5話 鋼業都市での日々、ラウラの指輪(虹耀暦1287年4月:アルクス15歳)
2023/10/10 連載開始致しました。(編集済み)
読んで頂ければありがたい限りです。よろしくお願い致します。
六等級武芸者一党『紅蓮の疾風』のディートフリート、レイチェルと新たに友誼を結んだ夜から、およそひと月ほどが経過した。
今はもう4月だ。
『黄金の荒熊亭』にて、ほぼ同年代の彼らと知り合った翌日から”鬼火”の一党は依頼を熟し始めたのだが――……。
それと同時に、この鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉に居座る氏族も本格的な勧誘を開始した。
やれ武を高めていく同士となろう、だの。
実績を積みやすい環境で活動してはどうか、だの。
魔術の深淵に至ろう、だの。
今、列挙したのは氏族の中でも、本当に利点のありそうな――要は、随分マシな部類である。
他の連中と云ったら、何を目的としているのかわからない――うだつの上がらぬ者同士でつるんでいるだけの集団もあれば、「その日の生活費を楽に稼いで、後は悠々自適に暮らそう」などと、耳触りの良い謳い文句を吐く――詐欺師紛いな集団までいる始末。
前者な方ならいざ知らず、この都市に腰を据える気のない”鬼火”の一党にとって、迷惑以外の何物でもない。
当然の如く、彼らから距離を置いた。
返事を曖昧に濁すこともなく、はっきりと断り続けた。拒絶にも似た拒否であった。
しかし、アルクスが氏族に入る気はない旨をどう伝えても、勧誘はやまなかった。
彼らとしては、魔族のいる氏族となれば箔がつく、と考えたらしい。
勧誘の嵐は所構わず行われた。外であろうと、飲食店であろうと、支部内であろうと、訓練場だろうとまるで関係ない。
協会側としても、氏族側の「自主的な互助団体を作っている」という建前があるので、口を出しにくい。
申し訳なさそうな視線を”鬼火”の一党に。また、呆れたような視線を氏族の使い走りに向けていた。
これに対し、早々に嫌気が差したのは誰あろう、矢面に立ち続けたアルであった。
保ったのは、たったの3日。3日目でぶちギレた。
割合、温厚――というか、呑気な気質の彼がそれほど早くプッツンした。と言えば、勧誘が如何にくどく、しつこいものであったか理解も容易いだろう。
彼を激怒させたのは、なんたらとかいう氏族の使い走りで七等級の男。
頑として首を縦に振らぬアルに焦れたのか、そのチンピラのような風貌でオラついた挙げ句、
『お前が了承しないなら、後ろの小綺麗な女共がどんな目に遭うか、わかるよな?』
と、いうようなことをのたまった。それが命取りになるとも知らずに。
チンピラ武芸者がそう凄んだ途端、我慢の限界に達したアルは灰髪に変貌し、加減なしの殺気と魔力を辺りに吹き荒れさせた。
魔族の中でも特に多く、幼少時から鍛錬し続けた魔力だ。
それを直に浴びたチンピラは濃密な殺気と膨大な魔力の渦に昏倒し、支部内にいた武芸者全員が怖気に背筋を泡立たせた――のだが。
アルはそこで止めず、昏倒した男の首根っこを拏んで無理矢理に叩き起こした。
意識を取り戻したチンピラの恐怖は、一体どれほどのものであっただろうか?
眼の前には、龍眼を発動したアル。
その後ろに【人狼化】したマルクガルム。
【無垢の相】を発動して尾重剣に手を掛けた凛華。
鮮緑に瞳を輝かせて複合弓に弦を張ったシルフィエーラ。
昂ぶる魔力に朱髪を揺らめかせるラウラ。
盾に雷鎚を纏わせたソーニャ。
生ゴミでも見るかのように冷え切った女性陣4名の視線まで、おまけに付いた。
すっかり肝を潰して悲鳴すら上げられぬ使い走りの男に、アルは一語一語、周囲にも聞こえるようこう言った。
「もし、キサマらが実力行使に出るようなら――今直ぐにでも、素っ首刎ねて、根城に植えて廻ってやる。その覚悟があるなら、やってみろ。ないならそのツラ、二度と見せるな」
一言毎に増していく殺気、留まることなく昂っていく魔力にチンピラは失禁し、再び気絶。
そのまま有象無象の使い走り共も威圧しようとしたアルであったが、硝子が割れる、建物が壊れるから、と職員が決死の覚悟で止めたことによって、何とか収まった。
この騒動のお陰で、アル達があの”鬼火”の一党であること、下手に触れれば火傷じゃ済まないことが知れ渡った。
これにて、ようやく氏族の勧誘攻勢は終焉を迎える――……と思われたのだが、先述の「武を高めよう」という氏族は戦闘狂いの集いだったらしく、彼らの威を大変気に入ってしまい、勧誘はむしろ増えてしまった。
卑怯な手段に訴えてくることもない(というかド直球過ぎるくらい)ので、現在、真っ正面からお断りを入れ続けている状況である。
そんなこんなをしている内に、アルは15歳を迎えてしまうのだった。
* * *
『黄金の荒熊亭』の広くも狭くもない中庭。
新米武芸者用にと用意された些か手狭な数部屋と、乾燥食材やその他消耗品をそれぞれに収めた倉庫扱いの数部屋にぐるりと囲まれたこの場所は、洗濯をするのにうってつけの場所だ。
結局、7日目以降も『荒熊亭』を拠点にしている”鬼火”の一党は宿の主人から許可を貰い、ここで洗濯をしたり、背嚢の中身を整理したり、両手の指で数えられるほどにしか本来の役目を果たしたことのない天幕を干したりしている。
今日は、アルとラウラが洗濯当番の日だ。
下着の類こそ男女で分けているものの、その他は随分前から一緒くたに洗っている。
「やりますよ~」
と、ひと声掛けた朱髪少女は人差し指に嵌っている指輪に魔力を通し、左手をぱっと振るった。
直後、閃いた術式が発動。彼女の五指から水球――圧縮率と投射速度を0に設定された『水衝弾』が5つ出現し、一つの大きな水球に纏まった。
「あいよーぅ」
すかさずアルがそこに洗濯物と洗剤をぶち込むや、風属性魔力でサッと小器用に覆うと同時に『念動術』で浮かせる。
「いきますね~」
「うーい」
気の抜けた声を掛け合い、ラウラが術式に魔力を送り込むと水球の中心で小さな渦が形成され、だんだん大きくなっていく。中の洗濯物も泡混じりの渦に呑まれ、ぐるぐる廻りだした。
これが”鬼火”の一党にとって――組み合わせ次第で使う術が違ったりするものの――見慣れた洗濯風景である。
アルは上機嫌で洗濯渦を回している朱髪少女を見て、
「指輪、かなり熟れてきたね」
と、微笑んだ。
「はいっ、訓練の時は一緒に使ってますから!」
ラウラが嬉しそうに破顔する。
彼女の人差し指で静かに輝く銀の指輪は、魔導列車にてアルが誘い、2人で市内に出向いた先の装飾品工房で見つけて贈ったものだ。
しかも、ただの店売りのものではない。
追加注文で、アルがわざわざ創った独自魔術を刻印してもらい、魔導機構具としての効果まで付与された指輪だ。
最近は専ら”刻印指輪”と呼んでいる。
当初は「髪飾りでも」と考えていたアルであったが――……簡素ながらも一部に蒼く透き通る鉱石が埋め込まれた幅広な意匠が相当気に入ったのか、ラウラが遠慮がちにモジモジと指さしたのだ。
見れば、なるほど確かに、爽やかな印象の綺麗な指輪であった。
ここで黎髪の唐変木、磨きに磨かれた朴念仁っぷりでスリップでも起こしたのか、
「すいません。この指輪、今日前金で半額払っとくので、取り置きしてもらえますか? 明日また来ます。あ、それと追加で彫り物ってできますか? できたら頼みたいんですけど」
と、奇跡を起こす。
『こ、これって逢引? よね?』と、舞い上がっていた朱髪少女には会心の一撃であった。
指輪を前に「ふぅむ? むむむ、これなら……いけるか? 訊いてみよかな」とブツブツ呟く彼の独り言を聞き流した甲斐があったと言うもの。
そして、一旦店を後にし、食べ歩きをしたり、市内を廻りながら一日を終え――……。
翌日、アルが職人に依頼したのが刻印術式の『複写』であった。
少々ややこしいが、術式の複製を生成する術だ。
要は、術を一つ描いてこの『複写』を用いれば、同じ術式を並列展開できる。と、いうある種の新発明にも近しいものである。
最大『複写』数は4。
本当は魔力を流す量によって複製数を変動させようとしていたのだが、複製された術式の劣化を恐れて4に留めた。
術式不全で暴発など、笑い話にもならないどころか、下手をすれば致命傷にも成りかねない。
また、戦闘に用いること前提な為、念入りに術核も弄られており、欺瞞も含んだ意匠となっていたので、職人でさえ刻印魔術であると気付けなかったほどである。
尤も、アルが「これを精確に、このまま。腕の良い人にお願いします」と値切り交渉の類をせず、出し渋ることもなく依頼したので、ある程度察せられるところはあっただろう。
余談だがアルは当初、戦闘資源確保の為に杖剣のような魔力増幅効果の付与を考えたものの、刹那の思考の内に断念した。
というのも、杖剣の仕組みは、未だ何もわかっていないのだ。『釈葉の魔眼』で何度視ても、一時的に失明する。
端的に言って、原理不明の難物なのである。
まだ〈ベルクザウム〉にいた頃に実験した結果――――。
この増幅効果によって増えた魔力は、元の魔力を引き延ばしているわけでも、薄めているわけでもなかった。
塩水に例えるとわかりやすいだろう。
元の魔力を1立方センチメートルの塩水5パーセント、と仮定すると、杖剣を通して生み出されるのは100~500立方センチメートル。そして濃度は同じ5パーセントの塩水なのである。
これはつまり、”無”から”有”を生み出していることに他ならない。
魔力を通貨にして、現実を捻じ曲げる技術が魔術だ。
【魔力を用いて放出魔力を極大化する】という効果は、その法則に則っていない。
ゆえに、その案をとっとと脳内のゴミ箱に叩き込んで、深夜頃まで『複写』の開発に勤しんだのである。
ちなみに、後日取りに行って一党の全員がいる時に指輪を渡し、魔導機構具であると魔術狂いを発動させながら説明したところ――。
凛華とエーラが2人揃って「え? 魔導具にしちゃったの?」と、何とも言えぬ顔。
マルクが「……うん。いや、どうなんだこれ?」と、やはり微妙な顔。
ソーニャが「魔導具なのは良いとして、ラウラ……ゆ、指輪ってまた大胆な……」と、義姉を畏れるような顔になった。
……のだが、当の朱髪少女は嬉色満面で、
「ありがとうございますっ!」
と、弾むような声で喜んでいた。実際、跳び上がるほど嬉しかったのだ。
彼から直接魔術の指導を受け、『蒼火撃』の派生魔術も度々視てもらっている、とは言え、創ってもらった独自は一つもなく。
かと言って、ねだるにはまだまだ勇気が足りず。
己が浅ましさを恥じらいつつ、然りとて抗えぬ複雑な乙女心に身を浸していた末に受け取ったのだ。
彼女の為の独自魔術が刻印された、銀地に蒼が混じった指輪を。
舞い上がらないわけがなかった。
「真言法(真言術式を用いた魔術行使)もコツは掴んでるみたいだし、これなら魔導学院の試験も大丈夫――……なのかなぁ」
そんなの乙女心の機微に一切気付かぬまま、空を見上げたアルが末尾を濁す。
前世では幾度となく経験した試験でも、今世では初めてだ。何が必要なのか、どう出題されるのか、見当もつかない。
「ふふっ、落ちた時はまた受け直せば良いじゃないですか。年齢の制限はないそうですし」
6人が入学を目指している〈ターフェル魔導学院〉は、アルの前世で言うと中学や高校より、大学に近い。
が、やはり近いというだけだ。あまり薹が立ち過ぎると進めなくなる学科も、あるにはあると聞く。
「そりゃ……ま、そうだけどさぁ。落ちたら師匠になんて言われるか……」
今から恐ろしいよ。と、アルはぶるりと身を震わせた。
「恐い方なんですか? お師匠様は」
ラウラが聞き心地の良い声でくすくすと笑う。
聖国の騎士相手にも、十叉大水蛇相手にも、”雪原の王”相手にさえ少しも怯まなかった彼が師を恐がる、というのは可笑しかった。
「恐いっていうか、弟子として不甲斐ないっていうか……あー、まー……でも、うん。恐いや。ずっと説教されそうでさ。既に手紙であれだし」
「意外です」
「もう一人の母さんみたいなもんだ、から――……って、そうじゃん。落ちたら母さんからも色々言われるじゃん。うあぁ~~、どうしよ」
「今から落ちた時のことを考えても仕方ありませんよ? それより、お二方に会ってみたいです。イリスちゃんは会ったんですよね?」
「らしいよ? 手紙に書いてあった」
それはアルが武芸都市に残した、もう一つの置き土産の話だ。
里長たるヴィオレッタに『シルト家の面々をユリウスの墓参りに連れて行ってやってほしい』と、頼んでいた。
どうやらが2月頃に実現したらしい。祖父母や叔父からも長文でお礼の手紙が届いていた。
「魔族の里、ですか。イリスちゃんは何か言われてましたか?」
「ん……うぅん? 特に書いてなかったかなぁ。マルクの話ばっかりしてたんだってさ」
「あはははっ! イリスちゃんらしいですね!」
ラウラが声を上げて品良く笑う。
何を隠そう、アル達と1歳違いの従妹イリスはマルクに助けられて以来、彼にぞっこんなのだ。
「だろ? ま、機会があったらラウラ達も連れて皆で里帰りしてもいいかもね。きっとビックリするよ」
「そんなに珍しいものがあるんですか?」
「うん、道中にね」
琥珀色の瞳に好奇を滲ませた朱髪少女に、アルが悪戯気に微笑む。ラービュラント大森林にある万年樹を見ればたぶん驚くだろうな、と思いながら。
「あー……悪い。邪魔して良いか?」
と、そこへ『紅蓮の疾風』の薙刀遣いのディートフリートが申し訳なさそうな顔でやってきた。
「ディートか、どうかした?」
「こんにちは、ディートさん」
同じ宿に宿泊する同じ新米武芸者として、”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』は良好な関係を築けている。
ちなみに、支部で魔力の暴風を受けても変わらぬ態度で接してくる数少ない武芸者だ。
「うっす。あー、そんでよ……ちょっと折り入って頼みがある」
左頬の傷痕をポリポリ掻きながらディートが言うと、
「金なら貸さないぞ」
すかさず軽い口調でアルが返した。
「や、違えって。そうじゃなくてよ、その……オレらから誘うってのもどうかと思うんだけどよ――……合同依頼、請けてくんねえか?」
「合同依頼、ですか?」
少々真面目な口調でそう言った彼にラウラが訊ね返す。
「おう。昨日張り出された依頼に、等級が六以上、人数が四~十名以下ってのがあってよ。どっかの村に行く護衛なんだ」
「十名以下……ってなると、予算の問題かな」
「そんなとこじゃねえかと思う。けどオレら、実はあんまそういう護衛依頼って請けたことなくてよ。ちょっと前に請けたのだって、大規模な隊商の護衛だったから何十人もいて……結局、何もやってねえんだ」
このディートフリートという青年は、普段もっとハッキリとモノを言う。
「ふむ……」
ゆえにアルは腕を組んで左眼を瞑り、彼の真意を見透かすように右眼を向けた。
「で、さ……依頼の護衛対象は二人らしくてよ、人が少ないと……その、盗賊連中なんかも出てきたりすんだろ? そういう時でも、ちゃんと動けるかって――」
「ちゃんと……? なぁ、ディート」
彼が意識していることを察したアルが遮り、ラウラも察して黙する。
「なんだ?」
「人を殺したことは?」
端的に過ぎる質問。アルは剛速球で新たな友人頭目に投げつけた。
武芸者の等級自体は、別に人を殺さずとも上げられる。
だが、功績で比較すると同じ”退治”でも、魔獣討伐より賊討伐の方が上に評価されることの方が多いし、推奨等級も高い。
それは悪意の有無――苦しめられた人数も、苦しんでいる人数も桁が違うからだ。
「…………いっぺんもねえ。けど、そういうのって必要だろ?」
「何が?」
必要なんだ? と、アルが淡々と問う。
「覚悟とか……慣れ、とかさ」
ディートは重苦しく張り詰めた空気を感じ取りつつ応えた。
今より上を目指すなら――『黒鉄の旋風』みたいな武芸者一党になりたいなら、避けては通れない。そう考えて、最近ずっと悩んでいる。
「……覚悟は要る。でも、俺は慣れたことなんてない。慣れるつもりもない。何時だって『人殺しなんて反吐が出る』と思いながら斬ってるよ」
”鬼火”のある種、吐露めいた告白はディートに衝撃を、ラウラに理解を与えた。
前者は彼らに人殺しの経験があることを、後者はそれでも前に進み続けると決めた彼の覚悟を。
「……やっぱ、止めといた方がいいのかね? レイチェルだって、嫌なのはオレと変わんねえだろうし」
俯くディートに、アルはゆるゆると首を横に振った。
「いや、そういうことは仲間と決めるべきだと思う。俺も、話し合って決めたから、今ここにいる」
何も奪わせない戦いをする。かつて自分達で決めたことだ。当時はラウラとソーニャの立場も少し違ったが、その場にいて、同じ思いだから今も一緒にいる。
「そりゃあそうだよな。先にレイチェルと相談すべきだった」
ハッとしたディートは、次いで深く頷いた。彼の仲間は彼女だ。焦って先走り過ぎたせいで見落としていた。
「うん。それでも依頼を請けるってんなら、夕飯の時にでもまた相談に来てくれ」
「ああ、わかったぜ。ありがとな、アルクス」
直ぐに踵を返した友人の背を――……。
「……ディート」
アルは迷いながら呼び止めた。
「ん? どうした?」
「……人を殺すことについてだけど、俺の兄貴みたいな人はこう言ってた。『覚悟はしとけ、決めたら迷うな。けど絶対に慣れたりもするな。人が人を殺していいなんて道理、否定し続けろ。じゃなきゃ其奴は人じゃない』って」
「否定し続けなきゃ、人じゃない……そうだな。オレもそう思う。ありがとよ、その兄貴みてえな人に会ったら、礼でも言っといてくれ」
「ああ。言っとくよ」
「じゃな」
「うん」
そう言うと、どこかサッパリしたような顔でディートは今度こそ去って行った。先程浮かんでいた憂いの色も、幾分か取り除かれていた。
「さっきの『慣れるな』って……前世のアルさんが言ったこと、ですよね?」
「うん。悩んでた時にそう言われた」
魔族組の4人は並の人間相手なら圧倒できるほど強い。
鍛錬の成果でもあり、種族特性でもある。必死なあまり相手の命にまで意識を割けないラウラやソーニャとは違う。
だからこそ血に――殺戮に酔わぬよう、命を軽んじるようにならぬように、アルは常に意識しているのだ。
「それ、皆さんにも伝えておくべきだと思いますよ」
「え……そう、かな?」
「はい。アルさん達が人殺しを楽しんでないのは、私達がよく知ってます。他の皆さんも重々わかってることだと思います。でも、大事だからこそ、ちゃんと共有しておくべきだと思うんです。言葉として」
いつか、はぐれたりしないように。ラウラはどこか祈るような、然れど強い意思を乗せて琥珀の瞳を黎髪の青年に向けた。
「…………そっか。そうだね。じゃあ夕飯の時にでも皆と話そうか」
やがてアルは頷き、ニコリと微笑む。
「はい」
ラウラは真剣な表情をしている彼も好きだが、こうして優しく、年相応に力の抜けた表情をしている彼も好きだ。
「さってと、洗濯物乾かして戻ろっか」
「はいっ」
すっかりいつもの調子に戻ったアルに、朱髪少女は花開くような笑みを向けるのだった。
* * *
その数時間後のこと。
夕食を摂っている”鬼火”の一党の下へやってきた『紅蓮の疾風』は話し合いの末、合同依頼を請けることになるのだった。
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