13話 動き出す武芸者達、深まる確信 (虹耀暦1287年4月:アルクス15歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
鋼業都市アイゼンリーベンシュタットの西部、運河に面する倉庫街では次々と火の手が上がっていた。倉庫にほど近い造船所の方でも出火しており、怒号や悲鳴が聞こえてくる。
「倉庫街と造船所の方が炎が上がっています!」
「火元は!?船は運河の方に出るよう伝えておけ!延焼するぞ!」
「被害規模は!?」
「術師優先で消火に向かわせろ!運河の水を使え!」
「住民の避難はどうなってる!?」
その近くに兵舎がある帝国軍や見回りを強化していた領軍の軍人達は喉を嗄らさんばかりに叫び、慌ただしく動き回っていた。
―――――被害規模が広がってる・・・。
ラウラは焦燥感を押し殺すように奥歯を噛みしめる。都市が氏族同士の抗争で荒れているというのに、多くの資材がある倉庫街の方で出火。しかも特定のどこそこが、ではない。ほぼ全てだ。明らかに人為的なものだとわかる。
日はほとんど落ちているにも関わらず、運河方面は夕焼けを惜しむように赤く染まり、黒煙が立ち昇り続けていた。
「これは・・・」
「ロドリック!ここにいたか!」
呆然とする”荒熊”の下へ初老の男性がドタドタと走って来る。短い白髪を生やしているが老いの見られない動きだった。
「支部長!この騒ぎはどうしたんです!?」
驚きと共に質問を発する元二等級武芸者へ武芸者協会アイゼンリーベンシュタット支部の長は勢い良くかぶりを振る。
「わからん!運河沿いだけじゃねえ、急にあちこちで火が上がりやがった!それも含めてお前に頼みがある!」
「頼み?何です?」
「侯爵様から支部への緊急依頼、それにお前も参加して欲しい。すでに領軍と国軍は事態の収拾に当たってもらっているから人命救助と消火活動を優先で武芸者に頼みたいそうだ」
「そういうことならいくらでも」
ロドリックの返答は素早かった。
「それとこっちは支部からだ。情けねえことにどっかの馬鹿氏族共の中にはこの機に乗じて火事場泥棒やらなんやらをやらかす可能性がある連中がいやがる。見つけ次第とっちめて構わん!抗争なんぞと戦争ごっこの真似事やってる連中もだ!しばらく動けねえよう大怪我でもさせてくれりゃあ大助かりってなもんだ」
「そっちも問題ありません。私もいい加減、飽き飽きしてましたから」
「すまねえな!ホントは引退したお前に頼むのは気が引けたんだが、あの二氏族の長を除けばお前くらいしか頼めるやつもいねえんでな!」
「二氏族と言うとノイギーア氏族とクリーク氏族ですか」
ロドリックはなるほどと深く頷く。ここ連日顔を合わせている二名だ。
きちんとした資格を取得して武芸者向けの魔導薬を販売することで運営資金を大幅に超える利益を生み出しているのがノイギーア氏族。こちらの構成員はほぼ魔術師だ。
そしてもう一つのクリーク氏族は戦闘狂い集団と言えば野蛮な印象を受けるが、実態はひたすら武を磨かんと毎日稽古に明け暮れている集団である。
道場と言うには些か乱暴な吹き抜けの板張りの稽古場を造り、何はなくともそこで汗を流しているのが彼ら。
運営自体は万年赤字の欠陥組織だが、請われれば誰でも一律で稽古をつけてやるといった気風の良い集団でもある。
何を隠そうディートフリートが薙刀の扱いを覚えたのもこのクリーク氏族に稽古をつけてもらったからだ。
会費を支払い続ける自信がなかった為、入りこそしなかったものの彼らとは顔見知りである。
「おうよ、今から話をつけに行く。ってわけで支部の建物を臨時拠点にして都市の為に動いて欲しい。そっちの嬢ちゃん達も武芸者だろ?頼んでも良いか?」
支部長が視線を送るとラウラは、
「行方不明の知り合いを捜してるんです。道中で無体な真似をしている同業者がいたら止めますが消火活動には参加できません」
キッパリ断りを入れた。やや驚いたような表情を向けるディートやレイチェル。
「行方不明?ここんとこやたら多いな、依頼にもそんなのが増えてたって職員が言ってやがった・・・まぁそいつで構わねえ、頼むぜ」
支部長は一瞬思案しかけたものの首を振って了承する。
「わかりました」
ラウラが頷くと、
「じゃあ私は国軍の駐屯地方面に向かってみます」
ロドリックはすぐさま西端の方へ身体を向けながら少年少女4人へ
「君らも気を付けるんだよ」
警告を発した。彼の妻グレースは嫌な気配と言っていたが、意味が分かった気がする。
新米武芸者4人が「はい!」と返事をしたのを聞くや否や”荒熊”ロドリックは駆け出した。その巨体に似つかわしい豪快な走りだ。あっという間に喧騒に呑まれて見えなくなった。
支部長も「そんじゃあな!」と叫んで人の波に消えていく。
「我々はどの方面に向かう?」
ソーニャは視線を巡らせる。今ラウラ達4人がいるのは支部と運河の中間地点だ。
「ロドリックさんの言ってた昔からある支部の近くの店ってのは・・・さすがに人いなさそうだよな」
「うん。都市中が大騒ぎだもん」
本来ならそろそろ早めの夕飯を摂る家も出てくる頃。しかし今は都市にいる人々が等しくパニック状態となっていた。
ディートとレイチェルが己の不甲斐なさを呪った、その瞬間。
「カアーッ!カアカアッ!」
上空から漆黒の影と化した三ツ足鴉が声を発しながら舞い降りてくる。しかし様子が変だ。慌てているように見える。
「翡翠?」
「ラウラっ!」
ラウラが首を捻るのとソーニャがハッとして腰から直剣を抜きざまに振るったのはほぼ同時だった。
「チッ!」
「っ!?」
ソーニャの直剣はラウラの後ろから忍び寄っていた男の腕を浅く斬り裂く。
「何者だ?」
血を滴らせる男を見据え、ソーニャが盾と直剣を油断なく構えた。夜天翡翠は呼び掛けてきたのではない。警告を発したのだ。ソーニャは寸でのところで気が付けた。
「いってえな、おい」
「あなたは、あの時の・・・」
ソーニャが斬り付けた男から素早く身を翻しながら杖剣を抜いたラウラは見覚えのある顔に眉間に皺を寄せる。
「魔族のガキ共がいねえから楽勝だと思ってたんだけどな」
男は武芸者だ、それも護衛依頼中襲撃してきたグリム氏族のうちの一人。
「ここでかよ、畜生!」
ディートとレイチェルは慌てて各々の武器を構えた。
「何の用です?」
ラウラはグリム氏族の武芸者を睥睨して問う。特別この武芸者に恨みがあるわけではない。不穏な雰囲気を悟って、精一杯の虚勢を張って真似したのだ。アルクスの見せる冷たい威圧を。
「そんな顔できるたぁ、どっかのお偉い様か何かか?オレらはただ、お前らを連れてこいってルドルフさんに言われただけさ」
グリム氏族の武芸者が何も知らずに囃し立てた内容は奇しくも事実であった。
「連れてこい?なぜだ?」
ソーニャが目を細めて問うなか、レイチェルは急いで視線を走らせて気付く。
「・・・囲まれてる」
―――――気付けたはずなのに。
状況に呑まれて注意を怠っていた。支部長が離れてほんの少しの間。その間に喧騒から遠ざけられていた。ディートとレイチェルは心中で己を罵倒する。
そしてレイチェルがラウラと背中合わせに、ディートがその彼女の前で薙刀を構えた。この際だ。暴れてやる。
「理由なんて知らねえ。どっかに売り飛ばすんじゃねえの?オレらはお前ら二人だけはちゃんと連れてこいって言われただけ、まあつまり残りは好きにしていいってこった。今なら手荒な真似はしねえでやるぜ?どうするよ?」
そう言ってニヤつく武芸者の傍らや路地裏からゾロゾロとグリム氏族の武芸者が現れる。人混みの中からも何人もの武芸者が現れた。おそらく全員グリム氏族所属だろう。
あの人混みを誘導してラウラ達を分断したのだ。等級はラウラ達とそう変わらないようだが人数がまるで違う。こちらは4人に対し、あちらは少なく見積もっても20人はいる。
―――――それにしても、手慣れ過ぎてる。
ラウラは心中で呟きながら状況を俯瞰的に分析していた。彼らの親玉ルドルフ・グリム。共和国令嬢を指名している以上、あの怪しげな男はこちらの正体に気付いている可能性が高い。
―――――共和国・・・いや、聖国と繋がりが?
「お前ら運河の方燃えてんだぞ!そっちはいいのかよ!?」
ディートは薙刀を持つ手にじっとり手汗を掻きながら吼えた。グリム氏族は組織運営の為に海運業を営んでいる。当然、整備を行う船渠とてあるだろう。しかし―――――。
「俺らのとこの船?ちょっと前に三隻とも運河の方に出ちまったなぁ、丁度荷物が一杯になってよぉ。いつ頃だっけ?あ、そうそう。火事が起きる数分前だったっけぇ?」
グリム氏族の武芸者はいやらしい笑みを浮かべてとぼけたようにほざいた。
「やっぱりあの火事はあなた達の・・・!」
レイチェルは義憤に駆られる。これでわかった。やはり一連の騒ぎはグリム氏族が引き起こしたものだったのだ。
「荷物が一杯になって、と言ったな?貴様らの荷とはなんだ?」
冷たい視線をソーニャが浴びせる。わざわざ訊かずとも確信があった。これだけの騒動を引き起こす連中に倫理などないだろう。
「何って人に決まってんだろ?」
「「っ!?」」
「・・・」
「やはりか」
悪びれもせずに放たれた答えに『紅蓮の疾風』が瞠目し、ラウラとソーニャが冷たい怒りを覚える。
「ただのお荷物交換がデカい金になるわけねえだろ?ちょっと頭使えばわかるだろうがよ。それよかそっちの二人、『紅蓮のなんたら』。お前らさ、俺らの仕事手伝わねえか?そこの二人捕まえたら金やるぜ?六等だか七等だかじゃ手に入らねえくらいの金になる」
裏切れ。要はそう言っているのだ、この男は。ディートは表情を変えぬまま大きく息を吸った。そしてチラリとレイチェルを見る。
「ディーくん。答えは一緒みたいだね?」
「一択なんだから当たり前じゃねえか。おい、三流武芸者!そういうのはもう少し小綺麗な格好してから言えよ。あんたら見るからに臭そうだぜ?」
無理矢理ニヒルな笑みを浮かべ、ディートはそう言い切った。ラウラとソーニャが「ふふっ」と笑う。
「テメェ!」
「クソガキが!」
「殺しちまえ!どうせ男は大して金になんねえ!」
「女が俺らに甚振られるのを見せながら殺してやるよ!」
口々に4人を包囲していたグリム氏族の武芸者達が怒りに肩を震わせ、暴力的な気配がじわじわと滲み出した。
「カア!」
その時、夜天翡翠が己の足に絡まっていたメモ紙をどうにか嘴で抜き取ってラウラに見せる。
「これで最後だぜ、抵抗はやめな。今回はあの魔族共はいねえし、数もこっちが上、そして俺は四等だぜ?無駄な争いはやめようや」
腕から血を流している武芸者は抜け抜けとそう言った。しかしラウラは好戦的な笑みを返す。
「あん?勝てると思ってるのか?この数を相手に?」
侮辱と取られたらしい。それで正解だ。四等級と言ってもあの4人に手も足も出ない四等級。だからこそラウラは不敵に笑った。
「全員を相手にする必要はないでしょう?」
そう言った瞬間、ソーニャが叫ぶ。
「ラウラ!十時の方向だ!」
「『龍蒼華』!」
ソーニャの声に素早く反応したラウラは遠慮なしの広範囲魔術を杖剣で発動させた。
蒼火撃の派生。蒼い彼岸花が一気に花開いて包囲を食い破る。
「うおおおあああアア――――っ!!?」
「ギャアアアアア――――ッ!!」
「ああああああアヂアヂィ――――!?」
ソーニャは姉の声音から一撃見舞うことを予測し、最も包囲が薄いと判断した箇所を叫んだのだ。
―――『俺はグリム氏族の拠点に忍び込むからそっちは任せた。襲ってくるなら加減はしなくていい。翡翠に状況報告を頼む』―――。
アルのメモには短くそう書かれていた。加減は要らない。それならいくらでも手はある。
「こっちに!」
「急げ!」
ポッカリと包囲に空いた穴へ先導しながらラウラとソーニャが駆け込んでいく。
「お、おう!」
「うん!」
一瞬唖然としたもののディートとレイチェルも即座についてきた。襲撃に次ぐ襲撃のおかげでこの二人も随分成長している。
「なんだあの魔術は!?」
「おっ、追え!逃がすな!」
グリム氏族も伊達に犯罪歴を重ねてきていない。蒼炎に呑まれた仲間を見て怯んだのも数瞬。すぐに追ってくる。
しかしラウラとソーニャとてそれは先刻承知だ。
「『燐炎波濤・紡』!」
「『障岩壁』!『鋳棘の術』!」
ラウラが振り向きざまアルに貰った刻印指輪によって複製した五つの術式を同時発動し、ソーニャが素早く足で二つの術式を起動する。
ラウラの左手から放射された蒼炎噴流がグリム氏族の先頭集団に勢いよく襲い掛かり、ソーニャの踏んだ箇所からトゲ付きの壁がズオッと出現した。
「なんつう魔術の練度してやがんだ!」
「クソ!さっさと回り込め!」
騒いでいるグリム氏族を尻目に4人はパッと視線を合わせ、頷き合って一目散に倉庫街へと駆けていく。その上空を低く飛翔する三ツ足鴉。
ディートとレイチェルは必死の形相で駆け、ラウラとソーニャはどこか懐かしさを覚えていた。
―――――でも、もうあの時とは違う。
―――――今度は戦える。
幾度の死線を潜り抜けてきた姉妹は、決意に満ちた表情でひた走る。
☆★☆
凛華は火が放たれていない整備船渠の中で運河を前に腕を組んでいた。些か疑うような視線を人狼族の青年と妙齢の猫獣人族へ向けている。
「ホントにあの船からマリオンの匂いがするの?いないことに気付いてすぐに動き出したわよね?」
マルクガルムとグレースが指した運河に漂う数隻の船の内の一つ。あれに半獣人の子供が乗っていると言う。船は火事からひとまず退避したようにしか見えない。
「最初から係留してたんじゃねえか?中に入れずによ。で、マリオンはギリギリに詰め込まれた、とか。匂いは明らかにあそこからしてる」
『人狼化』したマルクがそう言うと、
「はい、それに他の人間の匂いも。あの規模の船にしては匂いが多すぎます」
グレースも鼻をスンっとやってからそう言った。
「匂いが多いって、じゃあマリオンみたいに囚われてる人達がいるってこと?」
凛華は少々驚く。
「かもしれねえ。人攫いやってる連中の船だったのかもな」
マルクが吐き捨てるとグレースはピクッと耳を動かして呟いた。
「帝国でも王国でも、そもそも大陸では奴隷は禁止のはず。では違法に奴隷を・・・!?」
グレースが怒りに身体を震わせる。王国でも帝国でも下に見られることはあった。しかし、人が人を所有するなどと言う馬鹿な発想は何百年も前に死滅したはずだ。
「後ろ暗いことやってる連中が何してたって疑いやしねえよ。あのバカデケえ蛟ですら売り捌こうとしたやつがいたくらいだしな」
「確かに。あれに較べたら人なんて簡単でしょうね」
マルクと凛華の意見は妙にドライだ。最初に出会ったのがラウラとソーニャを除けば神殿騎士だったのが災いしている。
「先入観は捨てるべき、ですか」
「ええ。それよりどの船からしてるのよ?あたしには匂いなんてわかんないわよ」
「マリオンの匂いがしてるのは、真ん中の船だ。でも――――」
「乗員数が明らかに多い船はもう一隻あります」
「えっ?じゃ、あの二隻共人攫いの船なわけ?あっちも似てるけど」
凛華の指さす二隻と一隻はよく似ている。魔導機関を有さない型の中型船で、戦争時代主流であった帆船に近いが貨物室が大きく取られていたり船体が金属製であったり、何かを噴出するような孔が船体下部にあったり。
帝国ではまだまだ民間ではよく見られる型だが、意匠や設計思想が似ていた。噴出孔からは風や炎を噴き出せるようになっているため帆船より速いが木製では強度を保てない分コストがかかる。
「おそらくは」
「十中八九な。確かめるには――――」
「乗り込むしかないわけね。良いわ。水面を凍らせて行きましょ」
「本当に違法奴隷船ならどちらにも乗り込みたいところです」
「うぅん、じゃあ二手に分かれましょ」
「ていうかもし本当にそうだったらどうすんだ?中に何人もいるんだろ?助ける前に人質でも取られたら厄介だぞ」
「・・・潜入して船員を無力化するしかありませんでしょう。獣人がいなければ良いのですが・・・」
「潜入・・・あんまり得意じゃないのよね。母さんと兄貴は気配消すの上手かったけど」
小気味よくやり取りを回していたが、凛華が難しい顔をして止まった。鬼人族の中には人狼族ほどではないが気配を消すのに長けた者はいる。
しかし、凛華や彼女に剣を教えた八重蔵はあまりそういうのは得意ではない。剣の間合いでなら視線や殺気、重心の位地を利用して気配を絶つことも可能だが、恒常的かつ獣人の鼻を欺けるほどの技術はない。
「いないことを祈るしかねえか―――――っとやべ」
マルクとグレースが鼻で感知して振り向くと、視線の先にはどこかで見た武芸者がいた。不法侵入がバレたらしい。
「てめえらは――――あグッ!?おっ、げッ?」
しかし、騒ぎだそうとした武芸者は船渠の入り口から有り得ない角度で飛翔してきた矢に喉仏を強打され、その間に接近していたマルクが頸動脈へ蹴りを叩き込まれて沈黙した。危険な眠らせ方だがこの際しょうがない。
「エーラ、来たの?」
「うん、マリオンちゃんとミリセントさんは見つかった?」
船渠の屋根から音もなく短外套を広げて降りてきたシルフィエーラはすぐさま問うてくる。
「まだよ。あの船からマリオンの匂いはしてるらしいんだけど・・・・・ってアルは?一緒じゃないの?」
「うん、アルはえっとね、これの三つ西隣かな?の倉庫の近くに建ってるグリム氏族の拠点に忍び込んでくるって」
「グリム氏族の?」
結局全員グリム氏族が怪しいと睨んでいる。そこは変わらないらしい。
「うん、ボクらがミリセントさんを捜してた東側、全然グリム氏族の人がいなくてさ。翡翠から手紙貰った時は中央の方にそれらしい人影はいないか探してたんだ」
「そういえば俺らも見てねえ」
「確かに、そうね」
エーラの言葉にマルクと凛華が記憶を掘り返して同意した。『荒熊亭』が爆破されてそれどころじゃなかったせいで気付けなかったのだ。
「あれだけここ数日色んなとこで暴れてたくせにおかしいでしょ?だから直接乗り込んで探って来るってさ。ボクはマリオンが攫われたかもって聞いて戦闘になりそうだから精霊に頼んで三人を捜してたんだ。良かったよ、あんまり離れてないとこで」
エーラはそう言いながら己の鮮緑に輝く瞳を指さす。
「そういうことだったのね。こっちは今からあの船に潜入しようとしてたところよ」
「え?潜入?どういうこと?」
「あの二隻からマリオン以外の匂いもめっちゃしてんだ」
「えっと、他にも誘拐されてる人がいるってこと?」
やや適当なマルクの説明でもエーラはすぐに理解した。
「おそらくは。手前もあの二隻から船員以上の人の匂いを嗅ぎつけております」
グレースがマルクの説を有力なものだと支持するように頷いて見せる。
「あれって、移動中に必用なあれこれを積んでもかなり載るよね?そんなに目立つ人数攫ったら怪しまれない?」
「この都市は侯爵領ですから、かなり広いのは知っての通りでしょう?一気に百人規模で消えれば事件にもなりましょうが、数十人を少しずつ。そして別の都市や地域からも少しずつ攫って来ればあの二隻の貨物室くらいは簡単に満たせるのでは?と」
「あー・・・なるほど。ここが終点じゃないんだね、あの船」
エーラはポンと手を打った。それならば理解はできる。
「そういうこと。で、そうなると俺らだけじゃ乗り込んで助けるまでに時間がかかり過ぎる」
「だから潜入?」
「はい。極力、血を流さずに」
「血を流さずにって船員の中に獣人もいるの?」
「そこまでは。ですがいた場合はすぐに感づかれてしまいますでしょうから」
「そっか。マルクはどうするの?」
同じ獣人族の言うことならそうなのだろう。エーラはすんなり納得して幼馴染の人狼族へと問う。
「俺にゃコイツがあるからな。それに元々隠密は得意だ」
先程武芸者を蹴倒した時点で『人狼化』を解いていたマルクは左腕の入れ墨をトントンと叩いて見せた。
「じゃあボクが風で匂いをどこかに流すっていうのもあんまり意味ないか」
「ああ、こっちはグレースさんとマリオンを助けに行ってくるからお前らはあっちの船に行ってくれ」
「よろしくお願いします」
「わかったわ。悪いわね、エーラ。アテにさせてもらうわよ」
「うん。でも困ったら船ごと凍らせちゃえばいいんじゃない?」
なかなかとんでもないことを言うエーラ。しかし凛華は「あっ!そうじゃん!」という顔で同意しかけ、
「それもそう・・・でもミリセントさんが乗ってる可能性もあるのよね?」
やっぱりダメかとかぶりを振った。
「そうだった。やっぱり穏便にしようか。こういうときアルはなんだっけ?隠形?だっけ?六道穿光流の技術である程度は気配消せたよね?」
「できたわね。でもあんまり向いてないとか何とか言ってた気がするわ」
二人が言っているのは六道穿光流・闇の型の派生の話だ。その場にいるのにまるでいないかのように存在感を希薄になる、鬼人族がやれば非常に強力な気配断ちの技術だがアルのこれまでを振り返ればわかる通り、ほとんどやらない。
目立つ戦いで遊撃役を担っているのもあるが元来性格的に向いていないのだ。
「それはどうでもいいけど、頼むからこっちが終わるまでは暴れたりすんなよ」
「しないわよ・・・たぶん」
「とにかく早く行こ、動き出されちゃっても困るよ」
「ええ、行きましょう」
「ちっとばかし不安だが了解だ。足場頼むぜ」
「そっちは大得意よ」
そう言って凛華とエーラ、マルクとグレースはピンポイントで凍った水面を跳んでそれぞれ誘拐された人々がいると思わしき二隻へ忍び込んでいく。
☆★☆
アルはコソコソとグリム氏族の拠点と見られる5階建ての高楼を、倉庫の屋上から身を乗り出して偵察していた。
―――――ここから見たってわかるわけないか。
そう独り言ちながら気配を探る。しかし感知できる気配も魔力の反応もかなり少ない。ルドルフが自己申告していた氏族の人数は確か200名と少しのはずだった。
―――――常駐してるの人数ってこんなに少ないものなのか?
如何せん氏族に属していたことが無い為アルにはわからない。
「・・・やっぱり入ってみるしかないか」
アルはボソッと呟いた。ここにいたところで状況は掴めないし、炎に照らされた空が明るいせいでここも見つかりにくいというわけではない。
―――――何か見つけられればいいけど。
そう思いながら倉庫の屋根から高楼の二階の屋根へと音もなく飛び移った。そのまま体勢を低くしてジッと耳を凝らす。
「・・・ふぅ」
切り出した『念動術』の第一術式とシュボっと控えめに噴いた蒼炎のおかげで感づかれたりはしていないようだ。そ~っと窓から中を覗いてみる。バーカウンターのようなものとそこそこ質の高そうなソファが目に入った。
―――――酒場?ていうか溜まり場?
しかし人っ子一人いない。この時間帯なら普通はやっているだろうし、そもそもこういう拠点になっているような場所の溜まり場が閉じている印象も薄い。
どうしたものかと思考したのは一瞬。アルはすぐさま立ち上がり、蒼炎を纏わせた腕で窓の前に嵌め込まれていた鉄格子と窓硝子を熔かして外し、ソッと屋根に置く。
「潜入成功?にしても暗いな」
スタッと中に入って呟いた。正面からは入れてくれそうもなかったから勝手に入ったがこの騒ぎと関係なかったらなかなかマズい。器物損壊と不法侵入だ。
一旦それは棚に置いて首を巡らせて薄暗い内部を見てみる。外観より狭く感じる。どうやら建物の半分ほどは酒場のような空間にしてあるらしい。
―――――とりあえずもうちょっとそれらしい場所を物色するか。
そう考えて歩き出そうとしたアルだったがピタっと足を止めた。
―――――いる。
随分素人のようだが、人の気配がある。カウンターの裏から続いている部屋だ。
アルは音を立てないようカウンターに近寄り、ゆっくりと鍵を回して戸を開いた。すると、
「や、やああああっ!」
開けた扉の真横から何者かが武器を振り下ろしてくる。しかしそこは六道穿光流を学んでいるアルだ。受け止めるつもりで腰の大型短剣を逆手で引き抜きざまに一閃。
「ひぅっ!」
「ん?」
妙に手応えが軽い。振り下ろされた武器の柄を斬ってしまったらしい。思いの外手応えがなかったせいで肩透かしになったアルは慌てて身体を引き戻して逆手の短剣を突き付ける。
「動くな」
「うぅ~っ」
殺気の乗ったアルの声音に何者かはビクリと震えて動きを止めた。目が慣れてきたアルはやたらと弱っちい襲撃者の顔を見て目を見開く。
「ミリセントさん!」
「ふえっ?あ・・・あ、お、お兄さん・・・」
そこにいたのはスッパリ斬られたモップの柄を持った涙目のミリセントだった。そこそこ薄着だがこんな場所に監禁されていた割には綺麗な方だ。
「良かった、いなくなったって聞いてみんなで捜してたんです。大丈夫ですか?」
アルが短剣を引っ込めて問うと、ミリセントはじわ~っと瞳に涙を浮かべ、
「うう~っ、怖かったですー!よかった、お兄さん、助けに来てくれて良かったぁぁぁ!」
ワンワン泣き出す。泡を食ったのはアルだ。
「ミ、ミリセントさん!静かに!まだ連中がいるかもしれないですから!しーっ!」
急いで扉を閉めて唇に人差指を当てた。ミリセントはハッとしてグズグズ言わせながら泣き止んだ。
「それで、大丈夫でしたか?酷いこととかされてませんか?」
「グスッ・・・されそうになりましたけど、ここの偉そうな人が手をパッてやったら、私を襲おうとした武芸者がズタズタに、引き裂かれてっ・・・グスッ、怖かったですー・・・」
「もう大丈夫ですから。ていうか偉そうな人ってルドルフ・グリム?」
「わかんないですけどー・・・こう、目が細くてなんか近寄ったら危なそうな感じの人ですー・・・」
―――――ほぼ間違いなくあの狐野郎だ。だが助けた理由がわからない。
「そもそもどうして捕まってたんです?」
「それが・・・私どうしても今の、武芸者同士がずっと小競り合いしてるのが変だなーって思っててー・・・いてもたってもいられなくて。でも怖かったから近づけなくて、仕事の帰りに協会を眺めてたんですー・・・そしたらどこかの路地裏から『あっちの弱小氏族共の方は仕掛け終わったぞ』とか『貨物の方はとっくに終わってる』とか言いながら怪しい武芸者の人達がいて・・・・」
少し後ろめたそうなミリセント。アルはなんとなく状況が読めた。
「後を着いて行っちゃったんですか?」
「はいー・・・その、真相を突き止められれば収まったりしないかなーってー」
ミリセントは指先をツンツン合わせながら眉尻を下げている。
「それで、バレて捕まっちゃったんですね」
「面目ないですー・・・」
「とにかく無事で良かったです。でも・・・そうですか。潜入して正解でした」
アルはそう呟いて目を細めた。しかし怪我の功名だ。ミリセントのおかげでグリム氏族への疑いがほぼ確信に変わった。
「うんとー?どういうことでしょうかー?」
「『荒熊亭』が襲撃されたり、倉庫街が火事になったりで今大騒ぎになってるんですよ。それの下手人はほぼここの連中で間違いないってことです。そういえば貨物って言ってたんですよね?中身について何か言ってましたか?」
「うぅーん・・・襲われかけてからずっとここに閉じ込められてて、そこの小さな窓からしか外は見えなかったのであんまり確信はありませんけどー・・・重たいものだと思いますー」
「重たいもの?ですか?」
「はいー、武芸者の人が重たそうにしてて・・・時々ガチャガチャって金属みたいな音をさせてましたー」
ミリセントはそう言いながら大人の腕なら差し込める程度の広さしかない小窓から覗き込む仕草をして見せる。だが半分下着みたいな恰好のせいでなかなか際どかった。
アルはそうだったと気付いて訊ねた。
「ミリセントさん、他の服とか荷物はどうしたんです?」
「捕まった時に奪われちゃってー・・・上着はそれですー・・・」
力なく指差された上着はどす黒い返り血がついている。ズタズタにされた武芸者のものだろう。
「あー・・・これは着れませんね。とりあえず俺のを貸しますから荷物は一緒に探しましょう」
「あ、ありがとうございますー・・・本当に、こんなにホッとしたのは初めてですよー」
龍鱗布を避けて上着を渡したアルにミリセントはそう言って微笑む。
「今回は運が―――――静かに!」
アルは注意を途中で取り下げて弾かれたようにミリセントを壁際に引っ張った。
「っ!?」
気配がする。カウンターとは別方向からだ。やや不揃いな拍子の足音が聞こえてきてミリセントは身体を緊張させた。バクバクと激しく鳴り響く心臓。足音が遠のいていく。
「行ったみたいですね」
「ぶはぁ~~っ」
心臓が保たない。深く息を吐き出すミリセントに視線をやりつつ、アルはどうすべきか思案していた。
早いところ、どこかに避難してもらいたいが仲間は出払っている。ここから一人で安全な場所に帰ると言うのもなかなか大変なはずだ。
―――――翡翠を連れて来れば良かった。
アルは後悔しつつ、即決した。
「ミリセントさん、荷物を探したあと少しつき合って貰えますか?」
「えーと、何にでしょうかー?」
ミリセントは頼りがいのある年下武芸者へキョトンとする。
「俺はここに連中が今回の騒動に関わってる証拠になりそうなものを探そうと思って忍び込んだんです。さっきの貨物とかの話もありますし、物色しない手はないと思ってるんですけど今は単独行動中なのでミリセントさんを安全に帰す手立てがありません。だから少しの間一緒に行動してくれませんか?」
アルはそう言って少し頭を下げた。首から下げているすべてが銅で出来ている認識票がミリセントの視界に入る。四等級を表す認識票だ。
―――――へ?も、もしかして・・・?
ミリセントの脳裏に彼らとの会話と『月刊武芸者』の記事がフラッシュバックする。新人で四等級一党。魔族4人に人間2人。使い魔の魔獣。
「ミリセントさん?」
「へっ?え、は、はぁい、わかりましたよー」
―――――でも、お兄さん達は人間四人に魔族二人のはず。
戦う者でないがゆえに力量が計り取れないミリセントは疑念を抱きつつも了承するのだった。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!




