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【11万PV 達成❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ伍 鋼業都市アイゼンリーベンシュタット編

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12話  混沌に踊る都市  (虹耀暦1287年4月:アルクス15歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 アルクス達”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』の計8名はいなくなったというアウグンドゥーヘン社の新人記者ミリセント・ヴァルターを捜索する為、氏族間抗争が勃発している鋼業都市アイゼンリーベンシュタットの只中へと出ていた。


 アルとシルフィエーラが都市中央から東側。北を上にして都市を俯瞰した場合はおよそ右半分だ。最上端には駅もある。


 マルクガルムと凛華が都市中央から西側。アル達とは真逆だ。こちらは運河に面している。


 そしてラウラとソーニャ、更にディートフリートとレイチェルが都市中央。この地を治める女侯爵パトリツィア・シュミットの居るシュルスシュタイン城から中央帯を捜索することとなっている。また最初は記者カーステンの先導下、南部支社及び社員寮で手掛かりを探ることになっていた。


 夜天翡翠は今回連絡役だ。並の鷹より速い三ツ足鴉の飛翔速度を活かすつもりだが、都市にはアルが警戒しているグリム氏族の武芸者達がいるし、今はまだ昼間。あまり目立つわけにもいかない。




 マルクと凛華は都市内を走る乗合馬車の終点で降りた。ここは西端にほど近い場所だ。


「で、どこ捜すつもり?」


「こんなに人がいたんじゃ匂いが辿り辛え。俺の鼻もミリセントさんの匂いは曖昧にしか覚えてねえし、こんなことなら会った人物全員ちゃんと覚えとくんだった」


 歯痒そうなマルクに凛華は怜悧な青い瞳を向け、


「言ってる暇が惜しいわ。さっさと動くわよ」


 と、後悔をスッパリ断ち切る。


「だな。しかし、どうする?」


 こちらは国軍の駐屯地があるらしく、領軍とは色合いの違う軍服を着た兵士や指揮官といった者達が忙しなく行き来している。所構わず小氏族同士の諍いが起きているせいで対応に駆り出されているようだ。


「冷たい言い方だけど、殺されてる可能性は低いと思うわ。これだけ軍人が都市全域に散らばってるんだもの」


「目立つ真似はしねえか。それに影も形も見当たらねえなんて言うほど簡単にゃできねえよな」


「ええ、死んだら死んだで死体が発見される可能性も高いし、ここは侯爵領なんでしょ?ベルクザウムならともかく隠そうとしても隠し切れないはずよ」


「とすると攫われた?」


「もしくはどこかに閉じ込められてるか、でしょうね」


 マルクと凛華はそう結論付けた。きっと生きている。だが助けを呼べる状況にない。荒れている都市の状況と軍人の動きからそう判断した。


「とりあえずは人通りの少なそうなところから捜すか」


「そうしましょ。運河沿いは倉庫街になってるみたいだし、あそこなら閉じ込める場所ならいくらでもありそうよ」


 凛華は西端に沿って流れる運河を指さす。


「あっちは軍の・・・兵器工廠か?あそこはまずねえだろうな」


 マルクは駐屯地から少し離れた南側にあるひと際大きな工場を見てそう言った。多くの軍人達がそこを出入りしている。暴徒と化した武芸者が兵器を手に暴れる事態になったら手の出しようがないのできっと警戒態勢をしいているはずだ。


「そう思うわ。どちらにせよ任せたわ、あんたの鼻が頼りなんだから」


「わかってるさ、行くぞ」


 そう言ってマルクと凛華は駆け出した。



☆★☆



 カーステンが所属する出版社の南部支社、その中でも『月刊武芸者』の担当部署にラウラとソーニャ、そしてディートとレイチェルはいた。カーステンの案内のおかげですんなり通してもらえたのだ。


「では、ミリセントさんはここには来てないのですか?」


 やや窮屈そうに身動ぎする夜天翡翠を左肩に乗せたラウラが問う。


「ああ、あの元気の良い新人のお嬢ちゃんだろ?『月刊武芸者』の記事を書きたくて入社したとかでこの部署に挨拶しに来たからよく覚えてるけど、昨日は来てないよ」


 編集長らしき社員は難しい顔で答えた。記者がいなくなったという事件はたまにある。大抵がヤバいネタを掴んで存在ごと抹消されるだとか、稀にだがないこともない。南部支社でも社員の失踪を重く捉えているようだ。


 そのときミリセントの話だと気付いたらしい若手記者がこんなことを言った。


「あ、おれ昨日あの子見たッスよ」


「本当か!?」


「どこでだ!?」


 ソーニャとディートが勢い込んで訊ねる。とにかく手掛かりが欲しかった。


「い、いや休憩所でさ。なんか考え込んでたから『どうかした?』って聞いたら『この騒ぎはおかしい』って。独立してるから武芸者なのにまるで何かに導かれてる・・・いや憑りつかれてるだったかな?とにかく『何かおかしいんですー・・・』って言ってたよ」


 若手記者は二人の勢いに「おおぅ」と身を竦ませながらそんなことを口にする。


「まさかお前、支部に行ってみろなんて」


「冗談言わないで下さいよ。おれらでさえ今のピリついてる支部には近づかないってのにあんな若い子に言うわけないじゃないスか。むしろ『今の武芸者は危ないから無闇に近寄ったりしちゃだめだぞ』って言ったくらいッス」


 眉を吊り上げる上司へ慌てて手を振って否定する若手記者。


 レイチェルはそのやり取りを聞いて考え込んだ。あの護衛依頼を請けた次の日のことだ。花見をした。そのときミリセントは己の情熱をやたら語っていたのを憶えている。


 ―――『ウィルデリッタルト出身の私にとって武芸者の方達は身近にいる英雄みたいなもんなんですよー!自分じゃなれない分、カッコ良さを伝えるのが夢なんですー!だから今は夢の第一歩!いつか憧れの一党に専属取材をさせてもらえるような記者になるんですー!』―――


 ミリセントはそう言っていた。武芸都市出身ゆえに並々ならぬ感情をもっていたのは間違いない。


「そうですか。ありがとうございます。カーステンさん、ミリセントさんの寮に案内してもらえますか?」


「ああ、わかった。こっちだよ」


 カーステンが出て行く。続くラウラにディートは声をかけた。


「見当、ついたか?」


「いえ、でも情報は得ておいて損はないと思います」


「だよな・・・」


 頷きつつもディートはソワソワしている。こんなふうに顔見知りの行方がわからなくなることなどなかった。


 ソーニャは情報収集に気を張っているラウラに変わって、周囲に気を配っている。アルに任された以上ラウラは諦めないし、自分とてそんなつもりは毛頭ない。


「社員寮で情報入るといいな・・・」


「ですね、行きましょう」


 願いを呟くレイチェルにラウラは頷いてカーステンの後に続くのだった。



***



 アル達8名と1羽が出て行っておよそ2時間半が経過していた。今は午後4時前といったところだ。『黄金こがねの荒熊亭』は昼間はやっていない。


 もうすぐ夕刻になるがロドリックは無理に店を開けておくつもりはないらしく、戻りが遅かったら宿泊客にだけ食事を出すように言って支部へと出向いていた。


「大将、遅いな」


「うん・・・」


 禿頭の古株従業員ライモンドがポツリと呟くと”荒熊”の娘マリオンはしょぼんとした顔で頷く。


「支部長と他の氏族の長とこの騒ぎを収める策を考えているのでしょう」


 ロドリックの妻であるグレースは元上級武芸者らしく落ち着いているように見えるが、やはりどこか視線がそわついていた。


「”鬼火”が言ってたが、やっぱグリム氏族の仕業かね・・・」


「どうでしょう。ルドルフ・グリムは長を集めた会議には出たり出なかったりと聞きますが、もしそうだとして狙いがわかりませんでしょう?」


「そりゃ、そうなんだがな」


 下手の考え休むに似たり。ライモンドはふぅと息をつく。こういうときこそかつての仲間が吸っていたような煙草が欲しくなる。どぎついやつだ。無理矢理思考をスッとさせてくれるような。


「ライモンド、うちの人があまり遅いようでしたら今日は上がっても構いやしません。お客さんもだいぶ減っておりますから」


 グレースはそう言った。ロドリックのいない間ライモンドは出ずっぱりだ。元四等級武芸者が門番を兼ねてくれているのはありがたいが無理もさせたくない。


「そうかい?じゃもう少しして大将が帰って来なかったらカミさん連れて上がるかね」


 肩を鳴らしながらライモンドがそう言ったときだ。宿の裏口の扉が開いた。宿泊客が裏庭から帰って来るときと、従業員が出入りする為に作られた扉。


 マリオンは父が帰ってきたのかとパッと振り向き、


「お父さんじゃない・・・」


 即座に否定する。しかしグレースとライモンドの反応は早かった。


「誰だ!てめえ!」


「・・・・・」


 マリオンの前に立ち塞がり扉を開けた外套フードを被った男へ乱暴な誰何の声を発する。


 ―――――コイツは客なんかじゃない・・・!


 しかし男は声一つ漏らさず、軽い仕草で返答を寄越した。袖を振るうような動き。それに伴って何かが袖口から2つほど零れ落ちた。


 ゴトゴトッ―――――。


「それは・・・?」


 グレースは落ちたものへ咄嗟に目をやる。丸っこい金属球だった。表面には薄っすらと赤い幾何学的な走査線が走っている。それはいつぞやアル達を襲撃したグリム氏族のチンピラ武芸者が投げたものと同質のモノだった。


 ハッとしたグレースが扉に顔を向けるが男はもういない。


「二人とも!伏せろおおおっ!!」


 長卓の端を砕きながら引っ掴んだライモンドが二人の前に飛び出すのと金属球が爆ぜるのは同時だった。



***



 ほんの少しだけ時間は遡る。アウグンドゥーヘン社の社員寮で聞き込みをしたラウラ達4人はカーステンと別れ、支部へと向かっていた。


 寮での聞き込みはほぼ失敗だ。ミリセントと同室だという彼女の先輩記者も先程若手の男性記者から聞いたことと同じようなこと以外何も知らなかった。


 彼女も出来る範囲で聞き込んではくれたらしいがやはり収穫はゼロらしい。


「どうする?」


 いよいよ焦れてきたディート。しかし勝手に行動しないのは、ラウラが纏め役(リーダー)であることを軽視していないからだ。


 ―――――あいつらの代わりに今はオレが守る。


 そう誓っていた。


「そうですね・・・」


 ラウラはアルの仕草を真似るように腕を組んで左手を口元にやる。ラウラ達の目から見てもミリセントは戦えるようには見えない。危ないのを承知で支部に飛び込むという可能性は低いが近寄った可能性はないこともない。


 ―――――今はそれくらいしかない。


「一度支部に寄ってみましょう。目撃情報があるかもしれません」


「おう、わかった」


「うん。憶えてる人、いるかもしれないもんね」


「了解だ。ん、ちょうど馬車がいる。おーい、私達も乗る!」


 そうと決まれば急ごう。ソーニャは手を振って乗合馬車に待ってもらい支部へと急ぐのだった。




 都市の中央帯に支部はある。乗っていた時間は10分程度だ。降りた4人はすぐさま武芸者協会アイゼンリーベンシュタット支部の建物へと入ろうとした。しかし、開けようとした扉が開いて中から見知った男が出てくる。


「おっと、失礼って君らだったのか。依頼かな?」


 出てきたのはやや疲れた表情をしている”荒熊”ロドリックだ。ラウラはかぶりをふる。


「いいえ、人捜しなんです」


「人捜し?」


 僧侶を想起させる顔のロドリックへラウラはダメ元で問うてみた。


「はい。以前お話したミリセントさん、覚えておいでですか?」


「ああ、チラッと見たことはあるから覚えてるよ」


「彼女が昨夜からいないそうなんです。寮にも帰ってこないし、仕事にも顔を出していないそうで」


「それはまた・・・のっぴきならない状況だね」


 ロドリックは顔を顰める。話を覚えている限り、そのミリセントという女性は一般人・・・つまり戦う力はなかったはずだ。


「はい」


「それで、ミリセントさん、今の都市まちの状況がおかしいって同僚に言ってたらしくて」


 レイチェルがたどたどしくも説明する。ロドリックは合点がいった。


「なるほど。ここに調査や取材に来てた可能性もあると思って来てみたんだね?」


「うむ。というかそれくらいしか思いつかなくて」


 ソーニャは不甲斐ないとばかりに頷く。


「そうか・・・あ、この周辺の商店の人達には聞いたかい?」


「え、いや、えっと、まだです・・・?」


 なぜ支部の近くの商店に訊き込む必要があるのか?ディートが不思議そうな顔をしながら否定した。


「ここらへんのお店の人達は随分前から変わってなくてね。荒くれ者の武芸者がいても店を開けてるような肝の据わった人達が多いんだ。そのお嬢さんはここいらには似つかわしくない雰囲気を持してたはずだから、もしかしたら覚えてる人もいるかもしれない」


「本当ですか!?」


 ラウラは思わず眼を見開く。あまりにも情報が足りなくて困っていたのだ。


「確約はできないけどね。この際だ、私も行こう」


 ロドリックは4人へ安心させるように薄く笑い、先導すべく歩き出す。その瞬間だった。



 ドガアア―――――ンッ!



「なっ!?」


「今のは!?」


 ラウラが素早く反応し、ソーニャが盾を引っ掴む。


「なに今の!?」


「おい、これどっかで・・・」


 レイチェルが不安そうな表情を浮かべ、ディートは己の感覚に引っかかった何かに目を細めた。


「あれは・・・!!」


 ロドリックは何らかの爆発音がした方角に視線をやり、瞠目する。あの煙が上がっているのは『黄金の荒熊亭』がある方向だ。


「まさか・・・!」


 ラウラもロドリックの視線が何を透過して探っているのか察して驚愕を顔に浮かべる。


「グレース!マリオン!」


 ロドリックは脇目も振らずに駆け出した。


「追います!」


 ラウラが続き、


「ああ!」


「お、おう!」


「うん!」


 残りの3名も慌てて走り出す。その様子を物陰に隠れた数名は覗いていた。



***



 爆発音はマルクと凛華にも届いていた。都市中央側によっているところを捜索中だったのだ。


「今の何!?」


「爆発!?それに、あっちは・・・!」


「行ってみるわよ!」


「おう!」


 このくらいの以心伝心ならお手の物だ。爆発は『荒熊亭』の方角で起こっているように見受けられた。急いで駆け出す二人。


 しかしこう高い建物が多いと煙の位地がわかりにくい。


「マルク!屋根伝いは!?」


「わかった!補助は!?」


「要らないわ!」


 凛華の返答を聞くや否やマルクは『部分変化』を脚部に発動させ、ドン!と地面を踏み抜いて高く跳躍する。


「『百華ノ冰女ひめ下駄』!」


 凛華がカカーンッ!と冰でできた一本歯の天狗下駄を出現させ、歯の部分を伸ばした。ヒュオッ!と伸びていく歯。凛華は高すぎる天狗下駄を器用に操ってカン!コン!と建物のふちを蹴り飛ばして建物を登る。


 そして二人はそれぞれ”魔法”と魔術を解除しながら屋上にスタッと着地した。


「やっぱりあれって『荒熊亭』の方よね?」


「ああ、急ぐぞ!」


 二人は次々と起こる変事にジワジワと嫌な感覚を覚えながら屋上を疾走していく。



***



 そう時間もかからずマルクと凛華は『黄金の荒熊亭』を見下ろせる位置に辿り着いていた。眼下の光景を視界に収めた二人の表情は険しい。


「『荒熊亭』が・・・」


 マルクの呟いた通り、荒熊亭の一階は吹き飛んだのか滅茶苦茶になってた。まだ小火も燻っている。


「グレースさん達やマリオンは!?」


 凛華は『冰女下駄』を発動し直してカンカンと透き通る音をさせて飛び下りていった。


「何が起こってやがるんだ・・・!」


 マルクもすぐに後を追う。『黄金の荒熊亭』の近くにはそこまで高い建物もない。あっという間に降りて着地した二人が騒ぎに集まった人々を押しのけていくと、そこには見知った人間が数名いた。


「ラウラ!」


「ソーニャ!何が起きた!」


「何者かが爆発物を投げ込んだらしい」


「凛華!マルクさん!それより『治癒術』を!」


 振り返ったソーニャとラウラは怒気と焦りをない交ぜにしたような表情をしている。その背後では倒れている誰かに女性が縋りついていた。


「あんた!」


「大、丈夫だ。腕が、吹き飛んじまったってだけだ」


 そこには左腕の肘から先が爆ぜたようになくなっているライモンドとその妻らしき人物が座り込んでいる。ロドリックやグレースも傍に膝をついて彼を支えていた。


「ライモンドさん!?」


 凛華とマルクが慌てて駆け寄り彼の身体を見る。吹き飛んでいる左腕からは出血が多いし身体中血塗れだが、失血以外で命に関わるような怪我は見られない。


「酷いわね。マルク、急いで治療するわよ」


「ああ、ライモンドさん。腕のとこ縛るぞ」


「おう・・・すまんな」


 力なく上げられた左腕の脇口にグレースが引き千切ったスカートの裾を宛がってマルクがきつく縛る。


「傷口洗うわよ。何か噛めるものをちょうだい」


「これを使ってくれ」


 ロドリックが手渡してきた手拭いをライモンドに噛んでもらい、凛華が一気に水をかけた。冰気でキンキンになっている水だ。


「ぐ、ぐぉ~~~~~っ・・・・!?」


 ライモンドが水の冷たさと傷口に走り回る痛みに歯を食い縛りながら悲鳴に似た声をあげる。しかしすぐさま痛んでいた部分が麻痺していく。この為に凛華はわざと凍る寸前ほどに冷やした水にしたのだ。


「ライモンドさん、術をかける。大きくゆっくり呼吸を繰り返すんだ」


 マルクはライモンドの左腕と背中に手を置いて『治癒術』を発動した。マルクが同調させた魔力がライモンドの身体を巡り自然治癒能力を大幅に底上げする。


「すぅ~っ、はあぁ~っ・・・すぅ~、はあぁ・・・」


「今の内に血を止めるわ。ラウラ、癒薬帯は?」


「エーラさんから渡されてます。どうぞ」


 猿轡を外されて不規則ながら大きく深呼吸を繰り返すライモンドの左腕をとって凛華は器用に表面だけ冰らせた。このまま血をドバドバ流すよりはいい。


 ラウラが渡してきた癒薬帯をグルグルと巻いていく。マルクはまだ『治癒術』に大量の魔力を送り続けていた。


「今ので手持ちはなくなりました」


「わたし、包帯ならあるよ」


 ラウラとソーニャと共に行動していたレイチェルは背嚢を漁り、包帯を取り出す。


「助かるわ。頭と体の方はそっちで治療するしかないわね」


「ありがとうよ、あんた達。包帯はこっちで巻くから貸してちょうだいな」


 凛華が左腕に癒薬帯を巻き終えると、ライモンドの妻はそう言って夫の頭やボロボロになっていた上着を剥いで肩口に包帯を宛がった。


「ありがとよ。もう大丈夫だぜ、”狼騎士”」


「おう。けど血は流れたままだからな。激しく動いたりしないでくれよ」


 マルクはそう言って魔力を送るのをやめる。


「ああ、わかって――――いっつつ、動きたくても動けないさ。大将、悪い。店が・・・」


 ライモンドはそう言ってロドリックに首を向けた。


「人命と店は較べていいものじゃない。それより何があったんだ?」


「お前様、それは手前が。表の鍵を閉めたまま食堂にいたら、裏口が急に開いて男が入ってきたのです。まったく知らない匂いでした。誰何したうちらへその男は金属の鋼球を転がしたのです。嫌な予感がしたときにはライモンドが手前とマリオンを庇って・・・」


「そうか・・・ライモンド、ありがとう」


「気にするなよ、大将」


 ロドリックはそこまで聞いて事情を察する。ライモンドはただ怪我をしたのではなく、妻と娘を守ってくれたらしい。”鬼火”の一党の4人と『紅蓮の疾風』はハッと目を剥いた。


「ちょっと待って頂きたい。その金属の球、このくらいの大きさのものか?」


 ソーニャは掌を上向けて訊ねる。6人はあのときアルが刃尾刀で弾き飛ばした爆発物を想起したのだ。


「ええと、そのくらいでした」


「赤い線が入ってる?幾何学模様の」


「お前さんら、知ってるのか?」


 凛華が更に問うとライモンドは訊ね返した。咄嗟に庇ったがあれが何かなどは知らない。


「ああ。『荒熊亭』で殺されたあのチンピラ武芸者も使ったんだ」


 ディートがそう言うと、


「なんだって?じゃあ、これはグリム氏族の仕業ってことかい?」


 ロドリックは厳しい目をする。


「可能性は高いと思います」


 ラウラはその視線から目を逸らさずに首肯した。


「あれ?ねえ、そのマリオンちゃんは?」


 レイチェルはキョロキョロと視線をさ迷わせる。グレースが取り乱していない様子から無事なことは想定していたがどこにも見当たらない。


「えっ?お前さんらが戻ってくる直前までここにいたはずだぞ」


「マリオン?マリオン!」


「マリオン!出ておいで!マリオン!」


 サアッと顔を青褪めさせたグレースとロドリックが名を呼ぶが返答はない。騒ぎを聞きつけて集まった人々も顔を巡らせている。やはりあの愛らしい半獣人の娘はいない。


「お、おい。もしかして、この騒ぎに乗じて攫ったやつがいるってのか?」


 ディートは戦慄に身を泡立たせる。


 ―――――この都市で一体何が起こっている?


「かもしれねえ」


「最悪ね」


「まさか、マリオン一人を狙う為にここまでしたのか?さすがに有り得んか」


 ”鬼火”の一党は場慣れしているためか落ち着いてはいるものの、苦々しい顔を隠そうともしない。


「翡翠!アルさんに連絡を飛ばします!準備を!」


「カアッ!」


 ラウラはサッと連絡用のメモ紙に筆を走らせる。『荒熊亭』が襲われたこと。マリオンが攫われた可能性があること。そして、グリム氏族が関わっているかもしれないことをしたため翡翠が差し出す足へ括り付けた。


「お願いします。翡翠あなたも気を付けるんですよ」


「カアカアッ!」


 三ツ足鴉が任せろ!と言わんばかりに力強く鳴き、赤く焼け始めた空へと飛翔していく。


「こっから、どうするんだ?」


「このまま後手に回り続けても良いことはないよね」


「とりあえず俺はマリオンを探す。あの子なら匂いは覚えてるからな」


 ディートとレイチェルへマルクはそう返した。つい数時間前まであの少女はいたのだ。鼻が覚えている。


「あたしもマルクに同行するわ」


 凛華は澄んだ青い瞳に闘志を滲ませて尾重剣の柄を軽く握った。マルクは無言で頷く。


 すると、音もなくグレースが立ち上がった。


「手前も行きます」


「グレースさんも?」


「手前共の大事な娘です。あなたと同じくらい鼻は利きますので。それと心配には及びません、手前も元武芸者ですから」


 耳と尻尾、そして猫足を持つ獣人にマルクと凛華は頷く。マリオンの母ならきっとマルクより正確だろうし、この分だと充分に戦える(お荷物にはならない)


「わかりました。じゃあマリオンの捜索は俺と凛華とグレースさんで当たるとして―――」


 マルクがそう言い掛けたところにロドリックが口を挟んだ。


「私も娘の――――」


「お前様はこの騒ぎを収める方に回って下さい。早く収めないと、嫌なニオイがします」


 だが、やんわりとグレースが止める。ロドリックはこの都市でも有名な武芸者だった。つまり色々なところに顔が利く。


 ―――――貴方にしか出来ないことを。


 そう告げてくる縦長の瞳孔をもつ瞳へロドリックは力強く頷いた。


「わかった、くれぐれも気を付けるんだよ。ライモンドはどこかで休んでいてくれ。ここも安全じゃない」


「わかった。すまない大将、こんな体じゃなかったら―――」


「充分働いてくれたさ。今は傷を治しててくれ」


 皆まで言わせずロドリックはライモンドを立たせる。


「・・・そうさせてもらうぜ」


「ああ」


「で、オレらはどうする?」


「途中までロドリックさんについていきましょう。まだミリセントさんは見つかってません」


「そうだな。捜し終えたわけでもないし」


 ラウラは決断を下した。普段と違って一党の仲間達は一緒にいない。それほど事態が逼迫しているのだ。


 暴力を伴った諍いが突発的に起きている都市で顔見知りが行方を晦まし、宿泊していた場所が爆破され、おまけにその宿の主人の娘が忽然と消えた。


「ですが、気を付けて下さい。『荒熊亭』ですら襲撃されたんです、何が起きてもおかしくありません」


 だからこそラウラは琥珀色の瞳に強い警戒色を浮かべて注意を怠らない。


「うむ。承知だ」


 ソーニャが胸甲を軽く叩いて頷くと、


「・・・うん。わかったよ」


 レイチェルは肩提銃鞘ホルスターに収められている二挺の魔導機構銃に指を這わせ、


「おう」


 ディートは薙刀の柄を掴んで息をすぅっと吐く。胃をザワザワと波打たせる緊張感にもようやく慣れてきた。


「じゃあ行こうか」


 ロドリックの声に元武芸者の猫獣人と魔族の三人組と人間四人組はそれぞれ頷いて動き出したのだった。



***



 アルとシルフィエーラは都市東沿い、7階建ての建物の屋上にいた。こちらは正直言ってハズレだ。それらしい痕跡もなければ、目撃証言もないし、精霊は人間の顔や魔族の顔を記憶したりしていない。


 それでも二人にはある種の確信を得ていた。と、そのとき夕焼けの光を遮った黒い影がアルの下に舞い降りてくる。


「翡翠か。どうした?」


「何かあったのかな?」


「カアーッ!」


「急いでるみたいだよ」


「読んでみる」


 アルは急いで三ツ足鴉の足に括り付けられていたメモ紙を取った。


「『荒熊亭』が攻撃された、爆弾で」


「ええっ!?大丈夫なの?」


「翡翠、ラウラはすぐに届けさせたのか?」


「カアッ!」


 肯定するような夜天翡翠の鳴き声。


「俺達が東門付近にいたときらしい」


「この都市広いからボクら気づけなかったんだね」


 エーラは少し不安そうな顔を見せる。あの宿には半獣人の少女がいた。心配なのだろう。アルはメモに目を落とし、


「うん。ライモンドさんが大怪我をしたけどマルクと凛華の治療が間に合ったから命に別状はないって。ただ、無事だったはずのマリオンがいなくなったらしい」


 眉間にキツく皺を寄せた。


「えっ?マリオンちゃんが!?大変じゃん!」


 エーラは目を見開き、一体全体何がどうなってるの?という顔をしている。


「グレースさんとマルクと凛華で匂いを辿るつもりらしい。残りはミリセントさんを引き続き捜索するってラウラは報告してきてる」


「ボクらはどうする?」


 エーラは活発そうな顔にピンと緊張感を張りつめて問うてくる。


「爆弾はグリム氏族のあいつが使ってたものと同じっぽい」


「ってことはあのルドルフってやつの仕業?」


「ハッキリ言って俺はそう思う」


「だよね。勘違いじゃない。今日に限ってグリム氏族の武芸者達、()()()()()()()()()?」


 エーラは確信を持ってそう告げた。彼女の言う通り、あんなに暴れていたグリム氏族の荒くれ達を、いなかったと言ってもいいくらい見ていないのだ。


 いたのは見たこともない小氏族のチンピラ達ばかり。見たことのある者もいなければ、示談の直後に襲ってきた連中すら一度も見ていない。


 なのに抗争は激化している。アルとエーラがミリセントを捜索している間もどこぞの氏族同士が往来で暴れていた。


 都市全体が何者かの手で操られているような奇妙な感覚。氏族にも属していなければ、ここの支部にも馴染めていない部外者であるからこそ、その感覚を強く受ける。


「・・・でも目的がハッキリしない」


 アルは左眼を閉じた。お馴染みの思考の癖。場当たり的な対処ばかりに目をやっている内に何かを見落としそうで恐ろしかった。


「ねえ、アル。あれって煙・・・だよね?」


 エーラは夕焼けに目を細めながら遠くで立ち昇っている黒煙に気付いて龍鱗布を引っ張る。


「あっちは造船所とか、倉庫街だったよね?火の手まで上がってる・・・」


 アルは唖然とした。そして何かが思考を掠める。あれがすべてグリム氏族の思惑通りだとしたらあまりに無鉄砲過ぎる。


 ―――――まるで都市がどうなろうとどうでもいいみたいに。


「いや、どうでも良いのか?あいつにとっては」


 アルが思い浮かべたのは細目に薄ら笑いを浮かべるあの男。


「どういうこと?どうでもいいって。グリム氏族ってここでも結構大きな氏族なんだよね?」


 都市に被害を与えれば自分達にだってその被害が返って来るだろう。エーラの意見は至極真っ当なものだ。


「そう聞いてる。けどそんな気がする。理由は俺にもわからない」


 ―――――とにかく、動かないと。


 アルは己に言い聞かせる。ヴィオレッタから教わったことだ。物事の見方は一つではない。時には盤面の外にまで出なければわからないこともある。


 ―――――わからないなら、わかる場所へ行くまでだ。


「行こう。俺はあいつらの本拠地に忍びこんでくる」


「ボクは?」


「エーラは途中で凛華とマルクに合流してくれ。マリオンは十中八九攫われてる」


「戦闘になる可能性、高いんだね?」


 エーラの瞳が鮮やかな緑に光る。


「うん。あの二人とグレースさんでも充分だとは思うけど何十人出てくるかわからないし別の連中かもしれないから」


 もし何十人もいて、それこそあの爆弾をバラまかれたらあの三人でも面倒ではあるはずだ。それにグリム氏族だと決めつけてかかるのも危険だ。


「わかった。でもアルは一人で大丈夫なの?」


 エーラは心配そうだ。彼女が案外心配性なのをアルは知っている。


「派手に戦うつもりは今のところないし、まだ完全に黒だって決まってるわけでもない。大丈夫だよ」


 だから正直に告げる。どうなるかはわからない、と。


「わかった。じゃあ行こ」


「うん、あ、待った。翡翠、これをラウラに。それと情報を収集して回ったら、最後に俺のところに来てくれ」


 アルはサラサラとメモ紙を書いて夜天翡翠の足に括り付けた。


「カア!」


「頼むぞ」


「カアカア!」


 先程より薄暗くなっている空へ夜天翡翠が飛翔していく。それを見届けたアルとエーラは視線を交わして頷き合い、


「行こう!」


「うん!」


 屋上から次の建物へと飛び出すのだった。

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