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『妹が「お姉様の仕事くらい私にもできます」と言うので、婚約者も王妃教育も譲りました。ですが三日で王宮が止まりました』  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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205/208

第205話 トルナ村から来た母の手紙

総括記録を閉じた翌朝、ミレーヌは寝坊した。


 正確に言えば、寝坊ではない。


 王弟府の勤務開始には間に合っている。


 髪も整えた。

 服も乱れていない。

 記録官補の徽章も、曲がらず胸に留まっている。


 ただ、朝食のパンを手に取ったまま三度ほどぼんやりし、紅茶へ砂糖を入れたかどうか分からなくなり、結局甘すぎる紅茶を飲む羽目になった。


 それを見たオスカーが、記録室の入口で言った。


「おはようございます。顔が封印済みの記録みたいですよ」


「どういう意味ですか」


「閉じて、紐をかけて、しばらく開けたくない顔です」


「朝から失礼ですね」


「比喩としては正確だと思います」


「記録に残しますよ」


「撤回します」


 軽口を返しながらも、ミレーヌは自分でも分かっていた。


 少し、終わった気になっていたのだ。


 南施療院未着布および問無運用に関する総括記録。


 ――消された名前を戻すために――


 その表紙に封印補助印を押した時、胸の奥で何かが一区切りついた。


 ハーゲンの名は戻った。

 問無は禁止された。

 照会監査室も動き始める。

 南施療院の布も届いた。


 もちろん、全部が終わったわけではない。


 それは分かっている。


 分かっているのに、身体のどこかが「少し休ませて」と言っていた。


 だから、記録室に置かれた新しい木箱を見た瞬間、ミレーヌは思わず足を止めた。


 木箱は小さい。


 前に財務院から届いた抗議箱のように大きくも重くもない。


 だが、蓋の上に貼られた紙を見た瞬間、嫌な予感がした。


 西北領トルナ村・返信


 ミレーヌの眠気は、一瞬で消えた。


 オスカーも軽口をやめる。


「届きましたか」


「……はい」


 ミレーヌは木箱の前に立ったまま、すぐには手を伸ばせなかった。


 あの手紙。


 うちの村の薬も、紙では届いたことになっていました。


 春の熱病で、子どもが三人死にました。


 薬が来なかったせいだけとは言えないと村医者は言います。でも、届いたと書いてあった薬がどこへ行ったかは聞きたいです。


 総括記録を閉じる前に届いた、あの短い訴え。


 王弟府は返書を送った。


 薬の行方を調べてよいか、もう一度あなたに聞きます、と。


 その返事が来たのだ。


 オスカーが低く言う。


「クラリス顧問を呼びますか」


「はい。あと、ハーゲン様も」


「医官の許可が必要です」


「分かっています」


 ミレーヌは木箱を持ち上げた。


 軽い。


 中には、たぶん一通か二通しか入っていない。


 それなのに、両腕にずしりと重さが残った。


     ◇


 王弟府の小会議室に集まったのは、クラリス、グレゴール、オスカー、ミレーヌ、そして照会監査室準備協力者としてのハーゲンだった。


 ハーゲンの勤務はまだ半日である。


 今日は本来、午前は休養、午後から資料整理の予定だった。


 しかし、トルナ村から返事が届いたと聞くと、彼は自分から出席を希望した。


 エリオス医官は渋い顔をした。


「昨日、総括記録を閉じたばかりです」


「はい」


「疲労が残っています」


「分かっています」


「分かっている人は、もっと寝ます」


「それは、分かっていますが実行できない方の分かっていますです」


「最悪の分類ですね」


 それでも、エリオスは出席を完全には止めなかった。


 条件をつけた。


 一刻以内。

 途中休止可。

 本人に関わる内容で体調が悪化した場合は即退席。

 そして、発言しない時間があっても「混乱」と記録しない。


 最後の条件を聞いて、ハーゲンは少し笑った。


「医官殿まで、記録の言葉に厳しくなりましたね」


「患者に鍛えられました」


「私は患者ですか」


「今は、厄介な協力者です」


「それは病名ですか」


「ほぼ」


 ミレーヌは、つい笑いそうになった。


 ハーゲンも少しだけ笑った。


 だが、小会議室で木箱が開かれると、全員の表情は変わった。


 中には、紙が三枚入っていた。


 一枚目は、代書人による正式な同意書。


 西北領トルナ村、薬草番ラウラ・ベンテの妻、マーヤ・ベンテは、三年前の春季薬草費支出について、王弟府照会監査室準備班による調査を望む。薬の行方を調べてよい。


 署名欄には、本人の名らしい文字があった。


 震えている。


 代書人の整った字とは明らかに違う。


 マーヤ本人が、名だけは自分で書いたのだろう。


 二枚目は、村代書人の補足。


 本人は読み書きに不慣れなれど、内容を口頭で確認し、調査希望の意思を示した。本人は「子どもが戻るわけではないが、薬がどこへ行ったかだけは死ぬ前に知りたい」と述べた。


 ミレーヌの手が止まった。


 死ぬ前に。


 その言葉が、紙の上で重かった。


 クラリスが静かに尋ねる。


「ミレーヌ様。読めますか」


「読めます」


 声は少し震えた。


 でも、読める。


 三枚目は、村医者による簡単な症状記録だった。


 春の熱病。

 発症者二十七名。

 子ども九名。

 死亡三名。

 成人死亡なし。

 不足した薬草は、解熱用のミルガ草と、咳止めに使う青根皮。


 最後に、村医者の追記がある。


 薬が届いていれば全員が助かったとは断言できない。ただし、不足が治療の選択肢を狭めたことは事実である。


 グレゴールが小さく唸った。


「慎重な医者ですね」


 エリオスが同席していたなら、同じことを言ったかもしれない。


 ハーゲンは、村医者の追記を長く見ていた。


「薬があれば助かった、と書いていない」


 ミレーヌは頷く。


「はい」


「でも、薬がなかったことは事実」


「はい」


「この書き方は、信用できます」


 クラリスも頷いた。


「ええ。感情を抑えて、事実を分けています」


 ミレーヌは、マーヤの同意書を見た。


「この方は、子どもを亡くしたのですよね」


「おそらく」


「それなのに、村医者は“助かったとは断言できない”と書いている」


 言いながら、ミレーヌは少し胸が痛んだ。


 冷たいようにも見える。


 けれど、それが必要なのも分かる。


 怒りだけで書けば、王宮は逃げる。


 感情的だと言われる。


 証拠が薄いと言われる。


 だから、村医者は厳密に書いた。


 その厳密さが、かえって悲しかった。


 ハーゲンが静かに言った。


「泣きながらでも、正確に書く人はいます」


 ミレーヌは彼を見る。


「そうですね」


「泣いていないから冷たいわけではないし、泣いているから不正確なわけでもありません」


 クラリスが少しだけ目を細めた。


「よい言葉です」


 ハーゲンは苦い顔をした。


「また記録されますか」


「必要なら」


「では、少し直します。感情と正確さは、敵ではありません」


 ミレーヌは、私的手帳に書いた。


 感情と正確さは、敵ではない。


     ◇


 トルナ村の件は、照会監査室準備班の初めての正式調査対象となった。


 まだ監査室は完全には設置されていない。


 看板も仮。

 人員も仮。

 規程も施行直後で、実務の穴だらけ。


 それでも、最初の照会番号が振られた。


 照監準一号――トルナ村春季薬草費支出照会。


 グレゴールは番号を見て、微妙な顔をした。


「照監準一号、ですか」


 オスカーが言う。


「仮設部署なので」


「後世の人間が見た時に分かりにくい」


 ミレーヌが提案した。


「では、通称を」


 全員が彼女を見た。


「毎回私を見るのはやめてください」


 ハーゲンが真面目に言う。


「薬草照会、でよいのでは」


「普通ですね」


「普通がよい時もあります」


 クラリスが頷く。


「正式番号は照監準一号。通称はトルナ村薬草照会。これで進めます」


 ミレーヌは記録した。


 総括記録を閉じた翌日に、次の照会番号が振られる。


 あまりにも早い。


 少し、息が詰まる。


 彼女が手を止めたことに、クラリスが気づいた。


「ミレーヌ様」


「はい」


「休みますか」


「大丈夫です」


 そう答えてから、ミレーヌは少し迷った。


 大丈夫ではない時に大丈夫と言うのは、あまりよくない。


「大丈夫ですが、少し嫌です」


 ハーゲンが顔を上げる。


「嫌」


「はい。昨日、記録を閉じたばかりなのに、もう次の子どもの死が出てきました。嫌です。正直、もう少しだけ、終わった気分でいたかったです」


 言ってから、ひどいことを言った気がした。


 トルナ村の母は、三年待っている。


 死ぬ前に薬の行方を知りたいと書いている。


 それなのに、自分はもう少し休みたかったと言っている。


「すみません」


 ミレーヌが言うと、ハーゲンは首を横に振った。


「謝らなくてよいと思います」


「でも」


「閉じた記録が、次の問いを開いたのですね」


 その言葉に、ミレーヌは顔を上げた。


 ハーゲンは、同意書を見ていた。


「総括記録を作ったから、トルナ村の方は返事を出せたのかもしれません。問うてよいのだと、思えたのかもしれません」


「はい」


「でも、作った側は疲れます」


「はい」


「疲れたまま次の問いを受ける仕組みも、考えなければならないですね」


 クラリスが、すぐに頷いた。


「照会監査室の運用規程に、担当者交代と休養義務を入れましょう」


 オスカーがぼそっと言う。


「また仕事が増えました」


「休養義務の仕事が増えるのは、少し矛盾していますね」


 ミレーヌが言うと、オスカーは肩をすくめた。


「休むためにも紙が要るのが王宮です」


 ハーゲンが真顔で頷く。


「休む理由が書けないと、休めない人がいます」


「実感がこもっていますね」


「かなり」


 そのやり取りで、少しだけ空気が緩んだ。


 ミレーヌは深く息を吸う。


 嫌だ。


 疲れる。


 でも、ここで止めれば、また問無の親戚になる。


「続けます」


 彼女が言うと、クラリスは短く頷いた。


「では、最初に財務院記録を取り寄せます」


     ◇


 財務院から届いたトルナ村薬草費の支出記録は、表面上は整っていた。


 三年前、春季熱病対策として王妃基金の村落医療補助枠から支出。


 対象、西北領トルナ村。


 品目、ミルガ草乾燥束、青根皮、熱冷まし油。


 金額、銀貨百二十枚相当。


 支払先、北風薬種組合。


 受領印あり。


 処理欄には、短くこう書かれている。


 既済扱。再照会不要。


 ミレーヌは、その文字を見た瞬間、背中が冷えた。


「問無ではありませんね」


 オスカーが言う。


「ええ。問無ではありません」


 グレゴールが続ける。


「しかし、意味は近い」


 ハーゲンは支出記録の写しを受け取り、じっと見つめた。


「既済扱」


 その声は低い。


「便利な言葉です」


 クラリスが尋ねる。


「財務院で使われていましたか」


「はい。通常は、支出と受領が確認され、細かな再確認を不要とする時に使います」


「正当な使い方もある?」


「あります。全ての支出を何度も照会していたら、仕事が止まりますから」


「では、この場合は」


 ハーゲンは記録を指した。


「村側の実受領確認がありません。北風薬種組合の受領印だけです」


「組合が薬草を買って村へ届けた、という形ですね」


「はい。問題は、その後の村受領印がないことです」


 ミレーヌが資料をめくる。


「代書人の補足では、村は薬を受け取っていないと」


「少なくとも、必要な量は届いていません」


 ハーゲンは慎重に言った。


「完全にゼロか、一部だけかは調査が必要です」


「北風薬種組合とは?」


 オスカーが別紙を探す。


「財務院登録では、薬草仲介業者。西北領の複数村へ納入実績あり」


「現存していますか」


「登録上は……」


 そこで、オスカーの手が止まった。


「二年前に解散届が出ています」


 部屋が静まった。


 ミレーヌは思わず聞き返す。


「解散済み?」


「はい。ただ、この支出は三年前なので、当時は存在していたことになります」


 ハーゲンが首を横に振った。


「解散届の日付だけでは分かりません」


「どういうことですか」


「帳簿だけ残っていた可能性があります。実態がなくても、登録上は存在する組合はあります」


 クラリスの目が鋭くなる。


「空の器」


「はい」


「支払いを受けるための器ですか」


「その可能性があります」


 ミレーヌは、支払先欄を見た。


 北風薬種組合。


 いかにも地方にありそうな名だ。


 だが、薬は届いていない。


 届いたことになっている。


 どこかで金だけが通った。


「受領印は本物でしょうか」


 クラリスが尋ねる。


 グレゴールが拡大写しを出す。


「北風薬種組合の印影と、財務院登録印は一致しています」


「組合印は本物」


「はい。ただし、村側の受領印ではありません」


 ハーゲンは、支出記録の端に目を留めた。


「この旧印」


 ミレーヌも覗き込む。


 紙の右下。


 薄れてはいるが、王妃基金の旧印が押されている。


 南施療院の件でも見た印だ。


 クラリスが言う。


「王妃基金村落医療補助枠」


「はい」


 ハーゲンは、もう一つの小さな記号を指した。


「ここに、“調”の字があります」


「調?」


「調整費の略かもしれません」


 ミレーヌの背筋が冷えた。


 王妃基金調整費。


 次章プロットの本丸へ繋がる言葉だ。


 オスカーが慌てて別の資料を探す。


「支出明細には、薬草費銀貨百二十枚。内訳、薬草本体九十枚、運搬費十枚、調整費二十枚」


「調整費が高いですね」


 ミレーヌが言うと、ハーゲンは頷いた。


「高すぎます」


「どれくらいが普通ですか」


「村落医療補助なら、運搬費込みで総額の一割以下が多いです。これは六分の一です」


「六分の一……」


 クラリスは記録を見ながら言った。


「調整費の支払先は」


 オスカーが顔をしかめた。


「北風薬種組合と同一です」


「薬草も、調整費も同じ組合へ」


「はい」


「なら、調整費は仲介料ですか」


 ハーゲンは、少し考える。


「名目上はそうでしょう。でも、薬草が届いていないなら、仲介したものがありません」


 沈黙が落ちた。


 ミレーヌは、マーヤの同意書を見た。


 震えた署名。


 死ぬ前に薬の行方を知りたい。


 その薬草費は、紙の上では支払われていた。


 組合は受け取っていた。


 調整費まで付いていた。


 そして、村には届いていない。


 ハーゲンは、低く言った。


「これは、南施療院よりも厄介かもしれません」


 ミレーヌは顔を上げる。


「なぜですか」


「南施療院の布は、少なくとも物として白鴎館にありました。辿れば戻せた」


「はい」


「薬草は、消費されます。三年前の薬草は、もうありません」


 クラリスが続ける。


「つまり、現物確認では戻れない」


「はい。金の流れ、人の証言、当時の病気の記録で追うしかありません」


「そして、子どもは戻らない」


 誰もすぐには言葉を返せなかった。


 ハーゲンは、その沈黙の中で、支出記録をもう一度見た。


「既済扱。再照会不要」


 声には、抑えた怒りがあった。


「誰かが、ここで問いを止めました」


 クラリスは頷いた。


「では、戻しましょう」


「はい」


「最初に、北風薬種組合を確認します」


 カレル調査官が呼ばれた。


 彼は記録を見るなり、短く言った。


「空家の匂いがするな」


 ミレーヌが眉を寄せる。


「匂いで分かるのですか」


「比喩だ」


「そうですか」


「だが、たぶん空家だ」


 カレルは地図を開く。


「北風薬種組合の所在地は王都北門外、旧薬種商通り。明朝、現地確認に行く」


 クラリスが頷く。


「同行者は」


「王弟府調査官二名、財務院監察補佐一名。ハーゲン補助官は連れて行かない」


 ハーゲンが顔を上げる。


「なぜですか」


「半日勤務の者を、空家かもしれない場所へ連れ回す趣味はない」


「しかし、帳簿を見るなら」


「現地確認後、帳簿は持ち帰る。逃げない建物ならな」


「建物は逃げません」


「中の紙は逃げる」


 ハーゲンは黙った。


 カレルの方が正しい。


 エリオスがいれば、間違いなく止めただろう。


 ハーゲンは少し不満そうに言った。


「では、持ち帰った帳簿を確認します」


「頼む」


 カレルは、彼を一人の協力者として扱った。


 保護対象でも、病人でもなく。


 それが少し嬉しかったのか、ハーゲンは小さく頷いた。


     ◇


 その日の夕方、ミレーヌはトルナ村への第一報を書いた。


 内容は簡単ではない。


 調査を始めたとだけ書けば済むのか。


 支出記録では支払済になっていると書くべきか。


 北風薬種組合という名を出すべきか。


 まだ確定していないことを、どこまで伝えるべきか。


 彼女は下書きを三度破った。


 四度目に、ハーゲンが横から言った。


「長くなっています」


「分かっています」


「でも、短くすると隠しているように見えます」


「それも分かっています」


「難しいですね」


「はい」


 ミレーヌは、少し苛立っていた。


「ハーゲン様、見ているなら手伝ってください」


「手伝ってよいのですか」


「今さら遠慮しないでください」


「では」


 ハーゲンは椅子を少し近づけた。


「まず、分かっていることと、まだ分からないことを分けましょう」


「はい」


「分かっていること。王宮の紙では薬草費が支払済になっている」


「はい」


「支払先は北風薬種組合」


「はい」


「村の実受領記録はまだ確認できていない」


「はい」


「分からないこと。組合が実際に薬草を買ったか。村へ届けたか。調整費が何に使われたか」


「はい」


「次にすること。組合所在地の確認。支出経路の追跡。村側への追加聞き取り」


 ミレーヌは、それをそのまま構成にした。


 文面は、できるだけ分かりやすく。


 マーヤ・ベンテ様。

 あなたの同意書を受け取りました。王弟府照会監査室準備班は、トルナ村の春季薬草費について調査を始めました。


 王宮の記録では、薬草費は三年前に支払済とされています。支払先は北風薬種組合という薬草仲介業者です。けれど、今のところ、村で薬を受け取った記録は確認できていません。


 まだ分からないことがあります。組合が本当に薬を買ったのか。村へ届けたのか。調整費という名のお金が何に使われたのか。これから調べます。


 分かったことは、順にお知らせします。あなたが聞いた問いを、王都で止めません。


 最後の一文を書いた時、ミレーヌは手を止めた。


「強すぎますか」


 ハーゲンは読んだ。


「いいえ」


「約束しすぎでしょうか」


「止めません、は約束してよいと思います。すぐ答えます、とは書いていません」


「確かに」


「それに、止めないための部署です」


 ミレーヌは頷き、署名欄を書いた。


 王弟府記録官補 ミレーヌ・フォン・エルディア

 照会監査室準備協力者 ハーゲン


 ハーゲンがそれを見て、少し驚いた。


「私もですか」


「一緒に考えましたので」


「よいのでしょうか」


「嫌ですか」


「嫌ではありません。ただ……責任がありますね」


「あります」


「では、署名します」


 ハーゲンは、自分の名を書いた。


 ハーゲン。


 その文字は、総括記録の時より少しだけ安定していた。


 ミレーヌも署名した。


 二人の名前が並ぶ。


 正式な任命書ではない。


 大きな裁定書でもない。


 村の一人の母へ送る、第一報の手紙。


 けれど、そこに書かれた約束は重かった。


 あなたが聞いた問いを、王都で止めません。


 その夜、王弟府の伝令が西北領へ向かった。


 そして翌朝、カレル調査官が北風薬種組合の所在地へ出発した。


 王妃基金の古い印。


 既済扱。


 再照会不要。


 そして、調整費。


 総括記録を閉じたばかりの王宮に、次の問いが戻ってきていた。

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