置き土産
「はぁ……なんでこんなことになってしまったのだ……」
バロニア王国国王シルド三世は、長いため息を吐き出しながら頭を抱えていた。
既に王城には、血気盛んに乗り込んできたスタチウムがやってきている。
彼に対してどう対処をすべきなのか……それは下手をすれば今後の王国を左右しかねないほどに重要な一件である。
息子である王太子サハラとアナスタジアとの婚約破棄。
それに対しスタチウムが怒りを覚えているのは、もはや疑いようもない。
此度の釈明は絶対に必要だと、彼は無理矢理にでも予定を空け、謁見をすぐにでも行うことにした。
「失礼致します」
王城の謁見の間に、一人の偉丈夫が入室してくる。
やや白みがかった金の髪と、悪魔ですら逃げ出すのではないかと思えるほどの凶相。
スタチウム・フォン・ニブルヘイム……現在王国で最も強力な騎馬軍団を抱えている男が、こちらを明らかに不満げな様子で見つめていた。
「スタチウムよ、此度のことは実に申し訳なかった」
開口一番、シルド三世は謝罪を行った。
玉座の上からではあるが頭を下げて謝意を示したからだ。
だがその程度でスタチウムが纏う怒気が消えることはなかった。
「申し訳ない……では済まぬでしょう。此度の一件でニブルヘイム家は大きく顔に泥を塗られてしまった」
彼は傍から見ていてもわかるほどに殺気を放っていた。
その動作一つ一つに、護衛の騎士達が思わず声を上げそうになるほどの迫力だ。
スタチウムは北方の蛮族である騎馬民族を相手に現役で戦い続けている生粋の軍人。
王を守る近衛兵程度では、まともにやりあえば一合と持たないだろう。
まるで自分の生殺与奪すらも握られているようで、シルド三世は生きた心地がしていなかった。
「す、すまなかった。まさかサハラがここまで馬鹿だったとは……」
「殿下のせいで、うちのアナスタジアは齢二十二にして放り出されることになってしまいました。もしうちの子が結婚できなければ陛下はそれを如何にして補償してくださるおつもりですかな?」
「それは……なんとしてでもサハラを説得し、此度の一件をなかったことに……」
その言葉を聞いた瞬間、スタチウムが纏う雰囲気が変わる。
武張ったところこそあるものの落ち着いていた彼は、瞬時にしてその身から武威を漲らせ始めた。
「馬鹿な! 既にサハラ殿下が求めアナスタジアが受けたことで、婚約破棄は正式に認められたのです! 今更なかったことになどできるはずがない!」
「そう……だな。その通りだ」
「王国は俺達を馬鹿にしているのか!? ……まあ、いい。それなら俺達にだってやりようはあるからな」
「ま、待ってくれ!」
たった一人で北部にいる大量の騎馬民族達を押さえているその実力は、王国の中でも右に出る者はいない。
そもそも騎馬民族への対抗手段がなかったところに彼らが帰順してくれたおかげで、王国は命脈を保つことができたのだ。
もしニブルヘイムが本気で王都を落とそうと軍を起こせば……間違いなく王都は攻め滅ぼされてしまう。
いや、そこまで行かなくとも、彼らに独立されてしまうだけでも王国の軍事力は大きく減じてしまいかねない。
下手をすればニブルヘイムと袂を分かちかねない……その結論に至った時点で、シルド三世の顔は蒼白になってしまった。
顔色が変わったのを見てからスタチウムはやや怒気を抜き、冷静に言葉を紡ぐ。
「……だが私達も鬼ではない。当人達も了解していることだし、受け入れるしかないでしょう」
「お、おぉ……そうだな。スタチウム、改めて……すまなかった」
「いえ、私も少々熱くなりすぎました」
シルド三世は改めて謝罪の意を示し、婚約は正式に破棄されることとなった。
そしてサハラがした口約束である酒税免除を、正式な確約として認めることになったのだが……スタチウムはそこで止まらなかった。
「間接税以外の税金……営業税も免税に含めていただけなければ、慰謝料には足りないと思うのですが?」
アナスタジアが巻いた契約で免税が約束されていたのは、間接税としての酒税であった。
彼女は間接税がない分だけ自分達の酒を安くし、市場のシェアを上げようとしていたのだ。
だがスタチウムはそこに更に酒蔵の営業許可のための営業税の免除を求めた。
将来を見越し、アナスタジアにかかるであろう直接税を減らすための裁可を仰いだのだ。
独立を匂わされてしまえば、シルド三世に従わぬ選択肢はなく……こうしてスタチウムは娘に置き土産を残してから、颯爽と自領へ帰るのであった……。
馬車は時間がかかりすぎるということで、スタチウムは帰りは愛馬のストラッシュと共に、早駆けで領地へ戻ることした。
彼が自宅へと戻ると、心配した様子の妻サリーがやってくる。
アナスタジアに似た綺麗な青色の瞳は、一体どのように話がまとまったのかと不安げに揺れていた。
「あの子の婚約の話は……」
「ああ、なかったことになったよ」
「なんてこと、あの子はもう婚約適齢期を過ぎているですよ!?」
「まあ待ちたまえ」
スタチウムは政治にそこまで明るくない妻に、たとえ話を用いながら事の次第を説明することにした。
サリーが平民と結婚すると言って聞かないサハラ王太子に激怒していたのは言うまでもない。
彼女をなだめるために、スタチウムはアナスタジアが手渡してくれたビールを一緒に飲むことにした。
「すごい……まるで宝石をお酒の中に溶かし込んだみたい……んんっ!? 何これ、すっごく美味しいわ!」
女性的な表現をする妻に笑いながら、スタチウムは二人で晩酌を楽しむことにした。
娘が造った酒なのでできることならゆっくりと飲みたいが、美味すぎるので二人で飲んでいたらそう長くはもたないだろう。
ニブルヘイム公爵夫妻は基本的には放任主義であり、娘が酒を作るといっても特にそれを問題とは思わなかった。
買い叩かれることも多い大麦の使い道をよくぞ見つけ出したと、むしろ誇りに思うほどであった。
「婚約者は私達で見つけてやればいい。王太子が悪いことは誰の目にも明らかだし、次の相手もすぐに見つけられるはずだ」
「そうでしょうか……いや、そうですね。私達で頑張って見つけてあげなくては!」
「アナスタジアには好きなことをしてもらえばいい。そのための道筋はつけたからな。……将来陛下は間違いなくとてつもなく怒る狂うことになるだろう、あんな軽くした口約束で一体どれだけの損を出すことになったのか、とね」
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