聖女召喚に巻き込まれた婚活アドバイザー ~殿下、その子爵令嬢では低望みかと~
結婚相談所『マリッジヴェール』。
成婚率が60%を超え小規模ながらも質の高い出会いを提供するこの結婚相談所は、実質的に一人の絶対的エースによって支えられていた。
「朝倉様、ではまずは希望条件に関してですが……」
ノートブックを見つめているのは、どこか冷たい印象のある鋭い瞳を持つ女性であった。
身体に合わせてあるぴっちりとした濃紺のテイラードスーツに、下縁のない小さなべっこう色の眼鏡。
ぱっちりとした二重や高い鼻など一つ一つのパーツは整っているのだが、微動だにしない表情筋と一定の声音、そして一部の隙もない佇まいが近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「正直言って求めすぎかと。自分が本当に求めている条件に絞らしなければ結婚はできないでしょう」
相談相手をジッと感情のない瞳で見つめる彼女こそ、『マリッジヴェール』の絶対的エースである有栖川恵美。
MBJのベストプランナー賞を五年連続で受賞し殿堂入りをしたという記録を持つ、婚活アドバイザーであった。
恵美の専属プランは、脅威の成婚率100%を誇る。
彼女は自分を変えてでも結婚をしようとする人間以外の加入を許さない。
無駄に高い会費を払うくらいならそのお金で別のことをした方がいい。
彼女の思考はどこまでもロジカルで、それ故自身の考え方を受け入れてくる会員を確実に成婚に導くだけの明晰さがあった。
「でも、年収は一千万円以上はマストでしょ。おぢは無理だから年齢差プラマイ3歳までがよくて~。やっぱり身長は180くらいあったら嬉しいし、顔も『ミステリアス』のルナ君みたいな感じで……」
今日行っているのは、会員との個別面談だった。
恵美の専属プランに切り替えたいという申し出をしてきたのは、彼女の向かいにいる、いかにもゆるふわガーリーな女性である。
(朝倉美佐。顔立ちは上の中、年齢は二十七歳、契約社員で年収は三百万円以下……相手に求める理想が高いのは、おそらく恋愛至上では引く手数多だったからでしょうか)
レース生地のスカートにタンクトップの上から白のオフショルダーを重ねており、いかにも異性からの目を引きそうな見た目をしている。
断じて婚活用の服装ではない。
戦場に最適な装備を着けてこない時点で、彼女は婚活を舐めている。
ひとしきり希望条件を聞いてから、恵美は冷徹に告げる。
「ではそれだけの条件の男性と結婚できるだけの、あなたの優位性はありますか?」
「優位性?」
「はい、結婚相談所とは女性優位のマッチングアプリとは異なり、男女共に対等な戦場です。行われるのは異性への一方的な求愛ではなく、同性によるスペックの殴り合い。競争になるような高倍率の男性と結婚したいのであれば、朝倉様にもそれだけの他より優れた何かが必要となってきます」
年収1000万以上で30歳までという時点で、その条件を満たせているのは全体の2%。
そして身長180㎝以上の男性は全体の一割、そこに更に上位5%の容姿を求めるのであれば全てを兼ね備えた条件を持つ男は一万人に一人ということになる。
膨大なMBJの会員の中でも滅多にいないような超々ハイスペック男性を射止めるのは並大抵のことではない。
「朝倉様は現在派遣社員ということですが、正社員になるご予定はございますか? また家事を完璧にこなしながら共働きをして育児をできるだけの体力などは」
「えー……そんな急にいろいろと言われても、美佐困っちゃうっていうか~」
彼女は結婚の具体的な道筋を立てているわけでも、結婚後のヴィジョンを明確に抱いているわけでもない。
自己理解ができていない人の婚活は長引き、そして大抵の場合成就しない。
「白馬に乗った王子様みたいな人が美佐だけを見てくれたら嬉しいなって」
「白馬の王子様症候群を患っている限り、結婚は不可能です」
結婚相談所は運命の相手と結婚できる場所ではない。
運命という感覚的であやふやものを因数分解し、自己理解と他者理解を深めて幸せになれる相手を論理的に探し出す場所だ。
「自身のスペックで取れる最大幅を取りに行くのが婚活です。朝倉様はまだ若いので、5歳上まで見れるのであれば相手も探せます。たとえばこのような条件……32歳、外資IT勤務年収1200万、身長175㎝で顔はこんな感じであれば十分に狙える範囲かと」
「えっと……うーん……」
ノートブックに映し出された笑顔の男性を見て微妙そうな顔をする朝倉を見て、恵美はこれはダメだなと思う。
一応顔は上の下の男性を出したのだが、彼女のスペックだと上の中は高望みになりすぎる。
顔だけで見るなら身長を170まで落として年収を800万まで下げれば狙えるだろうが、それでも彼女が頷かないと恵美は確信していた。
「そういうことでしたら、今回のプラン変更はお断りさせていただければと。冷静に自分を見れない相手を結婚させられるほど私は優れてはおりませんので」
「え~……有栖川さんに相談すれば絶対大丈夫って教えてもらったのに~」
一体誰がそんな無責任なことを言ったのか。
恵美は決して、どんな人間も必ず結婚に導けるような婚活の名手ではない。
朝倉美佐が結婚相談所で成婚退会をするのはほぼ無理だろう。
であれば相談所をやめさせてあげるのも優しさか……恵美がそんな風に考えた時のことだった。
「……えっ?」
鉄面皮などと揶揄され、普段は何があっても動揺しない彼女が驚きの声を漏らす。
突如として二人の足下に巨大な幾何学模様が現れたからだ。
刻一刻と形を変えていく複雑な幾何学模様は明らかに朝倉の椅子を中心に展開され、その範囲内には向かい合う恵美も入ってしまっている。
そして二人は強い輝きに包まれ……
「……成功したぞ!!」
「「「「おおおおおおおおっっ!!」」」」
光が消えたと思った時には、周囲から野太い男達の声が聞こえてくる。
恵美は一度目をしばたかせてから、冷静に周囲を見渡した。
「えっ、えっ?」
わけがわからず戸惑っている美佐は一旦放置して、自分の居る場所を確認する。
婚活と同様、まず行わなければいけないのは自分の立ち位置の把握だ。
既にいつもの表情に戻っている恵美は、自分が立っているのが石造りの部屋であることに気付いた。
足下には黒く変色した先ほどの幾何学模様が焼き印されており、そして彼女達の周囲をぐるりと全身鎧を身に纏っている男達が囲んでいる。
その最前列で彼らと喜びを分かち合っているのは、モノクルの位置をすちゃりと直す神経質そうな青髪の青年だ。
赤と金の豪奢なローブを身に纏っていて、その右手には宝石の埋め込まれた杖を握っており、いかにも魔法使いと言った風体をしている。
その容姿は恐ろしいほどに整っており、上の上……と恵美がその容姿に戦慄している間に、美佐の目は完全にハートマークになっていた。
「問おう、あなたが今代の聖女だろうか?」
「えっとぉ……すみません、状況がちょっとよく飲み込めてなくって……」
「いきなり聖女召喚をされたのだ、無理もない。ではまずは状況の説明からさせていただこう」
この国はハートランド王国といい、現在各地で起こっている作物の疫病によって飢饉が起こりそうになっているらしい。
それを解決するために過去の文献を探ることで見つけ出されたのが、聖女召喚の儀。
恵美達の足下に現れたのは、異界から強力な浄化の力を持つという聖女を呼び出すための召喚魔法の魔法陣だったのだとか。
(なるほど、私は完全に巻き込まれてしまった形ですね)
あの魔法陣は、美佐を中心に発動していた。
まず間違いなく自分は聖女ではないだろう。
聖女という柄でもないし。
現在のところ、異世界から元の世界に戻るための方法はないのだという。
であれば自分もなんらかの形で働かなければならない。
そこでバリューを最も出すことができるのは……
「そなたは、一体……」
「失礼致しました、私は有栖川恵美と申します」
恵美はそのまま背筋を伸ばしたままスタスタと歩き、ポケットの中に入れているブランド物の名刺入れからスッと一枚の名刺を差し出す。
その様子があまりにも堂に入りすぎていたため、周囲を取り囲んでいた騎士達もつい静止することを忘れ、彼女達を召喚したという宮廷魔導師アレクも言葉を失って恵美のことをジッと見つめていた。
「元の世界では、婚活アドバイザーをしておりました」
「こんかつ……あどばいざぁ?」
自分がやるなら、やはり慣れ親しんだ婚活アドバイザーしかないだろう。
たとえここが異世界であろうが……いや見たところ中世風のファンタジー異世界であるからこそ、結婚は何よりも重要なファクターとなるはずだ。
親や国の事情による政略結婚などの構成要素は増えるだろうが、結婚の本質というのは早々変わるものではない。
結婚とはつまるところ利害の一致だ。
そしてその利害調整を行うことに関して、恵美は誰にも負けぬという絶対の自信がある。
(まずは確実に成婚件数を取っていくところから始めましょうか。騎士がいて貴族がいるような社会であれば、有名どころを成婚に導いて口コミから広げていきたいところです)
恵美はどこまでも冷静であった。
自らが担当する会員に自己理解を求める彼女は、自身のことを誰よりも深く理解している。
自身のできる範囲の中で、その最大値を取りにいく。
彼女の生き様は、異世界でも変わらない。
♢♢♢
朝倉美佐は、この国の聖女として祭り上げられることになった。
なんでも彼女の持つ光魔法の力はそれはそれは凄まじいものらしく、魔法をかければ疫病でしおれていたジャガイモや麦が一瞬で元気を取り戻すようだ。
彼女は現在、各地にその浄化の力を振るうための訓練の真っ最中だ。
おそらくそう遠くないうちに、飢饉の危機は去ることになるだろう。
聖女というのは相当に力を持った存在らしく、美佐はこの国のイケメンをよりどり見取りにできる立場になった。
まさか本当に白馬に乗った王子様がやってくるようになるとは、人間万事塞翁が馬。
「王子様がいっぱいいて……一人なんて選べない!」
「まあ、白馬の王子様がいても幸せになれるかどうかは別問題ですからね」
だが恵美の懸念は見事に的中しており、美佐は王太子からこの国の宰相に至るまであらゆるイケメンを選べる立場にありながら、結婚相手を定めることができないでいた。
あの宮廷魔導師アレクを見てもわかるが、この世界は人間の顔面偏差値が極めて高い。
恐ろしいことに恵美の見立てでは平均が日本でいう上の下……貴族の男性になれば平均が上の中というレベルだ。
自分が本当に求めているものを理解できない限り、美佐が結婚をするまでにはまだまだ時間がかかるだろう。
今は飢饉の対策が最優先だが、それが終わったら彼女の相談に乗るのもいいだろう。
聖女の成婚実績は、この国でもはや勝るもののない強力なカードになる。
(焦らない焦らない、まずはしっかりと地固めからですね)
美佐が聖女としての訓練を行っている間、恵美の方はというとひたすらに情報を集めていた。
彼女がこの世界でもやろうとしている婚活アドバイザー……その嚆矢となる初めの一人に相応しい人物を探していたからだ。
聖女と共にやってきた婚活アドバイザーとして既に王宮内で有名になっているおかげで、幸い情報を集めることには苦労しなかった。
そして彼女はある人物に狙いを定めた。
それは――現在このハートランド国の第二王子であるバルド・フォン・ハートランドである。
ただ元いた世界のように説明をするだけではダメだろう。
この世界の考え方に合わせながら、婚活という馴染みのないものを受け入れてもらえるよう、工夫して説明を行う必要がある。
恵美はしっかりと事前準備をしてから、今回の戦場……聖女ミサ・アサクラの披露宴へと向かう。
デキる女である恵美には、異世界であろうと手抜かりはない。
「マリアンヌ・フォン・ベルベット……君との婚約を破棄させてもらう!」
ミサ・アサクラ……ハートランド王国にやってきた未曾有の大飢饉の危機を救うために異世界より召喚された伝説の聖女。
彼女がやってきたことを公に宣言するための披露宴にて、一つの事件が起こっていた。
彼女の存在は、国内外を問わずあらゆる者から最大限の注目を浴びている。
それ故にその場を利用しようと企てたのが、彼……このハートランド王国の第二王子であるバルド・フォン・ハートランドである。
鷹を思わせる鋭い青の瞳に夕焼けに照らされる穂波を思わせる美しいブロンズ。
さすが一国の王族だと思わせるほどに見目麗しい彼は、目の前に居る己の婚約者……ベルベット公爵令嬢であるマリアンヌ・フォン・ベルベットへと冷酷な言葉を投げつける。
「で、殿下、一体何を……」
聖女のお披露目会ということで気合いを入れておめかしをきてきたのだろう、うっすらとチークを塗った頬を青白くさせながら、マリアンヌがたじろいだ。
バルドの目の色に合わせて用意したスカイブルーのイブニングドレスに、髪を内側にカールさせた赤の長髪……公爵令嬢として相応しい装いをするマリアンヌの視界に、自身の婚約者の隣に現れた一人の女性の姿が移る。
「あなたは……ラビエッタ子爵令嬢!?」
「すまないマリアンヌ。俺は真実の愛に気付いてしまったんだ」
「そう、私とバルド殿下は愛し合っているのです」
ラビエッタ・フォン・ガイナス……ガイナス子爵令嬢である彼女はそう言うと、バルドの腕に己の胸を押しつける。
バルドはだらしなく頬を緩ませ、ラビエッタは彼に見えない角度からマリアンヌを見てほくそ笑んでいた。
彼はもう私のものよ。
千の言葉よりも雄弁なラビエッタの表情を見たマリアンヌは、もはやバルドの心に自分がいないということを理解し、そっとその瞳から涙を流し……
「お取り込み中失礼致します、バルド殿下」
カツッカツッとヒールの音を響かせながら、一人の女性がバルドとマリアンヌの間に割って入ってくる。
この国では珍しい黒髪黒目に、見たことがないほどに見事な縫製のスーツ、そして王国にはない両目用の眼鏡を身につけた女性だ。
彼女はバルドに対し片膝をついて、面を伏せながら胸元から一枚の木版を取り出す。
「私、婚活アドバイザーのエミ・アリスガワと申します。よろしくお願い致します」
「こんかつ……あどばいざぁ?」
バルドはこの婚約破棄騒動にいきなり現れた謎の闖入者をどうするべきか、判断に迷っていた。
周囲を見渡してみると驚いている者も多いが、不思議なことに護衛の騎士達も彼女のことを追い出そうとはしていなかった。
バルドはそこで、聖女ミサと父である国王のハーティア五世がこちらを見つめていることに気付く。
「本日はバルド殿下の幸せな結婚プランについて改めて考えていただきたく、資料を用意させていただきました。よろしければ少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「よくわからんが……わかった、話を聞こう」
既に聖女と父には迷惑をかけてしまっているため、騒ぎをこれ以上大きくしたくないバルドは、ひとまず話を聞いてこの場を収めることにした。
既に婚約破棄は叩きつけることができた。
公的な場でああ言えば、後はなし崩しでラビエッタとの婚姻も認めてもらえるはずだ。
「ではまず結論から言いますが……殿下、その子爵令嬢では低望みかと。殿下であれば容姿、年齢、年収、もっと上の女性を狙えます」
「……なんだと?」
怪訝そうな顔をするバルドに、恵美は手元から四角い板……スマートフォンを取り出した。
ピカピカと光る板に映るのは、バルドから見ても美しいと思える女性達だ。
次々と切り替わっていく美女達に、バルドは思わず見入ってしまう。
皆絶世の美人だったが、中でも最後の4枚目に映っていた女性は別格だった。
おそらく彼女は、絶世の美姫と名高いオルランド連邦第一皇女のエカテリーナ・ヴァル・ヴォストークだ。
以前一度だけ遠目から見たことがある。
「たとえば殿下であれば、このような女性達と結婚することが可能です。容姿・家格、そして年齢。あらゆるものがラビエッタ嬢の上位互換です」
「お、俺がエカテリーナ嬢と……?」
「ちょっと、あんた何を言って……きゃあっ!? 離しなさいよ、あんた達!」
護衛の騎士達はようやく動き出したかと思うと婚活アドバイザー……ではなく、バルドから離れていたラビエッタの方をずりずりと後ろへ引きずっていく。
一種異様とも呼べる雰囲気に、バルドは完全に飲まれてしまっていた。
一体何が起こっているのだ?
俺はただ婚約破棄をしようとしただけだというのに……。
「結婚とは、対等な取引です。殿下は結婚する相手に対し、何をお求めですか?」
「お、俺が求めるのは……俺に優しくしてくれる女性だ。ラビエッタは辛い公務から帰ってきた俺のことを慰めてくれた! だから彼女の優しさに、俺は……」
「殿下、ラビエッタ嬢のそれは優しさではありません。こちらを御覧下さい」
スッスッと動かされたスマートフォンに、一人の貴婦人の姿が映し出される。
痩せれば美しそうなくりくりっとした瞳をした太みの女性が、巨大なステーキをはふはふと食べている。
だがこの顔、誰かに似ているような……
「こちらは、ラビエッタ嬢のお母様であるバンビエッタ・フォン・ガイナス様です。ガイナス子爵家の女性は優しいのではなく、ただ甘いだけ。ラビエッタ嬢も自分にも甘くお昼から甘いものをバクバク食べていますので、おそらくそう遠くないうちにお母様のような体型になられることでしょう」
たしかにラビエッタは甘いものが大好きで、紅茶にもたっぷりと砂糖とミルクを入れるのを好む。
思い返せばラビエッタのだらしないところはいくつも浮かんできた。
彼女はドレスがちょこちょこほつれているし、テーブルマナーも悪い。
顔がタイプでこちらに優しくしてくれていからという目を瞑っていたが……恋に恋していた状態で結婚の二文字を叩きつけられ、バルドは思わず唸り声を上げてしまう。
自分にだけ優しくしてくれていると思ったラビエッタは、ただ誰に対しても甘く厳しさに欠けているだけだったのか。
正直認めたくない気持ちはある。
だが妙に説得力のある恵美の言葉に、バルドは頷かざるを得なくなっていた。
「そしてバルド殿下の結婚には、このハートランド王国の国益が絡んできます。そこに利がない婚姻をするのは、最終的にバルド殿下だけではなく、ひいてはそこから生まれるお子様の不幸にも繋がります」
「子供の……」
彼の血は尊き王族の血だ。
それ故結婚する相手にも相応の家格が必要であり、下手な相手と子を為せば私生児として認められない可能性も高い。
「オルランド連邦では許されておりませんが、この国では重婚も許されております。実際ラビエッタ様と結婚するのであれば、側室であっても十分なはずです。しっかりと正妻を置き王族の血を繋ぎ、ラビエッタ様は第二夫人第三夫人とされれば十分なのではありませんか?」
「それは……その通りだ……」
ラビエッタに正妻にしてほしいとおねだりされてつい安請負いしてしまったが、たしかに自分は王子で彼女は子爵令嬢。
身分違いの恋に浮かれていたが、結婚というものを冷静に考えれば本来適切な関係は側室だろう。
まずは正妻を置いてからという恵美の言葉は、あまりにも正論パンチが過ぎた。
「殿下は先ほど優しさと言いましたが……私は優しさとは時に、耳に痛いものだと考えております。良薬は口に苦し、殿下のためを思って言ってくださっているアドバイスには、しっかりと耳を傾けるのがよろしいかと」
バルドの脳裏に、いくつもの光景が蘇る。
そんなことでは到底王位を継がせることはできんと鬼のように叱咤してくる父親。
王子として完璧な立ち振る舞いを求め、そのためにあらゆる礼儀作法を覚えさせようとしてくるマリアンヌ。
彼らのような厳しい態度こそが、本当の優しさなのかもしれない。
であれば自分の目は、なんと曇っていたことだろうか。
「殿下と釣り合う異性のリストを用意させていたきだました。こちらを参考にしていただければと」
バルドは恵美が差し出したスマホをジッと眺める。
侯爵令嬢や他国の王女、あるいはそれには一歩劣るもののとてつもない美貌を持つ美女達が写真つきで紹介されている……だが本当の真実の愛に気付いたバルドは、どの女性を見ても微塵も心が揺れることはなかった。
彼は下がれとだけ言うと、恵美の後ろで不安そうにことの成り行きを見守っていたマリアンヌの下へゆっくりと歩いていく。
「マリアンヌ、その……すまない。君はいつも俺のことを思って、厳しい言葉をかけてくれていたんだな」
「す、すみませんバルド様。あの、バルド様がお望みなら、私も……もっと甘やかすこともできますので……」
「そうしたら……俺が弱っている時には頼む。俺は兄上ほど強く完璧な人間ではないのだ、すまんな」
「いえ、バルド様が誰よりも頑張っているお姿を、私はずっとお側で見守っておりましたから……」
「……こんなに素敵な女性が婚約者である幸せに気付かなかった俺は、大馬鹿者だな」
きーきーと騒いでいるラビエッタを蚊帳の外にして、二人は久しぶりに抱きしめ合う。
その光景を見て聖女の美佐も国王であるハーティア五世も、そして婚活アドバイザーの恵美も皆が頷きながら手を叩いていた。
こうして聖女のお披露目会は無事大成功のうちに終わり、一つのカップルが無事成婚を行うことができたのであった――。
♢♢♢
聖女のお披露目会が終わり一段落できたタイミングで、美佐と恵美二人はゆっくりとティータイムを楽しんでいた。
美佐の光魔法も問題なく疫病を治せるほどに熟達し、赴く順番も決まったらしい。
おそらくそう遠くないうちに、彼女はこのハートランド王国中を回ることになるだろう。
「有栖川さん、一つ聞いてもいいですかぁ?」
「はい、なんでしょうか」
「どうして皆あんな風に話を聞いてくれたんですかね?」
「それはもちろん、私が事前に根回しをしていたからですよ」
新入社員は勘違いしがちだが、プレゼンをする時に必要なのはトーク力やエビデンスではなく根回しである。
どうやら第二王子バルドが婚約破棄をするつもりらしいという情報を美佐経由で手に入れた恵美は、その時点で話を国王陛下であるハーティア五世へと持っていった。
護衛の騎士達が恵美ではなくラビエッタを取り押さえていたのは、事前に話を通していたからに他ならない。
「バルド殿下の人となりから考えるに、陛下が頭ごなしに否定をしてもただ意固地になるだけでしょう。ここは私に、任せてはくれませんか?」
実際に話を聞けるだけの状況が整えば、彼女にはバルドを説き伏せられる自信があった。
息子のバルドに頭を抱えていた国王がそれを許してくれたおかげで、恵美はバルドと対話をし、彼が本当に求めていたことを理解してもらうことができた。
婚活においてもっとも大切なのは自己理解だ。
本当の自分を知れば、自分にとって本当に大切なものが何なのかも自然とわかるようになる。
――現在バルドとマリアンヌは正式に籍を入れ、以前のぎくしゃくしていた関係が嘘であるかのように仲睦まじく過ごしているらしい。
使用人の話では、バルドがマリアンヌに甘えることも増えたとか……。
「人間、本当に大切なものは近くにあるからこそ気付かないものです」
「うーん、やっぱり有栖川さんはすごいなぁ」
ハイスペックで家格も釣り合うマリアンヌは、どう考えてもバルドとのベストパートナーだった。
少なくともあそこでラビエッタを選んだ先のバルド王子に、明るい未来は待っていなかった。
良くて廃嫡、最悪の場合は王家の面汚しと秘密裏に処理されていた可能性もあるだろう。
「そういえば朝倉さんはもう結婚相手は決められましたか?」
「え? あー、あはは……まあ私のことはいいじゃない!」
ポリポリと頭を掻く聖女様を見ながら、はぁとため息を吐く。
せっかく誰でも選べるというのに、そうなると今度は一人に絞れないとは、贅沢な話だ。
直接頼んでこないのであれば、本気で悩んでいるわけではないのだろう。
であれば好きなようにするのがいい。
婚活は強制させられてするものではない。
幸せとは、自発的につかみ取るものなのだから。
「あのー……」
「どうかされましたか?」
恵美が後ろをくるりと振り返れば、そこには二十代前半に見えるドレス姿の令嬢達の姿があった。
「もしよければ私達の結婚について、ぜひご相談ができればと思うのですが……」
もちろん聖女の美佐ほどではないが、破局しかけていた王子と公爵令嬢の縁を結んだことで恵美の名前もそこそこ売れ始めている。
王子から大量の成婚料もいただけたので、もう少し実績ができたらこの世界で結婚相談所を始める予定だ。
魔物などの危険がありいろいろと未発達な部分も多い異世界であるからこそ、この世界における結婚は非常にシビアだ。
そして感情だけで行わないロジカルな結婚相談において、有栖川恵美の右に出る者はいない。
「ええ、そうしたらまずはお嬢様方のスペック診断から行いましょうか」
恋愛におけるドーパミンの放出は三年で終わる。
だが結婚生活はその後何十年も続く。
故に長期的な幸せを築いてもらうために、有栖川恵美は今日も論理で大鉈を振るう。
結婚に困った際にはぜひ王宮にいる婚活アドバイザー、エミ・アリスガワまで。
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