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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ伍 鋼業都市アイゼンリーベンシュタット編

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6話 合同依頼と氏族の影(虹耀暦1287年4月:アルクス15歳)

2023/10/10 連載開始致しました。(編集済み)


読んで頂ければありがたい限りです。なにとぞよろしくお願い致します。

 未だ肌寒さの残る4月の初旬。


 ”鬼火”の一党は夕餉の席にて、縁を紡いだばかりの六等級一党『紅蓮の疾風(はやて)』と合同依頼を請ける運びとなった。


 尚、合同依頼である以上、指揮権は等級の高い方を率いるアルクスが持つことになる。


 それに関しては、同じ新人一党の出世頭ということで活躍を散々読んできたディートフリートとレイチェルに否やもなく、また大規模商隊(キャラバン)の護衛経験しかないがゆえに、好都合でもあった。


 と、そのような流れで依頼を受理してもらい、「一度顔見せと詳細な依頼内容を話しておきたい」と依頼者側の意向でその日の昼過ぎに待ち合わせることになった。


 約束の混雑時間(ピークタイム)過ぎ、大衆食堂で待っていると――……。


「依頼を出したアウグンドゥーヘン社の記者カーステンです」


 と、顔をやや強張らせた細身の中年男性がやってきた。


 直ぐに、アルが淡々と、ディートフリートがおっかなびっくりといった具合に挨拶を返すと、彼は露骨に安堵した。


 眼の前の小綺麗な青年ら8名が、少年少女と表現しても遜色ない程度に年若かったからだ。


 また等級を知った途端に「ええっ!?」と驚き、しかし、やはりホッとしたような顔をした。


 なにせ六等級と云えば、兵士級とも言われる等級だ。口さがない者だと”野良兵士”と呼ぶこともある――帝国で最も人数の多い等級である。


 総数からすれば割合も高くならないものの、中には依頼者をナメて掛かったり、「経費分を上乗せしろ」と、報酬を吊り上げようとする無頼者も居ないわけじゃない。


 特に最近、ここ〈アイゼ()ンリー()ベンシュ()タット()〉の氏族に属する一部の武芸者には、そういう傾向の輩が増えてきた。


 翻って、今回やってきた年若い武芸者らは、四等級と六等級一党の()()


 登録したてでそれほどの実力と認められた、もしくはそれだけの功績を短期間の内に積み重ねてきた、と見ることが出来る。


 つまり、無頼の徒である可能性が極めて低いということ。


「あっ、いや驚いてすまない。それにしても僥倖だったよ。将来有望そうな子達が来てくれて」


 カーステンが胸を撫で下ろしたのは、不安が杞憂に終わりそうだと判断したからであった。


 これが氏族所属の万年六等級の10人組であったら、顔が更に強張っていたことだろう。


「そうだった。依頼についてだけど――――……」


 と、緊張の解れた彼曰く、観光雑誌の特集記事を書くことになったそうで、侯爵領内ではあるものの、都市の外に泊まり掛けで出張に行くのだと言う。


 出発は2日後の午前。期間は3日間。


 目的地は、都市から街道沿いに南下した先の〈ブルーメンコルプ〉と云う街。


 鋼業都市より南に位置するものの、街自体が丘陵地帯に拓かれているのもあって比較的涼しく、自然豊かで様々な植物や季節の花が見られるのだと言う。


 通称”花の街”とも呼ばれ、花の品種改良などもやっているそうだ。


 また、護衛に4名以上の武芸者を募ったのは――……整備された街道であろうと魔獣や賊の危険が拭えないから、という至極当然な理屈が一つ。


 だがそれ以上に、もう1人の護衛対象が記者の卵(新人)で女性だから、というのが最大の理由だそうだ。


 もし万が一のことがあれば、男性であるカーステンより(むご)い目に遭うであろうことは確実なので、単身の出張で雇う時の倍以上を社に申請した、とのこと。


 実に理路整然とした根拠に、”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』の面々は納得し、「では当日に」と握手を交わしたのだった。



 * * *



 合同護衛依頼、出発日。


「お? あれっぽいぞ」


 と、マルクガルムがのんびりした様子で指を差せば、


「き、来たのか?」


 と、ディートフリートが緊張気味に身体ごとそちらを向いた。


「らしいね」


 と、アルも手で(ひさし)を作って穏やかに応じる。


 彼らの視線の先――〈アイゼンリーベンシュタット〉の如何にも堅牢そうな造りの防壁に備え付けられた厳つい南門から丁度、1台の馬車が出てきたところであった。

 

 以前、〈ヴァルトシュタット〉にてアル達の借りた幌馬車をそのまま小さくしたような、こぢんまりとしたニ頭立て。雨避けの幌こそついているが、前方は大きく開いている。


 シルト家(貴族)が使っているような『動く個室』といった印象はない。歯に衣着せぬのであれば、何とも地味だ。


 しかし、その見た目はやはり、アルの脳に『異世界』という単語を過ぎらせる。


 と、云うのも、彼の前世に存在した前時代的な馬車(しろもの)と懸け離れた見た目をしているからだ。


 駕籠に相当する部分は軽金属で拵えてあるし、しっかりと錆止め塗料も施してある。


 おまけに車軸や(スポーク)も合金製、車輪にも皮革か内臓かは判然とせぬが魔獣素材を使用されているうえ、(シャフト)幅も矢鱈と太い。


 前世の車両から似ているものを選べ、と言われれば、おそらくトラクターを指差すだろう。


「い、いよいよか」


 ディートフリートがぶるりと身を震わせ、薙刀(グレイブ)を握り締める。


「ディーくん、今から緊張してもしょうがないよ」


 と、彼の相棒レイチェルが諌めるが、彼女の声も硬い。


 だが、致し方ないことだろう。2人にとって、寡兵での護衛依頼は初だ。考えないようにしても責任の文字が意識に伸し掛かってくる。


 この集合場所――南門前に約束の1時間前に来ていた、と言えば、彼らの緊っぷりも察せられるというものだ。


「わ、わかってるけどよ……」


 今回は数が少ねえし。と、ディートフリートが言い掛けたところで、駕籠の控えめな大きさの(ドア)が開き、護衛対象の2人が降りてきた。


 こういう場合、降りずに会話ができたとしても、降りて挨拶する雇い主の方が多い。


 礼儀の問題ではなく、護衛側の気が変わったりして逆に襲われたりする事件(ケース)もないこともないので、心証を悪くしない為の儀礼的な防衛策(パフォーマンス)である。


 武芸者側は武芸者側で評価に響くので、案外繊細(デリケート)なところだ。


「ねえ……あの人って――」


「うん、やっぱそうだよね?」


「アウグンドゥーヘン社の新人記者さん、って話でしたし……もしやとは思ってましたけど」


「……本当に奇縁だな」


 ”鬼火”の一党の女性陣は、何とも言えぬ顔でそのようなやり取りを交わした。


 なぜなら、降りてきた男性記者カーステンに続いて降りたもう1人――新米記者の女性と初顔合わせな筈なのにも関わらず、見覚えがあったからだ。


 橙色っぽい赤毛、活発そうな顔立ちに僅かに散ったソバカス、『紅蓮の疾風』の2人より更に1、2歳年上といった風情の女性。


 彼女は”鬼火”の一党の6名を目にした途端、「おお~っ!」と溌溂とした声を上げ、


「みなさぁん! お久しぶりですねぇ~! お元気でしたか~!?」


 と、腕をぶんぶん振りながら駆けてきた。


「おや、知り合いだったのかい?」


「そうなんです~! 魔導列車で働いてた頃、お客さんとして知り合った若き武芸者さん方なんですよぉ~!」


 先輩記者へ元気いっぱいに返すその女性は、ひと月近く前に駅で再会した元売り子――ミリセント・ヴァルターその人であった。


「ああ、そうだったのか」


「初めてお会いしたのは二等車でしたね~! 懐かしいです~!」


「二等車に……なるほど。やっぱり心強いな」


 カーステンは勝手に納得している。


 ミリセントは嬉しそうな笑みを顔いっぱいに浮かべてアルの手を取ると、ぶんぶん振った。


「『若いけど、実力者っぽい』ってカーステンさんからは聞いてましたけど、まさかお兄さん方とは思いませんでしたよぉ~! 今日から数日の間、お願いしますね~! あ、そちらのお二方は初めましてですね? (わたくし)、ミリセント・ヴァルターと申します~!」


「お、おう――いてっ! じゃなくて、はい、よろしくっす」


 独特な機関中の如き語調(マシンガントーク)に圧されたディートが相棒に尻を抓り上げられながら、


「よ、よろしくお願いします」


 緊張か、やはり勢いに圧されたのか、レイチェルがどもりながら頭を下げる。


「記者の面接、通ってたんですね。おめでとうございます」


 アルはニッコリ笑って言祝(ことほ)いだ。


 相変わらず一人で(かしま)しいお姉さんだが、やはり嫌いになれそうにない。


「ありがとうございます~! 受かったは良いんですけど、それからもう本っ当に忙しくって~!」


 その割にミリセントは生き生きとしている。きっと仕事が楽しいのだろう。


「『月刊武芸者』を書きたいから、ってやる気に溢れててね。少し早いけど、実地の取材に連れていくことにしたんだ。それにしても――……さすがは魔族だね、地竜がこんなに大人しいなんて」


 カーステンが微笑ましそうに部下を褒めつつ、アルの後方に視線をやって頬を引き()らせる。


 そこには、全長こそ然して馬と変わらぬが、全高はその半分ほどしかない『地竜』と呼ばれる、薄暗い緑鱗に覆われた小型竜が4頭いた。


 (くちばし)のように尖った硬質の鼻先、口には鋭い牙、猛禽類を思わせる朱色の眼球と、如何にも凶暴そうな面構え。


 更に、頑健そうな首、薄い翼膜のついた細腕、その何倍も太い二本脚、ゴツゴツした四本爪、胴から滑らかに伸びる蜥蜴のような尻尾と、如何にも厳つい体躯。


 それが地竜。『竜種』とも、『偽龍種』とも呼ばれる生物。


 今は4頭とも(くび)の根元に首巻き(バンダナ)が巻かれ、(くら)(あぶみ)もついている。


 この4頭が()()地竜の証だ。”貸し”と云うだけあって、きちんとした業者から借りてきている。


「俺達には馬術の心得がないもので。慣れると、結構可愛いですよ」


 アルはそう言うと、己の腹に頸を寄せてきた1頭をグシグシと豪快に撫でてやった。地竜がグルルルッと、機嫌良さそうに喉を鳴らす。


「か、可愛い……?」


「そ、そうですかぁ……?」


 残念ながら、戦う力を持たぬカーステンやミリセントに彼の感性は理解できなかった。ぶっちゃけ恐い。


 と云うのも、研究者の間でも『魔物か、魔獣か』で意見が真っ二つに分かれるほど、竜の知能はそこそこ高く、きちんと信頼関係を育めば意思の疎通も可能……なのだが、一般的にはやはり気性が荒いのだ。


 気に入らぬ相手なら絶対に乗せようとしない――どころか、威嚇もするし、噛みつく。襲われれば太い脚部で蹴ることもザラ。


 突進などされれば、その硬い鱗で守られた頭部によって骨折は必至である。木の柵程度なら噛みつくだけで抉り取れるだろう。


 ゆえに、防壁内での飼育は法で禁じられているし、馬を使った輸送・運送業の優に2倍は申請書類が必要となる。


 また、借り手も身分証(アル達を例に挙げれば、武芸者認識票)が要るし、借りている間は預け証が渡され、都市や街に入る際、防壁の外で専門の国軍兵士に渡しておかなければならない。


 その為、原則、村への乗り入れは禁止である。


 では、どうしてそれほど煩雑な手間が掛かるにも関わらず、わざわざ地竜を使うのか?


 その理由は、単純にして明快。地竜1頭の平均的な馬力が、馬5頭分に匹敵するからだ。


 荷を引かせれば右に出るものはおらず、数頭立てで引かせれば魔導列車の貨物車とほぼ同等の物資輸送が行える。


 そのうえ、頑丈な鱗のおかげで荷の損失率もかなり低い。その辺の野盗が放った矢くらいなら毛ほども傷つかない。


 (ただ)し、その分と言っては何だが、最高速度(トップスピード)持久力(スタミナ)は馬のそれに劣る傾向にあるし、暴れると馬の暴走が可愛く思える程度に悲惨なことになる。


 肉食なので、子供を近寄らせるのも危険。都市の外で飼われるのも納得だろう。


 ちなみにだが、寒冷地である〈ベルクザウム(山岳都市)〉に地竜貸し業者はいないが、〈ウィルデリッタルト(武芸都市)〉にはいる。


 アル達が見たことがなかったのは、基本的に深夜から朝方にかけて都市の外れから都市の外れへと物資を輸送しているからだ。


「しかし……随分懐いてるね。普段から利用してるのかい?」


 頬を引き攣らせたまま、『地竜ってこんな家猫みたいに甘えるもんだっけ?』と、思ったカーステンが感心したような口調で訊ねる。


「いえ、今回が初めてですね。『馬に乗れない』って相談したら、宿の主人が教えてくれたんです」


 が、アルはあっさり首を横に振った。


 ”鬼火”の一党が地竜の存在を知ったのは、実を言うと、つい昨日である。


 顔合わせの際、「自分達は、二人乗りの安い馬車に乗るから」と、カーステンから依頼書に記載通りの前金を渡されたアル達は困ってしまった。


 なにせ、ラウラとソーニャを除く面々は誰一人として馬の乗り方を知らない。訊けば、『紅蓮の疾風』の2人は乗れると言う。


 小さな馬車の護衛が大きな馬車に乗る、というのも小回りが利かなそうだ。


 はてさて、困ったなぁ……と、思ったアルは『黄金(こがね)の荒熊亭』の主人――元ニ等級武芸者ロドリックに相談してみたのだ。すると、こう返された。


「魔族なら、地竜はどうだい?」と。


 ”荒熊”曰く、何でも地竜というのは、気位は高いが種として優秀で、魔力の多い者や強者なら驚くほど素直に言う事を訊いてくれる、とのこと。


「君らなら、たぶん大丈夫だと思うよ」


 とのお墨付きも頂戴したので、翌日の朝から地竜貸し業者のところに向かった。


 ”業者”と聞いて、なんだか大きな商会っぽい印象(イメージ)を持っていたが、そこの地竜貸しはたった1人――元武芸者で「今代から始めた」という屈強な髭面の男だった。


 地竜の世話という重労働をやりたがる数寄者(すきもの)はそう多くなく、組合を利用して輸送・賃貸業をやっているそうな。


 そうして、初めて地竜と対面することになった。


「乗せても良いって判断したら『膝を折る』からな。無理に乗ったりしようとしちゃいかんぞ? 危ないと思ったら直ぐに下がってくれ」


 と、髭面の業者は若い少年少女らを心配したのだが、そこは龍人族(トリシャ)の血を受け継ぐアルだ。


「えっ、ええ……? おいおい、どうなってんだよ? 何、その甘えっぷり……?」


 と、屈強なガタイの地竜貸しが思わず目を点にしたほど、地竜達はアルに群がって喉を鳴らしていた。えらい懐きようであった。


「へぇ、よく見ると案外可愛い顔してるじゃない」


「あはっ! 翼のとこ、ひんやりすべすべだ~」


「問題……ねえっぽいな」


 と、他の魔族組も順調。


 が、そこで問題になったのはラウラとソーニャである。彼女らは人間だ。


 地竜達は進んで膝を折りに来ようとはしない。見定めるように距離を取っていた。


「難しそうなら二人は馬でも大丈夫だよ? 俺達は馬乗れないからこっち借りる、ってだけだし」


 と、見兼ねたアルは言ったのだが、2人は「馬にも、地竜にも乗れた方がきっと良いはず」だと判断して、挑戦することにした。


 難儀するかと思われたのだが、ふと業者がこう言った。


「お嬢さんら、五等級なんだろ? 魔力を放出してみな。コイツら、()が良いんだ」


 言われた通り、2人が魔力を戦闘状態にまで昂らせていくと――……地竜達はあっさりと太い膝を折った。


「ええと……あれ?」


「認めてもらえた、のか……?」


 ここ半年で、等級に相応しい実力になっていたらしい彼女らは、狐に抓まれたような顔で見合わせて、地竜の鼻先を撫でるのだった。


 そういった経緯から今回、”鬼火”の一党が地竜4頭に、『紅蓮の疾風』がそれぞれ馬に跨って依頼に当たることになっている。


 尚、割り当てだが、遊撃役として単騎駆けを行う可能性の高いアル、並びに【人狼化】すると()()が窮屈になるマルクが一人乗りで2頭。


 尾重剣を背に担ぐ凛華の前にラウラ。


 同じく盾を背に担げるソーニャの前にシルフィエーラ。それぞれ二人乗りで2頭。


 これはもし何かあった際、凛華がラウラを、エーラがソーニャを守れるように、と考えられた配置である。


「あのぉ~……大丈夫なん、ですよね?」


 滑空にしか使えぬ翼腕をばさっとやった地竜が恐かったのか、ミリセントは少ぉ~し後退りながら訊ねた。


「はははっ。ミリセント君、地竜は仮の主人が傍にいる時は大人しいよ。でも、居ない時には絶対近づかないように。僕の先輩はそれで昔、足の骨折られたからね」


「うおぉぉ~……気を付けます~」


 想像して顔色を悪くしながら、こくこくっと上司に頷く。


「さて、それじゃあ出発しようと思うけど、そちらの準備は出来てるかい?」


 カーステンが訊ねると、アルは仲間に視線をやって一言。


「行ける?」


「いつでも大丈夫よ」


「はい、行けます」


「ばっちり~」


「うむ」


「問題ねえ」


 ”鬼火”の一党の面々がサッと即応。ミリセントの表情が一転、キラキラと目を輝かせる。


「そっちは?」


 アルはもう2人の方にも、臨時頭目として確認を取った。


「ふぅ――…………うっし、行けるぜ」


「うん、わたしも大丈夫だよ」


「じゃ、乗ってくれ。配置はさっき話した通りで」


「お、おうっ」


「わ、わかった」


 気合を入れて馬に乗るディートとレイチェルを横目に、カーステンに報告する。


「行けます」


「それじゃあ頼むね」


「了解です。翡翠、いつも通り索敵任すぞ」


「カアッ!」


 左肩の三ツ足鴉が上空へ翔んでいくのを確認したアルは、


「今日は頼むぞ」


 と、言って地竜に跨った。他の面々もそれぞれの組み合わせで跨っていく。


「おおーっ! 私っ、武芸者さんの仕事、生で見るのこれが初めてなんですよー!」


 上司に続いて馬車に乗り込んだミリセントは、興奮冷めやらぬといった顔だ。今にも身を乗り出しそうにしている。


「こらこら、ミリセント君。僕らの仕事はこれから何時間も後なんだから、余力を残しておくんだよ」


「わかってますよぅ! わかっちゃいますけど、やっぱり気になるじゃないですか~!」


 苦笑するカーステンとはしゃぐミリセントの声を聞きつつ、それぞれ配置についていく。


 アルが先頭で馬車の前、その隣に”鬼火”の一党の残り3組で交代制。残った2組が馬車の左右。


 そしてディートとレイチェルが馬車の後方。


 騎乗している状態で最も視点が高くなるのは馬だ。視界の確保が困難になるので地竜の前にも出せない。


 アルは視線をちらりと後方に向け、配置が済んだのを確認してカーステンに一つ頷いた。


 大まかな道順は頭に入っている。そう複雑でもない。


「……よし。それじゃ皆、出るぞ!」


 鱗に覆われた頸筋を軽く撫で、独特な二脚の拍子(リズム)で地竜を走らせる。


 直後、ひゅう――……と、夜天翡翠が黒翼を羽ばたかせ、後方でぴしりと鞭を打つ音が響き、一行は進み始めた。



 ☆ ★ ☆



 今は、夜の8時過ぎ。


 『黄金(こがね)の荒熊亭』に、最近はお目に掛かるのも稀有な客が訪れていた。だが”稀有”と言っても、決して良い意味ではない。


「うちは武芸者立ち入り禁止だ、帰んな」


 入ってきたばかりの客に、禿頭の古株従業員――ライモンドが凄む。


「なに、昔馴染みに忠告をしておこう、という老婆心でね。これでも忙しい身だが、予定を幾つか取り止めてわざわざ来たんだ。入れてくれないか? 通さなかったら、きっと後悔する。ささ……”荒熊”を呼んできてくれ、ライモンド」


 薄暗い金髪を撫でつけた男は、元四等級武芸者の威圧にたじろぎもせず、吊り目をニンマリと弓(なり)にさせて微笑んだ。


 同じ糸目でも”荒熊”ロドリックとは、受ける印象がまるで違う。


 彼が徳の高い僧侶を彷彿とさせるのに対し、こちらは(さなが)ら、永い時を経て化生と成った魔猫のようだ。


「……薄っ気味悪ィ笑み浮かべやがって。チッ、呼んできてやる」


「うん。お利口だ」


「黙れよ」


 ライモンドは悪態を吐き捨てて、雇い主を呼びに行った。厄介な野郎が来やがった、と。


 案内も待たず、男が勝手に配膳台の(カウンター)席に座るや、険しい顔のロドリックが直ぐに出てきてつっけんどんに問う。


「何の用だ? ルドルフ」


 裏では娘のマリオンを奥の部屋に下がらせているところだ。


「久しいね、ロドリック。酒を一杯貰おうか」


「この一杯を呑んだら帰ってくれないか? うちは武芸者お断りでね。特に現役三等級で、()()()()()()()()なんて、物騒に過ぎる」


 硝子の酒杯に酒を注ぎ、ロドリックは客の男――ルドルフの前に置く。


 この男は、ガラの悪い武芸者共が身を置く『グリム氏族』という組織の親玉(リーダー)だ。


「おや? 随分な対応だ。それに……確かここは武芸者を受け入れていた、と記憶していたんだがね。如何に優秀であろうと、如何に腕が立とうと、仮令(たとえ)魔族であろうと――……新米なら」


 ルドルフが一言一言、ゆったりと、口の端を吊り上げたままのたまう。


 しかも、あからさまなほどに具体的だった。


「……何が言いたい?」


「今、彼らはいないのかね?」


 ロドリックの質問を無視して、ルドルフが問う。


「”彼ら”とは?」 


「”鬼火”の一党さ。二つ名くらい疾っくに御存知なのだろう? ここに泊まっている四等級の新米一党」


「……居所は知らないし、仮令(たとえ)、知ってたとしても客の情報を明かすつもりはない」


 険しい表情のまま、きっぱりと断れば、


「素晴らしい。その高潔さには、いつも感服させられる。だが、居ないことは知っている。今朝方、依頼に出たこともね」


 グリム氏族の首領は、上品に手を叩いて更に目を細めた。


「……何を企んでいる、ルドルフ」


「私? 私は何も? ただ、うちの部下が酷く苛立っていたから、忠告しに来たまでのこと」


 他意はない。と、ルドルフが素知らぬ顔でのたまった――瞬間。


「てめェ、どの口が言ってやがる!」


 激昂したライモンドがその胸倉を掴み上げた。


「ライモンド」


 ロドリックが「落ち着け」と視線を送って窘める。


 客はまだ何人か残っているし、何よりこの男の呼吸(ペース)に呑まれていては、目的を見定められない。


「チッ」


「おぉ、恐い恐い。本当に親切心だったのだがね」


 ルドルフが嘯く。胸倉を掴み上げられても、怒声を浴びても眉一つ動かさなかったというのに、よく言えたものだ。


「――ところで、彼ら”鬼火”の一党が支部で何をしたか、は知っているかね?」


 薄暗い金髪を後ろに整え直し、世間話でもするように話題を振ってくる。


「……さあ? 暴力沙汰なら突き出されてるはずだろう」


 ロドリックが唸るように応えると、


「うちの者を威圧したそうだ。どうも、うちの部下は誘い方ってものを知らない。しっかり”鬼火”を怒らせたようでね」


 グリム氏族の首領は「やれやれ」と、困ったように肩を竦めた。


「無理な勧誘をするからだろう」


「そう、そこなんだよ、私が言いたいのは。部下はどうやら無理な勧誘をした、という自覚がないらしくてね。恥をかかされた、と思っているらしい」


 ロドリックが目を細める。


「……それで?」


「ああ、そうそう! 私に『何人か貸してくれ』と頼みに来たんだよ。面子がどうの……だったかな?」


 顎先に手をやって悩んでいる風のルドルフは「今思い出した」とばかりに悠然と応えた。


「あの子達に手を出す気か」


 ”荒熊”が静かな怒気を発する。グリム氏族は昔からこういう手を使うのだ。


「だから、私は何も? と言ってるだろう? 人手を寄越して欲しい、と頼まれたから貸しただけ。どう使うかまでは預かり知らない。何せ、忙しくてね」


 ルドルフは尚も平然とのたまった。


「……相変わらずだな、お前は」


 ロドリックが吐き捨てれば、


「誉め言葉として受け取っておこう。ああ、そうそう。君も忙しくなるのではないかな?」


 魔猫の如き男が意味深な台詞を返す。


「どういう意味だ?」


「ここは君の氏族の拠点だろう?」


「馬鹿なことを言うな。ここはただの宿だ」


 対外的には、などではない。本当にただの旅籠だ。


「君はそう言うが、世間はどう見るだろうね? ここに泊まった……いや、入れてもらえた新米武芸者は短期間でよく成長し、どんどんと昇級していく。確か――……ああ、そうそう。『紅蓮の疾風』だったね? もう六等級だそうじゃないか」


「彼ら自身の頑張りだ」


「そうかもしれんね……が、そうでないかもしれない」


 ルドルフが煙に巻くような物言いを続ける。


「……さっきから、お前は何が言いたい?」


 焦れたロドリックはハッキリと問い質すことにした。どこに話を持っていきたいのか、と。


「なに、簡単な話さ。ここも充分、氏族の根城として機能する。というだけの話だよ」


「そうだとして……だったらそれが一体何だ? どうなるって言うんだ?」


 ロドリックは冷静を装いつつ、更に情報を得ようとしたが、


「時間切れだ。旨い酒をありがとう。おや? 奥方もいらっしゃったのかね? 相も変わらず、お美しい。どうだね? やはり私のところに来る、と言うのは?」


 ルドルフは酒杯を空にして立ち上がり、”荒熊”の妻グレースに声を掛けた。


「昔と同じく、毛ほども魅力を感じませんね。お引き取りを」


 彼女はにべもなく返した。不愉快さを隠しさえしていない。


「そうか、それは残念……いや、心底ね。では、また来るよ」


 と、少しも堪えていなさそうにあっさりと肩を竦めたルドルフが、そのまま出て行く。


 バタン……と扉が閉まったと同時にライモンドは「不気味な野郎だ」と、吐き捨てた。


 直後、険しい顔をしたロドリックが、


「ライモンド」


 と、彼を鋭く呼び、


「塩を」


 と、グレースが続ける。


「おう、合点だ」


 ライモンドは厨房に走り、扉の外に塩をバッと盛大にぶち撒けるのであった。




 どこか不穏な暗雲が〈アイゼンリーベンシュタット〉に渦巻いている。


 この時の彼らはその気配こそ感じ取っていたものの、それが一体何なのか、どれほどの規模なのかまでは予想もしていなかった。

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