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護国神社の隣にある本屋はあやかし書店  作者: 井藤 美樹
第三冊 夏衣

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終章



『…………ぼく……わすれ…てた……すっごくあたたかいんだね…………あ…り……が…とう…………おねえちゃん』


 それが、〈魔物〉の最後の言葉だった。


 言い終わると同時に、白さんが大鎌を振り下ろしたから。ぼとぼとと身体が崩れ落ち、その場には黒い灰の山だけが残った、


 最後の最後に、自分が生み出した闇に殆ど呑み込まれながら、少年の姿をした〈魔物〉はにっこりと笑ったの。


 とても嬉しそうに、そして、幸せそうに。


 完全に崩れる直前、顔の半分だけ少年の姿に戻った。〈魔物〉なのに、ぽろぽろと涙を流す。


 その涙は黒くなく、私達と同じ透明だった。


『無茶をするな!!』


 両手を真っ黒に染めた私を見て、白さんは怒る。


「大丈夫、毎日、聖水を飲んでいるから耐性はあります。死神様程じゃないけど」


 痣を見ながら答える。その手を乱暴に掴み、白さんは私が差し入れしたペットボトルの水を振り掛ける。


 宮司長の時と同じ様に、ジュッと肉が焼けるような音がした。


 あまりにも鋭く強い痛みに、私の顔が激しく歪む。耐性のおかげか、直ぐに効果が現れた。黒い痣は薄くなっていく。


(これなら、慌てて〈浄化〉しなくてもよさそうね)


 内心、ホッと胸を撫で下ろした。


『だが、お前は人間だ。死神やあやかしじゃない。ましてや、神でもない』


(白さんの言う通りだね。心配させちゃった)


「うん、そうだね。無茶をしてごめんなさい」


 素直に謝る。自分も、かなり無茶をしたって思っているから。まさか、〈魔物〉の両頬に手を添えるなんて、突拍子のない事をするとは思ってなかったよ。


 ただね……慶介に拒否された時の〈魔物〉の声を聞いた瞬間、自然と身体が動いたの。気付いたら、両頬に手を添えてた。


 安心したからか、私が素直に謝ったからか、白さんは大きな溜め息を吐いく。そして、『もう二度と、こんな無茶をするな』と念を押してから、後始末に戻った。


 黒い灰の山は、死神様達の手で、既に回収されていた。仕事を終えた死神様達は撤退している。


 残されたのは、私と慶介。後は白さんだけだ。


 そこには、もう何もない。只の静かな境内。


 哀しい〈魔物〉が、そこで討たれた事を知る人は、参拝者の中にはいない。ちらほらだけど、色とりどりの浴衣を着た人が、家族や恋人と楽しそうに歩いている。


(……今日は、ゆかた祭りだったわね)


 昨日は雨だったから特に人が多い。境内だから、混み合うとかはないけどね。


 少年も夏衣を着ていた。


 参拝者達は少年の事を知らない。悲しい過去も知らない。知っている人は、私と慶介だけ。でも、慶介にとっては、苦い過去になるでしょうね。


 だから、私だけは覚えていようと思う。


 一度、〈魔物〉に堕ちた者が見せた涙を――


 そして、あの嬉しそうな幸せそうな、悲しい満面の笑みを、私は記憶に焼き付けた。


〈魔物〉としての最後にしては、到底考えられないものだったに違いない。


 それは、果たして〈奇跡〉なのか、それとも、私を油断させて道連れにするつもりだったのか、正直分からない。


 だけど私は、あの笑みと涙を、発した言葉を信じたいと、心から思う。違う、願ってるの。


(慶介に甘いって言っていたけど、私も大概甘いよね)


 苦笑しながら、夕暮れに染まり掛けた空を見上げた。


『佑樹、送る』


 白さんが私の隣に立つ。


「……白さん、この後、時間があったらゆかた祭りに行きませんか?」


『偲ぶためか?』


 白さんが尋ねる。私は敢えて何も答えなかった。作務衣を着た親子連れを見詰める視線が、答えだから。



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― 新着の感想 ―
多分最新話? 第三冊の終章まで拝読いたしました。 救いようがなさそうな魔物に対しても、最後にわずかに救いの片鱗を残しているところに本作の優しさを感じます。 一方、慶介との関係性がこのようになるとは………
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