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婚約破棄されて前世の記憶を取り戻したので……美味しいお酒を造ります! 【連載版】  作者: しんこせい


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父の面目


「ビールだと……?」


 騎馬民族の血を色濃く引くスタチウムは大の酒好きであり、当然ながら彼はビールに慣れ親しんでいる。

 だが目の前にあるビールは、彼が知っているものとはまったくの別物だった。


「美しい……」


 綺麗な黄金色の液体はあり得ないほどに透き通っており、向かい側にいるアナスタジアの姿がくっきりと見えるほどの透明度がある。


 上にカスが残っておらず、液体の内側にある白いもやのようなものもない。


 透明度が上がったことで、ジョッキの中でしゅわしゅわと気泡が上がってくる様子までよく見える。

 ジョッキがガラス製なのは、こうして目で見て楽しむためでもあるのだろう。


 飲食物は純粋な味だけではなく、その見栄えも重要だ。

 そのビールが持つ美しい琥珀色に、スタチウムは見ているだけで生唾を飲み込んでしまう。


「これが、本当にビールなのか……」


「お父様、もしよければ一杯いかがですか?」


「……それなら、遠慮無くいただくとしよう」


 既に公爵家当主としての仮面が剥がれ、スタチウムは一人のビール好きの男になっていた。


 彼は笑みをこらえきることができず、ジョッキの取ってその手に持つ。


「……っ!?」


 その瞬間、スタチウムは思わずジョッキを離してしまいそうになった。

 持ち手が冷たい……おそらくグラスに対して氷魔法を使うことで、温度を下げているのだろう。


(ということは中の液体も……)


 彼にとってビールとは常温で飲むのが普通であった。

 冷たいビールを飲むのは、無論生まれて初めての経験だ。


 だが彼は気付けば胸に期待を膨らませながら、ジョッキを傾けていた。

 髭に泡を付けながら、スタチウムはカッと目を見開いた。


「美味いっ!」


 あっさりとした味わいで、苦みはびっくりするほどに少ない。


 口の中にちょくちょく入り込むカスを飲み込んだり吐き出したりするような不快な動作も必要もなく、ただただ純粋にビールを楽しむことができる。


「これが本当に……ビールなのか!?」


 麦の香ばしさと、ホップ由来のわずかな苦み、そして発酵由来と思われるわずかな酸味。

 それら全てが渾然一体となり、まとまりを生み出していた。


 酸味が後を引き、わずかな苦みが余韻を引き締め、そして香ばしさが旨みを演出する。

 更にビール自体が冷たいこともあり、飲む度に爽快感があり、みるみる中身が減っていく。


 夢中で飲んでいたスタチウムは、気付けば持っているジョッキの中身は空になっていたことに気付く。

 これを飲んだ後では、今まで飲んでいたビールには戻れそうにない。


「たしかにこれならば……」


 公爵は実直な軍人であり、商才に長けているわけではない。

 だが王国中の美食を一通り食べ尽くした彼であっても、このようなビールは飲んだことがなかった。


 戦える可能性は十二分にある。いや……確実に、勝てる。

 このビールはきっと、他のビールを駆逐するほどの勢いで広まるに違いない。


「この酒を増産させるのだな」


「いえ、これは助走みたいなものですね。本当に作りたいと思っているのはこれから発展させたビールなのです」


「ま、まだ先があるのか……」


 だがアナスタジアは、そんなスタチウムの想像の更に先を行っていた。

 ここまで来ると彼も、娘の判断は正しかったと言わざるを得ない。


「もちろん、そのビール……ラガーを完成させて終わりではありません。ビール・ワインに次ぐ第三・第四のお酒の腹案も既に用意してあります」


「なん、だと……」


 続くアナスタジアのスタチウムはとうとう言葉を失った。

 どうやら自分の娘は知らないうちにずいぶんとたくましく成長していたらしい。


(殿下は……虎の尾を踏んだのだな)


 話を聞いている間はいかに殿下に対して報復をしようかとそればかりを考えていたが、この様子ではそれも必要ないかもしれない。


 彼女から酒税を取れないことがどれだけの損失になるものか……ひょっとしたらこれで王国経済が傾いたりするやもしれぬな、とスタチウムは思わずにはいられなかった。


「お父様、おかわりはいかがですか?」


「うむ、もらおうか」


「そうしたら私も一緒に飲もうかしら。よくよく考えてみたら、お父様と一緒に飲むのは初めてじゃないかしら?」


「そうだな……お前ももう、酒を飲める年になったのか……」


 目を細めながら少しだけしんみりしてしまったスタチウムの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。


 子が成長することに対する一抹の寂しさとそれに勝る大きな喜びを抱きながら、ジョッキを打ち合わせて乾杯をした。


 こうしてアナスタジアは無事父のお説教を切り抜け、それどころかしっかりと予算をつけてもらいお酒造りに邁進することができるようになったのであった。


 そして愛娘とビールを楽しんだ翌日。

 二日酔いとは無縁のスタチウムは、公爵家の家紋の描かれた黒色のマントを羽織りながら、馬に乗りある場所へと向かっていた。


 そこにいたのは娘の成長を喜ぶ父ではなく、バロニア王国の北部防衛を一手に引き受ける最強の騎馬軍団を統べる男……敵方から『悪鬼』と恐れられる、ニブルヘイム公爵その人である。


「さて、それでは私も……娘のために、骨を折るか」


 彼はにやりと人の悪い笑みを浮かべながら向かう先は……バロウズの中枢にあるバロニア=エガテリス王城。


 せっかく娘が新たな産業を成そうとしているのだ。

 自分としてもできることはやらなければ、親としての面目が立つまい。

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