0話 甦った死の記憶
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
また、最初は世界観説明もあり非常にゆっくりとしか進められませんが、なにとぞよろしくお願いいたします。
都内近郊にあるコンビニ。
緑褐色のMA-1ジャンパーを着ている男は、隣の黒い革ジャンを着た友人へ「やってられない」とばかりに愚痴を漏らした。
「せっかくのツーリングでこの天気!こう寒いんじゃ長々走れねーって」
午前10時はとっくに過ぎているにも関わらず空はどんよりと暗く、今日はもうお天道様の光を拝むことはないだろうとの確信が持てるほどに分厚い雲が浮かんでいる。
暗澹たるとはこのことだ、と胸中に渦巻く天への恨み節をぼやいた男に友人は肩を竦めた。
「こればっかりはしゃあないって。こうなったらさっさとゴールの温泉に行こうぜ?雨が降ってないだけマシってもんさ」
この土日は一泊二日のツーリングを予定していたのだ。
道中で気になった道の駅や観光名所へ立ち寄り、楽しそうなワインディングを見つければ飛び込むようにハンドルを向ける。
そうして最終目的地である温泉に浸かり、翌日の朝方まだ日の高くない内に澄んだ空気を呷りながら帰る。
前々からそんな計画を立てていた。だというのにこの悪天候。
「午前様から温泉かぁ~……」
男が難色を示すように低く唸る。
この男は道路に雪さえ降っていなければ、寒かろうと暑かろうと雨に打たれようと平気な顔で走りに行こうとする、自他共に認める阿呆なバイク野郎だ。
酷いコンディションを承知の上で走りに出た挙げ句、泣きを見た回数は数えきれない。
そんなバイク狂いにとって雨すら降り出してもいないのに今からゴールへ直行と云うのは、やはり勿体ない気がしてならなかった。
「たまの贅沢ってことで良いじゃないか」
な?と肩を叩く友人に、男が難しい顔で更に唸る。
まだ降り出しちゃいない、とは云え今日は寒い。
「早くから温泉に浸かったってバチは当たんないだろ?」
尚も促す友人に、男もとうとう折れた。
二人とも当年取って29歳。三十路前だ。
平日あくせく仕事に精を出したご褒美としてツーリングに出向いているのだから、この酷寒のなか、指の千切れそうな痛みに耐えてひたすらバイクを転がし続けることもあるまい。
己に何度もそう言い聞かせ、男は渋々と云った様子で引き結んでいた口を開く。
「……んじゃ目的地に直行すっか。コーヒー飲みながらルート決めだな」
「おーけぇい、俺はロイヤルミルクティーで」
「そこはどうでも良くね?」
そんな会話を交わしながら、男がMサイズのコーヒー片手にスマホを取り出す。
「ま、直行するにしたってルートはいっくらでもあるんだし、おもしろそうなとこ通ってこうじゃないの」
友人もまたスマホを片手に、男を追い抜いて前を歩き出した。
店に面した駐車場に停めてあるバイク二台のタンクが鈍色の空をそれぞれに反射している。
男も友人の後を追って愛車の方へ向かいつつ、何の気なしに周りを見た。
軽トラが1台、店の入口近くにバックで停車しようとしている。
この寒さだ。降車してすぐ暖かい店内に入りたいのだろう。
―――――気持ちはわかる。
などと益体もなく考えていた男の視界では、軽トラが駐車しようとしているスペースのタイヤ止めと店の隙間を、友人がちょうど通り抜けているところだった。
ブィィィィィ――――ン!
そこで妙に大きくて甲高いエンジン音が男の耳に刺さる。
発生源は軽トラ。駐車するのにそこまでアクセルを踏む必要はないはず。
友人も無意識でなのか、足をはやめた。
だが、その瞬間だった。
「は……?」
軽トラがタイヤ止めをガゴンッと乗り越えたのは。
男の視界いっぱいに、轢き殺されそうになっている友人の背が大写しになった。
「斎藤ォ!!」
友人の名を叫んで突き飛ばす。
そこに深い思考はない。ただの反射的な行動だった。
「え……っ?」
押された友人がロイヤルミルクティーを溢したのが見えた。
次の瞬間、形容するのであれば『グシャッ!メキッ!グチャ!パキッ!』という音が身体の内側から聞こえ、わけがわからないほどの衝撃と痛みに次いで、体感したこともない異常な圧力に男は襲われた。
まるで身体全体を巨大な手で無理矢理握り潰されたような感覚だ。
と同時に頭部や腹部、足に冷たく鋭い痛みが駆け抜ける。
が、すぐにそれもわからなくなった。
景色が明滅する。
自分がどんな状態なのかわからない。
「あ゛……?」
瞼が開いていたことをようやく認識した男が見たのは、不自然に折れ曲がった己の腕。
そしてその袖口から少なくない量のコーヒーが滴っている。
ホットコーヒーを買ったはずなのに、ちっとも熱くない。
それにどうやら自分は倒れているようだ。
「長月!長月っ!?車どけろ!おい、どけろっつってんだ!!聞こえねえのかこの大ボケ野郎!!」
薄い金属板をバンバン!と叩くような音と斎藤の声も聞こえたが、何枚もの障子を隔てているかのように音そのものが矢鱈と遠い。
「聞こえるか長月!おい聞こえるか!?すぐ救急車呼んでやるからな!?」
一瞬で血塗れになってしまった友人の姿を見ながら、斎藤が震える指で119番へ連絡する。
軽トラは長月にぶつかった後も勢いを止めることなく店内にまで突っ込んだのだ。
辺りは騒然としている。
カヒュー……コシュー……と掠れる音が耳につき、それが自分の呼吸音だと理解するまでに長月は数秒の時を要した。
まともに息が吸えない。
眼球だけ動かして斎藤の方を見ると、彼は赤黒い手で握るスマホでどこかへ電話をかけている。
あんなにも青褪め、あそこまで焦っている友人の姿は初めて見た。
他人事のように長月がそう思っていると、斎藤が涙ぐみながら語り掛けてくる。
「救急車呼んだからな!もう大丈夫だ!大丈夫だから!」
きっと……大丈夫ではない。
(もうダメだろうな)
長月は冷静にそう思った。
重傷なはずなのに痛みが薄らぼんやりとしていて、身体が言うことを利かない。
血液以外の何かが身体から流れ落ちているような気すらしていた。
ショック死しなかったことを幸運と取るか不運と取るかは微妙だが、こうなると出来ることも限られてくる。
せっかくのツーリングをダメにしてしまった。
楽しく、男同士のお気楽な時間になる予定が、リアルなドギツいスプラッタを見せてしまった。
だから――――――。
「悪ィな゛……」
そしてこれだけは言っておかなければ。
「あ゛と……あ゛んま゛、気にずんな゛よ」
この友人はひどく気に病んでしまうから。そういう奴なのだ。
しかし口がちゃんと回ったかどうかはわからなかった。
だがもう限界だ。
言ったことにして意識をフッと手放す。
こうして長月という男は呆気なく命を落とした。
● ○ ●
「アル!?アル!!アルクス!!大丈夫か!?」
目を開くと、紫紺色のドレスローブを着た妖艶な美人がアルクスの頭や頬に手を当てて心配そうな表情を見せていた。
こちらも顔が青褪めている。
普段の悠然と構えている彼女の姿しか知らないアルクスは、目をパチパチさせて面食らいながらも頭をこくこくと頷かせた。
途端、年齢不詳のグラマラスな美人がホッと安堵したように笑みを浮かべる。
「同規模、同属性の魔力をぶつけ合うなぞ無謀な真似をするとは思わんかったぞ。 効果が二乗されたのじゃ。 これが風属性じゃったから良かったものの……ま、じゃがもう安心じゃぞ。 とっておきの『治癒術』を使ったからの。 む? まだぼーっとしておるようじゃが本当に大丈夫か? どこか変なとこがあるかの? やっぱりもう一度術を掛け直し――――」
そうまくし立ててくる妖艶な美女――――否、魔術の師を遮って、何もかも思い出したアルクスはこう告げた。
「ししょう。ぼく、前世のきおくがあるみたいです」
今回が導入部となります。
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