不可思議な感覚と共にラウラが狙ったのは遠距離手段を持っている術師と弓術士。


 圧縮された膨大な魔力が親指大の蒼炎の弾丸を五つ象る。


 魔力を込める時間がなかったのでこの程度の大きさにしかならなかったが問題はない。


 ドドドドド―――――ッ!


 五つの蒼炎の弾丸は、花開くように()()()()()()()()と爆発的な速度で飛翔していった。


 直後、蒼い尾を引いた弾丸は過たず狙いの敵へ突き刺さる―――いや、それだけでは飽き足らずに吹き飛ばす。


「げばッ!?」


「ごボッ!?」


「アっ!?・・・あ・・・?」


 肩を灼かれて吹き飛ばされた者、軽鎧など用をなさずに腹部にポッカリと大穴があいた者、自分の下半身が吹き飛ばされたことすら気付けなかった者がほぼ同時に頽れた。


 肉片はほぼ飛んでいない。着弾時に一瞬で灼けてしまったのだ。


「なっ、なんなんだよぉっ!あいつらはぁ!」


「ま、魔術であんな威力・・・お、おい、どこがちょろい仕事なんだ!」


「もう何人死んでると思ってんだ!」


「う、うるせえ!だからだろ!これ以上は引き下がれねえ!ルドルフさんに切り刻まれんぞ!」


 阿鼻叫喚。そして不満の噴出したグリム氏族の武芸者達を尻目にソーニャはラウラの腕を掴む。


 先程の姉の瞳は共に育ってきたソーニャでさえ見たことのない雰囲気を放っていた。


 冷たいわけでも、彼らへの殺意を必要以上に滲ませているわけでもない。


 まるで凪だ。

 

 秘めていた覚悟をそのまま表面に固着化し、実際は別のモノを見ていたんじゃないかと直感させる、そんな瞳。


「ラウラ、大丈夫か?今の内に急ごう」


「は、えっ?え、ええ」


「大丈夫か!?」


「カア?」


 ふらりと傾いだラウラに慌てるソーニャと戻ってくる夜天翡翠。


 しかしラウラは逆にハッとしたらしい。ブンブンと頭を振った。


「もう大丈夫よ、ソーニャ、翡翠も。さっきの変な感覚が残ってたの」


「変な感覚?」


「ええ。グリム氏族達を上から見てたような、変な感じ。もう抜けたみたいだから大丈夫。行きましょう」


 ラウラは何事もなかったかのように前方へ足を向ける。


 何とも不可思議な感覚だった。


 どこに敵がいるのかが手に取るように知覚できる全能感。今はもう消え失せてしまっている。


「あ、ああ。わかった!」


「カアカア!」


 ソーニャは意識をパッと切り替え、夜天翡翠は再度飛翔した。ラウラや彼女に持病の類はない。魔力切れでもないだろう。一旦置いておいても良いと考えたのだ。


「行けるのか?」


「はい!急ぎましょう!」


「おう、了解だ!」


 駆け出したソーニャにディートが続き、


「うん!もう少しで見えてくるはず!」


 レイチェルが後を追う。


 ―――――急がないと。


 ラウラは一つ頷いて駆け出した。


 かなり数を減らされたグリム氏族の武芸者達が彼女らを追って動き出すのはこの数分後の事になる。



***



 グリム氏族の拠点である5階建ての高楼が見えてきた。


 あそこには今、アルが忍び込んでいるはずだ。


 ラウラが背後を気にしつつ、そう考えたときだった。


 ド―――――――ンッ!


 と腹に響く衝撃音が鳴り響く。ラウラ達から見て右手、運河の方からだ。


「な、なにっ!?」


 思わずビクリと身をすくませたレイチェルがキョロキョロと辺りを見回し、ディートが「あれだ!」と指さした。


 視線を辿った3人が見たのは倉庫と船渠ドックの隙間から見える金属製の中型船。


「あれは、貨物船か?なぜ砲撃を・・・というよりなぜあんなものを積んでいるんだ」


 ソーニャは眉を顰める。と、即座によく知る魔力を感知した。


「これは・・・凛華の魔力です」


「少々遠いがエーラのものも感じる。ということはあの船、グリム氏族のものか」


 ラウラとソーニャは顔を見合わせて頷き合う。


「つーことはあいつらも連中の商品が人だってことに気付いたのか?」


「たぶんそうじゃないかな?グレースさんもいたし、マルクくんって人狼族なんでしょ?鼻は良いと思う」


「戦闘になってるということは・・・」


「あちらでは虜囚を解放している、と見て間違いないでしょうね」


 ラウラ達を捕らえようとしたグリム氏族の一人は『積荷がいっぱいになったから船は出航した』と言っていた。


 それが何らかの理由でこの都市から離れておらず、匂いを嗅ぎつけたマルク達が救出に当たっているという可能性は非常に高い。


「マジかよ。じゃあっちの加勢に行くか?」


「それが賢明ですね。行きま―――――」


 ディートに頷きかけたラウラだったが、背後の通路からバタバタと走ってくる音に反応して杖剣を手に身体を向けた。


 ソーニャとディートも素早くそちらを振り返り、サッと直剣と薙刀を構える。


 しかし予想した攻撃は飛んでこない。


 4人が目を凝らすと、意外な人物が汗まみれでこちらをポカンと見ていた。()()はすぐにうるうると瞳を潤ませる。


「あなた方はっ!ああもうホント良かったぁー!もうダメかと思いましたよぉー」


 行方不明になっていたはずの新米記者ミリセント・ヴァルターだった。


「ミリセントさん!?良かった!無事だったんですね!」


 ラウラ達が慌てて駆け寄ると、ミリセントはハッとする。


 ―――――そうだった!彼の頼みを伝えないと!


「お兄さんに助けてもらったんですー!偶然だったらしいんですけど見つけて貰えて、それで、あの、えぇっとー、あの、私だけ逃がしてもらって―――――」


 慌ててまくし立てるミリセント。しかし慌て過ぎて情報が伝わってこない。


 アルに助けてもらったらしいことだけは理解したソーニャはミリセントの肩を掴んだ。


「ミリセント殿、少し落ち着いてくれ。申し訳ないがそれじゃ何もわからない。順序立てて説明してもらえないだろうか?」


「あっ、あっ、そうですよねー!ちょ、ちょおっと待ってくださいねー・・・すー、はー、すー、はー」


 深呼吸をしたミリセントは攫われた状況から救い出され、現在一人でここにいる経緯までかいつまんで話していく。


「そういうわけでして・・・お兄さ―――――”鬼火”のお兄さんからこれを誰かに見せるようにって逃がしてもらったんですー」


 ミリセントの発した言葉で4人は察した。アルが”灰髪”になったのだと。


 彼女はそこで初めて気づいたのだろう。


「そうでしたか。じゃあアルさんはまだあそこなんですね?」


「そうなんですー・・・そのぉ、強いのは見てたからわかりますけど、そっちも心配でー・・・」


 自分も戦えたらなぁと思わずにはいられないミリセント。


「さっきの話からすると、ミリセントさんはその大事な悪事の証拠を持ってるんですよね?」


「そうですー。どなたかお偉いさんと縁が合ったりしないでしょうかー?」


 レイチェルが問うと、ミリセントが問い返してくる。


 目下のところ彼女の目的はそれだ。


 この悪事を広く周知させ、騒ぎを収めること。


 その為には発言力のある誰かにこの革帳簿を見せなければならない。そのとき、


「いたぞー!こっちだ!」


 ラウラ達の背後から息を荒げた武芸者達の声が聞こえた。


 ―――――しまった・・・!


「ミリセントさん、行きましょう!走れますか!?」


「は、はぁい!」


 慌てて鞄をぎゅうっと抱いたミリセントが立ち上がるとその背後から、つまりラウラ達の進行方向からも別の武芸者達が駆けてくる。


「いやがった!女ァ!そいつを返しやがれ!」


「ひょえっ!」


「ちっ、囲まれちまった」


 前方に立ち塞がったミリセントへの追手と後方から駆け付けてきたラウラ達への追手に挟まれる形となってしまったことに思わずディートは舌打ちを漏らした。


「おおっ!丁度良い!お前ら、こいつら捕まえんぞ!ルドルフさんに言われてた二人だ!」


「おうよ、けどそっちも協力しな!そこの赤毛女は俺らの帳簿を盗んでいきやがったんだ!」


「はぁ!?何やってやがんだてめえらは!」


「金庫開けたバカがいたんだよ!」


 追い込んだ獲物を挟んで応酬するグリム氏族。


 ラウラ達4人は咄嗟にミリセントを囲み、背中合わせで前後へ武器を構える。


「どうする?」


 ぼそりと囁かれたソーニャの問いにラウラは思い切り顔を顰めた。


 これがあの魔族組であれば「なんだこんな連中」と足蹴にしただろう。


 だがここにいるのは個人で五等級になったばかりの武芸者二人と六等級二人しかいない。


 おまけにミリセントという非戦闘要員を抱えている。


「諦めな、散々手間ァかけさせてくれやがって楽には済まさねえからな」


「泣いて喚いても甚振り続けてやる」


「泥棒女ァ!てめえもだ。ボロ屑みてえになるまで痛めつけてやるぜ」


 グリム氏族の構成員達は暗い欲望を隠しもしない。


 ラウラの頬に汗が伝う。


 その時ふと、ラウラは疑念を抱いた。


 敵が迫っていたら、普段なら必ず仲間の三ツ足鴉が教えてくれるはずだ、と。


 軽く首を上向かせて夜空を見る。しかし夜天翡翠の姿はない。伝言はまだ託していないはず。


 ―――――翡翠はどこに?


 ジリジリと近付いてくる敵にラウラが杖剣を握りしめた瞬間、


「ねえアンタ達、私達の可愛い後輩に何しようとしてんの?」


 上空から声が投げつけられる。


「ああ?――――――がッ!?」


 思わず声の方を向いた構成員の一人が()()()()()()飛来した矢に顎を貫かれた。


「な、なんだっ!?―――――うぎゃあッ!?」


 次いで動揺する別の構成員が貫かれるだけに飽き足らず、肩ごと引き千切られるように吹き飛ばされる。


 困惑の極致に至っていたラウラ達はポカンと固まっていたが、その矢の威力を見てハッとした。


 ―――――まるで、エーラの矢だ。


 ソーニャは心中で呟き、


「闘気を纏っているのか・・・?」


 それだけの衝撃力を生み出した源泉を看破する。


 ラウラは妹の発言と上から降ってきた声の持ち主を察してパァっと歓喜の表情を浮かべ、


「ソーニャ!」


 鋭い声を発した。


「うむ!」


「『蒼火撃』!」


「『雷閃花』!」


 前後の包囲へ向けてラウラとソーニャは咄嗟に一番得意な術を同時に放つ。


「く、ぎゃあッヂィッ!?」


「うがあああっ!クソがァ!」


 正面にいる捕獲対象から蒼炎と雷が奔り、先頭にいた構成員は直撃を受けて悲鳴を上げた。


 包囲していた武芸者達が殺気立つ。しかし、それこそが二人の狙い。


 ―――――今のがあの人なら・・・!


 ラウラとソーニャの読みが的中したことを証明するように、その人物は()()()()()武芸者達の背後に迫っていた。


「強くなったな、二人とも!加勢するぞ!」


 一陣の風と化して瞬く間に後衛を斬り捨てたのは森人の男性。


 エーラとは対照的な真白い肌、柔和な印象を与える仲間の髪色とは真逆でハッキリと輝くような金の短髪。


 振るうは細長い葉身を思わせる一振りの剣。


「やはりケリア殿か!助かる!」


 ソーニャが歓喜の声を爆発させる。


 彼の名はケリア。『黒鉄くろがねの旋風』に所属する森人剣士だ。


 ラウラは呆気に取られていた隣の少女ヘ呼び掛ける。


「レイチェルさん!反撃を!」


 ソーニャも背後の薙刀使いを叱咤した。


「ディートフリート!ここが正念場だ!」


「う、うん!わかった!」


「やってやらあ!」


 弾かれたように動き出す『紅蓮の疾風』を横目にラウラは刻印指輪によって『複製』した魔術を紡ぎ左手を刀印の形にして構える。


 浮かび上がるのは、先ほどとは違って広範囲ではなく一撃必殺を狙うべく()()()()()()()()()()()()五層構成の術式。


「『蒼火撃・かさね』」


 轟―――――ッ!!


 アルの放つ蒼炎を想起させるほどの異常な熱を帯びた幽炎が正面の武芸者を捉え、火達磨にした。


「ぎゃあああッ!あああアアッ!アアアアッ・・・・!」


 間違いなく即死級の魔術を目の当たりにしたグリム氏族の構成武芸者達は顔色を変え、慌てて武器をラウラへ向ける。


「絶対やらせない!」


 そこへレイチェルが属性術弾を乱射した。


 回転弾倉シリンダーに刻印されている術式は正しく機能し、次々と水・風・炎・雷・光の順で術弾が敵へと襲い掛かる。


「く、クソぉっ!」


「術者を黙らせろ!」


 泡を食った構成員達が咄嗟に距離をとると、そこへ矢が降り注ぎ、数名の手足を吹き飛ばした。


「がああああッ!腕がッ!」


「ぎゃあっ!?いでえよお!」


「『隠蛇ノ帯壺』!はあッ!」


 烏合の衆とすら呼べなくなった敵武芸者達へソーニャは雷を纏わせた金属盾を鉄鞭の如く振るう。


 紫電を伴った重打に怯む敵武芸者。


 そこへディートが一直線に駆けた。


「でぇりゃああああああぁっ!」


 獰猛な獣を彷彿とさせる低い姿勢から、一気に薙刀を突き込む。


「げえ゛っ!ッか、カはッ!?」


 下腹部から突き上げるように背中を貫通した広刃に武芸者が堪らず血を吐いた。


「う、お、おおおおおおっ!」


 刃を突き刺したままディートは両足をガッと開き、額に青筋を浮かせながら敵ごと無理矢理持ち上げてブウンッ!と振り回す。


「あだぁっ!?く、くそ!」


 飛んできた仲間に足を掬われた敵武芸者が体勢を崩したところへ、


「たああああっ!」


 大上段に構えたソーニャが勢いよく直剣を振り下ろした。


 鉱人に鍛え上げられた魔剣は然したる抵抗もなく、敵の首をスパンッと跳ね飛ばす。


「げ、げぇっ・・・!?」


 その様子に恐れ慄くグリム氏族の敵武芸者達。彼らは今の今まで失念していたのだ。


 彼女らが一体どこの一党の所属しているのか。


 己の在籍する氏族の規模や影響力がなまじ大きかったせいで目が濁ってしまっていた。


 そしてその場にいるグリム氏族の構成武芸者達には明確な指導者がいないのも災いしている。


「退け」と一言叫べば良かったのにも関わらず、奮戦するラウラ達と謎の援護に呑まれ、誰もかれもがその場しのぎの抵抗をしてしまった。


 その結果がこれだ。


「あなたが最後の一人です」


「あ・・・あ?・・そんな・・・」


「命まで取る気はありません。ですが、あなた方の企みは全て話してもらいます。支部長や軍関係者の方々へ」


 尻もちをついている敵武芸者をラウラは睥睨する。


 人身売買に手を染め、グリム氏族の長ルドルフの先兵としてラウラとソーニャを捕らえに来た相手だ。情けも容赦も一切なかった。


「ぐ、軍・・・」


 そこで男は初めて気付いた、己の犯してきた罪が軍隊すら動く規模のものだったことに。


 逮捕されれば間違いなく死ぬまで尋問される。それは嫌だった。


 そもそも甘言に弄され、簡単に金を稼げるからこそグリム氏族に所属していたのだから、忍耐や忠義などと言う言葉とは無縁の人間だ。


「は、話す!全部話す!だから憲兵に突き出すのは―――――」


「それは無理な相談です」


 ハッキリとした拒否。拒絶と言っても良い。


 ラウラは冷たく言い放った。


 そもそもが犯罪者だ。


 今ラウラが提案しているのは、情報を暴露することで命だけは拾うか、ここで死ぬかという話だ。


 しかし敵武芸者は呆気にとられ、次いでお門違いな怒りを滲ませる。


 そしてバッと立ち上がりざま足に差していた短剣を取り出した。


「この・・・っ!ガキ風情があっ、フザケてんじゃねえぞぉッ!」


 しかし、男が突き込んだ短剣は殴りつけられるように振るわれたソーニャの盾にガァン!とむなしく叩き落とされる。


 ラウラも攻撃を防いだソーニャも油断していたというわけでも、情けをかけていたというわけでもないのだから哀れな男の苦し紛れが通るはずもない。

 

 ただ、殺人という行為を厭うていただけ。


 それがわからなかったグリム氏族の生き残りは己の手で運命を決した。


 ラウラは表情を一つも動かさず、哀れな男に杖剣を向ける。


「ひっ・・・やめ――――」


「『鋲螺ノ蒼火撃』」


 ドウ――――――ッ!


 男は眉間にぶち込まれた蒼炎の弾丸によって脳の大部分を消し飛ばされ、仰向けにゆっくりと倒れていった。


 これでも恩情だ。苦しませようと思えばできたのだから。


「ふぅ・・・・」


「疲れたな」


「ええ」


 消していた表情を元に戻したラウラが息をつくとソーニャがぽんぽんと優しく背中を叩いてくる。


「ホント強くなったわねぇ、見違え過ぎよ?」


 そこに建物の屋上から弓で狙撃していた女性が降りてきた。


 ケリアと同じく金の短髪に白い肌。


 彼女は『黒鉄の旋風』に所属するもう一人の森人弓術士だ。


「ありがとうございました。プリムラさん、ケリアさん、助かりました」


 ラウラは安心したような笑みを浮かべて恋人同士の森人二人へ頭を下げる。


 数カ月ぶりの再会だ。別れた頃は今よりもっと未熟だった。


「久しぶりね~」


「ああ、久しいな。本当に強くなった。かなり鍛われたようだな」


 剣の血を拭って鞘に納めた森人剣士ケリアはラウラとソーニャへ兄のような視線を向ける。


「そう言ってくれると少しは報われる。加勢に感謝する、ケリア殿」


 ソーニャがはにかんだ。


「あ、ありがとうございますっ」


「た、た、たすかりましたっ」


 所在なさげにしていたディートとレイチェルも慌てて頭を下げると、プリムラが「う~ん?」と魔導技士の方の顔を覗き込む。


「プリムラ?どうした?」


「この子どっかで見たことあるわ。そっちの薙刀使ってた子も」


「ふむ・・・?む、そういえばその顔の傷には見覚えがある」


「あ・・・え、えっと!オレら、もっとガキの頃『黒鉄の旋風』に助けてもらったことがあって!」


「ご、五年前、くらいです・・・」


 かつての命の恩人で、憧れの『黒鉄の旋風』の二人に憶えてもらえているかもしれない。


 ディートとレイチェルは緊張で焦り、どもった。


 するとしばらく記憶を探っていたプリムラがハッとして恋人の方に顔を向ける。


「あっ!あー!あの時の子達よ!ほら、狒狒が人里に降りてきちゃったときの!」


「ああ、あの時のか。武芸者になったのだな。先程の気合は良かったぞ。もう少しやんちゃだった頃のレーゲンを思い出した」


 手をポンと打ってケリアがそんな風に褒めるとディートはパァッと表情を明るくした。


「ほ、ホントっすか!?」


 なにせディートが薙刀を使っているのはレーゲンの大刀に憧れがあったからだ。


 実際に振ってみると重いし扱いが難しかったから泣く泣く薙刀にしたという経緯がある。


 話したいことは山々だったが、ラウラはすぐに表情を引き締めた。


「お二方はどうしてこの都市に?」


「ランドルフ様の護衛で来ていてな。残りの四人は領主屋敷でイリスの稽古をつけている」


「護衛で?この都市に用事が?」


「そうなのよ。なんでもエーラちゃん達の故郷で入った大衆湯屋だったかしら?あれが大層気に入っちゃったから武芸都市にも建てるんだって」


「ということは鋼材を求めて?」


「ああ、大口の取引になるだろうということでランドルフ様直々にここの女侯爵の下へやってきたのだ。貴族の割にランドルフ様と同じく明け透けな方でな」


「そこで、この騒ぎか・・・」


 とんだ災難だっただろう。口を挟んだソーニャは眉間に皺を寄せる。


「そうなの。都市はやたらと荒れてるし軍は対応に追われてて支部の方にも依頼は回したけど後手に回らざるを得ない状況みたいでね。

 そしたらランドルフ様が私達に独自で動いてくれないか?って」


「ここの武芸者達に馴染んでいないからこそ見えることがあるかもしれない、とな。侯爵様は二つ返事で許可をくれたよ。ランドルフ様は相当信用されているらしい」


「で、都市まちを見て回って、明らかに襲われてるって人なんかを助けてたんだけど急にその子が飛んできたのよ」


「ああ、まさかと思ってついてきて正解だった」


 そう言ってプリムラはいつの間にか着地していた三ツ足鴉を指さした。


 そこでラウラとソーニャは納得する。


 彼は敵が多過ぎると判断して、助っ人を呼んできてくれたのだ。


「そうだったんですね。翡翠、ありがとうございます」


「うむ。良い仕事だったぞ、さすがにあの数では逃げきれなかっただろうからな」


「カア!カアカア!」


 頭を撫でてくるラウラとソーニャに胸元の羽毛を膨らませて誇らしげに鳴く夜天翡翠。


「それで、なぜ襲われていた?というかどういった状況なんだ?」


 ケリアは四人へ問う。


「あの四人は?一党を解散したわけじゃないでしょ?」


「ええ。アルさんは彼ら―――グリム氏族って言うんですけどその拠点にいるはずです。潜入すると伝言をもらいました」


「え、拠点に直接?」


「らしいと言えばらしいか。それで?」


「ですが、成果が大き過ぎたみたいで。ミリセントさん、説明をもう一度お願いします」


 ポンポン交わされる武芸者同士のやり取りに半ば取り残されかけていたミリセントは慌てて鞄から革の装丁がされた帳簿を取り出した。


「ええと、私、ミリセントと言いますー・・・その『月刊武芸者』の記事が書きたくて新米記者になった者でして、今の都市がおかしいなって思ってたらその、あの人達からしたら聞かれたくない会話を聞いちゃってたみたいで攫われちゃってたんですー・・・」


「攫われたって」


「あ、あ、そっちはもう大丈夫なんですよー。”鬼火”のお兄さんに助けてもらえましたからー。ただ、お兄さんはそのグリム氏族?がこの騒動に噛んでるんじゃないかって怪しんでてー、そのー、言いにくいんですけどー・・・建物内を物色してたんですー」


「相も変わらんな」

 

 ケリアは思わずフフッと笑う。


「あ、やっぱりそんな感じなんですねー。それで、その建物の金庫にこれがあったんですー」


 ミリセントはそう言って帳簿をペラペラと捲っていく。そして該当の頁で指を止めた。ラウラ達も覗き込む。先程は追われていたというのもあって証拠品まではミリセントも取り出さなかったのだ。


「これって・・・」


「そのー・・・人身売買の取引記録と普通の帳簿で使われてた符丁ですー」


「人身売買だと・・・!この連中そんなことを」


「ラウラちゃんが手加減してない理由がわかったわ。最低ね」


 ケリアとプリムラが死体へ侮蔑の表情を向ける。天罰覿面だ。


「これを見つけた直後にあの武芸者さん達に見つかっちゃって、そしたらお兄さんがこれを持って逃げろって逃がしてくれたんですー」


「そういうことね」


 じゃあ大丈夫だろうか?と真実を知らないままにケリアとプリムラは考えた。アルは強い。そんじょそこらの武芸者が束になっても勝てないだろう、と。


「残りの三人はどうしたんだ?」


「たぶんあそこだと思います」


 ラウラは背後の運河を指し示す。大砲のような音は時折聞こえていた。


「船?」


「ああ、どうやら運河を使って商品を移送しているらしいからな」


「あの三人なら気付いて救出に向かうわね」


「はい、ですからあちらで救助の手伝いをしようかと」


 これからの方針を告げるラウラに森人の二人は状況を正しく理解する。


「あ、そうだ。忘れていた。我々を襲ってきた連中だが、私とラウラを捕らえるよう氏族の長から命令を受けていたらしい」


「なに?ということは―――――」


「私達の素性がバレている可能性があります」


「どんどんキナ臭くなってきたわね」


 プリムラは苦々しい表情を浮かべた。思っているより事態は大きそうだ。そこにレイチェルがおずおずと声をかけてくる。


「あのー、いい?これって武器の横流しなんじゃ・・・・?」


 その手にはミリセントに借りたグリム氏族の帳簿。


「頭が痛くなってきちゃったわ」


「ですね。そうなるとこのまま救助に出向くわけにもいきません」


 眉間を揉むプリムラに心から同意したラウラは悩まし気に腕を組むのだった。



☆★☆



 同刻、部下から報告を受けたアイゼンリーベンシュタットを治めるパトリツィア・シュミットは領軍を率いて動き出す。


 騒動の起こりから怪しまれていたグリム氏族の拠点へ踏み込む為だ。


「では皆の者、出るぞ!しかし・・・ランドルフ殿、本当に貴殿も行くのか?」


「護衛を放しておりますからの。情報が入り乱れても良いことはありますまい。しゃしゃり出るような真似は決してせぬと家名に誓いましょうぞ」


 老獪な笑みを見せるランドルフにパトリツィアは思わずため息をついた。良い取引相手ではあるし気風も好感を持てるのだが、如何せん足取りが軽過ぎる。


 夫のライナー・シュミットも友人たるトビアス・シルトも簡単に最前線に出るのだとかつては困ったように笑って話していたが血によるものだとはハッキリ理解できた。


 格上である侯爵に横やりを入れる気もサラサラなさそうなのが余計困っている原因である。


 ―――――こちらの統治不足を突くつもりもないようだし、一体どういうおつもりなのか?


 ランドルフが参加したのはほんの少しの暇つぶしと直感、それと護衛の森人二名の安否確認の為だ。


 思っているより荒れているのは聞き及んでいたことに加え、昨日までは手早く戻ってきていたあの二人が今日に限って出て行ったきりだというのが状況の重さを示しているようで心配になったのだった。



***


 

 かくして役者は揃いつつある。ルドルフ・グリムの仕掛けた暗い策謀を真実の光が照らすのも時間の問題だろう。


 しかしいまだに燻る炎は夜闇を照らし、鋼業都市西部における戦いは激化の一途を辿っていた。

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