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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ肆 山岳都市ベルクザウム編

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109/223

10話 轟く勇名、昇級する一党((虹耀暦1287年2月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。(編集済み)


楽しんで頂ければありがたい限りです。


 現在、”鬼火”の一党は山岳警備隊のバール隊長本人の先導の下、宿の食堂から広場の方へと向かっているところだ。


 その理由は至極明快。


 防壁付近の土木や瓦礫の撤去及び除雪作業に当たっていた最中(さなか)、彼らの討伐した”雪原の王”という異名で知られる氷大狼――高位魔獣〈羅漂雪(らひょうせつ)〉の首が見つかったからである。


 また、砦にいた兵士のなかにも幸い死者は出なかったそうだ。


 雪崩が起きた時間が既に夕刻であったこと。


 捜索対象発見により再度の出撃をしなかったこと。


 更に、どこかから響いてくる戦闘音を警戒して一度帰投していた者が多かったこと。


 それら複合的な要素と砦自体の堅牢さのおかげで事なきを得たのだという。


 道すがらバール隊長にそのような話を聞かせてもらいつつ、一党が広場に到着すると何やら人だかりができていた。


 その奥には、首元をスッパリ断ち斬られた大狼の生首が鎮座している。ちっとも隠れていない。


「半分くらい焦げてんな」


「売れるのかな、あんななっちゃって。()して丈夫っぽくもなさそうだし」


 アルクスとマルクガルムが売却前提で意見を交わす。正直なことを言って、貰ったところで邪魔以外の何物でもあるまい。


「毛皮があったかかったりするんじゃないの?」


「ね。それかぁ~、骨が魔力通しやすいとか? あ、でも武器には向いてないっぽいよね」


 凛華とシルフィエーラの発言も完全に売る側のそれだ。


 どうせなら胴体の方が見つかればよかったのに、とすら思っているのがありありと伝わってくる。


「やはり邪魔かね?」


 振り返ったバール隊長が可笑しそうに熊のような体躯を揺する。高位魔獣を討伐したのであれば、普通ならもっと誇るものだ。


 しかし、彼ら6名はみな一様に渋ぅ~い顔をしている。


 いい加減しつこい! とでも言いたげだ。


「えぇと、その……はい。そうですね」


 ラウラの反応は特に顕著であった。


 散々苦しい戦いをしてやっと倒したかと思えば、更に大変な思いをさせられたのだ。歯に衣着せず申すのであれば、もう二度と見たくない。


「はははっ! そうだろうな。私も見つかったと聞いた時は苦い気分だったよ」


 人の好い熊のような帝国軍人は更に身体を揺すって一頻り笑うと、「すまんが通してくれ」などと言いながら人垣を分けていく。


 一党もその後ろに続いた。


「お、おい、マジかよ。あんな若い武芸者が……?」


「……あれが”鬼火”か」


「雪崩ん時も先頭にいたよね」


 時折、そういったざわめきが耳に入ってくるのを無視して進む。


 〈羅漂雪〉の生首――否、生焼け首に辿り着くと、そこには武芸者協会の職員と兵士達がいた。


「ああ、お疲れさまです。依頼の達成、及び詳細な内容報告も既に受理中ですよ」


 協会職員がアル達を確認するや、そう述べる。よく見てみると捜索依頼の受付処理を行ってくれた男性職員だ。


 アルはきょとんとして、赤褐色の瞳をぱちぱち。次いで、隣のマルクを見た。


「俺が寝てる間に報告してくれたの?」


「んにゃ、してねえぞ?」


 ところが、人狼族の一党仲間も不思議そうな顔をしている。


「「?」」


 二人して首を傾げると、直ぐに職員がこう説明した。


「いえ、依頼者であるそちらの隊長さんから達成報告と詳細を聞いたんですよ」


 依頼者側から達成報告を入れるというのは案外ない話ではない。特に行政関係や公的機関からの依頼はそういった報告形式を取ることが多かったりする。


「ああ、なるほど。バール隊長が報告してくれてたんですね」


「うむ。流石にあの規模の雪崩だからな。伯爵閣下へ報告するついでに済ませておいた」


「ありがとうございます」


 軽く頭を下げるアルに対して、バール隊長が何でもないことのように手を振る。


 そこで協会職員が本題に入った。


「それで〈羅漂雪〉の首ですが、どう致しますか?」


 要は解体した後の処遇について訊ねているのだ。


 通常の場合、素材が欲しければ達成報酬から解体作業賃を差し引かれる。


 売却ないしは競売に掛ける場合、仲介手数料と解体作業賃を差し引かれて後日代金を受け取ることになる。


「なんかいるとこある?」


 アルは仲間達の方へ顔を振り向かせた。


「あたしはないわ」


「ボクもないかな」


「俺もいらねえ」


 即答する魔族組に、


「私もいらないです」


「うん、私も必要ないな」


 一拍置いて返答を寄越す人間組。


 やっぱりもう見たくない。


 5名が5名ともそんな表情をしている。


 かつて〈刃鱗土竜〉と戦り合った後も似たような気持ちになった、と回顧しつつアルは職員の方へ向き直った。


「じゃあ牙をひと欠け下さい。大きさは掌くらいで」


「わかりました。残りは売却ですね? 高位魔獣なら競売になる可能性もありますので、そこそこ良い値段になりますよ」


 職員が淀みなく応じながらにっこりと笑う。が、一党の面々は揃って疑問符を浮かべる。


「使いどころは少なそうですけど……売れるんですか?」


 ラウラが仲間を代表して疑問を呈した。


 特に魔族組が激しく同意するように何度も首を頷かせる。


 食いでもなさそうだし、同じ高位魔獣〈刃鱗土竜〉に較べて毛皮もあまり固くないし、武器の素材になるとも思えない。


 せいぜい、あの体躯を支え、柔軟な動きを実現してみせた骨を使えば(しな)りの良い骨弓が拵えられそうな程度だろう。


 しかし、男性職員は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。


「素材を取る目的()()でも珍重されるんですよ。高位魔獣であるという一点だけで、価値が跳ね上がります。確かに毛皮の半分ほどは焼けていますが、残りは残っていますし、骨も炭化しているわけではありません。かなり良い値になるはずですよ」


(……知名度(ネームバリュー)ってやつ?)


 アルは心中で呟いてみるも、やはり全然惜しくもない。


(骨格標本でも作るのかな? 剥製……は難しいか)


 どちらにせよ、きっと考え方が違うのだろうと納得することにした。


 ちなみにだが、協会としても売却代金の値段によって手数料が変動するので高位魔獣の仲介は良い儲けになるのだ。


「えぇと、一応納得です。もし胴体が出てきた場合も売却にしときます」


 先んじて伝えておくのも忘れない。


「承知いたしました。牙ひと欠けの方は急ぎますか?」


 男性職員は若手相手にも関わらず、矢鱈と丁寧に問うた。


 なにせたった6名で高位魔獣を討伐し、雪崩から都市を救った新進気鋭の若手一党だ。対応もそれ相応になるというもの。


「ある程度、早めが良いです」


「わかりました。解体部門の方へ伝えておきます。掌大ということでしたら……そうですね。午後三時過ぎには受け取れるかと思います」


「あ、はい。じゃあそのくらいに支部に顔出します」


 アルは職員とそんなやり取りを交わし、バール隊長と親しみを感じさせる挨拶を送り合って踵を返した。


 周囲の者達はまだざわついている。


 ――あれが”鬼火”の一党……。この恐ろしげな狼の大型魔獣を狩った若手武芸者達。


「…………」


 不躾(ぶしつけ)な視線や漏れ聞こえる声が何とも煙たい。


 アルだけでなく一党の誰ともなしに足を早めた。


 しかし、ソーニャが何かに気付いて「あっ」と声を上げた。面々が騎士少女の視線の先を追うと――。


「レオナール殿?」


 見物人の最前列に、獅子の(たてがみ)を彷彿とさせる茶褐色髪の如何にも武闘派な中年男性――個人三等級武芸者レオナールがいた。


 8歳くらいの子供の手を握っている。


「やはりコイツを斃したのは君らだったか」


 悠然と声を掛けてくる先達に、


「え、ええ……そうです。その、レオナールさんはどうしたんです?」


 と、アルは周囲から刺さる視線と彼個人への苦手意識から居心地も悪そうに訊ねた。


「見物だ」


 端的に過ぎた回答。


 ――んなもん見りゃわかる。


 途端、アルやエーラがわかりやすく渋い表情になった。


 レオナールも言葉が足らないと気付いたようで、


「なに、高位魔獣が斃されたと聞いて居ても立っても居られず、上の子供と見に来た次第でな。私の読み通りだったらしい。ああ、そうだ。昨日も見事だったぞ、おかげで妻も子供達もこの通り無事だ」


 ――いや、防衛には貴方だって参加していただろう。


 ツッコんで良いものかどうか、とソーニャが迷う。マルクや凛華など思いきり胡乱な目を向けていた。


 悪い人間、いや四半獣人だとは思っちゃいない。が、どうにも絡みにくい。


「や、ええと、まあ……成り行きで」


 アルは何とか無難な言葉を絞り出すことに成功した。この先達からは欠片ほどの悪意も感じられない。その分、反応に困るのだ。


 尚、上の子供と紹介された男の子は、半分ほど焦げた氷大狼の迫力に吞まれて黙りこくっている。


 父親にいきなり手を引かれて連れられてきたかと思えば、血走らせた眼をかっ開いて息絶える高位魔獣の生首を見せられたのだ。


 幾ら武芸者に憧れていたとしても、怖気付いて当然である。


 ラウラやソーニャは同情を禁じ得ない。精神的外傷(トラウマ)にならぬことを願うばかりだ。


「……よくあたし達だってわかったわね?」


 困り顔の頭目の代わりに凛華が訊ねると、レオナールは意に介した風もなくしたり顔で頷いた。


「ここにいる武芸者の数はそう多くない。高位魔獣を撃破可能な実力を持っている者などそうそういないし、何より支部に駆け込んできたのはそこの”狼騎士”君だ。関係ないと考える者の方が少なかろう」


「あー……なるほど」


 言われてみりゃ確かにそうか、とマルクが納得する。


 そんな彼らを見ていたレオナールは「好機!」とばかりに踏み込んだ。


「ところで”鬼火”の。君らはこれから時間があったりしないかね? あの高位魔獣〈羅漂雪〉がどんな魔獣だったのか、教えて欲しいんだ。何せ、昔からここの山にもいるだろうと噂されていたものだから、ずっと気になってて。無論、そちらの手管を聞くような真似はしないし、こちらの奢りだ。どうだろうか?」


「はぃ……?」


 予期していなかった誘いにアルがポカンとする。誘う(ぶっこむ)呼吸(タイミング)が不意討ちのそれだ。


 が、当のレオナールにその気はないらしく、よくよく見てみると特徴的な丸みを帯びた菱形の瞳孔が浮かぶ眼は少年のようにキラキラと輝いていた。


「あっ……? えー、あー……っと」


 アルが思わず仲間達に視線を送ってみるものの、人狼族の青年は「別にいんじゃね?」と言いたげで、女性陣は完全に頭目任せにするつもりのようだ。


「それなら……えと、はい。今日は休みの予定ですし、構いません」


「そうか! 礼を言う! 良かったな、ナタン! 父さん以外で武芸者の話なんて聞いたことなかったろう?」


「う、うん」


 と、息子より意気揚々(うきうき)とはしゃぐレオナールに連れられ、”鬼火”の一党は”羅漂雪”の話をしに行くことになってしまった。


 ――妙なことになったなぁ。


 と、6人がなんとも言えない面持ちのなか、夜天翡翠だけは食後の運動とばかりに空の散歩を楽しんでいる。


 実に気楽そうで自由な翔び様であった。



 ~・~・~・~



 午後4時過ぎ。本格的な夕刻に差し掛かる少し手前。


 ”鬼火”の一党は先輩武芸者(レオナール)と別れたその足で協会支部の建物にやってきていた。


 と、いっても受付にいるのはアルだけで、他の仲間達は訓練場だ。


 この都市を拠点としている先達が連れて行った先はこぢんまりとしながらも洒落た喫茶店。


 そこで数時間に渡って〈羅漂雪〉の生態を語ることになった。


 軍隊ほど上下はないが、人生経験も等級もあちらが上。そのうえ、ロクに長話などしたこともない。


 それでも案外疲労が少ないのは、レオナールという四半獣人が人格者(マトモ)であったからだ。


 息子の手を引く彼は武芸者の御法度――こちらの手の内を訊ねるような真似を本当に一切しなかった。


 氷大狼の使った魔法や特徴を聞いたかと思えば、年季の入った黒革の手帳――仕事用の覚え書き(メモ)を重ねたものだろう――と情報を見比べて質問したり、何かを書き込んでいったりと良い意味で真面目で熱心なのが見て取れる。


 また、「ここのオススメは焼き菓子だ」というので頼んでみたところ、耳長娘の好む素朴ながらいつまでも食べられる味であった。


 彼女が美味しそうにニコニコと頬張っていたのをちゃんと見ていて、お土産として持ち帰り分まで奢ってくれた。


 気遣いのできる紳士な大人というやつだ。


 そのような時間を過ごしたおかげか、独特な雰囲気ながら話してみると親切で気さくな武芸者、というのが彼に対する共通認識となるのであった。




 そして現在。


 柔らかな色合いの見た目に反し、重そうなゴト……ッという音が買取口の卓に響く。表面を多少削っただけの〈羅漂雪〉の牙だ。


「このくらいでいいかい? ”鬼火”の」


「ええ、十分です。っていうかその呼び方、広まってるんですか?」


 掌大の白い牙を受け取ったアルは解体作業担当者へ微妙な顔を向けた。


「おっと、気に入ってなかったのかい? すまんねぇ。レオナールの旦那がそう呼んでるもんだからつい」


「いえ、そういうわけじゃ。ただ、その呼び方で声を掛けてくる武芸者が矢鱈と増えてきた気がして」


 嫌がっているわけじゃあない。そんな意思を乗せて首を横に振ると、


「はははっ、そりゃ仕方ないさ。昨日は結構な人数が見てたからね」


 中年職員が快活に笑う。


 あの()()に登っていた”鬼火”らとその真下で冰壁を張っていた鬼の少女。


 高いところに登っていた者達は雪崩を熔かしていく蒼炎も見ている。目立たないわけがない。


「……ですよね」


 アルは諦めたように肩を落とした。


「まぁ実力のある一党には付きもんさ。避けて回るよか慣れとくべきだねぇ」


「慣れ、ますかね?」


「今の調子で活動するんなら慣れた方が早いよ、きっと。あ、それより報酬の準備も出来てるそうだからあっちの窓口も行くんだよ」


「もうですか? わかりました」


 含蓄のある中年職員との会話を終えたアルが通常の窓口へと向かうべく振り向くと、マルクがいた。


「あれ? 訓練場に行ってんじゃなかった?」


「俺はそこまで菓子食ってねーから良いんだよ。それに、どーせお前の疲労が抜けてねえんだ。明日も休みだろ? 稽古はそん時にするさ」


「やっぱわかる?」


 伊達につるんでいない幼馴染にはお見通しだったらしい。


「まーな。んで、牙なんざどうすんだよ? 剣なら三本も持ってんだろ?」


 刃尾刀に龍牙刀、ユリウス()大型短剣(形見)。充分に立派な三振りだ。


 それに加え、アルはその三振りと龍鱗布以外の外部装備にはあまり頼らないし、魔導具を作る専門技術(ノウハウ)もない。


 道具より魔術を多用する親友がどうして〈羅漂雪〉の牙を欲したのか、マルクは疑問に思っていたらしい。


「んぁ? ああ、師匠ってか小町さんに送るんだよ。凛華の髪留め作ってもらおうと思ってさ」


 アルは何の気なしに答える。


 昨日壊れた白い髪飾りはもう随分と昔に彼女へ贈ったもの。


 朝食を摂っていた際になんとなく違和感に気付き、『どうしようか?』と考えていたところでバール隊長が報せを持って来た。渡りに船(こいつはラッキー)、と思ったものだ。


「あぁ、そういうこと。割れたっつってたもんな」


 マルクは手をポンと打った。


 鬼娘の魔力に耐え切れず割れたそうだし、高位魔獣の素材なら問題なかろうとアルも考えたのだろう。


「そ、新しいの贈るって言っちゃったし、『蒼炎羽織』の添削ついでに頼もうと思ってさ。こんだけあればたぶん足りるだろ? どんなのが良いか、凛華に希望聞いてくる」


 そう言って訓練場の方へ行こうとする友をマルクがはっしと止めた。


(……どうしてこう、的には当てるくせに中心からは外すんだ?)


「やめとけ」


「なんでさ? 使い勝手が良い形ってあるだろ? よく知らないけどさ」


 女性の事は女性に聞くのが一番。アルがそう言うと、人狼族の気遣い屋はため息をついた。


「はぁぁ~…………まぁ、なんだ。良いから黙っとけって。たぶん文句言わねえから」


 あのさっぱりし過ぎている鬼娘の性格からして、先に訊いておくより現物(モノ)をパッと渡した方が絶対に喜ぶ。


 尤も、貰う相手がこの朴念仁(アルクス)の場合限定だが。


「そんなもん? ま、気に入らなそうだったら買いに行こっかな」


「小町さんに頼むんだろ? 大丈夫だって」


 呑気な幼馴染にマルクはやれやれと息をついた。


「あ、そだ。もう報酬貰えるんだってさ。行こうぜー」


 懐に牙をほいっと入れたアルが受付へ向かう。


「もう? 早えな。バール隊長が先に報告してくれたっつってたけど精査終わったのか?」


「らしいよ? 解体のおっちゃんが言ってた」


 基本的には依頼を請け、依頼票を貰ってから仕事。


 その後、依頼人から署名を貰い、帰ってきて報告。


 そこから報告内容と依頼内容の精査があって報酬の受け取りだ。


 ついでに言えば依頼の難度が高くなればなるほど、期間が長くなればなるほど、精査に掛かる時間も増える。


 そこだけは機械化できない作業だからだ。


 2人が驚いているのは、解体作業と依頼の精査完了の進捗が予想よりも早かったからである。


 ここの領主も除雪作業の依頼を出しているであろうし、何より軍人らは昨日の夜から交代でずっと動きっぱなしだ。


 ――バール隊長は一体いつ報告したんだろう?


 そう考えずにはいられない。


「すいません、報酬の受け取りが可能って聞いたんですけど」


 アルは狐に抓まれたような気分で依頼票を提出した。


「こちらに。えー、はい。受取可能です……っとお待ちください。他の方はどちらにいらっしゃいますか?」


 男性職員は依頼票をサッと確認(チェック)。すかさず顔を上げた。


「訓練場の方です…………?」


「あなた方は今回で昇級し、四等級の一党となります。おめでとうございます。そういうわけでして全員分の認識票をお願い致します。それとラウラさんとソーニャさんに関しましては、個人等級も五等級の方に昇級となりますのでお伝え下さい」


 困惑頻りの若手武芸者に対し、職員の返答は淀みない。


「え? もう昇級、ですか?」


 アルが眼を白黒させ、同じく隣にいたマルクも眼を丸くする。


 ――この間、昇級し(上がら)なかったっけか?


「はい。元々積み上げてこられた実績、更に今回の人命救助及び高位魔獣討伐。そして雪崩への対処を加味しての評価です。認識票の更新には多少の時間が掛かりますので、依頼を請ける予定がありましたらお早めに。それと……私個人からも最大の感謝を」


 淡泊ながら丁寧にお辞儀する職員に、どう返せばいいのかわからないといった風情のアルは、


「あ、いえ。じゃなくて、とりあえず仲間を呼んできます」


 と、言って踵を返した。


「はい。お待ちしております」


 と、やはり丁寧な声が背中に届く。


「なんつーか……やり辛え。感謝されることをしたんだろうけど、誰も彼もから言われるんじゃな」


 隣に追いついたマルクが天井を見上げながらボヤく。


 ――今日だけで二ヶ月分の礼は言われた気がする。


 宿の主人夫妻、従業員、宿泊客、軍人、喫茶店の店主。すれ違う住民からもだ。


「周りが自分達の顔まで知ってるのだって変な気分だよ」


 妙な気疲れを起こしそうだ、とアルが呟くと、


「それもだな。”狼騎士”、”狼騎士”呼ばれるのもソワつく。お前の気持ちがわかったよ」


 マルクも少しばかり辟易した顔になった。ここまで二つ名で呼ばれたのは初めての経験だ。


「だろ? 『慣れた方がいい』っておっちゃんから言われたけど慣れる気しないよ」


「……も少ししたらちったぁ落ち着くだろ」


「だといいけどね」


 アルとマルクは希望的観測に縋りつつ、お菓子を食べ過ぎて絶賛運動中の女性陣のところへ向かうのだった。



 * * *



 仲間の女性陣に事情を話して認識票を預けた数日後。


 すべてが銅で出来た認識票が4つ。黒鉄の基礎に銅のガワで拵えられた認識票2つ。


 四等級の一党を示す認識票を”鬼火”の一党は受け取ることになった。異例の昇級速度である。


 この間にアルの身体の芯に残っていた疲労も抜け、夜天翡翠も武芸都市〈ウィルデリッタルト〉にあるシルト家の屋敷へと旅立った。


 使い魔の帰りを待って新たな都市へ旅立とう(向かおう)


 暇な間に一党会議を開いてそのような結論に達していた一党の面々であったが、誤算があった。


 それも大誤算だ。


 ”鬼火”の一党は彼らの想像以上に〈ベルクザウム〉の領民や兵士達、そして武芸者達から英雄視されてしまっていたのである。


 大災害を防いでみせたのだから当然といえば当然。


 しかし、アル達からすれば何ともやりにくい。


 道を歩けば親し気に声を掛けられ、店に入れば客に何かしら奢られ、店から心付けや感謝(サービス)で何品か出され、仕事や訓練をしようかと支部へ入れば等級の上下に関係なく矢鱈と挨拶される。


 一党の面々がそれに気分を良くし、鼻っ柱を図太くしたかと言えば――……。


 答えは否だった。


 図太いのは肝で充分。余計な自尊心は油断に繋がる。


 と、いうわけで挨拶にはしっかりと挨拶を返し、感謝の印(サービス)には無理矢理に代金を払い、同業者達へも不興を買わぬよう謙虚さを忘れない。


 むしろ足元を掬われるのを警戒して、そんな対応を徹底する。


 ところが、更に誤算があった。


 羨む程の実力を持っていながら謙虚で鍛錬を怠らない若手一党として、余計に威光を高めてしまったのである。


 いまやアル達とほぼ同期の新人武芸者達からは羨望の的だ。


 ――……何がどうしてこうなった?


 渋い顔を隠しもせず頭を抱える頭目と同じく、仲間達も味わったことのない気疲れを感じる日々。


翡翠(ひすぅぅぅい)っ! 勝手だけど早く戻ってきてくれぇ~!」


 ほとほと参ったアルの三ツ足鴉(使い魔)を呼ぶ情けない声が日に日に増していく。




 そんな日々が1週間と少し続いた3月初旬。


 〈ベルクザウム〉に舞い戻ってきた夜天翡翠に大喜びし、翌朝逃げるように山岳都市駅発の魔導列車に飛び乗る”鬼火”の一党であった。

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