終章
『…………ぼく……わすれ…てた……すっごくあたたかいんだね…………あ…り……が…とう…………おねえちゃん』
それが、〈魔物〉の最後の言葉だった。
言い終わると同時に、白さんが大鎌を振り下ろしたから。ぼとぼとと身体が崩れ落ち、その場には黒い灰の山だけが残った、
最後の最後に、自分が生み出した闇に殆ど呑み込まれながら、少年の姿をした〈魔物〉はにっこりと笑ったの。
とても嬉しそうに、そして、幸せそうに。
完全に崩れる直前、顔の半分だけ少年の姿に戻った。〈魔物〉なのに、ぽろぽろと涙を流す。
その涙は黒くなく、私達と同じ透明だった。
『無茶をするな!!』
両手を真っ黒に染めた私を見て、白さんは怒る。
「大丈夫、毎日、聖水を飲んでいるから耐性はあります。死神様程じゃないけど」
痣を見ながら答える。その手を乱暴に掴み、白さんは私が差し入れしたペットボトルの水を振り掛ける。
宮司長の時と同じ様に、ジュッと肉が焼けるような音がした。
あまりにも鋭く強い痛みに、私の顔が激しく歪む。耐性のおかげか、直ぐに効果が現れた。黒い痣は薄くなっていく。
(これなら、慌てて〈浄化〉しなくてもよさそうね)
内心、ホッと胸を撫で下ろした。
『だが、お前は人間だ。死神やあやかしじゃない。ましてや、神でもない』
(白さんの言う通りだね。心配させちゃった)
「うん、そうだね。無茶をしてごめんなさい」
素直に謝る。自分も、かなり無茶をしたって思っているから。まさか、〈魔物〉の両頬に手を添えるなんて、突拍子のない事をするとは思ってなかったよ。
ただね……慶介に拒否された時の〈魔物〉の声を聞いた瞬間、自然と身体が動いたの。気付いたら、両頬に手を添えてた。
安心したからか、私が素直に謝ったからか、白さんは大きな溜め息を吐いく。そして、『もう二度と、こんな無茶をするな』と念を押してから、後始末に戻った。
黒い灰の山は、死神様達の手で、既に回収されていた。仕事を終えた死神様達は撤退している。
残されたのは、私と慶介。後は白さんだけだ。
そこには、もう何もない。只の静かな境内。
哀しい〈魔物〉が、そこで討たれた事を知る人は、参拝者の中にはいない。ちらほらだけど、色とりどりの浴衣を着た人が、家族や恋人と楽しそうに歩いている。
(……今日は、ゆかた祭りだったわね)
昨日は雨だったから特に人が多い。境内だから、混み合うとかはないけどね。
少年も夏衣を着ていた。
参拝者達は少年の事を知らない。悲しい過去も知らない。知っている人は、私と慶介だけ。でも、慶介にとっては、苦い過去になるでしょうね。
だから、私だけは覚えていようと思う。
一度、〈魔物〉に堕ちた者が見せた涙を――
そして、あの嬉しそうな幸せそうな、悲しい満面の笑みを、私は記憶に焼き付けた。
〈魔物〉としての最後にしては、到底考えられないものだったに違いない。
それは、果たして〈奇跡〉なのか、それとも、私を油断させて道連れにするつもりだったのか、正直分からない。
だけど私は、あの笑みと涙を、発した言葉を信じたいと、心から思う。違う、願ってるの。
(慶介に甘いって言っていたけど、私も大概甘いよね)
苦笑しながら、夕暮れに染まり掛けた空を見上げた。
『佑樹、送る』
白さんが私の隣に立つ。
「……白さん、この後、時間があったらゆかた祭りに行きませんか?」
『偲ぶためか?』
白さんが尋ねる。私は敢えて何も答えなかった。作務衣を着た親子連れを見詰める視線が、答えだから。




