魔王との晩餐
アナスタジアはクロノスと共に、『馬美人』へとやってきた。
「ロキシーこんにちは、裏使っても大丈夫?」
「あ、オーナー、もちろん大丈夫ですよ! そういえば消費量がめちゃくちゃ多いんで、馬肉の発注量をもう少し増やしてもらっても大丈夫かって店長が言ってました」
「わかった、お父様に言っておくわね」
『ニブル酒造』と二つの居酒屋、この二つがシナジーを発揮することで生まれた副二次的な効果。
その中でも領地に一番大きな影響があるのは、やはり居酒屋で出されたことによって馬肉の評価が一気に急上昇したことだろう。
今まで馬肉は軍が食べるものがなくなった時に食べる非常食という認識が強く、そのクセの強さもあってそもそもほとんど食べられていなかった。
だが前世の日本では九州酒場などには必ずと言って良いほどに馬刺しがあった。
それだけ置かれているということは、それだけ市民権があり美味しかったということ。
ある程度クセはあるがそれはショウガとニンニク、そして醤油があれば解決できる。
ニブルヘイムで飼われている馬はある程度若い馬であればどれも美味しく、半分魔物の血が入っているというウォーホースは中でも特に美味かった。
これを全部一律で同じ値段で売るのはもったいないということで、王都に遊びに来た(娘と飲みに来た、といった方がいいかもしれない)父と一緒に馬の食べ比べを行い、ランク付けをして畜産としての値段を決めさせてもらった。
馬といえばどこかといわれれば、おそらく全ての王国の人間はニブルヘイムというだろう。
アナスタジアが居酒屋で高級品として売り出したこともあり、ブランドイメージはついている。
軍馬として優秀でなくとも美味い馬というのもあるらしく、今までは間引いて自家消費するしかなかった馬達の肉が今年からは金貨の山に変わり始めていると、父は手紙で大層喜んでいた。
「ふぅ、時間は……大丈夫みたいね」
『馬美人』の従業用入り口から入り、アナスタジアは時計を確認してから、作れるものをちゃっちゃと作っていく。
彼女はここ最近、『馬公爵』よりも『馬美人』にも寄ることが増えていた。
その理由は彼女自身まったく想像していなかった、とある噂のせいだ。
――なんでもアナスタジア・フォン・ニブルヘイムは夜な夜なとてつもないイケメンと逢瀬を重ねているらしい。
とてつもないイケメンとはもちろん、あの魔王のことである。
まったく不本意なことに、貴族界隈でアナスタジアと魔王の関係が噂されてしまったのだ。
相手の正体をバラし、『違うんです、食べさせないと人間界の危機なんです』などと言えるわけもなく……不本意だが、アナスタジアとしては知らぬ存ぜぬを通すしかないというのが実情であった。
(お父様もいい人ができたのかと喜んでいたけど……魔王だなんて言えるわけない!)
それもこれもここ最近頻繁に……というかほぼ毎日、アナスタジアの料理を食べに店にやって来るあの魔王のせいだ。
彼が来ることはわかっているので、自分の分も入れて三人前の料理を手際よく作っていく。
ちなみに以前は厨房の食材を使っていたが、魔王という食いしん坊が増えて消費量が増えさすがに申し訳なくなったため、現在はアナスタジアが時空魔法で亜空間に収納している食材を使うようにしていた。
「来たぞ」
がちゃりとドアが開くこともなく、フォンと甲高い音が聞こえた次の瞬間にはヌッと魔王が現れる。
最初はびっくりして腰を抜かすかと思ったがどうやら魔王は転移魔法が使えるらしく、こんな風に住んでいる魔王城から直に店にワープしてくるのだ。
心臓には悪いが、おかげで他の人達から姿を見られることはなくなった。
アナスタジアとしては、噂の沈静化を願うばかりである。
仰々しい金の意匠の施された黒いローブに、黒の上下、そして足先の尖った黒のブーツ。
変装していた以前とは違う漆黒の装いは、完全な魔王スタイルだ。
こんなんで夜道とか歩いていたら、普通に不審者として通報されそうである。
「ねぇ、あなた魔王なんじゃないの? もっとちゃんと世界征服とかしたら?」
「お前は俺のことをなんだと思っているのだ……俺は実務に関してはほとんど四天王に任せている。魔王国で問題が起きぬ限りは特にすることもないのだ」
「……ちょっと私と似てるわね」
起業したての時はそれはもうしゃにむに頑張っていたせいで忙しくて他のことに手を回す余裕などなかったが、今は自分の好きなことをする時間がきちんと取れるようになっている自分と妙に境遇が似ている。
こんな風にはならないようにしよう……とアナスタジアはラガーを二杯用意して机の上に置く。
その上には既にアナスタジアが急いで用意した居酒屋メニューが並んでいる。
「おぉ……」
魔王が目を光らせて見ているテーブルの上には、アナスタジアが作った今日のメニューが置かれていた。
定番の馬刺しと唐揚げはもちろん、豚キムチに味噌味のもつ鍋、味噌を付けて食べるパリパリピーマン。
前世では居酒屋に行けばこれだよねというものがずらりと並んでいる。
「素晴らしい……乾杯」
醤油と味噌の開発に成功したことで、居酒屋メニューは更に超躍の進歩を遂げた。
新しいメニューが増えただけではなく、既存のメニューに関しても大幅に進化したのだ。
まずは冷たいジョッキに入ったラガーを半分ほど飲み、身体の中にキンキンなビールを流し込む。
調理の最中からお腹が減って仕方なかったアナスタジアは、まずはカラッと揚げられた唐揚げを口にした。
「んーっ! やっぱりこれよね!」
下味に使う調味液に醤油を使うことができるようになったことで、アナスタジアはようやく前世と遜色のないクオリティの唐揚げの作成に成功していた。
今までは魚醤で代替していたのだが、やはりクセがない醤油の方が使いやすく、同じくクセのない鳥のもも肉と良く合ってくれる。
どっしりした味の濃い唐揚げと、ビールがまた良く合う。
唐揚げの油をビールで流し込んでリセットすれば、全身が喜んでいるのがわかる。
アナスタジアが美味しそうに飲んでいるのを見た魔王が、同じように唐揚げを食べて頬を緩める。
基本的にクールなので微笑しているだけだが、どうやら気に入ってくれているのは間違いないらしい。




