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護国神社の隣にある本屋はあやかし書店  作者: 井藤 美樹
第一冊 桜のこより

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8/12

桜のこより(2)



 桜のこよりか床に触れた瞬間、不思議な事が起きた。


 淡い光が桜のこよりを包みこんだ。私と見えない同居人さんは驚かないで、その様子を見ている。


 光に包まれたのは少しの間だけ。直ぐに光は消えて行く。同時に、桜のこより自体も消えてなくなった。


 代わりに現れたのは、小柄で華奢な可愛らしい女性だった。


 肩のあたりで切り揃えられた黒髪。歳の頃は十代後半か、いって二十二、三歳ぐらいかな。ただ……着ている物が現代の物とは明らかに違っていた。


 一番近いのは、戦争映画やアニメに出て来るような姿、そう、もんぺ姿の女性が立っていた。


(詩集が発行された年代と合うわね)


 微笑む私と違い、もんぺ姿の女性は足裏の感触に驚いて固まっていた。その後、戸惑いと不安、そして警戒心が入り混じった複雑な表情をし、居心地悪そうに(たたず)んでいる。


(無理ないわね。仮とはいえ、実体が持てたんだから)


 女性が自我を失っていない事に、私は内心ホッと胸を撫で下ろす。


(話が出来るかは分からないけど、仕事を始めましょうか)


「はじめまして、桜のこよりさん。名前を伺っても宜しいですか?」


 これ以上、女性に警戒心を持たれないために、私は笑顔で問い掛ける。


 女性は暫く黙っていたけど、私が何もしてこないのを理解したのか、小さい声で名前を教えてくれた。


「…………横井春」


(まだまだ警戒されてるわね。まぁでも、話が出来る状態で良かった)


 ほんと、ここまで自我を保てれるのは珍しいわね。名前、覚えていてくれて助かったわ。覚えていないと、後々厄介な事になる事があるから。


「横井春さんですね、私は神楽書店の店主をしている、神谷佑樹といいます」


「…………」


(だんまりか。まぁ、構わないけどね)


 聞く聞かないは別として、ここに来た以上、伝えておかなければならない事がある。


 神楽書店が取り扱っている本の中には〈禁書〉という危ない物もあるけど、時には、亡者、俗にいう幽霊の類いも取り扱っているの。取り扱うって、ちょっと言葉が悪いわね。


 正確に言えば、一時預かりかな。


 言葉通り、一定時間預かるの。現世をうろうろさせないためにね。保護に近いかな。下世話な話になるけど、これが結構な額になるんだよね。慶介の事をとやかく言えないわね。


「単刀直入に言います。貴女が、どんな想いを残して現世に留まっているのか、私には分かりません。知る必要もありません。罪も問い正す事もしません。しかし、ここに来た以上、貴女はここに居てもらいます。これは決定事項ですので、無駄な抵抗はなさらない方がいいと思いますよ。実際、ここから出る事は出来ませんから」


 結構、キツイ事を話しているのに、春という女性は表情が変わらない。言葉が届いているのか分からないが、これも仕事なので、私は話を進めた。


「当然、あの夫婦の元に戻る事も、他の場所に移動する事も出来ません。貴女がここに留め置かれるのは、月が満ちるまでの間、つまり、四日間です。四日後、地獄からの使者、死神が貴女を迎えに来ます。そして、貴女は裁判を受ける事になります。……ここまでは、理解出来ましたか?」


(理解しようが、拒否しようが、彼女に選択権はないわ)


「…………はい」


 小さなか細い声が返って来た。


 意外だった。あまりにも意外過ぎて、肩の力が抜けそうになる。


 今回の亡者は暴れたりしないし、反抗的な態度を一切とったりはしない。かなり力がある亡者なのに、大人し過ぎる。


(力だけ言えば、凶悪な悪霊レベルなのに)


 大体、ここに来た亡者は反抗的な態度をとるのが普通だからね。なんせ、現世に留まり続けた執着心の塊だもの。


 そもそも、普通の死者は、まずここには来ないからね。ある意味、(いわ)く付きの死者が集まる場所なの。だから、外には出さない仕組みになっている。凶悪犯を自由にするようなものだからね。


(まぁ暴れても、この店内で私を傷付ける事は出来ないけどね)


 そうでなければ、凡人に近い私が預かれないわよ。それにしても、意外過ぎて、反対に個人的に気になるわ。


(後四日あるし、十分観察出来るわね)


「では、横井春さん、四日間、ここで自由にお過ごし下さい。但し、二階の私の居住区には立ち入らない事。先住人の付喪神様を攻撃しない事。この二点を守って頂ければ、何をしていても構いません」


 変わらず肩に力を入れたまま、私は注意深く彼女を観察する。


 ここは、考える場所だ。


 自分を振り返り、取り戻す、最後の機会の場でもある。


 私は一切手を出さない。


 ドラマやラノベのように、亡者の想いを聞き出し、汲み取り、願いを叶えるために奔走したりはしない。


 私は傍観者として接する。


 それが、亡者を預かる上での決まり事。あくまで私は、場所を提供しているだけ。


 何かに執着し、(ことわり)から外れ、現世に留まる事を決めた亡者。彷徨い続けた結果、この神楽書店に辿り着いた。横井春さをは、極僅かな一人に過ぎない。


 言わばここは、あの世に逝く準備をする場所って所かな。私はそう考えている。


 最後の時間――


 それを上手く活用出来るか、出来ないかは、亡者次第。


 私はそれを、ただ見守るだけ。


(横井春さん、貴女はこの四日間、どう過ごすの?)


 私は彼女から視線を外さない。


「…………分かりました」


 少し間が空いた後、彼女は静かにそう答えた。



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