お会計
『はふっはふっ……揚げ物はやっぱり揚げたてが一番だよね!』
クロノスは彼からすれば大きな唐揚げを、時空魔法の次元斬で四つほどに分割して食べていた。
なんという系統外魔法の無駄遣いという感じだが、手を汚さずに物を斬れるのは便利なので実はアナスタジアも使うことは結構多かったりする。
続いて食べるのは豚キムチ。
こちらも香辛料と豚肉だけでも美味しいのだが、やはり醤油を入れることで香ばしさが一気に増してより食欲を増進させる香りを漂わせている。
少し辛めに作っているおかげで喉が渇き、それをおかわりした『ジーニーエール』で潤す。
一杯目はキレのあるラガー、二杯目はフルーティーなエールというのがアナスタジア流のビールの楽しみ方であった。
既にぐつぐつと茹だっているもつ鍋を二人に取り分けてあげる。
手慣れた様子でおかわりを自分で注いできた魔王が、うむと言ってからニンニクのチップと一緒にもつを食べる。
「美味い……食感が心地良いな」
『僕はこのくったくたになったキャベツが好きだね!』
アナスタジアも自分でよそったもつを口に含んだ。
噛むと歯に感じる、プリップリの食感。そのまま噛みしめるともつからあふれ出してくる甘い脂。
そして濃いめの少しニンニクと唐辛子の利いたスープがこれまたもつの臭みを完全に消してベストマッチ。
(価格的には豚モツの方が安かったけど……やっぱり牛モツで正解ね)
この世界で新鮮なもつを用意するのは実はかなり難易度が高い。
冷蔵庫は直近で開発されたみたいだけど、値段はかなり高い。
なのでアナスタジアの居酒屋ではラガー用に作ってもらった温度を下げる魔道具を転用する形で、なんちゃって冷蔵庫を作ってなんとかしている。
おかげで大分コストダウンできたので、新鮮なお肉もまあ貴族とか豊かな商人なら出せるというくらいの額には価格を落とすことができている。
もつ鍋でちょっとくどくなってきたなと思ったらすかさず馬刺しを食べる。
醤油をつけて食べる馬刺しは完璧だった。
アナスタジアはショウガよりもニンニク派だ。
明日のことは考えない江戸っ子思考で、ニンニクをたっぷり乗せて食べる。
味変に少し糖蜜を混ぜて作ったなんちゃって甘口醤油を使ってみると、これまた悪くない。
醤油のバリエーションを増やすのもありかもしれない
『それにしても、毎日来てるけど仕事の方は大丈夫なの?』
「まったく問題ないな。俺が動く必要があるのなど、月に一度あればいい方だろう」
『へぇ……うちの女王様みたいな感じなのかな。人間の王様と違って楽でいいね』
最初は警戒していたものの、クロノスは今では魔王と立派な飲み友達になっていた。
どうやらこの世界での圧倒的な強者同士色々と価値観が合うらしく、聞いたところによるとアナスタジアがいないところで二人で飲んだりもしているらしい。
「できることなら、このように美味いものだけを食べて好きなように生きていたいものだ」
酔いが回ったのかわずかに顔を赤くした魔王が、ぐいっとビールを飲みながらそう口にする。
最初はアナスタジアもびっくりしたのだが、驚いたことにこれは彼の本心らしい。
一緒に酒を酌み交わしたりするようになったことで色々とわかってきたのだが、どうやら魔王は戦うこと自体が全然好きではないらしい。
一番強い者が群れを率いる魔族の文化で、魔王にならざるを得なかった……と、まあそういう話のようだった。
ちなみに彼が魔王を名乗っているのは、魔王に就任した時にかつての名前を捨てるからということらしい。
酔っ払っている時に何度か聞いてみたが全然答えてくれる気配がなかったので、彼は名を捨てた一人の魔王として最後まで生きるつもりなのだろう。
魔物界隈も案外世知辛い。
似たような強者でも、好きなように生きているクロノスの方がよっぽど楽しそうだった。
「しかし……美味いな。お前が作る料理は、ここ以外では食べたことはない。やはりうちに来ないか? 今なら魔王城専属のコック長として雇うが」
「私にも雇用主を選ぶ権利がありますので」
「ははっ、また袖にされてしまったか」
酔いが回ったからか、軽く笑う魔王。
彼の申し出を断るこれは、いつものやりとりだ。
形式的に誘っているだけで、今は彼も本心で言っているわけではないだろう。
「会計はここに置いておくぞ」
「いや、だから……」
「それではな」
アナスタジアが断ろうとするよりも早く、魔王はそのままワープをして消えてしまった。
既にビールは完飲しており、もつ鍋もスープまでしっかりと飲み干している。
食い意地は張ってるけどそういうところはきちんとしてるのよね……と思いながら、アナスタジアはゆっくりと食器を片し始める。
「もう……あの魔王、本当に人の話を聞かないんだから」
『まあまあ、彼も悪い人じゃないから』
「そもそも人でもないけどね」
水魔法の高圧洗浄で洗ってから火魔法で渇かせば、手荒れすることなく汚れは一瞬で取れる。
ふぅと一息吐いてから、アナスタジアは机の上に乗せられている物を見た。
「ねぇクロノス、これ何かわかる?」
『うーん、多分だけどベヒモスの熊胆じゃないかなぁ』
「ベヒモスって……Sランクの魔物じゃない! もう、私の家もう素材まみれなんだけど!」
この世界の魔物は、E・D・C・B・A・Sという形でランク付けがなされている。
Sランクの魔物はその中で最も高い位置づけであり、つまりは最強の魔物であることを示す。
魔王は人間の金銭をさほど持っていないからという理由で、こうして食事の度に魔物の素材を置いていく。
そしてそのほとんどが、最高級のSランクの魔物の素材であった。
強い魔物はそもそも出没するのが数十年に一度とかそういうレベルなので、人里に出没することはほとんどない。
そんな魔物の素材をじゃんじゃか出していたら、間違いなくその出所を疑われる。
そうそう売りに出すこともできないので、アナスタジアは彼からもらった素材のほとんどが亜空間の肥やしになっていた。
「売ったら絶対代金より高いんだけどね」
『うん、そもそも値段がつかないものも多いし』
だがどれだけ高いものだろうが、そもそも売ることができないのであまり意味がない。
次からはもうちょっと換金しやすいもので渡してもらえないか聞いてみることにしよう。
そんな風に思いながらベヒモスの熊胆をそっと亜空間へとしまうのであった……。




