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護国神社の隣にある本屋はあやかし書店  作者: 井藤 美樹
第一冊 桜のこより

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7/12

桜のこより(1)



 夫婦が処理して欲しいと、白い袱紗に入れたまま置いて行った詩集は、一冊の古い詩集だった。


 裸で、カバーも付いていない。表紙の端も折れている。陽の当たる場所に置いていたのか、紙が焼けて薄茶色に変色していた。劣化は、かなり進んでいる。

  

 手に取りバラパラと捲った。最後の頁まで捲ると、印刷の字は少しかすれていたが、読む事が出来た。


(昭和五年……)


 どうやら、昭和初期に発行された詩集のようだ。


 それでこの状態は、かなり保存状態は良かったと思う。一般家庭なら、もっと劣化が進んでいてもおかしくないからね。丁寧に扱われていたのが、見ただけで分かるわ。


(まぁ、それだけじゃないようだけど)


 それを抜きにしても、この詩集の持ち主達か、皆詩集好きだったのは伝わって来る。多少、別の力が加わったとしても、人の手に何度か渡りながら、この状態を保ててるのは凄いよ。古詩集屋を営んでいる私にとって、それは素直に嬉しい。


 そんな事を思いながら、もう一度パラバラと捲っていると、一枚のメモ用紙がテーブルに置かれた。


【……おかしいですね。こんなに変色しているのは】


「そうだよね……」


 見えない同居人さんがおかしいと言うのも分かる。


 古い物が長い年月を経て新たな命を宿し、付喪神(つくもがみ)に変化したモノや、強い想いを宿し、別の意味で命を宿し変化したモノは、通常変色はしない。


 つまり、劣化しないの。


 劣化したように見せる事はあるわ。警戒心を抱かせないためにね。でも、主の手を離れた途端、元の劣化していない状態に戻る。


 それが、通例。


 その変化があまりにも不自然過ぎて不気味だから、怖がって手放そうとする人が多いわ。気持ちは分かるよ。変色してポロポロだったのが、数時間後には新品に近い状態にまで戻るのを見たら、そりゃあ吃驚して恐怖するわね。


 ましてや、夫婦が慶介に語ったように、移動する事もよくある事だし。またこれはこれで、恐怖なんだけどね。


 なのにこの詩集は、誰の目から見ても変色している。わざと、宿っているモノがそう見せてる訳でもない。


 となると、この本は、普通の詩集という事になるわね。


 甥が独り言を言うのは癖かストレスで、交通事故で亡くなったのも偶然。本を棺桶に入れたと思っていたのは勘違い。


(全て、夫婦の勘違いと思い込みならよかったんだけど……それも違う)


 詩集を手に取っている今も、命を宿す程の、とてもとても強い想いをひしひしと感じていた。


(たとしたら、考えられるのは、詩集ではなく別の何か)


 答えは、この詩集の中にある筈。注意深く頁を捲っていると、私の手が不意に止まる。


「……訂正。原因は詩集じゃないわ。この桜のこよりよ」


 そう言いながら、こよりを詩集から離す。


(誰かの手作りのようね)


 手作りは特に念が入りやすい。大概の人は、相手を想像しながら作るからね。


 淡いピンク色をした桜の花びらを押し花にした、可愛いこよりだった。昭和初期の、変色した詩集には似合わないこよりだ。


 詩集の持ち主は甥だった。彼女のプレゼントって考えられない事もない。もしくは、自分が作ったのかもしれない。可愛い物を趣味にしている男性も結構いるからね。


(でも……ひしひしと胸を締め付けられような想いは、本に染み込んでいる想いと質が違うわ)


 離してみて分かる。詩集に染み込んでいる感情や想いは、どちらかというと男性的だ。だけど、この桜のこよりは、どちらかというと女性的だった。


「……余程、桜に強い想い入れがある女性ね」


 そう結論付けた私は、桜のこよりなか軽く息を吹き掛けると、空中に放った。


 桜のこよりはゆらゆらと空中を舞いながら、床へとゆっくりと落ちていく。




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