8話 氷大狼の遺した災厄(虹耀暦1287年2月:アルクス14歳)
2023/10/10 連載開始致しました。(編集済み)
なにとぞよろしくお願い致します。
”鬼火”の一党と山岳警備隊のバール隊長他10名――総計17名は現在、『陸舟』に乗って雪に白く覆われた斜面を猛スピードで滑降中だ。
否、逃走中だ。
雪原の王の異名を取る高位魔獣〈羅漂雪〉が絶命時に発した、音無き咆哮と魔法によって引き起こされた大雪崩から。
彼らがいたのは標高960m付近。この山の標高は1,780mほど。
山頂付近から崩れた雪が大波になっているのが見えた時点で『陸舟』に乗ったので未だ呑まれてはいない。
が、迫りくる雪崩との距離は着実に縮まってきていた。
それも当然。山頂付近になればなるほど傾斜が強く、元々足の速い雪崩が加速するには充分過ぎたのだ。
時速で言えば50km以上。
たった数秒でそこまでの速度をつけた雪崩は勢いを落とすこともなく、逆に規模を大きくしながらどんどんと加速していた。
雪山でそんな移動速度を実現できるのは、それこそ〈羅漂雪〉くらいのものだ。
二足歩行の人種には当たり前だが難しい。
「マズいぞ! 距離が――」
縮まってきている。
『陸舟』を維持したまま蒼い爆炎を後方斜め上方向へ噴き出している”灰髪”の青年へ、バール隊長が焦れたような声を投げ掛けた。
予断を許さないとはこのことだ。
「砦は大丈夫なんですか!?」
アルも周囲の音に呑まれぬよう叫び返す。
時速で比較するなら、まだ辛うじて『陸舟』の方が上。しかし、既に時速100km以上は出ているはずだ。
それでも後方から迫る雪崩の圧力は止むどころか、増してさえいた。
ゴゴゴゴ……ッ! と、耳朶を揺さぶり続ける地響きが焦燥感を煽る。
「砦は問題ない! 昔雪崩の被害を受けたからあそこに建てられたのだ!」
かつて山に造られていた要所が雪害の被害にあって人々が生き埋めになった。
今の砦が登山道から少し外れ、更に切り立った場所に建設されているのはその被害を極限まで減らす為である。
「しかし隊長、誰かに報せなければ――」
砦の門も閉じられないではないか。
兵士の言葉にバール隊長が苦しい表情を浮べる。
確かにそうだ。立地のおかげで被害こそ少なくて済むだろう。
門とて斜面側を向いていない。荒れやすい山の天候を観測している者達だっているはずだ。それでも不安は残る。
――……だが、この状況でどうやって伝える?
バール隊長は思案に暮れた。
「少々乱暴ですが、砦が見えたら速度を落とします! どなたか降りて走って下さい!」
その時、アルが斜面に当たらぬよう蒼炎をぶっ放しながら叫んだ。
と、いうよりそれくらいしか手がなかった。打つ手を考える暇もない。この速度では砦などあっという間に辿り着いてしまう。
弾かれたように顔を上げたバール隊長は心中で感謝しつつ、
「了解した! 最後尾の二名、頼んでも良いか!? 砦への警告と閉門指示だ!」
直ぐ様後方の兵士達へ命令を下した。
「お任せを!」
「了解致しました!」
兵士2名が揺れる『陸舟』の上でも尚、背筋をビッと正して確固たる意思を見せる。
「わかりました! ――もうすぐです、準備を! 凛華はそのままでいい! こっちで何とかする!」
バール隊長の視線を受けたアルも手早く指示を出していく。
「わかったわ!」
凛華が視線を前方に固定したまま返事を投げ返す。
「マルク! 二人を降ろしたら急加速する! 誰も落ちないように見といてくれ!」
「おう、最初っからそのつもりだ!」
重量による加速より魔力の温存、と人間態に戻っていたマルクガルムがゆらりと【人狼化】した。
「アル! 見えてきたよ!」
そこでシルフィエーラが鮮緑に目を輝かせて叫ぶ。
直後、砦の頑丈そうな灰色の防壁が視界に飛び込んできた。
「全員、どこかに掴まれ! ふんっ、ぐぐ、ぐ……ッ!」
耐衝撃姿勢を執らせたアルが『陸舟』の術式を握り込み、サイドブレーキを引くようにグイッと引っ張る。
すると船底に数本の太い杭がじゃきっと生え、雪面に細い跡を残しながら急減速し始めた。
ザッ、ザッ、ザアアァァ――――ッ!
船尾で盛大に雪煙が上がる。
「今です!」
体感で時速15km程度まで落ちた、ところでアルが叫んだ。
速度計など当然ない。シートベルトも、命綱も。
「助かる!」
「感謝する!」
それでも兵士2名は勇敢にも雪面へ飛び出してゴロゴロと転がり、勢いを利用して立ち上がってみせた。
軍人として普段から鍛えている者だからこそできる芸当だ。
「こちらはお任せを!」
「麓を頼みます!」
後ろも見ずに駆け出しながら激励まで寄越してくる。その声は使命感に燃えていた。
「ああ! そちらも頼んだぞ!」
バール隊長も姿勢を低くしたまま叫ぶ。
次いで舟底の杭がジャキンと引っ込み、舟上で特大の蒼炎が爆発した。
急加速のGに襲われながらマルクが警告を発する。
「ぐっ……う! 落ちんなよ!!」
アルは緋色の眼光を輝かせて蒼炎を噴射し続け、すぐに最高速にまで引き上げた。完全に停止しなかった分だけ加速もまだ容易な方だ。
だが、ほんの少しスピードを緩めただけだというのに、雪崩との距離は明らかに近くなっていた。先程の半分もない。
「ち……っ!」
アルは舌打ちを一つ。追いつかれまいと更に蒼炎を噴射。
蒼い光と雪煙を靡かせた『陸舟』が雪面を跳ねるように疾走る。
「〈ベルクザウム〉まで降りてくるんでしょうか!?」
ラウラが轟々と煩い風切り音に負けぬよう大声で訊ねれば、
「あの規模なら間違いなくな!」
バール隊長は即座に叫び返した。
「……都市まで降りるしかない」
それを耳にしたアルが吐息混じりに低く呟く。
これが単なる魔獣の襲撃や雪崩の進行方向が都市から外れていれば、早々に『陸舟』の軌道を変えていたところだ。
しかし、状況がそれを許さない。
このまま都市の誰に報せることもなく逃げてしまえば、山岳都市〈ベルクザウム〉は雪に埋もれてしまう。
何も知らぬ人々が生き埋めになってしまう。
バール隊長と兵士達が険しい顔で乗っているのもそれが理由だ。
その時、ソーニャが萌黄色の瞳を頭目に向けた。次いで質問が飛ぶ。
「策はあるのか!?」
蒼炎を逐次噴射していたアルは――。
思わず固まった。
(あの雪崩をどうにかする策…………? あれを? あんな規模を? 人の手で何とかなるのか?)
言ってしまえば雪の津波だ。衝撃も重量も並ではない。
生半可な壁を立てようものなら、波を高くしてしまう。
かと言って熔かすにはアルの魔力でも足りないし、何より時間がない。
すでに麓は見えてきたが、雪崩だってかなり近い。すぐに麓へ到達するだろう。
対策を実行する時間すらロクにないではないか。
「何かする気か!? 私達は駐留している軍と領軍へ報せに走る! 住民の避難を行わなければ!」
バール隊長が叫んだ。
そうでもしなければ大量の人死にが出るだろうことは想像に難くない。帝国軍人として看過できない事態だ。
「…………」
アルは瞳に雪崩を映したまま沈黙。ひたすら思考する。
――……自分達だけなら、何とかできる。
が、それは失われる大勢の命を見過ごすことと同義だ。
――それで良い、はずがない。諦めて良い道理にはならない。
ゆえに押し寄せる白い絶望を真っ直ぐに見据え、圧し潰されそうな不安に蓋をして、敢えて決意を口にした。
「……わかりました。時間稼ぎはこっちでやります」
「時間稼ぎだとっ!? 君達は〈羅漂雪〉と戦闘したばかりだろう!」
そんなことまで依頼には含めていない。
部下を救い、ついさっきまで激闘を繰り広げていた若い恩人らが雪崩にも対処しようなど、バール隊長からすれば到底見過ごせることではない。
むしろ麓に着いたら自分達を降ろして真っ先に逃げて欲しかった。
この『陸舟』と呼ばれているソリなら雪崩から何とか逃げ果せることも、やり過ごすことも可能なはずで――。
如何な高位魔獣を討ち斃した実力者とて、あの規模の雪崩に対抗する術などあるはずがないのだから。
「ここまできて投げ出すつもりはありません。半分くらいこっちの責任です」
だが、アルはキッパリと言い切った。
「そんなわけが…………っ!?」
ない。断言できる。責任が帰結するとすれば、間違いなく〈羅漂雪〉だ。
高い知能を持つ高位魔獣だからこそ、死を悟ってあんな真似をしたのだ。
そうでなければ、すぐ近くに伏せた自分達が無事でいるはずがない。
と、口にし掛けたバール隊長だったが、射竦められたように口を噤む。
強い緋色の眼光に呑まれかけたのだ。
この青年は自分が何をどう言ったところで、きっと止まらない。そう確信した。
「ふぅ――――……そう、時間稼ぎ。それならまだ何とかなるはずだ」
己へ言い聞かせるような口ぶりのアルに、仲間達の覚悟も固まる。
ここまで来たら一蓮托生だ。今更自分だけ降りるなど選択肢にはない。
「何するつもり!?」
凛華は不敵な笑みを浮かべて問うた。この男の隣で剣を振るうと決めたのだ。
――どこまでだって、とことん突き進むだけよ。
アルは一瞬彼女に目を向け、直後に覇気を漲らせる。
「降りてからの指示を出すぞ! マルクは支部まで走ってくれ! 魔術が使える者優先で連れてきてほしい!」
「術者だな!? 了解だ!」
人手が欲しい、ということだろう。マルクは吼えるように応えてドンと胸を叩いた。
「エーラは街路樹へ頼んで建物の屋根や二階に登りやすいよう、階段なり何なり足場を作ってもらってくれ! 高いところへ逃げ込めるなら何だっていい!」
「高いとこだね、わかった! 眠ってる木には申し訳ないけど働いてもらってくるよ!」
エーラも即答。強く頷く。
彼女は自身の想い人がこういう時ほど諦めの悪くなる性質だということをよくよく知っている。今更否やはない。
「ソーニャは住民の誘導! 外に出てる人達に二階へ逃げるか、エーラの作る足場を伝って高いところに登るよう指示を出して回ってくれ!」
「住民の避難だな、承知した!」
ソーニャも一つ頷いて拳を胸甲に叩きつけた。
そのくらいしか出来ないことはわかっていても重要な役回りだ。
任せてもらったんならやり遂げてみせよう。瞳に決意が滲む。
「ラウラと俺で防壁を斜めに結んで角を作る! 基点になる頂点は俺が作るからそこから防壁まで走ってくれ!」
「はい!」
杖剣の出番だ。ラウラは力いっぱい己の武器を握り締めて口元を引き締めた。
アルの言う”防壁”とは眼下に見える分厚い都市を守る壁の事だ。あれを結ぶのなら相当魔力を消費するはず。
「凛華! 一番キツいところを頼む! 俺が作った基点の上に冰を張っていってくれ! 高さは二階半もあればいい! 雪崩が押し寄せる部分だからガチガチに固めてくれ!」
「了解よ! 任せなさいな!」
凛華は己の残存魔力を確かめつつ、やはり笑って見せた。
新魔術と【戦化粧】の併用。今もガイドを作っているせいで魔力自体は半分ちょっとしか残っていない。
それでも何とかしてみせる。きっとそうでもしないと彼は正面から雪崩に向かって行くだろうから。
「バール隊長、申し訳ありませんが魔術の使える者を急がせてください。防壁を作ります」
「本気か? あの規模だぞ」
年下の者に指示を出されている現状などバール隊長はもう気にも留めていない。
自身と同じながら格の違う、人を率いる者のそれ。アルの威容を鋭敏に感じ取っていた。
そもそも、住民の避難を優先くらいしか考えついていない自分に反発する理由など最初からない。
そんな瑣末事より彼の真意の方が気になっていた。
あの雪崩はどんどん大きくなっていく。量を増していく。
それでも誰も死なせないつもりでいるのか? と、それを問い質したのだ。
「諦める理由にはなりません。それに……目指すなら最善を目指せと言われてるんです」
緋色の瞳が山岳警備隊の長を射貫く。
かつて前世の己に言われた言葉。アルが仲間を率いる際、常に行動の指針としているもの。
「……!」
バール隊長は目を瞠った。
出来るかわからないがやってみよう、などという投げ遣りな目じゃない。彼は自棄になどなっちゃいない。
――この青年は心底からやり遂げる気でいる。
ならばこちらも協力しない手はない。
「承知した、極力急ごう。他の者も良いな? 術師優先で連れてこい!!」
「「「「はっ!」」」」
「「「「了解です!」」」」
兵士らが即応し、アルが再度蒼炎を放つ。
――そうと決まれば一刻も早く麓に辿り着かなければ。
決意を固めた”鬼火”の一党と山岳警備隊を乗せた『陸舟』が〈ベルクザウム〉へと疾走る。
~・~・~・~
雪山に伸びる緩い登山道から少し下った麓には自然公園染みた広場がある。
夏場は登山客が装備の点検をしたり、国境を越えて王国へ旅に出る冒険家の類などが集まる場所だ。
時折、山脈を眺めて筆を執る画家なんかもいたりする。
本来静かで長閑な場所なのだ、この〈ベルクザウム〉は。
もう午後4時前ということで流石に登山をしようという者はいないが、多くの人が銘々の場所に集まっていた。
雪煙や雑木のせいで雪崩が起きていることにはまだ気付いていないらしい。いや、幾人かは山の方を指さして何事か話している。
「どいてくれえっ!!」
そこへ、バール隊長の切羽詰まった大声が轟く。
何事かと思った人々の目に飛び込んできたのは、猛烈な速度で降りてくる土色のソリ。
乗っているのは若い何者かと、山岳警備隊の装備を身に着けた10名近い軍人。
止まる気など毛頭なさそうなその迫力に、
「う、うわぁっ!?」
「危ないっ!」
泡を食った人々が慌てて場所を空ける。
が、突如としてソリの前に冰の坂が出現。ソリが跳んだ。
次いで空中でバラッと土煙へ転じて広場に振り注ぐ。アルが空中で『陸舟』を崩したのだ。
「よっとぉ!」
ソーニャとバール隊長を抱えた人狼態のマルクが、ザザァ――……ッと滑りながら着地。
エーラが風の緩衝材を地面に置き、そこへラウラを抱えたアルが龍鱗布を被せるように広げて兵士達も何とか地に降り立った。
「我々は領軍へ! そちらは頼んだぞ!」
「お任せを!」
すかさずバール隊長が兵士数名を引き連れて南東――領軍の官舎兼訓練場へ。残りの兵士達が北東――帝国軍の駐屯地へ駆けていく。
それらに沿うように分厚い防壁が築かれており、また、防壁そのものも雪山へ向けてほんの少し窄まるように建造されている。
アルが目をつけたのもそれが理由だ。広がっていたら漏れが出ること必至であっただろう。
「んじゃ俺も支部へ行ってくる!」
「ボクも木々にお願いしてくるよ!」
続いて駆け出したマルクとエーラに「頼んだ!」とアルは返しつつ、広場の外れ――登り口の正面を見据える。
「ここへ雪崩が迫ってきている! すぐに避難を! 建物の二階へ行くんだ!」
その後ろでソーニャが雪山を指しながら広場の人々へ大声で警告を発した。反応は激的。
「あ、あれを見ろ!」
「もう近いぞ!」
「逃げろ!」
「もうだめだ、間に合わな――」
顔を真っ青にした人々が恐慌状態に陥る。
「落ち着け!! 建物の二階だ! 上に逃げろ! 今仲間の森人が足場を作ってくれている! そちらも伝って屋根に逃げるんだ!」
が、『拡声の術』を使ったのだろう。ソーニャが彼らをどやしつけた。
不揃いな足音と応答らしき言葉未満の声が幾つも上がる。
――教えといて良かった。
アルはそれらを耳にしつつ、然れど後ろを振り返ることはしない。任せているからだ。
急いで両防壁の端と広場に視線を奔らせ、点と点を脳内で描く。
必要なのは多角形の角だ。雪崩の波に対して垂直に立てるのは悪手。瞬時に圧壊するか、下手を打てば波が倍以上に高くなる。
前世にある消波ブロックもそんな意味があってあんな形をしていたはずだ。雪崩であろうと、おそらくそこは変わらない。
「と、すれば……ここ! 翡翠、当たるなよ! 『烈震牙・槍衾』!」
アルは上空の三ツ足鴉へ警告を発し、右手を振り上げながら魔術を発動。
するとすぐにボコボコと地面が蠢き――。
次いで指定した地点からドバババババ――ッと竹槍を模した土の牙が乱杭歯の如く乱れ生えた。
その全てが一点から生み出されており、槍の穂先は雪山へ向けて斜めに傾いでいる。
直後、アルは両手で術式を紡ぎ、
「『裂咬掌・累』!」
パァン! と、柏手を打つような動作で魔術を発動。
今度は土で出来た濃茶色の両腕が出てくるや、『烈震牙・槍衾』を纏めて捧げ持つように両掌をガ……ッと組み合わせて地面に落ちる。
丁度、防壁の端同士を直線で結べるような腕の角度。言ってしまえば、これは船の船首を模した壁だ。
ここを雪崩がぶつかる最初の起点にして衝撃を受け止めつつ、そのうえで極力斜め方向に受け流す。
「『裂咬掌・累』!」
アルはもう一度魔術を発動。
歪な形の頂点へ、ズズゥン……ッとめちゃくちゃに掌を絡み合わせた。船首がさらにゴツゴツとデコボコな形を取る。
肘部分が下段の腕に垂れて寄り掛かっているが、大まかな形にさえなるのなら大した問題じゃない。
「凛華! これごと冰を! 船首を想像して押し固めてくれ!」
「なるほどね、やりたいことが見えたわ! すぅっ…………ふぅ~~~~っ!!」
アルの思いつきを察した凛華が冰の混じった白い吐息を噴射。
急造の頂点を丸ごと凍てつかせ、更に両腕から冰柱も発射してガンガンと舳先を築いていく。
「ラウラ、『裂咬掌』は使えるな? 南東方面の防壁まで置いて回ってくれ! 雑でいい、多少空いてるくらいなら問題ない! 膨らまないようにだけ注意してくれ! 俺は北東へ行く!」
『裂咬掌』はそもそもが巨大だ。仮置きしても多少の柵替わりにはなる。
「わかりました!」
頭目の指示に、ラウラもタタッと走り出す。
放出魔力の増幅効果がある杖剣を持っていて、尚且つアルの扱う魔術を7割方完璧に扱える彼女にしかできないことだ。
住民達が驚愕や悲嘆の声を上げる中、”鬼火”の一党はそれぞれに動き始めた。
☆ ★ ☆
領軍の官舎まで駆けたバール隊長が大慌てで事情を説明すると、血相を変えた兵士達が装備も最低限に飛び出してくる。
わずか1分足らずでそれが可能であったのは、麓にいた彼らが職務に勤勉であったからに他ならない。山の様子が変だということに気付いていたのだ。
慌てて官舎から出てきた彼らの視界に飛び込んできたのは、ラウラが大きな土の腕を設置している光景。
そして、そこへ迫る雪崩であった。
「危ない!!」
誰かが叫ぶ。
ハッとしたラウラは慌てて自分の置いた腕の陰に飛び込んで難を逃れ、すぐさま魔術を発動。
「『裂咬掌』! 押さえて!」
杖剣を振り、大地から迫り出してきた巨大な腕に雪の奔流を押さえさせながら、ドズゥ……ンッと設置した。
「隊長さんっ!」
そのまま顔だけ向けて叫ぶ。
「急げ!! 術を使える者は急いであの腕の上や隙間を埋めろ! 補強せよ! 乱雑で構わん! 積み重ねろ!」
彼女の声に蹴立てられるように反応したバール隊長が命令を下す。
兵士達は繋ぎ合わせられ、絡んで積み重なった腕の先――アルと凛華が拵えた舳先を見て何をしようとしているのかを理解し、直ぐ様声を揃えて魔術を発動した。
「「『障岩壁』ッ!!」」
設置された『裂咬掌』の上に岩混じりの壁が無秩序に出現する。不揃いなのは指定座標がそもそも乱雑に置かれた土の上だからだ。
「残りの者は住民の避難誘導だ! 急げ!」
「「「はっ!」」」
「ぐはっ!? 漏れてきたぞぉっ!!」
「塞げえっ! 土嚢でも何でも持ってこい! とにかく隙間を埋めろ!」
対極側の北東を見れば帝国軍の兵達もアルが仮で積み重ねまくった『裂咬掌』を補強するように『障岩壁』を置いていた。
中には水を噴射してそこを固めている者もいる。
舳先の真後ろに陣取って冰を噴射している凛華を見たのか、豪雪地帯ならではの考えなのかはわからないが急速に防壁が築き上げられていく。
「水だっ! アイツらみたいに水もぶっかけろ! 凍らせて穴を塞げ!」
ある者が叫び、
「訓練用の藁人形も持ってきたぞ! 詰めろ!」
またある者が引き摺ってきた近接訓練用の的を投げて寄越した。
「とにかく使えそうなものはジャンジャン持ってこい!」
いまだ雪が噴き出す穴へ己が先だと言わんばかりに突撃し、身体を張って食い止め、その隙に誰かが穴を塞いでいく。
――この調子なら耐えられるかもしれない。
バール隊長は少々息を整えながら、然れど気を引き締め直して指揮に徹した。
☆ ★ ☆
一方、武芸者協会〈ベルクザウム〉支部にいた武芸者らは駆け込んできた人狼態のマルクに驚いたものの、それ以上にもたらされた雪崩の凶報に更に驚愕することとなった。
外に出た彼らは思わず迫りくる白い津波を見上げる。
「やっべ! 避難だ避難!」
「逃げろ逃げろっ!」
我先に退避しようとした等級の低い武芸者らであったが、彼らの前にマルクが腕を広げて立ち塞がった。
「待て! 術師はあれを補強してくれ!」
「ああ!? ふざっけんなよ! あんなもんどうしろってんだ!?」
「住民連れてけってのかよ!? 自分だけでも精一杯だっての!」
相手が自分より等級の高い魔族だろうと、命には代えられない。武芸者らが食ってかかる。
だが、マルクとて何も犠牲になれと言う気などない。
住民の避難誘導だって素人がやったところで大して効果などない。混乱を招くだけだ。
だからこそ指を差す。
「ああやるんだよ!」
マルクの示した先では駆けずり回っているアルが巨大な腕を設置し、そこへ帝国軍の兵士達が隙間を埋めるように魔術をバラまいているところだった。
が、雪崩はとうとう辿り着いてしまったらしい。
ドドドドドドオオオオォォォ――――ッッ!!
振動と共に『裂咬掌』の指の隙間から白い奔流が噴き出す。
「ぐおおっ!? ひ、怯むなあっ!! 埋めて回れぇ!」
噴き出した雪に吹き飛ばされた兵士が体勢を崩したまま叫んだ。
「「「『障岩壁』ッ!」」」
「あの武芸者達が堪えてくれている! 埋めろ! 意地の見せ所だぞ!!」
「壁を築くんだ!」
舳先の真後ろを陣取って冰を噴射している凛華や駆け回っているアル達に奮起した兵士達が、この寒さの中でも額にダラダラと汗を流して壁を築こうと動き回る。
「「『障岩壁』ッ!」」
「水だ! 水ぶっかけて凍らせろ!」
「住民の避難はどうなってる!?」
「わからん! こっちは手が離せん!」
そのような怒号が飛び交うなか、広場中央から厳格な声が響いた。
「帝国軍人並びに領軍兵士各位に告ぐ!! 住民の避難はこちらでやる!! 防壁を築いている者達は任務を続行しろ!!」
「閣下!?」
「ご当主様だ!」
「領主様!」
「な、こっちのお貴族様か!」
そこには山岳都市〈ベルクザウム〉の領主である伯爵本人が立っていた。
誰かの報せを受けて急いだらしく、肩に上着を引っかけた状態で息も上がっている。それでも威厳を滲ませたままに大音声を発する。
「繰り返す! 防壁を築いている者は任務続行だ!! 堪えてみせよ!!」
「「「「「「ハッ!!」」」」」」
兵士達が士気を上げ、慌てふためいていた住民達が急速に落ち着きを取り戻していく。
「我が領民達は高所へと逃げよ!! 既に武芸者が動いてくれていると聞いている!! 助けを借りて上へ逃げるのだ!!」
そう叫びつつも伯爵本人は逃げる気が毛頭ないのか、堂々と広場に仁王立ちしている。
「「「「「…………」」」」」
外に飛び出した武芸者達はその光景を見ていた。
「その既に動いてんのが俺の仲間だ。じゃあもう行くぞ。逃げるんなら上に逃げな」
マルクはそう言って舳先の方にまで走っていく。
アルは防壁を兵士達に任せたのか、舳先の下部に別の魔術を掛けていた。
「よし、ではこちらも行くか」
「レオナールさん……!?」
声に振り向くと〈ベルクザウム〉でも有名な三等級武芸者レオナールが、たくさんの土嚢袋を抱えて立っていた。
普段担いでいる重量級の武器は受付に立てかけてある。
「俺は魔術があまり得意じゃないからな。これが最善だろう」
そう言って防壁を築いていた兵士の元へ軽やかに駆ける。
そのまま担いでいた土嚢を雪の噴き出している箇所に力尽くで捻じ込み、バランスの悪そうな部分には無理矢理ドゴン……ッと蹴り込んだ。
個人三等級は伊達ではない。
身体的頑強さなら並の兵士より遥かに上、おまけに四半獣人なので運動神経も比較にならぬほどだ。兵士達から歓声が上がる。
「……チィ、くそがぁっ! やってやるよ! やりゃあいいんだろ!? 土嚢だ! 土嚢持ってこい! 術使える奴ぁ兵士達に加勢しろ!」
「私だって武芸者よ! どきなさい兵隊共! 『障岩壁』!!」
「魔術はアレだが属性魔力は使える。小さな穴は俺が埋めて回るから他ぁ壁作りやがれ!」
雪崩への防衛線に等級を問わず武芸者達も参加していく。
「……感謝するぞ」
伯爵はそんな彼らを見て小さく呟いた。
こんな緊急事態に――否、緊急事態だからこそ立場の違う戦士達が結束していく。見ていて胸のすく光景だ。
――あの船首と防壁を急場で作り上げた武芸者には頭が上がらんな。
故郷を愛する一人の人間として、伯爵は感謝しつつ声を張り上げた。
* * *
雪崩が到達して1分ほどのことだ。
激流に耐えていた舳先がメリッ! と、いう厭な音を発して傾いだ。広場にいた兵士達がどよめく。
「っ!? 質量で負けてるのか……!?」
アルは原因を察した。
急場で作った程度の舳先じゃ、大自然の災厄は容易く止まってなどくれない。
単純に流れが激し過ぎるうえ、押し寄せる質量が多過ぎる。そして更に――。
ゴ……ッ! ドド……ッ! ゴガ……ンッ! ゴオンッ!
一緒に流されてきた木や岩も壁を傷つけているのだ。そのたびに防壁に穴が開き、兵士達が慌てて塞いでいる。
「ち、『念動術』で……! な、掛からない!? そうか、凛華の魔力で……!」
『念動術』の第一術式。
何度使ったかもう憶えてもいない術式だが、ほとんどが凛華の属性魔術で構成されているこの舳先にはアルの魔力が通っていないせいで術が通らなかったのだ。
「……どうする?」
アルはグルグルと思考を巡らせる。
これ以上、凛華に負担をかけたくない。きっと魔力もそう残っていないはず。
しかし、この船首が折れてしまえばそんなこと言っている場合じゃなくなる。
――取りたくなかった手段だけど、やるしかない。
悩んだ末に決断を下した。
「凛華! この術式を!」
「これ何!?」
アルが描いた術式を見て凛華が問う。彼女は今も忙しなく防壁や舳先に冰気を送り続けていた。
「第一術式だけ弄った『念動術』! あの舳先の重さを二倍くらいにする!」
「わかったわ! アルは!?」
ドドドドッ! と、いう轟音に掻き消されぬよう凜華が訊ね返す。
アルの眼光がいやに鋭い。こういう時の彼は大抵無茶をする。問わずにはいられなかった。
「凛華の負担を減らす」
「それどういう意味? ってどこ行くのよ!?」
「悪いけど堪えててくれ!」
言い置いて舳先へ走っていったアルは大きく息を吸い込むと、大声を発する。
「すぅぅぅ~~っ…………マルク! エーラ! ラウラ! こっちに来てくれ!」
「ああ、もう!」
凛華は言われた通りに術式を左手で発動。
傾いでいた舳先がズズズ……ッと元に戻り、次いでメリメリメリッと地に埋まっていく。
兵士達が歓声を上げた。しかし――――。
「く、う……ッ!」
(流石にしんどいわね……!)
凛華は右手で冰を噴射する。重みで沈んだ分を生成し直さなければ、高さが足りない。
一方、頭目の呼び声を耳にした3名は急いで駆けつけていた。
「アル、どうした!?」
「ついてきてくれ!」
「どういう――きゃっ!」
強い光を瞳に湛えたアルは言うが早いか、ラウラを抱え上げて舳先へ登っていく。
『念動術』の第一術式を併用しているらしいことから、相当に急いでいるようだ。
「待ってアル!」
エーラもピョンピョンと舳先の出っ張りに手を掛けて跳び上がる。マルクも同じように適当な箇所を蹴りつけて登ってきた。
「ね、待って! どういうこと?」
「凛華の魔力がもう保たない。魔術も使ってる。だから極力その負担を減らす」
エーラの問い掛けにアルが端的に答える。
「どうするんですか?」
それ自体にはラウラも大いに賛成だ。
〈羅漂雪〉戦でも凛華は魔力を多用していた。生まれつき人間より魔力量の多い魔族でも、もう尽きるのではないか? と不安になっていたのだ。
「エーラとマルクで流れてくる木や岩を砕いてくれ。ラウラは防壁全体を見て負荷が掛かりそうな場所に適宜『蒼火撃』を。防壁自体を熔かさないよう注意してくれ」
「なるほどな。了解だ」
「わ、わかりました!」
「弓の出番だね! ってあれ? アルは?」
3人共力強く頷く。仲間に負担を強いている以上こちらも頑張らねば。
しかし、肝心の頭目の役目がわからなかったエーラは厭な予感から訊ねた。
「ソーニャ!! 凛華に何かあったときは任せるぞ!」
アルはその問いを一旦無視して後方のソーニャへ叫んだ。
「承知した!!」
凛華の傍で防壁の維持を手伝っていたソーニャが即応し、胸甲をガンっと叩く。
「アルっ! あんた何するつもりなの!?」
満足そうに頷く彼へ凛華は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「だから、負担を減らすんだって」
ふっと笑ったアルはそう言ってあろうことか、ぴょんと雪崩側に飛び出した。
「アルっ!?」
「アルさん!?」
半ば悲鳴に似た2人の声を聞きながら親友への頼み事も忘れない。
「マルク! 魔力切れそうになったら呼ぶからよろしく!」
「おい!! チッ、あの馬鹿!」
マルクは舌打ちと共に歯噛みする。
突拍子もないことをするのはいつものことだが、これは予想できなかった。
おまけに魔力が切れそうになったらときた。つまりそれだけの何かをやるつもりなのだ。
空中に身を踊らせたアルは、眼下で轟々と流れている雪崩へ視線を向ける。
舳先にぶつかり続ける白い津波――つまり登山道を通って直線的に向かってくる雪崩は一段と量が多い。
踏みしめられてきた登山道が他の斜面よりへこんでいるので、必然的にそこに雪が流れ込むのだ。
それに一切臆することなくアルは秘策を叫ぶ。
龍人の血を引き、毎日のように操魔核を鍛え続けている彼でも数分と保たぬ独自魔術の名を。
「『蒼炎羽織・襲纏』!!」
途端、蒼炎の単衣が炎羽を散らしてぶわりとアルを包み込む。その数、計10枚。
現在、可能な最大稼働枚数。
「あれは、あの時の……!」
ラウラの声が耳朶を打つ。
(そう言えばあれ以来『襲纏』はあんま使ってなかったな)
アルは心中でそう呟くと、蒼い尾羽を散らして雪崩へと突っ込んだ。
グジュウウウゥゥ――――ッ!!
物凄い蒸気が噴き上がり、その蒸気すらをも蒼翼の熱が消し飛ばす。雪に岩漿を突っ込んだようなものだ。
瞬間的に濃茶の土まで見えた大地に降り立ったアルは姿勢を低く執った。
このままでも充分に凛華の負担を減らせる。
――けど、もっと効果的にやらないと。
それに今のままでは激流に流され、いずれ舳先まで吹き飛ばされる。
「『流転・螺旋鋒』!」
アルは流れに抗いながら『蒼炎羽織』に更に魔術を重ねる。
直後、纏っていた蒼い十枚単衣がギュルギュルと渦巻き、巨大な剛槍へと変貌。
轟ォォッ! と迫りくる雪崩に突き込まれた。
「っ!? なんて闘気……!」
ラウラは眼下から発される魔力と闘気のとんでもない圧力に驚愕する。
「あんなのアルでも保たないよ!」
いろいろと察したエーラは不安そうだ。
おそらくあれがアルの最大威力を誇る魔術。普段ちっとも使わないのは魔力消費が激し過ぎるからだ。
「こっちもやるぞ!」
マルクがしゅるりと人間態に戻り、両掌から雷属性魔力を撃ち始める。
放たれる紫を帯びた青白い稲妻がゴロゴロと転がってきた岩や大木を裂くように断ち裂いていく。
「うんっ! 『燐晄一矢』!」
キィン! と独特の弦音と共に強弓から放たれた一射が、雪の波に一条の閃光を残しながら流木や岩を撃ち砕く。
「そこ、『蒼火撃』! っ!? これじゃキリがない……それなら『龍蒼華』ッ!!」
杖剣を向けた先で雪の塊が派手に蒸発した。
この際細かな制御など要らぬとばかりにラウラが彼岸花の如き蒼炎の散弾を撃ったのだ。
――少しでもアルさんと凛華の負担を減らさないと!
「ボクも! そう、するっ! 『燐晄縫駆・枝垂柳』ッ!!」
キィンと放たれた矢がカツンと空中でぶつかるや、一気に爆ぜ裂ける。
幾百の閃光が雪崩を舐めるように溶かして激流に空隙を作ってみせた。
「ねえ! なんか軽くなったけどアルは何してんの!? この魔力と闘気は!?」
後方で凛華の声がする。『念動術』でこらえている負担が減ったのだろう。
マルクは後方を振り返りもせずに叫んだ。
「アルが雪崩に突っ込みやがったんだよ!」
「はあ!? なんですって!?」
「いいから堪えてろ! 回収はちゃんとするから!」
驚愕の末に慌てふためく凛華にマルクは一声差し、次いで隣の騎士少女に呼びかける。
「ソーニャ! ここ登って来れるか!?」
「あ、ああ! 行けばいいのか!?」
「悪いが頼む!」
「承知した!」
戸惑いながらも頑張って登ってくる彼女にマルクが手を貸す。
「アル殿……!? あれは、あの時の……!」
ソーニャは登ってくるなり眼下の光景に瞠目した。
舳先の真下にいるアルから螺旋で象られた巨大な蒼い馬上槍が伸びている。
さすがに維持で手一杯らしく他の術や属性魔力は使っていないようだが、迫ってくる雪崩はその蒼い剛槍に触れた途端に消し飛んでいた。
木や岩すらも熔け落ちている。
尋常ならざる威力に思わず言葉を失うソーニャへマルクが雷鎚を放射しながら声を掛けた。
「あの術は長く保たねえ。それこそあと数十秒も維持してられねえはずだ。そうなったら呼ぶって言われたが、都合良く縄なんざなくてな」
アルが『蒼炎羽織』を解除したら雪崩の波が彼を呑む。その前に助けに行きたいが難しい。そんな説明にソーニャはハッとした。
「なるほど。そこで私の魔術の出番というわけだな?」
「ああ。ちゃんと支えといてやるから頼むぜ」
「そういうことなら任せてもらおう」
そう答えた瞬間だ。
ゴロゴロと転がってきた大きな物体に、舳先の4名と下にいたアルがハッとする。
「どこまでも邪魔してくれるね!」
エーラは顔をしかめた。
それは、〈羅漂雪〉の首と胴体だ。明らかに巨大なそれが雪崩に混じって迫ってきていた。
「おい、あれ何とか――」
射貫けねえか? と、マルクが彼女に打診しようとしたところで、
「マルク! もうちょっとで魔力が切れる! あれはこっちでどうにかするから引き上げてくれ!」
アルが叫ぶ。
「っ! わかった! ソーニャ準備頼む!」
「ああ! 『隠蛇ノ帯壺』!」
ソーニャの左籠手に大蛇を象った墨壺――否、『帯壺』が出現した。
「あれをどうするつもりなんです!?」
ラウラが膝をついて頭目へ叫ぶ。
「こうする!」
ドドドド――ッ! と迫ってくる雪崩にアルは蒼い剛槍を伸ばして突き刺すと、刹那の空隙を作り――。
龍牙刀を引き抜いて蒼い十枚単衣をすべて絡ませた。
そして放つ。
かつては『気刃の術』で生まれた高濃度の龍焔が勿体ないからという理由で創った剣技。それを昇華させた派生技だ。
「すぅ……っ、 う ぉ お お お お お お ッ !!」
――――六道穿光流・火の型『蒼爪衝裂破』。
呼気を一つ吐いたアルが、刀身すら見えぬほどに分厚い蒼炎を纏った龍牙刀を一気呵成に振り下ろす。
『飛焔裂衝』と同系統の剣閃を飛ばす剣技。『蒼炎羽織』を『襲纏』ったからこそできる大技だ。
ド……ッ、ゴオオォォォォンッ!!
八つ手のように広がった蒼炎が雪崩と〈羅漂雪〉の胴と首を吹き飛ばすように叩きつけられた。
宛ら怒れる龍がその剛爪を大地へ突き立てたような光景だ。
「す、凄い……!」
ラウラが思わず魅入られてしまうなか、マルクは叫んだ。
「ソーニャ!」
「はっ……そうだった! アル殿ぉ! これを掴め!!」
びゅおうっと伸ばされた蛇帯付きの盾をアルが龍鱗布を纏った左腕でがっしりと握る。
「引けえっ!」
「ふんっ! ぐぐぐっ!」
次の瞬間、ガラララララッと音をさせながら『帯壺』の縄車が廻転。
アルは残り滓状態の魔力で己を軽くし、大きく宙返りをしつつ足から蒼炎を噴き出して、なんとか舳先に着地した。
「っとと! 凛華ぁ! あと少しだ! 耐えてくれ!」
そして振り向きながら叫ぶ。
雪崩はもうほとんど残ってない。面倒な重みは粗方排除した。あと少しだけ耐え抜けばいい。
「まったく……無茶ばっかりして!」
凛華はふっと笑いながら両手に力を込める。魔力がもうほとんど残っていない。
その時、頭上でパキッと音がした。
いつも身に着けている白い髪留めが彼女の魔力に耐え切れず、割れ掛けているらしい。
「もう、最悪……っ!」
だが、やめるわけにはいかない。やるなら最善の結果を目指す。
彼の言う通りだ。自分だってこんなところで結末を濁したくない。
だからこそ、あらん限りの力で吼えた。
「全部……ッ! 持っていきなさい! だああああッ!!」
右手を振り上げるようにして冰属性魔力を放つ。
全力全開の魔力を振り絞った最後の凛華の冰が、舳先やその外装から冰柱を大量に発生させ、雪崩の勢いを大きく削いだ。
髪留めが砕け、鬼娘の艶やかな黒髪がパサリと流れる。
ドドドド……ッ! ドド……ッ! ザア――――…………!
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
広場にいたバール隊長を含めた帝国軍兵士、領軍兵士、武芸者、〈ベルクザウム〉の領主、住民が静まり返っていく轟音に思わず沈黙した。
その二、三秒後――――。
「雪崩が止んだぞ!」
アルが舳先から全員に届くよう快哉を叫ぶ。
一瞬の静寂。
次いで歓喜の声が爆発した。
「「「「うおおおおおっ!!」」」」
「「「「いよっしゃあああっ!」」」」
「でかした! でかしたぞ!」
〈ベルクザウム〉に住まう全員が小躍りするほどの達成感が伝播する。
途中から住民達も土嚢を運んだり、農業用の麻袋に土を詰めて持っていったりと言葉通りの一致団結を見せていたのだ。
伯爵自らが陣頭指揮を執っていたというのもきっと大きいのだろう。
「…………はぁ、はぁ」
そんな彼らを見つつ、凛華は大きく息を吐くと歩き出そうとして――。
力が入らないことに気付いた。〈羅漂雪〉と戦った直後にこれだ。
休む間もなく魔力も体力も使い果たしたせいで動けない。
疲労感が身体を支配し、フラッと倒れ込みそうになった――ところを誰よりも早く舳先から降りてきたアルが抱き留めるように支える。
「お疲れさま、凜華」
「疲れたわ」
胸元で呟く彼女の黒髪を撫でようとして、いつも付けている髪留めがないことに気付く。
「……割れちゃったの」
申し訳なさそうな彼女の声が鼓膜を揺らす。
「そっか。また新しいの贈るよ」
アルは優しく笑って髪を撫でてやった。
「ホント?」
「うん」
「それなら良かったわ。もう動けないの」
鬼娘が胸元に頭をぐりぐりして甘える。
アルは軽い彼女の身体を抱え上げてやると、
「うん、知ってる。寝てていいよ」
と、抱き寄せる。
「ふふ、ありがと。それじゃおやすみぃ」
凛華はそう言って己の好い男の首元へ頭を埋めるようにして寝息を立て始めた。
万が一にも落とさぬよう、アルは龍鱗布で自身と彼女を固定するように巻く。
間違いなく今回は凛華がいなければどうにもならなかった。労うように顔を寄せると嬉しそうに寝顔が綻ぶ。
「さすがの凛華でも寝ちゃったみたいだね」
「〈羅漂雪〉との戦いでも相当動いてましたもんね」
ややあどけなく見える鬼娘の綺麗な寝顔を見ながらエーラとラウラが穏やかに、少々羨ましそうに優しく笑う。
「だな。俺らも疲れちまったよ」
「ああ、私もかなり疲れた」
「ははっ、ソーニャは新しい魔術も使ってたからな」
「上手く使えてたと思うが、どうだろうか?」
「いいんじゃねえか? ただ、あの跳び上がんのは雪じゃねえ限りやんなよ? 足やるぞ」
「マルクが受け止めてくれるなら問題ないのではないか?」
「あー……それもそうか?」
マルクとソーニャが緊張の抜けた会話を交わしながらアル達の下へ合流してきた。
そこへ、バサバサッと黒い艶羽を羽ばたかせた三ツ足鴉が降下してくる。
「カアカァッ!」
「あっ、翡翠お疲れさま~。逃げ遅れてそうな人とかいなかった? 大丈夫そう?」
「カアッ!」
いないらしい。エーラは三ツ足鴉の返答に急を要する人はいなさそうだと判断した。
「それなら良かったです。アルさんの代わりに私の肩に留まっていいですよ」
「クカカ? カア~」
大人しくラウラの肩に止まった夜天翡翠が撫でられながら気持ち良さげに目を閉じる。
この使い魔とて今回は高位魔獣戦でファインプレーをしたり、散々飛び回ったりしているのだ。
「みんな、お疲れさま」
アルはふにゃりと柔らかく笑み、可愛らしく寝息を立てる鬼娘を抱え直す。
ギリギリどうにかなった。もう二度とこんな大変な思いはしたくない。
「一旦、宿に戻ろうか。凛華をちゃんと寝かせないとね」
「「さんせーい」」
「ええ、ですね」
「うむ」
「カアッ!」
口々に返事をする仲間達とアルは長過ぎた一日を振り返りながら、未だ興奮の余韻が残る広場を後にする。
こうして高位魔獣〈羅漂雪〉の遺した災厄は〈ベルクザウム〉に住まう人々全員の協力と”鬼火”の一党のお陰で、奇跡的に死者だけは出す事なく沈静化した。
またこの件によって”鬼火”の一党が『月刊武芸者』で大きく取り上げられるのは、この次の号の事である。
武芸都市〈ウィルデリッタルト〉でこの内容を読んだシルト家の面々や『黒鉄の旋風』が呑んでいた茶や酒を噴き出すことになるのだが、それはまた別の話だ。
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