白い袱紗(2)
「……あの……店主は?」
店内を見渡し、戸惑いながら旦那さんが尋ねる。
「店主は私ですが」
いつもの事なので、特に不快に思う事なく答える。
「貴女が店主ですか!? ……とても、お若いですね」
一番大きい声だった。戸惑っていた表情が、次第に困惑へと変わっていく。そしてその後、不安なものへと変わった。
これもまた、いつもの事。
(まだ十九歳の小娘だからね、仕方ないと思うけど、やっぱり少し傷付くわ)
「ええ、二年前に先代から託されました。若輩者である私が相手では、不安に思われて当然でしょう。もし、〈鑑定〉を不安視されるのなら、別の方に視て頂いても構いませんが」
苦笑しそうなったけど、出来る限り真摯な態度で夫婦に提案する。
内心では、そんな事出来ないって分かっていたけどね、敢えて選択肢を提示した。
意地悪じゃないわよ。確かに若輩者って言われて傷付いたけど、ここで出て行くようなら、神楽書店が関わるレベルじゃないもの。その事を判断するためにも、この質問は必要だったの。
神楽書店が取り扱う本は、一般書以外に、決して表に出してはいけない〈禁書〉の類いもあるの。販売は勿論しないわ。
そういった訳アリの書物を保管管理するのも、神楽書店の大事な仕事なの。神楽さんが、直ぐに愛しい人を探しに行けなかった理由は、まさにそこにあった。
閉めるとして、まず一番にしなくちゃいけない事は、〈禁書〉を保管出来る場所を探さなければならない事だ。
運良く見付かったとして、次に必要なのは、管理人を見付ける事。
それが、一番の難関だと思う。管理人が〈禁書〉の魅力に取り憑かれ、心を奪われたら、それこそ大惨事が起きるからね。大きな力は、時にして災いになるものよ。
といって、神楽さんのように、それらを抑え封印するような特別な力は、私にはないわ。只の見える子に過ぎないもの。私が管理人の仕事が出来るのは、この店内に術式が仕込まれているから。その術式によって、私は力を行使出来ている。
言い換えれば、私は門番に過ぎないの。
だから、〈禁書〉を読み解く事は出来ない。読み解く事が出来なければ、力に溺れる事もない。反対に、そこそこ潜在能が高いらしいから、取り憑かれる事もない。
あくまで表面上は、私が神楽書店の店主って名乗ってるけど、本当の意味で、店主は今も神楽さんだった。
〈禁書〉を取り扱っているせいか、この本屋に来店するのは訳アリの方ばかり。そもそも、人でない方が多いしね。その方達には、そこそこ有名だから看板は必要ない。
中には、この夫婦のように、曰く付きの本が迷い込んでくる。大半が、護国神社経由だけどね。他には、古本屋経由かな。
私の提案に困惑し、戸惑いを見せ、躊躇する旦那さんの腕を引っ張りながら、奥さんは震える声で必死に訴える。
「……私はこれ以上耐えられないわ。ここでいいじゃない。宮司さんの紹介なんだから」
(一刻も早く、本を手放したいようね。やっぱり、〈鑑定〉ではなさそうね)
「…………分かった。店主さんを信じよう」
(旦那さん自身、本を手放したい気持ちの方が大きかったようね)
とても険しい表情のまま、旦那さんは数分考えた末、そう決断する。そして、自分の腕にしがみ付き懇願する奥さんに告げた。その決断に、奥さんの顔に僅かだけど笑みが浮かんだ。
二人共、かなり緊張している。それでも、何処か安堵しているようだった。
旦那さんは持っていた白い袱紗ごと、やや乱暴に私に渡す。まるで、押し付けるようだった。私は黙ってそれを受け取る。
「この本の〈鑑定〉をなさいますか? それとも、買い取りをご希望ですか?」
これは、最終確認。とても重要な事。
「〈鑑定〉も買い取りも不要でお願いしたい。正直な所、この本の〈処理〉を頼みたいのだが……」
とても言い難そうにしながらも、旦那さんは希望を口にする。
(処理ね……)
心の中で呟く。
「畏まりました。この本を無料で引き取りましょう」
(ここは、本屋なんだけどね)
内心複雑に思いながらも、私は営業用の笑みを浮かべ引き受けた。
「ありがたい。くれぐれも、宜しくお願いします」
旦那さんはくれぐれもという言葉に、特に力を込めた。
「分かりました」
私がそう答えると、夫婦は憑き物が落ちたかのような、安心した表情を浮かべた。そのまま、早足で本屋を出て行く。
まぁこれも、特に珍しい事じゃない。
逃げ出さなくてもいいのにって、いつも思う。でも当事者からしたら、入れ物である白い袱紗すら恐怖なのだろう。
だから私は、敢えて別件で来店した人に関しては、名前も住所も訊かないようにしている。
だって、この夫婦のように、別件でここに本を持って来る大半の人達は、持って来た本と本気で縁を切りたいのだから。私が名前を訊いて縁を繋いだままにしているのは、依頼者にとって本意じゃないし、有益な事じゃないからね。




