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第138話 C−3は、慈善施設へは戻っていなかった

 C-3は別送。


 その一文は、短い。


 だが、短いからこそ危うい。


 別送とは、どこへ送ったのか。


 誰が送ったのか。


 何のために送ったのか。


 別の慈善施設へ回したのか。

 倉庫へ戻したのか。

 検査に出したのか。

 それとも、慈善物資ではない場所へ流れたのか。


 クラリスは、顧問室の机に布見本の写しを置いた。


 C-3 正温


 その札が付いた布は、仕立て場の見立てでは病床用保温布として十分に使えるものだった。


 南施療院が求めていたのは、おそらくこれだ。


 けれど、南施療院へ届いたものは「外套布のように薄い」と記録されている。


 そして、包み紙にはこうあった。


 C-3は別送。


 ミレーヌは、昨日貼った札を見上げていた。


 数字が合っても、行き先が違えば届いていない。


「今日は、行き先ですね」


「はい」


 クラリスは頷く。


「C-3が、どこへ行ったのかを見ます」


「でも、帳簿に残っていなかったら?」


「別の帳簿を見ます」


「別の帳簿?」


「物資の行き先は、ひとつの紙だけには残りません。港湾倉庫、御者控え、受領票、洗濯場、補修場、時には薪や油の消費控えにも残ります」


 オスカーが静かに補足した。


「布は、届いた後に使われます。使われれば、洗われ、直され、保管されます」


 イリスが茶を置きながら言った。


「上等な布ほど、洗濯場が覚えているものです。扱いが雑だと怒られますから」


 ミレーヌは、手帳に書いた。


 布は、届いた後の手入れにも残る。


 クラリスは、その一文を見て頷いた。


 よい視点だった。


 午前中、港湾倉庫のC区画記録が顧問室へ運び込まれた。


 C-3。


 それは、港湾北倉庫の慈善物資保温布棚を指す区画番号だった。


 正式名称は長い。


 C区第三棚・王宮慈善保温布上等品


 略して、C-3。


 エリオットが記録を読み上げる。


「二年前の冬、C-3には正規保温布十六梱が入っています」


「南施療院分は八梱ですね」


「はい。本来、南施療院八梱、予備四梱、王宮慈善窓口保留四梱の予定です」


 ミレーヌが表を作る。


 予定。


 南施療院――八梱。

 予備――四梱。

 王宮慈善窓口保留――四梱。


「実際の払い出しは?」


 クラリスが尋ねる。


 エリオットは顔を曇らせた。


「そこが問題です。正式払い出し控えでは、南施療院八梱は払い出し済みです」


「でも、南施療院の現物は外套転の疑い」


「はい」


「C-3正温の八梱は、どこへ?」


 エリオットは、別の紙を出した。


「倉庫重量控えに、不自然な記録があります」


 重量控え。


 布一梱ごとの重さを簡単に記録する紙だ。


 品質検査ではない。


 だが、荷が重すぎたり軽すぎたりしないかを見るため、倉庫番が控える。


 そこに、C-3正温八梱の行き先欄があった。


 ただし、正式な宛先ではない。


 短く。


 白館へ一時


 ミレーヌが首を傾げる。


「白館?」


 エリオットが答える。


「正式名称ではありません。白い石造りの館を指す通称かもしれません」


 グレゴール参事官も同席していた。


 彼は紙を見て、眉を寄せた。


「白館……旧白鴎館か?」


「旧白鴎館?」


 クラリスが尋ねる。


「王宮北西にある古い迎賓館です。現在はほとんど使われていませんが、旧バルツァー財務卿の時代、財務院の臨時会議や外国商人の接待に使われたことがあります」


 部屋の空気が少し変わった。


 慈善施設ではない。


 少なくとも、南施療院ではない。


 ミレーヌが慎重に書く。


 重量控えに“白館へ一時”。旧白鴎館の可能性。ただし正式名称未確定。慈善施設ではない可能性。


 クラリスは頷いた。


「断定しません。白館がどこを指すか確認します」


 港湾管理局から取り寄せた御者控えにも、似た言葉があった。


 C-3八。白館裏門。G札。夜半前。


 カレル調査官がその控えを見て言った。


「G札が使われています」


「はい」


「夜半前」


「南施療院への夜間搬入と近い時間帯です」


 オスカーが時系列を作る。


 同じ夜。


 南施療院へ、王宮慈善保温布八梱として外套転の疑いがある荷が搬入。

 港湾北倉庫から、C-3正温八梱が白館裏門へG札で搬送された可能性。


 二つの荷が入れ替わったように見える。


 だが、まだ見えるだけだ。


 クラリスは、強く言った。


「入れ替えと断定しません」


 ミレーヌがすぐに書く。


 南施療院搬入とC-3白館搬送が同夜に重なる可能性。ただし入れ替え断定不可。荷姿・御者・受領者照合が必要。


 午後、旧白鴎館の記録が確認された。


 白鴎館は、今は半ば閉じられている建物だった。


 ただし、当時は冬季の臨時宿泊施設として使われていた記録がある。


 王宮に滞在していた商務関係者、財務院顧問、地方貴族の随行者などが泊まったことがあった。


 管理は王宮施設局。


 だが、布や寝具の一部は財務院経由で補充されていた。


 ここで、施設局の古い洗濯場控えが出てきた。


 イリスの言った通りだった。


 布は、洗濯場にも残る。


 洗濯場控えには、こうある。


 白鴎館 上等保温布八 冬客用寝台へ。初洗い不要。使用後返却予定。


 ミレーヌの筆が止まった。


「上等保温布八……」


 クラリスは、紙を見つめる。


 数が合う。


 八。


 C-3正温八梱。


 白館裏門。


 白鴎館上等保温布八。


 つながりすぎている。


 だからこそ、慎重に。


「この上等保温布八が、C-3と同じものかはまだ分かりません」


 クラリスが言うと、オスカーが頷いた。


「洗濯場控えに棚番号はありません」


「はい」


「ですが、時刻と数量、白館記録とは合います」


「可能性は高まります」


 グレゴール参事官が低い声で言った。


「慈善物資が、白鴎館の冬客用寝台へ?」


「まだ断定できません」


 クラリスは答えた。


「ただ、そう見える記録が出ています」


 部屋は重くなった。


 南施療院では、病床用には心許ない布が使われた。


 同じ夜、白鴎館では上等保温布八が冬客用寝台へ回った可能性がある。


 これが事実なら、単なる処理の癖ではない。


 慈善物資の目的外使用だ。


 しかも、病床から迎賓館へ。


 ミレーヌは、顔を白くしながらも書き続けた。


 白鴎館洗濯場控え:上等保温布八、冬客用寝台へ。C-3との関連可能性。目的外使用疑い。


 夕方近く、旧白鴎館の管理人だった老人が呼ばれた。


 名はベルトラム。


 背は小さく、腰は曲がっているが、記憶は意外にはっきりしていた。


「二年前の冬、白鴎館で上等保温布を受け取りましたか」


 カレルが尋ねると、ベルトラムは頷いた。


「受け取りました。急に客が増えまして」


「どのような客ですか」


「財務院関係の方々と、港湾商人、それに外国の商務使節の随員だったかと」


「慈善物資だと聞いていましたか」


 ベルトラムは、驚いたように目を見開いた。


「まさか。白鴎館用の臨時補充だと聞いていました」


「誰から?」


「財務院の使いです」


「名は?」


「分かりません。G札を持っていました」


 また、G札。


「受領票は?」


「ありました。ただ、正式なものではなく、仮受けでした」


 彼が持参した古い控えには、こうあった。


 白鴎館仮受 保温布八 G札 後日施設局へ振替


 後日施設局へ振替。


 つまり、いったんG札で受け、後で施設局の費目へ振り替える予定だった。


 実際に振り替えられたのか。


 施設局記録では、該当振替は見つかっていない。


 オスカーが記録する。


 白鴎館仮受控え:保温布八、G札、後日施設局へ振替。施設局側振替記録は現時点で未確認。


 クラリスは、ベルトラムに尋ねた。


「その布は、後に返却されましたか」


 ベルトラムは困った顔をした。


「一部は返しました。ですが、全部ではなかったと思います」


「なぜ?」


「客用に使った後、傷みや汚れが出ました。それに、春先まで使った部屋もありまして」


「返却控えは?」


「残っているかどうか……」


 残っていない可能性が高い。


 C-3正温八梱は、白鴎館へ行き、客用寝台で使われ、一部は戻らなかった。


 南施療院には、外套転が届いた疑い。


 ミレーヌは、手帳を握りしめた。


「病床用の布が、お客様用の寝台へ……」


 その声は小さかったが、部屋に落ちた。


 ベルトラムが青ざめた。


「私は知りませんでした。慈善物資だとは」


「責めていません」


 クラリスはすぐに言った。


「あなたは受領時、白鴎館用の臨時補充と聞いていた。そう記録します」


 ベルトラムは、小さく頷いた。


 その後、バルナス主任への確認が行われた。


 白鴎館の記録を見せられた彼は、しばらく何も言わなかった。


 かなり長い沈黙だった。


「覚えていますか」


 カレルが尋ねる。


 バルナスは、低く答えた。


「白鴎館への臨時補充は、ありました」


「C-3正温八梱ですか」


「そこまでは……」


「南施療院の予定分と同数です」


「はい」


「G札で白鴎館裏門へ搬送された記録があります」


「はい」


「あなたは知っていましたか」


 バルナスは、目を閉じた。


「後から知りました」


「いつ?」


「ハーゲンが、布の行き先を持ち込んだ時です」


 クラリスの胸が冷えた。


「つまり、ハーゲンは、C-3正温が白鴎館へ行った可能性に気づいていた」


「そうです」


「だから、南施療院へ返答草案を書いた」


「はい」


「だから、布見本を持ち込んだ」


「はい」


 バルナスは、抵抗するような声ではなかった。


 むしろ、もう抵抗する力を失っているように聞こえた。


「なぜ、その時点で調査しなかったのですか」


 クラリスが尋ねる。


「白鴎館には、当時、財務院の上席と外国商務関係者が泊まっていました」


「それが理由ですか」


「騒ぎになれば、旧バルツァー期の接待費、港湾仲介、慈善物資の流用まで出る。南施療院一件では済まない」


「だから閉じた」


「はい」


 ミレーヌは、顔を伏せた。


 だが、書いている。


 震える字で、事実を残している。


「白鴎館への移送を指示したのは誰ですか」


 カレルが尋ねた。


 バルナスは首を振った。


「私ではありません」


「誰です」


「旧バルツァー財務卿の側近筋です。名前は……」


 彼はそこで言葉を切った。


「言えないのですか」


 クラリスが尋ねると、バルナスは苦く笑った。


「言えば、私も完全に終わります」


「言わなくても、終わる可能性があります」


 その言葉に、バルナスは目を伏せた。


 長い沈黙の後、彼は低く言った。


「ルドルフ・ケイン」


 グレゴール参事官が、はっきり反応した。


「ケイン元参事補佐……」


「知っていますか」


 クラリスが尋ねる。


「旧バルツァー財務卿の腹心の一人です。現在は退官しているが、商務評議会の外部顧問にいるはずです」


 また、新しい名。


 しかも、今も外部顧問として残っている。


 カレルが記録する。


 バルナス主任証言:白鴎館への移送指示は旧バルツァー側近筋ルドルフ・ケイン元参事補佐の可能性。要確認。


 クラリスは、慎重に言った。


「これは重大証言です。裏付けが必要です」


「分かっています」


 バルナスは答えた。


「私がもっと早く言うべきでした」


 誰も、すぐには答えなかった。


 その日の報告書は、これまで以上に慎重な文面になった。


 表題。


 C-3正温別送先および白鴎館関連記録確認報告


 主な内容。


 一、C-3は港湾北倉庫の王宮慈善保温布上等品区画。

 二、二年前冬、C-3正温八梱が南施療院予定分と同数存在。

 三、倉庫重量控えに「白館へ一時」。旧白鴎館の可能性。

 四、御者控えに「C-3八。白館裏門。G札。夜半前」。

 五、白鴎館洗濯場控えに「上等保温布八 冬客用寝台へ」。

 六、白鴎館仮受控えに「保温布八 G札 後日施設局へ振替」。施設局側振替記録は未確認。

 七、当時の管理人ベルトラムは、白鴎館用臨時補充として受け取ったと証言。慈善物資とは認識せず。

 八、C-3正温八梱が白鴎館へ目的外移送された可能性が高まる。ただし最終断定には布・重量・受領・返却記録の追加照合が必要。

 九、バルナス主任は、ハーゲンがC-3正温の白鴎館移送可能性に気づいていたと証言。

 十、バルナス主任は、白鴎館への移送指示者としてルドルフ・ケイン元参事補佐の名を挙げた。要裏付け。

 十一、南施療院へ外套地転が届いた疑いと、C-3正温が白鴎館へ回った可能性は、同夜の入れ替わりとして照合継続。


 クラリスは最後に一文を書いた。


 C-3正温は、南施療院へ戻らず、白鴎館の客用寝台へ向かった可能性がある。もしそうなら、寒かった病床の布は、温かな客室で使われていたことになる。


 ミレーヌは、しばらく筆を持ったまま動かなかった。


 やがて、ゆっくり書いた。


 温かい布が、寒い場所へ行くとは限らない。だから、行き先を見る。


 イリスが、その札を受け取り、壁へ貼った。


 国際案件の箱に報告書が入る。


 箱は、もう単なる過去の記録ではない。


 そこには、新しい名前が入った。


 ルドルフ・ケイン。


 旧バルツァー財務卿の腹心。


 退官後も商務評議会に残る男。


 ギデオンの名を借りた道の先に、ようやく指示した可能性のある人物が見え始めた。


 次に必要なのは、ケイン元参事補佐が本当にC-3の白鴎館移送を命じたのか。


 そして、今もその影響力が残っているのかを確かめることだった。

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