ラガー
前世と遜色ないクオリティのエールが作れるようになってから、早いもので一週間が経過した。
まずエッカと一緒に言っていた酒店への卸しだが、いろいろと考えた結果、今すぐ売りには出さないことにした。
その理由は、父であるニブルヘイム公爵があれほど太鼓判を押してくれたから。
公爵にもあれだけ受けるということは、まず間違いなく高級品路線でも売れると考えたからだ。
であれば酒屋に卸すより、自分で直接貴族家に売りつけてしまった方が仲介業者が入らない分実入りも大きくなる。
ひとまずはエッカと公爵家の使用人達にエール造りのお手伝いを進めてもらい、エッカが監督すれば一人でエールを作れるようになるという形を目指して頑張ってもらうことにした。
酵母への光魔法をかければ発酵と熟成にかかる時間は大いに短縮できるので、そう遠くないうちにこちらは達成できそうだ。
――屋敷の中でこっそりと行っていたビール造りも、ニブルヘイム公爵からの公認が出たことで堂々と行うことができるようになった。
父が現在酒造用の土地を用立ててくれているということなので、おそらくラガーが完成してからそう遠くないうちに王都内の別の場所で本格的な酒造業に乗り出すことになるだろう。
今は厨房の近くの換気がしやすい部屋を使い、発酵を待つ間にビールに合うおつまみなども作りつつ作業を行っている。
美味いお酒は、それに合うおつまみと一緒に飲むことで何倍にも美味くなる。
思わず喉に飲み物を流したくなるような、味の濃い料理なんかは最高だ。
これも仕事だものと内心で言い訳もしつつ、商品開発と銘打って美味しいおつまみをあてにエールを飲む、悠々自適な生活を送ることができている。
(……お昼から飲んだくれられる生活、最高!)
自由気ままにお酒を飲める生活を楽しみすぎて、婚約破棄されたことなど既に頭の片隅にも残っていないアナスタジアであった。
ちなみに精霊はあれからもちょくちょくと彼女の下にやってきては、ビールをせがむようになっている。
精霊お墨付きのビールとして売り出そうなどという下心もありつつ、自分達が造ったビールを美味しいと飲んでくれることは嬉しいため、一緒に酒を飲んだりもするようになり順調に精霊達と仲良くなりつつもあるのだが、アナスタジアはそれにはまったく無自覚であった。
「さて、それじゃあそろそろ確認していきましょうか」
無論エッカにエール造りを任せている間、アナスタジアはただお酒を飲んでいたわけではない。
彼女は次のステップ……下面発酵のビール、ラガー作成のための準備を着々と進めていた。
地球で下面発酵のラガーがきちんと流行しだしたのは、上面発酵のエールと比べるとはるかに遅く、近世になってからである。
つまりラガーはそれだけ、作るのに手間と技術が必要ということだ。
まず上面発酵と違い、下面発酵の場合は5℃という低温で発酵を行う必要がある。
それを維持して七日から十日ほど時間をかけ、更にそこから熟成を行っていくので完成に時間がかかるのだ。
だが技術的な問題に関しては、魔法を使えばわりとあっさりと解決できた。
ただ光魔法による時間の短縮があっても、つきっきりでアナスタジアが長時間魔法をかけ続けるのは難しい。
そこで彼女は魔道具を使ってこの問題を解決することにした。
この『プリンセス・アラモード』の世界には魔法を封じ込めた魔道具と呼ばれるアイテムが存在する。
アナスタジアは温度を下げることができる氷の魔道具を使い、長時間の低温発酵の問題を解決させた。
ちなみに氷の魔道具……金に糸目をつけずにかなりお高いものを選んだせいで、既にアナスタジアの財布は底をつきつつある。
一度領地へ戻った父から追加でお小遣いを受け取っていなければ、ラガーを造ったところで完全に力尽きてしまっていたことだろう。
「お父様には頭が上がらないわね……」
「娘思いの優しいお父様でよかったですね」
「たしかにそうだけど……半分くらいはただ美味しいお酒が飲みたいからっていう気もするのよね」
「ははっ」
アナスタジアの言葉を照れ隠しだと思ったからか、エッカが楽しそうに笑う。
あの父の呑兵衛の顔を見てないからそう言えるのよ……と思ったが、エッカが楽しそうにしているのでまあいいかと思い直す。
「それじゃあ、ご開帳といきましょうか」
毎日光魔法を使い酵母を活性化させつつ魔道具に魔力を込めて様子を見ること、四日ほど。
一日一度のチェックを、今日は手が空いているというエッカと一緒に行っていく。
使っている発酵桶は以前のように両手持ちできる開いたものではなく、量を作りつつ外部環境に左右されぬよう蓋付きの巨大サイズのものだ。
内側に魔道具がはめ込めるよう底がかなり厚いものを選んだため、ぐっと背伸びをしなければ中が見えないほどの高さがある。
「おぉ……発酵はできてるみたいですね」
アナスタジアは頑張ってつま先立ちしないと見えないのだが、エッカの方は軽々と中を見ることができている。
男の子だ……とちょっとだけ異性を感じたアナスタジアは、すぐに気持ちを切り替えて爪先に力をこめた。
「……本当に上にもやがないんですね」
ツンとするアルコールの香りを嗅ぎながら、エッカが頷く。
桶に身を乗り出している彼の目は、好きなものを柵越しに見つめる少年のように輝いていた。
「この作り方をすると二酸化炭素……つまりは空気の素とくっついたりすることで、酵母が下がっていくの。だから下面発酵っていうのよ」
「なるほど……味の方も全然違うんですよね」
「そうね、私はまったくの別物だと思ってるわ」
発酵の方は、これで問題なくできただろう。
本当なら熟成期間が必要になるが、光魔法の効果でその辺りもぐっと短縮できるのはエールの時点で確認済み。
アナスタジアがエッカの方を見ると、彼も彼女のことを見つめていた。
互いに頷き合うと、エッカがその手に巨大な柄杓を持つ。
アナスタジアの影響を受けつつあるエッカも、エールの美味さに味をしめてからは順調に酒好きに成長しつつあった。
柄杓で汲んだビールを二人でコップに入れ、アナスタジアが氷魔法で冷却させた。
既に不純物の除去は済んでいるため、その見た目はやはり透き通るような黄金色だ。
キンキンに冷やしたため、ガラスのコップは一瞬で汗を掻き始めていた。
「それじゃあラガーの完成を祝して……」
「乾杯!」




