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【祝15.9万PV❗️】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第0部 

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序 章

物語はやがて、この一点へと収束していきます。

 月影(つきかげ)ひとつ差さぬ未明の空に、微かな星群が浮かび上がっている。


 穏やかな夜だ。


 しかし、その空の下――堅牢な防壁の内側は、静けさこそ保たれていたが張り詰めた緊張感で満ちていた。


 兵溜(へいだ)まりにひしめき合う、押し殺された息遣い。


 忙しなく揺れ、あるいは一箇所を凝視しているギラついた眼。


「中継より伝達!」


 その時、壁上を軍靴が蹴立てる音が響き、ザ……ッと石組みに膝当てを突く音がした。


「頼む」


 と、ひと言。


 応えたのはその観測手より(とお)は若い、(くろ)髪に真紅の羽織が目立つ青年――アルクスだ。


「軍勢を確認! 距離二、〇〇〇! 旧街道を用いて進軍中とのこと!」


「数と兵装は?」


 彼は落ち着き払って問い返し、赤褐色の瞳を外の暗闇へと向けた。


「およそ六、〇〇〇と推察。騎兵が半数を占めるとのこと。また、攻城兵器も複数基確認。それと……猟犬兜が率いている、と」


 観測手の声に僅かな怒気が乗り、見えぬよう座していた壁上の兵士らも仄かに殺気を滲ませる。


「分かった。此処(ここ)から任務の継続はできるか?」


 が、アルクスは黎髪から覗く瞳を僅かに細めただけで、端的に訊ねた。


「一、〇〇〇を切れば可能です」


「なら頼む。あの切通(きりとお)しを抜けてきたら直ぐに報告を。あとは読み上げてくれ」


「承知致しました」


 観測手が望遠鏡を手に旧街道――開削された山裾を覗く。


「すまない、下に伝令をやってくれ。『敵が来た。合図を待て』と」


 アルクスはそれを横目に、じっと耳を凝らしていた兵の1人へ淀みなく命令を出した。


「はっ!」


 急いておきながら、くぐもらせた軍靴が鳴る。


「野郎を泳がせた甲斐があったってもんだ」


 そこで、さっぱりした声が上がった。


 アルクスと共に居た同年代らしき5名のうちの1人――葡萄茶(ワインレッド)の総髪を流した青年だ。


 引き締まった体躯に、胴具のみの軽装。アルクスを含めた6名のなかで最も長身。


「で? アル、指示は?」


 と、彼は続けた。


 軽い口調とは裏腹に、灰紫の瞳がアルクスにひたりと据えられている。


 付き合いの長いアルクスには分かる。


 彼は残り4名の仲間らを代表して、『踏み出しちまえば、もう後戻りできねえぞ』と、言っている。


「――」


 刹那、沈黙。逡巡を滲ませ掛けるアルクスだったが、


「報告! 距離一、〇〇〇! もう直ぐ先陣が旧街道を抜けます!」


 観測手の声を聞くや、奥歯を噛み締めて真正面から友と眼を合わせた。


 そして「ああ」と、力強くひと言。


『分かってる』と、赤褐色の瞳に白刃の如き光を宿し、仲間達に頷く。


 次いで、立て掛けていたふた振りの刀――鞘の紅桜(くれないざくら)色も艶やかな太刀、黒蝋色の鞘に外連(けれん)味の欠片もない打刀を左腰にさっと差して、


「指示を出すぞ」


 と、振り返った。


 鋭い眼光に、はたはたと靡く羽織から漂う戦風(いくさかぜ)。 


 仲間達5名が銘々に背筋を伸ばして応じ、他の兵が息を呑む。


「俺とマルクが先行。敵陣に突っ込む。指揮官と重装備を優先。首を()ねて廻るぞ」


「おう。任せろや」


 と、応じた葡萄茶(ワインレッド)頭の青年がゆらりと変化(へんげ)


 真っ先に白目が消え、鼻っ面が突き出し、(かかと)が上がっていく。


 同時に牙が鋭く伸び、黒と葡萄茶の体毛が全身を覆う。


 人型と狼の混成(ハイブリッド)――人狼だ。


「ラウラは指揮。合図を出したら、砲術兵と一緒に上から撃ち下ろしてやれ。それと、俺達が突っ込んだら下の兵を門の前に。前線の維持、()()()()解く頃合いも任せる。敵に状況を把握させるな」


 と、淀みのないアルクスの指示。


 すると、仲間内の1人――燃えるような朱髪(あかがみ)に上品そうな顔立ちの麗人が、


「分かりました!」


 と、長杖のような剣をすらりと引き抜いた。


 銀地に青い1本線(ライン)の入った軽鎧の胸に左手を当て……大きく深呼吸。


「アルさんも、どうかお気をつけて」


 僅かに琥珀瞳を憂えさせながらも、こくりと頷いた。


「うん。次、凛華」


「はいな」


 と、次いで返事をしたのは、分厚く幅広い諸刃の大剣を担いだ二本角の美鬼。


 真朱地の短裾上衣(クロップドトップス)の袂がひらり、(かんざし)の青い玉飾りが黒艶髪の上できらり。


 太めな眉と勝ち気な青い瞳がアルクスに向く。


「凛華はこっちの砲火に紛れて、俺達に続いてくれ。一気に戦線を崩壊させる」


「少しズラして行けば良いのね?」


「ああ」


「了解よ」


「それと、いつも通り頼む」


「ええ、任せときなさいな」


 と、尖った鬼牙を見せて薄く笑い、その白い肌に独特の紋様があしらわれていく。


 次いで「エーラは」との声に反応したのは、ぴんとした森人の麗女。


 濃い小麦色の肌に尖りのある長耳、乳白色を帯びた金の短髪をそよがせ、


「攻城兵器の狙撃、だね?」


 左手に持った太めの弓を持ち上げる。


「ああ、撃たせる前に潰したい。出てきたら最優先で頼む」


「まっかせて! あ、その後は?」


「射角を変えて撹乱してくれ。狙いは馬脚と敵の目だ」


「りょーかい!」


 ニッコリ、と敢えて普段通りに振る舞っているのだろう。


「それと、出だしは風を頼む」


「もっちろん!」


 彼女の弾む動きに合わせて(うぐいす)色の短外套(ケープ)がふわりと舞い、くりくりとした緑瞳が鮮やかに輝く。


 途端、弓がぎゅるぎゅると尺を変えていき――……やがて強弓(ごうきゅう)の形を取った。


「最後は」とのアルクスの声。


「私だな」


 それを引き取ったのは、騎士装束に身を包んでも尚、細身な麗人。


 首元には提げた鉢金。後頭部で纏められた栗色髪。


 左腕には武骨な騎士盾、腰に長剣。


「ソーニャ、()()()()()()。護りは頼むぞ」


 アルクスはたったひと言。


「ああ、任せてもらおう! アル殿達は安心して戦ってくれ」


 それで充分、伝わったらしい。


 彼女は萌黄(もえぎ)色の瞳に覇気を漲らせ、青(ライン)の入った胸甲をがつんっと左の籠手で叩いてみせた。


 動き出す仲間達にひとつ頷いたアルクスが「翡翠」と、もう()()の仲間を呼ぼうとしたところで、


「報告、敵の距離七〇〇! 切通しを突破! 先陣が速度を上げ――……っこ、後方で攻城兵器を横列に展開中!」


 観測手の慌てた声。


 断続的な蹄の音が()()()響き出す。


 アルクスが外に眼を向ければ、旧街道が水蒸気で煙っており、時折不自然な銀光が反射していた。


「やっぱ連中、音を消すなんかを使ってやがったな」


 鼻筋に(しわ)を寄せた人狼青年が舌打ちをするなか、


「砲術兵の皆さん、お静かに。私の合図で一斉に防壁から砲撃を開始します。伝令を一人、下へ。『指示通り、二回目の合図で開門。素早く展開せよ』と」


 朱髪麗人が凛とした声を発し、


「アル殿とマルクが最前線に辿り着けるよう、準備を。二人が行ったら直ぐに構えるぞ」


 騎士麗人が鼓舞して廻り、


「はっ!」


 伝令を筆頭に兵らが動き出す。


「距離五〇〇!」


 観測手の報告――は必要なかった。この暗闇の中でも、もう肉眼で補足できる。


 続々と軍勢が駆けてきていた。


 その時だ。


「ラウラ、合図を! マルク、先行してくれ! 俺も出る!」


 アルクスが自身の紅い籠手の最終確認を終えるなり、矢のような鋭い指示を飛ばした。


「はい!」


「了解だ!」


 2人は即応。


 朱髪麗人が剣を掲げ、防壁の真上へ真白い光を飛ばし、人狼青年がトォンっと石組みを蹴って猛獣の如く駆け出した。


「――っ!? ――!!」


 遠くで猟犬兜率いる軍勢が何事か叫んでいる。


 それらを聞き流したアルクスは、それまで大人しく防壁に留まっていた3本脚の大きな鴉へ、


「翡翠、ラウラ達の眼になってやってれ! 何かあれば直ぐに警告しろ!」


 指示を出すや、距離を取っていた美鬼の方へ疾走。


「クカカッ、カァ――!」


 もう1羽の仲間が空へ翔び立つのを横目に、


「凜華、よろしく!」


 左の腰元――太刀と打刀の隙間に中指を突っ込みながらパッと跳躍。


 ()()()()()()と化した大剣に足裏を引っ掛け、膝を曲げる。


「行ってぇ……来なさぁい!!」


 直後、美鬼が強振(フルスイング)


 アルクスは強烈な加速度(G)を受けて防壁外へとかっ飛ばされつつ、右手を胸へ。視線を下へ。


 丁度、人狼青年も防壁を蹴り飛ばして、加速していた。


 敵の軍勢は、突如として上がった閃光と飛び出してきた2つの影、そして防壁にずらっと並ぶ兵士に度肝を抜かれたのか、


「――! ――!!」


 視線をどこに向ければ良いのかすら定まっていない。


 次の瞬間、光を宿した赤褐色の瞳が背後へ。


「エーラ!!」


 アルクスが仲間を呼んだ時には、


「行っくよー……!」


 強弓に太い捻じれ矢を(つが)えた森人麗女が左膝をつき、蹲射(つくばい)の姿勢を執っていた。


 最大限まで弦を引いた彼女は刹那――……制止。


 カァン!


 直後、甲高い弦音(つるね)が鳴り響き、射出された捻じれ矢が空中の青年へと一直線に飛翔。


 と、同時だ。


「さすが!」


 アルクスの纏う真紅の羽織が有機的に、ぎゅばあっと花開く。


 そこへ吸い込まれる寸前、捻じれ矢が解け、放射状に四散。


「助かる!」


 籠められていた森人からの贈り物――ひと塊の突風を真紅の羽織が掴む。


 途端、失速しかけていたアルクスが急加速し、一気に敵陣へと吹き飛ばされた。


 未だ人数も準備も整わぬ猟犬兜率いる眼下の軍勢が、


「――!? ――!」


「――!!」


 何言か叫んだのも束の間。


 葡萄茶(ワインレッド)の影と化した人狼が猛然と襲い掛かり――


 蒼い炎の尾羽根を散らせたアルクスが無慈悲に墜ちていく――。

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