高くて美味い酒
その言葉にすぐに頷くのではなく、アナスタジアは敢えてそこでバルボアのことを一旦立ち止まらせることにした。
彼女が造ろうとしているものには、それだけのインパクトがある。
「私が造りたいものは……まだこの世界にない、新しいお酒を造るための道具です」
「……ほう? 新しい酒か……誰も知らない果実で造った果実酒、などとは言わないよな?」
「もちろん。ビールとワインではない、この世界に現存していないまったく新しいお酒ですわ。アルコールの強さで言えばおよそビールの四倍ほどがあります」
「酒精の強い酒だとっ!?」
バルボアの言葉に、アナスタジアは頷く。
蒸留器とは、蒸留を行いアルコールを気化させることにより、水とアルコールを分離させて醸造よりも高いアルコール度数のお酒を造るための装置だ。
その度数は焼酎であれば二十度、ウイスキーであれば四十度を超えることになる。
まだ見ぬ強い酒、という言葉に明らかにバルボアの鼻息が荒くなる。
このまま頼めば間違いなく造ってはくれるだろうが、彼らを『ニブル酒造』に招き入れる際のデメリットについても、しっかりと説明しておく責任があると考える。
「ここから先の話をするためには、バルボアさんにいくつかお願いしなければならないことが出てきてしまいます」
アナスタジアはまず、自身が置かれている状況とこれからの展望について説明することにした。
自分が『ニブル酒造』と呼ばれる酒造を立ち上げ、散々飲ませたビールを王都で流行らせたこと。
だがそれだけでは飽き足らず、新たな酒を造ろうと思っていること。
既に造るために必要なものの素案は完成しており、後はこれを造れるだけの工作技術を持つ人達の助けさえあれば造ることができるということ。
「ふむ……それなら人間の鍛冶師達に頼んで造らせればいいだろう。わざわざ今日会ったばかりの俺達に頼み込む必要もあるまい」
「正直なことを言えば……うちの領地に、私が求める水準の金属加工が行える職人がいないのです。皆様が使っていた水晶椀や金属製のジョッキを見れば、加工技術の差は一目瞭然です」
「ふふ、まあそれほどではあるな」
バルボアが髭を扱きながら、誇らしげに鼻を鳴らす。
ジョッキを傾ける様子も、いささか上機嫌に見えた。
実際問題、彼らの加工技術は人間を大きく上回っている。
おそらく王都の職人でも、彼らに比肩するだけの腕を持つものはほとんどいないだろう。
金属製のジョッキに使われているのはただの鉄ではなかった。
おそらく鉄と何かを混ぜた合金を使い、それをあれだけ小さな製品にすることができているのだ。
それにあのように透明度の高いガラス製のコップを作れるともなれば……蒸留器以外にもロックグラスやテイスティンググラスなど、いろいろな物を作ってもらいたくなってしまう。
彼らは間違いなく、アナスタジアが求めているだけの技術水準を超えている。
「私としてはぜひ皆様にやってもらいたい……のですが、そのためには事前にいくつか言っておかなければならないことがあります」
それは蒸留酒を造るために必要な蒸留器の製法を一度教えてしまえば、彼らも狙われかねないような代物であること。
もしアナスタジアが蒸留酒を売り出せば、他の酒造では造ることができない蒸留器は『ニブル酒造』が持つ秘密兵器になる。
その製法を知っている者がいるとなれば……力尽くでも話を聞こうとする者が出てくるとも限らない。
「無論そのための対策はいくつか講じるつもりではあります。そしてそれだけの物を作ってもらう対価も用意してあります」
「ほう、それは一体……」
「まだ誰も飲んだことがないお酒を、一番に飲むことができる権利。そして浴びるほどのお酒を飲むことができる権利です」
「乗ったぁっ!!」
『一瞬だね』
『一瞬だったな……』
まだ誰も飲んだことのない強い酒。
そんな物の前に無類の酒好きであるドワーフが抗えるわけがないということはアナスタジアにもわかっていた。
そして無論だが、彼らのことを散々利用してから切り捨てるつもりもない。
彼らの中でも蒸留器の作成に関わる者達は、『ニブル酒造』の従業員として雇う予定だ。
こちらも他と同様に歩合制とし、作成だけではなく蒸留器のメンテナンスや更なる改良などをお願いする代わりに、蒸留酒から得られる売上の一部は彼らに還元するつもりであった。
こうしてアナスタジアはドワーフの長であるバルボアと酒の契約を交わした。
酒造を回すための人員が揃い、蒸留酒を作るための準備も整った。
それでは新たな地で、新たな酒を生み出そうではないか……ドワーフ達ですらむせ返るような、度数が高くて美味い酒を!
全てを手に入れたと酔ってしまりのない笑みを浮かべながらスザクに乗り込んだ彼女は、ドワーフの道案内をする前に一度戻って受け入れ体制を整えることにした。
アルコールの残った状態で得意満面に領都ヘルダイムに戻ったアナスタジアは……。
「おいアナスタジア……しっかり説明はしてくれるんだろうな?」
「……あ」
父に何も説明することもないままスザクを召喚してライドオンしていったことを、今更ながらに思い出すのであった……。
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