3話 山岳都市〈ベルクザウム〉と四半獣人レオナール(虹耀暦1287年2月:アルクス14歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
ゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
”鬼火”の一党の6名と1羽を乗せた魔導列車は定刻より遅れること無く、山岳都市〈ベルクザウム〉駅に停車した。
一党が下車したのはすっかり陽も暮れ始めた頃だ。
駅の周囲は武芸都市〈ウィルデリッタルト〉駅と違って商業施設の類はほとんどなく、また都市の東側に連なる雄大な山脈の影響で辺り一帯に雪が降り積もっている。
これは急がなければ、ということで駅員に聞いたオススメの宿に駆け込んで、どうにか温かい夕食にありついた彼らであった。
~・~・~・~
山岳都市〈ベルクザウム〉は年がら年中、雪の帽子を被っている山々から裾野にかけて建造された都市だ。
夏場でも涼しく、帝国貴族のみならず一般市民達にも避暑地として有名である。
この時期は雪が都市の内側にも深く降り積もっており、雪かきをしている住民の姿をどこでも眼にすることになる、白や銀といった色彩印象が強い都市だ。
ここを代々治めているのはアルクスの叔父トビアス・シルトと同じ爵位の伯爵家で、その都市面積は〈ウィルデリッタルト〉の5分の3程度。
都市と云うより街と表現した方が感覚としてはしっくりくるような、親しみ易い土地である。
また避暑地としての観光業の他に、寒い土地でのみ育成できる農作物の生産など寒冷地農業も盛んで、武芸都市のような熱気染みた活気はない代わりに、ゆったりとした時間を過ごせそうな静けさや和やかさを感じる豪雪地域だ。
そんな〈ベルクザウム〉にアル達が到着して早二日。
都市そのものが埋もれてしまったかのような白銀の世界や、麓の方まで白く覆われた山々は彼らにとって馴染みが薄く、到着した翌日はその雪景色に目を奪われっぱなしで結局、丸一日〈ベルクザウム〉の散策に費やすこととなった。
ほんの僅かな月光や光源でさえ照り返す明るい夜はどこか不可思議で、然れどなかなかにオツな光景だ。物珍しくてついつい夜更かししてしまうのも致し方ないことであった。
現在はその更に翌日。あたたかな木造りの食堂にて朝食を摂っている最中だ。
「それでアル殿、今日は依頼に行くのか?」
左斜向かいから問うてきたソーニャに、アルは熱々の煮込み料理と麦蒸餅を口に放り込みながらコクコクと首肯。
そのままゴクリと嚥下して応える。
「んぐっ……請けるかはまだわかんないけど、協会には行くよ。どんな依頼があるか見てみようと思ってさ。良い感じのがなかったら訓練だね」
「あれ? テキトーに受けたりしないの?」
今まではあまり依頼の難易度だの、報酬だのを気にして請けている様子はなかった。
登録して間もない頃と微妙に違う方針を述べた右隣の頭目に、刻んだ冬野菜入りの卵料理をはむっとやったシルフィエーラが不思議そうに首を傾げる。
「報酬を吟味するつもりなのはわかるけどよ、推奨等級も様子見すんのか?」
その向かいにいたマルクガルムも豪快に麦蒸餅を食い千切って訊ねた。
幼い頃から知る友の物言いに、受注等級の最低水準まで引き上げるような含みを感じたのだ。
「そそ。この天候と寒さだと低報酬の依頼を請けたっていろいろ嵩むだろうし、ずぶ濡れにもなりそうだし、実入りが少なそうじゃん? トントンか赤字なら動かない方がマシだろ? 推奨等級が低過ぎるのを熟したって大して成長しないぞ、って教わったしね」
左肩にいる夜天翡翠へ、千切った麦蒸餅と芋を食べさせながらアルが泰然とした顔で返す。
ちなみに推奨等級云々について指導してくれたのは『黒鉄の旋風』の頭目レーゲンである。
彼曰く、「大して経験にもならない実績を積み重ねても一党として大きくならない」とのこと。
「赤字だと余計にお金も減っちゃいますもんね。冬物も誂えた方が良さそうですし」
ラウラはまだ若干眠いのか、アルの向かいで黒胡椒の効いた汁物を「ふー、ふー」と冷ましながら呆おっとした声で賛同した。
武芸都市にいた頃と違い、衣食住すべてにお金が掛かる。マイナスになるのなら動かないというか、積極的に金と体力を浪費しないというのも正しい選択だろう。
「いーんじゃない? ソーニャの新しい魔術も完成したばっかでしょ?」
アルの左隣で茸と燻し豚の米料理をモソモソ食べていた凛華も投げ遣りな口調で同意した。
こちらもまだ眠気が残っているらしく、涼し気な青い瞳は少しばかり瞼に隠れている。
尚、アルが先程から視線を向けているのは菜の花色の米料理が思いの外美味しそうだったからだ。そっちにすべきだったか、などと案外本気で後悔している。
見兼ねた凛華が木匙で掬って「ん」と差し出すと、躊躇いなくパクッと食いついて、
「てわけだから、んむっ……あ、おいし。じゃなくて、今後はそういう方針で依頼を請けることにする」
と締め括る。仲間達5名と肩の1羽は特に異論もないらしく、
「わかった~」
「「はぁい」」
「了解」
「承知した」
「カァ~」
と各々に頷くのであった。
~・~・~・~
それから程なくして、武芸者協会〈ベルクザウム〉支部にやって来た”鬼火”の一党は大きな掲示板の前にいた。
ここに張り出してある依頼書を取って受付で受注する、というシステムはどの支部でも共通だ。
〈ウィルデリッタルト〉支部ほど人も多くなく、どこか静けさの漂う建物内だが、防寒着をしっかり着込んだ彼らには少々暑い。特に女性陣は毛皮の耳当てまでしているので尚更だろう。
これは昨日の散策中、以前〈ドラッヘンクヴェーレ〉でエーラが頭巾を被っていた姿を思い出したアルが服屋で見つけて贈ったものだ。
可愛らしく「ありがとーっ」と喜ぶ森人にニコニコしていたら凛華とラウラまで欲しがり、「まぁ別にいいか」と一党の財布から買うも、なぜか2人の反応は微妙であった。
ついでにソーニャの分も購入して渡すと、思いの外暖かかったのかすぐにマルクに自慢し始めたのだが、自前の毛皮がある人狼の彼は微妙な顔で彼女をあやすのだった。
ちなみにアルは「気配察知が鈍る」という理由で、マルクは「面倒臭ぇ」という理由で買ってすらいない。
「これなんて良いんじゃない? よくわかんないけど推奨等級は五等以上よ」
むう、と考え込むような顔でアルが掲示板を眺めていると、凛華が端に貼られたばかりらしい依頼書を指した。
「えーと……シラユキオオヤマネコの保護? 捕獲じゃなくて?」
そこには《都市郊外の牧場にシラユキオオヤマネコが出たので保護してほしい》との依頼文が記載されている。
「シラユキだって! 名前は魅力的だね! てか凛華ぁ~? ぜーったいこの魔物? 獣? が可愛いのか気になっただけだよね?」
「そうよ」
耳長娘がじゃれつくと鬼娘は堂々と頷いた。些か趣味に傾倒し過ぎではなかろうか? とアルが思わず半眼を向ける。
「魔物……? なんでしょうか?」
「捕獲も保護もそう変わんなくね? なんでわざわざ”保護”にしてんだ?」
「どこかにいたのが逃げてきた、とか?」
ラウラ、マルク、ソーニャはそれぞれ憶測や疑問を口にした。
すると、背後で男性特有の低い声が上がる。
「馬鹿共の乱獲から守る為さ」
「えっ?」
「クァ?」
6人が振り向くと、獅子の鬣染みた黄褐色の髪と髭をきっちり整えた中年の武芸者が苦々しい顔で立っていた。
齢は『黒鉄の旋風』に所属する6名より少なくとも10歳は上だろう。アルは一応気に留めていたが、注意しておかないと所在を掴み損ないそうなほどに気配が薄い。
見た目の武骨な強印象とチグハグだ。
胸に提げている認識票は個人三等級。一党は組んでいないらしい。
よくよく三等級と縁があるな、と思いつつ、アルは詳しく訊ねてみることにした。
「”乱獲”ってどういうことですか? ここには少し前に着いたばかりで、あまり事情を知らなくて」
「そうだろうな、って個人四等級が四人もいるのか。魔族がいるのはわかっちゃいたが……」
「…………」
6名の認識票を見た男はそのように驚きながら、凜華の二本角とエーラの尖り耳をチラリと見やり、直ぐに話を元に戻す。
「っとすまん。シラユキオオヤマネコってのは、猫をそのまま大きくしたような感じの大人しい魔物でな。好事家共がその真っ白で綺麗な毛皮を欲しがって乱獲したせいで、今は数が激減してるんだ。十年ちょっと前に帝国が保護を決めた……までは良かったんだが、それでも欲しがる連中とそんなクズ共に雇われた密猟者共が跡を絶たなくてな」
「つまり、そんな連中から守ってくれって依頼ね!」
依頼の魔物にすっかり同情した凛華が、憤然とした表情で眉尻をキリリと吊り上げた。
「ああ、そうだ」
「保護されたシラユキオオヤマネコはどうなるんでしょうか?」
「帝国の北西部にそういう絶滅危惧種を集めた自然保護区がある。そこに送られるのさ。あ、ちなみに殺したりすれば重罪だぞ」
ラウラの質問に、男性武芸者が鹿爪らしい顔で答える。
「なるほど。じゃあ早い方が良さそうですね」
アルはそう言うと、さっさと依頼書を剥がしに掛かった。
こういった情報収集は武芸者同士のやり取りとしてよくあることなのだが、マルクだけは掲示板に向き直らずに男を凝視したまま鼻をスン、と鳴らして訊ねる。
「あんた、何者だ? 匂いが人間と少し違うぞ」
「……鼻が良いな。もしや君も魔族か?」
「人狼族だ」
「納得。君の言う通り、俺は純粋な人間じゃない。四半獣人なんだ」
男性武芸者は苦笑を一つ零して答えた。
四半獣人――獣人族の血が4分の1入っている、ほぼ人間と言っても大きな相違はない存在だ。マルクはその微妙な違いを嗅ぎ取ったらしい。
すると、アルもどこか納得したような反応を示した。
「四半獣人? 魔力は普通なのに気配が妙に薄かったのはそういうことだったんですね」
「そっちの君も魔族だったのか。妙な感覚だからわからなかった」
男性武芸者もアルの方に視線を向けた。彼は彼で、黎い髪の青年に対し、人間とも魔族とも取れる感覚を覚えていたのだ。
魔力で魔族だと判断できなかったのは、アルから流れ出ている余剰魔力の実に8割ほどが『八針封刻紋』の常時起動用として吸われているからである。
要は、魔力を昂らせる戦闘中でもない限り、生体魔力感知を用いてもアルからあまり大きな魔力を感じないということだ。
以前、〈ヴァルトシュタット〉にて鉱人鍛冶師ダビドフ・ラークが一目で断定できたのは、アルの余剰魔力の質を微細に感じ取り、尚且つ腰に提げている刀を見たからである。
この男性武芸者が無能だから気付かなかったというわけでは決してない。むしろ違和感を抱けるだけ優秀な方だ。
「ええ、まあ」
アルは曖昧に答えた。自身が半龍人であるとホイホイ明かすほど口は軽くない。それは仲間達も同様である。
「そうか。あー……そっちのお嬢さん方は流石に人間、で合ってるか?」
「ええ」
長期依頼の護衛任務は継続中だ。アルは極々自然体でラウラとソーニャの代わりにさらっと応えた。
「だよな。見誤ったかと思ったよ」
四半獣人の武芸者は納得した様子を見せつつ、しかし直ぐに言いにくそうな様子でおずおずと口を開き直す。
「あー……で、その依頼は請けるのか?」
マルクより頭一つ分以上に背も高ければ、胸板も分厚い男のする仕草としてはあまりに似合わない。
「そのつもりですけど、何かありましたか?」
男からまったく邪な気配を感じなかったので、アルはいっそ不思議そうに訊ねた。
「いや。誰も請けないなら請けようかと思っててな」
「あ、ええと……」
「いや請けるなら構わないんだ、すまん。保護依頼なら支部に頼めば檻付きの荷台を貸してくれるぞ」
申し訳なさそうな顔をする年下の武芸者へ、四半獣人の武芸者は慌てて手を振り、親切にもそんな情報まで付け加える。
「そうなんですか。えーと、ありがとうございます?」
「はは、それは支部に言うといい。それじゃあな」
アルが軽く頭を下げると、男は後ろ手をサッと振って立ち去っていった。
――親切な先輩武芸者、で良いのかな……?
「まぁ……とりあえず、受付に行くか」
「そうね!」
「行こ行こ!」
「シラユキオオヤマネコ、ちょっと楽しみです。”蛟”を思い出しますね」
「そこまで大きい魔物なら私には無理かもしれん」
「ありゃあさすがに別格だろ」
「カァ~」
気を取り直して動き出す頭目に、一党の面々はテンションも高く依頼の受注へと足を向けるのだった。
☆ ★ ☆
四半獣人の男は受付横の壁に寄り掛かって顔見知りの職員へ声を掛けた。
「なぁ、あいつら大丈夫かね?」
不安そうな瞳には、縦に細い丸みを帯びた菱形の瞳孔が浮かんでいる。四半獣人特有の瞳孔だ。半獣人や純粋な獣人族ではこうならない。
「おや、レオナールさん。彼らとお知り合いだったんですか?」
受付職員が驚いたような顔に変わる。この四半獣人のレオナールという男は、この都市で長年活動を続けている熟練武芸者だ。大抵の職員と顔見知りである。
「いや、さっき知り合ったばかりだよ」
「では依頼内容も知っていると?」
「ああ、シラユキオオヤマネコの保護だろう?」
「ええ……彼らと揉め事でもありましたか?」
「や、そういうわけじゃないが……あいつら、強いだろう? 人間のお嬢さん二人以外は特に」
四半獣人の男――レオナールはマルクと同じく嗅覚で嗅ぎ取っていた。強者が醸し出す独特の匂い。
あの人間の少女らからも一瞬とは言え、人間かどうか判断に困るくらいの魔力を感じていた。
「そりゃあ強いと思いますけど……何か不安でも?」
「ああ、いや。あいつら保護依頼とかやったことなさそうでな」
「……なるほど。レオナールさんの言いたいこと、理解できましたよ」
職員は得心がいったのか「ははぁ」と頷く。
レオナールの不安とは…………強いばかりに討伐等の戦闘系依頼に傾倒し、繊細な依頼まで同じように力任せな解決手段を取ったりしないだろうか? と、いうものだ。
特に保護対象の動物を殺してしまえば、仮令そんな気がなくとも重罪。協会から事前に説明はあるにしても、彼らは大丈夫だろうか? と、考えたのである。
「ですが、おそらく問題ないと思いますよ?」
しかし、職員からはすぐに意外な返答が返ってきた。
「ん? 何か知ってるのかね?」
確信めいた職員にレオナールが眉を軽く上げて訊ねると、
「レオナールさんは『月刊武芸者』読んでますか?」
と、逆に問い返される。
「ああ、新聞とそいつは読んでるが……」
「でしたら”鬼火”の一党って聞き覚えはありませんか?」
意味が判らぬまま肯定を返したところに、再度の問い掛け。レオナールは読んだばかりの記事を思い返しながら答えた。
「ある。〈ゼーレンフィールン〉の魔獣侵攻を食い止めたり、〈ドラッヘンクヴェーレ〉にいる十叉大水蛇の捕獲を目論んだ”叛逆騎士”を『黒鉄の旋風』と組んで止めた立役者って言われてる注目株の新人だろう? 確か全員に二つ名がって…………おいまさか」
「彼らがそうです」
したり顔で職員は首肯する。
「……マジか。若過ぎるだろう」
「ですが登録情報に間違いはありませんよ」
「それじゃ、あいつが”鬼火”か」
レオナールの視線の先には、仲間へ向けて依頼の対処方針を話しているアルクスがいた。
「シラユキオオヤマネコは夜行性らしいから、一回宿戻って仮眠とっとこう」
「夕食は?」
「食べてから出る」
「荷台はいいけど、馬どうする? ボクら乗れないよ?」
「ラウラかソーニャなら馬扱えるんじゃない?」
「一応扱えますけど、御者台は初めてですよ?」
「私もそうだな。そもそも馬術はラウラの方が上だ」
「とりあえず先に試して無理そうなら運ぶ人だけ雇うか……マルクが引っ張るかだね」
「おい」
「冗談だって。ていうか人狼だとシラユキオオヤマネコが怯えそうだね」
「あー……案外あるかもな」
「そもそもどうやって捕まえるのだ?」
「生肉でも持って行って炙ってみますか? 大人しくついて来てくれるかは判りませんけど」
「だなぁ。最悪凛華が冰の檻を作れば良いんじゃない?」
「それなら言いなさい。当てないようにちゃあんと作ってあげるわ。その後モフモフするのよ」
「そっちは保護してからにしなよ~」
「ま、一旦支部出ようか。いい加減それ暑いだろ?」
「そうね! 出ましょ」
「ですね。少し暑いです」
「ボクはそこまでだけどなぁ」
「やっぱ二人は耳当て要らなかったんじゃない?」
そんな会話を交わしながら6名が支部の建物を出て行く。
頭目の肩に留まっているのは鳥型の使い魔だと思っていたが、よくよく見れば三ツ足鴉――魔獣だ。レオナールの目には何とも底の知れない若者達に見えた。
「ね? 期待できるでしょう?」
「他の雑誌ならともかく『月刊武芸者』に載ってたからなぁ……」
武芸者協会の広報が審査した上で発刊されている『月刊武芸者』は、その辺のゴシップ誌と比べて信頼度が圧倒的に違う。
何せ元々協会が対外的に彼らの活躍を広めるべく依頼して創刊された専門誌なのだから、記事はほぼ全て真実だと思って良い。
「ええ、ですから期待しておきましょう」
きっと大丈夫ですよ、と宥めすかすように言う職員にレオナールは肩を竦めつつ賛同するのであった。
* * *
結論から言うと、レオナールの心配は杞憂に終わった。依頼は成功だ。
”鬼火”の一党は出て行った翌朝、当たり前のように帰ってきた。わざわざ防壁の築かれていない山側から戻ってきたらしい。
「二匹が成体で残りは幼体三匹。親子ですね」
支部の外。職員へアルがのんびりと報告する。
貸し出した荷台の上でモフられているシラユキオオヤマネコの成体と「可愛い!」と連呼されながら抱き締められている幼体を見て、職員は期待通りだったと胸を撫で下ろした。
レオナールにああ言った手前、少々不安だったのだ。そこで、成体の右前脚に巻かれている癒薬帯が目に入る。
「怪我していたんですか?」
「させられてたんすよ」
「させられてた!?」
荷台と馬を離しながら寄越されたマルクの返答に、職員は驚愕した。
そして荷台のすぐ後ろに、矢鱈と分厚く小さめな白い冰の檻が繋がれていることに気付く。あれは支部のものではない。
「この者ら、密猟者の仕業です」
先程まで幼体のシラユキオオヤマネコを可愛がっていたラウラが嫌悪感も露わに視線をやる。”姫騎士”――ソーニャの視線も非常に冷たかった。
「そーらよっと」
ザア――――ッ。
面倒だとばかりにマルクが冰の檻を蹴って滑らせる。中には真っ白な毛皮を着込んだ男達がぎゅうぎゅうに詰められていた。
よく見れば檻の隙間は一部を除いてすべて凍っている。空気穴だけ残して鮨詰めにしたような感じだ。
「この毛皮はもしや……シラユキオオヤマネコの」
男の着ていた毛皮を引っ張って確認した職員に首肯した”鬼火”が報告する。
「ああ、やっぱりそうだったんですね。これ被って油断させてたみたいです」
「おまけにバレたら炎浴びせるんだからサイッテーだよね」
エーラは憤然とした表情を隠そうともしない。アルがその背中をぽんぽんと叩いて宥めた。
「あ、この連中凍ってるけど一応生かしてあります。どうしたらいいですか?」
冰の檻を作った張本人――”冰剣”が問う。
ちなみにだが、乱暴に幼体を袋に詰めていた密猟者共に激昂した凛華が加減抜きに凍らせたせいで空気穴を作るのに苦労した。
「すぐに憲兵を呼んできますので!」
依頼していた〈ベルクザウム〉の環境課の役人達が慌てて人を呼びに行く。
「あ、依頼票を」
「すぐに署名致しますので」
依頼票にその場で署名してもらい、アルはそのまま職員へ手渡した。これにて依頼達成である。
「さーて宿に戻ろう。お腹減ったし、眠いし」
「おーう。けどその為にはあれ、どうにかするしかねーんじゃね?」
「クァ、カァ~?」
親友と肩の三ツ足鴉の啼き声にアルが視線を向けると、そこには件の魔物といまだ戯れている女性陣4名の姿があった。
シラユキオオヤマネコは細くシュッとした体躯に、綿毛のようにふわふわな真っ白い毛皮を持つ大型のネコ科の魔物だ。当然、非常に愛くるしい。
ふれ合いたい彼女らの気持ちもわからないこともないが、眠気の方が勝っているアルは親友へ声を掛けてみた。
「あー…………マルク」
「断る」
「まだ何も言ってないだろ?」
「あいつら呼ぶのは頭目の仕事だろ」
「もう放置して帰ったら……」
「後でイヤミ言われるぞ。特に凛華とエーラから」
「……わかったよぉ、行けばいいんだろ行けばぁ」
諦めたアルが重い瞼を擦りながら女性陣を呼びに行く。何とも面倒臭い、と背中に書いてある。
そんな若手一党をレオナールは納得の表情で眺めていた。
どうやら『月刊武芸者』に載っている記事は事実であるらしい。
密猟者と戦闘になったようだが、緊張感の欠片も残っていなければ、興奮した様子すらないのは彼らがそれだけ修羅場を潜り抜けてきた証なのだろう。
山岳都市の熟練武芸者レオナールは新時代の風を感じつつ、武芸者としての血が滾る感覚も覚えるのであった。
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