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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ肆 山岳都市ベルクザウム編

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6話 雪原の王 〈羅漂雪〉(虹耀暦1287年2月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました(編集済み)。


ゆるく読んで頂ければありがたい限りです。なにとぞよろしくお願い致します。

 帝国、東南東に位置する山岳都市〈ベルクザウム〉と王国との国境に(そびえ)える雪山の標高960m(メトロン)地点。


 ”鬼火”の一党は、山岳警備隊1班を襲った大狼――雪に馴染みそうなほどに真白い毛皮の高位魔獣〈羅漂雪(らひょうせつ)〉と対峙していた。


「『蒼火撃(そうかげき)』ッ!」


 ラウラが雪面に当てぬよう斜め上方へと向けた杖剣(じょうけん)の切っ先から蒼炎球を撃ち放つ。


 しかし、大狼はトォン……ッ! と、軽やかに前方へと跳び上がり、ひらりと躱してのけた。


 その巨躯に似つかわしくない軽やかな跳躍だ。いっそ優美ですらある。


 そのままザ……ッと着地。成人男性の胴囲ほどはあろうかという前肢を振り上げた。


 血のように赤黒い獣眼と少女の琥珀色の()が合う。


「っ……!」


 高位魔獣特有の重圧に思わずラウラが身体を竦ませたところで、


「しッ!」


「はあッ!」


 ()()()()()()を蹴って〈羅漂雪〉へと肉薄したアルと凛華が、それぞれ両手持ちした龍牙刀(りゅうがとう)尾重剣(びじゅうけん)を振るう。


 だが――……。


「ちいっ!」


「ちょこまかと!」


 必殺の気魄を乗せた剣閃はどちらも大狼の白い毛並みを浅く刈り取るだけに留まった。


 刃が毛皮に触れるか触れないかと云ったところで、華麗に後退(バックステップ)を踏まれて逃げられたのだ。


 そのうえ〈羅漂雪〉も躱すだけではない。着池するや否や、後肢で雪面を蹴りつけて移動方向(ベクトル)を反転。


 即座に赤い口腔をグパ……ッと見せて襲い掛かってくる。


「おらァッ!」


「そこっ!」


 そこにマルクガルムの蹴りとシルフィエーラの矢が襲い掛かった。


 しかし、やはり高位魔獣。〈羅漂雪〉は直前で勘付いて突進方向を急転換させる。


 すかさずアルがボボボボッと蒼炎を連射したが、突進から移動に切り替えたのか大狼は風を(なび)かせて雪面を滑るように疾走。速射された4発の蒼炎弾が空を切る。


 ――ここだ!


「『雷閃花』ッ!」


 〈羅漂雪〉の軌道を読んだソーニャは待機させていた術式を起動させた。


 樹状に伸びた稲妻が白狼を灼かんと殺到する。


 ところが、〈羅漂雪〉は蛇を彷彿とさせる動きでギュルンッと急旋回し、騎士装束の少女へ雪煙を浴びせかけた。


 山岳都市〈ベルクザウム〉は湿度の低い豪雪地域。この山とて例外ではない。


「わぷっ!?」


 撒き散らされた細かな雪粒は『雷閃花』によって蒸発したものの、〈羅漂雪〉がその体躯で以て引っ掛けた雪だ。


 大量の雪煙を前にソーニャは思わず盾を掲げてしまった。


 それを隙と見たのか、飛び込んできた大狼が右前肢を横薙ぎにゴゥ……ッと振るう。


「っう!?」


 視界が開けた瞬間、目前に迫っていた白い前肢にソーニャは目を見開いた。


「危ねえ!」


 が、間一髪でマルクが間に合った。飛び込みざまに彼女を抱えて跳ぶ。


「すまんっ!」


「気にすんな!」


「でぁああッ!」


 彼らへの注意(ヘイト)を逸らすべく、アルが裂帛の気合を籠めて振りかぶる――が、匂いで感知されていたらしい。


 〈羅漂雪〉は前肢を振り抜いた勢いを利用して、ブウンッと身体ごと回転させた。体躯の差を活かした質量攻撃だ。


「いっ!? あっ、ぶねっ!」


 アルは慌てて雪にダイブ。一拍もせぬ内に頭上をボヒュ――ッと真白い巨体が通り抜けていく。


(ちっ、重心の使い方が上手い!)


 高位魔獣はこれが厄介なのだ。魔獣のくせして並の魔獣を遥かに上回る知能を持つがゆえ、自身の優位性を理解している。


 そして目敏い。


 アルが倒れ込んだのを絶好の機会(タイミング)と見て取ったのだろう。


 ガパァッ! と、大きく口を開いて襲い掛かってきた。太い牙が上下に二対、奥には黄ばんだ臼歯らしきものも見える。


 雪が口に入ろうがお構いなしで除雪(ラッセル)車の如く、ガガガガ……ッ! と迫ってきた。


「アルさん!!」


 悲痛な仲間(ラウラ)の声が木霊する。


「この! ナメんなっ!」


 アルは雪でも握って投げつけるかのように左手を振るった。


 途端、()れたと確信していた〈羅漂雪〉は、



 グギャアオオ……ッ!?



 予想だにしていなかった()()()()()に悲鳴を上げてのたうつ。


 アルは()(さま)、雪煙を舞い上げる大狼から視線を外さぬままに左手と両足からボウッと蒼炎を噴出。勢いをつけて起き上がり、


「『蒼炎気刃』!!」


 魔術を発動しながら得物を振りかぶった。


 必殺の間合い。太い刃形の蒼炎を纏う龍牙刀が〈羅漂雪〉の首元へ届く――――寸前。



 ゾ ク ッ ……!



「うっ!?」


 背筋に氷塊を()じ込まれたような悪寒が駆け抜ける。


 アルは直感に従い、不恰好ながら両足から蒼炎を噴いて急制動(ブレーキ)。横っ跳びに退く。


 次の瞬間――。


 唸りを上げた風切音に続き、ドオオ――――ンッ! と、いう衝撃音が大気をビリビリと揺らした。


 手痛い反撃に憤激した高位魔獣が右前肢を叩きつけたのだ。


(あっぶねー……! ギリギリだった)


 そう思ったのも束の間、〈羅漂雪〉が時計回りに一回転。尻尾を叩きつけてくる。


「うぶっ!?」


 バホッという音と共にアルは雪面に吹き飛ばされ、雪まみれになった。


 毛皮の厚さのおかげで痛みこそなかったが、無理矢理雪に飛び込まされ、転がされたおかげで胃がムカムカする。


「ハッ、怒ったらしいなっ!」


 マルクが狼爪を閃かせて突き込む――が、激怒に彩られた〈羅漂雪〉は後方宙返り(サマーソルト)でも行うように(くう)を翻って尻尾で反撃した。


「ぶおっ!?」


 【人狼化】していても彼我の質量差は歴然。当然ながらマルク側が吹き飛ばされる。


 しかし、そこは人狼だ。


「コイ、ツ……っ!」


 吹き飛びながら体勢を立て直し爪を振るようにして幾筋もの雷撃を放つ。


 だが、大狼は迫る青白い稲妻を着地と同時にバビュッと躱す。滑るというより、雪面を泳ぐような動きだ。


「「『障岩壁』!!」」


 そこへ〈羅漂雪〉の右斜め後ろに土砂で出来た壁が2つ、横並びに出現。


「だああああああッ!」


「そ、こッ!」


 直後、凛華による尾重剣の一文字斬りと樹上からエーラの射った矢が襲い掛かる。


 逃げ道を減らして致命打を狙う連係攻撃だったが――。



 ガァオオオオオゥ――ッ!!



 烏滸がましい、とばかりに吠えた〈羅漂雪〉は矢を噛み砕き、避け(にく)い大剣の横薙ぎを『障岩壁』に跳び乗って躱してのけた。


 次いで即座に反転。土砂壁の縁を蹴りつけて二本角の剣士へ飛び掛かる。


「ちっ!?」


 得物を振り抜いたばかりの凛華は舌打ちを一つ、手元へ引き寄せながら尾重剣をグルンと一回転。すぐさま地面に突き立てた。



 ゴガァァ――ンッ!!



 直後、重い衝撃。大剣ががなる。両腕がビリビリと痺れる。


「く、うっ……!? んのおッ!」


 それでも凛華は気焔を上げ、ザァァァ……ッと雪面を滑りながら大狼の突進をどうにかいなした。


 が、〈羅漂雪〉の動体視力はやはり魔獣のそれだ。


 流れた勢いのままに、複合弓(ゆみ)を射るエーラが登っていた木の根元まで滑っていき、バキイッと幹に(かじ)りつく。


 狼の(あご)と歯は強い。普通の狼でも人の骨くらいなら簡単に砕いてしまう。その何倍も巨大な狼の(あぎと)は瞬時に幹をごっそりと抉り取った。


「うわわっ!?」


 エーラは揺れる幹に一瞬掴まって、片手に複合弓(ゆみ)を、もう片方に枝を握って飛び出す。もうこの木は保つまい。と、思っている内に倒れ始めた。


 ぶわりと短外套(ケープ)を靡かせて、そこに風の精霊を喚び込み、落下の速度を落とす。


 それでも上を取るという選択肢は諦めない。


「……っと!」


 そのまま近くの木々に枝を伸ばしてもらって引き寄せてもらった。


 まだまだこれからだ。




 一方、地表では雪粒を白粉(おしろい)の如く塗りたくったアルが跳ね起き、その後方にいたラウラとソーニャが余裕のなさそうな表情で汗を拭っていた。


 戦闘は依然継続中だ。


「高位魔獣とはここまで強かったのか……!」


 敏捷力もさることながら、対人戦闘をやっている気分だ。ソーニャが吐き捨てるように呟く。


「こちらの攻撃も当たる気がしませんよ!」


 ラウラもさすがに自信がなくなってきた。


 今使っている『蒼火撃』は軍人でも頼りにする定型術式『火炎槍』とほぼ同等の投射速度を誇る。だというのに、撃てども撃てども掠りもしない。


 そもそも魔族組が攻めあぐねて苦戦しているところなど、今までロクに見たことがなかった。


 夜天翡翠があそこまで高い位置を飛ぶよう指示を出されているのだって初めてだ。


「高位魔獣ならっ、こんなもんだよ!」


 膠着している、というには些か分が悪い。


 アルは苦々し気な顔を隠しもせず蒼炎を放った。”羅漂雪”が大したこともなさそうに躱す。


「『蒼火撃』っ! 出し惜しみしているのは、あちらにも魔法があるからですか!?」


 ”出し惜しみ”とは、この戦闘が始まって未だ一度も『雷光裂爪』、『燐晄』、『流幻冰鬼刃』といった彼ら専用の『気刃の術』を使用していないことだ。


 ラウラもソーニャも、当然気付いてはいた。


「それもあるけど! 下手に使ったら、こっちが不利になるからね!」


 再び最前線に突っ込んだアルの代わりに、斜め上方からエーラが応える。


「並の魔獣と違って頭が良いの! そっちも好機が来るまで強いの見せたらダメよ!」


 凛華も尾重剣を振るいながら注意を飛ばした。


 闇雲に危険な術を見せれば、真っ先にその使用者を殺しに来るか、徹底的に警戒するのが高位魔獣という生き物だ。


「にしてたってだ! 雪でこっちも鈍いとはいえ――」


 仲間へ突っ込もうとする〈羅漂雪〉の意識を雷撃と狼爪で己に向けるマルクの言葉を、


「アイツが捷過ぎるわ! 何とか動き止めないと叩き込めないわよ!」


 凛華が引き取って叫ぶ。彼らの指摘は正しい。


 ――何か手立ては…………!?


 アルは蒼炎弾を吐きつつ、雪面を跳ねるように疾駆。


 見渡す限りの雪にも関わらず、顎から汗を滴らせながら打開策に思考を巡らせていた。



 ここで一つ、正しく認識しておかなければならないことがある。


 他所(よそ)から見た”鬼火”の一党の戦闘についてだが――――。


 ハッキリ言って“ド派手”の一言に尽きる。


 6人中4名が魔族。そのうえ魔術に属性魔力、”魔法”を多用するのだからその評価も納得だろう。


 その中でも特にアルの活躍は目立ちやすい。


 蒼炎。普通の炎とは威力の桁が違う属性魔力を操り、先陣を切って突っ走る。


 太古の昔、我が物顔で空を翔けていた龍が幽世(かくりよ)から這い出てきたのではないかと思わせるほどに情け容赦ない暴れっぷり。


 あとに残るは灼け焦げた躯のみ。場合によっては屍すら残らない。


 それこそが”鬼火”の一党と呼ばれる所以だ。


 しかし、実を言うとそれはあくまで(はた)から――つまり一党の外から見た場合の話であって内部からの――仲間達からの見方はそうではない。


 確かに対人戦闘ではほぼ必ず先陣を切るし、やはり容赦の欠片もない。


 敵の首を刈って回る。殺害数とてトップだろう。〈ドラッヘンクヴェーレ〉の件が異例なほどである。


 しかしながら対魔獣戦に於いて、実はそうでもないのだ。先頭に立ちこそすれ、撃破数はトップではない。


 なぜならアルが己に課しているのは遊撃役――厄介そうな相手を潰しては殺気を撒き散らし、周囲の敵意を引きつける誘蛾灯の役割だからである。


 だからこそ大物を仕留めることは多くとも、数では凛華、マルク、エーラの魔族組に大きく劣ることもザラだ。


 狙っているわけではないが、魅かれた者を死出の国へと導く”幽炎”として魔獣には映っているのである。


 ゆえにラウラとソーニャは口を揃えて、彼の二つ名は”鬼火”こそが最も相応しいと主張するのだ。



 翻って現状――。


 雪のせいでアルの機動力は大きく落ちていた。


 下手に蒼炎弾を爆発させて(かまして)雪崩でも起こしたらとんでもない、と撃ち放つ属性魔力の規模も威力も極端に絞っている。


 手足を小器用に振って蒼炎を噴射しながら、読みにくい軌道で動き回っているのはラウラやソーニャからすれば流石と言えるだろう。


 だが、それでもギリギリ普段の速度にまで至らない。()()()()()()()()()()()()のだ。



 次にマルクだ。


 こちらは〈羅漂雪〉の後肢と同じ構造の脚こそ持っているものの、太さも違えば四脚でもない。


 そのため、やはり移動速度がガクンと落ちる。


 雪で踏ん張りも効かず、盾役も難しい。速度と強靭さが売りの人狼でもどうしようもない事態だった。



 では樹上にいるエーラはどうか?


 こちらはあまり影響がないように思われる……が、当然そんなことはない。


 雪片のチラつくなか、所々は黒っぽいとはいえ、ほとんど真っ白な毛皮と体躯に見合わぬ敏捷性を持つ〈羅漂雪〉は捉え(にく)く、おまけに普段と違って仲間達も即座に離脱できない。


 そんな状況で複合弓(ゆみ)を射るのは神経を使う。おまけにまだ相手は魔法すら使っていない。じわじわと真綿で首を絞められるような感覚に陥っていた。



 そして現状、最も問題が出ているが凛華だ。


 普段であればアルが掻き乱したところを致命の一太刀で戦闘の流れを大きく変える――云わば、切り込み役を果たしてくれるのだが、今回はそうもいかない。


 流れを変えるだけの威力を発揮する尾重剣が致命的な重しとなっているのだ。


 【修羅桔梗おにきききょうの相】によって上昇した膂力のおかげで振り回せるからと言って、剣の重量そのものが消えてなくなるわけではない。


 想定以上に足が雪に埋まり、間合いを詰めようとしても二歩は遅れる。そのせいで流れを変える切っ掛けを作り出せない。


 冰を足場にして自身を射出しても動きが直線的過ぎて高位魔獣相手には読まれる。


 〈羅漂雪〉も尾重剣には警戒しているのか、振りかぶられた時点で間合いから大きく外れてしまう。


 それらのせいで体力の消耗具合に反して痛手を与えられていなかった。



 ラウラとソーニャに至っては、遠目で見ればまだ大狼の動きも捉えられるが、至近距離にまで詰められると対応できる気がしない。

 

 魔族組と今までの積み重ねの連携があったからこそ、多少魔術を放り込める余裕もあるが一歩間違えれば即死だ。


 おまけにソーニャの方は鎧が重い。足甲こそ雪山ということで別なものに変えているが、それでも凛華と変わらない程度には足が沈む。


 初めての高位魔獣戦でこれなら上等な部類だと魔族組は判断しているが、彼女らからすれば無力感で忸怩たる思いを抱えていた。



 そのような状況のなか、アルが叫ぶ。


「マルク! 凛華! 同時に突っ込んでくれ!」


「っ、おう!」


「何かわかんないけど了解!」


 咄嗟にかち合わない角度から動き出す両名。次いでアルは頭上の枝にいたエーラに指示を出した。


「エーラ! 俺を風で思いっきり吹っ飛ばしてくれ!」


「乱暴だなぁもう! わかったよ!」


「頼んだ!」


 彼女と風の精霊を信じてアルは両足から蒼炎をボッと噴射。可能な限りの最高速で疾走する。


「いっくよ!」


 ひゅおう! と、風音が聞こえ――直後、雪煙を舞い上げた暴風が背中を襲う。と、同時にアルは跳びながら龍鱗布をバサッと帆のように広げた。


 暴風を受け止めた龍鱗布が自身に係る重力の(くびき)を引っ()がした彼を(くう)へ押し上げ、〈羅漂雪〉の方へと吹き流す。


「『蒼炎気刃』!!」


 彼の視線の先。吹き飛ばされた先では凛華が尾重剣を縦に大きく薙ぎ払い、マルクが勢いよく貫手を放っていた。


 ――ここからなら死角のはず……!


「はああああッ!」


 放つのは突進回転剣技。


 ――――六道穿光流・火の型『蒼炎嵐舞』。


 〈羅漂雪〉を斬り刻まん、と緋瞳をギラつかせたアルが蒼い螺旋を描いて轟ォォ――ッ! と、突撃した。



 ギャウ…………ッ!?



「やった!?」


 ラウラが思わず声を上げる。大狼の肩口に剣閃が届いた気がしたのだ。が、魔力の蠢きを感じ取ったアルが警告を発する。


「浅かった! 全員離れろ!!」


 彼が叫ぶとと同時、肩をほんの少しだけ灼き斬られた〈羅漂雪〉が怒りも露わに吼えた。



 ア゛ァオオオオオオ――――ンッ!!



「うぁっ!?」


「ぐぉっ!?」


 マルクと凛華が吹雪に、


「っつぅ!?」


 アルが魔力の波動に大きく吹き飛ばされる。


 ――ここにきて……!


 龍牙刀を片手に残りの手足から蒼炎を噴射。どうにか空中で体勢を整え、


「魔法か!」


 雪のクッションに着地したアルが忌々しげに吐き捨てる。


 6人を前に怒りの形相で太い牙を剥き出しにしているのは――吹雪を薄い球状に纏わせ、四肢や背骨、尻尾に氷の蔦で形成された棘をぎゅるりと伸ばす〈羅漂雪〉の姿だった。


 唐草(からくさ)模様染みた渦巻く氷蔦は通常の氷と違って黒々としている。


「チッ、どうにか片をつけたかったが無理か」


 マルクも口惜しそうに通りの良い狼の鼻筋にシワを寄せた。


「何してくるのかしらね」


 凛華も警戒心を高める。


 ここからだ、高位魔獣の恐ろしいところは。



 ァオオオオオオオオオ――――ッ!



 赤黒い眼に嚇怒を宿した氷狼がやにわにグパッと(あぎと)を開き、氷柱(つらら)混じりの吹雪を吐き出す。まるで竜巻だ。


「くそっ!」


 轟々と迫る凍結旋風に対し、アルが慌てて遠慮なしの蒼炎を吐き返す。属性の違う蒼が両者間で激突し、大量の水蒸気が霧のように広がった。


 ――属性魔力を操るのか?


 魔法の正体が見えないことに臍を噛みつつ、アルは焦りを滲ませながら指示を飛ばす。


「コイツの魔法がまだわからない! 三方向に展開! マルクはソーニャと! エーラはラウラと組んで戦ってくれ!」


「おう!」「承知!」


「わかった!」「わかりました!」


 口々に返事を投げ返しながらそれぞれが組を作ってパッとその場から散開。エーラと義姉が組むのなら、とソーニャもマルクの方へ急いだ。


「あたしはあんたとね。行くわよ!」


「ああ!」


 アルと凜華による近接組。マルクとソーニャによる中近距離組。エーラとラウラによる遠距離組。その三組でそれぞれ別方向から〈羅漂雪〉を包囲するような形だ。


(……一斉にかかれば隙だって見つかるはず)


 心中でそう呟いてアルが駆け出そうとした、まさにその瞬間だった。



 アオオオオ――――ンッ!!



 氷狼が再び咆哮。


 その直後、魔法(本領)を発揮した大狼の全周囲――つまり一党の面々を包囲し返すように横殴りの吹雪が広がった。


「「っ!?」」


「なんだってんだ!?」


「これは……!?」


 突如として呑み込まれた吹雪に驚愕の声を上げる仲間達。ハッとしたアルが大慌てで叫ぶ。


「マルクっ! エーラっ! 二人を!」


 この横殴りの吹雪に魔力が籠められていたからだ。


「ち、屈んでろ!」


 警告の意味を正しく取ったマルクがソーニャを屈ませ、吹雪に対して防御姿勢を取る。騎士少女に風が当たらぬように立ち塞がり、腕を交差させて己の顔を覆い、闘気も発動させた。


「ラウラ、こっち!」


 ほぼ同時。エーラはパッと枝を伸ばし、掴まったラウラを一気に引き上げる。次いで木に(うろ)を広げてもらい、すぐさま2人して飛び込んだ。


「凛華は俺の後ろに!」


 アルもすぐに凛華と己を包むように龍鱗布を広げる。その瞬間だ。


 吹雪に混じっていた()()()()()が尖った氷柱(つらら)へしゅるりと変化した。


「――っ!?」


 凛華がその異常な規模に青い瞳を見開く。


「『蒼炎羽織(そうえんばおり)(かさね)』ッ!!」


 直後、ギリギリ発動した蒼炎のマントが二枚、ぶわりと広がってアルと凛華を包み込んだ。そこへ豪風に乗った氷柱が殺到する。


「ぐ……っ!」


「アルっ!」


 『蒼炎羽織』が瞬間的に氷柱を熔かすのを眼にした凛華はすぐさま術理と――――その消費魔力の多さを察して冰壁を出現させた。


「助かる!」


 アルが礼を言って一枚だけ蒼炎の保護膜を解く。この魔術は魔力をドカ食いしてしまう。一枚減るだけでも相応に違う。


 それから時間にして10数秒だろうか。


 鋭い氷棘混じりの吹雪が去った。


「無事か!?」


 屈んでいたソーニャが焦りを浮かべて顔を上げれば、頑丈な人狼族の青年はどうにか耐え切ったようだ。


「何とかってとこだな」

 

 ワインレッドの毛皮のあちこちに氷を貼り付けたままだが、問題ないと応えた。が、闘気を併用していなければ怪しかったかもしれない。腕や脚を振るってバリバリと霜を落とす。


(あっぶ)なかったぁ……!」


 一方、木に守ってもらったエーラも洞から顔を出して下を覗き込んだ。


 太い樹木だったにも関わらず、幹は抉り抜かれており、水に浸されてそのまま引き上げられたかのように細い氷柱が横並びに連なっている。


「あんなの連発されたら……」


 ラウラは顔を青褪めさせた。


 今のところ全員無事だ。だが、あのように一方的な広範囲攻撃を何度もやられては手の出しようがない……どころかいずれ取り返しのつかないことになる。



 ゴォォォォ――ッ!



 猛々しい噴射音にハッとして焦りから視線を地上に戻せば、楓葉のような形の蒼炎が〈羅漂雪〉の纏っていた球状の氷膜を灼き払いながら迫っているところだった。


 氷棘を生やした大狼が滑るようにズザア……ッと跳び退いている。


(もう反撃に移ってる!?)


 ラウラは衝撃を受けると共に、自分が誰の一党にいるのかほとほと理解した。


 そうだ。あの”蛟”相手に一人で立ち向かった男だ。あのくらいではへこたれない。


「ハハッ、やる気満々じゃねえか!」


 好戦的な魔力に当てられたマルクも裂けるような笑みを浮かべて駆け出す。


 かつて相対した高位魔獣〈刃鱗土竜(じんりんどりゅう)〉と()り合ったときだってそうだった。


 ――結局、一番大暴れしたのがアイツだ。


「諦め悪いからね、アルは! ラウラっ! ボクらも行くよ!」


 洞からパッと飛び出たエーラの緑瞳からも一切闘志は失われていない。


 そりゃあそうだ。高位魔獣の1頭程度なら以前にも経験している。


 少し環境的に不利で、少し広範囲な攻撃手段を持っている相手だからと言ってやることは何も変わらない。(たお)す。それだけだ。


「はい!」


 ラウラも闘志を再燃させて洞から飛び出した。立ち上がった義妹も神妙な目つきで氷狼へ剣を向けている。


 エーラから下ろして貰い、広がった視界ではアルと凛華が既に〈羅漂雪〉との戦闘を再開していた。大狼による攻勢は先ほどより激しさが増している。


 しかし、やはり2人では分が悪い。


 こちらの攻撃は簡単に躱されるのに、あちらの攻撃を避けるのはちっとも簡単そうじゃない。


 どうやら〈羅漂雪〉は足元の氷を利用してあの素早さを実現しているようだ。


「それなら……『燐炎波濤(りんえんはとう)』!」


 ラウラは魔術を発動した。


 『蒼火撃』の亜種。途端、杖剣の切っ先から波のようにうねる蒼炎が噴射され、氷狼の足元の雪や氷を軒並み熔かしていく。


 爆発力は皆無で射程も短いが、雪山には都合がいい。


 すっかり焦げた地面を嫌った”羅漂雪”が雪面へ向けて跳躍。それに合わせてマルクが木々を蹴り飛ばして殴り掛かる。



 グオオオオオオ――――――ッ!



 ところが、空中で吐き出された氷礫(ひょうれき)混じりの吹雪が人狼を襲った。空にいるにも関わらずの反撃だ。


「ちっくしょう!」


「大丈夫か!? 『天鼓招来(てんこしょうらい)・反転』ッ!」


 ソーニャが雪面に叩きつけられたマルクを気遣いつつ、バヂヂヂィ――ッと()()()()()()()()


 しかし、氷狼の纏っている球状の雪片膜が雷鎚をすべて受け流してしまった。


「あれでもダメか……!」


 『天鼓』の威力は彼ら一党の扱う魔術の中でも高い方に分類される。思わずソーニャは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。



 グァオオ――ウッ!



 そこへ、着地と同時に矛先を変えた〈羅漂雪〉が牙を剥き出しに迫る。


「させないよ!」


 だが氷狼が獲物に噛みつく寸前、三本の矢がその口元へ飛来。絡み合うや否や、ギュ……バアッと爆ぜるように形を変えた。



 ガッウゥゥゥゥゥ……ッ!?



 瞬間的に枝を伸ばし、車輪輻(スポーク)のように変じた矢塊を噛み砕けず、〈羅漂雪〉が困惑する。その間にマルクがソーニャを抱えて下がった。


 が、一拍もせぬ内に邪魔だ! とばかりに大狼は三本矢をメキャッと噛み砕き、



 アオオオオオ――――――ンッ!



 と、即座に吼えた。


「のわわっ!」


 唐突に地面から伸びた氷刃がエーラのいる樹を折り倒す。


「と、とっ! もう! 危ないなぁ!」


 樹上にいた彼女は直ぐ(さま)空中へと身を投げ、別の枝を伸ばしてもらって難を逃れた。ぎりりと枝に緩急をつけてもらい、狙いを逸らすことも忘れない。


(旗色が悪い……)


 アルは胸中で呟いた。


 攻撃役(アタッカー)である己と凛華が役目を果たせていない。そう思っているのは彼女も同じようで険しい表情を浮かべている。


 ――どうする?


 アルは蒼炎を手足から噴き出しながら移動し、攻撃の手を緩めず考え続けていた。


 己だけならまだ蒼炎噴射(バーニア)機動を活かしてギリギリ立ち回ることも可能だろう。この加速移動にだって慣れてきたところだ。


 しかし、凛華はそうではない。徐々に体力が奪われていくこの環境で激しく動き続けている。


 それでも圧倒的に捷さ(あし)が足りない。間合いも遠いし、追いつけていない。


 〈羅漂雪〉が蒼炎を鬱陶しがって尻尾を振るう。すると(いばら)のように纏っていた尾先の棘がヒュア……ッと独特の音を奏でで飛来した。


「っち!」


 アルは左の(くるぶし)と掌から蒼炎を噴射して無理矢理軌道を変えて躱す。即座に広範囲の蒼炎を口から噴射して反撃した。


 が、やはり滑るように移動する氷大狼には当たる気がしない。


(滑る…………?)


 その時、チリッと頭の奥で何かが焦げた気がした。


(そうだ、”滑る”だ)


 脳裏を過ぎる閃光。それが形になるか否かと云ったところでアルが叫ぶ。


「全員聞いてくれ! 少しの間、俺の手数が減る! 凛華は呼んだらすぐに来てくれ!」


 唐突な頭目の指示に魔族組が刹那、瞳を瞬かせ――――ふっと笑みを浮かべた。いよいよあの時の再現染みてきた。


 当時の彼はまだ銀髪に紅眼だったが、眼光そのものはあの時と変わらないどころか鋭さを増してさえいる。


「何か考えたのね!?」


 それも自分に使わせる何かが。凛華が喜び勇んで訊ねた。その美麗な笑みが一層輝いてる。


「ああ、魔力を温存しといてくれ!」


「任せなさい!」


「了っ解だよっ! 昔を思い出すね!」


「悪ィけど手早く頼むぜ!」


 極限の状況下、魔族組が明るい声音で応じた。3人はこのアルクス・シルト・ルミナスという半龍人のことをよくよく知っている。


 彼は土壇場であろうと決して投げ出さない。呆れるほど諦めの悪い男だ。


「やってみます!」


「何とかしてみせよう!」


 ラウラとソーニャも彼ら魔族組の応答と、これまでの経験から彼らに続いて気合を籠めて応じた。


 彼女らだってアルクスのことをよ~く知っている。


 どうしようもなく不可能な状況を――恐怖と絶望を何度も灼き祓ってきた青年で、魔術の腕だって一党の中ではピカイチだ。


 その彼が”待っていてくれ”と言ったのだ。


 信じる以外の選択肢など最初(はな)から存在しない。


「よし、やるぞ……!」


 頼もしい仲間の返事を聞きながらアルは最前線から離脱しつつ、『釈葉(しゃくよう)の魔眼』をカッと開いた。


 緋色の龍眼に流星が墜ちていく。


 雪が舞い飛ぶ真っ白な雪原に、緋い残光が妖しく棚引(たなび)いた。

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